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2010年5月 ~ 2017年10月
映画題名リスト

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(Rogue One: A Star Wars Story)

2016年・アメリカ 監督/ギャレス・エドワーズ

出演/フェリシティ・ジョーンズ/ディエゴ・ルナ/リズ・アーメッド/ベン・メンデルソーン/ドニー・イェン

アメリカのスペースオペラである『スター・ウォーズ』シリーズの実写映画本編を補完する、実写映画スピンオフ(外伝)作品シリーズ「アンソロジー・シリーズの第1作品目。それ故に実写映画本編とは異なり、オープニング・クロールが存在しない。

監督のギャレス・エドワーズ曰くタイトルの『ローグ・ワン』には3つの異なる意味が込められている。1つ目は劇中で戦闘中に個人または集団を指す軍隊での「コールサイン」としての意味で、2つ目は実写映画本編から逸脱する「アンソロジー・シリーズ」の第1作品目である本作自体が「Rogue」(「反乱者」)だという意味で、3つ目は主人公のジン・アーソを始めとした「ローグ・ワン」を構成する戦士たちも「Rogue」(「反乱者」)と呼べる者達であるという意味である。

物語の時系列は『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の直前に当たり、同作の冒頭でも触れられた銀河帝国軍の宇宙要塞である初代デス・スターの設計図の強奪任務を遂行した反乱同盟軍の活躍が、同作の10分前まで描かれている。(すべて Wikipedia より)

『破獄』

2017年(平成29年)・日本 監督/深川栄洋

出演/ビートたけし/山田孝之/松重豊/寺島進/渡辺いっけい/勝村政信/橋爪功/吉田羊/満島ひかり

原作は、吉村昭の長編小説。第36回読売文学賞(小説部門)受賞作品。1985年と2017年にテレビドラマ化された。脱獄の常習犯である主人公と、それを防ごうとする刑務官たちとの闘いを描いた犯罪小説である。また、戦前から戦後の混乱期にいたるまでの刑務所の実態を克明に描いた歴史小説との解釈も可能である。作者は“長きに渡り矯正業務に関わった人物(元刑務官)から聞いた、実在の天才的脱獄犯(白鳥由栄)にまつわる話を基にした”という。(Wikipediaより)

今回見たのは、2017年4月12日にテレビ東京で開局記念日スペシャルドラマとして放送されたものらしい。映像はテレビ映画の気がしなかった。おそらく映画と同じような手続きで撮影されたのだろうと想像する。だが、内容はつまらなかった。結局は脱獄犯が何度も脱獄するくだりを延々と映しているだけ。飽きが来た。勿論脱獄犯の妻や子供の姿を映し出して気分転換がはかられているが、あまり乗り切れないストーリーがうとましい。AMAZONプライムの紹介ポスターは韓国の王朝物語のような色彩とデザインで「破獄」という文字さえも読み取れない。おそまつ。

日本には宗教がない。罪を告白した人間に対する赦しがない。一度罪を犯すと、他人の目は厳しさしかない。だから今でも、しらを切り通す犯人が多いような気がする。無罪を訴えながら死刑になる人間がいるなんて、本来は考えられないが、そんな事件も何年かに1件は起こっている。不思議な国、日本だ。遠い将来。地球上に美しい日本という国があった、と言われる時代が来るような気がしてならない。

『フェンス』(Fences)

2014年・アメリカ 監督/デンゼル・ワシントン

出演/デンゼル・ワシントン/ヴィオラ・デイヴィス/スティーヴン・ヘンダーソン/ジョヴァン・アデポ

原作は1983年にオーガスト・ウィルソンが発表した戯曲『Fences』。この映画は極めて高い評価を得ており、第89回アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされ、ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞した。さもありなんという印象が強い。正直言っておもしろくなかった。

芸達者なデンゼル・ワシントンが舞台で一人芝居をしているような前半、喋っている字幕を読むのが辛くなるようなシーンが続いて辟易したのだ。妻に話す、長男に話す、次男に話す、しかも言っていることややっていることが頑固おやじの屁理屈みたいで、聞いていて賛同も出来なかった。

黒人の労働者がゴミ取り車に乗っている。残念ながら下層階級の匂いが感じられない高給取りデンザル・ワシントン。ただセリフをしゃべっているだけに聞こえて仕方がない。こういう役は無名で誰も知らないいかにも労働者が演じないと、臨場感が半端なく遠すぎる。最後はいい話のように見せているが、まったく入り込めないストーリーと演技に飽きが来た。こういう映画が評価されるのだ。私は映画のプロではない。

『わたしのハワイの歩きかた』

2014年(平成26年)・日本 監督/前田弘二

出演/榮倉奈々/高梨臨/瀬戸康史/加瀬亮/宇野祥平/中村ゆり/:鶴見辰吾

どんな映画、と問われてもまったく答えられない。観始まったすぐから、ながら映画と化してしまった。こういう映画に金を出す御仁はどういう人なのだろうか。作るのも恥ずかしいが、映画俳優と名乗って出演することも恥ずかしい。

この手の訳の分からない映画製作が結構多い。日本映画の場合だ。どうしたらこの映画を製作までこぎ着けたのだろうか。そう考えるとこの映画の存在そのものが大したものだ。出演している俳優?は一所懸命覚えた台詞を喋っている。手振り身振りも付け加えているが、舞台がオープンなだけで、小学校の学芸会と何ら変わりない。

ハワイに行きそびれてしまった。いつでも行けるという安心感が災いした。出張の帰りに航空券料金の追加をすること無くハワイに寄れることがわかっていたので、次回かどこかでなんて暢気な事を言っていたのが悪かった。負け惜しみを言えば、どうせ海岸や買い物や砂浜くらいだろうから、海外旅行の好きな歴史探索にはほど遠いので、いいとするか。

『バニー・レークは行方不明』(Bunny Lake Is Missing)

1965年・アメリカ 監督/オットー・プレミンジャー

出演/キャロル・リンレー/キア・デュリア/アンナ・マッシー/エイドリアン・コリ

主人公のひとりで未婚ながら子供を持つ女性、その娘の名前がバニー・レーク。アメリカからロンドンに引っ越してきて、娘を初めて幼稚園に送ったが、その日のうちに娘が行方不明になってしまった。昔よくこういうサスペンスがあったよなぁ~といった雰囲気がぷんぷんしてくる。

警察が乗り出すも、娘の姿を見た人がいない、ということから、もしかすると空想好きな主人公の空想なのではないかと、観客に思わせるところがミソ。サイコ・ホラーの様相を呈してくる後半は、その手の映画を思い出させる。同じことの繰り返しは、やっぱり映画を飽きさせることになる。

心の内を映画で表現するのは難しい。映画だけではない、目の前の人がなにを考えているのかなんて、実は誰にもわからないことなのだ。知ったかぶりして相手の気持ちを慮ったって、それが相手にとっては胡散臭い事柄になるのかもしれない。そんなことをお構いなしに生きて行ければ、こんな仕合わせなことはない。

『アデライン、100年目の恋』(The Age of Adaline)

2015年・アメリカ 監督/リー・トランド・クリーガー

出演/ブレイク・ライヴリー/ミキール・ハースマン/ハリソン・フォード/エレン・バースティン

主人公は1908年生まれなのに30歳の半ばに自動車事故に遭い、その時の落雷をうけ永遠に歳をとらない身体になってしまった。一般女性からすれば夢のような話だ。容姿も変わらない。だが、この映画の主人公は、歳をとらない自分の人生がこんなに苦労をするものだとは。

自分の娘が自分よりもはるかに歳をとった容姿になってしまった。この事実は二人だけの秘密、誰にも語れない永遠の秘密。不思議だったのは、容姿とIDカードとの違いにいち早く警察官が気がつくこと。本人の心配は、標本として政府に捕らわれるのではないかということ。へぇ~そうなんだ。そんなことで10年に1回住むところをかえるんだ、と新たな判断材料が新鮮だった。

金に飽かせて美貌を保とうとする芸能人がわんさわんさテレビに出てくる。どこまでやるのだろう、と思えるほどの若作り芸能人の姿は、これからどうなっていくのだろうか。もっとも、芸能人ばかりではない。一般人だって、ちょっとした小金持ちや金がなくたって美容に金を掛ける女性どもは、これでもかこれでもかと容姿に金を掛けている様子が垣間見られる。

『64-ロクヨン- 前編/後編』

2016年(平成28年)・日本 監督/瀬々敬久

出演/佐藤浩市/綾野剛/榮倉奈々/夏川結衣/緒形直人/窪田正孝/椎名桔平/奥田瑛二/仲村トオル/瑛太/三浦友和

とりあえず前編を AMAZON タブレットにダウンロードして、試聴を試みるつもり。結局新幹線の帰り道で前半の残りを観た。それ以外の時間帯は作れなかった。もともと持ち歩きのタブレットというつもりがなかったので、そんなに簡単に映画を観る時間を作れるわけもない。座席のテーブルにタブレットを置いて、Bluetoothイヤフォンで音を聞いている姿は、禿げあがったおっさんが何をやらかしているのだろう、と疑問を提供したに違いない。

前半戦は抜群におもしろい。役者の演技の格が違い過ぎるのがちょっと気になったが、内容としてはかなり秀でた作品に見えた。後半を明日に観よう。起きぬけに後編を一気に観てしまった。おもしろいんだけれど、同じような場面の繰り返しは興味が失せていく。最後のシーンへの突入は、前編の緊張感に比較すれば、イマイチというところ。子供を愛する人を描く映画が増えてきている。アメリカ映画はそればかりで、ちょっと食傷気味だが、日本の社会も人間も映画も、どんどん建前が本音に変わりつつあるのかもしれない。

昭和64年を忘れない。3度ほど皇居に行き記帳した。4月の天皇賞では枠連1-7の1点買い12000円が36万円になった。川奈のフジサンケイクラシックのプロアマ大会ではチームが優勝した。不思議な縁を感じる年となった。7日間しかなかった昭和の年を実体験したものだけが絶対忘れない年となった。

『ザ・コンサルタント』(The Accountant)

2016年・アメリカ 監督/ギャヴィン・オコナー

出演/ベン・アフレック/アナ・ケンドリック/J・K・シモンズ/ジョン・バーンサル

おもしろい。主人公は会計士。そんじょそこらにいる税理士なっかではない。しかも数学の天才会計士なのだ。さらに驚くことにこの天才会計士は自閉症なのだ。子供の頃から将来を案じる父親から、いざという時にも困らないようにと、武術を鍛錬させられていた。

自閉症は障害だと一般的に言われている。障害児や知的障害者という言葉にどうにも馴染めない。一方では特殊な才能を持っていることも知られているが、ここでそんなことを解説する必要もあるまい。この映画の主人公は高機能自閉症だとも言われている。Amazonプライムで100円で観た。終わりにいわゆるメイキングが付録であった。普段、このメイキングなるものを観たことがない。業界にいたくせにその製作過程の裏側を見せつけられるのが嫌なのだ。今回メイキングを観たのは初めてだろう。

3部に分かれてメイキングがあった。主人公を演じるベン・アフレックの言葉が印象深い。リアルな人間を演じることに最大限努力したという。自閉症をリサーチしたことは言うまでもない。アクションもリアルに、と制作側のスタッフ証言もかなり興味ある。危険な会計を引き受ける主人公、闇の金を洗浄するためには自分の身体も危険にさらされる。シリーズものになってもおかしくないおもしろさだ。映画の台詞の中で、アメリカの68人に1人は自閉症と診断されるという表現があった。天と地ほど違う個々の自閉症の人、もっと人間に優しい言葉がないのだろうか、自閉症じゃなくて。

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(Miss Peregrine's Home for Peculiar Children)

2016年・アメリカ 監督/ティム・バートン

出演/エヴァ・グリーン/エイサ・バターフィールド/クリス・オダウド/アリソン・ジャニー

原作は、2011年にランサム・リグズが出版した同名小説だという。日本のおとぎ話とはまったく違う様相を呈していて、そのはなしの中に入り込むのが困難だった。それはDNAの問題ではなく、年齢の問題なのかもしれない。古いヨーロッパに伝わってきた話なのかと思ったくらいだったが。

特殊な才能を持つ子供たちが場を賑わす。時間のループというテーマに沿って、無間地獄へと観客を誘う。残念ながら、物語に入り込めない人間にはちょっと苦痛な時間が続いた。特殊な才能は映画では禁じ手だ。スーパーマンが一番分かり易い。スーパーマンのような人間が何人も登場したら、もう終始がつかない。

こういう映画を観るたびに人間の才能とは?と、不思議がる。次回観ることになる自閉症ながら数学の天才会計士の話と似てくる。何が仕合わせの基準なのかと、いつも正しい回答は待っていない。あれは欲しい、これも欲しい、と何かを求めながら生きている現実があるなら、その瞬間が一番仕合わせなのだろうと思う。ひとつずつ手に入った物がが増えるたびに、仕合わせがひとつずつ逃げていくのだろう。

『空飛ぶペンギン』(Mr. Popper's Penguins)

2011年・アメリカ 監督/マーク・ウォーターズ

出演/ジム・キャリー/カーラ・グギノ/マデリン・キャロル/マックスウェル・ペリー・コットン

きょうは、2017年10月1日。ジム・キャリーでこの題名ならちょっと身構えて観なければ、と思っていた。調べた結果、何と日本では劇場未公開でビデオのみ発売になったという。そこまでひどい映画とは思えなかったが、いわゆる何処の劇場でいつ公開するんだと劇場側に問われても、配給会社に答えはないと思われる。

彼が映画に出始まった頃はこちらは現役映画マンの最絶頂の頃、どうしても彼を好きになれなかったし、受け入れなくても映画の仕事に支障はなかった。ところがどうだ、この頃になってどんなジャンルでも観る映画生活になったら、彼の映画がおもしろく感じるようになった。単なる食わず嫌いだったのかもしれない。

このペンギンだってはちゃめちゃだけど、そこがいいのだ、と言えるような自分になった。彼自身に変化はないのだろう。驚くのは、映画の中ではあるが、ペンギンを連れて街を歩く彼や高級マンションの部屋の中でペンギンと戯れる子供たちや元妻が、平然として対応していることだった。このあたりは日本映画だとしたら、周りの人間の狂騒の方がクローズアップされるに違いない、などと思ってしまう。

『星に想いを』(I.Q.)

1994年(平成年)・アメリカ 監督/フレッド・スケピシ

出演/メグ・ライアン/ティム・ロビンス/ウォルター・マッソー/スティーヴン・フライ

メグ・ライアンの顔が若くていきなりびっくりした。そう、彼女の映画『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally...・1989年)はヘラルドが配給した粋でおしゃれな映画で大好きだった。その5年後だから、まだまだ若い。トム・クルーズの『トップガン』(Top Gun・1986年)にも出演していることを今回初めて知った。

プリンストン大学の数学者の美しく聡明なキャサリン・ボイドが主人公。彼女はかの有名なアルバート・アインシュタインの姪だというところからして、コメディが始まっている。軽いタッチのコメディはアメリカ映画の得意とするところでもある。もっとも、どのジャンルでもアメリカ映画は卓越していて、日本映画の入り込む余地なんかこれっぽっちもない。

数学者の脳がどうなっているのか知りたいものだ。目の前を通り過ぎる数字のすべてが検索対象になっていて、さぞつらいだろうなぁ、と素人には映る。凡人が凡人であることを理解しないで必死に生きていくことが、人間にとって一番仕合わせなことだろうと、私は強く思っている。あるいは、自分は出来がいいのだと錯覚しながら人生を全うできるに越したことはない、と思っているのかもしれない。

『悲しみが乾くまで』(THINGS WE LOST IN THE FIRE)

2007年・アメリカ 監督/スサンネ・ビア

出演/ハル・ベリー/ベニチオ・デル・トロ/デヴィッド・ドゥカヴニー/アリソン・ローマン

こんなベタな邦題を付ける配給会社はどこだ、と怒りにも似た感情がわいた。角川映画だった。観る前からそんな冷静ではないことはめったにないが、宣伝部に配属が決まったばかりの若者が付けたような題名に腹が立つ。

親友とはどういう存在なのかを教えてくれる。陰の主人公は、この映画が始まって早々に死んでしまう。その死を引きずって生きていくのは妻、ヘロインに走ってしまった夫の親友とは接触すら持ちたくないと願っていた。

哀しいから涙が流れるのではない。懸命に生きる人間の姿に感動するのだ。子供から慕われる大人には共通のかたちがある。哀しい出来事を背負って生きるのは、いつだって生き残った人たち。生きていくことは、生かされていること。自分の意志で生を全うできるのなら、とっくの昔に息絶えている自分だろう。

『ジミー、野を駆ける伝説』(JIMMY'S HALL)

2014年・イギリス/アイルランド/フランス 監督/ケン・ローチ

出演/バリー・ウォード/シモーヌ・カービー/ジム・ノートン/アンドリュー・スコット

勇気のある邦題だ。この題名で大きな劇場に掛けるわけにはいかない。それが映画界の掟だ。せいぜいミニシアター系でのロードショーと割り切らなければ、こういう題名を付けるわけがない。一方、たぶん内容的にはかなり映画的でおもしろいだろう、と題名は物語っている。

1930年代のアイルランドを舞台に、実在の活動家ジミー・グラルトン(Jimmy Gralton)を描いたドラマ映画。第一次世界大戦と第二次世界大戦にはさまれた世界恐慌の時代、自給自足生活のような地域にも大きな経済的影響があったようだ。

カトリックという大宗教に支配されて住民はあっぷあっぷしている。民主化を阻害するのは、なんと教会だったのか。偉そうに教育から生活までをも教会が支配している。今では、そして日本では考えられないような暴挙に見える。恐ろしきは洗脳。北朝鮮国民がこの世のものとは思えない洗脳社会から解放される時がやって来ることを切に願う。

『グレイティスト』(The Greatest)

2009年・アメリカ 監督/シャナ・フェステ

出演/ピアース・ブロスナン/スーザン・サランドン/キャリー・マリガン/アーロン・ジョンソン

ピアース・ブロスナン主演で贈る感動のドラマ。スーザン・サランドン、キャリー・マリガンという豪華キャストが揃ったが、日本での劇場公開は見送られた。ピアース・ブロスナンは製作総指揮も務めた。(Yahoo!映画より)

この原題から家族ものを想定できなかった。ましてや交通事故で突然息子を失った父親と母親と弟、そしてまだ18才なのに一度限りの初めてのSEXで妊娠した女性たちが、死んでしまった若者をめぐって、どうしようもないやり場と葛藤にさいなまれる姿を映し出す。

The Greatestというタイトルは何を表すのか説明して欲しい。私の知識や検索能力では、その意味するところがいまだ分かっていない。腑に落ちないでいることは性に合わない。誰か教えてください。映画は結構いけてると思うが、どこをどうやって宣伝すれば間違ってヒットするのか、これこそが想定できない。だからオクラになったのだろうか。贅沢な話だ。

『ロックアウト』 (Lockout)

2012年・フランス 監督/スティーヴン・セイント・レジャー

出演/ガイ・ピアース/マギー・グレイス/ヴィンセント・リーガン/ジョセフ・ギルガン

西暦2079年。地球より少し離れた宇宙空間には、実験的に作られた刑務所「MS-1」が存在していた。500人にも及ぶ凶悪な囚人たちをコールドスリープの技術を用いて収監しているこの刑務所では、厳重な警備体制により未だ脱獄した者がいなかった。(Wikipediaより)というSFアクションものだ。

映画の近未来映像は、結構現実に起こり得るのもそれらしいと思っているが、あと60年後にこんな世界が出現するのはないだろうと思っている。ところが、現実人間社会は、現実に生きている人間が考える以上のスピードで進化していることも間違いない。携帯電話然り、まだ30年も経たないのに、目の前で携帯電話世界が変化を遂げた。

テレビ画面だってそうだ。30年前のスクリーンで見える会社や家庭のテレビ画面を見ると、古さが際立って見えることが分かる。日本国内のことだって、今やバブル時代のファッションや歌は、お笑いネタの提供元となっている。知らず知らずのうちに変化する環境、手をかざせば水が流れ落ち、ドアの前に立てば扉は自動で開くし、もうシャワー・トイレがなければアメリカでのスプリング・キャンプにも参加しないと宣言するプロ野球選手が現れるくらいだから、始末におえない。

『リスボンに誘われて』(Night Train to Lisbon)

2013年・ドイツ/スイス/ポルトガル 監督/ビレ・アウグスト

出演/ジェレミー・アイアンズ/マルティナ・ゲデック/シャーロット・ランプリング/ジャック・ヒューストン

原作はスイスの作家で哲学者のパスカル・メルシエの小説『リスボンへの夜行列車』、偶然手にした1冊の本に心奪われた1人の教師が、若くして亡くなった著者を知る人々を訪ね歩く姿を通して、独裁政権「エスタド・ノヴォ」時代のポルトガルに生きた1人の青年の波乱の人生を描く。(Wikipediaより)

スイスのベルン、高校で教師をしている主人公が、突然巡り合った1冊の本に触発され、授業をほっぽり出してポルトガルのリスボン行きの夜行列車に乗ってしまった。そんな馬鹿な、と思えるシーンから始まるこの物語は極めて映画的で興味をそそられた。その興味ほどに面白く映画は展開しないが、そこそこのおもしろさで最後まで魅せてくれる。

学生時代に覚えてしまった一人旅の楽しさ、1か月も一人で旅していると、最後にはもう家に戻りたくないという気持ちになったことも覚えている。旅の出逢いもそれなりにあったが、もう誰一人音信が続いている人がいない。人生とはそんなもので十分なのだろう。いつまでも昔のことを振り返って懐かしんでいたって、あしたのおまんまが降ってくるわけではない。

『シビル・アクション』(A Civil Action)

1998年・アメリカ 監督/スティーヴン・ザイリアン

出演/ジョン・トラボルタ/ロバート・デュヴァル/トニー・シャルーブ/ウィリアム・H・メイシー

普段は民事を争う弁護士をしている主人公。ジョン・トラボルタは、恰幅のいい容姿となって弁護士役も卒なくこなしている。活舌や声周りがいいので、弁護士を演じるのには十分だ。環境汚染問題を偶然扱うことになってしまった主人公、意地でもやり通そうとするがそんなに甘くない。

事実は小説より奇なりというが、事実に基づいたこの映画の結末は想定外だった。ハッピーエンドで終わってしまうには時代が経ち過ぎた。スムーズに勝訴になるなんていうことはなく、狡猾な大学教授兼弁護士にしこたま人生の苦みを味わされることになった。

真実は神のみぞ知る世界をどう評じるのかが弁護士の仕事、口も達者でなければ強い弁護士にはなり得ない。真犯人だって無罪を主張する人間を弁護するのが仕事なら、悪法だろうが条文を盾に自分の論理を組み立てていく。こういうケースでこんなことを言ってはいけない、とか、こんな時のこういう質問が致命傷だと学生に教えている片方の弁護士。その通りに悪い見本をやってしまう主人公が・・・。破産までして最後に勝つのは真実だ、と青二才のようなことを言ってしまう主人公が好きだ。大学教授は平気でそういう輩を貶める。それが現実の社会なのだろう。

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(Jack Reacher: Never Go Back)

2016年・アメリカ 監督/エドワード・ズウィック

出演/トム・クルーズ/コビー・スマルダーズ/オルディス・ホッジ/ダニカ・ヤロシュ

AMAZON タブレットを買って、まさか8インチ画面で寝転びながら映画を観るようになるとは。この前観た『再会の街で』ではじめて使い、これが2作目のタブレット映画鑑賞だが悪くない。テアトル東京のスクリーンを見上げながらの映画鑑賞が最高と認知している人種にとって、まさか8インチ鑑賞がこんな簡単に許されるとは。

画質を最高にして観るとかなりいい。昔ながらのスクリーンのざらざら感がなんとも言えないと思っている人種にとっても、あまり綺麗過ぎる画面は抵抗があるのかもしれない。それでも、それを素直に受け付けてしまえるのは観客側の問題なのだろうか。

アクション映画は大画面で、と言うのは定番の意見。こんな小さいもので観ても迫力がないよなぁ~、と思うのは観る前までのことだった。目の前10cmで映画を観ることがあるなんて、現役サラリーマン時代に映画業界に在籍した人間にとってはまったく想像だにしなかったこと。こうなるとシネコンなどで中途半端な大きさのスクリーンを距離があって観る方が、不満足な映画鑑賞になってしまいそうだ。

『エクス・マキナ』(Ex Machina)

2015年・イギリス 監督/アレックス・ガーランド

出演/アリシア・ヴィキャンデル/ドーナル・グリーソン/オスカー・アイザック/ソノヤ・ミズノ

想像の範囲内のロボットしか現実社会にはいない。いくらAIが進歩しようが、そのへんにいる極く極く普通の人間を超えるロボットが登場することは不可能だろう。まさしく人間の格好をして、外面上は区別がつかないロボットが作られる、ということがこの映画のテーマ。世界一の検索エンジンを作り上げたこの映画の主人公は、人知れず島でひとりでこのロボットを作っている。

まだ完璧に完成しているわけではない。優秀な社員のひとりを選んで、さらなるロボットの進化のためにデータをとることを任せた。ロボットが現実味がなくてちょと引いてしまう。特撮技術がどんどん進歩してロボットも想像を超える姿形となってしまった。

世界のロボットは人間の姿形を模して作ることは希だ。技能に特化したロボット技術がかなり進化しているようだ。日本のロボットはそういうロボットばかりではなく、人間の表情を模したものもだいぶさまになってきている。ただ、人間と区別がつかないロボットがもし出来たとしても、それは途方もない遠い未来になるだろう。

『ガール・オン・ザ・トレイン』(The Girl on the Train)

2016年・アメリカ 監督/テイト・テイラー

出演/エミリー・ブラント/レベッカ・ファーガソン/ヘイリー・ベネット/ジャスティン・セロー

原作の小説があるらしい。活字でならおもしろいかなと、想像は出来る。

原作がおもしろいからと言って、その映画化がおもしろいとは限らない。その見本のような映画だろう。

もっとも、途中でどうにも我慢がならず、何度も眠ってしまったというのが実情。

『プレイス・イン・ザ・ハート』(Places in the Heart)

1984年・アメリカ 監督/ロバート・ベントン

出演/サリー・フィールド/リンゼイ・クローズ/エド・ハリス/レイ・ベイカー

『クレイマー、クレイマー』で第52回アカデミー監督賞・脚色賞を受賞したロバート・ベントンが本作でも監督・脚本を兼任し、第57回アカデミー賞において脚本賞、主演女優賞を受賞。1935年の大恐慌時代のテキサス州の小さな町での物語。

夜の11時過ぎに観始まって、結局最後まで続けて観てしまった。保安官をしていた夫が突然黒人の少年に射殺されてしまった。住民はその少年を車で引きずり回して殺して木から吊るして見せしめをするという時代性が凄い。夫を失って、明日のお金がない。殉職でも一銭もお金が入ってこないというのも驚く。

それでも女は強い。男だって強い人もいるだろうが、一般的に女の生活力にはとてもかなわない。誰しもが認めるところだ。離婚するのはいい、子供の親権を持つのもいい、但し、この映画の主人公のように逞しく生きて欲しいと我が三女のこれからを憂う。

『クリエイター』(CREATOR)

1985年・アメリカ 監督/アイヴァン・パッサー

出演/ピーター・オトゥール/マリエル・ヘミングウェイ/ヴィンセント・スパーノ/ヴァージニア・マドセン

大学の先生には変わった人が多い、てなことを先入観として持っている。どこからそういうことが起こっているのだろうか。不思議だ。私だけがそんなことを考えているわけではなく、おそらく多くの人がそんな風に思っているような気がする。

この映画の主人公の大学教授もしかり。バイオテクノロジーを使い、亡き妻の再生を試みる教授、大学内では同僚や学生からも変な目で見られている。訳の分からないシーンが続いて、ようやく、なんとなく意味が分かってきた頃に終わりとなってきた。前回観た映画も同じようだった。理解する能力が本当に衰えて来たのか、それとも誰が観てもそう思うのかは分からない。

ひとつのことに熱中し、そこから飯の種をもらえる人生は仕合わせなのか、不幸なのか。万が一に夢のような研究が成就すれば、それこそノーベル賞ものだが、そんな暢気な人生が許されるのは学者の特権だろう。一般サラリーマンは普通に才能がなければ、出世すらもおぼつかず、毎日愚痴を言いながら酒浸りになる人生となる事は明白だ。

『メイジーの瞳』(WHAT MAISIE KNEW)

2012年・アメリカ 監督/スコット・マクギー/デビッド・シーゲル

出演/ジュリアン・ムーア/アレキサンダー・スカルスガルド/オナタ・アプリール/ジョアンナ・ヴァンダーハム

メイジーは主人公、小学校に入って間もない頃の想定だろうか。毎日のように夫婦喧嘩をしている。母親は口汚く父親を罵倒する。聞くに堪えない会話から逃れる術もない。案の定、両親は離婚してしまう。激しく罵りあうシーンを何度も見せつけることが、この映画の肝だったようだ。

何故、夫婦は当たり前のように喧嘩ばかりしているのだろうか。仲の良い夫婦は例外的な感じで扱われるのは、不思議な現象で仕方がない。アメリカの映画で見せつけられる恋人同士は永久に「愛してる」と言い続けるような描き方をされるけれど、いつの間にか双方に新しい恋人が出来てしまう。もしかすると、常に新しさを求めることの方が、より人間的なのかもしれない、と最近ようやく気付いた事だった。

10日ごとに母親と父親に引き取られる主人公、あなたを一番愛してると言われても、とても信じられる現実ではなかった。それぞれが再婚して、それぞれの結婚相手が主人公を引きとりに来るようになって、事態は大きく変わっていく。罵りあわない義理母と義理父、本当の両親でなくたっていい、目の前での喧嘩がないだけ仕合わせと思える生活が始まる。このあたりで映画はようやくおもしろくなったが、そこでストーリーは終わりに近づいてしまった。

『沈黙 -サイレンス-』(Silence)

2016年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/アンドリュー・ガーフィールド/リーアム・ニーソン/アダム・ドライヴァー/窪塚洋介/浅野忠信/イッセー尾形

原作は、遠藤周作の小説『沈黙』(1966年)。構想は1991年から存在しており、マーティン・スコセッシ監督の「念願の企画」といわれていたらしい。企画は2009年から具体化したが、先延ばしになっていた。2011年12月、スコセッシは『沈黙』が次回作になると述べた。2013年4月、『沈黙』の撮影が2014年7月から台湾で開始されると発表された。製作が長く難航したのは17世紀の日本という舞台を再現するのが非常に高くつくためで、台湾は予算が抑えられるために撮影地に選ばれたという。

遠藤周作の「沈黙」というタイトルは、知っている人の方が多いだろう。ただ、活字をたしなまない自分には絶対読むことがないであろう小説であることは確かだった。映画化されるという段階から早く観てみたいという衝動は抑えきれない。今回amazonプレミアで500円という金額でこの時期に観ることが出来たが、高いのか安いのかは分からない。でも、ひとまず観られた満足感があった。同じことの繰り返しという点ではちょっと映像的に不満足な点もあるが、その人々を圧倒する映画内容が素晴らしい。観たものだけが味わえる珠玉の時間かもしれない。

遠藤周作ものをヘラルド時代1本扱っている。『海と毒薬』(原作/1958年・映画/1986年)。もちろん原作を読んだことはなかったが、映画は私好みだった。監督の熊井啓とも2時間くらい喋ったことがあった。映画宣伝マンのプロではない私にも、そういう時間があったことが今ではひどく懐かしく感じられる。宣伝部長という役割も、今から考えればなかなか都合のいい立場だった。

『スノーデン』(Snowden)

2016年・アメリカ 監督/オリバー・ストーン

出演/ジョセフ・ゴードン=レヴィット/シャイリーン・ウッドリー/メリッサ・レオ/ザカリー・クイント

2013年8月1日、スノーデンは、ロシア連邦移民局から一年間の滞在許可証が発給され、5週間以上滞在していたシェレメーチエヴォ国際空港を離れ、ロシアに入国した。スノーデンの弁護士によると、ロシアでは普通の生活を送り、仕事をしたり様々な都市へ旅行しているという。2014年7月、弁護士によりロシア内の滞在期間延長が申請され、3年間の期限付き居住権を得た。2017年1月に、スノーデンに対するロシアの居住許可は、2020年まで延長されている。(Wikipediaより)

これは事実の結果であり、この映画の描く内容は、そこに至るスノーデン本人の人間そのものである。超有名な話でも時が経つにつれ、彼の名前も忘れ去られようとしている。アメリカにトランプ政権が誕生し、スノーデンがアメリカに戻れる可能性がまたなくなったような気がする。ただ不思議なのは、国を売ったからと裁判に掛けられる可能性のある人物が、またロシアという国に守られているという不思議さである。

監視カメラがどうのこうのと議論になっていた日本だが、今や監視カメラなくしては犯罪の摘発に有効な手段が優るものはない、と全日本国民が認知したようだ。こういう歴史を経て、少しずつ人間は進歩していくんだ、といういい見本かもしれない。スノーデンが暴露したアメリカの監視システムも、実は全世界で当たり前のように採用される時代が来ている。

『サイレント・ランニング』(Silent Running)

1972年・アメリカ 監督/ダグラス・トランブル

出演/ブルース・ダーン/ジェシー・ヴィント/クリフ・ポッツ/ロン・リフキン

『2001年宇宙の旅』や『アンドロメダ…』の特撮を手がけたダグラス・トランブルが監督を務めたという。その割にはこの映画の宇宙空間はちゃっちい。出来損ないの宇宙船内部やロボットなどを見ていると、『2001年宇宙の旅』を観たことあるのかと罵りたくなったが、監督が特撮の本人とは知らなかった。

映画とは金のかかるものだと改めて分かる。技術があったって、それを実現するだけの金がなければ、現実妥協をせざるを得ない。映画を見比べれば明らかに違う。眠ってしまった言い訳をさんざん書くことになってしまう。

この時代のテーマは似通っている。地球に緑がなくなってしまうという世界、40年、50年前には地球を危ぶむ意見が圧倒的だった。今や異常気象がどうのこうのと世界が大騒ぎしているが、何十億年も経っている地球年齢のことを言う学者がいないのが不思議だ。おそらくはたくさんいるのだとは思うが、地球がおかしいという言い方をしないと視聴者受けしないと勘違いしているマスゴミ(塵)の責任が大なのではなかろうか。

『きのうの夜は…』(About Last Night...)

1986年・アメリカ 監督/エドワード・ズウィック

出演/ロブ・ロウ/デミ・ムーア/ジェームズ・ベルーシ/エリザベス・パーキンス

デヴィッド・マメット作の『シカゴの性倒錯』(Sexual Perversity in Chicago)という戯曲を基に、エドワード・ズウィック監督がロマンティック・コメディとして映画化した。ロブ・ロウとデミ・ムーアの激しいセックス・シーンは当時大きな話題となった。もう30年前の映画になるんだ。デミ・ムーアは、この4年後に『ゴースト/ニューヨークの幻』(Ghost・1990年)が世界中で大ヒットし、大女優の仲間入りをするなんて、まだ知る由もない。

乳首もあらわに大スクリーンに映し出されるなんて、と訝っていたが、さすがにゴーストの前の作品だったことで、何となく納得。ゴーストの後では、さすがのアメリカ女優も、この程度の映画でそこまで裸身をさらけ出すなんてことはないだろう。

この時代のアメリカ人の若者の苦悩の一端が垣間見れる。ただSEXだけの相性で同居をはじめる男女は多かったようだ。それでも結婚に至らないのは、「愛」だとか「恋」の問題が解決されないからのようなのだ。手当たり次第に相手を替えていくのは男も女も同じこと。最近別れたの、と今の日本人若者も平気で口に出すが、30年前のアメリカのような自由奔放さは、まだまだ追いつかない。おそらく、この分野の進行度はあと30年後も追いつかないだろうと、想像出来るが。映画はおちゃらけが最後までおさまらず、軽い映画となってしまった。

『100歳の少年と12通の手紙』(Oscar et la Dame rose)

2009年・フランス/ベルギー/カナダ 監督/エリック=エマニュエル・シュミット

出演/ミシェル・ラロック/アミール/マックス・フォン・シドー/アミラ・カサール

原作は、フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットのベストセラー小説『神さまとお話しした12通の手紙(原題:Oscar et la Dame rose)』という。活字に疎い私なんぞは、見たことも聞いたこともなかった未知の世界の産物だ。原作者自らが脚色、監督して映画化した作品。普通そこまでやると、映画はつまらないありきたりなものになるのだが、この映画はおもしろい。

ストーリーを活字化すると「白血病」だの「神」だのが登場して実に陳腐な物語に見えてしまうのが恨めしい。活字でも映像でも最初からかかわりあって、最後まで行ければ、それに触れた人々にはなにがしらの感動が宿ることになる。が、今風にネットで調べてふむふむと軽率に理解したつもりになってしまう状態が一番やばい。

元気な時には両親が思いっきり自分にぶつかってきたことを感じていた主人公、まもなく天国に召されると医者に告げられた瞬間から、急に腫物にでも触るように、笑顔しか見せなくなった。そんな偽善は重病人には一番嫌なことかもしれない。はっきりと事実を理解し、その上に立って相手を慮らなければ、すべての人生が嘘にまみれてしまうことを死に行く人は知っているのだ。

『ヒラリー・スワンク ライフ』(Mary and Martha)

2013年・イギリス/アメリカ 監督/フィリップ・ノイス

出演/ヒラリー・スワンク/ブレンダ・ブレシン/サム・クラフリン/フランク・グリロ

アメリカの母と小学生の息子が、イギリス生まれで大学を卒業したばかりの青年との出会いは、アフリカだった。二組のアフリカ行きへの経緯が、激しく何度も画面が切り替わりながら語られる。シーンが落ち着いた頃には、この二組の出会いが何のためだったのかが判明し、なるほどさすがはアメリカ映画、こういう切り口もあったのかと感心させられた。

全世界中でこの50年間にテロでなくなった人+なんたらかんたら+なんたらかんたら、よりも、1年間でマラリアで亡くなっていく人が何十倍もいるという現実は凄い。アメリカはそういう危機を見て観ぬ振りはしない、世界のリーダーとして国家予算でマラリア対策をやっていると、大見得を切っている。言い切れるのが凄い。日本とは比べものにならない社会観が見て取れる。トランプが登場するまでは、と但し書きを付けたくなるような事実だった。

アフリカの地でマラリアで息子を亡くしたふたりの母親、ひとりはアメリカでのキャリア・ウーマン、ひとりはイギリスでの専業主婦。それぞれの立場の人間生き様を問いかけながら、時にはマラリア撲滅キャンペーンの様相を孕みながら、映画としてどんどん他人を巻き込んでいく力は素晴らしい。

『世界一キライなあなたに』(Me Before You)

2016年・アメリカ/イギリス 監督/テア・シャーロック

出演/エミリア・クラーク/サム・クラフリン/ジャネット・マクティア/チャールズ・ダンス

障害者の自殺幇助・安楽死を扱った問題作。ロマンティック・コメディと銘打たれた本作の結末については、一部の映画評論家などが賞賛する一方で、多くの障害者活動家やレビューアーから非難の声が寄せられた、とWikipediaに書かれている。結局、そうなってしまうんだ、とこの一文を見ただけで落胆する。

この邦題がそもそも。映画の内容を書いてあるページのどれを見たって、素直に納得出来ないだろうと思いながら観ていた。久しぶりに清らかな涙が流れて、気持ち良かった。映画を語る時に大島渚の記者会見をいつも思い出す。アホな新聞記者が「この映画にどういうメッセージを?」などと聞こうものなら、「バカもん!」映画を見なさい。君の感じるものがメッセージだ、というような答えが返ってくる。

前述Wikipediaも然り。障害者の自殺幇助・安楽死を扱った問題作という書かれ方をしたら、その時点でこの映画の命は途絶える。この映画は何が言いたいのかではなく、この映画を観てあなたは何を感じるのか、何を思うのか、あなたは何を考えるのかを問うているのだ。映画は観なくては始まらない。観た人なら非難する資格はあるだろう。また、私のように絶賛する資格も得られるだろう。

『飛べ!ダコタ』

2013年(平成25年)・アメリカ 監督/油谷誠至

出演/比嘉愛未/窪田正孝/柄本明/洞口依子/中村久美/芳本美代子/螢雪次朗/ベンガル

太平洋戦争の終結から5か月後に佐渡島で起きた実話を基に、脚色を加えている。撮影に際し、タイに現存する「ダコタ」(DC-3)の同型機を佐渡に移送して復元、ロケはすべて同地で行われた。(Wikipediaより)

秘話が、60年以上も表に出なかったのには理由がある。制作進行(現地コーディネーター)を担当した地元・佐渡出身の渡辺啓嗣さん(32)によると、「不時着時、まだ海外戦地から日本兵はほとんど帰還しておらず、島には年寄りと子供と女性ばかりが残っていたため」で、戦後、この秘話を語り継ぐ者もほとんどいなかったのではないかという。もう1つの理由を、渡辺さんは「戦争で亡くなった方もいたり、この事件の後に引き揚げてきた方も少なくない。戦地で部下を殺された人もいる。この出来事を素直に“良いことをした”と言える時代ではなかった」と解説する。

表に出る直接のきっかけとなったのは、3年前、「ダコタ」を無事離陸させるため米軍基地から派遣されていた米人整備員の子息が、佐渡を訪問、「父が佐渡で世話になり、ぜひ1度佐渡に行きたいと言いながら亡くなった」ことを関係者に告げたことだった。撮影全体にかかわったエキストラ、裏方、石の制作などの協力者は3,000人に及ぶ。まさに「佐渡ん人間」の根性を見せつけた、全島協力の映画だといえる。関係者は、「ダコタ」の不時着の時と同じように、「名もなきおばちゃんや女性たちの協力がなければ映画はできなかった」と評している。(ニッポンドットコムより)

『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』(Bridget Jones's Baby)

2016年(平成年)・アメリカ/イギリス/フランス 監督/シャロン・マグワイア

出演/レニー・ゼルウィガー/コリン・ファース/パトリック・デンプシー/ジェマ・ジョーンズ

日本語での名前の表記はレニーとされることが多かったが、TVのインタビューにおいて本人が「多くの人が私を『レニー、レニー』と呼ぶけど、私は“レニー”じゃなくて“レネィ”だから」と発言し、訂正している。2005年に日本で公開された2作ではレネーと表記された。実際の発音もでレネーに近いが、原音により近い日本語での表記は、「レネイ」または「レネーイ」であろう。(Wikipediaより)

何とも言えなく愛らしい彼女が好きだ。体つきも好きな要素の一因かもしれない。前作をしっかり観ていた気がしているが、今回ちょっと顔も身体も細くなったんじゃない、と思った。イメージというのは恐ろしい。彼女はちょっと太めだというイメージが強過ぎたのかもしれない。前作のシーンが今回の中でも出てきたが、決して痩せたわけでもなかったことが分かった。

それと、こんなに下ネタ満載だったっけ?、ということが。1週間の間にふたりの男とSEXをして、その結果43才にして妊娠したけれど、どちらが父親か分からないというのが今回のオチ。SEXなんて息抜きのスポーツの類いなんだと言うことがよーく分かる。50年前のアメリカ映画では、あんなに堅かった男女関係が。同じことの繰り返しでちょっと飽きが来るが、それでも彼女の微笑みを観られるだけで、仕合わせになれるのが嬉しい。

『ジェイソン・ボーン』(Jason Bourne)

2016年・アメリカ 監督/ポール・グリーングラス

出演/マット・デイモン/トミー・リー・ジョーンズ/アリシア・ヴィキャンデル/ヴァンサン・カッセル

『ボーン』シリーズの5作目であるが、2012年の『ボーン・レガシー』の続編ではない、というあたりがこのシリーズを観ているなかでの問題点だ。おもしろシリ-ズで、間違いなく全部観ている。が、毎回そのスピーディーなストーリー展開について行けない自分を発見する。

続き物ではあるが1回完結型になっているところも凄い。1作目から1日中この映画を観たい気分にさせられる。でも、疲れるだろうな~。人間アクションもカーアクションも生半可ではない。なんといっても戦う相手がC.I.Aなのだから、世界中の監視カメラを駆使して主人公を探し出してしまうと言う、途方もない設定になっている。

まだ1週間も経っていないAmazonプレミアムへの加入だが、年間3900円も高くないかもしれない、と思わせられている。テレビの録画ではどうにも間に合わない新しめの映画鑑賞が、この手段によってようやく出来るかもしれない。レンタルショップで借りるDVDは、準新作100円をくだることはない。しかもこの値段は期間限定だ。1ヶ月4本の準新作を観られれば、元は取れる。もしかすると、このチャンネルにも有料新作があるのかもしれない。またパソコンを手放せなくなってしまった。

『ダウンタウン物語』(Bugsy Malone)

1976年・イギリス 監督/アラン・パーカー

出演/スコット・バイオ/ジョン・カッシージ/マーティン・レブ/ジョディ・フォスター

眠ってしまった。いつものことだから、言い訳のひとつも出て来ない。おもしろい映画で眠ることはない。デビット・パットナムというイギリスのプロデューサー作品。彼は小さな恋のメロディやミッションでヘラルドとは深い関わり合いがあるが、この映画の配給は東宝東和だ。

彼が来日した時、宣伝部員の若手をお供に付けて、川崎のS.L.に送り込んだことがあったような、なかったような。外国人を受け付けないお店があった当時、営業部長に頼んで地元とのお店を確認してもらったことなど、今となっては懐かしい想い出のひとつ。

この映画はギャングの世界の話を全員子供が演じているところがミソ。なのだが、ミソがミソだけで終わってしまっているのが残念。話の導入部分にパロディーのように挿入するシーンならまだしも、子供が演じるマフィアの世界は観ていておもしろくない。ミュージカルでもて囃されても、映画には向いていない舞台の見本だろう。

『ロック・オブ・エイジズ』(Rock of Ages)

2012年・アメリカ 監督/アダム・シャンクマン

出演/ディエゴ・ボネータ/ジュリアン・ハフ/トム・クルーズ/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ

トム・クルーズが主役ではなさそうだった。もっと若い男女の物語。ブロードウェイで人気を博した2005年初演の同名ロックミュージカル(ブロードウェイ初演は2009年)の映画化らしい。確かにミュージカルっぽく登場者が歌を歌うシーンが多い。ゲイの告白までをも歌で聞かせるなんて、今らしいと言えるのだろう。ミュージカル嫌いの私には辛かった。何が「ロック」だ、といつも怒っているが、この映画で聞かされる楽曲もさほどいけていないロックに聞こえた。

トム・クルーズは、かつての勢いはなくなったもの、いまだカリスマとして業界に君臨するスーパー・スター、ステイシー・ジャックスというロック歌手を演じ、勿論歌うシーンもたくさんある。吹き替えなのか本人の声なのかを記したページは見つからなかった。ありがちな設定、田舎から出てきて成功を夢みる歌手志望の娘が主人公らしい。今回はニューヨークではなくロスだ。ありがちな成功物語にはなっていない。そこが寂しい。成り上がり者的に成功する過程が映画としては、一番おもしろいところなのに。

スーパースターの描かれ方がコメディーのようで、ちょっと不快感がある。酒と女に溺れている生活が、あまりにも・・・・。最近はまっている「ベビメタ」音楽の方がはるかにロックっぽい。ベビメタはヘビーメタルのアイドル版としての地位を不動のものとしているが、矢沢永吉なんかよりはるかに「ロック」と言える聴き触りに思えて仕方がない。

『あ、春』

1998年(平成10年)・日本 監督/相米慎二

出演/佐藤浩市/斉藤由貴/富司純子/山崎努/藤村志保/三浦友和/余貴美子/村田雄浩

前月の若尾文子特集に続き今月は富司純子特集月間らしい。彼女はこの映画の主人公ではないが重要な脇役。今をときめく斉藤由貴が主人公の妻役で出ている。サラリーマンの普通の奥さん役のはずなのだが、彼女の醸し出す雰囲気は不思議な空気を漂わせる。おもしろい女優だ。東宝のシンデレラはみんな独特の個性をもっている。そういう意味では選考委員に一貫性があるのかもしれない。

5才の特に両親が離婚し、母親に育てられた主人公。父親は死んだと母親に聞かされていたが、30年後にふらりと主人公の家にやってきて、居着いてしまった。本当の父親かどうかも定かではない。困り果てた主人公は母親に追い出す応援を頼むと、母親の口から実はあんたは父親ではないと、ぶったまげた真実を告げられて、父親はすごすごと家を出て行くのだ。まだまだ話は終わらないが、ひとつの家族の物語は続くのだった。

浮浪者となって近くの公園で徒党を組まれては息子も嫁も嫁の母もたまったものではない。家に居られるのは嫌だが、かといって公園で浮浪者も困る。と、もしかするとありそうな設定が泣けてくる。家族という幻想を夢の中から現実に落とし込め、ありきたりの仕合わせに浸れる人は何パーセントいるのだろうか。よほど頭のいいやつか、あるいは極めて頭の悪いやつなのか、心の中で多くのことを処理できる人種が、一握りの仕合わせ者になれるのかもしれない。

『誘う女』 (To Die For)

1995年・アメリカ 監督/ガス・ヴァン・サント

出演/ニコール・キッドマン/マット・ディロン/ホアキン・フェニックス/ケイシー・アフレック

まったくオリジナル・タイトルにはない邦題を付けている典型的な例。最近では日本語題名にも限界が来て、オリジナル・タイトルをそのままカタカナ表示している邦題が、圧倒的に多いのは諸兄姉の知っているところ。

もう30年前以上に東宝東和が付けた邦題『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』あたりが、オリジナル・タイトルのカタカナ表記邦題のハシリだろうとみている。あのときには、さすがにこの長い題名はないだろう、と否定的だったが、案に相違してヒットした。さすが東和だと感服しなければならなかった。『ジョーズ』しかり『E.T』然り、いつの間にかカタカナ英語が当たり前の世界が到来していた。

内容に鑑みて紡ぎ出す邦題の苦労は分かる。ところが映画館に足を運ぶ人は内容を吟味して行くわけではない。なので、こういう軽い邦題は間違ってもヒットへとは繋がらない。もっとも、邦題なんてクソ食らえで、中身がめちゃめちゃおもしろければ、題名なんてどうでも良くなるから困ったものだ。それじゃ、題名なんてどうでもいいじゃないか、とお叱りをうけそうだが、そこがそうではないから映画の商売はおもしろいと言わざるを得ない。

『ペギー・スーの結婚』(Peggy Sue Got Married)

1986年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/キャスリーン・ターナー/ニコラス・ケイジ/バリー・ミラー/キャサリン・ヒックス

コッポラ監督作品であることすら忘れている。情けない。間違いなく観ていない作品だと確信をしながら観ていたが、観終わってから、ふ~む!観たことがあるかもしれないなぁ~、と情けない記憶力に愕然とした。観ていたって、観てなかったとしても何も変わりないはずなのだが、意味もなく、なにかが違う心情が我ながら理解出来ていない。

キャスリーン・ターナーの顔がまた一致しない。いつもながらのことなので辟易するが、彼女の名前と顔がどうにも一致しない。若い頃に記憶できていればそんなことはないと思われるが、固まってしまってからの脳には、うまく記憶されないことの見本のようなものだと感じている。

「バックトゥーザフューチャー」のようなタイムスリップ版。一瞬の気絶時間に体験する過去の自分は、やってみたい体験だ。仕合わせなことに毎日のように夢を観ているが、起き上がって、あ~また変な夢を見たな~、という日が多い。特別に特異なことではないが、登場する人物の組み合わせが不思議だったりするのだ。夢の内容を覚えているのは良くないことだ、みたいなことを聞いたことがあるが、それはだいぶ前のこと。今ではどういう診断があるのだろうか。嘘みたいな『専門家』達の言うことは。

『梟の城』

1999年(平成11年)・日本 監督/篠田正浩

出演/中井貴一/鶴田真由/葉月里緒菜/上川隆也/山本學/火野正平/根津甚八/中村敦夫/岩下志麻

なにしろ活字に疎い自分の人生の中でも、司馬遼太郎の作品はそれなりに読んでいる。『竜馬がゆく』の単行本を手に取ったのが初めて。その日のうちに1巻を読み終え、翌日には2巻目、そして3巻目へと必至になって読み終えたことを思い出す。なにしろ、おもしろかった。それでなくとも少なかった睡眠時間をもろともせず、深夜まで読み耽っていた何日間かだった。

その後、『国盗り物語』『功名が辻』『尻啖え孫市』『燃えよ剣』『夏草の賦』『峠』『世に棲む日日』『花神』『播磨灘物語』などを立て続けに読んだ、と記憶している。主人公の姿が目の前に現れて、こんなことを喋っていると夢想できるとする作者の言葉が印象深かった。『坂の上の雲』で司馬遼太郎を挫折した。なぜかは分からない。世間の評判が悪かった作品ならまだしも、評価の高い作品がおもしろくなかった。何度か挑戦したことも覚えている。

『梟の城』(ふくろうのしろ)は、1958年(昭和33年)4月から翌1959年(昭和34年)2月まで宗教専門紙「中外日報」に連載されたもの。初期作品の1篇である。1958年(昭和33年)7月、「司馬遼太郎」としての初めての著書『白い歓喜天』が出版される。当時は山田風太郎と並ぶ、伝奇小説の担い手として注目され、本格歴史小説の大家になろうとは予想だにされていなかったという。

『大統領の陰謀』(All the President's Men)

1976年・アメリカ 監督/アラン・J・パクラ

出演/ダスティン・ホフマン/ロバート・レッドフォード/ジャック・ウォーデン/マーティン・バルサム

なんといっても、アメリカ大統領で唯一現職を辞任したニクソンの、その原因となったウォーターゲート事件を扱ったもの。アメリカ大統領という言葉が付く映画題名は結構多い。みんなそれなりにおもしろいのは、実際の大統領を切りとった題材に起因するのだろう。

ダスティン・ホフマンもロバート・レッドフォードもまだ若い。ほぼ40才という年齢で、俳優人生も10年という経歴だ。もう有名になっているこのふたりを起用することで映画興行に箔がつくことは間違いないが、このふたりでなくても充分にヒットしただろうと思える内容だった。よほど下手くそな監督でない限り、おもしろくならないはずがない。ワシントン・ポスト紙がどういう地位に位置づけられているのかが分からないが、新聞記者、活字記者としてスーツとネクタイを必ず着けて、インタビューに向かう姿勢は、いまどきでは考えられないような律儀さだ。時代なのだろうか?

日本のマスゴミ(塵)とは雲泥の差があると植え付けられているのは、こういう映画や情報が逐一日本の社会にもたらされたからだろう。トランプになって、どうにも肩身の狭い思いをしているような現在のアメリカのマスコミ、そのうちこの映画のような度肝を抜く暴露記事が出ることを期待している。そうでなくちゃ!&%$

『スクリーム・クイーンズ』(SCREEM QUEENS)

2017年・アメリカ エグゼクティブプロデューサー/ライアン・マーフィ

出演/エマ・ロバーツ/アリアナ・グランデ/リア・ミシェル/ジェイミー・リー・カーティス

例の大阪の配給会社から貰った。スクリーム・クイーンズ DVDコレクターズBOX[DVD]という2つの箱に分かれたボックスだった。テレビドラマシリーズがDVDレンタル屋に並んでいるが、内容的にはそのちょっと上を行く映像だろうか、などと初めての媒体に嬉しさが。自分から手にとって借りることはないだろうから。このBOXの発売が今年の3月だったのでそう書いたが、アメリカではもっと前に公開していたのだろう。スクリーム・クイーンズ シーズン2も発売されていた。

1つの箱には4枚のDVDが入っていた。全部で8枚、1枚は特典映像だというが何が入っているのかまだ分からない。2枚まで観終った、このままこのシリーズだけを書くわけにいかないから、観続けはするが書くのは今日か明日までだろう。1枚ごとに最初に別の映画の予告編が入っていて、相変わらずうざったい。最初に入れる方式は、強制的に観ろという姿勢。本編の後に入れて、観ても観なくてもいいよという任意方式を取るべきだといつも思っている。

内容はイマイチどころかイマサンといったところか。悪魔のいけにえのようなチェーンソーを振りまわす殺人鬼が現れて、次々と人が殺されていく。誰が犯人なのだろうと、キャピキャピ・ギャルどもに女校長を巻き込んで、学園が騒然としていく。品の悪いセリフと共に存在感のない役者どもが舞台上で駆けずり回っている。

『ラスト・プリンセス~大韓帝国最後の皇女~』

2016年・韓国 監督/ホ・ジノ

出演/ソン・イェジン/パク・ヘイル/ユン・ジェムン/戸田菜穂

基本的に韓国映画を観ないことにしている。一度か二度観たことがあるが、評判の良い韓国映画なるものがちーっとも、おもしろくなかったのだ。日本の昭和30年代のような映像でテンポも遅く、たまに速いアクション映画には嘘のようなシーンが目立つだけだった。

この映画は大阪で映画配給会社をやっている知人からもらった「SAMPLE」版を観たのだ。左上に大きくSAMPLEと常時表示されているのがうざったいが仕方がない。韓国・中国を中心にヨーロッパ映画も仕入れているというから、大したものだ。

この映画が「反日映画」というやつか、と頷きながらの鑑賞となった。フィクションですと断りがあるものの、韓国王朝が日本による日韓併合で潰されたことを嘆く映画だった。日本人役も多くの韓国人が演じていて気持ち悪かったことが一番の文句の付けどころ。おもしろいことはおもしろいのだが、反日でも何でもいいから、きちんとしたキャスティングをしろ! せっかく戸田菜穂をつかっているのに、彼女まで偽物に見えてしまう。

『王になろうとした男』(The Man Who Would Be King)

1975年・アメリカ/イギリス 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ショーン・コネリー/マイケル・ケイン/クリストファー・プラマー/サイード・ジャフリー

原作は、1888年のラドヤード・キプリングによる小説。アフガニスタンの僻地にあるといわれる「カーフィリスターン(英語版)」(Kafiristan)で王になった、英領インドの二人のイギリス人冒険家の話である。この小説は、ジェームズ・ブルックとジョシア・ハーランの二人の経験を元にしている。ジェームズ・ブルックは、ボルネオ島にあるサラワクで白人王に成った英国人であり、ジョシア・ハーランは、米人冒険家でゴール王子の称号を、彼自身のみ成らず、彼の子孫にまで与えられた。この小説は、それだけでなく他の事実を要素に取り込んでいる。たとえば、ヌーリスタンの人々が、ヨーロッパ人の外観を備えていることや、最後に無くなった主人公の頭が戻ってくる話は、アドルフ・シュラーギントヴァイトの斬られた頭が植民地省に戻ってきた事実をモデルにしたものである。(Wikipediaより)

軽いコメディ要素が強い。ショーン・コネリーが他人を笑わせようと演技しているわけではない。一種のおとぎ話のようなストーリーだが、ヨーロッパから見たインドやその周辺国への偏見と嫌味に満ちた思想を感じてしまう。極東とはファーイーストのことであり、何処が世界の中心地かを如実に物語っている。その極東の最果てに存在する島国日本が、なぜ世界に吾して活躍できるのかは七不思議であろう。

神と崇めるのも人間の所業であり、やっぱり人間だと奈落に堕とすのも人間の為せる技。あまねく宗教というものが人間社会を牛耳っている。ちっとも発展しない宗教が、少しは進化していく人間社会の邪魔となっている。千年、2千年以上前の習慣や忌避物を、現代社会にあてはめようとする。そんな異常なことを正常だと言い張っている。不思議な指導者とそれに従う人々だ、と単純に思うのだが。

『死海殺人事件』(Appointment With Death)

1988年・アメリカ 監督/マイケル・ウィナー

出演/ピーター・ユスティノフ/パイパー・ローリー/ニコラス・ゲスト/キャリー・フィッシャー

日本ヘラルド映画配給作品だった。『ドーバー海峡殺人事件』というインチキ邦題をつけて公開した作品は覚えているが、この作品がヘラルドだったとは意外だった。観始まったばかりだが質の悪さにちょっと・・・・。

そんなことを言っているから、観る気が失せている。もっとも日曜日は、目の前のテレビ番組を見るケースが多く、映画が2番目になっているのが悔しい。進まず。

わざわざ暑い最中、お天道様がギラギラしている時に出かける。家の中に一日中いたのでは、それでなくとも死んでいる身体が覚醒しない。少しでも負荷をかけることによって、元気な身体が蘇るような気がしている。久しぶりの大須往復、その後に観る映画環境は最悪、いや最高だった。気持ち良く眠って、目覚めた直後に映画も終わるなんて、なんと天才的なことだろう。

『カルテット! 人生のオペラハウス』(Quartet)

2012年・イギリス 監督/ダスティン・ホフマン

出演/マギー・スミス/トム・コートネイ/ビリー・コノリー/ポーリーン・コリンズ

引退した音楽家たちが身を寄せるビーチャム・ハウス(Beecham House)は資金難のため存続の危機にある。若者に対する音楽の普及に心血を注ぐレジー、ボケが始まったシシー(「弱虫」の意味もある)、ホームでも女性を追い回しているウィルフに衝撃が走る。プリマドンナだったジーンが入居してきたのだ。かつてイギリス史上最高と謳われたカルテットを組んでいたが、野心とエゴで皆を傷つけ、別れたままだった。(Wikipediaより)

かつてスポットライトを浴び、スタンディングオベーションの拍手で迎えられるという最高の誉れ高き時を過ごしてきた芸術家たちも、生きているならば一人で人生を全うできないこともある。そんなときには、一般人ではなくこんな風な老人ホームがあれば、心が休まるかもしれない。もしかすると、もう歌ったり楽器を弾いたりするのは嫌だという人もいるかもしれない。

日本でも、テレビが放送されてから登場した芸能人は、ほとんどが昭和の時代を生きている。そういう人たちが最後を迎えることが多くなったこの頃。この一団がいなくなった世界にはどんなエンターテインメントが流行っていくのだろうか。

『ダブルチーム』(Double Team)

1997年・アメリカ 監督/ツイ・ハーク

出演/ジャン=クロード・ヴァン・ダム/デニス・ロッドマン/ミッキー・ローク/ポール・フリーマン

職務上で人殺しをする元CIAエージェントが主人公。何でもありのアクション、たまにはこういう映画がスカッとさせてくれる。ちーっともスカッとしないフジテレビの『スカッとジャパン』なんかとは比べものにもならない。監督のツイ・ハークはヘラルドが配給した『男たちの挽歌』(英雄本色・1986年)の製作総指揮をしている。

ジャン=クロード・ヴァン・ダムの映画をほとんど観ていないが、なかなかアクション・スターの要素を兼ね備えていていい。離婚率が圧倒的に高いアメリカ人が、映画の中ではいつも妻や子供、家族愛に満ち溢れている。離婚率が高いからこそ、そうではない人達がそうなのだろうか。あるいは、離婚する前はみんなそんな風なのかもしれない。

タイトルはバスケットボール用語の「ダブルチーム」からの由来だという。バスケットボールでは1人の選手に対して2人の選手がディフェンスをすること。ディフェンスをする際に、ある一人の選手のオフェンス力が高い場合、ダブルチームをすることでオフェンスを止めることを目的とする。しかし、残りの選手はオフェンス側が4人、ディフェンス側が3人となるため、ディフェンス側としては他の選手のディフェンスが手薄になりやすい。ディフェンス側の他の3人がマンツーマンディフェンスをした場合、オフェンス側は1人がフリーになる。という解説があった。そういう元CIAエージェント同士の殺し合い。

『あの頃ペニー・レインと』(Almost Famous)

2000年・アメリカ 監督/キャメロン・クロウ

出演/パトリック・フュジット/ビリー・クラダップ/ケイト・ハドソン/ビリー・クラダップ

監督・製作・脚本のキャメロン・クロウは実際に15歳で『ローリング・ストーン』誌の記者になり、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤングなど、数多くの伝説的なミュージシャンへのインタビューに成功した。その体験が基になっており、彼はこの作品で第58回ゴールデングローブ賞作品賞(ミュージカル・コメディ部門)と第73回アカデミー賞脚本賞を受賞した。青春映画として、また音楽映画として非常に評価が高い。(Wikipediaより)

映画の終わりに「この映画はフィクションです」と断りをわざわざ入れている。もうすぐメジャーデビューしそうなロックグループの国内バス・ツアーの様子が生々しく描かれる。「酒と女とドラッグと」という合い言葉が現実なのかな、と思わせる音楽業界の世界である。

妙に引き込まれていくストーリーだが、ちょっと同じシーンの繰り返しで飽きが来るのは仕方のないことか。最後のどんでん返しみたいなものがなければ、映画としてまったくつまらないものになってしまっているだろう。日本だって同じような光景が繰り返されてきたのだろう、きっと。有名人に群れる女達は今に始まったことではない。それでいいのだ。

『しとやかな獣』

1962年(昭和37年)・日本 監督/川島雄三

出演/若尾文子/船越英二/浜田ゆう子/高松英郎/川畑愛光/伊藤雄之助/山岡久乃/小沢昭一/山茶花究/ミヤコ蝶々

BS12トゥエルビというチャンネルで現在進行中の特集が「銀幕の大女優BS12人の女」だ。この4月から始まっていた。4月吉永小百合、5月香川京子、6月山本富士子、この7月は若尾文子。山本富士子の作品を1本だけ見ている。特集と分かってから若尾文子を1本先日観て2本目の「浮雲」は早々と観終わってしまった。観たことがあり、おもしろさが見られなかったので。

この映画の監督川島雄三について友人からその才能なるもののレクチャーをうけたことがある。その時点でそれなりの本数を観た。若くして亡くなっている監督なので本数が限られている。久しぶりにこの映画を観る気になった。なかなか鋭い画面やセリフ回しにおもしろさが溢れ出ている。やっぱり優秀だと言われた監督は、優秀なのだなぁと改めて感じる。

したたかな人間(家族)が主人公の映画。ためになる。生まれてきて真面目に生きていくことだけが人間の生きる道ではない、と教えられる。したたかに、しとやかに、あるいは獣のように生きる人たちを生々しく、いきいきと描いて余りある。私なんぞは、見習うべきことばかりのような気がして、気が滅入りながら、一方ではまだまだ人間としての可能性を強く、深く感じ入る。

『ミスター・ノーボディ』(Il mio nome e Nessuno / My Name is Nobody)

1973年・イタリア/フランス/西ドイツ 監督/トニーノ・ヴァレリ

出演/ヘンリー・フォンダ/テレンス・ヒル/ジャン・マルタン/ジェフリー・ルイス

この映画のコメントを書く前に1本映画を観ようと思い観始まった。『フィッシャー・キング』(The Fisher King・1991年)以前観ていい映画だったという記憶だけあった。結構ゴ・トゥー・マッド的な映画だったので驚いたが、この程度の馬鹿さ加減が自分には丁度いいと再認識もした。

マカロニウェスタン作品について何も書く気が失せてしまった。映画の面白さを比べるのは滑稽なことだが、自分に合った映画を比べることは出来る。ロビン・ウィリアムズは死んでしまったが、いい俳優だった。彼なくしては成立しない映画が何本かあった気がする。

ニューヨークの浮浪者が主人公という毛色の変わった映画は、記憶に残る1本となった。細かいストーリーを今後も記憶に留めることは出来ないのだろうけれど、観た時に感じる蘇りは、自分の心のどこかに巣くっているに違いない。そうでなければ、今の自分も無いであろうから。

『座頭市血笑旅』

1964年(昭和39年)・アメリカ 監督/三隅研次

出演/勝新太郎/高千穂ひづる/金子信雄/加藤嘉/石黒達也/北城寿太郎/杉山昌三九

黒澤明の映画を始めとする日本の時代劇は日本国外でも高く評価され、『子連れ狼』と並んで、座頭市シリーズの影響を公言する映画監督も少なくない。キューバでの評価も高い。1958年のキューバ革命以後、キューバではハリウッド映画の輸入が禁じられたため、日本映画が頻繁に公開された。そのなかで1967年に初上映された『座頭市』シリーズはもっとも公開回数が多く、勝演じるハンデキャップを抱えた孤高の剣士座頭市に、キューバ国民は自らの置かれた境遇を重ね合わせ、熱狂的に支持されたという。(Wikipediaより)

ざーっと数えて26本。1989年(平成元年)には勝新太郎の監督による『座頭市』が公開された。しかし、立ち回りの撮影中に勝の長男である鴈龍太郎(奥村雄大)の真剣が出演者の頸部に刺さり、頸動脈切断で死亡する事故が起きたり、公開翌年には勝新太郎がコカイン所持で逮捕されるなどして、映画(および勝)の周辺にはトラブルが絶えなかった。『座頭市2』の企画がしばしば話題に出ることがあったものの、勝の逮捕が影響してか新作企画はいずれも頓挫したようであり、平成元年版が勝新太郎による最後の製作映画となった。

タケシの座頭市はつまらなかったことを思い出した。下駄をはいたタップダンスシーンが見事で斬新的だとお世辞を言われてその気になっているようじゃタケシも終わりだなぁ、と思った時だった。誰にも文句を言われず言いたいことを言い放題のように見せている彼の芸は大したものだけれど、いったん箔を貼ってしまうと、もうそれに縛られてがんじがらめの日本社会が垣間見えてくる。

『最高殊勲夫人』

1959年(昭和34年)・日本 監督/増村保造

出演/若尾文子/宮口精二/滝花久子/亀山精博/川口浩/丹阿弥谷津子/船越英二/近藤美恵子/北原義郎/柳沢真一

若尾文子が美しい。奇しくも日本のプロ野球では、オールスター第2戦目をやっている。そして奇しくも船越英二の息子で俳優の船越英一郎が夫婦問題で毎日のようにテレビ芸能ネタを席巻する事態となっている。

三人姉妹の長女が社長秘書からその会社の跡取り息子と結婚、次女も姉とまったく同じ道を歩み、その会社の社長秘書となりその会社の二男と結婚をした。三女はまた同じような道を歩むのだろうか、というのがこの映画の筋書き。こういう軽い源氏鶏太風物語だと思いながら観ていたら、まさしく同名小説からの映画化だという。

当時のサラリーマンやOLの生活感を感じ取れて興味ある。丸の内界隈や昼食処の雰囲気も我々世代にとっては違和感の無い日常生活そのものだ。三姉妹の父親の働く会社は都心からは遠いらしく、昼食時に女子社員がめざしを焼きながら弁当を食べている。微笑ましい。この家族の住む場所も都心からはかなり遠いらしく、家の周りには何もなく道路も舗装もされていない。電車とバスを乗り継いで通勤している。撮影現場はどのあたりなのだろうか、と興味は尽きない。

『ジャージー・ボーイズ』(Jersey Boys)

2014年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/ジョン・ロイド・ヤング/エリック・バーゲン/マイケル・ロメンダ/ヴィンセント・ピアッツァ/クリストファー・ウォーケン

クリント・イーストウッド監督作品としては、珍しくおもしろくない。『シェリー』の大ヒットで人気を博したフォーシーズンズというグループの生い立ちと、その後のグループ内でのいざこざが、おもしろくなく描かれている。『シェーリー、シェリベイビー、シェーリー』という謳い文句をもちろん記憶しているが、計算すると14才の時だった。そんな若かったのかと、ちょっとまだ信じられない。

トニー賞受賞ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の映画化ということなので、イーストウッドのおもしろさを出すことが出来なかったのかもしれない。歌手の成功物語で面白くないものはない、というのが普通だが、そんなものではうけないだろうと視点の違う物語にしたのがこのミュージカルだったのだろう。

かなりの金を稼いでいたはずだが、ひとりのメンバーが負った借金をリードボーカルのメンバーがみんなで払おう、というあたりが泣かせどころ。映像的には仲間喧嘩に終始しておもしろくないのだ。彼がいたから成功したのだ、とグループが出来た時の恩を忘れない人間の心根は美しい。ちょっと金が入るようになると、まだ成功していなかった頃なんてころっと忘れてしまう輩が多いのが常だが。

『最後の恋のはじめ方』(Hitch)

2005年・アメリカ 監督/アンディ・テナント

出演/ウィル・スミス/エヴァ・メンデス/ケヴィン・ジェームズ/アンバー・ヴァレッタ

原題の「ヒッチ」は主人公の名前。モテない男性をモテるよう指南するデートドクターなる職業が彼の仕事だ。ちゃらい内容なのは観始まってすぐに分かった。アメリカ人はおもしろいこと考えるものだと、妙に感心したりした。気楽に観ていたが、意外と主人公の職業が真面目なことが分かってきて、映画を観る目が変わっていくのを感じていくようになる。

気の利いた邦題だが、理屈っぽくて即座に意味が身体に入らないところがイマイチ。題名としては洒落ていて好きな部類だ。SEX目的で女を引っかけるための指南をするわけではないことがだんだんと分かってくる。なるほど、気持ちを相手に伝えるためには第三者が教えてくれる「技」も必要なのが男女の仲なのかもしれない。

所詮は男と女、あばたもえくぼの世界は奥深い。好きになられるように頑張ったところで、振り向いてもくれない人がいることは多い。恋多き人間だからこそ、多いという表現が出来る。嫌われてもいいんだ、という思いで自分の嫌な面をわざわざ見せることが私流の恋の仕方。そんな自分を気にしてくれる人がホントの恋の始まりと思っていた。虚しいことはたくさんあったけど、恋の成就は極くわずかだったような気がする。

『ホビット 決戦のゆくえ』(The Hobbit: The Battle of the Five Armies)

2014年・ニュージーランド/アメリカ 監督/ピーター・ジャクソン

出演/イアン・マッケラン/マーティン・フリーマン/リチャード・アーミティッジ/エヴァンジェリン・リリー

J・R・R・トールキンの1937年の小説『ホビットの冒険』を原作とした『ホビット』三部作の第3作目(最終章)。1作目だけ見た記憶がある。壮大な話に見えたが、イマイチ子供騙しの域を脱していない感じがして、2作目は結局観ていない。

この手の物語は最初につまずくと、後が続かない。外国映画だからと期待に胸を膨らませていても、所詮おとぎ話よりも幼稚なストーリーに乗り切れない自分がいる。月光仮面以来触れることさえ遠慮してきた自分がいる。一貫性だけは健在なので、ちょっと眠ってしまったのも無理なきこと。

金がかかっているな~という映像が続く。一般的にこういう映画は大ヒットしているのが常なので、自分が一般的ではない、といつも認識させられる。普通の人と何処が違うのだろうか、と分析してもなんにも分からない。何処も違うはずがないと思っているのに、どこかが違うよと言われると、あっそう、と妙に納得してしまう自分もいる。

『スローターハウス5』(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death)

1972年・アメリカ 監督/ジョージ・ロイ・ヒル

出演/マイケル・サックス/ロン・リーブマン/ユージン・ロッシェ

えっ! こんな古い映画だったのか! 題名すら知らなかった。こんな風にスキップしてしまうこともあるんだ。時空間移動という大好きなジャンル、SF内容だった。観始まったがおもしろくない。まだ10分も経っていないだろう。明日には観終わったと書けていればいいのだが。

予定通り、本日は一歩も進まなかった。また翌日にあたる今日は、少しは進んだがまだ観終らない。ようやく3日目にして観終わった。こんな経過を辿りながら1本の映画を観るのは不謹慎かもしれない。おもしろければ一気に観てしまうのだが。相手が人間だって同じこと、特に異性だったら、興味を持たせてくれる人とは時間を忘れて話し込むが、興味のない人からは一時も早く離れたいものだ。

タイムマシンという空想は壮大で楽しいが、理論上いくら実現可能と言われても、目の前で実行する人が現れなければ絵に描いた餅のようなものだろう。同じ空間に過去・現在・未来があるなんて言われても、馬鹿な頭では理解しようもない。せめて夢だけでも見ていたい。

『眼下の敵』(The Enemy Below)

1957年・アメリカ/西ドイツ 監督/ディック・パウエル

出演/ロバート・ミッチャム/クルト・ユルゲンス/ラッセル・コリンズ/デイヴィッド・ヘディスン

いやぁ~、おもしろいですね~。指揮官とはこうあるべきということが、よく分かる。昔、良い就職とは良い上司のいる会社・部署に就職することだと言われた。若くて訳の分からない時にどんな人間のもとで仕事が出来るのかは、その人間の将来に大きな影響があることは誰しにもわかること。

この著名な作品を観ていないわけはないと思うのだが、相変わらず新鮮な気持ちで観られるのは、やっぱり特技だと言っておこう。駆逐艦と潜水艦の戦いを、さも有りなんといったシーンの連続で描いてみせる。現実の指揮官がここまで優れているとはとても想定できないけれど、こんな超優秀な指揮官がいたらいいだろうな、と思わせてくれるだけで映画の役割は済んでいる。

明日になれば明日の風が吹く、と暢気な事ばかりを考えながら暮らしていける人間は最高に仕合わせだろう。一方ではこうやって一瞬の判断のミスも許されない時間を送っている人もいるのだろう。生まれかわったら、次回にはせめて2、3人でいいから全幅の信頼を受けられるような人間として大人人生を暮らしてみたい。

『奇跡のシンフォニー』(August Rush)

年(平成年)・アメリカ 監督/カーステン・シェリダン

出演/フレディ・ハイモア/ケリー・ラッセル/ジョナサン・リース=マイヤーズ/ロビン・ウィリアムズ

大好きな映画だった。題名からこの映画だとは分からなかった。それにしても陳腐な邦題だ。原題の意味に意味はないが、原題の由来には訳がある。映画の内容に八月はなんの関わり合いがないから『八月の鯨』『八月の蝉』『八月のラプソディー』のような題名でも良いかもしれない。『死霊のはらわた』を付けた宣伝部長としては、『八月のラッシュ』あたりで手を打つとしようか。

会いたい人には絶対会える。という言葉を信じている。この映画のテーマもそうかもしれない。その間を取り持つのが音楽ということになるのだろう。こういう映画を観るたびに、音楽の才能を持って生まれかわりたいという強い希望がふつふつと沸き上がってきて困るくらいだ。

間違いなく『最近観た映画』欄にはすでに書いていると思うが、そんなことを確認することなく一気に観終わった。嬉しさが涙を出させる。年老いたからではない、心が震えるから泣けるのだ。原題の由来を確かめるためにも、是非見て下さい。お奨めします。

『プロゴルファー織部金次郎2』

1994年(平成6年)・日本 監督/武田鉄矢

出演/武田鉄矢/財前直見/阿部寛/下川辰平/平田満/柴俊夫/小倉久寛/萩尾みどり

原作の漫画は、武田鉄矢原作、高井研一郎作画による日本の漫画。『ビッグコミックスペリオール』(小学館)で連載されたらしい。存在はそれなりに知っていたが、きちんと見たことはない。映画もあ~あったよね、くらいの感覚しか持っていなかった。

武田鉄矢の映画はおもしろい部類に入るだろう。このシリーズも5作目まで行ったらしいから、驚くしかない。観客のツボを押さえているのが強みなのかもしれない。財前直見の顔を好きではなかったが、この映画では美しく見えた。浜ちゃんシリーズの浅田美代子のような存在を意識したに違いない。それとも寅さんシリーズのマドンナまで行っている?

冒頭の画面がアニメのようなタッチの色遣いと風景でちょっとおもしろかった。そのシーンが実写に変わっていくのは製作者の意図するところなのだろう。新しい映画はこの程度でも充分楽しめる。くっだらない日本映画の中では、断然おもしろい方だ。

『草原の輝き』(Splendor in the Grass)

1961年・アメリカ 監督/エリア・カザン

出演/ナタリー・ウッド/ウォーレン・ベイティ/パット・ヒングル/ゾーラ・ランパート/サンディ・デニス

当時既にスター女優だったナタリー・ウッドの相手役に選ばれるというラッキーな映画デビューを果たしたウォーレン・ベイティがこの映画でスターになっていった。世界大恐慌を背景に青春と家族が描かれている。現代のハチャメチャSEX観念から見れば、到底信じられないような貞操観念はアメリカにもあったことを映画で知ることが出来る。

「女は男と違って喜びは感じないのよ」「女が身体を許すのは子供を産む時だけのもの」という母親の声がとてもアメリカだとは思えない。55年前はアメリカだって日本と何も変わらない雰囲気だったことがうかがえる。その後の変わり様は雲泥の差がありそうだ。ただ、当時のアメリカの高校生活が、今の日本の大学生活みたいで、そのあたりの違いは大きいな~、と印象深い。

その高校での授業でワーズワースという詩人の名前が出てきた。昔は時々聞いた名前のような気がするが、今では希有。ウィリアム・ワーズワース(Sir William Wordsworth,1770年-1850年)は、イギリスの代表的なロマン派詩人だという。映画の最後に彼の詩が繰り返され、映画の題名へとつながっていく。『草原の輝きは戻らず 花は命を失ったが嘆くことはない 残されたものに力を見いだすのだ』劇中、女主人公が高校の授業で「この詩の意味を答えなさい」と先生に聞かれたが、彼女は答えられない。今、渡しだって答えられない。どういう意味なのだろうか?

『マグノリアの花たち』(Steel Magnolias)

1989年・アメリカ 監督/ハーバート・ロス

出演/サリー・フィールド/ドリー・パートン/シャーリー・マクレーン/ダリル・ハンナ/ジュリア・ロバーツ

もともとは1987年にオフ・ブロードウェイで上演された。脚本は原作と同じロバート・ハーリングがつとめた。ハーリングは映画の脚本を初めて手がけて、自身が書き上げた戯曲を大幅に改稿した。原作にはなかった男性キャスト、屋外シーンなど多くの要素を追加した一方、トルーヴィの子供を2人から1人にするといった設定変更や、一部の台詞を削除・変更した。舞台設定はルイジアナ州にあるチンカピンという架空の町がつくられ、実際の撮影はルイジアナ州ナカタシュで行われた。(Wikipediaより)

女達の物語に男の出る幕はない。肝心な箇所で眠ってしまったが、もう一度観ている安心感があった。と言っても、相変わらず内容は新鮮に見えることが嬉しい。よくよく覚えていないもんだと、我ながら感心する。

普通の人間生活を取り出して、喜怒哀楽の心情模様を描いてくれる。こんな生活がしたかった。という過去の人生を振り返ったって、二度と意識のある人間生活を送ることは不可能なんだろう。

『インサイド・ヘッド』(Inside Out)

2015年・アメリカ 監督/ピート・ドクター

出演(声)/エイミー・ポーラー/フィリス・スミス/リチャード・カインド

現在世界ナンバーワンのウォルト・ディズニー・ピクチャーズとピクサー・アニメーション・スタジオ作品だ。『Mr.インクレディブル』(The Incredibles・2004年)が凄くおもしろかったし、最近では『アナと雪の女王』(Frozen・2013年)だって結構面白く観られて、アニメと侮るなかれという印象が強い。

このアニメのアイディアに脱帽した。12歳の少女ライリーの頭の中に存在する5つの感情たち――ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミを映像化、擬人化して観客に見せる。色の付いた球を上手く使って、感情の起伏が心の内から表に表現される様を映画にしている。原題の Inside Out は「裏返し」という意味らしいが、日本の配給会社は「心」の動きを「頭」の働きとして題名化したのだろう。悪くはないが、その理屈っぽさが庶民に伝わらない。

心の中の動きは、「想い出の保管場所」だったり「考えの列車」だったり「友情の島」だったりと、なるほどと思わせる人間分析情報が凄く生かされている。悲しい時に「喜び」の活躍を期待してもダメらしい。悲しい時には、その哀しさを思いっきり表現することによって、周りの人たちの助けが初めて自分に被さってくるのだという。ちょっと教育的で胡散臭さもあるが、ジブリのような雰囲気もしていいような悪いような。

『八十日間世界一周』(Around the World in 80 Days)

1956年・アメリカ 監督/マイケル・アンダーソン

出演/デヴィッド・ニーヴン/カンティンフラス/ロバート・ニュートン/シャーリー・マクレーン

長かった。2時間49分、インターミッションが1分間あった。言わずと知れたジュール・ヴェルヌ原作。1872年、主人公のフォッグは20,000ポンドの賭けに勝利するため、気球・鉄道・蒸気船などを利用して80日間での世界一周を目指す。ストーリーはほぼ原作に準じているが、英国ユーモアの要素が加味されてフォッグの言動がさらに誇張されている、という。

冒頭には映画の解説のようなシーンがあり、まだ月面着陸は実現されていない、というくだりがあった。そう初めて人類が月面に到達したのは、1969年7月20日、宇宙飛行士ニール・アームストロングおよびバズ・オルドリンがアポロ11号だった。

世界巡りといっても時間をかけるシーンはそれほど多くはとれない。スペインの闘牛、日本での鎌倉・大仏、アメリカでのインディアンに襲われるシーンが特に取り上げられていたことがおもしろい。それなり以上にお金をかけた映画だということが分かる。アカデミー賞では8部門ノミネートされ5部門で受賞している。ヴィクター・ヤング作曲、ヴィクター・ヤングオーケストラ演奏による主題テーマ曲「Around the World」は、『兼高かおる世界の旅』のテーマ曲やフジテレビ系列で1997年?2006年に放送されていたサスペンスドラマシリーズ『スチュワーデス刑事』のメインテーマ曲に使われている。また、近鉄名古屋駅での伊勢志摩方面行きの近鉄特急の発車メロディにも2016年より使用されているという。

『ぼく東綺譚』

1960年(昭和35年)・日本 監督/豊田四郎

出演/山本富士子/芥川比呂志/新珠三千代/織田新太郎/東野英治郎/乙羽信子/原知佐子/岸田今日子/松村達雄/淡路恵子

「ぼく」は、さんずいに墨という漢字を書くのだが、パソコン上では使用できない漢字らしく?になってしまう。私娼窟・玉の井を舞台に、小説家・大江匡と娼婦・お雪との出会いと別れを、季節の移り変わりとともに美しくも哀れ深く描いている永井荷風の小説というよりも、娼婦役であの山本富士子が主役を張っていることに驚く。公然と娼婦のいる世界を体験したことのない世代は、こういう世界に憧れがある。

山本富士子は、1950年(昭和25年)、読売新聞社・中部日本新聞社・西日本新聞社が主催する第1回ミス日本(700人近い応募者があった)において、満場一致でミス日本の栄冠に輝いた。ミス日本になってから3年後の1953年、映画会社の争奪戦の末、大映に入社。戦後ミスコン出身女優第1号と言われている。1954年に『金色夜叉』、1955年には『婦系図 湯島の白梅』のヒロイン、1956年の映画『夜の河』が大ヒットし、大映の看板女優として活躍した。

1963年1月、大映との契約更改を月末に控え、前年と同じ条件の「年に大映2本、他社2本出演」の契約を主張したが受け入れられず、1月末の契約切れを待ってフリーを主張。大映の社長・永田雅一は烈火の如く怒り、彼女を解雇し五社協定にかけると脅した。山本はフリー宣言をし、同年2月28日、帝国ホテルでの記者会見で「そんなことで映画に出られなくなっても仕方ありません。自分の立場は自分で守ります。その方が生きがいがあるし、人間的であると思います。」と語り、詫びを入れろとの周囲の声に耳を貸さなかった。永田は一方的に解雇し、五社協定を使って他社や独立プロの映画や舞台からも締め出すよう工作する。この事は当時の国会でも取り上げられ、世間でも「人権蹂躙」と非難の声が上がった。彼女はテレビドラマに活路を求め、『山本富士子アワー』などに主演した後、演劇に新境地を開き、2013年現在まで演劇一筋で主演を続けている。なお、五社協定から49年が経過した2012年の今も映画界には復帰していない。ただ、テレビ番組『映像美の巨匠 市川崑』(1999年、NHK)の中で、1983年に市川崑から映画『細雪』への出演依頼があったが断っている。結局、岸惠子が演じることとなったが、公開になった映画を観て、出演しなかったことを後悔したと語っている。(Wikipediaより)

『ウルヴァリン: SAMURAI』(The Wolverine)

2013年(平成年)・アメリカ/オーストラリア 監督/ジェームズ・マンゴールド

出演/ヒュー・ジャックマン/TAO/福島リラ/真田広之/スヴェトラーナ・コドチェンコワ/ブライアン・ティー

この手の映画を観るのは初めてだったので、ちょっと楽しみだった。いきなり外国人が選びそうな女優の顔が出てきてがっかりする。どうして外国人は日本女性を選ぶ時に、ほとんどの日本人が好きではない顔を選ぶのだろうか。不思議でたまらない。その後に主演女優クラスの日本女性がすっきりした顔だったので、安堵した。

真田広之の英語が上手くなっていて感心したが、その分日本語のセリフがちょっと衰えていた。演技もオーバーになって良くなったのは英語の発音だけといった感じだ。内容がまったく分からないので興味がわくのだが、だんだんと分かってくると、おもしろく無さが顕著になってきた。話に無理がありSFとしてもイマイチ。

超人物語はそのギャップが現実的でないと、画面に入り込めない。漫画の良い点と映画・映像の迫力が合体しなければ、飽き飽きしたシーンの連続になってしまう。まぁ、つまらない映画だった。

『ゲームの規則』(La Regle du Jeu)

1939年・フランス 監督/ジャン・ルノワール

出演/マルセル・ダリオ/ノラ・グレゴール/ローラン・トゥータン/ジャン・ルノワール

印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの次男ジャン・ルノワールが監督と役者を務めている。こんな情報はまったく知らなかったが、そういうことを全然気にしないで映画業界に在籍していた。誰が父親だろうが母親だろうが、そんなことはどうでもいい。本人がどれほどの人間力を示してくれるのが重要だ。いつの時代も。

「3年間私の生活はうそで固められてた」と主人公の侯爵夫人は嘆いて見せる。「それも現代の一面さ 皆がうそをつく 薬局の広告 政府 ラジオ 映画 新聞 一般の僕らもやっぱりうそをつく」「人生は何があるか分からん 幸運を祈るよ」 こんな会話がかわされる。小間使いまでもが愛欲にふけるこの映画は見苦しい。芝居じみたフランス人の人生を映し出しているようにも見える。

代々のお金持ち、権力者、土地持ちはどういう風に出来上がってきたのだろうか。もともと誰のものでもなかったはずのものが、個人の所有となって金持ちと貧乏人が出来てきた。もともとは誰かのものだったものを力によって自分のものにしてしまったものが伝承された。神が創りしたまう地球という惑星には、人間では計り知れない歴史と現実があるようだ。

『家族はつらいよ』

2016年(平成28年)・日本 監督/山田洋次

出演/橋爪功/吉行和子/西村雅彦/夏川結衣/中嶋朋子/林家正蔵/妻夫木聡/蒼井優

この5月27日から続編の「家族はつらいよ2」がロードショーされている。タイミング悪く主演の橋爪功の息子が薬物疑惑で逮捕され、30才にもなる息子の不祥事なのにマスゴミに晒されている状態だ。

ここにある家族の物語は、日常の家族の風景。大袈裟に表現しているわけではない。小さな事をことさらに述べているわけでもない。山田洋次の偉大さが分かる映画かもしれない。

三世代が同居する家族の形、今回は老夫婦の離婚問題を取り上げている。身につまされる。映画の中でも言われていたが、家族会議をしてこの老夫婦問題を話し合えるだけ仕合わせだと。そういえば、それまでにも勝手なことをしていながら、夫婦の問題だからと家族に何も話さず離婚してしまったことは、決して誉められた話ではないことを痛感させられた。

『フィラデルフィア物語』(The Philadelphia Story)

1940年・アメリカ 監督/ジョージ・キューカー

出演/キャサリン・ヘプバーン/ケーリー・グラント/ジェームズ・スチュワート/ジョン・ハワード

古い白黒映画を観始まった。お喋りな映画で、これでもかこれでもかと誰かが喋っている。主には主人公のどら娘の物語なのだが、これだけ喋られると少し静かにしてくれないかな、と思ってしまうほどだった。

お金があっても家族の絆は怪しい。いつも感じることだが、お金持ちの家族が概して不幸な種を抱えている姿が多くの映画で語られている。そして多くの映画で語られているのが、その反対の情況、貧しいけれど仕合わせな家族の姿だ。これはプロパガンダなのだろうか。誰の?何の?という疑問しかない。

人間の永遠のテーマなのだろう。この頃の社会は「格差」という言葉で自分の不幸を自覚する輩がたくさんいる。不幸なのは格差だからではなく、自分の精神構造の貧しさからだと分からない頭の弱さがある。

『男性の好きなスポーツ』(MAN'S FAVORITE SPORT?)

1964年・アメリカ 監督/ハワード・ホークス

出演/ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/ジョン・マッギーヴァー/マリア・ペルシー/シャーリーン・ホルト

こんなタイトルって? と、一瞬戸惑ったが、公開年を見て、この頃なら邦題はほとんど直訳題名が多かったので、そういうことなのだろうと想定した。あまりにも直訳のような邦題だったので、かえって驚いた。外国映画の日本語題名を語るだけでも1冊の本が書けるだろう。先日発売になったヘラルド本によれば、私の名前は「死霊のはらわた」という題名を決めた宣伝部長となっていた。嘘ではないけれど、他に名を残せる宣伝を指揮したことを探して欲しかった。そんなものはないよ、と自分で否定してしまいそうだが。

ドタバタ喜劇なのに、いい男といい女が登場するので、日本のバタバタ喜劇とは雲泥の差がある。50年前以上にこんなコメディ映画を作られちゃ、とてもじゃないけど日本映画は追いつける術もない。

どんなスポーツに熱中しようが、目の前に美しい女性が現れれば、男はみんな女に夢中になる。と、歌を披露されてしまう。世界中、時代を超えて男は女の虜になるらしい。それでいいのだ、と神ものたまうのだろうか。そんな魅力に溢れた女性に巡り会いたかったが、残念ながら私の人生には女が重要ではなかったようだ。生まれかわったら肝に銘じておこう。

『バニラ・スカイ』 (Vanilla Sky)

2001年・アメリカ 監督/キャメロン・クロウ

出演/トム・クルーズ/ペネロペ・クルス/キャメロン・ディアス/ジェイソン・リー

観た記憶が明確にあり、おもしろくなかったという事も覚えている。こんな時は観る気がなかなか起きないで困る。当然の如く寝てしまったのは、想定内というやつだろうか。2時間16分の上映時間だが、放映時間番組は2時間40分。巻き戻さないで観続けたが、訳が分からないで往生した。こういうときは自分の愚鈍さを罵るのだが、出来れば頭脳明晰な人からこの映画の講義を受けたい。

酒を飲まない、飲めない者にとって一番悔しいのは、意識がなくなる瞬間に恵まれないこと。一度だけ、40年前以上のことだが、ちょうど名古屋に1年半居た頃、友人の家でコークハイが甘くて美味しいよと言われ、何も知らずに飲んだ結果が無意識状態だった。それ以来飲めない酒を勧められても甘いアルコール飲料は決して口も付けないようになっている。

どんなに酔っても本人が無意識だったと弁明しても、家に辿り着くというのは、無意識状態とは言えないだろう。最近、マスコミ関係の女性が無意識にさせられてレイプされたと訴えている事件があった。私が今使っている導眠剤、誘眠剤をアルコールと一緒に服用すると、そういう状態になるらしい。アルコールをとらなくても、この眠剤といわれるものを服用して3時間も起きていると、無意識に近い状態になれることをほどほど体験している。無意識とは違って、意識ははっきりしているのだが、目の前にある食べものを食べ尽くしてしまったり、パソコンのメールを内容も確認せずに返信してしまったり、ということが何度が起こっている。それは薬のせいではなく、もしかすると呆けの入り口のせいかもしれないのだが。

『魔法少女を忘れない』

2011年(平成23年)・日本 監督/堀禎一

出演/高橋龍輝/谷内里早/森田涼花/碓井将大/前田亜季/伴大介

「魔法」という言葉に強く反応した。あり得ないことや、あり得ない世界を見せてくれる技に憧れている。ライトノベルというジャンルに属する原作らしい。テレビ西日本の初めての配給作品と紹介されていた。フジテレビ系の福岡にある放送局だという。共同配給に「SPOTTED PRODUCTIONS」という名前があったり、この会社を設立したのが映画配給会社・アップリンク出身の人間だったりと、まったく知らない名前に隔世の感を抱いた。

昔魔法を使っていた少女は、そのうちみんなから忘れられてしまう。というのがテーマらしい。おもしろい発想だ。だから人間関係の希薄な現代に問いかけているのだろう、と浅はかな想定をしてみる。もっと奥の深いことだよ、とたしなめられれば、はい!すいませんと素直に謝るしかない。

魔法を使えたらいいなぁ、と小さい頃から密かに望んでいた。この歳になっても、まだ諦めてはいないけれど、他人にこんな事を喋れるわけもなく。

『バニシング in 60』(Gone in 60 Seconds)

1974年・アメリカ 監督/H・B・ハリッキー

出演/H・B・ハリッキー/マリオン・プシア/ジェリー・ドージラーダ/ジョージ・コール

・上映時間の半分を割いた約40分にわたる前代未聞のカーチェイスは語りぐさとなっている。製作から30年以上を経ても、このロングカーチェイスの記録は破られていない。 ・作品中のテロップでは主役は“ELEANOR(エレナ エレノア又はエレナーとの記載もあり)”とだけ記されている。これは主役はあくまで「車」なのだ、というハリッキーのメッセージである。 ・カーチェイスは、ロケーションも含めて、ドキュメンタリータッチで撮影されており、主人公の車が通過後の被害処理にあたる警察やヤジ馬などの描写など、独特の雰囲気をもっている。 ・ペイスの車がハイウェイから強引に出ようとする際、後続車と接触しスピンしながら鉄柱に激突するシーンが出てくるが、これはアクシデントによる実際の事故ショット。ハリッキーは負傷しながらも、カメラマンに「おい、ちゃんと撮ったか?」と聞いたというエピソードは有名。 ・スタントマン出身のハリッキーが自らハンドルを握る、カーアクション映画のカリスマ的作品である。(Wikipediaより)

確かに今まで観たカー・アクションは何だったんだろうかと思わせるシーンの連続だった。この映画を始めに観ておけば、のちのちのカーアクション・シーンにも少しは愛情を持てたかもしれない。

果てしなく続くカーアクションに終わりはないと思われた。上映時間1時間38分、こんな映画もあっていい。バラエティーに富んだ時代の申し子のような映画だったような。

『レッド・オクトーバーを追え!』(The Hunt for Red October)

1990年・アメリカ 監督/ジョン・マクティアナン

出演/ショーン・コネリー/アレック・ボールドウィン/スコット・グレン/サム・ニール

1984年11月、ゴルバチョフ政権の前夜、ソ連のタイフーン級潜水艦がグランド・バンク南に浮上、原子炉損傷の気配を見せ深海に姿を消した。乗組員救出の未確認情報もあるが、米ソ両政府は次のように言明している―この映画が描こうとするような事実が起こった事は一切ないと。-映画版、「レッド・オクトーバーを追え!」冒頭より(Wikipedia)

このクラスの映画は、いつ観直してもおもしろい。2時間15分なのに、飽きるという感覚がないのが嬉しい。内容を相変わらず覚えていないのが利点。最後だって、このあたりで終わりだろうなぁと思ったら、まだまだ続きがあってちょっと驚いた。冷戦という構図がなければ、こんな物語も出来て来ない。裏でロシアと通じていたのではないかと疑われるような政権が、平気でアメリカを牛耳っているのが現在の構図。ずいぶんと世の中は変わったものだ。

仮想敵国がないと国は成り立たないのだろうか。北朝鮮の未来はあるのだろうか。魑魅魍魎とした国際情勢はどっちに向いていくのだろうか。トランプの登場で、世の中はおもしろくなったのかもしれない。トランプでなかったら、おそらく何も変わらない半年だったろう。これから彼が2番目の大統領辞任にならない保証はない。それよりも賭け事ならば、彼が辞任するかどうかが、もう既にイギリスのブックメーカーに載っているかもしれない。

『超高層プロフェッショナル』(Steel)

1979年・アメリカ 監督/スティーヴ・カーヴァー

出演/リー・メジャース/ジェニファー・オニール/アート・カーニー/ハリス・ユーリン/ジョージ・ケネディ

四流映画の典型のような映画だった。だからおもしろい。でも物足りない。鉄骨で高層ビルを建てるというシーンがこの映画の売り。この時代だと日本では超高層という表現でも嘘にはならなかったのだろう。この題名あたりも胡散臭くて微笑ましい。

地震大国の日本で超高層ビルがこれほど建つようになったことは驚異的だ。現在の日本一は2014年3月竣工の大阪・あべのハルカス-高さ300m/地上60階。2番は、横浜ランドマークタワー高さ296m/地上70階/1993年竣工。3位、大阪泉佐野市・りんくうゲートタワービル-高さ256.1m/地上56階/1996年竣工。4位、大阪府咲洲庁舎-高さ256m/地上55階/1995年竣工。5位、東京・虎ノ門ヒルズ-高さ255.5m/地上52階/2014年竣工。ということらしい。

2022年完成を目指しているのが、東京・虎ノ門・麻布台地区再開発、森ビルの計画で地上65階、高さ約330mという規模だ。三菱地所は東京駅日本橋口前に高さ日本一となる390mの超高層ビルなど4棟を建設するらしい。一番高い建物は2027年完成らしいから、このビルを見ることはないであろう。このあたりが日本での高さの限界なのだろうが、100年後にはもっと高いビルが可能になっていたりするのだろうか。

『大空港』(Airport)

1970年・アメリカ 監督/ジョージ・シートン

出演/バート・ランカスター/ディーン・マーティン/ジーン・セバーグ/ジャクリーン・ビセット/ジョージ・ケネディ

昭和45年は記憶に残る年だ。日本万国博覧会いわゆる大阪万博はこの年の3月15日に開会している。卒業して名古屋の片田舎で働いていた私は、確か2度大阪に行っている。3月31日にはよど号ハイジャック事件が起こっている。今のようなインターネット時代でなくても、ニュースにかぶりついていた当時だった。この年には日米安保条約の自動延長に反対するデモも大々的に行われていた。前年の1969年には東大安田講堂事件、2年後の1972年にはあさま山荘事件と、日本の世の中は騒然としていた。

アーサー・ヘイリーによる同名の小説を原作とする。エアポートシリーズと呼ばれる4作品の第1作目。オールスターキャストによるパニック映画の元祖と言われる。いわゆるグランドホテル方式で、それぞれの登場人物にまつわるストーリーが複雑に交錯する構成となっている。当時のハリウッドを代表するようなスターが競演するのはそのためである。(Wikipediaより)

原題は単なる「Airport」というあたりがおもしろい。パニック映画だが、大袈裟になり過ぎず、観客が安心して観られるパニック映画という感じ。この後の映画は、どんどんCG技術が進化して行き、人力ではありえない映像が平然とスクリーンに現れ、最初のうちは観客を脅かせることが出来たものの、これでもかこれでもかという映像が大きな壁にぶち当たってしまったという事実も。

『天使と悪魔』(Angels & Demons)

2009年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/トム・ハンクス/アイェレット・ゾラー/ユアン・マクレガー/ステラン・スカルスガルド

原作はダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』。原作では『ダ・ヴィンチ・コード』が2作目だったが、映画化では時系列を入れ替えて逆転しているということらしい。前回書いたように出来過ぎた話がこの映画でも続いていたが、最後の10分間は見応えがあった。どんでん返しの典型のような筋書きが映画っぽい。

カトリック教会におけるローマの司教たるローマ教皇を選出する選挙システムが映画の舞台。奇跡を起こしたことがないと教皇にはなれないと知ったのは前回2013年の時かもしれない。サラリーマン現役時代は、ヨハネ・パウロ2世が1978年から2005年まで長い期間だったので、教皇の話題にも無関心だったのだろう。今やインターネット時代となって、このコンクラーベも世界的な規模での報道合戦と化してきた。次回の時には、もっと大騒ぎになるのは目に見える。

人間の長い歴史の中で、キリスト教の果たす役割は極めて大きい。イスラム教だってその影響力が大きいのは確かだが、進歩しない宗教には先がないと思わざるを得ない。伝統とは受け継ぐものではなく伝えるものだとする思想は、時間をかけてその合理性を世の中に問わなければならない。科学を排除することが伝統を衛ることではない、とこの映画も言っている。

HDD/ブルーレイ・レコーダー『TOSHIBA DBR-Z610』

REGZAブルーレイ DBR-Z610 を購入したのは、2017年1月11日だった。それまで使っていた RD-S300 という HDD/DVDレコーダーは、使い勝手は悪かったが、映画鑑賞の本数稼ぎという点ではずいぶんと活躍してくれた。が、引っ越し先のパラボラ・アンテナの不調と相まってブロックノイズのオンパレードに見舞われ、アンテナのせいなのかこの録画機のせいなのかを特定できないままに、買い替えを決めてしまったのだ。もう9年目くらいだろうから、諦めてもいい時期であることも大きかった。

ブルーレイでなくてもいいのだが、今やそれ以外の選択肢の方が割高になってしまう。もちろんダブルチューナー機種を選択している。これだけは最低条件だろう。使い勝手では評判の悪い東芝を選んだ理由は簡単だ。習うより慣れろという言い方があるように、使い勝手が悪くても、もう慣れてしまった東芝のソフトウェアの方が、たぶん新規購入には相応しいだろうと決断する。場合によっては、これはいい機会だからと、敢えて新しい環境に挑戦することはあるが、今回は2流会社に成り下がってしまった東芝を潔く選んだ。

リモコンも使い回しができるだろう、と想定したことは当たっていた。500GBと容量の少ない方を選んだのも、価格の点はあるにしても、録画しても観ていない本数が増えるのを嫌ったせいだ。新陳代謝を求める体質が、こんなところにも生かされている、と自己分析をする。ダメな東芝でも少しは進歩していた。番組表や追っかけ再生など。他社のソフトを弄ってみたい衝動に駆られるが、これだって習うより慣れろだ。自然に指が動くことの方がストレスがない。そんな気持ちの良い人間に会いたい衝動を抑えきれない。

『ナイト・アンド・ザ・シティ』(Night and the City)

1992年・アメリカ 監督/アーウィン・ウィンクラー

出演/ロバート・デ・ニーロ/ジェシカ・ラング/ジャック・ウォーデン/クリフ・ゴーマン

ろくでなしの弁護士が、ボクシング試合の開催に夢を賭けるが、ろくでなしのまま終わる。舞台はニューヨーク。題名が題名なので、『セックス・アンド・ザ・シティ』(Sex and the City)のまがいものかと思ったが、こちらはこの映画の後の1998年から2004年にかけてのものだった。

信用とは、何らかの実績や成果物を作成して、その出来栄えに対しての評価のことをいいます。そのため「信用」するためには、実績や成果物が必要不可欠なわけです。この実績や成果物といった、過去の業績に対して「信用」するのです。

一方「信頼」は、そうした過去の実績や業績、あるいはその人の立居振舞を見たうえで、「この人ならこの仕事を任せてもちゃんとしてくれるだろう」とか「この人なら私の秘密を打ち明けても大丈夫だろう」などと、その人の未来の行動を期待する行為や感情のことを指します。もちろん「信頼」するためには何らかの根拠が必要ですが、その根拠を見たうえで、未来を「信頼」するというわけです。

『男はつらいよ 奮闘篇』

1971年(昭和46年)・日本 監督/山田洋次

出演/渥美清/倍賞千恵子/榊原るみ/田中邦衛/ミヤコ蝶々/犬塚弘/柳家小さん/前田吟/三崎千恵子/太宰久雄

最近寅さんシリーズの放映がまた始まったな、とは分かっていたが、だいぶこのシリーズを観ているので、もういいかと遠慮していた。この映画は7作目に当たるらしい。今までシリーズ最初の頃のやつを観ていなかったので、結構新鮮に映った。ダラダラと惰性になる前の初々しさがいい。

 マドンナ役には若い榊原るみ、映画の中で「頭のうすい」と表現されている役を演じた。観ていてハラハラするくらい、智恵遅れの彼女を表現していた。今やちょっとした差別的な表現も許されない。観客が忖度してしまうほど、我々は毒されてしまっているようだ。事実を表現するのと差別は別のもの。非正規雇用などと持って回った差別用語を平気で遣うくせに、びっこもつんぼも許されないなんて。意味すら理解できない若者には差別用語さえ通じないのが実態なのに。

46年も前の映画。これから50年もしたら、どんな風に世の中は変化するのだろうか。生きていたいとしたら、それを見届けたいだけ。ただ、どんなに長生きしたって50年後は見られない。それでは長生きする意味が無い。あと5年後を見たってなんていうことないと思うから。

『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code)

2006年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/トム・ハンクス/オドレイ・トトゥ/イアン・マッケラン/ジャン・レノ

前回観た時に期待ほどではなかった記憶がある。活字を読んだ人用の映画ではないかと疑ったような気もしている。リアルタイムでの話題に富んだ映画だったので、観るのを楽しみにしていたが、内容に関する情報は皆無だった。それはいつものことなので、映画がより一層楽しめる秘策だとかたく信じている。そんなこともあり、映画の内容についていけなかったんじゃないかと思う。どんどん独りよがり的に推測を自分で推し進めながら、映画を進行していく。自分の頭の悪さを呪ったりするほどだった、たぶん。

まだ観終わっていない。だいぶ進んで佳境に入ってきたが、あと1時間はあるようだ。今回は最初から映画に集中していたのと、ちょっと目を離す時は一時停止をきちんとやったお陰で、セリフも飛んでいないのが良かったのだろう。おもしろさが少し分かってきた。だが、出来過ぎた話の本質は変わらない。

最後の1時間はおもしろいはずだったが、同じことの繰り返しでちょっと残念。終わってみれば、すっきりしない頭の中は前回と同様な反応を示した。世の中はすっきりしないことだらけだが、せめて映画くらいはすっきりとおちて欲しいと願う。

『すてきな片想い』(Sixteen Candles)

1984年・アメリカ 監督/ジョン・ヒューズ

出演/モリー・リングウォルド/アンソニー・マイケル・ホール/マイケル・シューフリング/ハヴィランド・モリス

見る映画がないからと言って、手当たり次第に録画したって、大したものにぶつかる可能性が薄い最近。観る前から先入観いっぱいでは、ちょっとおもしろければ大満足という逆説的な結果を期待するしかない。でも、始まった瞬間からテレビ映画のような平ったい映像で、見る気も失せながら・・・・・。

速回しすることなく、ながら鑑賞をした。昔、高校時代によくやった、ながら族のはしりという自覚がある。ラジオはまだ全盛だった。耳を使いながらは他の器官がまったく別の感覚で使えるから、ながらの王道だろう。だが、テレビながらは不自然だ。見るという行為がメインなので、耳だけだとちょっと難しい行為に見える。

アメリカでは16歳あたりが青春の真っ只中のようだ。高校生だって車を運転して学校に行く連中も結構いる。このあたりの青春構造は、あと100年経っても日本とアメリカが同じように見える時代は来ないだろう。教育が人格も血も作っているのは確かで、しょうもない歴史観しか持てない国民に仕上げるのも、むべなく簡単そうに見える隣国事情。

『アフリカの女王』(The African Queen)

1951年・アメリカ/イギリス 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ハンフリー・ボガート/キャサリン・ヘプバーン/ロバート・モーリー/ピーター・ブル

『ホーンブロワー』で有名な小説家セシル・スコット・フォレスターの同名小説(英語版)を、ジョン・ヒューストンが映画化した。ハンフリー・ボガートは、この作品で念願のアカデミー主演男優賞を受賞した。(全部Wikipediaより)

リアリズムを追求するべく、アフリカで本格的なロケを敢行したこの映画の撮影は困難を極めた。天候不順でセットが流され、体調悪化や病気で倒れる出演者やスタッフが続出したため、撮影は長引いた。しかし、監督のヒューストンは撮影を軽視してハンティングに入り浸るなど消極的な態度を見せた。キャサリン・ヘプバーンはこの時の監督の態度を快く思わず、後年『アフリカの女王とわたし』という本を出版して彼を批判した。また、ロケに同行した脚本家のピーター・ヴィアテルも、この時の体験を元に小説『ホワイトハンター ブラックハート』を書いている。これはクリント・イーストウッドの監督、ヴィアテル本人も脚本に参加して映画化された。ヒューストンがモデルの映画監督ジョン・ウィルソンはイーストウッド自身が演じた。

本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロール、等)に著作権表記が無かったため公開当時の米国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、米国に於いてはパブリックドメインとなった(このため、コモンズに高解像度のスクリーンショット、ウィキクオートに台詞の抜粋が収録されている)。また、日本においては著作権の保護期間が終了したと考えられることから現在、複数の会社から激安DVDが発売中。

『誤差』

2017年(平成29年)・日本 監督/倉貫健二郎

出演/村上弘明/剛力彩芽/陣内孝則/松下由樹/田中美奈子/水沢アキ/左とん平

テレビ東京のテレビ番組だ。めったに観ることのないテレビ映画というやつ。いわゆる2時間ドラマというやつだろうか。番組名は、松本清張 没後25年特別企画 「誤差」。テレビと東京ホームページによると、2015年放送 『黒い画集-草-』、2016年放送 『喪失の儀礼』に続き、お馴染み、村上弘明・剛力彩芽・陣内孝則のトップスター三人が顔を揃える、松本清張医療サスペンス第3弾!、と書かれている。

なんかシリーズもののような感じがしたのは、このことだったのか。村上弘とう役者は知っていたが、なんかずいぶんと目にしたことがない。剛力彩芽はこの頃ドラマに活躍の場を移したのか。陣内孝則はあくの強さが嫌いで、顔が出てくるとチャンネルを回すくらいだ。同じ顔しておちゃらけていては、解剖学の権威だなんてとてもじゃないけど、視聴者に響いてこない。

淡々と筋書きが進んで行く。活字を読んでいるような気にさせる。活字を読まない人間が、そんなことを言うのもおかしな話だが。抑揚のない話しっぷりのように、ドラマに起伏がない。単に映画との違いだけではなかろう。「特別企画」と銘打っているのだから、全体予算もキャストにもお金をかけているのだろうか。この程度が精一杯のドラマ作り、この程度で満足しているテレビの視聴者、こういう構図は平和の証かもしれない。

『エネミー・オブ・アメリカ』(Enemy of the State)

1998年・アメリカ 監督/トニー・スコット

出演/ウィル・スミス/ジーン・ハックマン/ジョン・ヴォイト/リサ・ボネット

アメリカ連邦議会ではテロ対策のための「通信の保安とプライバシー法」案を巡って議論が交わされていた。NSAは当初撮影への協力を完全拒否していたが、出演者にNSA高官の娘がいたために辛うじて外観の撮影と内部の限られた部屋の見学のみが許された(この時撮影した本部の外観は一部の映像がオープニングに使用されている)。

ただし、職員への質問は禁じられ、地下にあるといわれるコンピュータルームへの立ち入りも許されなかった。そのため、撮影では元職員の証言や文献資料に頼らざるを得なかった。しかし本作でNSAが使う技術は、20年前のもの、また制作当時は逆に研究開発中だったものもあるが、ほとんどが実際に使われているものだという。また、ハックマン演じるブリルは『カンバセーション…盗聴…』でハックマンが演じたハリー・コールを彷彿とするオマージュが見受けられる。ブリルがハリー・コール同様に通信傍受のプロであるという設定に加え、ブリルのNSA履歴ファイルにはハリー・コールを演じているときのハックマンの写真が添付されていた。

すべてWikipediaからの情報だ。一度、間違いなく観ているはずなのに、まったくストーリーを覚えていなかった。こんなにおもしろいのにである。録画ストックがこの映画で途絶えた。こちらに移ってからはまだレンタルビデオ店に行ったことがない。TSUTAYAがないので、ゲオに行かなければ。ちょっと遠いけれど。

『小さな恋のメロディ』(Melody )

1971年・イギリス 監督/ワリス・フセイン

出演/マーク・レスター/トレイシー・ハイド/ジャック・ワイルド/ロイ・キニア

日本ヘラルド映画の代表作。日本の公開日は1971年6月26日、私はまだヘラルドに入社していなかった。この年の11月に名古屋のヘラルド興行に縁あって入社することになった。それから1年半後、1973年4月から東京に移籍し自分の今に繋がる人生がスタートした。Wikipediaのエピソードがおもしろかったので記す。ヘラルドの真骨頂がうかがわれる。プロデューサーのデヴィッド・パットナムは、のちに『ミッション』を製作し、ヘラルドはこの大作の配給権を獲得することになる。

後にハリウッドで監督として成功したアラン・パーカーの処女作である。少年少女の恋を瑞々しく描き、本国とアメリカではヒットしなかったが、同じく1971年に公開された日本では大ヒットした。「メロディ」は映画のタイトル(原題)でもあり、ヒロインの名前でもある。

この映画には「大人社会からの独立戦争」という趣がある。「結婚式」を取り締まるべく現れた教師たちであったが、爆弾マニアの少年が作った初めての成功作によって総崩れになり、少年少女2人が一緒にトロッコを漕いで出発していくラストは、"Don't trust over thirty"(30歳以上は信用するな)の時代の雰囲気を伝えている。また一方で、明らかに中産階級のマダムの一人息子であるダニエルと、労働階級の娘であるメロディの出会い、労働階級出身とみえるオーンショーとの友情という、イギリスの階級格差が少年少女の恋愛というセッティングの中で無視されているという面白さもある。

『バックドラフト』(Backdraft)

1991年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/ウィリアム・ボールドウィン/カート・ラッセル/ロバート・デ・ニーロ/スコット・グレン

この映画は、割合とリアルタイムで観たような気がしている。この手の映画は、何となく分かりきったような気になる映画で、観てみるとそれ以上の映像があるにもかかわらず、もう観てしまった気になりがちなものだった。という気持ちが強かったお陰で、想定外のおもしろさに時間を忘れるくらいだった。

まったくストーリーを覚えていないことが嬉しい。2時間17分と長めの映画だが、進行は結構速く感じる。ちょっと出来過ぎのシーンが多かったり、設定が甘かったりは愛嬌だろうか。脇役のロバート・デ・ニーロの存在感が凄い。48才と俳優では一番脂ののりきった時の映画だ。

ロスのユニバーサル・スタジオで経験したこの映画のテーマ館は、おもしろかったことを覚えている。本物の火を遣ってやるエンターテインメントは、日本では許されないだろうな~、と日本上陸の予定が発表されていたのでちょっと心配だった。日本に出来てからまだ行く機会がない。出来て早々に行けるチャンスはあったが、それを逃してからはもう絶望だ。チャンスというのは、決して逃してはいけない機会というものなのだろう。

『ワイルド・アパッチ』(Ulzana's Raid)

1972年・アメリカ 監督/ロバート・アルドリッチ

出演/バート・ランカスター/ブルース・デイヴィソン/ホルヘ・リューク/リチャード・ジャッケル

今日は2017年5月6日(土)連休の最中だ。最初に観始まった時には、なんと出だしから半分近く眠ってしまった。続きから、また観始まったが、結構おもしろかったので、一端最後まで行ってから、また最初に戻って見直すことになった。昔の映画館みたいだ。今の人にはまったく分からないだろうが、昔は映画館に入る時はとりあえず入ってしまう。映画の途中だろうが気にしない。3本立ての時だって同じだった。1本目がおもしろければ、3本目が終わってからも、まだ映画館にいるという情況だった。

立ち見も途中入場もありの映画館での鑑賞は、昔の風物詩だった。時代が変われば、少しずつ現象も変わってくる。10年経てば10年の時を感じる。1、2年ではその現象の変化を認知出来ないでいる。いつの間にか変わってしまった、と思えるのが時の流れ、というやつなのだろうか。

アパッチ族はいかに残忍かを植え付けるような映画内容だった。好戦的でないインディアンも数多く描かれているがアパッチ族をこういう風に捉えるのは、アメリカでは一般的なのだろうか。なにかと取り上げられる先住民というやつ、昔からその土地に住んでいた人達が蔑ろにされるなんて、考えてみればおかしな話だ。勝てば官軍という大原則が、人間の生活の原則なのかもしれない。仕方がないか~。貧乏人は麦を食え、なんて言われて、その通りにしていた方が健康的で長生きできる世の中になってしまっているのが皮肉だ。

『ネバーランド』(Finding Neverland)

2004年・アメリカ/イギリス 監督/マーク・フォースター

出演/ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/ケイト・ウィンスレット/ジュリー・クリスティ

劇作家ジェームス・マシュー・バリーが、ピーター・パンのモデルとなった少年と出会い、その物語を完成させるまでを描いた実話を基にしたヒューマンドラマ。泣けた。涙が出てくると目の調子が良くなる。どんどん酷くなっていく眼の状態、乾燥どころではなく目が見えなくなってきている。困ったものだ。

一瞬観るのを躊躇したのに、期待を見事に裏切ってくれて嬉しい。私はこういう話は好きだ。描き方も実に巧妙、ジョニー・デップの特異性が生かされている。普通の俳優では、この主人公を演じるのは困難だと思える。ネバーランドという夢の世界を実映像で表現するのも難しい。この手の映画で涙するとは、歳のせいばかりではなく人間力が進化したんだと思いたい。

舞台は1903年から始まっていた。貧しさを感じさせない貴族階級の話なのだろう。きらびやかな世界が、今どきの世界の話かと見まごうくらいだ。階級格差が社会の基本になっているイギリスと一億総中流と思っている人ばかりの日本とでは、根本的に社会の構造が違う。今の日本がどれほど素晴らしいかは分からない。でも、分かっている範囲でDNAを受け継ぎ、伝える使命があることだけは確かだ。

『最前線物語』(The Big Red One)

1980年・アメリカ 監督/サミュエル・フラー

出演/リー・マーヴィン/マーク・ハミル/ロバート・キャラダイン/ボビー・ディ・シッコ

日本ヘラルド映画が配給した作品だと記憶していた。なんてったて自分の現役時代の映画だから間違っていないと思っている。しかも間違っても試写室や試写会でも観たことがなかった、ということまで覚えている。ところが、Wikipediaには、ヘラルドの名前が出ていなかった。ありがたいことに、今はなきヘラルドの名前が、過去に配給した会社として通常書かれていることは、ありがたいと思っている。

観ていなかった自社配給作品をこうやって改めて観る機会を得たのに、始まって早いうちに眠ってしまった。2時間近い映画だったので、起き出してから戻らずに見続けても、長さを感じた。ということは、つまらない映画だからだろうか。珍しく気にくわない宣伝プロデューサーが担当していたことも覚えていたので、そういうことが眠りの素になっているのかもしれないなぁ。1分前のことは、すぐに忘れてしまうのに35年以上前のことを覚えているというのは、痴ほう症の典型的な症状の入口だ。

この映画の主人公は第一次世界大戦の前線で、終戦の知らせを知らずに、近づいてきた敵兵を殺めてしまった。落語のオチのように、隊長として参戦した第二次世界大戦でも、終戦の報を聞かない最中に敵兵の腹に前回と同じようにナイフを突き刺してしまうのだった、しかも両大戦の終戦とも彼の行為の4時間前だったというものだった。今回はなんとか相手の命が助かったという、映画的なオチが付いていて観客は安堵するのだった。第一次世界大戦が始まったのは1914年、大正三年のことだった。父小河隼人もヘラルド創業者古川勝巳さんもこの年に生まれた。「五黄の寅」という運気の強い年だった。

『ドライヴ』(Drive)

2011年・アメリカ 監督/ニコラス・ウィンディング・レフン

出演/ライアン・ゴズリング/キャリー・マリガン/ブライアン・クランストン

日本にニコラス・ウィンディング・レフン監督の名を知らしめた映画であり、この映画のヒットをきっかけにレフンの過去作が相次いで劇場公開・ソフト化されたらしい。今どきカーアクションかよ~、と訝っていたが、たぶんCGのない生身の人間によるカーアクションだと、訴えているような気がする。

車の修理さらに運転に秀でているのがこの映画の主人公、善悪を問わず車の運転なら相棒になる。どこから流れ着いたのかを知らせないで主人公はこの地ロサンゼルスで、如何なくその運転技術を発揮する。正義ではなく悪行の片棒を担ぐことになる主人公の将来には、偶然出会った母子への愛情が暗雲立ち込める想定を醸し出す。

出だしの好調さから比べたら、すぐにペースが落ちてしまう映像に、監督の力のなさを感じる。波があり過ぎる。アメリカ映画に欠かせない男女のシーンになると、急にペースが落ちていったように見えた。DVDが最後のチャプターにもう少しというところで映像が止まってしまった。今までも時々襲われる不具合だったが、今回初めてそこでホントにストップしてしまった。主人公が敵の懐に飛び込み、死を覚悟しているという場面でこの映画は終わった。主人公は最後どうなったのだろうか。

『駆込み女と駆出し男』

2015年(平成27年)・日本 監督/原田眞人

出演/大泉洋/戸田恵梨香/満島ひかり/内山理名/陽月華/キムラ緑子/中村嘉葎雄/樹木希林/堤真一/山崎努

おもしろかった。この映画の存在を知らなかった。陽月華という宝塚出身の女優も初めて知った。いろいろな新しさを感じる映画だった。この監督も監督になる前から知っていたが、初めの頃の作品はデクノボーのような感じだったが、今や日本を代表するような存在になったことを正直驚く。映像が抜群に綺麗だし、ストーリー展開もこの監督の脚本が実に映画らしい。格調の高い映画に仕上がっている。

活字世界にとんと疎い自分が恨めしい。原案が井上ひさしの『東慶寺花だより』だという。映画の題名は、こんな凝り方をせず単に『駆け込み寺』で良かったんじゃないかと思える。その方が単純明快でいい、と昔の癖が出てくる。縁切寺のはなしは、昔はしょっちゅう出てきていたが、久しぶりに聞いたなぁ。

江戸時代、幕府公認の縁切寺とされた鎌倉市の東慶寺というあたりが、なんとも日本的なありようで微笑んでしまう。この寺の恩恵を受けた人が2000人余りだったと最後のクレジットがあった。もう江戸時代のホントの最後の時期、あと25年待てば江戸時代が終わると分かっていれば、庶民の生活も大幅に変わってただろうに。

『アフター・アース』(After Earth)

2013年・アメリカ 監督/M・ナイト・シャマラン

出演/ジェイデン・スミス/ウィル・スミス/ソフィー・オコネドー/ゾーイ・イザベラ・クラヴィッツ

2025年という近未来なのに、動物は人間を見ると殺してしまうという地球になっていた。エイリアンに出てくるような化け物のような物体も登場する。人間はもう地球には住んでいないようだ。SFは大好きだけれど、この映画のはなしはイマイチ。冒険SFアクション映画といった風情。

あと10年したって今住んでいる所の様相が激変することはないだろう。ただ徐々に変わっていく姿が、結果として100年後には当然のことながら、大きく変わっていることは間違いない。その100年後をどうしても見たい。そして、そのまた100年後も。

映画の描く未来は確実に実現するのだが、「2001年宇宙の旅」以降描かれた宇宙空間には、まだまだ現実が追いついていない。宇宙船の姿が、とてもじゃないけど追いつけない。スターウォーズ然りといった感じだろうか。人間の移動手段としての乗り物も、何一つとして現実化していないところがおもしろい。夢は遠い。空の上から自分の目で見えるときには、人間という物体から切り離された精神が彷徨うことになるのだろうか。

『回転』(The Innocents)

1961年・アメリカ 監督/ジャック・クレイトン

出演/デボラ・カー/マイケル・レッドグレーヴ/メグス・ジェンキンズ/マーティン・スティーブンス

手元にあるDVDには「The Innocents(1961,UK,100mins)」と言う情報しか載っていなかった。innocents で検索すると、1979年日本ヘラルド映画が配給したルキノ・ヴィスコンティの『イノセント』ばかりがヒットして、何の役に立たなかった。きちんと、The Innocents と検索してあげてようやくタイトル周りの情報にありついた。

デボラ・カーの名前はよく知っているが顔と名前が一致しない。出來の悪い恐怖映画のような雰囲気を感じ始まった時から、急に眠気が襲って目を開けていられない状態に陥った。この頃はやたら多い。顛末はまた。

結局、再びこの映画を見る気にはなれなかった。洋画でこんな終わり方をするのは初めてじゃないかなぁ。途中でもういいやと、思うような洋画にはまず巡り合わない。この映画もそこまで酷いとは思えないのだが、どうも出來の悪い日本映画のスリラー映画の影響が大き過ぎたようだ。こんな風に日本映画のつまらなさが、洋画の見方にまで影響するとは。いろいろなことがあって、人生はやっぱりおもしろいということになる。

『スタア誕生』(A Star Is Born)

1954年・アメリカ 監督/ジョージ・キューカー

出演/ジュディ・ガーランド/ジェームズ・メイソン/ジャック・カーソン/チャールズ・ビックフォード

1983年にはスチル写真を利用した176分版が製作された、というバージョンを観たようだ。1937年に最初の映画が公開され、1976年にはジュディ・ガーランドの娘バーブラ・ストライサンド主演による映画が公開された。よく似た母娘だと思っていたが、母親の若い頃は娘の若い頃に比べてややおとなしめ目の顔だった。

ミュージカルという先入観が強く、録画からだいぶ経ってから観る決断となった。3時間に近い上映時間のまだ半分くらい、ミュージカルが嫌だと思えるほどのシーンが出てこなく、話が結構おもしろいのが嬉しい。スターと呼ばれるようになるには、偶然の何かが必要なのだと庶民も知っている。その何かは圧倒的な容姿や歌唱力で超せるものかもしれない。それでもまだ足りない何かがあるからこそ、スターと呼ばれる希少な存在に成り得るのだろう。

ミュージカルが嫌いなのではなく、苦手なのだ。物は言いよう、端から見れば、いずれにしろ同じに見える。後半のミュージカル部分はちょっと気だるかったが、速回しにするほどではない。アメリカの成功物語は、どれを観ても気持ちがいいものだが、この映画には悲劇が待っていた。そんな悲劇をさらりとかわすあたりがこの映画のいいところだろう。救われるのは、主人公の最後のセリフ。歌うのでも、演じるのでもなくチャリティーショーに集まった観客の万雷の拍手を受ける。こういうシーンでは涙が溢れる。鬼の目にも涙、と言われるような厳しい人間になりたかった。

『アドレナリンドライブ』

1999年・日本 監督/矢口史靖

出演/石田ひかり/安藤政信/松重豊/角替和枝/マギー/坂田聡/木下明水/長谷川朝晴/六角慎司

上映時間は1時間52分だが、放送時間は2時間23分だった。つかみはいいのだが、時間が経つにつれどんどん面白くなくなっていくのが顕著だ。日本のコメディ映画と称されるものの力は極めて低い。せっかくのコメディがお茶らケ映像になってしまうのは残念としか言いようがない。

平山三紀の「真夏の出来事」が要所に流れる。同じ曲だがこの映画のエンディングテーマとなって、タイトルが「真夏の出来事'99」になっていた。なかなか好きな曲なんだけどね~。相変わらず設定状況の甘いストーリー展開で、よく事前の打ち合わせでOKになったな、と首をかしげるのはいつもと同じ。

大金を手にしたこの映画の主人公二人、そこからなにをやるのかが社会的なメッセージ。アメリカ映画にあるように、特定団体に寄付してこの泥まみれの金の始末をつけるというような設定は、日本映画では希。日本人のDNAが意外と独りよがりで社会的でないことがいつも証明されて、なんか哀しい気持ちになってくる。

『ゴースト/ニューヨークの幻』(Ghost)

1992年・アメリカ 監督/ジェリー・ザッカー

出演/パトリック・スウェイジ/デミ・ムーア/ウーピー・ゴールドバーグ/トニー・ゴールドウィン

珍しくリアルタイムで観ている映画。単なる恋愛映画にえらく心が惹かれた記憶がずーっと残っていた。リアルタイム以来初めてこの映画を観たが、なぜ好きだったかを確認することが出来た。大きな理由は2点ある。

1点は、死んだ恋人がまだ天国に行く前にさまよっている姿が映像で映し出されて、一種のSF映画っぽくなっていること。偽物霊媒師が登場して、偶然にその恋人の声を中継することになる。日本のような幽霊という存在ではないところが軽くていい。2点目は、人を愛するという気持ちが凄く良く分かる時代に観た映画だったから。おそらく私が死んでも誰にも話すことがなかったこの事柄は、永久に私の心にだけ残っているだろう。こういう永久の秘密をどれだけ抱えられるかが、人間力の第一歩になる。

リチャード・ギア主演の『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman)がリアルタイムの丁度同じ時期に映画館で大ヒットしていた。大きくジャンル分けすれば「恋愛映画」に区分されるこの2本の映画は、観客を2分した。両方とも好きだという人には巡り合わなかった。結果的には両映画を観た人は、どちらかの派閥に属さずにはいられないというおもしろい現象を引き起こしていた。機会があったら、この2本を見比べるといい。私の言っていることを理解できるだろうと思う。

『レイクサイド マーダーケース』

2005年(平成17年)・日本 監督/青山真治

出演/役所広司/薬師丸ひろ子/柄本明/鶴見辰吾/杉田かおる

こんなベタな題名って? と思いながらも観始まったが、なかなかおもしろい映画だった。東野圭吾の小説『レイクサイド』が原作だという。テレビの2時間ドラマやなんかでこの原作者の名前を何度も見ている。が、活字を読んだこともないし、映画化されたものしか勿論観ていない。

舞台劇のように背景の変わらない設定がちょっとうざいかな~。覚えたセリフをそれぞれ登場人物が一所懸命喋っている、という構図が生まれてきて、せっかくの映画化なんだから、もう少し話を膨らませて、背景も変化させなければ、と思えた。そんなことは重々承知の上、と言う制作者側の声が聞こえてきそうだ。こういう舞台劇になってしまうと役者の力量比べになってくるのが、ちょっとばかり興味がある。役者力をランキングするのも容易だった。そういう風に見られる側には絶対なりたくない、と思える。

サスペンスは特に一点曇りないストーリー展開が必要だ。あれっ! ここは少し変、とかいう個所を見つけると、どんどん興味が失せていく。数か所そんなところを見つけると、やっぱりテレビ映画で良かったんじゃない、とちょっと映画界から見下すテレビ業界の姿が見えてくる。

『バッド・ガールズ』(Bad Girls)

1994年・アメリカ 監督/ジョナサン・カプラン

出演/マデリーン・ストウ/メアリー・スチュアート・マスターソン/アンディ・マクダウェル/ドリュー・バリモア

『クイック&デッド』と同じく数少ない女性を主人公にした西部劇映画といわれても、クイック&デッドを観たことがない。売春宿とか娼婦という呼び名が闊歩する映画。チャンバラ映画の世界とよく似ている。

ほんのちょっと前まで世界中で女性の地位は低かった。どういう理屈や屁理屈が横行していたのだろう。機械やツールのない時代には人間の体力が勝負だったことは確か。だからと言って、頭も悪い社会のことにも対応できないと決めつけられていた。そんな過去の時代の遺物をまだ引きずっている国々が世界にはある。西部劇の時代にも女は貴重な存在で「イエス!マム!」と敬われてはいたが、こと人間社会では男の持ち物という認識しかされなかったようだ。この映画の一人の主人公女性、夫が亡くなって残った土地所有の証券も、妻にはそれを継承する権利がない、と弁護士に法律書を見せられる。遺産相続すら認められていなかった、というより女の権利なんてない、と法律で宣言されていた。

ドリュー・バリモアは生後11ヶ月からコマーシャルに出演してから、かの有名な1982年の『E.T.』で主人公エリオットの妹役で出演、その愛らしさで一躍天才子役として注目された。その後も子役をしっかりと演じ、大人になっても女優として活躍する珍しい存在だ。子役だけで消えていく人たちも数多くいるのに。日本贔屓としても彼女は有名だが、日本人も彼女の雰囲気を愛している。この映画はまだ20歳前に撮影したと思われるが、惜しげもなく乳房を曝け出す根性が気持ちいい。

『ブルース・ブラザース2000』(The Blues Brothers 2000)

1998年・アメリカ 監督/ジョン・ランディス

出演/ダン・エイクロイド/ジョン・グッドマン/ジョー・モートン/J・エヴァン・ボニファント

「あれから18年」と冒頭のクレジットが入る。いまいち乗れなかった伝説のオリジナル映画だったが、同じテイストが2作目になると、さすがに心に安心感が広がり、余裕をもって馬鹿馬鹿しさに付き合うことが出来た。もうおもしろいとか面白くないとかの問題ではなく、どこまで気持ちが映画に向くかという問題だった。

いつの間にか眠ってしまって、最後に行ってしまったが、もう1回見直そうかということが負担にならなかった。アメリカに住んでいたり、すごく親しんでいれば、オリジナル同様この映画にもたくさんの有名ミュージシャンが出ていたらしいので、かなり楽しめるのだろうと、ちょっと悔しかった。

世界中で、日本各地でもいろいろなライブが繰り広げられている。ひとつのサウンドのファンになれることは仕合せだろう。ましてやインディーズ時代から追っかけて、メジャーデビューするときには至極の仕合せ感にひたれるに違いない。一方で、小さな世界にとどまってくれていた憧れの人たちが、広い世間に離れてしまったという寂しさも、同時に味わうことになるんだろう。

『ブルース・ブラザース』(The Blues Brothers)

1980年・アメリカ 監督/ジョン・ランディス

出演/ジョン・ベルーシ/ダン・エイクロイド/ジェームス・ブラウン/ジェフ・モーリス/キャリー・フィッシャー

伝説の映画だ。リアルタイムで観ることはなかった。なぜか自分の観る映画ではなさそうだと感じていた。今回観てその感じは正しかったと分かった。たぶんこの映画をこよなく愛している人がいるだろうから、その人からこの映画のどこが素晴らしいのかレクチャーを受けたい。

この映画のエピソードを3件、Wikipediaより転載する。これだけで映画の雰囲気は分かるだろう。レイ・チャールズがエレピを弾き「Shake your tail feather」を演奏し、通りを歩く歩行者がリズムに合わせダンスをするシーンは、設定は夏だが撮影は真冬で極寒の日のロケだったという。

ショッピングモールのカーチェイスシーンは、イリノイ州ハーベイにあった、1975年に閉業したショッピングモールの廃墟を使って1週間かけて行われた。実際にある企業から商品を借りて撮影をしていたため、盗難防止に当時アメリカ最大の警備会社に警備を依頼していたが、撮影中商品が無くなる事が相次いだ。警察を呼び調べたところ、その警備会社の警備員が盗んでいたことが判明した。
 物語の終盤、シカゴ市役所前での群衆シーンでは500名を超えるエキストラが投入され、ここには200名の州兵、100名のシカゴ市およびイリノイ州の警察官が含まれた。さらに騎馬警官用のウマ15頭、戦車3輌、消防車3台、ヘリコプター3機も用いられた。

『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(The Mummy Returns)

2001年・アメリカ 監督/スティーヴン・ソマーズ

出演/ブレンダン・フレイザー/レイチェル・ワイズ/オデッド・フェール/フレディ・ボース

酷いドタバタで内容をどうのこうのと騒げない。8歳になる子供が活躍して前作とはまた違った子供騙しを見せてくれるくらいだろうか。途中でひと眠りした。以前は多かったこの手の居眠り、この頃は少なくなったと喜んでいたが、この季節は眠気が襲ってもいい訳が出来る。体調の問題があるのだろうが。

エジプトへは行きたいと思うこともあったが、なぜか旅の食指は動かなかった。今どきのように世界中の人間が旅好きな時代ではなかった40年前なら、もっと自由にピラミッドも見学できただろう。イギリスのストーン・ヘンジに行ったとき、あの石に触ることさえできていたのに、今見る写真では周りに枠が巡られていて、ずいぶんと様変わりしていた。

日本を旅することなく海外旅行に行く人も多いに違いない。日本のように北から南に長い島国では、気候と共に風土・風習も言葉も大きく違う。景色も歴史的建造物にも大きな違いが感じられる。そんな基礎的な生まれた国の探索をまずしてから海外に行きなさいと言いたい。自分もそうしてきたから言えることだが、日本は素晴らしい。そして外国も。地球に生まれたという喜びが人生にはある。そのうち、異星人が地球に襲来することもあるだろう。それまで人間の営みは続くのだろうか。すごく興味がある。

『ランブルフィッシュ』(Rumble Fish)

1983年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/マット・ディロン/ミッキー・ローク/ダイアン・レイン/デニス・ホッパー/ニコラス・ケイジ

冒頭のクレジットでフランシス・フォード・コッポラ監督作品だと知って期待をした。なんだか訳の分からない映画だった。地獄の黙示録とどっちが早いかが気になった。というのも、主人公のハートが地獄の黙示録のカーツ大佐に似て go to mad になっているような気がしたから。

人間の心の内を映像で表現されても、観客は戸惑うばかりだ。それがもし分かるようなら、人間として凡人を演じていないだろう。上映時間1時間34分と短いのに、ずいぶんと長く感じられたのはおもしろさに欠けるからだろう。先日落ちぼれたボクサー役のミッキーロークを観たが、この頃の彼はその姿を想定していただろうか、興味のあるところ。

今や大俳優になったニコラス・ケイジはこの時19才か20才、コッポラ監督の甥ということで映画界に早々とデビューできたのかもしれない。きっかけはどうでもいい。その後の人生を全う出来る力があるのなら、二代目だろうが三代目だろうが世の中はその人間を受け入れるだろう。頑張れ、親の七光りで生きている人達よ。

『愛と哀しみの果て』(Out of Africa)

1985年・アメリカ 監督/シドニー・ポラック

出演/メリル・ストリープ/ロバート・レッドフォード/クラリス・マリア・ブランダウアー

第58回アカデミー賞作品賞ならびに第43回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞受賞作品。アカデミー賞の対抗馬はスピルバーグ監督の 『カラーパープル』 であり、この作品が受賞したのはスピルバーグに取らせたくなかったからだと陰口を叩かれた。(カラーパープルは結局無冠に終わった。)(Wikipediaより)

Wikipediaの情報は正しい気がする。この映画が賞に値するのはどこなのだろうかと疑問である。男と女の恋の形をアフリカという舞台で見せているだけじゃん、と私だって陰口をたたく。1937年に出版されたアイザック・ディネーセンの小説『アフリカの日々』が原作で、アフリカでのさまざまな出会いが複雑に絡まって描かれていて、決してメロドラマではない。と、Wikipediaは後を続ける。

日本ヘラルド映画が配給した『愛と哀しみのボレロ』(Les Uns et les Autres)のロードショーは1981年だったから、題名を真似たのはヘラルドじゃなかった、と確信が持てた。配給年が逆になっていたら、ヘラルドは同じように題名を付けただろうか、いや、間違ってもそんなことをするはずがないと、これも確信をもって言える。上映時間3時間5分と地味に長い。

『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(The Mummy)

1999年・アメリカ 監督/スティーブン・ソマーズ

出演/ブレンダン・フレイザー/レイチェル・ワイズ/アーノルド・ヴォスルー/ジョン・ハナー

1959年に英国ハマー・フィルム・プロダクションが制作した『ミイラの幽霊』(テレンス・フィッシャー監督)に続き、1932年公開の『ミイラ再生』(カール・フロイント監督)の二度目のリメイク作品である(近年では二番目のリブート作品と言われる事もある)。当時、パソコンが一般に普及しつつある頃であり、最新のVFXを全編に取り入れた作品として、日本では注目された。(wikipediaより)

インディ・ジョーンズ シリーズを思い出す。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年公開)、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年公開)、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年公開)、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008年公開)、2013年、ウォルト・ディズニー・スタジオがパラマウントより版権を獲得し、2019年に公開予定の第5弾からがディズニー配給となることが決まっているという。

ハリソン・フォードとはまた違った雰囲気があり、おもしろい。子供だましであることには変わりないのに、こっちの映画は子供心をくすぐってくれて興味深い。どうして、こういう感覚の違いが生まれるのだろうか。どこまで嘘っぽくなく映像を作れるかの違いだと思う。滑らかなアニメとパラパラ動画の漫画の違い。舞台を本物の下でやることと、小さなプールに水を張った海を表現することの違いなんだろう、と思う。

『椿三十郎』

1962年(昭和37年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/仲代達矢/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助

黒澤明監督のチャンバラ映画の中で一番だろうと思っている。なにしろノンストップ・ストーリーが小気味よい。加山雄三は25才、映画デビュー2年後の出演だ。それにしても三船敏郎は大したものだ。ここまで、チャンバラ映画に似合う俳優もいない。

椿三十郎という名前は、とっさに名前を問われた浪人の主人公が考えたもの。奥方から名前を聞かれた時、この主人公は部屋から庭を見回し、ちょうど目に入った椿の花からもらった、という演出になっている。それよりも、「椿三十郎」と名乗った後に、カメラが庭にある椿をなめた方が効果的だと思ったりして、黒澤演出にちゃちを入れる。

軽挙妄動する若者侍をたしなめるように、この主人公浪人侍が人間として上を行く。現代だって同じようなもの、大した実績も実力もあるわけではない若造が、偉そうに自分の考えを喋っている姿がダブってくる。いったいどこからそんな自信が出てくるのだろうか。非力な人間は、その非力さを補うために最大の努力を続けることが求められる。所詮は凡人の自分をもっと知らなければいけない。

『ミッドナイト・ラン』(Midnight Run)

1988年・アメリカ 監督/マーティン・ブレスト

出演/ロバート・デ・ニーロ/チャールズ・グローディン/ヤフェット・コットー/ジョン・アシュトン

タイトルの意味は、「一晩で終わる簡単な仕事」、「仕事は簡単」、「ちょろい仕事」というスラングであるという。元警官の主人公、マフィアの大金を慈善事業に寄付してしまった会計士を捕まえるという、一晩では出来そうもないことを請け負ってしまった。アクション・コメディの傑作と書かれている。

ライオン・マークで誰でも知っているメトロ映画の日本支社長からヘラルドにヘッドハンティングされたサム・難波副社長がこの映画のことを好きだと言っていたことを思い出した。何かの折に本人から直接聞いたことなので、こんな機会に思い出すことになったのだろう。ヘラルドが配給した『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally...・1989年)のいちシーンで洒落たセリフのやり取りのある場面も好きだと言っていた。いずれも、さり気無い役者の言葉と表情が粋なシーンなのだが、字幕スーパーではなく英語を直接聞いて理解できるハートが、きっと彼には心地良かったんだろうな~、と想像する。

ロバート・デ・ニーロ45歳の時、今の顔形のふた回りも小さな顔だった。サム・難波さんはアメリカ育ちだけれど、たしか高校までは広島だったようなことを聞いていた。日本語は完璧だし、西海岸英語も完璧、読売巨人軍をこよなく愛し、「ナイト・ゲーム」と本物英語を遣わず、「ナイター」と使い分ける程の気配りの人だった。血液型B型には珍しい人だなぁ、と勝手に意味のない血液型占いをしていた。いい人だったな~。

『猿の惑星:新世紀』(Dawn of the Planet of the Apes)

2014年・アメリカ 監督/マット・リーヴス

出演/アンディ・サーキス/ジェイソン・クラーク/ゲイリー・オールドマン/ケリー・ラッセル

20世紀フォックスのオリジナル版『猿の惑星』シリーズをリブートした2011年の映画『猿の惑星: 創世記』の続編であり、フランチャイズ通算では8作目であるという。人間と同様の知性、そして人間に頼らないエイプ(猿)としてのアイデンティティを得たチンパンジーのシーザーが仲間とともに人類に反旗を翻し、ミュアウッヅの森に逃げ込んでから10年後……。このあたりの続き具合がよく分からず、冒頭から映画に没入できない辛さがあった。

映画がおもしろいかどうかは個人の感想。だが、この映画はおもしろいとか面白くないとかの問題ではなく、ストーリーがどうにも嫌いだった。まず暗い。擬人化された猿が気に障る。あまりにも基本的な人間模様を、大袈裟に映画・映像化しただけのような気がして仕方がなかった。

それでも、そんじょそこらの映画よりは断然おもしろいと思えるのは不思議なもんだ。猿だけではなく、この地球上に生きているものの意志なるものはどうなっているのだろう、と時々思うことがある。あの鳥は今何を考え、何を友と話しているのだろうか、と。人間だけが意思の疎通が出来ると考えるのは、明らかに大きな間違いなんだろう。

『ドント・ブリーズ』(Don't Breathe)

2016年・アメリカ 監督/ フェデ・アルバレス

出演/ジェーン・レヴィ/ディラン・ミネット/ダニエル・ゾヴァット/スティーヴン・ラング

舞台はアメリカ・デトロイト。視覚障害者の男性は娘を交通事故で失い悲しみにくれていた。30万ドルと噂された事故の和解金を目当てに強盗常習犯である3人組のマネー、アレックス、不良少女ロッキーが拳銃で武装して窓を割り強盗に押し入る。しかし彼は元・軍人であり、盲目でも超人的聴覚を持った人物だった。「拳銃で武装した強盗相手なら射殺も許される」というアメリカの法律にもとづいて、彼は銃で脅すマネーを逆に彼の銃で射殺する。残る2人は視覚障害者の金庫から盗み出した100万ドルの現金を持ち、彼の家から必死に逃走を図ろうとする。視覚障害というハンデを負った男性は、無事に強盗を捕え自分の財産を取り戻すことができるのか。(Wikipediaより)

サスペンスとかいうジャンルに入るのだろうか。それにしても出来過ぎた話で、ちょっといい加減にしてよ、と声をかける衝動にかられた。こういう単純構造のストーリーを作って映画にするのはなんか違う気がする。

いくら元軍人でもまったく目の見えない人間と戦う映像が嘘っぽくて、困った。こちらが素直ではないということが最大の理由ではないだろう。アメリカの有名な業界紙『バラエティ』のデニス・ハーヴィーは「この手のジャンルのファンが大喜びしそうな残忍で無慈悲な危険の中での、骨太な体験実習だ」と評した、というから一般的にはこの程度で十分なのだと理解しなくてはならない。

『シン・ゴジラ』

2016年(平成28年)・アメリカ 監督/庵野秀明(総監督) 樋口真嗣(監督・特技監督)

出演/長谷川博己/竹野内豊/石原さとみ/大杉漣/柄本明/渡辺哲/余貴美子/平泉成/高良健吾

キャッチコピー「現実対虚構」の意味するところすら分からない。もともとアンチ・ゴジラ派を自認しているが、別に表立ってゴジラなんて、と笑い飛ばすほどの自信があるわけでもない。何がアンチなのかと言えば、私の嫌いな子供だましの典型にしか見えないところ。張りぼての怪獣みたいなものやプールの中で撮影された海のシーンなどは笑いたくても笑えないほどだった。

今回はその怪獣シーンばかりではなく人間ドラマにも張りぼて感が満載。現実:そこらあたりのわき役連中が政府中枢の重要ポストを演じている。虚構:どう考えたってありそうにない設定を映画にしている。と解釈してしまうほどのの酷さに見える。途中、見事に眠ってしまったが、復活して何もなかったように観続けることが出来たのに我ながら驚くばかり。

こんなことを書いているとゴジラファンは読む気もしない、とポイしてしまうだろう。それでいいのだ。お互いに言いたいことが言えることが大切なのだから。ただ気になるのは、こちらは最大限にけなしても、ゴジラファンの存在を否定していないけれど、ゴジラファンはおそらく私を無視するだろうということ。そこんところを私は非難する。この映画、最初は政府批判映画かと思ってしまったくらいだった。

『赤ひげ』

1965年(昭和40年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/加山雄三/山崎努/団令子/桑野みゆき/香川京子/志村喬/笠智衆/杉村春子/田中絹代

武士の一分は面白いと確信していたのが、イマイチ印象が違っていた。この映画は何となく面白さが自分自身で伝わっていなかった。ところが観始まったら、想像以上に面白かった。前回はどこがおもしろくなかったんだろう、と思っていたら、ちょっとした患者のエピソードが2つばかり流されたあたりから、面白く無さが蘇ってきた。

映画全体に流れる主人公「赤ひげ」の人格は涙ものだが、脚本で作られたお涙頂戴のエピソード群がせっかくの映画を台無しにしている。地獄の黙示録の時の前半戦と後半のあまりの違いに映画が当たり損ねたことを思い出す羽目になった。

いつの世にも通じる主人公のセリフは、政府の無為無策を罵る抗議活動に通じる。時代が変わっても、弱者が切り捨てられる構図は一向に変わっていない。弱いものがさらに弱い立場に追いやられるのが現実社会。政府や金持ちには庶民などの気持ちが分かるはずない。所詮は日本でも有数の金を稼ぐ集団が、貧乏に人を憐れんで作る法律に心がこもるはずもなかろう。

『武士の一分』

2006年(平成18年)・日本 監督/山田洋次

出演/木村拓哉/檀れい/笹野高史/坂東三津五郎/岡本信人/左時枝/桃井かおり/緒形拳

藤沢周平原作の海坂藩が舞台だ。「・・・・がんす。」と、特徴のある接尾語、美しい女性から発せられるとこの言葉まで美しく感じる。前回観た時からおもしろいと思い込んでいたせいなのだろうか、前半は意外と面白さよりも、あまりにも真面目な演技の主人公が気になっていた。この欄に書かれていなかったことに驚いた。製作年が11年前ではあり得ることだった。

檀れいは美しい。日本女性の着物姿が、抜群に美しい。観光できた外国人が着つけてもらって喜んでいるが、しっくりこない点がある。胸が大きく足の長い外国人には、一番似合わないように作られているのが日本の着物なのだ。胴が長くなければ着物の線が美しく見えない。胸高に締める着物の帯が胸が小さくなくては出来ないこと。そういう肉体的欠陥を補って、あるいはそういう欠点があるから出来る技だということを外国人には理解できないだろう。

先日観た上戸彩の着物姿が美しかったので、檀れいがこの程度出来るのは当たり前で、もう一段も二段も上の所作を期待してしまったのは、過剰期待だったのかもしれない。それにしても、着物を着た時の所作、容姿の美しさを理解できる日本人であることがうれしい。わび、さび、の世界と同じように、言葉では説明が難しい感覚が日本には多くて、そこらあたりが日常を超えたところで最重要事項であることを、知る由もないのが外国人。それでいいのだ。

『ブラッド・ワーク』(Blood Work)

2002年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/ジェフ・ダニエルズ/アンジェリカ・ヒューストン/ワンダ・デ・ジーザス

冒頭に「Malpaso Productions」と出てきて、イーストウッド作品だと認知した。観始まってすぐに観たことのある映画だと分かったが、おもしろかったので、そのまま観続けることが楽しかった。この「最近観た映画」欄に書かれていなかったことが不思議だった。もう7年以上前になるのかな。

特殊な血液型を持つこの映画の主人公は元FBI分析官。現役時代に捕まえることの出来なかった殺人犯を追い詰める話だ。話がおもしろいと思ったら、マイクル・コナリーの『わが心臓の痛み』という原作があったらしい。おそらく活字で読んだら、もっと想像力をかき立てられておもしろかったろうと想像出来る。

世の中には未解決の重大犯罪が結構残っている。3億円事件もそうだし毎年年末に想い出させてくれる一家惨殺事件もそうだ。後者などは多くの遺留品や指紋までもがあるのにもかかわらず解決されない。もう死んでしまったのか高マクラで今も悠々自適しているのか、犯人達の生活を垣間見たい。神には成れないけれど、何か夢を叶えてくれるとしたら、神になって未解決事件を暴いてみたい。そんな夢にもならないことを夢みている。

『青天の霹靂』

2014年(平成26年)・日本 監督/劇団ひとり

出演/大泉洋/柴咲コウ/劇団ひとり/笹野高史/風間杜夫/柄本佑、小石至誠(ナポレオンズ)

今日は、2017年4月2日(日)。原作は劇団ひとりが書き下ろした小説で、デビュー作の『陰日向に咲く』に次いで2作目である、と知ったのは映画を観終わってから。その方が先入観がなくて賢明だったと思う。2010年8月25日に幻冬舎から刊行されて、2014年に映画化されるなんてかなり早い夢実現だったろう。

リアルタイムで劇団ひとりが本を書いたという情報は掴んでいた気がするが、自分が監督して映画を作ったとは。ある意味、大したものだ。役者としての大泉洋も嫌いじゃないし、柴咲コウは一番好きな女優だし、劇団ひとりだって才能があるんじゃないと思っていた芸人で、バックボーンに難癖を付けるところはない。

つかみは抜群だったが、暫くしたらちょっと拍子抜けになってしまった。終わり頃にはうたた寝をしてしまう始末。後で分かった原作者自身の監督が問題だったのだろう。彼の監督力があるかどうかの問題ではなく、自分の原作を映画監督することがいけないのだろう。なんか中途半端な想いを押しつけられているようで気持ちが悪かったのは、こんなところに原因があるのだろうと私の心が言っている。

『七人の侍』

1954年(昭和29年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/志村喬/加東大介/木村功/千秋実/宮口精二/稲葉義男/藤原釜足/左卜全/津島恵子

上映時間3時間27分だった。おもしろいと確信して今まで生きてきたけれど、観始まってもシーンを思い出せない特技が今回も。新鮮でいいことだらけしかない特技だが、それにしてもよくもまぁ~内容を覚えていないもんだ、と感心するしかない。

途中「休憩」が入る。「憇」舌・甘・心と書くたぶん旧字だろうと思われる漢字が使われている。近年は「憩」舌・自・心と書いていることを昔から覚えていたので、ちょっとおもしろかった。旧字もワープロで探せば出現するので、死字ではないようだ。

前半の軽快な動きが後半はちょっと停滞する。いささか長過ぎる。七人の侍が戦う相手の数が、劇中で数えられる数と一致しないように見えて、そんなつまらないことが気になった。黒澤明特集なのだろうか、NHK-BSは彼の監督作品をここのところだいぶ流している。何度でも観ておいた方がいい作品なので、そうすることにしよう。

『マラヴィータ』(英語題: The Family, 仏語題: Malavita)

2013年・アメリカ/フランス 監督/リュック・ベッソン

出演/ロバート・デ・ニーロ/ミシェル・ファイファー/トミー・リー・ジョーンズ/ディアナ・アグロン/ジョン・デレオ

フランス・ノルマンディーのとある田舎町に、アメリカ人のブレイク一家が引っ越してきた。彼らは一見ごく普通のアメリカ人の一家のようだが、実は主のフレッドは本名をジョヴァンニ・マンゾーニという元マフィアで、家族ともどもFBIの証人保護プログラムを適用され、偽名を名乗って世界各地の隠れ家を転々としていた。そんなワケありのブレイク一家は地元のコミュニティーに溶け込もうとするが、かんしゃく持ちのフレッドは事あるごとに昔の血が騒いでトラブルを引き起こし、妻マギーと2人の子供も方々でトラブルを起こしてしまう。(Wikipediaより)

といった内容なのでコメディであることは確かなのだが、おちゃらけたシーンが一切ないのが相変わらずのアメリカンなコメディのありようだ。これぞ「クール!」と呼べる映画だった。気にくわない周りの奴らを単純に暴力で懲らしめるのは、マフィアや暴力団のやり口。持って回らないだけいい。悪いことをしなければパンドラの箱を開けることはない。

子供二人の高校での振る舞いにも笑いが。嫌なやつなら殴りたいよね。徹底的に相手をのめすのがマフィア・スタイル。言っても分からなければ、実力行使というのは太古の時代からの人間・スタイル。今や、言葉だけでもネットが炎上する時代ではうかつな行動に出られない環境で、それが社会というものなのだろう。マラヴィータとは飼い犬の名前。

『アンフェア the end』

2015年日本・アメリカ 監督/佐藤嗣麻子

出演/篠原涼子/永山絢斗/阿部サダヲ/加藤雅也/向井地美音/吉田鋼太郎/AKIRA/寺島進/佐藤浩市

フジテレビ系列のドラマ『アンフェア』の劇場版3作目。2011年公開の映画第2作『アンフェア the answer』の続編でありシリーズ完結編とある。劇場版前作を見たことがあり、どことなく分かっているつもりだが、登場人物をいちいち覚えていない。明確な続編を観る前は、前作を直前で見直すことが、映画をさらに楽しくさせる技だろう。

篠原涼子も好きなタレントではないが、あっちこっちのテレビ番組に顔を出している役者が、同じ格好と声でまったく違う役を演じるのには違和感がある。アメリカの役者のようなスクリーンでの役作りが徹底されていない日本映画では、あまりにもリアリティーのないシーンや展開に反吐が出そうになる。話はおもしろいが、犬やサルでも撃ち殺せない日本の警察官が、簡単に引鉄をひくのを見るのは抵抗がある。

結局肝心な動機映像を最後のクレジット表示の時にまとめて見せる狡さには参った。ストーリー展開の中でそこをどう見せるかが映画の命。あっち側だった登場人物が、実はこっち側だったなんて、頻繁に入れ替わられては、いくら何でもありの警察ものと言えど、安心して映画に没頭できなくて、消化不良を起こしそうだった。おもしろいんだけどなぁ~。

『免許がない!』

1994年(平成6年)・日本 監督/明石知幸

出演/舘ひろし/墨田ユキ/西岡徳馬/片岡鶴太郎/江守徹/中条静夫/秋野太作/五十嵐淳子

書くのもおぞましいくらい、くだらない映画。当然速回しになる。いちいち癪に障るセリフと進行。こんな映画を作る金があるなら、何処かに寄付してほしい。すべてが観客に笑いを促すセリフ、所作、呆れかえるほどの脚本は森田芳光だった。役者全員が変われば、もしかすると面白くなるかもしれない。

ちょうど3年前「運転経歴証明書」に変わってしまった自分の自動車運転免許証。毎日飲まなければいけない6種類の薬の効能書きには、有効なところは1点で副作用が無数に書かれている。眠気なんかどの薬にも書かれている。便秘と下痢が同時に書かれている薬もある。そんな薬を飲み続けなければいけない環境では、ボケよりも先に薬問題の方が大きいと感じた。それでも車が目の前にあるのなら免許証を手放すことはなかったであろう。

ほとんどのところは運転免許証の代わりにこの運転経歴証明書を代用できるようになっている。ところがイオンのカードを作ろうと思ったときに、運転免許証でなければダメだというので、佐川急便のお兄ちゃんにやっぱり駄目だと、諦めてしまったことがある。昭和43年から持ってたものを捨てるというのはつらい決断だった。免許証もそうだし、もう一つ重要な出逢いも。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(The Postman Always Rings Twice)

1946年・アメリカ 監督/テイ・ガーネット

出演/ラナ・ターナー/ジョン・ガーフィールド/セシル・ケラウェイ/ ヒューム・クローニン

原作は、1934年に出版されたジェームズ・M・ケインの小説。これまで4度映画化されている。1本目、1939年:ピェール・シュナール監督:LE DERNIER TOURNANT(最後の曲がり角)と言うタイトル。舞台はフランスのパパス。2本目、1942年:ルキノ・ヴィスコンティ監督。舞台はイタリア、初監督作品。3本目がこの映画。4本目、1981年:ボブ・ラフェルソン監督。ジャック・ニコルソン、ジェシカ・ラングなどが出演。日本ヘラルド映画配給作品だ。

この映画は日本では劇場未公開だったらしい。戦後間もない頃では劇場未公開も多かったのだろうか。ヘラルド時代の映画に比較して、主人公二人の愛欲シーンがまったく見られなかったことが、拍子抜けのような雰囲気。このタイトルを見ると、ジャック・ニコルソンとジェシカ・ラングのキッチンでのSEXシーンをどうしても思い出してしまう。ポスターもそんな絵柄だったような気がする。

この映画の最後に「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の意味を主人公が喋る場面があったが、二度見直しても意味が分からなかった。頭の悪い自分に嫌気がさす。映画的には劇場未公開になるほどの酷さはない。シーンの速さや想定外の展開に、さすが映画はいいな、と思わせるものがあった。ダブル・ジョパディー、一事不再理というキーワードがちらりと喋られるのだが、ほかの映画でもこのことについて学んでいたので、実にすんなりとわが身に入ってきて、気持ちよかったこと。

『隠し砦の三悪人』

1958年(昭和33年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/千秋実/藤原釜足/藤田進/志村喬/上原美佐/藤木悠/加藤武/上田吉二郎

以前観たときに酷くおもしろくなく途中でやめてしまったと思っていた。そのシーンだけがほのかに記憶に残っていた。今日は結構おもしろく観させてもらった、という感じ。2000本以上観てからやって来る鑑賞時間は、さすがに余裕がうかがえる。

黒澤明監督の仕掛けはいつも子供騙し。ここがこういう風におもしろい、と思っているのだろうが、どうにも世間を知らないプロの脚本家の話みたいで、いつもチンケに見える。それは仕掛けがそう見えるだけで、話全体の流れに関しては問題ない。名作と評されるけれど、素人にはそこまでの名作とは思えない。撮影技術とかの凄さはあるのだろうけれど、一般観客はそんなことには見向きもしない。おもしろいかどうかが一番、という点では、おもしろいような・・・と言葉が濁る。

前回途中退場だと思って記憶にあったシーンは、なんとラストシーンだった。最後まで観ていたんだ?!$% 著名な監督がこの映画を参考にしたらしいが、プロから観るこの映画の優れているところを教えて欲しい。そういう目で見れば、この映画の良さと共におもしろさが伝わってくるかもしれない。笑いが理屈っぽいのが黒澤映画の特徴、と素人っぽい断言をしてしまう。

『ひばりの花笠道中』

1962年(昭和37年)・日本 監督/河野寿一

出演/美空ひばり/里見浩太朗/近衛十四郎/香山武彦/西崎みち子/久我恵子/紫ひづる/富士薫/暁冴子/勝山まゆみ/北龍二

友人からのDVDには「花笠道中」とだけ書かれていたので、まさか美空ひばりの映画だとは知らなかった。自分からめったに観ることはないであろう作品なので、そういう意味では楽しい時間だった。一人二役、しかも姉と弟を演じている。あの時代は結構一人二役があった。今なら極めて簡単そうな同じ画面の二人も、あの時代では究極のテクニックだった。

ミュージカルのような場面が何回もあった。聞いたことのない歌だった。レコード化されていない美空ひばりの唄が、たくさんあるに違いない。美空ひばりの歌声は世界一と言えるだろう。テレビの解説で、彼女の歌声が高音と低音が一緒になって「ゆらぎ」ながら流れるのが特徴だと言っていた。このことは以前書いたような気もする。

江戸のいなせな活躍ぶりも目を見張るが、江戸を下っていく東海道の人通りの多さに驚く。最近の時代劇ではここまでの人込みを表現していない。昭和30年代の映画には忠実な歴史公証を再現しているのだろうか。上映時間1時間23分と短く、この時代の映画館3本立てを思い出させてくれる。

『リベンジ・マッチ』(Grudge Match)

2013年・アメリカ 監督/ピーター・シーガル

出演/ロバート・デ・ニーロ/シルヴェスター・スタローン/ケヴィン・ハート/アラン・アーキン/キム・ベイシンガー

Wikipediaの[評価]:本作には否定的な意見が寄せられた。映画批評サイトのRotten Tomatoesには69件のレビューがあり、批評家支持率は20%、平均点は10点満点中4.4点となっている。批評家の意見を総括すると「『リベンジ・マッチ』には笑える部分もあるにはあるが、とりとめのない話に過ぎない。豪華キャストも陳腐な脚本の前では何もできていない。」となる。また、Metacriticには、27件のレビューがあり、平均点は100点満点中37点となっている。第34回ゴールデンラズベリー賞において、シルヴェスター・スタローンが本作と『大脱出』、『バレット』の3作の演技によって最低主演男優賞にノミネートされたが、『アフター・アース』の主演俳優ジェイデン・スミスに敗れた。

『ロッキー』シリーズを観ていない。スタローンに魅力を感じなかったことが一番の原因。キム・ベイシンガーとのやり取りに過去の映画もしくは個人的事情も加味されたようなセリフが出てくるが、一向に分からない。こういうあたりは映画をきちんと観ていないとどうにもならない。

前述のように評判はイマイチな映画だが、それなり以上に楽しめた。実年齢70才にならんとする二人のボクシングシーンは楽しめる。コメディーがおちゃらけないのはアメリカ映画の大特徴、いつの日か日本映画界もこんなコメディを作ってほしい。テレビ番組にはお笑い芸人が溢れかえっているんだから。

『42 ~世界を変えた男~』(42)

2013年・アメリカ 監督/ブライアン・ヘルゲランド

出演/チャドウィック・ボーズマン/ハリソン・フォード/ニコール・ベハーリー/クリストファー・メローニ

原題は「42」だけ。世界を変えた男なんていう大袈裟なサブタイトルを容認した奴は誰だ。毎年4月15日、メジャーリーグの選手のユニフォームの背番号は全員42だ。初の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを記念してしる。唯一全球団の永久欠番も42だというから、彼の為したことがいかに凄かったかの証明になるだろう。

第二次世界大戦直後のアメリカ、軍隊には多くの黒人がいたはずなのに、実際のアメリカ社会では平然と人種差別をしていた。映画でしか知らないその差別の実態だが、そういう事実を見るたびに、そこまでやるかと思えるほどの酷さに呆れかえるほど。トランプだって、本当はそう言いたいのだろう。「White Only」とか「Colored」と書かれたドアには、そんなことは当たり前だよ、という社会のメッセージが明らかで、おおいに勉強させられる。日本人だって「Colored」に属するのだろうから、我が儘なアメリカ人はこうやって形成されたに違いない。

何故全員が42番を付けてプレーするのかを理解できていなかった。そういう意味では観た価値がある。分かりきったような気のする題名には食指が動かなかったが、実は彼の偉業を讃えるばかりではなく、時代の要請のせいにして人種差別を繰り返してたアメリカ人自身の反省に基づく映画なのだと、勝手に思うことにした。

『悪い奴ほどよく眠る』

1960年(昭和35年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/森雅之/香川京子/三橋達也/志村喬/西村晃/加藤武/藤原釜足/笠智衆

エピソード2件。本作で佳子を演じた香川は、終盤で三橋演じる辰夫の車から降りるシーンで、シートベルトをしていなかったので誤って車がブレーキをかけて止まった反動で、フロントガラスに頭から突っ込んでしまい、顔を何針も縫うほどの大怪我を負ってしまった。傷も大きかったので、香川は「もう女優の仕事はダメかもしれない」と引退を本気で覚悟したという。また、このとき香川が運ばれた病院にマスコミが集まってくるが、三船敏郎が香川の病室のドアの前に立ち、すべての取材を断っていたという。また三船は、ロケバスに衣装係が積み込むのを手伝うなど、そのように、三船は一生懸命に人のためにしてくれる人だと、香川は語っている。本作で副総裁岩渕を演じた森雅之は当時49歳と、息子役の三橋達也と一回りしか変わらないが、実年齢を上回る初老の役を演じて新境地を開いた。(Wikipediaより)

黒澤が東宝より独立して創始した黒澤プロの初作品。東宝との共同制作だが、次回作『用心棒』以降は菊島隆三が黒澤プロ側のプロデューサー(東宝側は一貫して田中友幸が担当)として固定されるので、本作は黒澤の数少ない製作・監督兼任作品(他には『どですかでん』『影武者』、途中から製作を兼ねた『隠し砦の三悪人』がある)となった。それだけに興業上の成功だけを狙った安易な作品ではなく、あえて難題を扱うという意志から、公団とゼネコンの汚職という題材を選んだと黒澤は語っている。また、次回作以降、黒澤は二人(以上)カメラマン分担体制を確立するので、単独カメラマンがクレジットされる映画はこれが最後である。岡本喜八作品などで知られ、これが唯一の黒澤作品となる逢沢譲が担当している。(Wikipediaより)

冒頭、状況説明を登場人物の語りで行うのは(本作では結婚式の場に取材に来たベテラン新聞記者が他の記者たちに語る)、ギリシア悲劇のコーラス隊のコーラスを踏襲したもので、黒澤映画の常套手法であるが、それを結婚披露宴で行うのは、後に映画『ゴッドファーザー』でも採用されている。タイトルは、本当に悪い奴は表に自分が浮かび上がるようなことはしない。人の目の届かぬ所で、のうのうと枕を高くして寝ているとの意味であり、冒頭のみならず、ラストシーンでもタイトルが大きく出る。(Wikipediaより)

『武士の献立』

2013年(平成25年)・日本 監督/朝原雄三

出演/上戸彩/高良健吾/西田敏行/余貴美子/成海璃子/柄本佑/夏川結衣/緒形直人/鹿賀丈史

上戸彩は、スクリーンで大きく映し出される顔には少し物足りなさはあるが、その佇まい、姿勢、立ち振る舞い、所作、どれをとっても日本女性の美しさを充分に表現している。監督は釣りバカの朝原雄三、松竹と北國新聞の共同製作。北國新聞創刊120周年作品だという。いい作品を選んだ。舞台は金沢、もってこいの素材だ。

「武士の家計簿」「武士の一分」「武士の台所」と、武士にまつわる映画はいつもおもしろい。武士よりもその周りを固める女性陣が、いつも美しい。日本人で良かったな~と思えるような、所作の美しさが際立つ。きりりとした女性の振る舞いにはぞくっとさせられる。

小京都とかいう言い方は失礼だろうな。京都ではない。あくまでも金沢だ。加賀百万石とか、金箔とか、新幹線が開通して、その特色がいかんなく喧伝されたが、一度は訪れておいた方がいいところ。日本三大名園と言われる、ここ金沢・兼六園、岡山・後楽園、水戸・偕楽園、ダントツで岡山が一番だと思うが、水戸よりははるかに金沢が上だ。

『陰謀のスプレマシー』(原題: The Expatriate、米国題: Erased)

2012年・アメリカ/カナダ/ベルギー 監督/フィリップ・シュテルツェル

出演/アーロン・エッカート/オルガ・キュリレンコ/リアナ・リベラト

二カ国語放送の字幕表示が、どうも上手く行かない。きちんと、普段の字幕になる場合がベスト。耳の不自由な人用と思われるちょっとうるさく感じる字幕でもベター。最悪なのは、字幕の切り替えボタンが表示され、字幕:日本語とボタンを押しているのに日本語が表示されないとき。音声は切り替わるのに、字幕がダメだと苛つく。

この映画も字幕切り替えが出ているのに、日本語字幕が出て来ない。ちょっとおもしろそうだったので、字幕のないまま観始まった。願わくば、いつの間にか英語が分かってしまってくれないかな~、と。この映画の英語はひどく分かりにくくはなかったけれど、ひとつひとつ意味が分かるほどでも無かった。

いらいらしながら観ていて、とうとう日本語吹き替え版に替えたのは、2/3を過ぎてからだろうか。字幕なしで観るという希望は永久に達成できそうもない。ひところよりは英語の言葉に少しづつ反応できているような気になっているが、それは気になっているだけで結局何も進歩しているとは思えない。

『汚れた英雄』

1982年(昭和57年)・日本 監督/角川春樹

出演/草刈正雄/レベッカ・ホールデン/木の実ナナ/浅野温子/勝野洋/奥田瑛二/中島ゆたか/朝加真由美/伊武雅刀

本作は角川春樹による監督作品第1作である。本来角川はプロデューサーであり、監督は別に計画されていたが人選が難航、結果的に角川が自ら演出することとなった。演出経験を持たない角川は、脚本の丸山昇一と相談し、極力台詞を削ることで映像の持つ迫力を前面に出す演出を心がけた。これについては当時、最低限のものだけを残しギリギリまで削り込む俳句の技法を応用した、との発言を残している。

また、物語は原作小説とはまったく異なるものである。脚本の丸山は当時のインタビューで、2時間弱の映画の中では原作の一部分しか描けず、また終戦後から始まる原作では当時の時代背景から描かねばならないことなどから、原作のストーリーから離れて現代を舞台にすることに当初から決めたという。丸山は原作の中の「物語」ではなく、「キャラクターの生きざま」を描こうとしたといい、「北野晶夫ライブ」という表現を用いている。(Wkipediaより)

角川春樹全盛時の映画かもしれない。角川春樹作品の4作目で日本へラレド映画は野性の証明(1978年)を配給している。この作品の前後の題名を羅列しただけでも彼のこの時代の活躍が分かる。スローなブギにしてくれ(1981年) 魔界転生(1981年・東映)ねらわれた学園(1981年・東宝)悪霊島(1981年)蔵の中(1981年・東映セントラルフィルム)セーラー服と機関銃(1981年・東映)セーラー服と機関銃 完璧版(1981年・東映)化石の荒野(1982年)蒲田行進曲(1982年・松竹)この子の七つのお祝いに(1982年・松竹)伊賀忍法帖(1982年・東映)幻魔大戦(1983年・東宝東和)探偵物語(1983年・東映)時をかける少女(1983年・東映)里見八犬伝(1983年・東映)。もし事件がなかったら映画界もちょっと変わっていたかもしれない。

『塔の上のラプンツェル』(Tangled )

2010年・アメリカ 監督/バイロン・ハワード

出演(声)/マンディ・ムーア/ザッカリー・リーヴァイ/ドナ・マーフィ/M・C・ゲイニー

ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ長編作品第50作目であり、初の「3Dで描かれるプリンセスストーリー」。原作はグリム童話の『ラプンツェル(髪長姫)』。本作は長年ディズニーのアニメーターとして活躍していたグレン・キーンが初めて企画の立ち上げから製作総指揮まで自ら務めた作品である。(Wikipediaより)

リアルタイムの宣伝を見たとき、ジブリ作品だと勘違いしていた。「覚えていません。」とか「記憶にありません。」という国会答弁は聞いたことがあるが、最近では「私としては自らの記憶に基づいて答弁した。虚偽の答弁をしたとの認識はない。」と言ってのける現職大臣が登場して、国会どころかテレビのワイドショーでもおもしろおかしく取り上げられている。

アメリカ人のユーモア・センスが粋だ。どうしても追いつかないのはユーモア・センス。真面目になればなるほど、凍り付いていってしまうのが日本人。幼児教育からリラックスすることを教えられていない。がんばれ! がんばれ! と、精一杯力を出し切ることを叩き込まれている。舌を出しながらシュートすることがリラックスの極致だということを、科学的に教えられていない。まだまだだなぁ~。

『告白』

2010年・日本 監督/中島哲也

出演/松たか子/岡田将生/木村佳乃/芦田愛菜/橋本愛/西井幸人/藤原薫

湊かなえ原作のベストセラー小説の映画化だと知って、また愕然とする。活字世界を敬遠しているつけが回っている。湊かなえの名前を聞いたことがある、ということはたぶん彼女の原作映画化作品を観たことがあるのだろう。活字で読めば、ぞくぞくっとする感覚があるに違いない。ベストセラーの意味が分かる。映画公開後また売れたらしい。双葉社は映画化に合わせて文庫本を出し、この文庫本だけで200万部のベストセラーになったという。分かるし、すごい。

女性の高校教師がこの3月で教師を辞めるにあたって、自分の受け持つクラスでの告白シーンから始まる。その内容は、おぞましいものだった。えッ!と思わせるような内容だった。観ていたくない、聞いていたくないと思わせるだけでも、映画化する意義があったかもしれない。活字ならもっと想像力を掻き立てられるだろう。だが、この映画の映像も大したものだった。この頃のそんじょそこらの日本映画とは一線を画していた。

もう7年も前の映画だったのがショックなのだ。せめて日本映画アカデミー賞の情報でも身近にあれば、陳腐な賞だけれど何が評価されているのかぐらいは分かるだろう。他人の気持ちは絶対分からない。分かるものはといえば、本人の口から発せられた言葉でしか判断できない。それでも、その言葉さえ、本人が100%の確証で言っていないこともある。何を考えているのかなんて、神のみぞ知る世界なのだ。その世界を「告白」という形で、映像化して見せている。かなり衝撃的な内容はグローバルだろう。

『96時間/リベンジ』(Taken 2)

2012年・フランス 監督/オリヴィエ・メガトン

出演/リーアム・ニーソン/マギー・グレイス/ファムケ・ヤンセン/ラデ・シェルベッジア

アルバニア・マフィアの首領のムラドは、トロポヤ県で息子マルコ(前作でブライアンが電気椅子で殺した男)らの葬儀に出て、息子を殺した犯人への復讐を誓う。ムラドは手下らとパリに行き、マルコが殺された現場にあった名刺から、元フランスの諜報員ジャン=クロードを探して捕え、拷問して尋問するが何も聞き出せない。アルバニアの情報局役人を買収して、ジャン=クロードの旧友で元CIA工作員のブライアンが犯人であり、現在イスタンブールにいることを突き止める。(Wikipediaより)

前作を確かに観ていたような気になっていて、この映画の中のセリフであっ!そのはなしかという箇所があって、少し納得しながら観ていた。ただいつもながら全篇を通して覚えているわけではないので、この頃の続き映画がだいたいそうであるしっかりとした続編がちょっと疎ましい。前作で確かこのリーアム・ニーソを初めて観て、なかなかやるじゃんという印象があった。テイストはさすがに良く似ているが、おもしろい。いつも比べる日本映画、間違ってもこの映画に近づくことは出来ないだろう。お金もそうだし、アクションもそうだし、フィルム・コミッションの協力があっても、これほどの街の中での暴走は許してくれないだろう。

おもしろかった。

『ツォツィ』(Tsotsi)

2005年・イギリス/南アフリカ共和国 監督/ギャヴィン・フッド

出演/プレスリー・チュエニヤハエ/テリー・ペート/ケネス・ンコースィ/モツスィ・マッハーノ

第78回アカデミー賞の外国語映画賞受賞作品だそうな。役者の名前を書いたってなんの意味も無さそうだが、一応自分の決めた規定通りに書いておく。万が一、どこかで同じ名前を見ることがあれば、それは奇跡の一つだろうが、そんなことも絶対無い訳ではないと信じられるのが、人生のおもしろさと思っている。

原作での時代設定は1960年代だったが、映画では現代へ移している。アパルトヘイト廃止から10数年経った今もなお残る差別や格差社会に苦しむスラム街のツォツィ(南部ソト語で「チンピラ」を意味するスラング)と呼ばれる主人公。そのツォツィがある出来事を契機に人間性を取り戻していく過程を描く。(Wikipediaより)

ようやく観終わった。最初のうちはアフリカの貧民街のネタで、映像も粗く気分が乗らない映画だな~という印象が強かった。最初のさわりが悪過ぎたが、30分過ぎてからは映画らしい惹きつける内容になっていった。舞台がたぶんアフリカの貧民街でしか有り得ないストーリーだ。アメリカでも、日本ならまったく考えられない。余韻を残して終わってくれて、ありがとう。いつかアフリカ人に生まれかわることがあるかもしれない。バッタになって生をうけるかもしれない。分かりもしないくせに、人間は他の動物には生まれ変われないなどとする、インチキ予言者が世の中に横行しているが、知りもしないことをさも知ったかぶりして神に唾してはいけない。

『なくもんか』

2009年(平成21年)・日本 監督/水田伸生

出演/阿部サダヲ/竹内結子/瑛太/塚本高史/皆川猿時/片桐はいり/鈴木砂羽/伊原剛志

キャッチコピーは「これは”泣ける喜劇”か”笑える悲劇”か!?」。では、見る気もしないけれど、このコピーを知らなかったので観始まることが出来た。おちゃらけてはいるけれど、早回しにしたり、途中退室と言うまでには行かなかった。宮藤官九郎の脚本はあざとさが際立っていて、嫌いだな~。

人間の運命はまったく未知数。親がその大半を担っているが、子育て放棄をしてしまえば、子供がどう成長するのかは神に委ねられてしまう。そこで人間を全うする者と、邪道に入ってしまう者とに別れる。本人のせいではないだろう。本人の知らないところで運命が一人走りするに違いない。

親がいない方がいいかもしれない。両親が新興宗教にかぶれていれば、その子供はその宗教しか価値観を認められなくなる。成長前の人間を洗礼してしまうことが平然と認められている人間生活は奇妙だ。生まれて30年経ってから、自ずから洗礼から脱することが出来れば仕合わせだが、その道しか見えなくなってしまったら、悲劇と言わざるを得ない。洗脳されていないと本人は言うに違いない。他の価値観を見ることが出来なければ、それは必定。人間生活は、斯くして面白きものかな、などと天守閣の上から物見遊山出来ればいいのだが。

『海底二万哩』(20000 Leagues Under the Sea)

1954年・アメリカ 監督/リチャード・フライシャー

出演/カーク・ダグラス/ジェームズ・メイソン/ポール・ルーカス/ピーター・ローレ

彼の有名なジュール・ヴェルヌのSF小説『海底二万里』をウォルト・ディズニーが映画化した作品。初のスコープ・サイズ、カラー作品で、当時はアニメーション製作を主体としていたウォルト・ディズニーが、実写版として製作した映画である。時代設定や大筋は原作に沿っているが、脚色も加えられ、特に結末は原作と異なったものになっている、という解説があった。

往年の少年たちはこの映画に出てくる潜水艦「ノーチラス号」の名前を誰もが知っている。ウォルト・ディズニー・ピクチャーズは2010年頃の公開を目指して本作のリメイクを進めていると発表されたが頓挫、その後も何回かリメイク作品製作の話題が続いた。結局、2016年2月、ジェームズ・マンゴールドが監督に起用され、『Captain Nemo』のタイトルで制作されることが発表された。まだ出来上がっていない?

子供心をくすぐる原作と映像化だが、この映画は2時間7分と子供が見る映画としては長い。子供だけではなく大人だって、こういう話には飛びつく。昔ながらに言う「冒険心」とやらをいたく刺激するのだろう。男の方がはるかにこの手の映画に興味を示す。この差がおもしろい。

『白雪姫と鏡の女王』(Mirror Mirror)

2012年・アメリカ 監督/ターセム・シン

出演/ジュリア・ロバーツ/リリー・コリンズ/アーミー・ハマー/ネイサン・レイン

いや~、おもしろかった。おもしろさを想定していなかったからという訳じゃない、と思う。69才の男の老人が観て「おもしろかった」というのは可笑しいかもしれない。アニメよりは絶対実写がいい。かといってアニメを観ることは希なことだが。

白雪姫のリリー・コリンズが良かった。眉毛の濃さに最初は違和感があったが、だんだん慣れてくると、実にこの役に相応しいと思えてきた。若き日のオードリー・ヘップバーンを彷彿とさせるような化粧の仕方が凄く気になった。『ミッシング ID』(Abduction・2011年)で彼女を観ているはずなのに記憶がない。化粧でかなり雰囲気が変わっているに違いない。

コメディの質が違い過ぎる。どうして日本のコメディ映画は、あーなるのだろうか? と言っても分からないかもしれないが、邦画を観ている人には分かるよね~! いつも言うのは、演じている人の顔に不真面目さが漂うのが日本映画。演じている人の顔にはコメディの「コ」の字も感じないのが欧米の映画。そんな説明で分かってくれると嬉しい。

『陽のあたる場所』(A Place in the Sun)

1951年・アメリカ 監督/ジョージ・スティーヴンス

出演/モンゴメリー・クリフト/エリザベス・テイラー/シェリー・ウィンタース/アン・リヴィア

アラン・ドロンもエリザベス・テイラーも知らない人が多いに違いない。そんな世の中が来ることを信じられないが、現実は厳しい。この映画は1949年に撮影されているので、エリザベス・テイラーが17歳の時の映画になる。大人びているが熟年の彼女の容姿の方を数多く見ているので、すごく初々しく感じる。

この映画を観たという確かな記憶がない。が、おそらくだいぶ前に観ているだろう。何故かって? この映画に影響されたと感じるものがあったから。それは決して嘘をついてはいけないということ。一つの嘘が次の嘘を生み、結局は嘘で固めた人生になってしまう、と心に強く刻まれているからだ。

この映画の前半は、好きになった普通の暮らしの女性を、後から現れた金持ちの女性に乗り換えてしまい、悲劇が起こるという、よくよくありがちな恋愛物語だった。ところが、後半は一転裁判劇へとうつり、その中で主人公の心のありようが観客に訴えるのだ。最後のシーンでは、もう少し見せてよ、とせがむ気持ちが顕著になった。もういい加減に終わったら、と常々おもう日本映画とは大きな差がある。こうやって知らず知らずのうちに、心の中の何かが形成されて、今の自分があるのだろうな、と思う。

『LIFE!』(The Secret Life of Walter Mitty)

2013年・アメリカ 監督/ベン・スティラー

出演/ベン・スティラー/クリステン・ウィグ/シャーリー・マクレーン/ショーン・ペン

1939年に発表されたジェームズ・サーバーの短編小説「ウォルター・ミティの秘密の生活」(The Secret Life of Walter Mitty)を原作とするダニー・ケイ主演映画『虹を掴む男』(1947年公開)のリメイク作品である、ということを知らない。また、原作は非常に短い短編であり主人公の職業も特定されていないが、本作が出版界を舞台としているのは『虹を掴む男』を踏襲している、ということらしい。

監督と主演はベン・スティラーが務めているが、この役者をよく知らない。アメリカ発の伝統的フォトグラフ雑誌『LIFE』が舞台。だが、そこのネガフィルム管理部門の社員が摩訶不思議な妄想と行動力でストーリーをつくって行く。この会社のスローガンは、「世界を見よう、危険でも立ち向かおう。それが人生の目的だから」。まだあると思っていたら、2007年に廃刊になっていた。ライフ誌はカメラマンをスタッフという専属的な所属とし、撮影から記事・レイアウト等の編集のスタイルを一貫させ、「フォト・エッセイ」と称した、という。

そうか、本当になくなってしまったのか! この映画も、経営権が代わって、主人公がリストラにあうことが一つの大きな柱になっている。経営陣は平気でリストラをする。それは極く一般的な人間社会だが、いい気なもんだよね。才能ではなく偶然に経営陣に名前を連ねている輩は多いだろう。そんな人間どもは、死ぬときになって、初めて自分の行いで地獄に陥ることを知ることになるだろう。

『ワールド・ウォーZ』(World War Z)

2013年・アメリカ/イギリス 監督/マーク・フォースター

出演/ブラッド・ピット/ミレイユ・イーノス/ダニエラ・ケルテス/ジェームズ・バッジ・デール

マックス・ブルックスの小説『WORLD WAR Z』(2006年)の映画化だが、爆発的な感染力で人間がゾンビに変化して人類の存亡を危うくする設定以外は原作と同一な点は無く、映画と原作は全くの別物である。(Wikipediaより)

もともとゾンビ映画は訳の分からないなんでもあり現象ばかりで、辻褄が合わないのは普通。そういう映画とは知らなかった。ブラピのNo.1 メガヒットとかいう宣伝文句をテレビで言っていたが、何を言ってんだか?!

ゾンビというオカルトの子供騙しは観ていて辛い。CGを使ってゾンビの塔を映像化していて、この辺りはさすがにヘラルドが広めたゾンビ映画をはるかに超えてる。それにしても面白くない映画を、CMばっかりの放映でさらに観客を馬鹿にしている。来週のお知らせや、地震情報など、映画放映には似合わないテロップをこれでもかこれでもかと流すテレビ局はあまりにも醜い。

『ジャズ大名』

1986年(昭和61年)・日本 監督/岡本喜八

出演/古谷一行/財津一郎/神崎愛/岡本真実/殿山泰司/本田博太郎/今福将雄/小川真司/利重剛/ミッキー・カーチス

どう考えたって、活字の世界で妄想を膨らませた方が賢明だと思えるストーリー展開と映像だった。なんともはや題名通りのクソおもしろくない映画だった。監督が岡本喜八とは驚いた。弘法筆を選ぶ見本のようなものになってしまっている。原作は、筒井康隆の中編小説らしい。軽過ぎて何を言っているのか分からない原作に思える。

同じような年代と話していると、ジャズが好きという人が結構多い。ちょっと上の世代は終戦後のアメリカナイズされっぱなしの社会に取り込まれていったに違いない。そんな人たちが今頃になって、お金があれば目一杯ステレオ装置に全神経をそそぎ込み、朝からコーヒーを飲みながらジャズ三昧に耽っている。

Softly, as in a Morning Sunrise というジャズではスタンダードな曲を、MJQの演奏で聴くのが好きだった高校時代。そこから自分のジャズ世界はちっとも進化していないけれど、jazzのほんの一端でもかじることが出来たのは自分の財産になってる。美空ひばりはめちゃめちゃいいけれど、演歌ばかりでは少し人生が寂しくなる。Dave Brubeck Quartet At Carngie Hall が一番好きなアルバムだなんて、ちょっとばかり格好つけるのが我々世代の特徴だ。

『裏切りのサーカス』(Tinker Tailor Soldier Spy)

2011年・イギリス/フランス/ドイツ 監督/トーマス・アルフレッドソン

出演/ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/トム・ハーディ/ジョン・ハート/トビー・ジョーンズ

アメリカが合作国名にない分、進行が遅いが複雑。易しい人間関係のはずなのに、すぐには分からない。外国人の場合、顔と名前を一致させるのに苦労する。毎回同じようなことで苦労している。1度と言わず何度でも観て下さいと、まさかそんなことを少しでも望んで映画製作をしているわけじゃないだろうが。

どうも、かなりおもしろそうなのだが人間関係が最後まで分からず、おもしろさが半減というところ。何事にも複雑過ぎる構図は好ましくない。もしかすると、もう一度観ると、凄く分かっておもしろさが倍増するかもしれない、という予測は立てられる。

単刀直入に物を言えれば、誤解や間違いを起こすことが少なくなるはずなのだが、どうしてもくどくどと説明する癖があるのは、私だけではないようだ。ただ、直線的に必要なことだけ伝えようとすると、どうしても言葉が不足して、間違って理解されたり、言いたいことがきちんと理解されないという経験は多々あったので、やはりぐちぐちと言葉が多くなるのは仕方のないことなんだろう。

『拳銃(コルト)は俺のパスポート』

1967年(昭和42年)・日本 監督/野村孝

出演/宍戸錠/ジェリー藤尾/小林千登勢/嵐寛寿郎/小池朝雄/佐々木孝丸/杉良太郎

全盛期の日活映画を観るのは何本目だったろうか。アニメと同じように子供だましのテーマと映像と決めつけてしまった映画を、若い頃でも好きではなかった。どうしてなのかは分からない。まぁ、好きか嫌いかではなく、高校・大学時代も好んで映画館に行く学生ではなかった。田舎の映画館がそのころにはなくなっていた?という原因もあったかもしれない。

早稲田通りには今も健在な名物劇場「早稲田松竹」があった。目の前を通ることはほとんど毎日だったのに、一度も入ったことがなかったかもしれない。そんな人間が映画配給会社で働いていて、宣伝部長をもすることになろうとは、人生はだから楽しいと思える。

映画は結構楽しかった。今どきの日本映画はコメディばかりで、しかも出ている役者が自分で笑い顔を晒しながら演じている。この日活映画のように、真面目に、ひたすら真面目に演じているのが嬉しい。ジェリー藤尾がここまで役者をやっているとは、今知った事実。単なる歌手ではなかった。なかなか役にはまっていて、観客が微笑んでしまう。

『気狂いピエロ』(Pierrot Le Fou)

1965年・フランス/イタリア 監督/ジャン=リュック・ゴダール

出演/アンナ・カリーナ/ジャン=ポール・ベルモンド/グラッツィラ・ガルヴァーニ/ロジェ・デュトワ

日本ヘラルド映画の代表的な配給作品だが、一度も観たことがない。ライオネル・ホワイトの小説『Obsession』(1962年)を原作とする。しかし他の多くのゴダールの作品と同じく脚本と呼べるものはなく、ほとんどのシーンは即興で撮影された、という。

観るのを続けるのが苦痛だ。まだ観終わっていない。観始まると、すぐにやめて普通のテレビ画面に替えたくなってしまい、そうしてしまう。いつになったら、観終わるのだろう。仕方がないので、いつものながら観をやってしまった。ヘラルドの諸先輩方には申し訳ないけれど、私にはこの映画の良さが分かりません。いや、この映画が分かりません。

いつの頃からかフランスを嫌いになっていた。フランスという国ではなさそうだ。フランス人かもしれない。直接接触したわけではないのにである。フランス語を聞いているとイラッとするようになった。単語の区切りが理解できない。そういう意味では映画の影響は大きいような気がする。今回あらためて、というより久しぶりにそういう感覚がよみがえってしまった。この頃、時々はフランス語を喋る映画を観ていたのに。くそ、おもしろくない。

『白鯨との闘い』(In the Heart of the Sea)

2015年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/クリス・ヘムズワース/ベンジャミン・ウォーカー/キリアン・マーフィー/トム・ホランド

小説作品としての『白鯨』の映画化ではなく、『白鯨』の物語のモデルとなった1820年の捕鯨船エセックス号で起こった事件を、1850年、アメリカの新進作家ハーマン・メルヴィルは、かつてエセックス号という捕鯨船に乗り組み、巨大な白いマッコウクジラと戦った人々の最後の生き残りだったトーマスという男から当時の壮絶な実話を聞き出す。1年後にメルヴィルは、取材した実話ではなく、そこから膨らませたフィクションの『白鯨』を出版した。

アメリカ文学を代表する名作、世界の十大小説の一つとも称される『白鯨』(Moby-Dick; or, The Whale)を読んでいないのでは話にならない。どうしてこういう人間が大手を振って生きてこれたのだろうか。読んでないからこそ、大手を振って生きては来なかったと反論したくなる。

この映画はクジラとの闘いという映像に終始し、さながらアクション映画のクジラ漁船版だった。そういう映像の連続は飽きがくる。カーアクション然り、最後には勝つんだろうという予測も、現実もない分、映画的に救いがあるといった程度だ。重い言葉や気の利いたセリフを見つけることも出来ず、映像的な驚きも興味を凌ぐほどではなかったのが残念。

『キャロル』(Carol)

2015年・アメリカ 監督/トッド・ヘインズ

出演/ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/サラ・ポールソン/カイル・チャンドラー

言葉がまとまらない。原作:パトリシア・ハイスミスの自伝的小説『The Price of Salt』はクレア・モーガン名義で1952年に出版された。1990年になってようやく、『The Price of Salt』はパトリシア・ハイスミスが執筆した小説であったことが公にされた。LGBTと今なら公に称される事柄も、第二次世界大戦後まもない社会ではまだまだ秘め事。

映画賞に多くノミネートされている。受賞したものもそれなりに。女と女の愛情とはいったいどんなものなのだろうか。男と男が絡む姿を見たくもないし、想像したくもない。女同士ならいいか、程度の認識しかもっていなかったし、今でもさほど変わらない。映画の中に出てくるセリフの中に、「男だろうと女だろうと、惹かれるか、惹かれないかの二者択一だ。」という言い回しには納得がいく。

1950年代のニューヨーク、キャロルはこの映画の主人公、人妻で稀に見る美しさと気品、そして寂しさを湛えた表情の持ち主。もう一人の主人公テレーズはデパートで働いていたが、将来は写真家になることを夢見ていた。本作の撮影にはスーパー16mmフィルムが使用されたとある。画調がちょっと違うな、と感じたのはそのせいだったようだ。

『スポットライト 世紀のスクープ』(Spotlight)

2015年・アメリカ 監督/トム・マッカーシー

出演/マーク・ラファロ/マイケル・キートン/レイチェル・マクアダムス/リーヴ・シュレイバー

「世紀のスクープ」なんていう余計な追加邦題を入れるなんて、どこの配給会社だ、とひどく怒る。題名に自信がない時に付ける邦題の見本のようなもの。こういうケースを自分で何度も経験しているので、悪夢が蘇る。映画はめちゃめちゃ面白いのだから、その自信を全面に出せばいいのだが、当事者はそうは思えない。不安は分かる。第三者と当事者にどれだけの違いがあるかということだろう。

舞台はボストン、アメリカの中でも一度は行っておきたかった場所だ。勿論、レッドソックスもあるがそれ以上に古き良きアメリカの名残が味わえるのかもしれないと思っている。もう行く機会もないだろう。そういう保守的でしかもカトリック教徒のおおい街で起こった「事件」を追うBoston Globeという地元紙の記者の活躍を描いている。神そのものとして崇められている教会や神父の存在が、とてもじゃないけど大き過ぎて実感できない。神父の不祥事といえば子供に対するセックス・スキャンダルだ。耳にしたことはあるが他人事だった。日本のその手のスキャンダルは、日常茶飯事で、坊主といえどもクソ坊主扱いで。警察官、教師、もうどうなってしまっているのだろうというくらいダメな人間がうじゃうじゃ。

タブーに切り込む姿は頼もしい。地元に生きる人たちに根付く、しかも宗教という名のもとに起こったスキャンダルは永遠に潰されてしまう運命にある。この映画に出てくる新聞記者たちの姿を見ていると涙が出てくる。仕事をしているなぁ~、とつくづくそう思う。世の中のサラリーマンどもがこんな風に生きてくれれば、少しは社会が良くなる方向に向かうのだろうが。

『レヴェナント: 蘇えりし者』(The Revenant)

2015年・アメリカ 監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演/レオナルド・ディカプリオ/トム・ハーディ/ドーナル・グリーソン/ウィル・ポールター

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でアカデミー賞を受賞したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが監督を務める。レオナルド・ディカプリオが主演を務め、トム・ハーディとインセプション以来5年振りの共演をした。イニャリトゥ、ディカプリオとも、本作品でそれぞれアカデミー賞を獲得した。イニャリトゥは2度目の監督賞、ディカプリオは5度目のノミネートにして初の主演男優賞、だという。

いかにもアカデミー賞などの賞獲り作品にピッタンコ、と好意的ではない。リチャード・C・サラフィアン監督作品の"Man in the Wilderness"邦題:「荒野に生きる」1971年)のリメイク(原作が同じ)でもある、という。2時間36分、ひたすら長い。ロケ期間は9ヶ月に及び、撮影は極地で行われ、凍った川に入ったり、実際に生肉を食い、動物の死体の中で眠る等、過酷なものであった、という経緯を聞きたくない。なにしろ、ここはいつで何処の話なの、ということが分からずに見つめる映像やストーリーには、この良さが分からないものは去れ、という強いメッセージを感じた。

サバイバルという言葉を意識させられる。目が覚めたら誰もいない島に一人だった。という状況から生き延びるという人間を求められる。火をおこすことは基本中の基本、生きるということを肝に銘じる事が最も必要なことだと教えている。私にはまったくもって用のないことがらだ。

『ザ・ウォーク』(The Walk)

2015年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/ジョゼフ・ゴードン=レヴィット/ベン・キングズレー/シャルロット・ルボン/ジェームズ・バッジ・デール

1974年8月7日、フィリップ・プティはワールドトレードセンターの屋上にいた。ツインタワーの間にはワイヤーが張られていた。プティは綱渡りでツインタワーの間を渡りきろうとしていたのである。この無謀かつ非合法な挑戦に至るまでの経緯とその挑戦の過程・結果を描き出した作品である。(Wikipediaより)

リアルタイムではそんな話の映画があると知っていたが、いざこの映画のタイトルが現れても、内容が全く分からなかった。『...A True Sory』とよくある1枚が。ただ綱渡りする話のどこがおもしろいのだろうか、とあまり期待しない分良かったのかもしれない。最後まで勢いが落ちず観られたのが収穫だった。

本作は批評家から絶賛されている(特に綱渡りのシーンは評価が高い)。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには199件のレビューがあり、批評家支持率は85%、平均点は10点満点で7.2点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「『ザ・ウォーク』はスリリングの視覚効果と実話に基づいた人間ドラマのバランスをうまい具合にとっている作品である。活力に満ちた人間の描写が見る者の印象に残る。」となっている。(これまたWikipediaより)

『帰ってきたヒトラー』(Er ist wieder da 「彼が帰ってきた」)

2015年・ドイツ 監督/デヴィット・ヴェント

出演/オリヴァー・マスッチ/ファビアン・ブッシュ/カッチャ・リーマン/クリストフ・マリア・ヘルプスト

2014年のベルリンに蘇ったヒトラーという風刺小説はもちろんコメディ要素も豊富なのだが、生真面目なドイツ製作らしくおちゃらけた雰囲気は一向にない。ヒトラー本人が本人だと主張しても誰も信じない。どうしてヒトラーは怒り出さないのだろうと首をかしげながら見ていた。

そもそも風刺という手法でさえもヒトラーを取り上げることが許される時代になったのかと、ちょっと意外な気がする。ドイツに住んでいればまた同じようにヨーロッパに住んでいれば、ヒトラーとどう付き合わなければいけないのかのリトマス試験紙のような自分を自分でさらさなければならない。そう思っていた。

ドイツや欧州の知識が豊富ではない日本人にはドイツ国内をまわるロードムービーのような風景は何の意味も持たない。政治全体も政党に関する知識もない。面白さが半減して残念だ。もっと地理や歴史や現代も勉強し直さなければ、せっかくの映画製作の意味を十分理解できないことになる。正直言うと、ヒトラーが出てきて、彼をどんな眼で見たらいいのか戸惑いがあった。触りたくないものに無理やり触らされているような変な気持ちに襲われた。

『ハドソン川の奇跡』(Sully)

2016年(平成年)・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/トム・ハンクス/アーロン・エッカート/ローラ・リニー/マイク・オマリー

あまりにも有名な、2009年の奇跡的な生還劇として知られるUSエアウェイズ1549便不時着水事故(ハドソン川の奇跡)が題材でちょっと躊躇した。どうせ、パニック状態を大袈裟に映像化しただけの話だろうとタカをくくっていた。それにしてもイーストウッドが監督をするんだから、どこを面白く描くんだろうと思っていた。

日本人は分かっていても、観る人が多い。邦題がモロ過ぎて気にくわない。原題のサリーは、この事故の当事者であり主人公USエアウェイズ1549便の機長の名前チェスリー・サレンバーガーのニックネームだった。おもしろかった。アメリカばかりではなく世界中のヒーローとなった機長だが、国家運輸安全委員会(NTSB)はこの基調の判断が正しかったのかと徹底的に調査が始まった。なるほど映画のメイン・テーマはそこだったのか。想定外の展開に映画的な面白さを見る。さすが、イーストウッドだと感心するばかり。

上映時間も短く1時間36分。だらだらと大袈裟な緊急事態を映さない映像は格好いい。泣きたくて仕方がない観客をさらりとかわす演出は凡人には出来ない。こうでなくちゃ。途中ブロックノイズと一時停止に頻繁に見舞われた10分間くらいが辛かった。

『あん』

2015年(平成27年)・日本 監督/河瀬直美

出演/樹木希林/永瀬正敏/内田伽羅/市原悦子/浅田美代子/水野美紀/太賀/兼松若人

「あん」とは「どら焼き」に挟むあんこのことだった。ハンセン病を扱うのが本当のテーマだったような話は、ちょっと遠慮したいという気持ちが強い。私は逃げる。石原慎太郎のように男らしくないから、逃げることを恥じない。「癩(らい)」、「癩病」、「らい病」と呼ぶと差別になり、ハンセン病と呼ぶと文句を言われない変な日本社会はいつから始まったのだろうか。

どら焼き屋をやっている主人公が小さな店の厨房でタバコを吸っている。店の小さなドアを開けっ放しにして腰をおろしてタバコを吸っている。その手を綺麗に洗うシーンもなく、どら焼きの皮を素手で掴んで「あん」を入れている。まず一つ目の無神経な演出に気分が悪い。

店の大家の妻がやって来る。犬を抱えてその店の中の厨房に入る。厨房の中で犬の毛をなでている。そんな馬鹿な!! よく行くイオン新瑞橋店3階に犬猫販売業者の店があるが、すぐ近くの通路に通行止めのようにして真ん中に看板がおいてある。「この先へは犬猫を連れて入らないように!」、と。当たり前だ。食べものを扱う商売をしていない人だって、動物の毛が厨房にまったくそぐわないことは分かっている。無神経な脚本、監督河瀬直美が信用、信頼できない。この頃は映画を観て怒ることが多い。

『油断大敵』

2003年(平成15年)・日本 監督/成島出

出演/役所広司/柄本明/夏川結衣/菅野莉央/前田綾花/水橋研二/津川雅彦/奥田瑛二/淡路恵子

痛快バディムービーという紹介文があって、何?このバディムービーは?、と。バディ‐ムービー(buddy movie):《バディは相棒の意》友人同士や仕事のパートナーなど、二人組を主人公にすえた映画。バディ映画。 とあるが、こんな言葉をちっとも知らなかった。いかに世の中に生きていないかの証明になる。

柄本明が出てくると、ちょっと嫌な気分になることが多い。どうにもわざとらしい演技と喋りが気に障る。個人の感想だから仕方がない。今回も始まるまではちょっと嫌な気分があったが、観始まるとこれが意外と悪くない。空き巣泥棒のベテランという設定だが、よく似合っていて・・・・。

映画は刑事と泥棒の友情なんていう映画らしいテーマだ。刑事の生活なんて想像も出来ない。中学時代の友達に警視庁生活を全うした奴がいて、最近になって年賀状のみでの挨拶を交わすようになった。交番勤務から公安に行ったらしいので、それなりの出世をしたのだろう。彼に会う機会があったら、根掘り葉掘り警察官の生活を聞いてみよう。

『アナライザー』(Interrogation)

2016年・アメリカ 監督/スティーブン・レイノルズ

出演/アダム・コープランド/C・J・“ラナ”・ペリー/パトリック・サボンギ/マイケル・ロジャース

米プロレス団体WWEの系列映画会社が、レスラー出身のスターを起用して作った映画らしい。先日も1本そんな映画があったが、題名はもちろん覚えていない。マッチョマンがFBI捜査官、しかも分析官を演じるという暴挙に出ている。出だしは快調でおもしろいじゃん、と観ていたが、なかなか筋書きの芯が見えてこなくてイライラした。

「記憶の家」とか言って、取り調べ相手の顔や言葉や所作を瞬時に分析して、答えを導き出すという特殊頭脳をも有する捜査官は、体力も凄かった。映像で観る殴り合いは、一般人なら一発で気絶または死に至るだろうパンチを見舞っても、アザひとつ残らない。そんな映像を見続けていると、あっ!これは五流映画だったか、とがっくり感に襲われてしまった。

男はマッチョでなくては。田舎育ちの身体をさらに鍛えた時期もあった。バーベルを50kg上げていたこともあった。夏になると両腕の太さでちょっと恥ずかしいと思えることもあった。恥ずかしいと思ったことはないが、若者のひ弱な腕を見ると吐き気がするくらいだった。両親に感謝しなければならない。入れ歯をすることなく死ぬことも出来そうだ。

『ピンク・キャデラック』(Pink Cadillac)

1989年・アメリカ 監督/バディ・バン・ホーン

出演/クリント・イーストウッド/バーナデット・ピーターズ/ティモシー・カーハート/ジョン・デニス・ジョンストン

クリント・イーストウッドの映画をそれなりに観ているけれど、この映画と彼とが結び付いていなかった。この年にこの映画に1本だけ映画出演している。その前も後も自身の監督作品が多いのに、歴史を辿ってみるとおもしろいものだ。彼の作品はまずおもしろいのが先に来る。そういう先入観を持って観ていると、この作品は監督していないんだろうな、という予想が当たった。

エルビス・プレスリーが1955年製ピンクのキャデラックを所有していたことから、ピンク・キャデラックとは、一言で言うと「アメリカの成功の象徴」というようなことを若い頃に聞いた覚えがあったような。映画の中でもプレスリーが持っていた車という台詞が入っている。あの図体のでかい車がピンク! 日本で走っていたら、それこそなにかの宣伝だとしか思われないだろう。映画の中で悪党軍団「純血団」が出てきて、「アメリカ人のためのアメリカを取り戻そう」「よそ者から白人の権利を取り戻す」「白人が大手を振って歩ける時代がやってくる」などと、今のアメリカで聞こえてくる声が30年前にも叫ばれていたなんて。

アメリカの車が日本で売れないのは、貿易障害だとトランプは言うけれど、何を勘違いしているのだろう。ドイツ車がこれだけ日本でもて囃され、しかも日本車よりも高価でも売れている事実をトランプは知らないのだろう。知らなくても言いたいことばかり言うトランプに正義はない。正義のないトランプを支持するアメリカ人が多いというのは、そういう社会の変化だろう。そういうことが一番嫌いなのがアメリカ人だと思っていた。私の認識が間違っていたようだ。

『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』(Feher Isten)

2014年・ハンガリー/ドイツ/スウェーデン 監督/コーネル・ムンドルッツォ

出演/ジョーフィア・プショッタ/シャーンドル・ジョーテール/ラースロー・ガールフィ/リリ・ホルバート

舞台はハンガリーの首都ブダペストだという。冒頭の映像、たくさんの犬が人が誰もいない街の道路に広がって走ってくる。その先には少女が自転車を漕ぐ姿が。この映像が結末につながっていることをまだ知らない。と、つかみはまずまずだが、後がいけない。総合力のない映画で大不満。

それよりもなによりも、登場してくる人間があまりにも性格が悪く、ここは何処の国なのだろうと訝った。どうもハンガリーらしいが、あの美しい国の人達はこんな感じなのだろうかと、映画の持つ悪い方の印象を憂う。犬達の反乱と言った内容なのだが、あのヒッチコックの『鳥』のような恐怖感を持たせることが狙いなのではなかろうかと、ちょっと映画を知っている人なら勘ぐらせる映像が続く。鳥が犬に替わっただけでは、映画として不充分。凶暴な犬という設定が嘘のように迫力がない。このあたりのテクニックは最重要で、予算の関係なのかなんかは知らないけれど、ただたくさんの犬が駆けている映像がチンケ。

そう思って観てしまうと、もうダメ。怒ってばかりいる登場人物と相まって、観る気もしなくなっていった。最後まで早回しすることがなかったのがせめてもの救い。これで第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、同部門グランプリとパルムドッグ賞をダブル受賞した、とはお粗末な情報だ。

『マキシマム・ブロウ』(The Package)

2012年・アメリカ 監督/ジェシー・V・ジョンソン

出演/スティーブ・オースティン/ドルフ・ラングレン/マイク・ドプド/ダーレン・シャラビ

ドルフ・ラングレンの名前は知っている、が、その前に出ているスティーブ・オースティンは誰? 元WWEの人気プロレスラーとして知られるのがスティーブ・オースティンだという。なるほど、普通の役者では考えられないような身体が凄い。邦題のマキシマム・ブロウとはどういう意味なのだろう。5流映画だけれど、肉体アクションは一流。今どきはカーアクションなんてちゃんちゃらおかしくて見ていられないが、人間アクションは永遠に不滅だ。

上映時間は1時間36分。昔のテレビ番組の映画枠なら、まったく丁度良い時間。テレビでの映画放映枠はだいたい2時間枠だが、実際には1時間52分くらいしかない。その時間の中に映画を入れるわけだからコマーシャル時間を考えて、1時間半未満の映画は対象にならない。配給会社がテレビ局に映画のテレビ放映権を売るときに気にするのがこういうことなのだ。

昔の映画放映権の売り方は、パッケージ売りというものがあった。例えば『地獄の黙示録』を売るときに、ほかの映画を束にしてつけるのだ。時には20本がゴミみたいな映画で、本筋は1本ということもあった。今では考えられないが、どの局にもきちんとしたゴールデンタイムの映画枠があり、深夜にはテレビ局にとっては時間潰しとして好都合な深夜映画劇場枠があったのだ。今は、様子がちょっと違うだろうな~。

『チャタレイ夫人の恋人』(Lady Chatterley's Lover)

2015年・イギリス 監督/ジェド・マーキュリオ

出演/ホリデイ・グレインジャー/リチャード・マッデン/ジェームズ・ノートン/ジョディ・カマー

大胆な性の問題を露骨に扱った作品で、内外で激しい論議の的となり、日本では伊藤整による翻訳本の出版に関して最高裁までの裁判となった(チャタレー事件)。こういう印象が強くあったが、もちろん活字で読んだこともないし、映画の1本も観たことがない。D・H・ローレンスが書いた1926年の作品なので、世の中の男と女に関する世界では現在とあまりにも違い過ぎる。

イマジカBSという局の放映だったが、この作品は映画館興行には耐えられないだろう。どこが裁判になるまでの描写なのかと、疑ってしまうほどのフラットなストーリーと映像だった。イマジカBSサイトのレビューにこんな書き込みがあって、まさにその通りと思う。「いろんなチャタレイ夫人を見たが、リチャードが若くて美しく小綺麗で、全体的に話が綺麗にまとまっていてなんか物足りなさを感じました。」

まだまだ日本人のSEX感は欧米人にはとても及ばない。それでも最近の若者は、まさかSEXをしないで結婚を決める人種もまれな状態になっているだろう。時代が変われば人間関係も大きく変わる。貧富が当たり前とされた時代にはお金のためだけに肉体を提供する女性がたくさんいた。今や全員が中流階級だと思っている日本では、さらなる富を求める女性の同じような姿はあったとしても、庶民の中では肉体関係なんて普通の付き合いとなってきて、少しは進歩した感じがしないでもない。

『女教師』(A TEACHER)

2013年・アメリカ 監督/ハンナ・フィデル

出演/リンジー・バージ/ウィル・ブリテン/ジェニファー・プレディガー

劇場未公開だということがよく分かる。女性監督らしいが、女性だから悪いということではないが、女性教師が教え子の高校1年生と性的関係を持ち、おぼれていく姿を描く視点が苦しい。結局何も大きな事件が起こらないままに、日常的な男女の関係が危険すぎて、見ていられない。

教師になる人はおそらく初めて教師になる前に誓いを立てるに違いない。決して異性の生徒に手を出さないと。それは全世界共通のことだと思う。それでも人間と人間、男と女の間ではそんな誓いも忘れてしまうほどの一瞬が訪れることもあるだろう。結婚という結末まで行きつくなら何の問題もないが、そうならない場合はすべてが不純異性交遊となってしまう。社会的な制裁を受けるのも必定、人生のやり直しがきかず崩壊することだってあり得る。そういう職業が題名の女教師のはずだが、そういう緊張感が足りないストーリーと映像に満足できない。

それらしい結末を持ってきたってもう遅い。観客がこうなるだろうと予想、予測するストーリに従いながら、ちょっと道をそれたり、大胆にどんでん返しをしてこその映画なのだ。それが出来なければ面白くない映画として配給会社が買い付けできない映画となってしまう。

『ディバイナー 戦禍に光を求めて』(The Water Diviner)

2014年・オーストラリア/アメリカ/トルコ 監督/ラッセル・クロウ

出演/ラッセル・クロウ/オルガ・キュリレンコ/ジェイ・コートニー/チェム・イルマズ

『聖地巡礼』を主宰していた友人のお陰でトルコに関する情報が少しあった。トルコにも聖地巡礼のルートがあるというのを知ったのは彼からだった。それでも、映画の中で出てきた地名の2ヶ所ぐらいしか聞いたことはなかった。第一次世界大戦のトルコ・ガリポリの戦いがこの映画のメイン・テーマだった。戦いそのものは1915年、現在は1919年という空間になっている。

ラッセル・クロウの名前が最初に出てきて、へ~え!そうなんだと驚いていたらクレジットの最後に彼が監督をしていると書いてあって、またびっくり。主人公はオーストラリア在住、息子3人がこの戦いに加わっていた。オーストラリアとニュージーランドの初本格的海外参戦と言うことらしい。違和感があったが、自分が知らないだけで、この時代は世界中の国々が戦争で殺し合っていたようだ。第一次世界大戦をもう一度勉強しなくては。

何とも哀しい実話に基づいた映画だった。ラッセル・クロウはなかなかいい映画を作る。クリント・イーストウッドの後継者になるかもしれない。映画の最後に次のような字幕が流された。『 第一次世界大戦の犠牲者は3千7百万人に上る うち8百万人を超える遺体が今も見つかっていない この作品を戦争で亡くなった全ての"無名戦士"にささぐ 彼らの命は今も遺族の心と記憶の中で輝き続けている 』。陳腐な邦題サブタイトルが恨めしい。

『サヨナラの代わりに』(You're Not You)

2014年・アメリカ 監督/ジョージ・C・ウルフ

出演/ヒラリー・スワンク/エミー・ロッサム/ジョシュ・デュアメル/ステファニー・ベアトリス

筋萎縮性側索硬化症[きんいしゅくせいそくさくこうかしょう](ALS:Amyotrophic lateral sclerosis) 正確な発音でこの病名を英語読みできる。それこそ何度繰り返したことか。ようやく出来るようになってから、しばらく間をおいても喋ることが出来たのには自分ながら驚いた。泳ぎや自転車に乗ることも忘れることのない体技だと言われているが、それに似ているのかも。そういえば自転車も泳ぎも、もう何十年もしいていないが自信がない。と言うのも、最近口笛が出来なくなっていることに気がついたのだ。人一倍いい音を奏でられた口笛が出ない。練習を繰り返せば出そうな感じだが、まだかすれている。歳をとったな~。

高校時代のクラスメイトの奥さんがこの病気にかかり2年後に亡くなった事実が重く心にのしかかっている。せめて正確な病名を覚えようと思ってそうした。病名が分かっても何も治療してやれない。目の前で日々衰えていく人間機能を見ているだけなんて、なんて神は過酷なことを人間に課すのだろうか。

この主人公も病院で機械まみれになって死ぬことを望まなかった。その意志を、まだ意識が健常な状態の時に表示し、文字に残しておけば、たとえ母親が可哀想だから病院に入院させたままにしたいと言っても、それは出来ない。クラスメイトの奥さんも自宅で亡くなったと聞いていたので、この映画の最後のシーンがダブって涙が溢れた。

『クリミナル・ミッション』(CRIMINAL ACTIVITIES)

2015年・アメリカ 監督/ジャッキー・アール・ヘイリー

出演/マイケル・ピット/ダン・スティーヴンス/クリストファー・アボット/ジョン・トラヴォルタ

シルベスタ・スタローンかと思ったらなんとジョン・トラボルタだった。太ったボディーからあのサタデー・ナイト・フィーバーの彼を想像するのさえ不可能になっていた。彼の演技は、アクターズ・スタジオ番組でも見ているが、確かなもので、ちょっと舞台俳優の喋りのような感じになってきたのが気になるが。

基本コメディなんだがマフィアが絡んだサスペンス仕立てとなっていて、まずはおもしろい。が、ネタバラシのように最後の頃に経緯と結果をまとめてくれる映像が、よく理解できずに往生する。せっかく説明してくれるのに分からないのはつらい。パソコンの説明をすると、最初はいい顔をしているのに、途中から分かっているのか分かっていないのか分からないような顔に変わり、結局はなにも理解していなかったことを後で知ることになるのは、これまた辛いものがある。

だから言ったsじゃないの、と責めても、分かっていない人にもの事を説明するのは無駄だと思わなければいけないのか。それとも、こちら側に責任なるものがあるのだろうか。理屈を知ろうとしない人種にとっては、結果だけが重要らしい。その結果をよくするためにお助けしようとしているのに、一向に学ぼうとしない態度が人間のいい加減さを物語っている。

『ぼくらの家路』(Jack)

2014年・ドイツ 監督/エドワード・ベルガー

出演/イボ・ピッツカー/ゲオルグ・アームズ/ルイーズ・ヘイヤー/ネル・ミュラー=ストフェン

ここへきて何本かドイツ映画が鑑賞対象になった。どれもこれも暗い。ある意味日本映画に通じるところがある。テンポ、空気、流れ、どこをとっても緩慢で不必要な時間が多過ぎる。昔は日本がドイツに似ているとよく言われていたが、今どきは遥かに遠くへ行ってしまったドイツかと思っていたが、こと映画に関しては今でも同じような感じがする。

まぁ、日本の映画でいえば、こんな暗い映画はもはや作られていない。どれをとってもコメディだらけだ。テレビ番組がお笑い芸人と、彼らが参画できる企画だらけになってしまっているのと、どこか。

10才と6才の兄弟が未婚の母から見捨てられている。兄は施設に弟は知人に預けられてほったらかし。母親は自分の生活とSEX相手をむさぼるだけ。哀しい兄弟の奮闘する姿をひたすら追いかける3日間。いつになったら終わるのだろうと、仕方なく眺めていたが、上映時間も酷く長く感じる。ついには兄弟が母親を捨てて、嫌だった施設に戻るところで映画は終了する。救いのない映画だった。

『トカレフ』(Tokarev、別題: Rage)

2014年・アメリカ 監督/パコ・カベサス

出演/ニコラス・ケイジ/レイチェル・ニコルズ/マックス・ライアン/マイケル・マグレイディ

 ポール・マグワイアは、過去に何件もの凶悪犯罪に手を染めながら、現在は足を洗い、妻と娘と幸せに暮らしていた。しかしある日、家に何者かが押し入り、愛する娘がさらわれ、後に無残な姿で発見される。怒りに震えるポールは、過去のギャング仲間の力を借りて、娘の命を奪った者たちへの復讐を決意する。娘の命を奪った銃がトカレフTT-33だと知ったポールは、事件の裏にロシアン・マフィアが潜んでいると確信する。(Wikipediaより)

 おもしろそうでおもしろくない二流映画の典型。しかも終わってみれば後味悪い。トカレフという名称は昔から有名だった。見たこともない、触ったこともないのに不思議だ。今更カーアクションなんて誰も見向きもしないだろうに、よくやるな~。

 アメリカ映画の特徴に、子供への「愛」、家族への「愛」がある。ひたすら、あるいは強引に愛を強要する姿は、トランプ大統領誕生の基になっているのではないかと思う。かなり勝手な理論で、その「愛」を実行する姿があまりにも人間的で哀しい。

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』

2013年(平成25年)・日本 監督/吉田恵輔

出演/麻生久美子/安田章大/岡田義徳/山田真歩/清水優/秋野暢子/松金よね子/井上順

シナリオライターを目指して、ばしゃ馬のように一生懸命シナリオを書き続ける独身、馬淵みち代が通うシナリオスクールで出会ったのは、まだ一度もシナリオを書いたことの無いのに、妙に自信のあるビッグマウスの天童義美だった。(Wikipediaより)

これで、しかも青春ラブコメディだという。だらだらと、なんていうことなさ過ぎるシナリオライター志望独身女性の日常生活もその周りの人間の生態も、ことのほか面白くない。映画は、面白いところを切り取るからおもしろいのであって、他愛もない日常をそのまま映像にして、さぁどうだと言われても困る。映画にあこがれてみのうち話をしているようで、なんか気が滅入る。

それにしてもだらだら過ぎる。朝起きてから家で朝食を食べながらスマホをいじり、駅まで歩きながらもスマホを見つめ、電車の中ではひたすらスマホをいじり、昼食をとりながらもスマホをいじっている。どうしてそういう生活に疑問が湧かないのだろう。自分の遣う言葉すら吟味したことのない人間に、そんな質問をする方が悪いと言われそうだ。

『女ガンマン・皆殺しのメロディ』(HANNIE CAULDER)

1971年・イギリス 監督/バート・ケネディ

出演/ラクエル・ウェルチ/アーネスト・ボーグナイン/ロバート・カルプ/ジャック・イーラム/ストローザー・マーティン

珍しい英国製の西部劇だが、テイストはマカロニ・ウエスタン。銀行を襲ったクレメンツ三兄弟。彼らは、逃亡用の馬を盗むために、町外れの牧場に向う。兄弟は、地主のクローデルを殺し、その妻ハニーをレイプして去った。復讐を誓う彼女は、賞金稼ぎのプライスと組むことにする。プライスは、ガンさばきをハニーに指導、二人はクレメンツたちを一人ずつ倒してゆく。が、油断したプライスがクレメンンツの凶弾に倒れた。ハニーは単身クレメンツの隠れ家を襲撃、復讐を果たすのだった。前半のほとんどを裸体にポンチョで押し通すR・ウェルチが見どころの一つ。(allcinemaより)

西部劇は善と悪がはっきりしているので見やすい。町の保安官は「おたずねもの」だと分かっていても、今のところこの町では騒動を起こしていないから、あなたが去ってくれと賞金稼ぎに言う。日和見主義の役人は日本人ばかりではなかったらしい。

四流映画には四流映画のおもしろさがある。ラクエル・ウェルチがこの程度の映画に出る女優だったとは思わなかった。名前と顔が一致しない一人だ。美しいのだが、棘がなく、顰もない、整い過ぎている。

『ハンガー・ゲーム2』(The Hunger Games: Catching)

2013年・アメリカ 監督/フランシス・ローレンス

出演/ジェニファー・ローレンス/ジョシュ・ハッチャーソン/リアム・ヘムズワース/ウッディ・ハレルソン

胸糞悪かった第1作目の続き物なので、ちょっとでも気にくわなかったらすぐに観るのをやめようと思っていた。全米で大ヒットしたというらしいが、こん映画が大ヒットするようでは、アメリカの心はやっぱり病んでいる。だからこそ、トランプが大統領になったんだろうと納得するにいたる。

もともとは1作目と2作目で1本の映画ストーリーになっている。興行的に2本に分けたとしか思えない。思いのほか長い上映時間がそれを物語る。どうもアメリカのSFものには、荒唐無稽で訳の分からない筋書きが多い。特にこの映画のように、ゲーム感覚でストーリーが出来ていると、何でもありという手法がちょっと煩わしい。ただ脅かしてやろうとか、ここはいっちょうこんなものを出現させてやろうとか、最初から笑わせようとして無意味な事を喋っているお笑い芸人と似ている。

ゲーム感覚の映画をこれ以上コメントしたって、自分の意思が通じない。息抜きのためのゲームがメインになって世の中を席巻している現状が恨めしい。情けない。もっと凄いゲームを誰かが開発して、1ケ月に1回やるのがスタミナ的に精一杯だというような状態を作れるとおもしろいのだが。

『ミッシング ID』(Abduction)

2011年・アメリカ 監督/ジョン・シングルトン

出演/テイラー・ロートナー/リリー・コリンズ/アルフレッド・モリーナ/ジェイソン・アイザックス

[Abduction]というこの映画の原題の意味を知らなかった。[拉致]とか[誘拐]という意味らしい。もう忘れないだろう。三流映画の面白さがぷんぷん。なにかが替われば二流になり、なにかが変われば一流映画の仲間入りが出来るかもしれない。

ようやく日本でもIDカードが生まれたと思ったら、個人ナンバーがあると国家に管理されるとかいう間違った先入観を植え付けたのは一体誰なんだろうか。国家が個人を管理できないで国が存在するわけはないのに、今までなかったからといって、目の敵にするような存在ではない。あまりにも遅きに失した制度だと言える。戦後すぐにでもこういう制度を導入していれば、なんの不思議もなく享受できるのに。

アメリカではせっかくオバマ大統領が施行した国民皆健康保険がトランプに変わって、またなくなってしまいそうな状況。アメリカでだって今までなかった制度を取り入れるのには、その思考のDNAを教育し続けなければ、その本来の重要性を国民が理解することは出来ない。何でも新しいことには反対する勢力が、世の中の進歩を遅らせている。まぁ、それくらいの速度も許されるのが人間生活だと言えるかもしれない。

『ハンガー・ゲーム』(The Hunger Games)

2012年・アメリカ 監督/ゲイリー・ロス

出演/ジェニファー・ローレンス/ジョシュ・ハッチャーソン/リアム・ヘムズワース/ウディ・ハレルソン

若者どもが興じているゲームの中には人間狩りのような類いのゲームはあるのだろうか。こういう映画を見ていると、趣味の悪い人間性を強く感じて、反吐が出るようだ。いつの時代の何処なのか分からないが、12の区画から男女1人ずつが年1回選ばれて、24人による殺し合い、サバイバルゲームが行われている。

人間狩りをゲームに見立て、それを見る他の人間は賭さえする。コントロールする国家側?は、すべての映像を撮り国民に提供する。ちょっとインチキくさい現場映像が映画の趣味の悪さと相まって、ちょっと嫌な気分にさせられる。

こういうゲームに興じる奴らの顔が見たい。これは単なるゲームだよ、と言い訳にもならない思考を糾弾しなければならない。なんの理由もあるわけではなく、たとえ理由があったとしても、他人を平気で殺すような思考は異常だと認識しなければいけない。厭な映画だ。

『LIVE AT WEMBLEY』(BABYMETAL WORLD TOUR 2016 kicks off at THE SSE ARENA, WEMBLEY)

2016年(平成28年)・日本

出演/SU-METAL, YUIMETAL, MOAMETAL + 神バンド

日本人の奇跡と言っていいだろう。アイドル3人組がロンドンの若者のオタゲーを輪舞させている。イギリスばかりではなくヨーロッパ中から集まってきた。2016年4月2日、ロンドン・ウェンブリー・アリーナはロンドンで3番目の規模を持ち最高12500人が入れる。今日は映画ではなく初めてのライブ音楽映像を楽しんだはなし、2017年1月27日金曜日である。

BABYMETALのそのライブBlu-ray盤を買った。高校時代に小河電機商会にレコード・コーナーが出来てから、お金を出してこのレコード、CDが欲しいと思って購入したことはなかった。ようやくブルーレイ・録画機を手に入れたことが一番大きな動機だったことも確か。アンプからスピーカーを通して聴くシステムにイマイチのところはあるが、テレビのスピーカーではない音を聴けることも大きい。それ以上に、BABYMETALをyoutubeで頻繁に見ていて、このLIVE盤の存在を知ったことが一番だった。

2016年11月23日に発売されたこのBlu-ray盤、前日の11月22日には全国13ヶ所の映画館でも上映されたらしい。知っていれば見に行っていた。このサウンドは一体何なのだろう。バンドが超一流であることは聞いている。3人娘もパワー満開。大したものだ。様々な場面で「元気をもらった」という言葉をあっちこっちでよく聞くが、ようやくその意味を自分で分かるときが来た。今まではおそらく自分の気力は元気いっぱいだったに違いない、だから、他人から元気をもらうなどと言うことが信じられなかったのだ。ところがどうだ、BABYMETALを観ているとその意味が身に浸みてきたのだ。不思議な感覚だが、自分の心身がかなり衰えて来たことの反動かもしれない。大音量でこのブルーレイを観ていると、ストレスが発散できる。バンドのソロ・パート映像では涙さえ流れてくる。圧巻の1時間43分だった。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団だけが優良な音楽ではない。バンド4人と3人娘にあっぱれの大拍手を贈りたい。やっと普通の人間の感覚を知ることとなった。もう遅過ぎる気もするが。

『最後のマイ・ウェイ』(Cloclo)

2012年・フランス/ベルギー 監督/フローラン・エミリオ・シリ

出演/ジェレミー・レニエ/ブノワ・マジメル/ジョセフィーヌ・ジャピ

1960年代から1970年代のフランスで絶大な人気を誇ったポップスターだったクロード・フランソワを知らない。映画の中のこの主人公の顔が嫌いで、どうにも映画に入り込めない。若者に人気があるはずの主人公が、どうしてもそんな風に見えないのは致命傷だ。

マイ・ウェイの原曲は1967年のクロード・フランソワのフランス語の歌「Comme d'habitude」(作詞:クロード・フランソワ、ジル・ティボ 作曲:クロード・フランソワ、ジャック・ルヴォー)で、ポール・アンカが新たに英語の詞を書き、1969年にフランク・シナトラのシングル及び同名のアルバムとして発売された。後にエルヴィス・プレスリーはじめ多くの歌手によりカバーされ、カバーされた回数が史上第2位の曲(第1位はビートルズの「イエスタデイ」)だと言われている。(Wikipediaより)

アメリカ映画のスター誕生物語は観ていて気持ちのいい場合が多い。この映画は淡白で、盛り上がりに欠けている。そんな映画がフランスでは映画賞を獲得しているというのも、おそらくこの主人公の現実が人気があった証拠だろう。イマイチなスター成り上がり映画と言っておこう。

『戦争の犬たち』(The Dogs of War)

1980年・アメリカ 監督/ジョン・アーヴィン

出演/クリストファー・ウォーケン/トム・ベレンジャー/コリン・ブレイクリー/ヒュー・ミレー

リアルタイムで観てはいないが、題名をよく覚えているし、当時観たいと思っていたことは確かだった。こういう映画が格好良くモテハヤサレた時代だった気もする。原作が評判になってその映画が作られるという構図は、映画のヒットの一大要素だった。

戦争という究極の喧嘩に人生をかける人間が主人公。アフリカ大陸にあるある国の独裁者を暗殺しようと画策する。最近ジョン・F・ケネディの暗殺の真相の中に、キューバの独裁者カストロの暗殺問題が背景にあるとかいう説があった。ホントにそんなことがあったかもしれない、と思わせててくれるのがこの映画だ。

公表されていないケネディ暗殺事件の情報が、将来公表されたって、結局は何も明らかになることはないだろう。残念ながら、国家が公表するといったって、確定的な事実を公表するほど馬鹿ではない。悔しいけれど、その日まで生きていることはないので、そう言ってしまいたい。そう思っているだけなのだが。

『新選組』

1958年(昭和33年)・日本 監督/佐々木康

出演/片岡千恵蔵/山形勲/片岡栄二郎/徳大寺伸/仁礼功太郎/津村礼司/加藤浩/ 東千代之介/里見浩太朗/大友柳太朗

歌舞伎のような映画だった。いちいち見えを切って恰好よいセリフが跳び交わっている。久しぶりに鞍馬天狗や月形龍之介を観た。片岡千恵蔵の喋り方が小気味よく、耳障りがいい。本当は聞き取りにくいのだが、そこがまたいい。というくらい特徴的で現在の役者には到底まねのできない芸当。

新選組の近藤勇なる人物が、かなり出来のいい人間として描かれていた。あまりいい印象を持っていなかったが、本当はどうだったんだろう。どうでもよいことなので調べ直すのはよそう。昔の人の勝手な印象をどんなふうに持っていたって世の中には無関係だ。ちょっと気になるが。

新選組の存在があまりよい形では後世に伝わっていない。もし、徳川幕府があのまま当分の間残っていたとしたら、この新選組は高く評価されたのだろう。歴史はあくまでも勝者の歴史だ。敗者は何を言われたって甘んじてそれを受けるしか生きていく証がない。悲しいけれど、それが現実だ。

『マッドボンバー』(THE MAD BOMBER)

1972年・アメリカ 監督/バート・I・ゴードン

出演/ヴィンセント・エドワーズ/チャック・コナーズ/ネヴィル・ブランド/クリスティナ・ハート/ナンシー・ホノルド

ライフルマン(The Rifleman)というテレビ番組が放送されていた。ザ・ライフルマンと冒頭にタイトルと音声もあってそれが記憶に鮮明に残っていたのだと思う。主演は身長197cmのチャック・コナーズ。調べてみたら日本での放映は、1960年11月30日から1963年12月4日まで、TBS系列で毎週水曜19時30分~20時00分に156話だったという。この放映を毎週見ていたはずだ。中学1年生の頃。

この映画がたぶん売れ残っていてヘラルドの試写室で観た記憶があったので、録画したというわけ。正義の味方が世の中を糺していくという印象だけが残っていて、それ以上のことは覚えていなかった。この映画を買うべきかどうかの会議があったときに、私はおもしろかった、と言ったがみんなは反対して買わなかったと記憶していた。今回の調べ物の結果、配給はヘラルドになっていた。あれっ!買ったのか?!

映画をほとんど観ていない割には、この主演者だけをよく知っていた、ということが大きかったのかもしれない。おもしろいと思っていた映画を、2000本以上観た経験であらためて観ると、なんとつまらない映画だろうと、今分かった。遅かったけれど、長年の疑念がひとつ解決した。結構おもしろい四流映画ではなく、どうにもならない五流映画だった。残念。

『幕末高校生』

2014年(平成27年)・日本 監督/李闘士男

出演/玉木宏/石原さとみ/柄本時生/川口春奈/千葉雄大/谷村美月/吉田羊/渡辺邦斗/柄本明/伊武雅刀/石橋蓮司/佐藤浩市

フジテレビが20年前に放送したドラマシリーズに着想を得て作った映画だという。タイムスリップというSF要素の匂いがしたので、多少は期待したが、さんざんな内容で困ったものだ。せっかくのタイムスリップなのに、その落差のおもしろさがまったく出ていない。さすがフジテレビというところだろうか。

石原さとみは昨秋のテレビドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』で、一段上の演技にはまっていた。この映画と比べると格段の違いを感じられるのが凄い。役者の成長を目の当たりするのは初めてだ。今後の彼女の出演作を注目していきたい気になっている。

タイムスリップした現代人が歴史を変えるような行動は出来ない、とほとんどのこの手の映画で語られるが、実際には誰にも分からない歴史の真実は、もしかするとタイムスリプしてきた人間が大幅に変えていたのかもしれない。意外と事実が語られていない歴史上の事件が結構存在する。それでいいのかもしれない。そうでなければ歴史学者なんて必要なくなってしまうもの。

『女王フアナ』(Juana la Loca )

2001年・スペイン 監督/ビセンテ・アランダ

出演/ピラール・ロペス・デ・アヤラ/ダニエレ・リオッティ/エロイ・アソリン/ロサナ・パストール

フアナ(Juana, 1479年11月6日 - 1555年4月12日)は、カスティーリャ女王。結婚後から精神異常が顕著となり、特に夫と死別して以後さらに悪化したため、約40年の長期間にわたり幽閉された。この間、公文書のサインは女王フアナとカルロス1世の二つのサインが添えられ、名目上の共同統治者であり続けた。長男カルロス1世の統治下でスペイン帝国は隆盛を極めることとなる。「狂女フアナ」(Juana la Loca)という異名でも知られ、芸術作品の題材ともなっている。妹のカタリナはヘンリー8世 (イングランド王)妃(英語名:キャサリン)。(Wikipediaより)

ヨーロッパに生まれた人なら有名な王や王妃のことは、どこか頭の片隅に記憶として残っていることだろう。が、映画や物語として記憶に留めようと思っても、あっけなく忘れてしまうのが哀しい。現代まで「狂女」と伝聞されているこの映画の主人公を、その源となるところを描いていて興味深い。ただ、同じことの繰り返しが延々続くのが、ちょっと。

いろいろな国の政略結婚や掠奪などなどヨーロッパの王室はその血筋が入り交じっている、と感じているが、実際にはどうなのだろう。教えられたって、聞きたくない感じが。その点、日本の天皇家の血筋の正しさが際立っている。しかも男系の血筋は世界でも希な存在として認識されている?!&%$

『大統領の執事の涙』(Lee Daniels' The Butler)

2013年・アメリカ 監督/リー・ダニエルズ

出演/フォレスト・ウィテカー/オプラ・ウィンフリー/デヴィッド・オイェロウォ/ロビン・ウィリアムズ

主人公が初めてホワイトハウスの執事になったのが、アメリカ合衆国第34代大統領ドワイト・D・アイゼンハワー(共和党)の時。その後、第35代ジョン・F・ケネディ(民主党)、第36代リンドン・ジョンソン(民主党)、第37代リチャード・ニクソン(共和党)、第38代ジェラルド・R・フォード(共和党)、第39代ジミー・カーター(民主党)に仕えて、第40代ロナルド・レーガン(共和党)の時に辞めるというのが大筋のストーリー。

大統領の政党が替われば、掃除婦まで替わると聞かされていたが、執事と言われる人達は映画の中では主人公と同じように交替することはなかった。ストーリーは人種問題がメインだった。60年前のアメリカにここまで人種差別があったことは信じられないくらいだが、映画には同じような差別が何度も描かれている。30年前のレーガンの時でさえ、まだまだ黒人の地位は向上途上だ。主人公の長男は大学生になったときから人種差別に命を賭けて戦っている。父親は政府から給料をもらい、そのお金で学費を出してもらっているのに、息子は政府に反対し、幾度となく逮捕されている。親子関係が正常ではないのは当たり前のことだった。

現在でも黒人差別はあるのだろうか。トランプが大統領になって、白人以外はみんな差別されるという映画が作られるかもしれない。アメリカ合衆国大統領の中で任期中に辞任したのはニクソンだけだが、二人目が出現してもおかしくないトランプの大統領にあるまじき振る舞いと感じる。

『あの日 あの時 愛の記憶』(原題: Die verlorene Zeit、英: Remembrance)

2011年・ドイツ 監督/アンナ・ジャスティス

出演/アリス・ドワイヤー/ダグマー・マンツェル/マテウス・ダミエッキ

ニューヨークで生活しているユダヤ人女性ハンナは、かつてナチスの手を逃れてヨーロッパから、アメリカに渡ってきた過去を持つ。第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ収容所で出会い、恋に落ちた男女が命がけの脱走に成功しながらも生き別れになり、30数年後に再会を果たしたという実話をもとにしている。(Wikipediaより)

『記憶は常に不完全で断片的なものだ その尖った断片が肌を刺し血を流す 過去を捨てたはずだった でも違っていた』 物語は1944年と1976年を行ったり来たりする。言語を絶する感動」と評されている『夜と霧』を読んだ経験があると、強制収容所という事件がまざまざと心の中に浸み込んできてつらい。収容されている現実がいつまで続くのかを想定できない毎日を耐えられることはできないだろう。それを何百万人にも強制したヒットラーの悪行は類を見ない。なまじっかの例としてこの事件を取り上げることの愚かさを韓国人も中国人も分かっていない。

受賞歴◆最優秀監督賞 ? アンナ・ジャスティス、タミル・ナードゥ(インド)国際映画祭2012、最優秀撮影賞 ? ゼバスティアン・エドシュミット、ワルシャワ・ユダヤ映画祭2012、観客賞(最優秀ドラマ)、 ロサンゼルス・ユダヤ映画祭2012、観客賞(最優秀映画)、 ザグレブ・ユダヤ国際映画祭2012、観客賞(最優秀劇映画)、ロンドン・ユダヤ映画祭2011、観客賞(最優秀劇映画)、香港・ユダヤ映画祭2011、観客賞(最優秀劇映画)、サンフランシスコ、ベルリン& それを超えて映画祭2011、観客賞、メッケルンベルク-フォアポンメルン映画祭2011

『恋のスクランブル』(Class)

1984年・アメリカ 監督/ルイス・ジョン・カリーノ

出演/アンドリュー・マッカーシー/ジャクリーン・ビセット/ロブ・ロウ/ジョン・キューザック

おちゃらけた高校生活を描く映画に見えた。が、半分くらいからようやく映画らしくなってきた。アメリカの大学入試制度が一つの要素なので以下にその概要を転載する。SAT(Scholastic Assessment Test、大学入試)は、非営利法人である「College Board」が主催する標準テスト。SAT論理試験(SAT Reasoning Test:旧SATⅠ)とSAT科目別試験(SAT Subject Test:旧SATⅡ)の総称。アメリカの大学入学時に考慮する要素の一つである。SATという略称は、本来Scholastic Aptitude Test(大学適性試験)であったが、1990年にScholastic Assessment Test(大学能力評価試験)に変わり、現在は略としてではなくSATそのものが名前に使われている。

アメリカ合衆国の学校制度では高校卒業までが義務教育期間である。しかし高校によって学力に差があり、成績評価基準も学校によって異なるため大学受験で高校の成績のみで合否を判定することはできない。そこで4,500校余りの高等教育機関からなる大学評議会が標準テストを実施し、そのスコアで生徒の大学受験の合否を決定することになった。SATは現在アメリカ国内で一番広く大学受験に使われているテストである。

誰がどの大学で学問を修める学力があるかどうかを判定し、合否の基準にする目的で1901年に導入され、何度か大幅な改定がなされてきた。またそれに伴い呼称も変わっている。試験は1年間に7回実施され、繰り返し受験することが可能である。同様のテストに、別団体が運営するACT (The American College Testing Program) があり、米国の大学進学には、SATかACTのいずれかのテストの点数の提出が義務づけられている。この点数は米国内で、T-Scoreとか、Deviation value と呼ばれている。素点(Raw Score) ではない。200点から800点で表示されるので正解率0でも0点とはされない。米国内のアメリカ人に対しても、米国外からの留学生に対しても平等に SAT か ACT の得点が要求される。

『タクシードライバー』(Taxi Driver)

1976年・アメリカ 監督/ マーティン・スコセッシ

出演/ロバート・デ・ニーロ/シビル・シェパード/ハーヴェイ・カイテル/ジョディ・フォスター/アルバート・ブルックス

考えてみれば、あの時代は「バブル」という時期だったのかもしれない。株や金融なんてまったく関係の無い自分にとっては、バブルだったとしても、そんなことはちーっとも縁のないことだった。が、生活はバブルのようなものだったかもしれない。

毎日のように麻雀をし、毎日のようにタクシーで帰っていた。多摩センター駅まで辿り着くにはかなりの時間を要した。会社のあった新橋から乗ることは非常事態で、通常は銀座線で渋谷まで行って、そこでタクシーに乗ることが多かった。ひとりではさすがにお金がもたないので、同じ方向の先輩が一緒だったことがこれも多い。どちらかが麻雀で勝っていれば、多めに払うというのも一つの不文律になっていた。

こんな生活でいいのだろうか、と思ったことはなかった。12時半に帰宅し、それから眠っている娘を起こして風呂に入れていた。多摩時代はまだ子供は2人だったので、たぶん2人とも入れていたのだろうと思う。それからまた夕飯を食べていた。雀荘で2食分を食べていたのにである。妻の作った食事をとらなければいけない、と決めていた節もある。こういう時間を過ごすと、おおむね2時半が就寝時刻になっていた。ヘラルドの朝は遅く10時出勤だったことも大きかった。しまも、遅刻したって誰に文句を言われるわけでもなかった。ボーナス査定の出勤分が悪くなるだけだとたかをくくっていた。

『アンタッチャブル』(The Untouchables)

1987年・アメリカ 監督/ブライアン・デ・パルマ

出演/ケヴィン・コスナー/ショーン・コネリー/ロバート・デ・ニーロ/アンディ・ガルシア/チャールズ・マーティン・スミス

触れてはいけない、触ってはいけない事柄は多い。それが出来なければ、単なる「空気を読めない人」ではなく、「馬鹿」と陰口をたたかれても仕方のない人物として評価されてしまう。それが人間生活だ。

求められればものを言い、求められなければ何食わぬ顔でその場をやり過ごす。これが出来れば人間として一人前だが、なかなかやすやすとこれが出来る人はいない。ある意味「不言実行」と似通ったところがあり、少々ずるい感じがしている。出来れば「有言実行」しながら、責任を全うする人生の方が好ましいだろう。

死んでも喋らないことをどれだけ腹の中に留め置けるかが人間の価値を決めるだろう。思いついたことをひたすら喋っているだけでは芸の無い人間となってしまう。どんなに悪く思われようと、真実一路、神だけは間違いなく己の人生を讃えてくれる。そう信じて生きて行くのが生活の知恵というものだろう。

『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(Heartbreak Ridge)

1986年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/マーシャ・メイソン/エヴェレット・マッギル/モーゼス・ガン

朝鮮戦争で名誉勲章をもらいながらも、個人的には問題の多いアメリカ海兵隊古参一等軍曹トム・ハイウェイが主人公。退役近いこの主人公は、イーストウッドのこの時の実際の年齢56才あたりの人物なのかもしれない。老体に鞭を打って鬼軍曹を演じている姿は痛々しいが、その凜々しさには敬服する。

フジテレビの番組「スカッとジャパン」はちっともスカッとしないことが多いが、この映画の最後には誰もがスカッとするシーンがあって思わず笑みがこぼれる。それにしても、イーストウッドの映画はおもしろい。偉大な映画人であることは間違いない。

日本の軍隊ならまず上官が部下を殴るシーンに出くわすが、アメリカの軍隊でのシーンで個人的な感情で殴るシーンなんて見たことがない。国民性と言うよりはもっとどこか根付いたところに違いがあるような気がする。年功序列に典型される日本的価値観は、もう社会の中からさっさと掃き清めなければ新しいクール・ジャパンは始まらないだろう。

『ラブ・アフェア 年下の彼』(And While We Were Here)

2012年・アメリカ 監督/カット・コイロウ

出演/ケイト・ボスワース/ジェイミー・ブラックリー/イド・ゴールドバーグ/クレア・ブルーム

新しい録画機を買って最初の映画がこれだった。イマジカBSがクレジット付きながら見られたので、試し録画がうまくいった。録画画面ではクレジットが消える。ほかの有料チャンネルもクレジット付きで見えているのは、新しい機器の期間限定特権なのだろうか。

夫の出張でイタリアを訪れた女性が年下男性と織り成す禁断の恋の行方を、「スーパーマン リターンズ」のケイト・ボスワース主演で描いたラブストーリー。音楽家の夫レオナルドの海外出張に同行してイタリアへやって来たジェーン。夫との冷えきった関係にうんざりしていた彼女は、偶然知り合った青年キャレブと親しくなり、恋に落ちるが……。キャレブ役に「教授のおかしな妄想殺人」のジェイミー・ブラックリー。(映画.comより)

題名も上の紹介文もそのままの通り。激しく時が進まないで、ゆるやかなときが流れる雰囲気はいい。若い頃を想い出させるような会話や仕草もいい。イキアス島というナポリ湾に浮かぶ小島も一つの舞台。行きそびれてしまったナポリが恨めしい。「ナポリを見てから死ね」なんていう文言も最近では流行らないようだが、まったくその通りで、なんとかナポリでマルゲリータを食べてから死にたいものだ。

『フェイス/オフ』(Face/Off)

1997年・アメリカ 監督/ジョン・ウー

出演/ニコラス・ケイジ/ジョン・トラヴォルタ/ジョアン・アレン/ジーナ・ガーション

監督ジョン・ウーは、香港時代の1986年、日本ではヘラルドが配給した『男達の挽歌』を監督している。あんなにおもしろかった映画を当てられなかったと、今もって悔しがらせている作品だ。1993年からはアメリカを拠点としている。アクション・シーンが有名な監督で、この作品もふんだんに、いやこれでもかと飽きられるくらいのアクション・シーンをぶっ放している。

映画のストーリーはめちゃおもしろい。映画的にかなり出来過ぎている感は否めないが、まぁ映画なんだから許しちゃおうか、という程度だろうと納得した方が賢明だ。上映時間は2時間18分とかなり長い。複雑そうに見える話が、実はちっとも難しくないと分かりながら鑑賞できる映画。

ジョン・ウーはこの映画を、ハリウッド進出して初めて「自分の好きな様に撮れた」と誇るアクション作品だと言っている。ニコラス・ケイジとジョン・トラヴォルタの秀逸な一人二役の演技も話題となった。特にトラヴォルタの役は2013年の『キリングゲーム』一般試写会にてショウゲートが行ったアンケート“好きなトラボルタ作品”で1位を得るほど高い支持を得ているという。ちなみにこの役は元々、アーノルド・シュワルツェネッガーとシルベスター・スタローンの予定だったという裏話もおもしろい。

『映画 中村勘三郎』

2013年(平成25年)・日本 監督/松木創

出演/中村勘三郎/片岡仁左衛門/坂東玉三郎/市川左團次/中村扇雀/中村橋之助/片岡孝太郎/板東新悟/片岡亀蔵/板東彌十郎/中村勘九郎/中村七之助/波野七緒八/前田愛/波野好江/串田和美/笹野高史/森光子/中村富十郎/中村芝翫/中村雀右衛門

享年57才、2012年12月に亡くなった希代の歌舞伎俳優・十八代目中村勘三郎を10年間にわたって追ったドキュメンタリー『映画 中村勘三郎』。歌舞伎俳優としてのプロフェッショナルな顔、父としての頼もしい顔。2012年の死の間際までエネルギッシュに生きた勘三郎の人生を名語録&名シーンから振り返ります!というページが見つかったので、その内容を以下に書くことにしました。

■お仕事編:『ずっと夢を見続けて、死ぬまでいろんなことをしていきたい』 『(お客様の)反応がいいからね。それに甘えてっちゃうと芸が荒れてくる』 『気持ちがないから。言葉だけだよ!誰に教わったんだい!!』 ■家族編:『(足を踏むタイミングが合っているのは)DNAだと思う』 『親父とは目を見てしゃべれなかった。ガラスに映る顔色をうかがってました』 『極論を言えば「今日はハンバーグを食べようか」なんて考えながらも、泣いているように見せないといけない』 ■涙編:『病での休養から7ヶ月ぶりの復帰に思わず・・・・・』 『勘九郎から勘三郎へ、襲名で流した涙』 『これからもっともっとだったんです。あの人は』

制作はフジテレビジョンである。web上の映画紹介のどのページにも、出演者は勘三郎ひとりしか記載されていない。他の登場人物は芝居の中での出演だったり、ドキュメンタリーの登場人物だというのだろうか。この欄で記載した出演者は、この映画のエンド・クレジットに記載されていた名前をその順番通りに書いた、全員を書き切れていないが。本人にもこれほど早い死は意識になく、世間から惜しまれいる人が短い命を全うする。誰もその命を望んでいない老人が、本人の意識とは関係なく命を永らえる。不思議な人間生活が地球上での営み。

『ショコラ』(Chocolat)

2000年・アメリカ/イギリス 監督/ラッセ・ハルストレム

出演/ジュリエット・ビノシュ/ジョニー・デップ/ヴィクトワール・ティヴィソル/アルフレッド・モリーナ

観た方がいい映画を訊ねられたら、この映画も推薦するだろう。不思議な仕合わせ感をもたらしてくれるのがこの映画だ。ジョニー・デップは相変わらず一風変わった役回りだが、いつもよりは普通の人に近く出しゃばっていないのがいい。

チョコレートの原料カカオは紀元前2000年頃から主に中央アメリカで栽培され、アメリカ先住民族の間で嗜好品や薬用として珍重されたという。あのコロンブスによって1942年にヨーロッパに紹介されたらしい。チョコレートに苦みを打ち消すために加えるものが唐辛子から砂糖に変わっていった過程で、薬から嗜好品へとヨーロッパ中に浸透していった歴史があるそうな。

この映画を観ているとチョコレートを食べたくなる。映画の主人公は客の好みのチョコレートをアレンジできるという特技がある。日本で市販のチョコレートでさえ、多くの種類があるのにはびっくりする。同じカカオ原料の「ココア」が大好きで、コーヒーを飲まない自分の喫茶店・オーダー品はまずココアだ。結構いろいろなココア粉を試しているが、なかなか美味しいものに出逢わない。ごく最近見つけたココアが一段美味しさが違っていた。フランスからの輸入品だった。これからのココア生活はこの商品になるであろう。

『巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~』

2017年(平成29年)・日本

出演/映画監督:マーティン・スコセッシ/俳優:アンドリュー・ガーフィールド/レポーター:塚本晋也(映画監督・俳優)/語り:武内陶子

アカデミー賞監督の巨匠マーティン・スコセッシが日本戦後文学の金字塔「沈黙」の映画化に挑んだ。「沈黙」は、遠藤周作が50年前に発表、17世紀初頭のキリシタン弾圧をテーマにした作品。監督が作品に出会ったのは28年前。物語の舞台・長崎を取材、歴史や文学の専門家にも話を聞き、構想を温めてきた。監督と遠藤周作の時空を超えた出会いは、一体どんな映画を生み出すのか?番組は知られざる制作の舞台裏に迫る。(NHKホームページより)

映画ではなくテレビ番組だ。1年に1本くらいしかテレビ番組を取り上げることはない。タイトルの頭に「BS1スペシャル」と銘打ってある。さすがのNHK、今どき無条件で視聴料を徴収してそれを制作予算にしている。税金よりも始末が悪い。将来誰が言いだすのだろう。テレビ・チューナーを持っていれば、それはNHK視聴料の対象になる。万が一NHKが映らなくてもである。

活字がまったくダメな自分には遠藤周作は遠い存在。この作品名くらいは知っているが、2作目は出て来ない。神という存在も遠いし、信仰という言葉も身を固まらせる。けれど、両方とも興味の尽きない事柄だ。重厚な画面からは良質な映画の匂いがぷんぷんしてくる。1月21日から劇場公開されるらしい。願わくば映画館で観たい、けど・・・。

『奇跡のリンゴ』

2013年(平成25年)・日本 監督/中村義洋

出演/阿部サダヲ/菅野美穂/池内博之/笹野高史/伊武雅刀/原田美枝子/山崎努

題名からして一番苦手な映画だ。しかもそれが実話と来ては、観る気が少々失せるのは仕方がない。いきなり2倍速で観始まったが、珍しく音が聞き取りにくいので、普通速に戻した。これも珍しいことである。

一般消費者の食べる果物の味がしない。果物だけではない、野菜だって味がしない。歳をとったからというのも一つの理由かもしれない。まったく熟していない実を買わされて、家で熟すのを待てというのだろうか。腐りかけてきてようやく味がするのでは虚しくて仕方がない。

バナナだって青々したものを輸入して、倉庫で寝かされる。市場に出回ってから黄色くなるのだから、同じだよ、と言われても納得が出来ない。バナナはそれでいい。しかも味がしなくても1個200円もするリンゴとはどういうことだろう。日本の食料流通で暴動が起きないのが不思議だ。日本人だからなのだろう。1kg単位で市場に出るのが普通なのが欧米、間違った経済理論で物価を高くして喜んでいる経済学者と政治屋よくたばれ。

『あさひるばん』

2013年(平成25年)・日本 監督/やまさき十三

出演/國村隼/板尾創路/山寺宏一/桐谷美玲/斉藤慶子/温水洋一/雛形あきこ/西田敏行/松平健/間寛平/上島竜兵/國本鍾建

『釣りバカ日誌』の原作者で、東映の助監督でもあったやまさき十三が、72歳にして初めて監督を務める映画でもある。やまさきの故郷・宮崎県を舞台にした作品で、『釣りバカ日誌』の主人公・浜崎伝助を演じた西田敏行(映画シリーズ)と山寺宏一(テレビアニメ)の2人が共演。ロケ地はすべて宮崎県内で、やまさきの故郷・都城市をはじめ、宮崎市・日南市・小林市・新富町・綾町で撮影を実施した。(Wikipediaより)

高校時代の野球部仲間の3人のアダナが「あさ」「ひる」「ばん」だった。野球部のマネージャーだった当時のマドンナが入院している。マドンナの手で育てられた娘の結婚式がせまっている。その子供を身籠もったときから実家とは絶縁状態だ。父親は誰なのか?甲子園をかけた決勝戦でサヨナラヒットを打った相手チームで現在国会議員が登場する。

そんな他愛ない話を軽いコミカルタッチで描いている。作り方によっては、それなりの話にも出来るのだろうが、この出演者を見れば分かる通り、センチメンタルな要素は何処にもない。何処にもなくっていいのだ、所詮は釣りバカ日誌だから。

『東京オリンピック』(Tokyo Olympiad)

1965年(昭和40年)・日本 監督/市川崑/渋谷昶子(バレーボール)/安岡章太郎(体操)/細江英公

『国内観客動員数は1950万人以上。映画史に残る不朽の名作として、現在も語り継がれている。』1枚看板が現れる。続いて『東宝株式会社』。その後には『オリンピックは人類の持っている夢のあらわれである』がまた1枚看板。格調が高いと共に、オリンピックに対する畏敬の念が半端じゃない。

高校2年の時だろうか。学校から団体でこの映画を観に映画館に行った記憶があるような。小学生の頃、人口1万人の町にも映画館が2館あった。学校から団体で見に行くのは普通のことだった。全国的にそうだったろうと思う。ヘラルド現役時代にもまだ学校の団体鑑賞はあった。それを儲けの主として商売をやっていた人もいた。旧作を配給会社から極安で借り受け、早朝の劇場を押さえ、学校にわたりをつけて1人あたり300円で映画を見せる。それでも大きな劇場に一気に詰め込めば、30万円の売上がある。儲けが7割くらいになるだろうか。そういうニッチな商売もあった。頭のいい人は、いつ何処ででも金もうけが出来る。羨ましい。

リアルタイムではかなり驚いていたような気がする。50年前のスポーツ・シーンはどうだったのだろう、ということがメインだった。記録映画だから、総監督市川崑の思惑は残念ながらここまで届くのは無理なようだ。斬新だと思えたポスターに象徴されるアップ映像も、近代映画には及ばない。やはり、人間という動物は未来に向かって生きているようだ。オリンピックに平和を託した言葉が羅列されていたが、こうやって50年過ぎても世界はさらに混迷の世界へと向かっているようで虚しい。

『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』(The Three Musketeers)

2011年・アメリカ/イギリス/フランス/ドイツ 監督/ポール・W・S・アンダーソン

出演/ローガン・ラーマン/マシュー・マクファディン/レイ・スティーヴンソン/ルーク・エヴァンズ

アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士』を原作とし、『バイオハザード』シリーズのポール・W・S・アンダーソンによって監督された3Dアクション映画作品だという。キャッチコピーは「伝説よりも、ハデにいこうぜ。」といわれても、意味、意図するところが伝わらない。

三銃士なるものの名前を小さい頃から聞いているし、テレビでも映画でも観たことはある。ただ観ていただけで、強く印象に残ったいる事柄やキャラクターは記憶にない。実はこの映画も、観たことは観たが、始まってからよく分からないストーリーに愛想を尽かせてしまった。あとはながら族と化した。

子供の頃には当然童話や物語、偉人伝などに触れて、自然に人生を学んでいくものだ。そういう幼児体験は記憶になくても意識の下に眠っているものなのに違いない。そういう無意識下の事象が多ければ多いほど、人間は大人になったときに意外な人間力を発揮できる。そういうことなのだと勝手に夢みている。

『ビリギャル』

2015年(平成27年)・日本 監督/土井裕泰

出演/ 有村架純/伊藤淳史/野村周平/大内田悠平/奥田こころ

『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は、名古屋市の学習塾・青藍義塾(現・坪田塾)塾長で学校法人大浦学園理事長の坪田信貴がストーリー投稿サイトSTORYS.JPに投稿したノンフィクション作品、およびアスキー・メディアワークスにより書籍化され2013年刊行された同名の書籍である。通称「ビリギャル」。その映画化作品。(Wikipediaより)

という大筋の話をテレビで見聞きしていたリアルタイム。もう忘れている頃になってようやく放映されるのが当たり前だが、どうせ見なくても分かるじゃんと思っていた気持ちを裏切るようにおもしろかった。最近の日本映画では珍しい印象。2012年の『るろうに剣心』(主演/佐藤健)を見たときのおもしろさを想い出した。原作通りの台詞なのかどうかを知りたい。なかなか含蓄のある、そのあたりの親に聞かせたいような言葉が心に残る。

偏差値が高いからその学校を選ぶ、とかいう理由は私には理解できない。自分なりの人生の中で、進みたい学校が見つかれば、それが一番いいに決まっている。ただ、日本の若者には将来を期待させる指標や指南、さらに平たく言えば情報というやつが的確に知らされていない。学習塾も先輩も家庭環境も何も情報のない自分が、早稲田に入ったのは高校がそういう環境にあっただけの理由しかない。その当時当たり前のように東北大、茨城大学、早稲田あたりに進学していた環境では、何も考えず早稲田に入ることが普通のことだった。今考えると、まったく不思議なことだった、と思える。

『ベン・ハー』(Ben-Hur)

1959年・アメリカ 監督/ウィリアム・ワイラー

出演/チャールトン・ヘストン/スティーヴン・ボイド/ジャック・ホーキンス/ハイヤ・ハラリート

『最近観た映画Log』にこの映画がなかったので、ここ7年くらいは観ていないということになる。3時間32分とさすがの大作上映時間だ。intermissionのある映画を映画館で観たことがない。映画館鑑賞の数が圧倒的に少ないことの証明。もっともintermissionのある映画だって、かなり少ない。内容について私がコメントできるような映画ではない。

原作の副題に「キリストの物語」とあるように、キリストの生誕、受難、復活が「ベン・ハー」の物語の大きな背景となっている。この映画はタイトルが出る前にキリストの生誕で始まり、キリストの処刑とともに復活で「ベン・ハー」の物語が終わる。1959年11月18日にプレミア公開され212分の大作ながら全米公開後、瞬く間にヒットとなった。同様に全世界でも公開されてヒットした。54億円もの制作費が投入されたが、この映画1本で倒産寸前だったMGMを一気に立て直すことができた。

1960年4月1日から東京はテアトル東京、大阪はOS劇場でロードショー公開され、他都市も東宝洋画系で公開された。テアトル東京では翌年61年7月13日まで469日間に渡って上映され、総入場者数95万4318人、1館の興行収入3億1673万円を記録した。全国各地の上映の後に、配給収入は最終的に15億3000万円となった。日本での一般公開は1960年4月1日だが、これに先立ち同年3月30日にはテアトル東京でチャリティ上映が行われた。このとき昭和天皇・香淳皇后が招かれ、日本映画史上初の天覧上映となった。ヘストン夫妻もこの場に立ち会っている。(Wikipediaより)

『アクシデンタル・スパイ』(特務迷城、The Accidental Spy)

2001年・香港 監督/テディ・チャン

出演/ジャッキー・チェン/ビビアン・スー/キム・ミン/ウー・シングォ

ジャッキー・チェンの映画は基本的には観ない、と書いて前回も同じように観る映画(録画)が尽きてしまって、仕方なく観た。今回も同じ状況。そう近くはないが引っ越す前の TSUTAYA との位置関係と同じような距離に「ゲオ」を見つけたので、近いうちに会員登録してこよう。

予定調和のようなアクションの何処がおもしろくて、何処に魅力を感じるのか分からない。下手くそな歌でもCDが売れるアイドル(歌手)と同じようなものなのかもしれない。歌は上手い下手で売れるわけではないけれど、基本的に下手くそな歌がもて囃されるのは許せない。アイドルとして生身の姿がキャーキャー言われることは別に構わない。踊りやギャグが上手くてテレビ的であるのも問題ない。でも、聞いていられない歌が、そのCDが売れることがどうにも分からない。もっとも、麻雀仲間にアイドルのためにCDを150枚も買うんだと先日聞かされて、そうか、ただ持っているだけでいいんだということも、何となく分かるような気もする???

結局観たことは観たけれど、ながら族宜しく音を聞きながらチラ見する程度のことしかしなかった。本人がいかに身体を張ってアクションをしたって、それがなんなの! こういう時代はとっくの昔に終わっている。もっとも、今の映画じゃないから、その当時にはなんだかんだと凄いとか言われたのだろうけれど、それにしても分かりきったようなアクションには反吐が出る。エンド・クレジットと共に声つきのメイキング映像が流れ、あ~この映像で充分だな~と思わせてくれた。

『赤い靴』(The Red Shoes)

1948年・アメリカ 監督/マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー

出演/モイラ・シアラー/アントン・ウォルブルック/マリウス・ゴーリング/ロバート・ヘルプマン

原作はハンス・クリスチャン・アンデルセンの同名童話。この映画へのリスペクトを公言していた、映画監督のマーティン・スコセッシがオリジナル・ネガ修復作業に着手し、2年の歳月をかけて完成された<デジタルリマスター・エディション>が、2009年カンヌ国際映画祭で世界初公開されたという。

フィルムがデジタルリマスターで蘇るのが羨ましい。同じ年月を生きながら、こちとらは日に日に衰えていくばかり。今どきなら金があればもう少し長生きできるんだろうが、そんなに人生が長くなったって、何もいいことはない。そう思っているのは少数派だろうが、本気でそう思っている人も結構いるはずだ。

ひとりの女性バレリーナの哀しい物語だった。男をとるかバレイをとるかなんて究極の選択をさせられたら、それこそ死ぬしかない。いつの世も男と女のどろどろした関係が社会を作っている。すっきりと誰しもが目の前の事柄に満足している瞬間なんてありそうにもない。

『イーグル・アイ』(Eagle Eye)

2008年・アメリカ 監督/D・J・カルーソー

出演/シャイア・ラブーフ/ミシェル・モナハン/ビリー・ボブ・ソーントン/ロザリオ・ドーソン

久々のノンストップ・アクションでめちゃめちゃおもしろい。ちょっと出来過ぎの感はあるけれど、出來の悪い映画のことを考えたら、ちょっとした出来過ぎなんか許せて当たり前だ。もう8年前の映画だなんて、いつも通りこの映画の存在を知らなかった。以下に Wikipedia からの引用を書くが、鷹の目として知っていたと思ったことは、大きく言えばこの「鷲の目」だったなんて。

鷲(わし)とは、タカ目タカ科に属する鳥のうち、オオワシ、オジロワシ、イヌワシ、ハクトウワシなど、比較的大き目のものを指す通称である。タカ科にて、比較的大きいものをワシ、小さめのものをタカ(鷹)と呼ぶが、明確な区別はなく、慣習に従って呼び分けているに過ぎない。
鷲はその姿から鳥の王者とされ、信仰の対象にもなった。ローマ皇帝の紋章は鷲である。のちに東ローマ帝国が双頭の鷲を紋章とし、ロシア帝国などへ受け継がれたほか、12世紀以前からセルビアの国旗には白い双頭の鷲が描かれている。中欧・西欧ではハプスブルク家によって神聖ローマ帝国からオーストリア帝国へ双頭の鷲が受け継がれ、プロイセン王国やドイツ帝国も鷲を紋章とした。ナチス・ドイツもそれにならい、軍服や建築物の随所に鷲の意匠を施した。現在のドイツ・オーストリア両国の国章にも鷲が使われている。また、ナポレオンやイギリス王室、ポーランドなども鷲を紋章に取り入れている。メキシコ国旗に描かれているワシは「ウィツィロポチトリの予言鷲」と呼ばれる。「蛇をくわえた鷲がサボテンの上にとまっている場所を見つけ、そこを都とせよ」という神託に従い、現在のメキシコシティに安住の地を見つけたというアステカ族の神話にちなんだものである。 アメリカ合衆国はハクトウワシを、フィリピンはフィリピンワシを国鳥としている。

ドイツやスペインなどでは、視力や観察眼に優れていることを慣用句で「鷲の目」と言う。アメリカの戦闘機であるF-15は「イーグル」の通称で知られている。人類を初めて月に運んだアポロ11号の月着陸船の名前は「イーグル」である。ゴルフで、規定打数のパーより2打少なくホールに入れることを「イーグル」と呼ぶ。などなど、なかなか奥が深い。

『赤穂浪士』

1961年(昭和36年)・日本 監督/松田定次

出演/片岡千恵蔵/中村錦之助/東千代之介/大川橋蔵/市川右太衛門/丘さとみ/桜町弘子/三原有美子

冒頭の1枚看板は、「創立十周年創立記念」だ。いわずと知れた東映、原作は大佛次郎、豪華キャストにもまして脇役の役者がこれまた大したものだ。この時期の定番映画放映で、『忠臣蔵』も数多く放映されてるが、片岡千恵蔵だけで大石内蔵助を4度演じているというから凄い。

中村錦之介は29才の若造を演じている。松方弘樹は19才で大石主税、ようやく元服をするという歳頃の役だ。そうそうたるメンバーがちょんまげ姿のよく似合う役を演じている。眼と肩と身体の向きと物腰で役を演じる。もう映画ではない一大大河物語だ。何事も本当のように見せてしまう説得力が凄い。

余計なことを言わない。目を見ればそこには言いたいことが現れている.ものをいわなくても理解できてしまう人間同士、侍世界の人間の理知さが如実に描かれる。馬鹿な侍はスクリーンにも入れてもらえない。全ては社会共通の「義」からくる倫理観。多くを語らないで成立する社会がいい意味で素晴らしい。義理に疎い人間もいつの間にかいられなくなるのが人間社会だった。いまでもそうあって欲しいものだが。

『タイタンの逆襲』(Wrath of the Titans)

2012年・アメリカ/イギリス 監督/ジョナサン・リーベスマン

出演/サム・ワーシントン/リーアム・ニーソン/レイフ・ファインズ/シニード・キューザック

引っ越すまでは毎日1本は観ようと決めて、しかもほぼ実行出来ていた映画鑑賞。2000本鑑賞も11月くらいには達成できるはずだった。予定は未定にして決定にあらず、というたとえ通り、そう簡単に思惑は達成できない。あと15日であと14本は無理かもしれない。今日は2016年12月16日(金)。

この映画の第一作目を観たのは数日前、訳が分からない神々の登場に反吐が出たが、観た後の調べもので何とか思考の辻褄を合わせることが出来た。全知全能の神ゼウスの孫が登場する。10才くらいだろうか。また怪物たちが現れて、終始戦いが行われている。早々に眠りについた。音は聞こえている。同じようなリズムの音が続いている。

目が覚めたときにはもうほとんど終わりの状態。エンド・クレジットの長さといったら。どれだけ多くの人達がこの映画製作に参加しているのだろうか。幼稚で子供騙しの日本映画に比べて、荒唐無稽な印象が強い欧米のこの手の作品。あまりにも乱暴で魅力のないキャラクターたちが描かれている。キャラクターだけなら日本映画アニメの方がはるかに上だろう。

『紙の月』

2014年(平成26年)・日本 監督/吉田大八

出演/宮沢りえ/池松壮亮/大島優子/田辺誠一/小林聡美/石橋蓮司/中原ひとみ

原作は、角田光代による日本のサスペンス小説。学芸通信社の配信により『静岡新聞』2007年9月から2008年4月まで連載され、『河北新報』『函館新聞』『大分合同新聞』など地方紙に順次連載された。

著者の角田はこの作品を執筆する際、普通の恋愛では無い、歪なかたちでしか成り立つことのできない恋愛を書こうと決めていたが[1]、実際のニュースで銀行員の女性が使い込みをしたという事件を調べると、大抵が“男性に対して貢ぐ”という形になっていることに違和感を覚えた[2]。そして、“お金を介在してしか恋愛ができなかった”という能動的な女性を描きたいという思いが湧き上がったと話している。(wikipediaより)

こういう話だと知っていたら、この映画を観ることはなかったであろう。だって、こんなことくらいで映画がおもしろくなるわけがないもん。案の定、宮沢りえが主演して、ちょっと濡れ場を演じているくらいが売りとなってしまっている。この程度の物語は、想像を膨らませる活字世界で充分。映画にはもっとダイナミックな人間躍動感のある題材が相応しい。宮沢りえはせっかくの人間才能を、どこかで自ら捨ててしまっている。誰にでももてるわけではない才能を、もっと社会の人のために遣って欲しい。

『シノーラ』(Joe Kidd)

1972年・アメリカ 監督/ジョン・スタージェス

出演/クリント・イーストウッド/ロバート・デュヴァル/ジョン・サクソン/グレゴリー・ウォルマット

Wikipediaより引用する。オークランド・テクニカル・ハイスクール卒業後、朝鮮戦争のさなかである1951年に陸軍に召集され入隊。2年後の1953年に除隊後、サウス・カリフォルニアに移住。アルバイトの傍ら、ロサンゼルス・シティー・カレッジの演劇コースを専攻する。1950年代初めにユニバーサル映画と契約を結ぶが、当初は『半魚人の逆襲』『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』といったB級映画の端役しか与えられないという、不遇の時代を過ごした。

1959年からCBSで放映されたテレビ西部劇『ローハイド』で、ロディというカウボーイを演じる。同作品は約7年間にわたり全8シーズン217話が製作された人気シリーズとなり、イーストウッドの知名度と人気は世界的に高まった。1964年にはセルジオ・レオーネ監督にイタリアに招かれ、マカロニ・ウェスタンの嚆矢でありかつそれを代表する作品となった『荒野の用心棒』に出演。その後も『ローハイド』の撮影の合間を縫って『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』と都合3作のレオーネ作品に出演した。この3作品で名無しの男を演じたイーストウッドはレオーネを師と仰ぎ、レオーネの逝去まで交友を続けた。これらの映画の人気により、イーストウッドの映画俳優としての評価はヨーロッパが先行し、アメリカに逆輸入された形となった。

『マンハッタン無宿』で出逢ったドン・シーゲルと再びタッグを組んだ『ダーティハリー』でイーストウッドは型破りな刑事ハリー・キャラハンを演じた。これはシーゲル作品としてそれまでで最大のヒットとなり、イーストウッド本人もこの作品で人気アクション・スターとしての地位を不動にした。現在においてもイーストウッドの俳優としての代表作として真っ先に挙げられるのがこの作品である。『ダーティハリー』シリーズは、全5作品が製作されている。

『パリ、テキサス』(Paris,Texas)

1984年・西ドイツ/フランス 監督/ヴィム・ヴェンダース

出演/ハリー・ディーン・スタントン/ナスターシャ・キンスキー/ディーン・ストックウェル

この監督が何故か嫌いだ。作品を観てもいないのに嫌いだと、なぜ言えるのだろうか。一応、業界に席を置いたことがあるので、頻繁に予告編やらの情報を掴んでしまっていたに違いない。この監督作品をほとんど配給していたフランス映画社が嫌いだったということも、この監督嫌いに通じているのかもしれない。観てみて分かったことは、「俺の映画的な技術は一流だろう! さぁ、観てみろ!」と、そんな感じのする映像とストーリーだった。そういうところが嫌いなんだ。「俺が、俺が、」という人種を忌み嫌う。そういう自分の人生観が大きく影を落としている。以下Wikipediaより引用。

テキサスを一人放浪していた男の妻子との再会と別れを描いたロード・ムービー、1984年(昭和59年)、第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。テキサス州パリスは、同州ラマー郡の郡庁所在地で、人口約2.5万人(2000年)の小さな街である。同市には、登場人物が訪れることもなく、撮影は行われていない。原作は脚本のサム・シェパードによるエッセイ『モーテル・クロニクルズ』であり、『ハメット』の主役に推薦して果たせなかったヴェンダースがシェパードに依頼、L・M・キット・カーソンが翻案しシェパードが脚色した。キット・カーソンは、主人公トラヴィスの一人息子を演じたハンター・カーソンの父である。

ヴェンダースは本作で初めて音楽家ライ・クーダーと組み、以降の監督作『エンド・オブ・バイオレンス』、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』でもクーダーを起用するきっかけとなった。トラヴィスが倒れるガソリンスタンドの男を演じるサム・ベリーはイギリスの遺伝学者、テレビの中に映る女を演じるヴィヴァはアンディ・ウォーホル作品に登場する「ウォーホル・スーパースター」の一人である。映画の中の美しい女がナスターシャ・キンスキーだと気がつかなかった。「テス」で散々お世話になり、よく知っていたつもりだったのに。

『マラソンマン』(Marathon Man)

1976年・アメリカ 監督/ジョン・シュレシンジャー

出演/ダスティン・ホフマン/ローレンス・オリヴィエ/ロイ・シャイダー/ウィリアム・ディヴェイン

当時はかなり話題になった。何年か前に一度観たことがあるような、ないような。最初のうちはおもしろくなく、一瞬、二瞬眠ってしまったくらいだが、ちょうど目を覚ました時に事件が起こり、そこからは眠らずに観ることが出来た次第。いざこの欄を書こうとしたら題名が出て来なく、ダスティン・ホフマンをなんとか想い出し、そこから逆検索でようやく題名が分かった。もう見事に痴呆症に突入しそうだ。

ウィリアム・ゴールドマンの同名小説の映画化。原作者のゴールドマンが脚本も兼ねたので、原作に忠実に描かれている。小説と映画の両者とも、ナチの残党の歯科医が歯にドリルを突き立ててベーブを拷問するという非常に生々しいシーンで有名になった。(Wikipediaより)

リアルタイムで観ていたら、かなりおもしろいと思ったに違いない。もうちょうど40年前になる作品、映画として観るのは悪くないが、映画の中に入り込むにはちょっと辛い。風景が違い過ぎて、と思うのは私だけだろうか。願わくば、現代の風景で是非リメイクして欲しいものだと願う。

『目撃』(Absolute Power)

1997年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/ジーン・ハックマン/エド・ハリス/ローラ・リニー

クリント・イーストウッドは、原作の登場人物や基本的なストーリーは気に入っていたが、登場人物の大半が殺されてしまうことには不服だった。そこでイーストウッドは、最初に映画用に原作の改編について意見を求められた時、脚本担当のゴールドマンに、「観客に気に入られる登場人物は殺さないでくれ」と求め、それに沿って大幅な改編がなされたという。

製作・監督・主演をクリント・イーストウッドが行い、監督作としては17作目にあたる。彼の作品は間違いなくおもしろいけれど、この作品はその中でもトップクラスのおもしろさだろう。

大統領の殺人をテーマにするなんて日本では考えられないこと。このあたりからアメリカに追いつけない訳がありそうだ。彼の作る映画は、常に絶対悪を抹殺する。そういう本筋が必ず見えるところが好きだ。6年以上前に1度見ているようだった。

『タイタンの戦い』(Clash of the Titans)

2010年・アメリカ/イギリス 監督/ルイ・レテリエ

出演/サム・ワーシントン/リーアム・ニーソン/レイフ・ファインズ/アレクサ・ダヴァロス

欧米人の「子供騙し」は、話が壮大でついていけない。もっとも、日本の「子供騙し」映像は観る気もしないから、まだまだましだと思わなければいけない。

観る前に Wikipedia でも眺めておいた方が良さそうだった。終わってから調べても、過ぎ去ってしまった映像を思い出せない。複雑な神の名前が登場して、欧米人ではないDNAをちょっと恨んだりして。

リアルな化け物神様がたくさん出てくる。日本人の作る子供騙しは、そんなリアルなものが出てこない分いいのかもしれない。そんなところがグローバルなクールと印象付けられるのか。こんな比較でしか日本的アニメや子供騙し映像を誉められないのが哀しい。

『ギター弾きの恋』(Sweet and Lowdown)

1999年・アメリカ 監督/ウディ・アレン

出演/ショーン・ペン/サマンサ・モートン/ユマ・サーマン/アンソニー・ラパーリア

嫌いなウディ・アレンとこれも嫌いなショーン・ペン、なんとも言いようのない嫌いさだが、やっぱり気にくわない。いきなりウディ・アレンが画面に大写しになって喋り始まった。この映画の主人公のことを普段着のウディ・アレンが喋るという演出で始まるのがこの映画らしい。そんなところも気にくわなく、少し早回しをしてしまった。

ドキュメンタリー風にストーリーが展開していくが、主人公のエメット・レイは架空の人物である。そんな感じを見せない演出が嫌だ。素直にこの天才ギタリストの一瞬を切りとって見せてくれた方が、なんぼいいことだろう。

我が儘な人生を暮らす主人公のギタリスト、なんと勝手なんだろうと作り事の映画であることを忘れてしまうくらいだ。伝記物の芸術家は例外なく我が儘だ。それを敢えて許す才能が本人に備わっている。自分のことに置き換えてみれば、なんの才能もない人間が我が儘だったら、何処に救いがあるのだろうか、と考え込んでしまう。

『血槍富士』(ちやりふじ)

1955年(昭和30年)・日本 監督/内田吐夢

出演/片岡千恵蔵/島田照夫/加東大介/喜多川千鶴/進藤英太郎/田代百合子

概要が書かれたWikipediaには、こちらが知りたい、知らせたいことが適切に書かれていた。この時代の映画は、小気味いい。いつの間にか饒舌になってしまった日本映画の面影さえない。素晴らしい。題名を見て?、昭和30年製作を見て?白黒映画を観て? まさに杞憂だった。以下、引用する。

1954年に中国から復員した内田吐夢監督の戦後第一作で、1942年の『鳥居強右衛門』以来13年ぶりの監督作品となる。本作は1927年に井上金太郎が原作・脚本・監督をつとめた『道中悲記』(キネマ旬報ベストテン第10位)を再映画化したものであり、原作として井上の名前がクレジットされている。また、権八役で主演した月形龍之介は本作に旅の男役で、源太役で出演した杉狂児も殿様役でそれぞれ出演している。マキノ雅弘の実弟であるプロデューサー・マキノ満男が企画し、企画協力には伊藤大輔、小津安二郎、清水宏が参加した。

主君の槍持ちとして東海道を江戸に向かう主人公の権八が道中で出会う、様々な人たちの人間模様を描くとともに、酒のいさかいから主君を殺された権八が仇討ちをする姿を通して、封建制度の理不尽さを描いた。また、ラストシーンに「海ゆかば」を流して内田の戦争体験を反映させている。

『ラーメンガール』(The Ramen Girl)

2009年・アメリカ 監督/ロバート・アラン・アッカーマン

出演/ブリタニー・マーフィ/西田敏行/余貴美子/パク・ソヒ/前田健/石橋蓮司/山崎努

ほぼ全編日本ロケで制作されている。ハリウッド映画では、純粋な日本人という設定の登場人物を,韓国系や中国系の俳優が演じる事が多い(逆もまたある)が、本作は作中の日本人キャストは全て日本人俳優、しかも一流どころの俳優陣で固められている。さらに在日朝鮮人の設定のキャストであるトシを、実際に在日朝鮮人のパクが演じるなど、そのキャスティングは徹底している。

頑固親父役を西田敏行が演じることは当初からアッカーマン監督に決定されており、過去にテレビドラマ『西遊記シリーズ』を通じて西田と交流のあった奈良橋陽子が西田を海外進出させたいという願いから実現した。また、スタッフの98%が日本人で監督以外はほぼ日本人でハリウッド映画の現場とは到底思えない状態だったという。伊丹十三監督によるラーメン映画の『タンポポ』をオマージュして終盤登場する「ラーメンの達人」はタンポポで主役を演じた山崎努がキャストされている。(以上、Wikipediaより)

見るべきところがない。可愛くないアメリカ娘が主人公で興醒めから映画が始まった。たぶんこの程度の女優でも、可愛いという書き込みが多いだろう。有り余るほどのアメリカでの女優志願者たちのことを考えれば、こんなもので満足してはいけないはず。そういうところから金をケチっている様子がうかがえる。西田敏行がいくらもらったか知らないが、日本の一流どころを配役したって、アメリカ映画に比べれば屁でもない。そんなキャスティング背景が目に見える。

『ダーク・シャドウ』(Dark Shadows)

2012年・アメリカ 監督/ティム・バートン

出演/ジョニー・デップ/ミシェル・ファイファー/ヘレナ・ボナム=カーター/エヴァ・グリーン/ジャッキー・アール・ヘイリー

1966年から1971年に放送されたゴシック・ソープオペラ『Dark Shadows』を原作としたスーパーナチュラル・ドラマ(英語版)映画である。と、書いてあったが、意味が分からない。調べてみたら次のようなことが分かった。ソープ‐オペラ【soap opera】:テレビ・ラジオの連続メロドラマ。米国でスポンサーに石鹸会社が多かったところからいう。

ゴシックは、文学作品や映画、ファッションなどで、幻想的・怪奇的・頽廃的な雰囲気をもつもの。「―小説」。こんなところからと、実際のヨーロッパ中世、ロマネスクに次ぐ美術様式。200年後に生き返るドラキュラにされた主人公。

ジョニー・デップは普通の役には収まらない。あるいは、変わったキャラクターでなければ彼の良さは発揮できない。意外な展開を繰り返して行く。初めは真面目なドラキュラものかと思っていたら、途中から一気にコメディ満開となってしまった。笑いどころの違う文化は理解しにくい。笑いたいけれど笑えないシーンが続いていく。半端じゃない金のかけ方が映像を豪華に見せててくれる分、日本映画のような陳腐な笑いにはなっていないところが救いだろうか。

『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(Prince of Persia: The Sands of Time)

2010年・アメリカ 監督/マイク・ニューウェル

出演/ジェイク・ジレンホール/ジェマ・アータートン/ベン・キングズレー/リチャード・コイル

2004年発売の同名ゲームの実写化作品。ただし、ストーリーは映画オリジナルであり、ゲームのストーリーとの関連性は全くない。ということらしい。壮大な物語があり、有名な図書が原作だと思いながら観ていた。「指輪物語」のようなイメージだった。舞台はペルシャ帝国なんて懐かしい国名だ。かつては宗教で国を支配できた時代から現代への移り変わりは激しい。それが出来なければ、世界から取り残される。

この映画を観る直前、『ベルリン・天使の詩』(独: Der Himmel uber Berlin, 英: Wings of Desire, 仏: Les Ailes du desir・1987年)ヴィム・ヴェンダース監督作品を観始まったが10分でやめてしまった。この著名な監督作品をまだ1本も観たことがない。業界現役時代、どうにも自分の観る映画じゃないな、と決めつけてしまった経緯がある。観なくとも、業界にいるが故の情報があり、その情報の結果そうなってしまった。食わず嫌いが原因だと分かっていたので、今回敢えて挑戦をしてみたわけだ。だが、やっぱり観れば余計観ないと決心したことが正しかったと証明された。

どうにも屁理屈で映画を、映像だったりストーリーだったりを作っているなぁ~、と強く感じて、自分の趣味じゃないことがひしひしと伝わってきた。観ていることが苦痛になる事はたまにあってしかるべき。そんな10分間の映画の後だったので、この映画の物語と映像が楽しかった。ディズニー・ブランドはやっぱり人を楽しませてくれる。

『銭形平次』

1967年(昭和42年)・日本 監督/山内鉄也

出演/大川橋蔵/舟木一夫/水野久美/大辻伺郎/小池朝雄/遠藤辰雄/大友柳太朗

スーパーマン、スパイダーマン、ヒーローと誕生物語はおもしろい。もともとは、1966年5月4日-1984年4月4日まで、フジテレビ系列で毎週水曜20時から放映された連続テレビ時代劇。野村胡堂の小説『銭形平次 捕物控』を、大川橋蔵の主演でテレビドラマ化したシリーズ。映画スターだった大川橋蔵が、18年にわたって主役を演じ、ギネスブックで「テレビの1時間番組世界最長出演」と認められた。橋蔵は番組が終了して間もない1984年12月7日に亡くなり、結果として銭形平次は橋蔵のライフワークとなったという。

大川橋蔵という名前を強く記憶しているが、彼の顔が覚えられない。「いい男」の代名詞のように言われていたはずだが、映画館でのスクリーンでも観る機会がなかったのがいけないのかもしれない。フジテレビのこのドラマを一度も見たことがなかったのが一番の原因かな。

この映画はおもしろい。アメリカの警察もののような匂いがして可笑しかった。殺陣も今風なヤワな感じではなく、厳しく演じられていて驚く。アイドル出演の舟木一夫だってちゃんと殺陣を演じてみせる。ちょっとした顔見せではないところがあの時代だったのか。カメラアングルもなかなか。今の映画製作者に見せたいくらいだ。

『明日への遺言』(Best Wishes for Tomorrow)

2008年(平成20年)・日本 監督/小泉堯史

出演/藤田まこと/富司純子/ロバート・レッサー/フレッド・マックィーン/西村雅彦/蒼井優

観たことがあることは確かだが、この欄に記録が残っていない。ということは、少なくとも6年半前以上と言うことになる。好きな映画は細かいところやストーリーを明確に覚えていなくても、それぞれのシーンで想い出すことが多い。あらためて、大岡昇平の長編小説『ながい旅』を原作としていることや藤田まことの遺作になること、監督が小泉堯史だったことを再確認した。大岡昇平の弟とは仕事上で知りあいになっている。そういえば、配給もアスミック・エース(ヘラルド・エースが発展した会社)だったこともなんか嬉しかった。

第二次世界大戦における日米の戦争を論じる内容に興味は尽きない。第十三方面軍司令官兼東海軍管区司令官で陸軍中将だった岡田資(たすく)の凜々しい人間に映画でしか触れられないけれど、観ている側の背筋もぴーんと真っ直ぐになる気がする。こうやってひとつひとつの事象が脳裏に焼き付き、一人の人間性を形作って行くのだろうと深く感じ入る。おもしろいエピソードがWikipediaにあったので、以下に転載する。

製作委員会には反自虐史観を標榜する産経新聞社が名を連ねているが、本作の基本スタンスは監督と共同で脚本を執筆したロジャー・パルバースが明言しているように、日米ともに戦争犯罪を犯したという点にあり、自虐史観を否定し、戦前・戦中における日本の行動は正しかったというような政治的主張を行った作品ではない。そのため日本軍の無差別爆撃についても触れているが、その資料映像を反日プロパガンダの捏造映像を使用したと『産経新聞』の石川水穂論説委員から批判を受けた(この捏造説は、元をたどれば戦前の日本軍がプロパガンダとして流布したものであり、根拠に乏しい)。産経側とは歴史認識問題で逆の立場に立つことが多い、『朝日新聞』や朝日新聞社の『AERA』などでも好意的に紹介された。

『ジャージの二人』

2008年(平成20年)・日本 監督/中村義洋

出演/堺雅人/鮎川誠(シーナ&ザ・ロケッツ)/水野美紀/田中あさみ/ダンカン/大楠道代

なんというつまらない映画だろうか。すぐに2倍速で観ていた。いつもならさらに5倍速を駆使してしまうが、それではほんの5分もかからないで終わってしまうことが分かっていたので、さすがに今回は2倍速で終わりまで行った。

台詞が一部聞き取り難いところはあるけれど、まったく違和感がないというのが実感。むしろ途中で、2倍速にしていることを忘れ、もっと速くなったらいいのに、と思い始まったから始末に負えない。

映画がつまらないと言うより、原作がどうにもならない感じがした。といってしまえば身も蓋もないが、活字で楽しまなければいけない物語なんだろう、と言っておく。今週は録画予定がたくさんあるけれど、いざ観ようとすると吹き替え版だったり、観たばっかりだったり、ということの繰り返しがトラウマになっていて怖い。

『ポリス・ストーリー/レジェンド』(Police Story 2013)

2013年・中国 監督/ディン・シェン

出演/ジャッキー・チェン/リウ・イエ/ジン・ティエン/ユー・ロングァン

ジャッキー・チェンの映画は観ない、と決めていた。決まりきったアクションなんて、本人が全部演じようが興味がない。そう決めていたが、観る映画がなくなってきて、已むに已まれず。そんなに毛嫌いすることないのにと思うのだが、いったんそう思ってしまうとそうなんだから嫌になってしまう。

女性を見つめる目はどうしても顔が一番。絶対的な美しさではなく、自分の好きな顔のタイプというものがある。この頃分かったことは、どうもタヌキ顔が好きなようだということ。キツネ顔が嫌いだということも明白になった。

相手が男なら、顔なんていうことを気にしたことがない、と思っていたが。最近知り合った人間でどうにも好きになれないと思ったら、顔が嫌いだった。勿論、言っていることも気にくわないが、それ以上に容姿から来る雰囲気が許せないのだろう。気持ちが小さい。

『社長洋行記』『続・社長洋行記』

1962年(昭和37年)・日本 監督/杉江敏男

出演/森繁久彌/加東大介/小林桂樹/三木のり平/フランキー堺/尤敏

すでにこの欄に7本もの「社長シリーズ」映画を書いていることもあって、もう録画するのはやめようとスキップしていた。ただ、新しい録画予定もなく観る作品に困っていたら、たまたまチャンネルを回していてこの映画の放映にぶつかったのだ。気楽にながら観しようと思っていたが、どうも観たことがなさそうだったので、急遽鑑賞態勢に入った。立て続けに2本を放映してくれてありがとう。

同じ年の4月と6月に公開していた。両方を同時に撮影したことは明らかだが、こんなに時を経ないでロードショーする時代性が凄い。まだまだ映画が隆盛だったような匂いが漂っている。社長シリーズもちょうど真ん中くらい、フランキー堺がこの映画からレギュラー入りしたという。

題名にある「洋行」先は香港だった。香港空港が新しくなってから一度も行っていない。新しくなったと言っても、もう18年も前の話になる。「パッチョハ」「カイラン」という食材の名前がすぐに出てくる。懐かしくもあり、贅沢した日々が思い出される。贅沢したと言っても、ほとんどご馳走になったことばかりが記憶にある。何度行ったことだろう。もう一度、と思わぬことはないが、まぁ~いいかっ、と諦めの方が先に立つ。

『利休にたずねよ』(Ask this of Rikyu)

2013年(平成25年)・日本 監督/田中光敏

出演/市川海老蔵/中谷美紀/大森南朋/市川團十郎/伊勢谷友介/成海璃子/檀れい/柄本明

山本兼一原作、第140回直木三十五賞受賞作。主演の海老蔵は原作者である山本の希望で選ばれた。2014年、山本の死去に際して海老蔵が自身のブログで語ったところによれば、自分のイメージは利休役に合わないと思いオファーを断り続けていたが、山本は繰り返し手紙を送って説得し続け、海老蔵が暴行事件に巻き込まれた際も態度を変えなかった。こういった熱意に心を動かされたことや、原作を読みその利休像の情熱的な部分や、若い頃の放蕩息子であった姿などに、「そういうことか」と自身を重ねて納得し、出演を承諾した。海老蔵はこの作品で父との最後の共演が叶ったことなども含め、山本に感謝と哀悼の念を述べている。(Wikipediaより)

結構おもしろい。利休という人物に興味が尽きない。映画での利休ものをたしか2本観たはずだが、この3本目が一番おもしろかったような。日本という国、人を美しい映像で表現してくれていると感じる。日本通の外国人なら、心が躍るに違いない。日本など眼中にない人にも少しは響くだろう。

曲がりなりにも、学生時代ちゃんとお茶の先生の元に通ったことは、今考えても正解だった。お茶の作法など知らない輩が多いが、実践して知っていることのアドバンテージは計り知れない。そういう心の余裕が、まったく関係のないサラリーマン生活にもいい影響をしていた。そう感じるのは本人だけだが、こういう事実をわざわざ他人に喋らないところが自分流。人生では失敗ばかりだが、心のありようでは後悔したことはない。

『箱入り息子の恋』

2013年(平成25年)・日本 監督/市井昌秀

出演/星野源/夏帆/平泉成/森山良子/穂のか/竹内都子/大杉漣/黒木瞳

Wikipediaの作品紹介欄、カテゴリのキーワードには、2013年の映画、日本の恋愛映画、視覚障害を扱った映画作品、ポニーキャニオンの映画作品とある。以前から映画業界に参入し始まっていた木下工務店が「キノフィルム」という映画会社を作ってこの映画の製作と配給をしていた。

結構おもしろい。活字原作があるようだ。映像にして正解、活字では表現できない視覚障害者の動きがある。映画の終わり方も、グダグダした日本映画の饒舌を排して映画っぽい。たまたまネットニュースに「イケメンではないのに人気」とかいった見出しでこの映画の主演星野源の名前を見たばかりだったので、なんとなく納得。

第37回日本アカデミー賞新人俳優賞(星野源 『地獄でなぜ悪い』と合わせて)、第68回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞(星野源)、第35回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞(星野源、『地獄でなぜ悪い』と合わせて)、第5回TAMA映画賞 最優秀新進男優賞(星野源、『地獄でなぜ悪い』、『聖☆おにいさん』と合わせて)、第23回日本映画批評家大賞新人賞・南俊子賞(星野源)、第54回日本映画監督協会新人賞(市井昌秀)。映画賞も数々あるなぁ~。

『白熱』(White Heat)

1949年・アメリカ 監督/ラオール・ウォルシュ

出演/ジェームズ・キャグニー/エドモンド・オブライエン/ヴァージニア・メイヨ/マーガレット・ワイチャーリイ

いやぁ~おもしろいですね~。リアルタイムで観ることがなかったジェームズ・キャグニーだが、一度でも彼の顔をスクリーンで観れば絶対忘れられないほどの特徴。小柄な身体も日本人受けするキャラクター。白熱=White Heat とは露知らず。どちらが先なのだろうか。もちろん英語の翻訳なのだろうか。

マザコンの主人公は極悪非道人種。解説ではマザコンと書いてあったが、母親しか信じることが出来ない男という印象。この母親が息子以上に悪の権化みたいな人物。自分で暴力を振るうわけではないが、悪人の息子を精神的に大助けするというのが本筋になる。大捕物帖という筋書きが小気味いい。

67年前の映画に無線を使った捜査が出てくる。パトカーの上に出っ張ったアンテナが可愛いが、基本的な思想は今と変わらない。技術的な進歩は遂げているが、人間の考えることは、さほど進歩がないのかもしれない。

『羊たちの沈黙』(The Silence of the Lambs)

1991年・アメリカ 監督/ジョナサン・デミ

出演/ジョディ・フォスター/アンソニー・ホプキンス/スコット・グレン/テッド・レヴィン

まったく覚えていない出だしにうきうきする。いや~、こんなにおもしろかったんだ!! この頃の映画鑑賞のおもしろくない映画と比べるなんていうことすら憚られる。原作がめちゃめちゃおもしろいだろうことは想像出来、それを映画化して映画もひどくおもしろかったという、希なケースなのかもしれない。

ちょっと出来過ぎているシーンも何カ所か見られたが、さほど気になるほどではない。むしろ、辻褄の合わないところが1ヶ所でもあると、やっぱり少し気になる。それを超えて、この映画のおもしろさは群を抜く。ジョディ・フォスターが「アクターズ・スタジオ」に来て、インタビューの時に、しきりに舌打ちするような喋り方をするのを見てから、ちょっと彼女を嫌いになっている。

役者というのは大変だよね。万人に好かれようなんてはしていないとは思うけれど、特定コアに好かれることだって、そんなに簡単なことではない。もっとも、庶民世界だって、八方美人的生き方は邪道だと嫌われる。じゃ~、どうすりゃいいの? と、疑問ばかりの人生が普通の人々ということなのだろう。

『宇宙人ポール』(Paul)

2011年・イギリス/アメリカ 監督/グレッグ・モットーラ

出演/サイモン・ペッグ/ニック・フロスト/セス・ローゲン/ジェイソン・ベイトマン/クリステン・ウィグ

原題は「ポール」だけだが、映画の冒頭で宇宙人の本人がポールと名乗っていることから受けた邦題なんだろう。いきなり宇宙人の姿を映像で見せる映画は珍しい。五流映画と言い切ってしまってもいいだろう。だからおもしろい。まだ途中なので、どんな結末になるのか結構楽しみ。

観終わった時には、この映画は一流作品ではないかとさえ思えてきたのには我ながら驚いた。だって、おもしろいんだもの。SF映画やスピルバーグ作品へのオマージュをふんだんにコミカルに綴る、と解説にあったが、そんな屁理屈なんてクソ食らえ、面白いものは面白いんだ。

スピルバーグは本当はこんな映画を作りたかったんじゃないの、なんて言ったらかなり失礼かもしれないが。汚い言葉(curse word)連発の映像に、映画ファンならずとも喜んでしまうのは、当たり前の話だけれど、なかなか映画製作者もここまでやるのは珍しい。『テッド』(Ted・2012年)が大ヒットしたのも、そんな欲求不満解消映画だったような気がしているが。

『華麗なるギャツビー』(The Great Gatsby)

2013年・アメリカ 監督/バズ・ラーマン

出演/レオナルド・ディカプリオ/トビー・マグワイア/キャリー・マリガン/ジョエル・エドガートン/アイラ・フィッシャー

F・スコット・フィッツジェラルドが1925年に発表した小説『グレート・ギャツビー』は過去、ブロードウェイ舞台化され、また何度も映画化されていた。今回は2008年12月に『バラエティ』は本作をオーストラリア人のバズ・ラーマンが監督する予定であることを報じた。映画について聞かれた際、ラーマンは裕福な者たちの無責任なライフスタイルを批判するそのテーマであるためによりタイムリーなリメイクになるだろうと答えた。プロジェクトに専念するため、2010年9月にラーマンはオーストラリアから撮影予定地であるニューヨークのチェルシー地区へ家族と一緒に引っ越した。ラーマンは2011年1月にコンシューマー・エレクトロニクス・ショーで『ハリウッド・リポーター』のインタビューに対し、まだどのようなフォーマットで撮影するか決まっていないが3Dの撮影を検討していると語った。2011年1月末時点でラーマンはプロジェクトを進めるべきか疑問を抱いていた。2010年時点ではソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントが準備していると報じられたが、2011年にワーナー・ブラザーズが出資し、全世界で配給する契約を結んだ。

ラーマンは、『華麗なるギャツビー』の出演者を決めるオーディションの検討過程の結果は「非常に勇気づけられた」と述べた。最初にレオナルド・ディカプリオがジェイ・ギャツビー役に決まり、またトビー・マグワイアはニック・キャラウェイ役となった。2010年10月、アマンダ・サイフリッドがデイジー・ブキャナン役の候補に挙がっていると報じられた。翌月、『Deadline Hollywood』は、ラーマンがデイジー役のためにキーラ・ナイトレイ、レベッカ・ホール、アマンダ・サイフリッド、ブレイク・ライヴリー、アビー・コーニッシュ、ミシェル・ウィリアムズ、スカーレット・ヨハンソンのオーディションをして、さらにナタリー・ポートマンも考慮していると報じた。ヨハンソンはキャメロン・クロウ監督の『幸せへのキセキ』を優先し、直後にイギリス人女優のキャリー・マリガンが筆頭候補となっていることが報じられた。11月15日、ラーマンはマリガンがデイジー役にキャスティングされたことを発表した。(Wikipediaより)

時間とお金がかかる映画、そう簡単には1本の映画ですら出来上がらない。原作が古いからといって延び延びになってしまえば、タイミングを逸してお蔵入りになる事も必至。時間とお金をかけても観客が喜んでくれるかどうかは分からない。おもしろくない映画はお金をドブに捨てているようなもの。反対に観客が押し寄せれば、お金を刷っているようなもの。業界に籍を置いた者として、そんなことを肌身に覚えている。

『竜馬の妻とその夫と愛人』

2002年(平成14年)・日本 監督/市川準

出演/木梨憲武/中井貴一/鈴木京香/江口洋介/橋爪功/トータス松本/小林聡美/嶋田久作

今日は2016年10月30日(日曜日)。頭のクレジットで脚本が三谷幸喜だと知って、かなりの先入観をもって観始まった。そんな先入観をはるかに超えて映画はつまらないものだった。最初の5分も観ないうちに、2倍速、5倍速を駆使する羽目となった。

早回ししても何の違和感がないという不思議な現象に出逢うのは、いつものことだから驚きすらない。こんな映画を作る人達が信じられない。2000年の舞台作品で、2005年に再演され、2006年にはニューヨーク公演もしたというから、世の中の多様性を礼賛するしか生きていく道はないと思われる。

坂本龍馬の本当の姿を知らないけれど、美しい偶像のような存在になってしまった彼は、永遠のヒーローとして日本に生き残るのだろう。

『くろねこルーシー』

2012年・日本 監督/亀井亨

出演/塚地武雅/安めぐみ/大政絢/濱田マリ/山本耕史/京野ことみ/佐戸井けん太/生瀬勝久

森裕二企画、正来賢考・汐野翔原案、倉木佐斗志・十月サクヒ著による小説。2012年の1月からテレビドラマにもなっていて、その後に映画化という具合らしい。日本で初めて黒猫をメインキャストにした動物実写ドラマ、という表現はなんか可笑しい。

日本映画にありがちな、怒鳴るか、わめくかといったシーンはなく、珍しく観ていて気持ち悪くならない。主演の二人、塚地武雅と安めぐみのキャラクタに負うところが大きいかもしれない。おもしろくなさそうに始まった話だったが、さらりとかわされる意外性が小さな衝撃として伝わってくる。

猫ブームになる前に作られた? どうだったかは分からないが、何でもブームにしてしまう日本人の商売根性は大したものだ。諸外国なら、そんな子供騙しに踊らされるなんて、と顰蹙を買ってしまうが。 ロリータ衣装で町を歩けるのは日本だけだ、と外国人が日本に憧れるなんていう、変なクール・ジャパンが実は本音の日本。あぁ~、何処までも成長できない日本、日本人がいつまで続くだろうか。結構悪くはない、と、失ったときに初めて気づくかもしれない。

『マンハッタン無宿』(Coogan's Bluff)

1968年・アメリカ 監督/ドン・シーゲル

出演/クリント・イーストウッド/リー・J・コッブ/スーザン・クラーク/ドン・ストラウド

学生時代のまっただ中に公開されたこの映画、暇な時間を持て余していたくせに映画をほとんど観ていなかった。もったいなかったと悔やんでいるからこそ、今、一所懸命映画鑑賞という作業に必死になってしている。

クリント・イーストウッドの映画は、自分で監督しなくてもおもしろい。こんな遅いデビュー近くの映画だって、今と同じようなおもしろさを持っている。一貫している。偉そうに、頭よさそうに、他人をコンサルティングして金を稼いでいる輩には、この映画の面白さが素直に伝わらないだろう。

カーボーイ・ハットが似合う役者もそう多くはない。今どきの役者なら、値段の高そうな帽子という印象だけで、その姿から匂ってくる草原や牛の香りは一切しない。日本の今どきだって、東京から遠く離れて、東京なんてなんぼのものや、と粋がってみたって、結局は自分の田舎っぺぶりを披露しているだけでしかない。

『グッドフェローズ』(Goodfellas)

1990年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/レイ・リオッタ/ロバート・デ・ニーロ/ジョー・ペシ/ロレイン・ブラッコ

マフィア界で生きた男の実話を元にして書かれたニコラス・ピレッジのノンフィクション『Wiseguy』を原作としているという。上映時間2時間25分とかなり長い。何度かうつらうつらしてしまった。

直近でマフィアものの金字塔『ゴッド・ファーザー』を見直したばかりだったので、粒の小さいチンピラ・マフィアの自伝のように見えて、ちょっと興醒めしてしまったことが大きな原因だったろう。自分の働いてきた「悪事」を淡々と映像化されても、映画観客としては少し同調出来ないものがあった。

同じような人種がいるマフィア社会、結局は殺しから逃れた者が生き残る定め。そこにまとわりついている男も女も一蓮托生で命運が決まってくる。一般社会以上にトップにならなければハエのような存在に見えてしまう社会。覚悟を決めなければ、あんな社会で堂々と生きて行くことは大変だろうと思いながら観るのは映画だからでいい。

『ニック・オブ・タイム』(Nick of Time)

1995年・アメリカ 監督/ジョン・バダム

出演/ジョニー・デップ/クリストファー・ウォーケン/チャールズ・S・ダットン/ローマ・マフィア

Nick =「刻み」や「溝」と解され、Nick of Time = (その瞬間の)時の刻み =「際どい時」という意味。映画の中の時間と実際の時間がほぼ同じく流れてゆく。ということらしいが、どうにも語感の悪い原題そのままの邦題だ。

ジョニー・デップは、『シザーハンズ』(Edward Scissorhands・1990年)の時から好きな俳優だが、人気の割には興行的にも大きくはじけるまでは時間がかかった。特異なキャラクターを演じることが多いが、この映画は小市民の何処にでもいる感じの市民を演じるには、ちょっと目立ちすぎるかもしれない。

四流映画かな、と思って観ていたが、二流映画に属するような雰囲気。おもしろいようで大したことない。サスペンスのはずなのに、迫力が伝わってこない。空回りという奴だろうか、世の中にはそんな風に自分だけ汗をかいて頑張っているはずなのに、実は周りから見れば大したことのない奴が、ゴロゴロしている。

『ゴッドファーザー』(The Godfather)

1972年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/マーロン・ブランド/アル・パチーノ/ジェームズ・カーン/ロバート・デュヴァル

久しぶりに観てみたくなった。最初から初めての映像のような新鮮さに驚いてしまった。おもしろい映画は色褪せない。177分(2時間57分)という上映時間はいささか長いと思えるが、観ていると終わりがない物語のようで、もっと続いてもいいよと声をかけたくなってきた。

はまり役という言葉があるが、この映画に出演している役者は全員はまり役に見えてくるから不思議だ。要所要所で流れるテーマ曲がまたはまっている。日本映画の時代劇大作では必ずと言っていいくらい群舞と囃子が出てきて映画をぶちこわしているが、この映画にもそういうシーンはあるものの、いかにもファミリーの絆を描くに欠かせないシーンに見えた。うがった見方になってしまうが、そうなんだもの仕方がない。

この映画は、実在の人物と対比して見られるが、アンディ・ウイリアムスしか知識が無く、もっと実在の人物を知っていたら、別の意味でもっともっとおもしろく観ることが出来たのであろう。それにしてもおもしろい。こういうおもしろさを出してくれたら『地獄の黙示録』(Apocalypse Now・1979年)は凄まじく当たっていたに違いない。ボーナスもさらに増えていたことだろう。

『パーマネント野ばら』

2010年(平成22年)・日本 監督/吉田大八

出演/菅野美穂/小池栄子/池脇千鶴/夏木マリ/宇崎竜童/江口洋介

なんとつまらない映画だろう。日本映画なら、当たり前のこととして甘んじて認めなければいけないのだろうか。原作は、西原理恵子の漫画。『新潮45』で2004年1月号から2006年7月号まで間欠的に連載され、2006年9月に新潮社より単行本が出版されたという。

4コマ・ギャグ漫画を繋いだようなストーリーに辟易した。何が起こるわけでもなく、田舎に生きる女の生活をただ面白可笑しく描いているようにしか見えない。瀬戸内海に面したどこかだろうと観ていたが、クレジットによれば撮影は宿毛だったらしい。四国から九州・大分に渡ったときに一度だけ立ち寄ったことがある。ここで宿泊はなく、夜の船底に寝ながら九州に渡るという自作周遊券ルートだった。懐かしいなぁ~。

ぎゃーぎゃー騒ぐか、穏やかに雰囲気だけを醸し出すか、2つにひとつのような日本映画。もっと活発で、活き活きしたストーリーと映像を持った映画を作れないのだろうか。映画原作が1億円で取引されたなんて言う日本では夢のような話があれば、少しはおもしろい脚本を書いてみようかという若者が出てきそうに思うが、期待もするが。

『ディパーテッド』(The Departed)

2006年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/レオナルド・ディカプリオ/マット・デイモン/ジャック・ニコルソン/マーク・ウォルバーグ/マーティン・シーン

たしか香港映画のリメイクで、かなりおもしろかったなぁ~と思いながら観始まった。めちゃめちゃおもしろいのは間違いなかった。2002年から2003年に架けて3作品製作された大ヒット香港映画『インファナル・アフェア』のリメイク作品だと分かった。覚えられない。

アメリカお得意の警官もの。そこにマフィアが登場するので二重におもしろい。第79回アカデミー賞作品賞受賞作品(外国映画のリメイク作品としては史上初である)。原題である「The Departed」 とは「分かたれたもの」転じて「体から離れた死者の魂」の意。単純に、「死んでいったやつら」、「逝った野郎たち」とも訳すことができる。R15+指定作品。この作品でレオナルド・ディカプリオはマーティン・スコセッシと3度目のタッグを組んだ。 また、この作品のビリー・コスティガン役でニューズウィーク誌に「この役でディカプリオの新たな時代が到来した」と絶賛された。(Wikipediaより)

どんでん返しという言葉があるが、この映画を観ればどんでん返しなるものがどういうことかを理解することが出来るだろう。そのあたりがおもしろいが、これは観たことのある人だけの喜び。まだ観ていなかったら、是非この映画を観て、生きている喜びを感じて欲しい。

『ダーティハリー3』(The Enforcer)

1976年・アメリカ 監督/ジェームズ・ファーゴ

出演/クリント・イーストウッド/タイン・デイリー/ハリー・ガーディノ/ブラッドフォード・ディルマン

このシリーズはテレビ放映が激しい。視聴率の分析も間違いなくあるのだろうから、各局は他局の放映が近かろうとお構いなしに見える。記憶力のいい視聴者ならシリーズ何番目の映画がどういう内容なのか覚えているだろうが、忘れることが得意なこちとらにとって録画することさえ迷っている。

この3番目はたぶん観ていないような気がした。特徴のある映画なので、どこかではっとして観たことを確認することが出来るはずだ。こういう映画をリアルタイムで観ていないことは、実に恥ずかしい。ヘラルドの経理部時代で、ちょうど40年前、その当時のオフィス・コンピューターに経理システムを構築していた時代だった。

毎日1人で夜遅くまで仕事をしていた。何ヶ月も続いていた。コンピューターを分かる人間が他には誰もいなかったので、外部の会社の人とシステムを作ったのだが、夜の仕事はいつも一人、未だに誰にもその苦労? を喋ったことはない。家族だって理解してくれるはずもない。日曜日に昼の2時過ぎまで寝ていたことが良くあった。懐かしい生きていたときの記録として、娘たちが読んでくれたら嬉しいけれど。

『ボビー・フィッシャーを探して』(Searching for Bobby Fischer)

1993年・アメリカ 監督/スティーヴン・ザイリアン

出演/マックス・ポメランク/ジョー・マンテーニャ/ジョアン・アレン/ベン・キングズレー

邦題しか知らなかったが、そもそもの原題がそうだったんだ。リアルタイムではこの格好良い題名に惚れた。実在のボビー・フィッシャーなるものがどんな人間なのか Wikipedia には以下のように書かれている。

ボビー・フィッシャーは、冷戦下にソビエト連邦の選手を下し、アメリカ合衆国歴史上、初となる公式世界チャンピオンになったことで、英雄としてもてはやされた。しかし、奇行や反米、反ユダヤ的発言により、反発を買い、「幻の英雄」とも呼ばれている。対ユーゴスラビア経済制裁時に当地で試合をしたことでアメリカ政府に起訴され、滞在中の日本で拘留されたが、以降はアイスランドの市民権を得て余生を送った。あえてタイトルを放棄したり、試合を拒否したり、あるいは長年に亘って失踪したりするなど、ミステリアスで数奇な人生もよく知られる。

欧米発祥の遊びは高等だと欧米人は思っている。コンピューターに負けたのはチェスが早く、将棋はつい最近になってようやく敗れるようになった。囲碁も負けるニュースが話題になってきたが、まだまだこの複雑なゲームを完璧に打ちのめすことが出来るかどうかは微妙。時間の問題だと思われているが、コンピューターが連戦連勝の時代は本当に来るのだろうか。

『ヒロイン失格』

2015年(平成27年)・日本 監督/英勉

出演/桐谷美玲/山﨑賢人/坂口健太郎/福田彩乃/我妻三輪子/高橋メアリージュン/濱田マリ/竹内力

こんなくだらない話が映画になる今の日本を憂う。漫画が原作だって別に構わない。ただ、漫画をそのまま映画にするなんていう素人根性が気にくわない。映画化というのは、そのまんま映像化することではなく、その原作の精神に基づき、真髄を映像化して初めて映画となるのだ。

それにしてもくだらない。勿論早回しで大部分を消化したが、まぁ桐谷美玲の顔だけ見ていれば、文句も少なくなろうというもの。ギスギスの体つきはちっとも魅力が無い。女の子たちはなんか勘違いをしている。痩せていればいいというものではない。ふくよかな女性が一番いいに決まっている。

日本のコメディーは何故こんなにダサイのだろうか。笑え!笑え!と演技されて、笑うのは、そのへんの馬鹿な家族ぐらいだよ。もう少し生きていることを謳歌できるような粋な笑いを提供しないと、このインターナショナル時代にほとんど置いてかれてしまいそうな様相だ。

『シックス・センス』 (The Sixth Sense)

1999年・アメリカ 監督/M・ナイト・シャマラン

出演/ブルース・ウィリス/ハーレイ・ジョエル・オスメント/オリヴィア・ウィリアムズ

BABY MATAL の YouTube 映像を見ながら書いている。24インチワイド画面で大きな音を出しているが、まだCDレベルでの音を聞いたことがなかったな~、と急に欲しくなってきた。YouTube には溢れるほどの彼女たちのパフォーマンスが世界中からアップされている。

高校時代にはまった Beatles 以来だろうか。こんなにひとつの音楽バンドが好きになる事なんかなかった。50年ぶりだな。アイドルとはほど遠いところを歩いてきた自分だが、アイドルにはまっているわけでもない。やっぱりあの音、雰囲気、曲の成り立ちだろう。YouTube での再生回数は1千万回を超える動画が何本もある。

Babt Matal Official と称して、公式に YouTube を使って音楽を全世界に拡散する方式が時代の生んだ象徴のようだ。もっとも、映像じゃなくてナマの方が、もっといいに決まっている。それは終生変わらないだろう。以前観たときにおもしろくないと思っていたこの映画、気を取り直して見直したつもりだが、おもしろくないことに変わりはなかった。全世界でヒットしているのに、この映画にはのれない。

『もういちど』

2014年(平成26年)・日本 監督/板屋宏幸

出演/林家たい平/福崎那由他/富田靖子/ゴリ/大野百花/渡辺正行/小倉久寛/熊谷真実/三遊亭金馬

落語家の林家たい平が、落語との出会う機会を増やすために、いろんなボールを投げたいという活動の一環として、今回の映画を企画。江戸から明治へ移り変わろうという時代の長屋を舞台にしている。人生の再出発を描いた人情味あふれる感動物語となっているが、落語の入門編にもなる作品に仕上がっているという。撮影は東京都にある深川江戸資料館の、深川の町並みを再現した展示室を「そのまま」撮影セットとして使った。劇中に登場する落語は、猫の皿、二人旅、初天神、子ほめ、味噌豆、狸の札、時そば、藪入り である。(Wikipediaより)

いつもの大喜利で林家たい平が映画を作ったらしいという話はだいぶ前に聞いていた。作ったのではなく単に映画出演をしただけかと思っていた節がある。落語家らしい企画でおもしろい発想だ。『あかね空』(2007年・内野聖陽/中谷美紀)を観たときのテイストが蘇ってきた。

『アイコ十六歳』(1983年・日本ヘラルド映画配給)の時に将来の大物女優を予言した富田靖子が、まだまだ大器晩成の途中で登場している。ちょっとした老け役が似合っているところを見ると、あと数年したら、ブレイクするかもしれないという予感がした。というより、ブレイクして欲しいと願っている私がいる。

『台北に舞う雪』(台北飄雪)

2010年・中国/日本/香港/台湾 監督/フォ・ジェンチイ

出演/チェン・ボーリン/トン・ヤオ/トニー・ヤン/モー・ズーイー/ジャネル・ツァイ

日本映画の一番悪いところを取り入れたような出だしに、いきなり2倍速で観始まった。おもしろくないわけではなかったが、字幕も付いているし、中国語なんてちんぷんかんぷんだから何の抵抗もなく最後まで行ってしまった。

よく映画フィルムを編集するシーンが思い出されるが、こうやって早回しで編集後に観ることを関係者にお奨めする。これで問題ないのなら、エピソードを2倍鏤められて、映画もモット充実したものになろうというもの。なんて勝手なことを言えるのは素人の為せる技。映画製作ほど面倒で複雑で、時間のかかるものはそんなにあるはずがない。

結構おもしろく観ていたのに、またちょっとばかり寝てしまった。立っているより、座っているより、横になっていたいと思う時間が多くなっている。そんなに簡単に死ねないようだが、明日目が覚めたら天国だったなんていうことにならないかなぁ~、と毎日夢みている。

『ザ・ロック』(The Rock)

1996年・アメリカ 監督/マイケル・ベイ

出演/ショーン・コネリー/ニコラス・ケイジ/エド・ハリス/ジョン・スペンサー

おもしろい。長い、2時間15分。おもしろいのに途中で眠ってしまった。ちょっと前にしょっちゅうそうだったことを思いだした。肝心なシーンではなかったのでそのまま観続けた。20年前の映画か~、何をしていたんだろうかこの時期。この映画の情報すら頭に入っていない。余裕がなかったんだろうな、きっと。

アメリカ大統領の決断を見る。81人の人質と救出に行った海兵隊の命よりも、8万人の命を優先することに躊躇いはない。日本の事件で、犯人を説得するなどという幼稚園のような仕草はお笑いぐさだ。そのうち、そんな悠長なことをしている暇が無いほどの事件が頻発するだろう。

一人の主演役者だけで大枚を払わなければならないアメリカ映画、この頃では役者もろくに配されない映画ばっかりで、映画界の危機状態は深刻だ。大昔の映画で、ショーン・コネリーがイギリスでの諜報員だったことをうまく利用している役やセリフがいかしている。アクションだって上手く撮られていて拍手ものだ。

『雲のむこう、約束の場所』(The place promised in our early days)

2004年(平成16年)・日本 監督/新海誠

出演(声)/吉岡秀隆/萩原聖人/南里侑香/石塚運昇/井上和彦/水野理紗/木内秀信/中川里江

新海誠監督の最新劇場ロードショー作品『君の名は。』公開記念と銘打って放映された。この監督の名前すら知らない。君の名は。が大ヒットしているという話を最近聞いたばかり。映画業界人だったことなど、何の意味を持たないほど映画の隅々まで気が行き渡らない。

『君の名は。』『シン・ゴジラ』ヒットに沸く東宝。という見出しがネット・ニュースに躍っている。ゴジラは東宝の命みたいなものだから、力のかけ方が違う。君の名は。は予想を超えるヒット現象に違いない。主なターゲットが若い層だとは思うがs、何処に惹かれるのか聞いてみたい。アニメの嫌いなところは、女の子も男の子も、アイドルじゃあるまいしみんな同じような顔に見えること。そのほかにも嫌いなところはいっぱいあるが、普通のアニメファンからも後ろ指さされるようで怖い。ゴメンナサイ。

なんか私にはこの映画の良さが分からなかった。きっといいところがあるのだろう、などと思いもしないことを言うつもりも無い。それぞれの人が、それぞれの考えで生きて行くのは大原則。相手の立場になって理解することは必要ない。というか、価値観が違えば理解することなんか出来ないのが普通。話し合いや会議の中で、反対意見を持つ人を説得するのは希にしか起こらない。それでも相手の言っていることを聞く耳だけは持たなければならない。もしかすると、万が一に自分の考えを修正する時に非常に役に立つことがあるから。

『乱気流/タービュランス』(Turbulence)

1997年・アメリカ 監督/ロバート・バトラー

出演/ローレン・ホリー/レイ・リオッタ//ヘクター・エリゾンド/ベン・クロス

めちゃくちゃ四流映画の雰囲気がぷんぷんしながら映画は進行していく。いいんだよね~、この雰囲気が。なまじ格好を付けて監督の私的感情だけで作られている一流映画もどきに比べたら、はるかに四流映画の方がおもしろい。

もう20年前の映画になるが、この頃でも普通のパニック映画じゃ飽き足らないと、様々なテクニックを使って、航空パニックを演出している。四流映画の真骨頂ここにありといった感じだ。主演のローレン・ホリーは第18回ゴールデンラズベリー賞最低女優賞にノミネートされた。という。さもありなん。

飛行機の尾翼に一瞬鶴のマークが見えて、あれっ!と思った。ら、作中に登場するトランス・コンチネンタルの塗装は日本航空の2代目鶴丸塗装をベースにしている。(尾翼のマークは首がない鶴丸マーク、側面は赤色と灰色の塗装)という情報があった。映画製作裏方の仕事ぶりが偲ばれる。

『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』

2010年(平成22年)・日本 監督/入江悠

出演/山田真歩/安藤サクラ/桜井ふみ/増田久美子/加藤真弓/駒木根隆介/水澤紳吾/岩松了/上鈴木伯周

私がコメントするほどではないので、以下 Wikipedia からの引用にすべてまかせる。2010年に公開された日本映画。2009年に公開された『SR サイタマノラッパー』の続編。2009年の第19回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門でグランプリを獲得し、そのグランプリの副賞である次回作支援で制作された。

埼玉のラッパーSHO-GUNGのIKKUとTOMは、今は亡き、タケダ先輩が生前に“伝説のライブ”を行ったといわれる群馬の田舎(こんにゃくが名産なことから設定は群馬県西部地域の田舎と思われる)を訪れ、実家のこんにゃく屋で働く女アユムに道を尋ねる。

アユムは、かつて高校生の時に“伝説のライブ”に参加していたタケダ先輩の一番弟子と自称する女子ラッパーだった。忘れていたラッパーの夢を思い出し、偶然にも旅館が借金まみれで東京から帰ってきたミッツー、ソープ嬢のマミー、走り屋のクドー、父が市長選挙で忙しいビヨンセらと再会し、ライブを再び夢見て活動の再開を目指す。高校時代に結成し5人組ラップ・グループ“B-hack”ははたして復活することができるのか?レコード屋もお金も彼も無し、そんなさえないアラサー女子ラッパーたちの夢は実現するのだろうか?高校生の頃の夢と、今それぞれがおかれているリアルな困難と別れ。そんな20代後半女子の夢と日常を時に切なく、コミカルに描く。~最後の葬式シーンでラップする若者たち。ここで、はっと驚くほどのラップを見せられなければ、何の意味もないのに。

『銀座カンカン娘』

1949年(昭和24年)・日本 監督/島耕二

出演/高峰秀子/笠置シヅ子/灰田勝彦/古今亭志ん生 (5代目)/浦辺粂子/岸井明/服部早苗/山室耕

「カンカン」とは山本嘉次郎(映画監督、俳優、脚本家、随筆家)の造語であり、当時の売春婦の別称「パンパンガール」に対して「カンカンに怒っている」という意味が込められている。これは1947年に発売された『星の流れに』と同じ意味合いであり、戦後の暗い世相を嘆いた山本の心の叫びであった(CD集「懐古・昭和歌謡」曲目解説書(解説:森島みちお)より)。高峰秀子が「カンカン娘ってどういう意味なんですか?」と作曲の服部と作詞の佐伯に尋ねたところ、二人とも知らなかったという逸話がある。(Wikipediaより)

子供の頃、特に小学校の低学年だったと思うが、笠置シヅ子をよくテレビで見た記憶がある。電気屋の息子の特権で小学1年生からテレビを見られたのは、この歳の人の中では希なことだったはず。美空ひばりも頻度が高かった。

映画は時代を映す。自分の生まれた年近辺の様子が映像で見られるのは、懐かしいと言うより、ある意味新鮮だ。こんな記載もあった。ラストで昭和の大名人である古今亭志ん生 (5代目)が元帳(替わり目)を演じており、演映像がほとんど残っていない志ん生の高座姿を偲ばせる貴重な記録となっている。また、途中に独りで疝気の虫を稽古するシーンもある。高峰秀子の他に笠置シヅ子、岸井明、灰田勝彦らこの時代を代表するエンターティナーが劇中で主題曲を歌っており、四人四様の銀座カンカン娘を聴く事ができる。

『超高速!参勤交代』

2014年(平成26年)・日本 監督/本木克英

出演/佐々木蔵之介/深田恭子/伊原剛志/寺脇康文/上地雄輔/知念侑李/柄本時生/六角精児/市川猿之助/石橋蓮司

主演の佐々木蔵之介がテレビで映画の宣伝をしこたまするものだから何の映画だろうと訝っていたら、この映画の2作目『超高速!参勤交代 リターンズ』だった。2作目が公開されるというので前作を放映する方式は、今や王道の映画宣伝となった。同じことをやってそれが宣伝と呼ばれるほど、宣伝道は地に堕ちたとも言える。

題名といい、内容もどう考えても漫画原作だと思っていたら、脚本が最初だった。2011年に第37回城戸賞を全審査員満点で受賞して、その後小説は2013年に講談社から刊行されたらしい。とりあえず、落語のつかみのようなものは面白いが、その後の展開が糞詰まりのような感じで、ハードルを超えられなかった雰囲気。

この女誰?と思って観ていたら、なんと深田恭子だった。そういえば、宣伝の中で彼女の名前も出ていたな~。好きな女性だが、太ったり痩せたりと、体重コントロールがままならない苦労が伝わってくる。今回のやせ形女郎役は悪くない。べたべたの喋りが少なく、ホンモノの女優になりつつあるような。それにしてもテレビで見る顔ばっかりで、映画というスクリーンの魅力が半減の半減くらいの価値もなさそうな気配が気になる。仕方ないかっ!

『フローズン・タイム』(Cashback)

2006年・イギリス 監督/ショーン・エリス

出演/ショーン・ビガースタッフ/エミリア・フォックス/ショーン・エヴァンス/ミシェル・ライアン

恥ずかしくてこんなランキングを発表してくれるな、と言いたいだろうな関係者たち。映画館大賞「映画館スタッフが選ぶ、2008年に最もスクリーンで輝いた映画」第91位。ランキングされるだけましかもしれない。だって、おもしろくないもん。

もともと『CASHBACK』という、原題と同じ短編映画をエリスが製作したところ、第78回アカデミー賞の短編賞にノミネートされた実績から、長編映画化されたらしい。監督はヴォーグやハーパース・バザーで活躍する写真家のショーン・エリス。同じようで、ちょっと違う業界の人間が監督する映画は、どこかポイントがずれている場合が多い。

途中から2倍速で見るのがちょうど良かった。新しい部屋になって映画を見続ける姿勢が確立出来ないでいる。大袈裟なはなしではなく、どうしてよいか分からなく身体をもじもじさせながらの鑑賞は、気持ちが落ち着かなく、集中して観ることに徹しきれない。なんか嫌な気分だ。

『ドノバン珊瑚礁』(DONOVAN'S REEF)

1963年・アメリカ 監督/ジョン・フォード

出演/ジョン・ウェイン/リー・マーヴィン/エリザベス・アレン/ジャック・ウォーデン/ドロシー・ラムーア

ジョン・ウェイン56才、リー・マーヴィン39才の時の映画。この二人が共演しているとは思わなかった。ジョン・ウェインは1976年まで映画に出ている。この映画の13年後だ。ちなみに監督ジョン・フォードはこのとき69才、3年後の1966年まで劇場映画を監督し、生涯136本の映画を監督。

他愛ないはなしではあるが、何故かほっとする映画だ。西部劇でなくても、男らしい男を描いてみせる。男だ女だと意識していた時代とうって変わって今や、男なのか女なのか分からない人種が闊歩している。特別に批難される事ではないが、生きているといろいろなことに出会うなぁという感慨にむせぶ。

50年以上前の映画にもハワイでの日系人が色濃く映し出されていた。男も女も和服を着ている人間がいる。主人公の家にいる女中さんは二人とも日系人の設定のようで、主人の帰りを「おかえり」と迎える。「おかえりなさい」と言わないのは愛嬌か。畳の部屋も出てくる。その部屋が使われているシーンはないが、靴のままでずかずかと上がり込むあたりは、愛嬌を超している。住民の東洋人は中国人ばかり、このあたりは現在と同じ。アメリカ人に日本人と中国人を区別する術はない。また、何処にでも出没する中国人がいつの時代にもうざったい。

『星守る犬』

2011年(平成23年)・日本 監督/瀧本智行

出演/西田敏行/玉山鉄二/川島海荷/余貴美子/中村獅童/岸本加世子/藤竜也/三浦友和

村上たかしによる日本の漫画作品、『漫画アクション』(双葉社)にて連載された。2011年現在、単行本は2巻(『続・星守る犬』)で完結しているという情報があった。知らないところに知らない題名があって、映画化もされている。実社会に生きていないと、いろいろなことが新鮮で反吐が出るほどだ。

最後まで早回しすることなく観た。が、途中でうとうととすることが何度かあった。この映画よく分からない。活字で読む原作なら、もう少しメリハリがあるだろうか。尤もらしいいい話にしようとしている意図を感じる。ちょっとばかり、人生が呆けている。

結局題名のように「犬」が主人公のような描き方になっている。大したことないことを、さもありなんといいた具合に筋を進めて行くのが心苦しく感じる。心と身体に感じるものが、希薄。日本映画の限界を見る。

『ペントハウス』(Tower Heist)

2011年・アメリカ 監督/ブレット・ラトナー

出演/ベン・スティラー/エディ・マーフィ/ケイシー・アフレック/アラン・アルダ/マシュー・ブロデリック

単なる「屋根裏部屋」のことなのか、あのポルノ雑誌のことなのか、この映画の原題の由来も他の何の情報も無く観始まった。いつも言う通り、情報が無いなら全くない方が、少なくとも出だしの時間を多いに楽しめることは確実だ。20分もすると、ほんとうにおもしろいかどうかを判断できる。今夜続きが観られると嬉しいのだが。

結局昨夜は観ることが出来なかったが、今朝昔のように午前中にとりあえず1本を観る、ということが出来た。大リーグ優先の日もあるが、今朝はアメリカ時間の日曜日、日曜日は昼間の試合がほとんどで、日本の放送は深夜の場合が多い。

Wikipediaによれば、クライムアクションコメディエンターテインメント映画とジャンル分けをしている。ニューヨークマンハッタンの超一等地にそびえ立つ、全米一の最高級マンション「ザ・タワ-」。そのペントハウスに住む大富豪と、主人公はそのタワーの管理マネージャーとが起こす事件(コメディ)の話。アメリカ映画らしく、まさしくエンターテインメントに徹している。女の存在も必ずあるのがアメリカ映画。単純におもしろい時間を潰せる。

『ガス燈』(Gaslight)

1944年・アメリカ 監督/ジョージ・キューカー

出演/イングリッド・バーグマン/シャルル・ボワイエ/ジョゼフ・コットン/メイ・ウィッティ

劇場映画の原点のような存在感いっぱいのこの映画。当然観ていて、この欄にも書いてあると思っていた。その時の文章をそのまま掲載して今日はお開きにしようと考えていたら、何とこの映画の掲載がなかった。1940年の英国版と1944年の米国版があり、イングリッド・バーグマンがアカデミー主演女優賞を受賞した後者がよく知られている。という付録的なことを知った。

 実は、この映画の女優はビビアン・リーだとずーっと思っていた。今回、まだ観始まったばかりだが、あれっ! えっ! 顔が違う、となってイングリッド・バーグマンだったんだと再認識させられた。観ているがおもしろくない。私の一番嫌いな話が進まないというやつだ。同じことを堂々巡りのように表現している。この映画はこのあたりまでで充分だと思えてきた。

少し飛ばしてしかもその後は倍速を駆使して観終わった。ややおもしろさが出ているが、ちょっと演技オーバー。そんなことが言えるのは、だいぶ年月を経た映画だからこどだろう。当時では間違いなく拍手喝采の映画だったに違いない。

『グッモーエビアン!』

2012年(平成24年)・日本 監督/山本透

出演/麻生久美子/大泉洋/三吉彩花/能年玲奈/塚地武雅/小池栄子/土屋アンナ

なんとまーたくさんの企業がこの映画に出資している。冒頭のクレジットに現れた会社名のなんと多いことか。危険負担というか、大した金額でなければ、儲けが無くても担当者が厳しく責任を取らされることもないわけだ。冒頭には、こんな意味深な言葉が書かれていた。この映画のオリジナルとは思えない、どこかで見たことあるような。

あなたが生まれたとき あなたは泣いて まわりはみんなわらっていたでしょう だからあなたが死ぬときは まわりが泣いて あなたが笑っているような そういう人生を歩みなさい

4日目にしてようやく観終わった。こんなペースはここ6年で初めて、まだまだ余波が残っている。意外とおもしろかった。ほとんどがおちゃらけている日本映画とさほど変わった様子は見られなかったのに、なにかが違う。主演クラスの三吉彩花が、毎週土曜日のお昼に見ている番組のサブ司会者をしていて馴染みがあったり、嫌いではない顔立ちの影響は大きいかもしれない。能年玲奈も飛んでいておもしろい。大泉洋の振る舞いも悪くはない。優等生的人生をあからさまに否定している姿勢がいいのかもしれない。なるほど、「ロック」とはそういうことだったのか。下手くそな歌を引っさげて、ロッカーと称している偽物たちの心意気だけは理解できたような気もする。これからは、どうしようもない「ロッカー」にも好意を持つことにしよう。

『ダレン・シャン』(Cirque du Freak: The Vampire's)

2009年・アメリカ 監督/ポール・ワイツ

出演/クリス・マッソグリア/ジョシュ・ハッチャーソン/ジョン・C・ライリー/マイケル・セルベリス/渡辺謙

この題名は? と思ったら、『ダレン・シャン』(The Saga of Darren Shan)シリーズは、同名の作家ダレン・シャン著の児童向けのファンタジー小説。全12巻(外伝を含むと全13巻)ということだった。

どうみても渡辺謙らしき登場人物がいた。どこから見てもそう見えるのだが、日本人には見えないし、アジア人でもない、アメリカ人の異種のような顔立ちで驚いた。児童向けのファンタジー小説と聞いて、ちょっと納得したが、アメリカ人オタク向けの童話じゃないかと思いながら観ていた。

ドラキュラの話か~と分かってから、一向に話が進まなくなって、しっかりと深い眠りに陥った。渡辺謙のクレジットを確認することなく映画は終わってしまった。物語の第一章目となるこの映画だが、興行成績も全く奮わず原作ファンの評判も悪いため、次回作の制作は白紙状態である、という記載を見つけたが。奇妙なサーカス団、シルク・ド・フリークの公演というくだりだけは、妙に興味のわく映像だった。

『コクリコ坂から』(From Up On Poppy Hill)

2011年(平成23年)・日本 監督/宮崎吾朗

出演/(声)長澤まさみ/竹下景子/風吹ジュン/岡田准一/大森南朋/石田ゆり子/内藤剛志/風間俊介/香川照之

こんな基礎情報新鮮に聞こえるほど無知な自分がいる。~佐山哲郎の原作、高橋千鶴の作画による日本の漫画、およびそれを原作としたスタジオジブリ製作のアニメ映画である。タイトルの「コクリコ」は、フランス語でヒナゲシを意味する。本作の街並みなどの情景は、横浜をイメージして描かれている。原作漫画は、『なかよし』(講談社)にて1980年1月号から同年8月号まで、全8話が連載された。単行本は同社より全2巻が刊行された。また、2010年に角川書店より新装版、2011年に同社より文庫版が発売された。

声の出演者の名前を見ていたら、これは実写映画じゃないかと勘違いするくらいの豪華さだ。坂本九の歌う「上を向いて歩こう」が何度も流れていて、自分の生きてきた時代が背景なのかと。そんな時代に高校生が「カルチェラタン」なんていう妄想をしていた? 大学生だったんじゃないのと、ちょっと首を傾げる。

アニメーション映画だと、他のことをしながらの鑑賞で充分な私の場合。梱包材の発泡スチロールをゴミ袋に小さく砕きながらの鑑賞となった。それにしても日本の商品には無駄な包装が多い。捨てても捨てても捨てきれない包装紙。これも生きているうちの楽しいことのひとつなのだろうか。無駄もいい加減にしないと。

『パイレーツ・ロック』(The Boat That Rocked)

2009年・イギリス/ドイツ 監督/リチャード・カーティス

出演/フィリップ・シーモア・ホフマン/トム・スターリッジ/ビル・ナイ/ウィル・アダムズデイル

ブリティッシュ・ロックが世界を席巻していた1966年。民放ラジオ局の存在しなかったイギリスでは、国営のBBCラジオがポピュラー音楽を1日45分に制限していた。若者の不満が渦巻く中、イギリスの法律が及ばない領海外の北海に、24時間ロックを流し続ける海賊ラジオ局“ラジオ・ロック”が誕生、熱狂的な支持を集める。(alllcinemaより)

なかなかおもしろいと思っていたら、やっぱり、「ラブ・アクチュアリー」のリチャード・カーティス監督作品だという。あれだけおもしろい映画を作る人の作品には狂いがない。実際にあった話だと言うが、国営のBBCラジオがポピュラー音楽を1日45分に制限していた、というのも本当だったんだろうか。

とりとめのない音楽映画のように見えて結構奥深い。無邪気に楽しめてしまうところがいい。「パイレーツ・オブ・カリビアン」がヒットしたからといってこの邦題はいただけない。日本的に『ロックのラヂオ』とかしたらいいかも。

『トラ・トラ・トラ!』(Tora! Tora! Tora!)

1970年・アメリカ 監督/リチャード・フライシャー/舛田利雄/深作欣二

出演/マーティン・バルサム/ジョゼフ・コットン/山村聡/田村高廣/三橋達也

監督降板劇の真相はいまだに不明な点が多いが、以後日本では、黒澤の「気難しい完全主義者」というイメージが強くなったとも言われる黒澤明降板劇で有名なこの作品、リアルタイムで観ていないことは確かだが、40年後にようやく観ることになった情けない映画人生。観たはずなのに、出だしから新鮮過ぎて驚いてしまう。

続きはあした。と、書いたがまだ序盤戦。凜々しい日本海軍の軍人たちが眩しく見える。アメリカのシーンになって吹き替え版になってしまった。急に映画の品格が落ちたような印象は拭えない。映画の製作者のせいではなく、テレビ局の放映担当者の責任だが、日本人が日本語を喋っているのに、その横でアメリカ人も日本語を喋っていることが、あまりにも不自然だ。そう思わないテレビ局はクソである。てなことで、中途半端なままで2週間もほったらかしにしなければならない事態は苦しいが、また。

2週間の空白期間に何本の映画を観溜め出来るのだろうかと楽しみにしていたが、結局観た映画は3本しかなかった。2本の題名は覚えているが、もう1本の題名が出て来ない。酷いものだ。ところでこの映画は? まぁ~、可もなし不可もなし、といったものか。爆撃シーンに拘るのは製作者の常、実は観客はもっと人間ドラマが観たいのに。

『夏の庭 The Friends』

1994年(平成6年)・日本 監督/相米慎二

出演/三國連太郎/坂田直樹/王泰貴/牧野憲一/戸田菜穂/淡島千景/寺田農/柄本明

おもしろくない。神戸市を舞台とし、セリフは全編神戸弁で演じられている。と書いてあったが、そんな関西弁ぽい雰囲気すら感じなかった。活字なら期待できそうな空気だけは感じたが、いまさら何を語りたいの、と場違いな疑問が起こるほど。

ヘラルド・エースが配給して、戸田菜穂がずいぶん若いな~ということが唯一印象的だった。クソミソに言ってしまうが、自分の人生にはこういう物語を理解できる余裕はなかったし、今もない。良質な観客だけが心に刻むことが出来る映画だろう。

人の死について興味を抱いた3人の少年、木山諄、河辺、山下らは、近所に住む変わり者の老人・喜八に目をつけ、彼がどんな死に方をするかを覗こうとする。3人に気づいた喜八は、最初は怒り出すが、やがて彼らはうち解けはじめ、男の子たちは老人の草むしりなどを手伝う仲になる。喜八から、子供達は、古香弥生という女性と結婚していたが別れたという話や、戦争中にジャングルの小さな村の身重の女の人を殺した話などを聞く。3人は古香弥生を探し当て、老人ホームを訪ねるが、弥生はボケているのか夫は死んだと答えるばかりだった。だが部屋には担任の静香先生がいた。静香は何と弥生の孫だった。彼女は喜八の話を聞き、彼のことを自分の祖父に違いないと確信するが、訪ねられた喜八はそれを否定し…。(Wikipediaより)

『16ブロック』(16 Blocks)

2006年・アメリカ 監督/リチャード・ドナー

出演/ブルース・ウィリス/モス・デフ/デヴィッド・モース/ジェナ・スターン

観始まったばかり。明日も観終らないかもしれない。と、昨日書いた。用事があって夕方戻り、さて昨日の続きを観ようと思って録画機を起動した。いざこの映画を観ようと思ったら、いきなりの最初の画面から始まった。なんのことはない、昨夜続きを観ていたようだ。あまりにもあっけなく何事も変化せず終わったものだから、印象に薄かった。というか、やっぱりボケも進行しているような気がしてならない。

アメリカの警察ものは間違いなくおもしろい。だが、この映画は警察ものでありながら、一向に話が進んでいかない展開に苛立つ。主人公以外の警察署員が、警察署長を含んでグルになって悪いことをしている。こういう状況になったら、人間は一体どうすればいいのだろうか。

そんなことが自分の周りで起こることはないであろうが、万が一に起こったとしたら、自分は何もしないで一人で地獄に堕ちていくだろう。そうするしかその状況を抜け出す方法は見つからない。どれだけ努力したって、人間社会という奴は、そんなことを認めてくれる人は、まずいない。あるのは結果だけ、とスポーツ社会とちっとも変わらないのが普通の状態だ。

『映画 鈴木先生』

2013年(平成25年)・日本 監督/河合勇人

出演/風間俊介/浜野謙太/窪田正孝/山口智充/田畑智子/でんでん/富田靖子/斉木しげる

始まってものの1分もしないうちに、漫画原作を察知できる映画。漫画原作が悪いことはない。今ではもう漫画原作が枯渇してしまっているくらいだ。一所懸命マンガを読んでいたのは小学校の時代。「少年サンデー」と「少年マガジン」が発売されて、現在の日本の漫画カルチャーの草分けとなったことを体感している。オタクにならなかった、なれなかったのには何か理由でもあるのだろうか。自分では分析できない。

原作は、『漫画アクション』2005年6月7日号より2011年1月18日号まで不定期で連載していた。単行本は全11巻が刊行されている。2007年、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。その後2011年5月8日号より2012年11月6日号まで、過去を舞台とした『鈴木先生外典』が不定期連載された。2011年、テレビ東京にてドラマ化された。そのドラマ作品が高い評価を受け、さらにその劇場版であるこの映画が2013年に公開されたという。

映画はきわめてつまらない。教訓的なことを差し込めば、ストーリーや思想が評価されるかと言えば、それは大きな間違いだ。現象的なことが非常に非社会的なことがたくさん描かれており、自分のような古い人間には不愉快な感覚しかもたらさない。幼児性と稚拙性の積み重ねの産物だとしか思えない。

『アンダーグラウンド』(Underground)

1995年・フランス/ドイツ/ハンガリー/ユーゴスラビア/ブルガリア 監督/エミール・クストリッツァ

出演/ミキ・マノイロヴィッチ/ラザル・リストフスキー /ミリャナ・ヤコヴィッチ

ベオグラードを舞台に、第二次世界大戦からユーゴ内戦まで、ユーゴスラビアの激動の歴史を描いている。ヘラルド・エースの配給作品だと調べてから分かった。そうか、私はもうヘラルドを辞めてしまっていたんだ。

私のような人間ではユーゴスラビアの歴史なんて、とうてい頭に入って来ない。その国際的位置から『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と形容されるという。スロベニア共和国、クロアチア共和国、マケドニア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国、セルビア共和国、モンテネグロ共和国に別れたのが現在らしいがよく分からない。

映画との相性もあるようだ。観ているとイライラしてくる映画に時々ぶつかる。この映画は典型的にそんな感じのした映画で、結局途中から映像の早回しで終わってしまった。これだけ観ていると、こんなことがあっても仕方がない。洋画では極めて珍しいことだが。

『バウンド』(Bound)

1996年・アメリカ 監督/アンディ・ウォシャウスキー/ ラリー・ウォシャウスキー

出演/ジェニファー・ティリー/ジーナ・ガーション/ジョー・パントリアーノ/クリストファー・メローニ

後に『マトリックス』シリーズを監督するアンディ・ウォシャウスキー、ラリー・ウォシャウスキー(ウォシャウスキー兄弟)の初監督作品だという。こんなことすら知らないことが嬉しい。映画のプロではなく、あくまでも映画を楽しむプロであることに誇りを持っている。

主演のひとりジェニファー・ティリーの甲高い独特の声と喋り方に魅了される。最初はかなりの違和感を感じるのだが、慣れてくると心地良い声に聞こえてくる。何回か彼女に映画で会っているが、おもしろい存在感がある。

5年の服役を終えたレズビアンの女泥棒コーキーは、マフィアの伝手でアパートの一室を改装する仕事に就く。隣の部屋で暮らすのは、マフィアのシーザーとその恋人ヴァイオレット。コーキーとヴァイオレットはお互いに惹かれあうようになり関係を持つ。というのがこの映画のさわり。物語というより、映画の作り方におもしろさを感じる。

『リトル・ミス・サンシャイン』(Little Miss Sunshine)

2006年・アメリカ 監督/ジョナサン・デイトン/ ヴァレリー・ファリス

出演/グレッグ・キニア/スティーヴ・カレル/トニ・コレット/ポール・ダノ/アラン・アーキン

監督に2人の名前がある。夫婦で監督をし、これがデビュー作品だという。ロバート・レッドフォードが主宰するサンダンス映画祭にプレ出品され、その後フォックス・サーチライト・ピクチャーズが同映画祭史上最高額の契約金を支払って配給権を獲得した。

批評家に高く評価され、世界興行収入は1億ドルを超えた。第79回アカデミー賞では作品賞を含む4部門でノミネートされ、脚本賞(アーント)と助演男優賞(アーキン)を獲得した。アメリカの少女たちの美人コンテストをモチーフにしたコメディ。こういう映画をコメディ映画と呼びたい。エッジが効いている。

7才くんだりで美人コンテストを催すというあたりがいかにもアメリカ的。日本では1人の反対者の出現で絶対実現しそうにない。その7才の彼女たちの美人度ぶりがまたアメリカ的。子供の可愛さではなく、7才の子供に成熟した女性の容姿をあてはめているから変。そのあたりが結末の意外性を引き出していておもしろい。

『告発』(Murder in the First)

1995年・アメリカ 監督/マーク・ロッコ

出演/クリスチャン・スレーター/ケヴィン・ベーコン/ゲイリー・オールドマン

「刑務所としてのアルカトラズは、1963年に永久に閉鎖された。今日アルカトラズは、北カリフォルニア第一の観光地として、年間100万人以上の観光客が訪れている。」という字幕でこの映画は終了する。

アルカトラズ島は、軍から連邦司法省刑務所局に移管され、刑務所局は1934年7月1日、アルカトラズ連邦刑務所を開設した。大恐慌や禁酒法により1920年代末から1930年代にかけて組織犯罪が激化し、治安当局は、犯罪に対する強い姿勢を打ち出す必要があり、アルカトラズ島はそのために「社会の敵」である凶悪犯を収容する施設という役割を担ったということらしい。主人公はこのアルカトラズ島から脱獄を試み、失敗して懲罰的地下牢生活を3年間も強要される。

実話に基づく物語ということで、胸が痛むようなシーンが続く。アルカトラズ刑務所が閉鎖された原因がこの映画のストーリーらしい。映画としてはおもしろい。映像的にはテレビ・ドラマのような薄っぺらな映像だったのが、ちょっと気になった。

『俺はまだ本気出してないだけ』

2013年(平成25年)・日本 監督/福田雄一

出演/堤真一/橋本愛/生瀬勝久/山田孝之/濱田岳/指原莉乃/水野美紀/石橋蓮司

『日活創立100周年記念映画』というような文字が見えたが、まさか。こんな屁でもないタイトルをとっても、そんなものに値するとは思えない。漫画原作だというが、なんでも映画にすればいいというものではない。

直前に『アヒルと鴨のコインロッカー』(2003年)を観始まったが、15分持たずに観るのをやめてしまった。登場人物の一人がこの映画にも出てきて、どうにも映像がダブルだけでただややっこしく見えただけだった。この映画を観終わった後に『バケモノの子』(2015年)を観始まったが、これまた5分もしないうちに観るのをやめてしまった。どうにも食指の動かない日本映画界だ。

本気を出していないと、人生にたかをくくっている庶民も多い。そういう勘違いをしていなければ、人生なんてやっていられない。プライオリティがどうのこうのと、自分の出来ないことを棚に上げて、屁理屈を言う若者がいる。出来る人間は、そんなことを言う前に仕事をさっさと片付けてしまうよ。

『大奥』

2006年(平成18年)・日本 監督/林徹

出演/仲間由紀恵/西島秀俊/井川遥/及川光博/杉田かおる/松下由樹/浅野ゆう子/高島礼子

フジテレビが製作してきた「大奥シリーズ」の最終版だというアナウンスがされたという。確かに多くの「大奥」テレビドラマや映画が作られており、おちゃらけたものも結構世の中を騒がせていた。この映画だって、フジテレビと系列局から女子アナ31名を出演させている。どこまでも軽チャーなフジテレビである。

今度の映画はなかなか真面目に作られている。江戸時代の世、将軍は七代徳川家継、「絵島生島事件」という大奥御年寄の江島(絵島)が歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、関係者1400名が処罰された綱紀粛正事件、愛憎を交錯させた大奥の世界が描かれている。

この七代将軍徳川家継は、4才になる前に将軍職に就いている。お家の事情という奴だが、第6代将軍徳川家宣の四男、母は側室で浅草唯念寺住職の娘・お喜代(月光院)。正室・近衛熙子(天英院)は、月光院が難くて堪らない、というのが物語の大筋。女の執念、意地を全面に出して、意地悪・いじめの数々を繰り広げるはずだが、甘い演出に助けられて綺麗どころの大奥ご婦人だけが目立っていたような。

『釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!』

2006年(平成18年)・日本 監督/朝原雄三

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/石田ゆり子/大泉洋/片岡鶴太郎/宮崎美子/松原智恵子

『釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束』

2007年(平成19年)・日本 監督/朝原雄三

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/檀れい/高嶋政伸/星由里子/石田靖/小沢昭一

なんといっても気楽に観られるのが最高。ゲスト陣も2人1組でその時どきの流行の顔を登場させていて、後から観ても時代を感じられて嬉しくなってくる。それ以上でもないし、それ以下でもない。

『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~』(Duplicity)

2009年・アメリカ 監督/トニー・ギルロイ

出演/ジュリア・ロバーツ/クライヴ・オーウェン/トム・ウィルキンソン/ポール・ジアマッティ

発音しにくいこの映画の原題、duplicity:二枚舌(を使うこと)、二心(あること)、欺瞞(ぎまん)、偽り。受験生なら喜んでこういう単語を記憶するのだろうけれど、覚えていようと思っても3日もすれば、すぐに忘れてしまうこの歳頃。

7年前の映画と言えば、そんなに新しいものではないが、毎日のように観ている映画の大半が、10年、20年前の映画ばかりなので、結構新しさを感じる。よくよく考えるとおもしろい映画なのだが、フラッシュバックを多用して、わざわざ分かり難いストーリー展開にした技術的問題が、映画をひどくつまらないものにしている。

ジュリア・ロバーツのデビュー3作目『ミスティック・ピザ(Mystic Pizza)・1988年』をヘラルドが配給している。まだ無名だった彼女の作品だから、ヘラルドが買い付けられた。アメリカ映画に関しては、からっきし力のなかったヘラルドなので仕方がなかった。あの映画ではペチャパイだったはずの彼女がこの映画では、大きな胸を強調している。首を傾げながら観ることになったが、こんなに成長するのはスーパースターの勲章なのかもしれない。

『ニューヨーク1997』(Escape from New York)

1981年・アメリカ 監督/ジョン・カーペンター

出演/カート・ラッセル/リー・ヴァン・クリーフ/アーネスト・ボーグナイン/ドナルド・プレザンス

むつけき『ニューヨーク1997』。ヘラルドの宣伝部は、宣伝にあたってプルデューサー制方式というシステムをとっていた。多少宣伝部員のベテランになる頃から、1本の映画の宣伝を任せられることになるのだ。どこを、どう売って、誰を映画館に呼び込むのかを立案、計画、実施する責任者になる。大型映画なら宣伝予算は3億円になっていた当時、テレビ・スポット、新聞広告、雑誌広告、街頭広告、電車広告等々、やりたいことがあり過ぎるところから、適切な宣伝費を遣っていく。

試写会ひとつとっても、東京ドームや武道館、東京競馬場はたまた大型客船内でさえも決行するすさまじさだ。アイディアと実行力が問われるこの仕事、他の宣伝部員は全員一致で協力していく。新聞広告を何回に分けてどういうスペースで打っていくのか、ポスター・チラシ・プレスを何枚刷るのかなどのアイディアを提供する仕事が「宣伝業務」という仕事。テレビスポットだってどの局のどの時間帯に集中するのかを提案する。駅貼りといって結構大きなポスターを製作、貼り出す窓口もこの仕事。宣伝プルデューサーの補助をして、外部の会社の窓口にもなる。予算も管理する。そんな宣伝業務をしていた時代のヘラルド配給の映画だった。

読売新聞東京版の夕刊中面見開き全30段広告を敢行したのがこの作品。新聞は片面15段、真ん中の頁は真ん中に区切りのスペースがあるのだが、そこまで広告をデザインするという当時では画期的なものだった。あの時代のヘラルドの読売新聞単価は、約80万円/段くらいだったろうか。単純にこの広告は2400万円という価格になるが、たぶんその半分くらいで実施したような気がする。そういう交渉をするのも宣伝業務の仕事。現実的に宣伝費を使うのはプロデューサーではなく宣伝業務の仕事だったかもしれない。大型予算映画だったこの作品だったが、結果は散々だった。ということでムツケキという言葉遣いが出てくるのだ。

『ホットロード』

2014年(平成26年)・日本 監督/三木孝浩

出演/能年玲奈/登坂広臣/鈴木亮平/太田莉菜/木村佳乃/松田美由紀

2013年前期の連続テレビ小説『あまちゃん』でヒロインを務めた直後の次回作として注目された能年玲奈だが、その後はなんかのトラブルで芸能界を引退しているような状態になっている。芸名を『のん』に変えて再出発することが発表されたばかりだ。

『別冊マーガレット』(集英社)に1986年1月号から1987年5月号まで連載された少女漫画が原作だという。映画は至極つまらない。原作の話も同じようにつまらないのだろうけれど、対象が女ではその気持ちが理解できないので、なんとも言えないというのが正直な話。

気持ちの中を映像化するのは簡単に言ってしまえば不可能である。現象的に見える行動だけが映像化されるわけで、暴走族の馬鹿ったれどもが、どれほどの清らかな美しい心を持っていたって、そんなものは誰にも伝わるものではない。人間は生きている社会にきちんと適応しながら息をすることが求められる。勝手気ままな行動をして、その結果として病院で手術をうけるなんて許せない。病院に入る前に自らの命を絶つくらいの思い上がりがなくて、なんで我が儘が許されようか。

『織田信長』

1989年(昭和64年)・日本 監督/中島貞夫

出演/渡辺謙/名取裕子/真田広之/かたせ梨乃/藤真利子/加納みゆき/野村真美/黒崎輝/美木良介

1989年は平成元年の年であるが天皇崩御は1月7日なので、このテレビ映画の制作・放映は昭和64年と言うことになる。『大型プレミアム時代劇SP・織田信長』と銘打った映画を製作したのは、東映とTBS。昭和64年1月1日に放映されたらしい。テレビ放映はコマーシャル時間が入っていて長くなるが、それでも4時間54分は超大作だ。

先が長くなるのは見えているから、てみじかに話が進んで行く。ゆったりとするのが日本映画の特徴なのだが、そうか大河ドラマならさっさと長回しを回避出来るのか。出演陣もテレビ映画としてはかなり豪華版で、篠田三郎/松方弘樹/若山富三郎/根津甚八/司葉子/千葉真一/十朱幸代などをさらに列記しておかなければならない。

織田信長の人となりを機会あるたびに知っていく。ようやくここへ来て彼の大きな流れを忘れない状態になったような気がする。人間には幸運なことが重要で、その幸運を呼び込むのもその人間の生き様に由来すると、承知しているつもりだが、摩訶不思議な人間生活の一端を自分に置き換えるまでもなく、楽しい生きている時間を実感している。

『必殺仕掛人』

1973年(昭和48年)・日本 監督/渡邊祐介

出演/田宮二郎/高橋幸治/山村聰/野際陽子/川地民夫/津坂匡章/室田日出男/穂積隆信

1972年9月2日から1973年4月14日まで毎週土曜日22:00 - 22:56に、朝日放送と松竹(京都映画撮影所、現・松竹撮影所)が共同製作・TBS系(現在とネットワーク編成が異なる)で放送された時代劇。全33話。主演は林与一、緒形拳、山村聰。

テレビシリーズの大人気を受けて制作された、劇場版第1弾。各種設定は、テレビシリーズを元にしている。注目点は主人公2名、梅安と左内のキャストが変更されていることで、梅安は田宮二郎、左内を高橋幸治が演じている。半右衛門はテレビ版と同じく、山村聡が演じた。

田宮二郎がこんな役をやっていたとは知らなかった。ちょうど『悪名・続悪名』を観たばかりだったので、不思議な感覚はなかったが、彼が亡くなってから久しぶりだったので、ちょっと感慨に耽っていた。

『続悪名』

1961年(昭和36年)・日本 監督/田中徳三

出演/勝新太郎/田宮二郎/中村玉緒/水谷良重/藤原礼子/浪花千栄子/中村鴈治郎/上田吉二郎/羅門光三郎

1作目がすごくおもしろくて、この2作目の放映を楽しみにしていた。期待通りにおもしろかったが、どうも次回作の繋ぎ役のような内容に終始していて、終わりもあっけなく次回作を観て下さいと言わんばかりだった。

ヤクザなんかになりたいとは思っていなかった主人公が、知らず知らずのうちにヤクザの世界に引きずり込まれていく姿が、よーく分かる。現実社会のヤクザたちもおそらく同じような気持ちなんだろうな~。

この映画で夫婦役を演じている勝と玉緒は、時を同じくして現実社会でも夫婦となった。玉緒に惚れ抜いていた勝の映画の中の目は、現実社会と区別がついていない雰囲気が歴然としていて、おもしろい。

『大巨獣ガッパ』

1967年(昭和42年)・日本 監督/野口晴康

出演/川地民夫/山本陽子/和田浩治/藤竜也/町田政則/雪丘恵介/弘松三郎/大谷木洋子

この手の映画は、昔は絶対と言っていいくらい観なかった。今は、それなりに本数を稼ぎたいという邪心から観る機会がある。山本陽子が若くてデビュー作品に近いのだろうかと調べてみた。デビューしたのは1961年1月作品、この3年3ヶ月の間に約35本の映画に出演している。映画全盛を数字も証明している。

同じ日活の吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子の人気に押され、もう一つ作品に恵まれなかった時代だったようだ。が、20年後の自分の活躍する姿を、まだまだ想像出来なかった時代だったろう。

ゴジラと同じテイストを感じる、と言ったら、この手の映画に一家言持つ友人に叱られた。「それは失礼でしょう」「どっちに」「勿論ゴジラにですよ」。どうもこういう映画を語ることすら許されない人種の範疇にいるようだ。確かに、この映画をきちんとどころか、まったくいい加減に観ていた。垂れ流しのながら観というやつだ。ホントに失礼な奴だよね。

『真田幸村の謀略』

1979年(昭和54年)・日本 監督/中島貞夫

出演/松方弘樹/あおい輝彦/片岡千恵蔵/萬屋錦之介/秋野暢子/森田健作/火野正平/萩尾みどり/真田広之

珍しく今年はNHKの大河ドラマ『真田丸』を毎週見ている。大河ドラマを見るのは何年ぶりかのことである。と書くと、おもしろいから見ているのかと勘違いされる。まぁ、おもしろくないわけではないが、特におもしろいとも思えない。毎年1回目を見て、その後のことを決めることにしていて、今年は見てもいいかなぁということになっただけのことだ。

歴史的なことに興味があった。子供の頃に親しんだ名前「真田幸村」という人物に興味があった。おそらくだが、漫画に彼の名前や真田十勇士の名前がそれなり以上に取り上げられていたのではなかろうか。どこまでがノンフィクションでどこからがフィクションなのか分からないのが、歴史上の人物の描かれ方。

おもしろくない映画だった。最初のうちはそれなりだったが、途中から漫画っぽいアクション・シーンばかりであくびが出てしまう。NHKの「真田丸」の方がおもしろく感じるようじゃ、時代劇でならしていたはずの東映映画のこけんにかかわる。

『天使にラブ・ソングを…』(Sister Act)

1992年・アメリカ 監督/エミール・アルドリーノ

出演/ウーピー・ゴールドバーグ/マギー・スミス/ハーヴェイ・カイテル/キャシー・ナジミー

『天使にラブ・ソングを2』(Sister Act 2: Back in the Habit・1993年)を観る機会がたくさんあったのに、この1作目をようやく観ることが出来た。ふむ、ふむ、なるほど、と悦に入りながら観ていた。こういういきさつで尼僧の格好をすることになったのか。

コメディであることは間違いないが、誰一人として観客を笑わせようとしたり、おちゃらけた振る舞いをすることがない。このあたりが日本映画との決定的な違いだろう。おそろしいほど、お笑いという分野を意識し過ぎる日本の活劇やテレビ、程度の低い日本人にはこれでもか、これでもか、と訴え続けなければいけないのだろうか。

教会に行って寄付をねだられることは、予想以上に嫌だった。こちらは教会なるものの見学に来たつもりなのに、平気で募金箱が回ってくる。こういう無神経な宗教活動が庶民には許せない。そうでなくとも、一生足を踏み入れることがないところに、勇気を持って来て「あげた」のにである。

『柳生一族の陰謀』

1978年(昭和53年)・日本 監督/深作欣二

出演/萬屋錦之介/千葉真一/松方弘樹/西郷輝彦/大原麗子/原田芳雄/丹波哲郎/芦田伸介/山田五十鈴/三船敏郎

映画・演劇・テレビ界の豪華スター陣を結集したオールスターキャスト作品で、東映が威信を賭けて時代劇復興を目指して12年ぶりに製作した巨篇だという。徳川幕府で発生した兄弟による三代将軍位争奪戦を基に、実在した歴史上の人物と史実をフィクションで織り交ぜ、“権力”に生きる柳生一族の存続を賭けた物語。

「柳生」と名のつく映画は何本か観たが、この映画の内容が柳生家の真髄を表しているような感じで、なんとなく謎解きが一部出来たような安堵の気持ちがした。三代将軍徳川家光が容姿悪く吃音であったと言うのは事実らしく、そういう事実と、二代将軍秀忠が発病後2時間で江戸城大奥で突然死去したというフィクションを絡めて、いかにもホントらしくしているところが、興味深い。

萬屋錦之介演じる柳生但馬守宗矩がいい。息子にはかの有名な柳生十兵衛三厳がいる。元和7年(1621年)3月21日、後の3代将軍となる徳川家光の兵法指南役となり、剣術(新陰流)を伝授する。その後、将軍に就任した家光からの信任を深めて加増を受ける。一介の剣士の身から大名にまで立身したのは、剣豪に分類される人物の中では、日本の歴史上、彼ただ一人である。三代将軍争いに重要な人物。

『コンドル』(Three Days of the Condor)

1975年・アメリカ 監督/シドニー・ポラック

出演/ロバート・レッドフォード/フェイ・ダナウェイ/クリフ・ロバートソン/マックス・フォン・シドー

ニューヨークにあるアメリカ文学史協会に勤める主人公、コードネームは「コンドル」れっきとしたCIA職員の一人だ。この協会にいる全員がCIAのコードネームを持ち、世界各国の雑誌書籍の情報分析を行っている。いかにもアメリカならではのストーリーで、おもしろくないわけがない。

ロバート・レッドフォードのような端正な顔をした役者には探偵ものやアクションものは似合わないだろうと勝手に烙印をおしている。この映画でもCIA職員ながら、もともと実働部隊ではなく、世界中の本を読んで、書かれていることから諜報活動に役立つ事柄を分析するのが日常の仕事だった。

身内に敵がいるという設定は一番オーソドックスでありながら、決してあって欲しくない現実。信じることは疑わないことであり、半信半疑などという状況が目の前にあったとしたら、気の弱い私なんぞでは毎日眠れない夜を過ごすことになってしまうであろう。

『悪名』

1961年(昭和36年)・日本 監督/田中徳三

出演/勝新太郎/田宮二郎/中村玉緒/中田康子/山茶花究/水谷良重/藤原礼子/浪花千栄子/須賀不二男/伊達三郎

今東光の小説『悪名』は、1960年に『週刊朝日』にて連載され、同誌の編集長が大映の監督・田中徳三の実兄だったことから、大映で1961年に映画化されたということだった。おもしろい。勝新太郎もいいけれど、田宮二郎がまたいい。

同じ仁侠映画の健さんと比べても、勝の方が人情味溢れていて、好感が持てる。健さんの妙に遠慮深過ぎる寡黙な人間に比べて、愛嬌たっぷりの勝の人間性が素敵に見える。酒が飲めないところもいい。女にはめっぽう弱いところがまたいい。

第1作目のヒットを受け、以降は脚本家依田義賢のオリジナルでシリーズ化され、全16作が製作されたという。今頃になってこのシリーズを観られるのが楽しみになっている。さっそく続悪名が1週間後に放映されるらしいので、忘れずに録画することにしよう。

『醉いどれ天使』

1948年(昭和23年)・日本 監督/黒澤明

出演/志村喬/三船敏郎/山本礼三郎/木暮実千代/進藤英太郎/清水将夫/久我美子/飯田蝶子

闇市を支配する若いやくざと、貧乏な酔いどれ中年医者とのぶつかり合いを通じて、戦後風俗を鮮やかに描き出したヒューマニズム溢れる力作。と、Wikipediaに書かれていたが、自分の生まれた年あたりは、こんなに貧しかったんだ~、という風景に圧倒された。この年から10年後、小学4年生になった小河少年は、下駄で通学する光景をなんとなく覚えているのがやっと。

先日観た「生きる」は胃癌を、この映画は結核という病気が人間の生き様に影響を与えるというテーマだ。映像が古くて暗く感じるというより、テーマが暗過ぎて乗り切れない自分がいる。同じところをしつこく堂々巡りしているようなストーリー展開は、現在の日本映画を観ているようで、おもしろくない。

黒澤明の映画が娯楽性を持っておもしろくなるのには、さほど時間を要しない。もっとも、この映画も含めて黒澤作品を評価する人にとっては、黒澤映画は最初からおもしろいということになろうか。志村喬は黒澤作品としては本作が初主演、黒澤明と三船敏郎が初めてコンビを組んだ作品でもある。準主役・三船の強烈な魅力が主役を喰ってしまっていると評されるらしい。

『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』

2003年(平成15年)・日本 監督/手塚昌明

出演/金子昇/吉岡美穂/虎牙光揮/大塚ちひろ/長澤まさみ/中尾彬/小泉博

「ゴジラシリーズ」の第27作、併映は『とっとこハム太郎 ハムハムハグランプリン オーロラ谷の奇跡』。興行収入は13億円、観客動員は110万人。懐かしいザ・ピーナッツが演じた女の子が登場した。でも、モスラの蛾のお化けみたいな張りぼてはいただけない。ゴジラファンの大人は喜ぶだろうが、これからファンになるべき多感な小学生などにはまったくうけないだろう。平成になったら平成の特撮が求められる。

懐かしがってばかりの人生なんてダメに決まっている。今この瞬間から未来がいつも始まっているのだから。思い出すくらいがちょうどいい案配だろう。たかが100年も生きていない人間の生活なんて、宇宙の塵にもなりやしない。哀しいけれど、それが現実。そうやって厭世的な人間が集まってISなどがうごめいているのだろう。

最初のうちはちゃんと観ていたが、途中から垂れ流し、ながら観となってしまった。それで充分だった。製作者、役者、観客には申し訳ないが、こういう子供騙しの映像をどうやって観たらいいのかを是非ご教授いただきたいと願う。今の子供たちはこの程度で騙されるほど幼稚ではない。そこんところが、どうにも理解できない。

『ゴジラvsビオランテ』

1989年(平成元年)・日本 監督/大森一樹(本編)/川北紘一(特撮)

出演/三田村邦彦/田中好子/高嶋政伸/小高恵美/沢口靖子/峰岸徹/金田龍之介/高橋幸治

「ゴジラシリーズ」の第17作。観客動員数は200万人、配給収入は10億4000万円。コアなファンを動員したのだろう。配給収入を発表していたのは私の現役時代のこと。今では「興行収入」といって、映画の売り上げ、窓口で発券した売上や前売り券の売り上げを発表している。「配給収入」は邦画なら50%、洋画なら60%、配給会社の取り分(売上)を指している。

ゴジラは子供の頃から見ていなかった。人間には趣味志向があり、子供全員が好きなわけではない。もっとも私の場合は、いわゆる子供騙しの映像にはまったく興味がなかった。子供なのにである。かといって、大人の世界に心をときめかせていたわけでもない。

ゴジラの映像で一番嫌いなのが、張りぼてのゴジラ、次に波の高さが作り物のプールの中だと分かってしまう海の映像、戦車や他の兵器でゴジラに発射する映像、そしてボール紙で作ったような町並みが燃える映像。きちんと見たのはこの頃になってからだが、テレビで紹介される映像に鋭く反応していた。困ったものだ。

『ランボー』(First Blood )

1982年・アメリカ 監督/テッド・コッチェフ

出演/シルヴェスター・スタローン/リチャード・クレンナ/ブライアン・デネヒー/ビル・マッキニー

リアルタイムでは宣伝部長になる2年前、それなりに重用されていい気になっていた頃かもしれない。東和から東宝東和となっても永遠のライバルと考えていたヘラルドの創始者社長、この映画のヒットには結構悔しいものがあった。社員の間でも。東宝東和らしい題名に関するいきさつが書かれていた。

配給元の東宝東和によってタイトルが『ランボー』に改められたとされる誤解が多いが、原題の "First Blood" はアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・デンマークなどの英語圏と一部の国でのみ用いられ、その他の多くの国では日本公開以前から『ランボー』のタイトルが使われている[4]。日本ではこの誤解が非常に多く、スタローン本人の感謝文とされるものも原題の改変とは無関係な、東宝東和のマーケティングに関するものである。問題点だったことは、作品の舞台がアメリカのとある田舎町で派手さに欠けてたことやベトナム帰還兵という設定が日本人には理解しがたい物だったことや、決してハッピーエンドとはいえない終わり方であった。そのため、多くの国で使われていた題名「ランボー」に変更、作中には出てこない小道具などを配置したポスターを製作するなど、アクション超大作を思わせる宣伝が行われた。あの会社らしい姑息な手段の一端。

ベトナム帰還兵という設定が、まだまだアメリカの社会全体を覆っていたテーマなのかもしれない。何のために命を掛けて戦ったのかを問われるどころか、帰国したら歓迎どころか批難を浴びたという。ランニングシャツにはちまきをして、ライフル銃を構えているポスターの映画にまったく興味はなかった。彼が暴れる町の入り口にはこんな文字が書かれたアーケードがあった。「GATEWAY TO HOLIDAYLAND , WELCOME TO HOPE」。誰のために、何のために戦っているのか。

『生きる』

1952年(昭和27年)・日本 監督/黒澤明

出演/志村喬/小田切みき/金子信雄/千秋実/中村伸郎/伊藤雄之助/加東大介/浦辺粂子藤原釜足/左卜全

1900本以上の映画を観た感想を書いていながら、この映画を観ていないことはいけないことだと、ヘラルドの後輩から言われた。言われるまでもないことだが、生きているせっかくの証のひとつとして、著名な監督の作品は1本残らず見て観たいものだという希望は持っている。

志村喬がブランコに乗っているシーンのスチールはかなり有名で、だいぶ昔からこの写真だけは記憶に残っている。冒頭に東宝の創立20周年記念作品だと。今や泣く子も黙る東宝も結構歴史が若い。我々年代なら誰でも知っているような役者が大勢出演している。

話がしつこい。同じことを繰り返すように描いているのがちょっと。フラッシュバックという手法ではない描き方は悪くはない。ただ長い。もう終わりだな、と思っても、そこからまだまだ続くという感じ。プロの評論家には評価が高いのだろうなぁ~。いったん寝てしまって、しかもそれが結構長かったことを、見直してみて分かった。

『テッド2』(Ted 2)

2015年・アメリカ 監督/セス・マクファーレン

出演/マーク・ウォールバーグ/セス・マクファーレン/アマンダ・セイフライド/ジョヴァンニ・リビシ

日本では前作同様に、字幕版と日本語吹き替え版が全国公開された後、「大人になるまで待てない! バージョン」と称した通常版をファミリー向けに再編集した日本語吹き替え版がPG-12指定で一部劇場で限定公開されたという。はちゃめちゃな会話が喋られているようだが、ネイティブではないとそのおもしろさが伝わってこなくて、凄く悔しい。

1作目を結構おもしろいじゃん、と観た記憶はあるが、どこがおもしろかったのかどころか、内容をまったく覚えていないのには辟易した。ここまで覚えていないのは、先日も書いたアルツハイマーなるものかも知れないと、真剣に承知しなければならないかも。もっとも、自分がアルツハイマーかと思っているうちは、まだ正常範囲内かもしれない。

日本でファミリー向けに編集されたバージョンを観てみたい。日本の母親どもが一番嫌う汚い言葉のオンパレードを堂々と製作できるアメリカという国が尊敬に値する。なんでもアリなのがアメリカだけど、まさかトランプが大統領になることはないだろうな?

『野いちご』(スウェーデン語: Smultronstallet、英語: Wild Strawberries)

1957年・スウェーデン 監督/イングマール・ベルイマン

出演/ヴィクトル・シェストレム/ビビ・アンデショーン/イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド

スウェーデン映画なんてきわめて珍しいが、終わってみてクレジットが表示され、やっぱりベルイマンかと納得。名誉学位の授与式に向かう老教授の一日を、彼の悪夢や空想、追憶などの心象風景を交えて描写した作品。

形而上学的な妄想や会話がふんだん、と分かっていない言葉を使いたくなるような映画。人間の「死」や「老い」、「家族」などの普遍的なテーマを扱った本作品は広く共感を呼び、ベルイマンの代表作として高く評価されているという。まんざら形而上学的という言葉もウソではなさそうだ。

この作品は公開と同時に全世界で批評家の絶賛を浴びた。第8回ベルリン国際映画祭金熊賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞外国語映画賞など多くの映画賞を受賞、ベルイマンに更なる名声を齎した。日本でも本作品の人気は高く、1962年度のキネマ旬報外国語映画ベスト・テン第1位に選出された。というらしいが、私には難し過ぎて、そんな評価まで辿り着けない。

『招かれざる客』(Guess Who's Coming to Dinner)

1967年・アメリカ 監督/スタンリー・クレイマー

出演/スペンサー・トレイシー/シドニー・ポワチエ/キャサリン・ヘプバーン/キャサリン・ホートン

ハワイから戻ってきた23才の娘が黒人を家に連れてきた。すぐにでも結婚したいという。相手は医者で8年前に妻子を交通事故で失っていたが、経歴は申し分のない人物だった。黒人という以外は。父親はサンフランシスコで新聞社を経営している。日頃からリベラリストを自認する。母親も絵画を取り扱う店を経営している。母親の言葉「娘には人種差別をするな、と強く言って育ててきたが、黒人と結婚してもいいとは言ったことがなかった」と。

白人と黒人が結婚することには社会的同意もなかった時代らしい。大きな困難が二人を待っていると誰もが言う。州によっては法律違反とまでセリフガ言う。50年前にこれほどまでの社会的差別が堂々と行われていたのがアメリカ。その後急速に意識が変わってきたのもアメリカ。ダラダラと旧態依然の日本との違いはここだろう。

映画の中で喋られる言葉がいい。いちいち心に響いてくる。建前と本音を語る父親の言葉にも説得力がある。こういう生き方をしたいと思わせる。観たことのある映画なのに覚えていないと嘆く必要はない。知らないうちに血となり肉となって今の自分を形成してくれているに違いない。今やアメリカの人種差別はLGBT、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、性同一性障害を含む性別越境者など(トランスジェンダー、Transgender)への意識がどうなのかが問われる時代となった。肌の色から心のあり方に変化していく人間社会を、進歩という名前で一様に語れるのだろうか。

『瞬 またたき』

2010年(平成22年)・日本 監督/磯村一路

出演/北川景子/岡田将生/大塚寧々/新川優愛/清水美沙/田口トモロヲ/菅井きん

あなたは,一瞬で、愛する人を守れますか? どういうことなのだろうか、とイライラしながら観ていたが、なるほどこういうことなのかと、分かっても何も感動しない。大袈裟な音楽を音量高く挿入したって、何も響いてこない。1時間50分の上映時間がずいぶんと長く感じる。

巷では美人女優というけれど、北川景子は特別美しいわけではない。可愛いという形容も当たらない。不思議な顔立ちに見える。以前もそんな印象を書いた気がするが、よくよく飽きない顔立ちで、役者、女優に向いている感じがする。あと30年経ったら大女優として君臨しているかもしれない。

愛する人を交通事故で目の前で失うなんていう経験をする人は希だろう。そういう希な体験を映画化して同調できるのは女だけだろう。これほどまでの奇跡的なことを美化できるほど、一般庶民は夢を持っていないと思う。というのが正直な感想。夢を見たい時には、もっと違ったシュチュエーションで見るのが普通。かったるい映画だった。

『カンバセーション…盗聴…』(The Conversation)

1974年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/ジーン・ハックマン/ジョン・カザール/アレン・ガーフィールド/フレデリック・フォレスト

コッポラ監督の出世作『ゴッドファーザー』( The Godfather・1972年)と『ゴッドファーザー PART II 』(The Godfather Part II ・1974年)に挟まれた作品らしく、才気だった映像とストーリーが、観客にどうだと言わんばかりに迫ってくる。

盗聴という仕事を生業としている主人公、この手の世界ではかなり名が通っている。今でこその監視カメラ社会だが、40年前はまだまだ闇の職業として陰の存在だった。盗聴の見本市が開かれていたなんて、さすがアメリカという感じ。ネット社会になって規模が大きくなっただけで、基本的な盗聴のスタイルは変わっていない。

つい最近、盗聴カメラのことを古くからの友人に聞かれた。親族の一人が、夫が浮気をしているのではないかを調べるために盗撮カメラを設置したいのだが・・・。ということだったが、詳しくはないのでありきたりの答えに終始した。盗聴、盗撮、そして監視カメラと、他人のプライバシーを暴露して、ようやく証拠がつかめる。そんなに潔い人間はいないということか。

『変身』

2005年(平成17年)・日本 監督/佐野智樹

出演/玉木宏/蒼井優/佐田真由美/山下徹大/松田悟志/釈由美子/北村和夫/蟹江一平

冒頭に「玉木宏」「原作:東野圭吾」という文字が現れて、少しはおもしろいんだろうなぁ、という期待感が膨らんだ。活字世界にも弱い自分だが、もちろん東野圭吾の名前は知っている。当然、1冊の本も読んだことはない。テレビのサスペンス原作者として知っているだけである。自慢も出来ない。

サスペンスなんだろうな~、と思ってしまうほど、なかなか何がサスペンスなのかの状態に入っていかない。活字ではたぶん徐々に引きこまれていって、おもしろくなってくるんだろうな、という進行が、映像ではもどかしい。最初にサスペンスの核をバラしてしまった方が映画はおもしろくなったろう。なんて監督ばりの評論を私が出来るようでは、映画の出來が悪いと言わざるを得ない。

役者が一所懸命になればなるほど、気持ちが引いていく。映画はいかに登場人物になりきれるかで、その面白さが評価される。なんて偉そうなことを言ったって、自分ではこんな映画でさえ監督できるわけもなく、犬の遠吠えのような戯れごとでしかない。

『トム・ホーン』(Tom Horn)

1980年・アメリカ 監督/ウィリアム・ウィアード

出演/スティーブ・マックイーン/リンダ・エバンス/リチャード・ファーンズワース

スティーブ・マックイーンが、トム・ホーンの自伝をもとに製作総指揮と主演を務めた。撮影中に悪性の中皮腫と診断され、次作『ハンター』(The Hunter・1980年)が遺作となった。気骨のある伝説のカウボーイが雄々しくて嬉しくなってくる。

以前観ていることは承知していたが、幸いなことに今回もストーリーが新鮮に見えて良かった。最後のシーンになって、この映画の好きなところが分かった。それでも、また3ヶ月もすればすっかり忘れてしまうんだろうな、と思ってはっとした。これってもしかするとアルツハイマーになりつつあるということかしら? いやいや、映画の内容を覚えていない症状はだいぶ前からのことなので、これは違うだろう、とちょっと自分で自分に反論している。

1903年11月20日絞首刑になったという実話に基づいている。日本でも同じように明治生まれの人達の立派さが歴史上に燦然と輝いているが、情報収集能力のなかった時代ながら、世界中で同じような出来事や人物の登場が歴然と比較できる。やっぱり地球、人間を作ったのは神だと信じなければ、説明がつかない。

『東京上空いらっしゃいませ』

1990年(平成2年)・日本 監督/相米慎二

出演/中井貴一/牧瀬里穂/笑福亭鶴瓶/毬谷友子/竹田高利/谷啓/三浦友和

第14回日本アカデミー賞では、牧瀬里穂が優秀主演女優賞、新人俳優賞を受賞した[2]。第33回ブルーリボン賞、第15回報知映画賞、第64回キネマ旬報ベスト・テン、第3回日刊スポーツ映画大賞、第45回毎日映画コンクール、第12回ヨコハマ映画祭では、牧瀬里穂がおなじく最優秀新人賞を受賞したという。

映画の面白さと演技とは直接関係はないが、こんなおもしろくない映画の出演役者が受賞したって。 発想はおもしろいのだけれど、日本人の死生観というか死んでしまった「天使」なるものの処理があまりにもダサイ。アメリカ映画にもこの死んでしまった天使を扱った作品は結構多いが、どれをとっても面白いものばかりだった記憶がある。

天使が空から現世を見ている、という夢物語は、あくまでも夢の世界だろう。そうあって欲しいとは思うが、現実には死んでしまえば何も残らないというのが現実。残念ながら、そうあって欲しいという宗教的なものも、所詮は希望と願望が重なった世界でしかない。人間とは悩める生き物、ないものもあるような気になって、ようやく生きる喜びが起こるらしい。

『スケアクロウ』(Scarecrow)

1973年・アメリカ 監督/ジェリー・シャッツバーグ

出演/ジーン・ハックマン/アル・パチーノ/リチャード・リンチ/ドロシー・トリスタン

リアルタイムで観ているわけはないけれど、当時もかなり話題になった作品である。第26回カンヌ国際映画祭においてパルム・ドール(最高賞)受賞。だいぶ経ってから、どこかで観ているはずだが、題名だけが鮮明に記憶に残っているだけで内容はイマイチ。Scarecrowの意味が「かかし」であることすら忘れている。

研究社 新英和中辞典での「Scarecrow」の意味を調べると、1.かかし 《★【解説】 日本のかかしは 1 本足だが欧米のは 2 本足で,帽子をかぶせ,ぼろシャツやぼろ服を着せる》 2.(かかしのような)こけおどし 3.《口語》 みすぼらしい[やせた]人 だそうだ。

芸達者のジーン・ハックマンとアル・パチーノがかなりアドリブ演技やセリフを喋っているような痕跡が見える。昔ならたぶん何も感じなかったろうが、今や1900本もの映画を観ている直感という奴が、そう囁くので間違いないことだろう。あまりいい感じはしない。この二人の演技につられて、周りの役者が頑張り過ぎている様子も垣間見える。

『マイ・ガール』(My Girl)

1991年・アメリカ 監督/ハワード・ジーフ

出演/アンナ・クラムスキー/マコーレー・カルキン/ダン・エイクロイド/ジェイミー・リー・カーティス

マコーレー・カルキンは、ホーム・アローン(Home Alone・1990年)で世界のスターとなった。その後は数々のスキャンダルを提供していたが、今や35歳。この映画はホームアローンの次の年、まだまだ子役として充分魅力のある期間だったことが救われる。

子供同士の話に、興味が集中できず、思いっきり寝てしまった。もう一度巻き戻すか考慮中。と昨日はここまで書いたが、結局再見することはなかった。というか、もう一度見ようと思って録画メニューに行ったら、何故か録画が消えていた。本人にその意識がないのに、早々と消去してしまっていた。

題名からしてアメリカらしいこの映画、日本だったら子供がこんな言い方をしたら可愛くないと言われそう。洒落が効いている。日本人はかたい。ユーモアを持って質問に答えなければアメリカ人らしくない、と強く感じる。ユーモアを返さなければ関西人ではない、とテレビ番組で喧伝されているのとちょっと似ているような。


2017年5月11日再び観たので記す。

『マイ・ガール』(My Girl)

1991年・アメリカ 監督/ハワード・ジーフ

出演/出演/アンナ・クラムスキー/マコーレー・カルキン/ダン・エイクロイド/ジェイミー・リー・カーティス

既に「最近観た映画LOG」には記載があった。読んでみると、今回と同じように途中で眠ってしまったことが書かれていた。前の鑑賞を覚えているわけないが、今回の最後のころのシーンが絶対初めてだ、と思えたのが不思議だった。いつ頃観たのか分からない。1本1本に日付を入れていない。前後を観れば何十本に1本かに日付を入れている。

「俺の女」という題名がいい。日本で言えば小学4年生か5年生くらいの男の子が、俺の女と称する女の子がこの映画の主人公。男の子と言えば、アレルギー体質の塊みたいなひ弱な子供で、差し出されたチョコレートも食べられないというくらいだった。そんな彼氏が蜂に刺されて亡くなってしまう。これもアレルギー体質のせいだった。

彼を失った主人公の落ち込む姿が痛々しい。大人とか子供とかは関係ない。純粋に毎日のように遊んでいた親友がいなくなるのは痛い。毎日会っていたわけではないが、死んでいなくなってしまった友に会えない寂しさを痛感する。残念ながら、天国でまた会えるなんていう夢のようなことは考えていない。人間の世界に都合の良い霊の世界があるなんてことは、私の宗教にはない。肉体がなくなれば、そこに宿っていた精神も自然となくなるのは必然。それでいいのだ。

『釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪』

2005年(平成17年)・日本 監督/朝原雄三

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/伊東美咲/金子昇/尾崎紀世彦/さだまさし/ボビー・オロゴン

今回のご当地は佐世保、元妻の出身地。といっても、父親が開業するために引っ越してきたらしい。もともとは佐賀県武雄市に副島家はある。祖父が開業医をしながら武雄市長をやっていたというのは、結婚してから知ったこと。11人もの子供を持ち、ほとんどが医者か医者に嫁いでいった。明治時代の人は考えも堅牢である。

サブタイトルは内山田洋とクール・ファイブの歌「長崎は今日も雨だった」のパロディだと言われてもピンと来なくちゃ、何の意味もない。武雄も佐世保も競輪場のある都市、と教えてくれたのはヘラルドの先輩。人間が戦う競輪には予想の楽しさがあるとも教えてくれた。出身地、同期生、練習場所などにより徒党を組んでレースに臨むのが競輪で、人間にははかり知れない馬の調子でレースを予想するのとは大きな違いがあるという。だから競馬のように1着と2着が単に逆転して連勝複式が成立するレースとは違い、1着が変われば2着も変わってしまうため、連勝単式の予想が正当だと言われた。まだ車券を買ったことがないので、面白さはまったく分からないが、ギャンブルとしての面白さは理解できているつもり。

尾崎紀世彦が飲み屋のマスターとして登場、懐かしい歌声を聞かせてくれる。やっぱりプロの歌手は凄い。最近、素人の歌ばかり、しかも自分ではかなりいけてると思っている歌を聴かされていたが、一番たちの悪い素人芸というやつに、ちょっと食傷気味だった気分が和らいだ。

『オデッセイ』(邦題英語表記: ODYSSEY, 英語原題: The Martian)

2015年・アメリカ 監督/リドリー・スコット

出演/マット・デイモン/ジェシカ・チャステイン/クリステン・ウィグ/マイケル・ペーニャ/ショーン・ビーン

つかみは最高。おそらくさまざまなトラブルを克服していくストーリーなんだろうなぁ、と想定させてくれる。宇宙もの、火星探検で緊急避難のため置き去りにされた主人公と地球への帰還途中の残り5人のスタッフ、地上NASAの活動をダイナミックに描いて佳作。

ただ、なかなか物語が進まないんだろうな、と危惧をしていたが、そこは合点承知の助とばかりに観客を飽きさせない展開を見せてくれる。それでも、中だるみは必至、ちょっとばかり眠ってしまって後戻りをして観直した。

究極のサバイバル。無人島に一人残されたらどうする、と言ったようなことを昔から例題として取り上げられていた。この映画はまだまだ未知の世界「火星」が舞台。宇宙工学的専門用語が飛び交い、字幕スーパーでも追いつけない時間があった。主人公は生物学者、こういう専門知識が自分の命を永らえる手段になるようで、今までの人生で専門が何もない自分にとっては、少し思い知らされる気分になってしまった。

『黄金のアデーレ 名画の帰還』(Woman in Gold)

2015年・アメリカ/イギリス 監督/サイモン・カーティス

出演/ ヘレン・ミレン/ライアン・レイノルズ/ダニエル・ブリュール/ケイティ・ホームズ/タチアナ・マズラニー

DVDには「Woman in Gold」と手書きされていた。まったく情報のないままに観始まる映画はおもしろい。あるいは、徹底的に情報を調べてから観る映画もおもしろい。こうやって観終わったあとにネットで調べる手間暇を楽しんでいるわけではないが、今回のようにあとから邦題を知ると、えらく気落ちした自分がいることに気づく。現役時代は映画の題名を決めることにも参画していた時期が強烈に記憶に残っているから。

金箔を絵画に貼っていくシーンから始まるこの映画、クリムトの名前が出て来なくて往生した。つい先日までは、絵を見てすぐに反応していたはずだが、これも年のせいと決めつけてしまうのは正しいのか。もっとも、ヘラルドの教養のある宣伝マンから教わったクリムトなので、自分の血となり肉とはなっていないのだろうことは、この一件からも判明する。

おもしろい映画だ。ナチが掠奪した絵画を返還する裁判があったことを知らなかった。情けない。まだ10万点もの絵画の返還がなされていないと、映画は締めくくる。あまりにも大きな負の遺産が歴史から消えることは永遠にないであろうことだけは分かる。

『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(A Hard Day's Night)

1964年・イギリス 監督/リチャード・レスター

出演/ビートルズ/ウィルフレッド・ブランビル/ノーマン・ロッシントン/ジョン・ジャンキン

初めて自分のレコードを持ったのはこのアルバムだったろうか。田舎の電気店を経営していた親、東京電機大学高等学校を卒業した兄はレコード・コーナーを設けた。仕入れには多少とも流行の真ん中にいた自分の意見も反映されていた。たぶんこのレコードはお金を払っていないだろう。それまでの黒い旧態依然としたレコード盤ではなく、静電気が起きにくい新素材による赤いレコードだったことを鮮明に覚えている。何故なら、そのレコードを擦り切れるほど聴いていたから。歌われる楽曲の順番が見事に口をついてくる。どんな映画なんだろうとずーっと思っていた。50年の期待感を裏切らない斬新的なアイドル映画だった。wikipediaにはおもしろいエピソードが書かれていた。

イギリスで短編コメディを作っていたTV界出身のリチャード・レスターが映画界へ進出するきっかけとなった。脚本のアラン・オーウェンは、アメリカでこれまで量産されていたミュージシャン映画のメロドラマといったスタイルを踏襲せず、イギリス気質のあるコメディ作品にしようと考え、ビートルズの忙しい日常をドキュメンタリータッチで描くことにした。つまり、ビートルズがビートルズ自身の風刺漫画を演じるという作品になったのである。この作品では4人がそれぞれ主役であるが、特に印象に残る演技を披露しているのが、この作品のタイトルの考案者でもあり、ビートルズのコメディ面を担当していたリンゴ・スターである。この作品で演技が絶賛され、リンゴ自身も演技への自信をつけたことから、次作『ヘルプ!4人はアイドル』やビートルズ解散後の映画作品への出演に繋がった。

アメリカでの成功を念頭においていたため、サウンドトラックも兼ねた同名のアルバムを製作。ビートルズがデビュー後初めて、カバー曲を収録せずに彼らのオリジナル曲のみ収録したアルバムとなっている。しかし当時のビートルズは多忙を極めており、作曲とレコーディングには2週間しかなかったにもかかわらず、クオリティの高いアルバムに仕上がっている。映画作成に当たっては、アメリカでの失敗を恐れて低予算&モノクロで制作されたが、結果は大ヒットとなり、アメリカでもビートルズの作品が軒並み大ヒットを記録した。このアメリカでの成功は当時のイギリスでは衝撃的な出来事として迎えられた。なぜなら、ビートルズ以前のイギリス人アーティストはことごとくアメリカで惨敗を喫しており、ビートルズ以前に登場し、現在でもイギリスの国民的アーティストであるクリフ・リチャードでさえも成し遂げることができなかったからである。

『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(Invasion of the Body Snatchers)

1956年・アメリカ 監督/ドン・シーゲル

出演/ケヴィン・マッカーシー/ダナ・ウィンター/ラリー・ゲイツ/キング・ドノヴァン

SF映画。モノクロ作品(のちに着色)。アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。ジャック・フィニイのSF小説『盗まれた街』(原題:The Body Snatchers)をドン・シーゲル監督が映画化した。日本では劇場未公開。SF映画の古典的名作ともいわれ、その後何回もリメイクされた(『SF/ボディ・スナッチャー』、『ボディ・スナッチャーズ』、『インベージョン』)。(Wikipediaより)

60年前のSFらしいと言えるが、この時代に発想を映像化する映画技術に感心する。今や当たり前どころか、必要のないところにまでCGを駆使する時代となって、先人たちは悔しがっているに違いない。映画全盛の頃に今の技術があったなら、それこそ山のような名作が出来ていたのではなかろうか。

自分以外の街全体の人達が異星人になっていたらなんて、考えるだけで恐ろしい。これが恐怖なのだろう。四面楚歌や村八分といった状況と同じような環境で、人間はいかに強く生き抜くことが出来るのだろうか。

『コードネーム U.N.C.L.E.(アンクル)』(The Man from U.N.C.L.E.)

2015年・アメリカ/イギリス 監督/ガイ・リッチー

出演/ヘンリー・カヴィル/アーミー・ハマー/アリシア・ヴィキャンデル/エリザベス・デビッキ

また冷戦時代のスパイもの。今回は冷戦時代のスパイに特化したDVDを送ってくれたのかな~、と思った。調べてみたら、なんと1960年代にアメリカや日本で放映されたテレビドラマ『0011ナポレオン・ソロ』のリメイク映画だということだった。

あの時代ナポレオンソロは毎週見ていたけれど、まったくそんなことを感じさせてくれなかった。ということはいいことなのだろう。もっとも、二人組が活躍する話だとしか覚えていないが。送ってくれる時のスカイプでそんなことをはなしていたことを思いだした。

おもしろくない。スパイ・アクションではなく、スパイ・コメディなのに笑えない。笑いのツボが違うと言ったら褒め言葉みたいなもの。ツボどころか洒落た演出がうざく感じるくらいだった。手間暇とお金を遣った遊びとしては、贅沢三昧の映画製作というところだろう。おもしろくない。

『寒い国から帰ったスパイ』(The Spy Who Came in from the Cold)

1965年・イギリス 監督/マーティン・リット

出演/リチャード・バートン/クレア・ブルーム/オスカー・ウェルナー/サム・ワナメイカー

イギリス情報部員が東ドイツに潜入、ひとつのミッションを遂行する物語。スパイものにおもしろくないものはない。が、登場人物が数人なのに複雑に見えて、よく理解できない。実社会でも苦手な人の名前を覚えるという作業が上手く出来ない。誰が誰なのかが明確でなくては、映画がおもしろくなるはずもない。

こういう映画でいつも思うことがある。スパイ合戦なのだから、もう少し登場人物が区別、認識できるような工夫をして欲しい。せっかくの人間同士の絡み合いが、こんがらかっちゃっては何にもならない。製作者は明確に登場人物を把握しているのだろうが、映画が始まってから知らされて見る人物を簡単に覚えられない観客は絶対多いに違いない。

冷戦がなくなって、もっとダイナミックに敵対する国々、それでも一般庶民が知らないところで厳然とスパイ合戦が行われているのだろうな、と想像の世界でしかない。

『マイ・インターン』(The Intern)

2015年・アメリカ 監督/ナンシー・マイヤーズ

出演/ロバート・デ・ニーロ/アン・ハサウェイ/レネ・ルッソ/アンダーズ・ホーム

ニューヨークでファッション通販サイトを運営している女社長のジュールズの会社に、シニア・インターン制度で採用された70歳の老人ベンがやってくる。出だしから軽快、コメディと断りを入れる必要もない。立ち止まって「笑え!」と笑いを強要するような日本映画とはちょっと笑いが違い過ぎる。

映画評論家が「上司が女性で部下が男性という時流に即したテーマを十分に掘り下げることができていない。」なんていう愚にも付かないことを言っている。ちゃんちゃらおかしい。おもしろい映画にいちゃもんをつけて、その理由が社会的な意義だなんて。

亀の甲より年の功という諺を思いだした。普通にきちんとしている70歳の老人が、妙に素敵なおじさんに見えてくる。今風の底の浅い人格なし若者には、往年の不良青年をも超えられないなにかが欠けているような気がする。

『ミラーズ・クロッシング』(Miller's Crossing)

1990年・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン

出演/ガブリエル・バーン/マーシャ・ゲイ・ハーデン/ジョン・タトゥーロ/ジョン・ポリト

時は禁酒法時代、アメリカのとある場所、アイルランド系マフィアとイタリア系マフィアの抗争。コーエン兄弟が映画製作と聞けばおもしろくないわけがない。そう思っていたが、一向におもしろくならない。妙にマフィアの抗争がセリフで説明されていくのを疎ましく観ていた。

相手のマフィアを騙すためには、味方のマフィアさえも騙さなければ生きていけない。危ない橋だと分かっていても、それを渡らなければ自分の人生が終わってしまう。緊張感はあるが、人間模様がすとんと入ってこないので、敵味方の混乱が観客にも伝わってしまう。

自分の周りにいる人を、敵か味方かで区別する人がいる。どういう神経に基づいているのか、今でも理解できないが、そういう人生を送っている人の毎日は波瀾万丈でおもしろいだろうなぁ~。全ての人が味方だと思っている自分のような人間にとっては、人生はさほど波高くなく、いつも凪いでいる海原に小舟を漂わせているような感じがしている。

『ショート・カッツ』(Short Cuts)

1993年・アメリカ 監督/ロバート・アルトマン

出演/アンディ・マクダウェル/ブルース・デイヴィソン/ジャック・レモン/ジュリアン・ムーア

やけに長い映画だと思いながら観ていた。実際に3時間7分という長さに辟易してしまったが、長さを感じさせる映画はおもしろくないを地で行くような映画だった。ロサンゼルスに住む22人の登場人物の人間模様を描くということらしいが、小津映画のアメリカ版を実践しているのではというような映画にも見えた。

観ながらこんなに苛々する映画も珍しい。何も事件が起きず、事件がおきたかな、と思ったら素通りしてしまう。映画の持っている醍醐味とかいう奴がまったくない。登場人物の魅力になさも影響している。映画だと分かっているのにイライラするのは、こちらの人間性が問われているようだ。

監督ロバート・アルトマンは数多くの映画を監督している。そういう人間だからこそのこういう描き方になるのだろうか。面白くないものは、どんな理由があったとしてもおもしろくない。

『恋はデジャ・ブ』(Groundhog Day)

1993年・アメリカ 監督/ハロルド・ライミス

出演/ビル・マーレイ/アンディ・マクダウェル/クリス・エリオット/スティーヴン・トボロウスキー

原題グラウンドホッグデー(英:Groundhog Day/ Groundhog's Day)とは、アメリカ合衆国及びカナダにおいて2月2日に催される、ジリスの一種グラウンドホッグ(ウッドチャック)を使った春の訪れを予想する天気占いの行事。アメリカ・ペンシルベニア州パンクサトーニーのフィル、カナダ・オンタリオ州ワイアートンのウィリーをはじめ、北米数か所のグラウンドホッグの予想がテレビや新聞で報道される。(Wikipediaより)

2月2日の出来事。日本なら節分の日だろうか、多くの風習を持つ日本の田舎ならさもありなん。アメリカのように歴史の浅い国だからこそ、珍しい行事を住民が喜んでいる。モグラの一種を使って天気予報させるという、合理的なアメリカにはないようなところに愛情を感じる。

目覚めると毎日同じ日だった。同じことを繰り返せば、人間も少しは進歩する。1日や2日ではさほど変わりようもない。ようやく半年くらいを経て、初めて半歩踏み出すことが出来るのが人間なようだ。毎日変化のある人生を送っている普通の人には、進歩を振り返る能力を備えることは不可能に近いかもしれない。

『ショーン・オブ・ザ・デッド』(Shaun of the Dead)

2004年・イギリス 監督/エドガー・ライト

出演/サイモン・ペグ/ニック・フロスト/ケイト・アシュフィールド/ディラン・モーラン

イギリスでヒットしたが、日本では未公開。ゾンビ映画の金字塔『ゾンビ』(原題: Dawn of the Dead)をパロディにした作品。ホラー映画だがコメディでもあり、ラブ・ストーリーも絡んでくるので、公開時のコピーは"Rom Zom Com"だった(Rom=Romance, Zom=Zombie, Com=Comedy)。(Wikipediaより)

『ゾンビ』(原題: Dawn of the Dead, 国際題: Zombie)は日本ヘラルド映画が1979年(昭和54年)に配給した作品。まだ経理部員だった頃かもしれない。映画にさほど興味を抱いていなかった。ゾンビにはいろいろなバージョンが存在するらしい。『日本劇場公開版』は、『ダリオ・アルジェント監修版』を元に一部シーンのカット、残酷シーンの修正、冒頭に日本オリジナルの惑星爆発の追加映像を加えて劇場公開されたバージョンで、本編115分。残酷なシーンが削除されたり静止画やモノクロに処理されているうえ、オープニングには惑星爆発のシーン(『メテオ』の未使用映像の流用)とそれによるゾンビ発生の説明が加えられ、エンドクレジットが削除されている。日本版予告編では『マタンゴ』のマタンゴの鳴き声が使用されている。こんな記事があったが、なんとなくそれらしきことを思い出すような。ヘラルドらしい手の込んだ解決策を施したようだ。他人事の映画世界だった。

本作のどこがおもしろいのか、まったく乗れない自分を発見して惨めだった。映画なんておもしろいと思えなければ何の意味もない。片想いの恋を10年抱えているのと同じだ。

『釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?』

2004年(平成16年)・日本 監督/朝原雄三

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/奈良岡朋子/江角マキコ/筧利夫/吉行和子

今回気がついたことがあった。それは、毎回ゲスト役者が演じる男女またはどちらかが、ハマちゃんのお陰で結婚するということ。そんな単純なことも今頃になって気がつくとは。次回になってみなければ、その真偽の程は分からないが、たぶん。

今回は秋田県。唯一、東北地方への旅を残してしまった私の旅。いつでも行けるからということと、自分の故郷との距離が近いからと言うのが最後になってしまった明確な理由だった。見たことも、行ったことのない九州、関西地方を優先的に旅の目的としたことに間違いはなかった。それが縁で結婚にまで行き着いてしまったことも仕合わせのプロセスだ。

行っていない東北地方でも、仙台、石巻、山形までは足を伸ばしている。青函連絡船に乗るために青森に降りたこともおそらく夢ではなかったろう。ヘラルド時代、ブッカーという映画フィルムを全国の劇場に発送する仕事をした時、関東・東北地方の劇場のある都市を全て記憶したことを思いだした。酒田といえば「グリーンハウス」という映画館の名前がセットで記憶されていることに、懐かしい喜びを感じる。

『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(The Age of Innocence)

1993年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/ダニエル・デイ=ルイス/ミシェル・ファイファー/ウィノナ・ライダー/ジェラルディン・チャップリン

時は1870年代、日本はまだ明治維新のごたごたの最中。場所はアメリカ・ニューヨークなど上流社会。毎日のようにパーティーだオペラだと、噂話が仕事のような社会があった。サブタイトルは行き過ぎ。おとなし過ぎる映像に嫌気がさした宣伝マンが勝手に思わせぶりな邦題を付け足したようだ。

男と女の間にはいつの時代にも微妙な風が吹き、その風が暖かくなったり冷たくなったり、時には嵐のような勢いで二人を吹き飛ばしてしまう。幼馴染みならなおさら、小さな頃に芽生えた恋心が永遠に時を超えていくような気さえする。

いつまでたっても一向に進まない恋、観ている方が苛々するくらいだ。こういう当事者にはなりたくないな、と思いながらも、いつだってそんな恋に巡り合ってしまった自分の過去が思い出される。

『突破口!』(Charley Varrick)

1973年・アメリカ 監督/ ドン・シーゲル

出演/ウォルター・マッソー/ジョー・ドン・ベイカー/アンディ・ロビンソン/ジョン・ヴァーノン

おもしろい。結構早い時期に見たことのあるシーンを見つけた。珍しいことだが、そのシーンだけ覚えていたようだ。洒落ているし、粋だね。ドタバタと笑いを誘う喜劇とは違って、観客におもねることのない筋書きは、見ていて気持ちがいい。

銀行強盗した一味が早々に残り二人になり、そのうち最後の一人になっていく過程に、いろいろな面白味を鏤めて、映画の醍醐味を味あわせてくれる。薄っぺらでないところがいい。一皮剥いたら何も残っていないような日本映画とは、そもそもの作りが違う感じがする。

睨まれたら逃れられないマフィア、日本の暴力団抗争もいよいよ本格化する兆しが見える。この映画の主人公は盗んだ金をマフィアに返して命乞いしようとした。が、それでは映画がおもしろくない。主人公の前職が飛行機の曲芸飛行だったという特技を生かし、観客を飽きさせないタネをあっちこっちにばらまいている。

『100回泣くこと』

2013年(平成25年)・日本 監督/廣木隆一

出演/大倉忠義/桐谷美玲/ともさかりえ/波瑠/宮崎美子/大杉漣

原作は中村航という人の恋愛小説だという。解説によれば、愛する者を永遠に失うという普遍のテーマ作品ということになるらしいが、まさしくベタな内容ながら前半戦は結構興味を惹かせる内容だった。が、半分を過ぎた頃からボルテージが急に下がり、普通より以下の展開となってしまって残念。

初めは若い女性がメインの読者層だったが、2008年6月に行なった「雨の日に読みたい本」のラインナップでゴスペラーズの北山陽一による「うっかり新幹線で読んで号泣しました」というコメントが載った帯が付いたところ、”新幹線”というワードにビジネスマンの目が留まって各店舗で品切れとなり、特にターミナル駅構内の書店での売り上げが急激に伸びた。以降、男女共幅広い層に支持され、発売から8年で発行部数が77万部を突破したという。

タイトルがおもしろいと思った。こんな説明文を見つけた。タイトルは著者がこの話を書き始めた時にパソコンのファイル名として最初につけた仮タイトルそのままで、彼女が亡くなる前の100日と亡くした後の100日を描こうと思ってつけたもの。「こと」をつけて名詞化したことで、タイトルが内面的な言葉になった気がするとインタビューでは話している。他には「スケッチ・ブック」や、「開かない箱」というタイトル案もあったという。

『ブリッジ・オブ・スパイ』(Bridge of Spies)

2015年・アメリカ 監督/スティーヴン・スピルバーグ

出演/トム・ハンクス/マーク・ライランス/エイミー・ライアン/アラン・アルダ

ヘラルドの後輩から送ってくるDVDには英語のタイトルが手書きしてあって、邦題が分からない。「スピルバーグ」で検索して、彼の監督作品からこのタイトルの詳細を調べることになった。まさか原題のカタカナだとは思わなかった。自分が題名を付けるなら「スパイ」とかにしようかなと思っていた。

凄く懐かしく感じた映画だった。時代はベルリンの壁が出来た当初、アメリカとソ連の冷戦が華やかなりし頃だったからだけではない。スパイの交換という極めて人間的なアナログの取引が堂々と行われていた時代ということもあろう。それ以上に、その仲介役の人物が、この映画の主人公なのだが、家庭においても、その取引の駆け引きにおいても、実に昔ながらの物を言わない行動が今らしくない雰囲気満載に感じられたのだった。

言わずもがなの最近の風潮、全てを語らなければこちらの真意が伝わらない現実に胸を痛める。心意気とか気っ風の良い思惑なんて、誰も見向きもしない。庶民の生活にも少なからず影響する価値観の相違は、社会全体をおおって中国の大気汚染のように、人知れず迷惑を被る人が多くなってしまった。

『限りなき追跡』(GUN FURY)

1953年・アメリカ 監督/ラオール・ウォルシュ

出演/ロック・ハドソン/ドナ・リード/フィリップ・ケリー/リー・マーヴィン/ネヴィル・ブランド

久しぶりの西部劇だ。無法者の強盗団はお馴染みだが、展開は初めてかもしれない。逃げ込もうとするのはメキシコ。これもいつもの構図。トランプがメキシコとの間に壁を作るというスピーチも、西部劇時代から続くアメリカとメキシコの関係をよく表しているかもしれない。

南部諸州は北部による軍事占領下におかれ、そのもとで黒人に投票権が与えられた。しかし1877年以降南部の白人が州内において主導権を取り戻すと、激しい揺り戻しが起きた。1890年代以降、南部各州では相次いで有色人種に対する隔離政策(ジム・クロウ法)が立法化され、奴隷こそいなくなったものの人種差別はふたたび強化された。この人種差別状況が改善されるのは、1960年代の公民権運動を待たなければならなかった。こんな時代を背景に持つ西部劇らしい。

南部で牧場を経営する主人公のもとに嫁になるためにやってきた女性の存在なくしては、この映画は成立しない。いかにもアメリカ映画らしく、きちんと道理をわきまえて作られている。勧善懲悪、女性尊重の風土は歴史がある。判官贔屓、男尊女卑の風潮である日本とは、ちょっとわけが違う。

『ソロモンの偽証 前篇・事件 / 後篇・裁判』

2015年(平成27年)・日本 監督/成島出

出演/藤野涼子/板垣瑞生/佐々木蔵之介/夏川結衣/永作博美/黒木華/小日向文世/尾野真千子

宮部みゆきによる長編推理小説、またそれを原作とする映画。『小説新潮』(新潮社)にて、2002年(平成14年)10月号から2006年(平成18年)9月号、同年11月号から2007年(平成19年)4月号、同年6月号から2011年(平成23年)11月号まで連載され、2012年(平成24年)に刊行された。『事件』『決意』『法廷』の三部構成で原稿用紙延べ4700枚。週刊文春ミステリーベスト10及びこのミステリーがすごい!で第2位にランクインした。学校内で発生した同級生の転落死の謎を、生徒のみによる校内裁判で追求しようとする中学生たちを描く。舞台となる中学校は東京都「城東区」(江東区がモデル)と設定されている。

話は結構おもしろい。2015年3月7日公開の「前篇・事件」と4月11日公開の「後篇・裁判」の2部作で公開された。監督は成島出。本作でデビューし、役名を芸名とした主演の藤野涼子をはじめ、生徒役となる主要出演者はオーディションによって演技経験を問わず選定され、本作が初出演作となった者も少なくない。第40回報知映画賞と日刊スポーツ映画大賞で作品賞を得たほか、藤野もこの年の新人俳優賞を多数受賞した。(以上、Wikipediaより)

作家というものはなかなか想像力豊かな人種だ。ありもしないようなことと、現実の狭間のちょっとしたことをさも大きな出来事として目の前に突きつける。そうすると幻想が現実に見えてくるから不思議だ。

『オデッサ・ファイル』(The Odessa File )

1974年・アメリカ 監督/ロナルド・ニーム

出演/ジョン・ヴォイト/マクシミリアン・シェル/メアリー・タム/デレク・ジャコビ

つい最近、ヘラルド名古屋の後輩と話をしたばかりだった。アンジェリーナ・ジョリーの父親がジョン・ヴォイトだとこの頃知ったらしい。その時、ジョン・ヴォイトの出演作品で『5人のテーブル』(TABLE FOR FIVE・1982)がヘラルド作品だったがクソ当たらなかった、というようなことを言った。

彼が言うには『真夜中のカーボーイ』(Midnight Cowboy・1969年)の主演でしょうジョン・ヴォイトは、ということだった。この時代の映画をきちんと観ていないツケが回っている。題名だけは知っているが、観ていない作品が多い。そういう劣等感を抱えながら映画業界にいたことのある経歴が虚しい。

この映画はリアルタイムではかなり話題になった。自分が観たのはだいぶ経ってからだが、やっぱりジョン・ヴォイトは大根役者だった。まぁ、映画自体も今では考えられないような甘い作りだと、今だから分かる。スパイ映画なのに、それはないだろうというシーンがいっぱい。緻密な設定を鏤められなければ、陳腐なストーリー展開になってしまう。そんな危うい映画作りがまかり通っていた映画製作時代なのかもしれない。

『釣りバカ日誌14 お遍路大パニック!』

2003年(平成15年)・日本 監督/朝原雄三

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/奈良岡朋子/高島礼子/三宅裕司/間寛平/松村邦洋

なにも観たからと言って、いちいちコメントを書くほどのこともないだろうと思われる、が、観たことの証のために書いている。意外と眠ることなく最後まで観られることが嬉しい。早回しすることもない。あれだけ観ようと思わなかった映画を、今こうやって好きこのんで観ている現実が不思議だ。

もしかすると、これは現実ではないのかもしれない。脇役がしっかりしていると、映画がしまる、そんな見本のような映画だ。三宅裕司のうざったい演技も、この映画では客分役者ではそんなに出しゃばれないのがいい。

この映画を観ていると、人生の歩み方をもう一度見直そうという気になる。それでいいのだ、ということになろうか。

『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』(Johnny English Reborn)

2011年・イギリス/アメリカ合衆国/フランス/イスラエル/日本 監督/オリヴァー・パーカー

出演/ローワン・アトキンソン/ジリアン・アンダーソン/ ドミニク・ウェスト/ロザムンド・パイク

スパイコメディ映画、『ジョニー・イングリッシュ』の続編。コメディというよりドタバタ喜劇といった方が適切。前作があったことすら知らない。主演のローワン・アトキンソンは Mr.ビーンのあの人。イギリス映画では彼しかコメディアンはいないんじゃないかといった存在感。何をしてもコメディに見えてしまい、本気で映像を見る気にすらなれない。

途中で永い眠りについてしまった。決しておもしろくないわけではない。かといって、おもしろいかというと、いいやと答えるしかない。007 MI-6をパロって、MI-7 の諜報員が馬鹿なことをやりまくる。お笑いが好きな人には、なんの問題もなく腹を抱えて笑いまくれるだろう。

そもそも何故コメディというジャンルがあるのだろう。人生の中には想像もしないようなお笑いごとがふんだんにあり、わざわざ職業でお笑いを振りまく人種から、笑いの福を受ける必要なんか、これっぽっちもないと思われるのだけれど。どんなことでも心から笑えるが、わざと仕掛けられた笑いには無性に反発してしまう。こういうのを臍曲がりと言うのだろうか。

『アイガー・サンクション』(The Eiger Sanction)

1975年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/ ジョージ・ケネディ/ヴォネッタ・マッギー/ジャック・キャシディ

題名のアイガーは「アイガー北壁」のこと。山を舞台としたスパイ映画で珍しい。登山シーンがふんだんに入っている。そしてこのアイガー北壁には欠かせない人を思い出す。何度も書いているが長谷川恒夫さん、同じ学年で天才登山家だった。

1977年2月16日 マッターホルン北壁 冬期単独登頂。北壁の冬期単独登頂はワルテル・ボナッティに次いで2人目。1978年3月9日 アイガー北壁 冬期単独初登頂。1979年3月4日 グランド・ジョラス北壁 冬期単独初登頂。アルプス三大北壁の冬期単独登攀の成功は世界初となった。この年の映画『北壁に舞う』(松山善三監督)をヘラルドが配給した縁で、新橋の寿司屋の2階で一緒に酒を飲んだ。勿論私は食べるだけだったが、彼の謙虚な心根に触れた。その後彼は、1991年 ウルタルII峰で雪崩に巻き込まれ遭難死。天才にも自然の驚異には。

彼はこの映画を観ただろうか。という疑問が起こった。プロの世界から見れば、映画の登山シーンなんてチャンチャンラおかしくて、見ていられないだろうけれど、そこを映画は映画として見る度量があったか、という問題かとも思う。そんな大袈裟でなくても、この映画を観て楽しんでくれていたらいいなと思った。こうやって彼を懐かしむことが供養と言えれば嬉しい。

『海街diary』

2015年(平成27年)・日本 監督/是枝裕和

出演/綾瀬はるか/長澤まさみ/夏帆/広瀬すず/大竹しのぶ/堤真一/風吹ジュン/樹木希林

原作は漫画だという。数々の賞をとっている。第39回日本アカデミー賞の最優秀作品賞、優秀脚本賞、最優秀撮影賞、最優秀照明賞を獲得している作品とはどんなものなのだろうか、という興味があった。舞台は鎌倉、地名が明記されている割には風景としての鎌倉はさほど多く現れない。

なんといっても3姉妹+腹違いの妹を加えて4姉妹の物語なのが楽しい。自分のことに置き換えれば、こんな風に小説や映画に出てくるような3姉妹の物語が現実化していくと嬉しいなぁと思っていた。そういう時期がずーっと続いていたが、現実はそんなに甘くなかった。美貌的にはおそらく羨ましがられるほどの体裁を備えていて、親としてはかなり自慢の子供たちだ。

一人くらいは場末のバーでジャズなんかを歌ってくれていれば最高だな、とひとりほくそ笑むのだったが、そんな破天荒な子供は現れなかった。一人くらいは離婚しても、と思っていたら、ちょうど離婚した子がいて想定内というところ。それぞれが二人の子供を持つなんて、出来過ぎているかもしれない。もう少し歳をくったら、物語の3姉妹のように仲良く人生を語り合ってくれればいいな。そんな人生を父親は望んでいる。

『花とアリス』

2004年(平成16年)・日本 監督/岩井俊二

出演/鈴木杏/蒼井優/郭智博/平泉成/木村多江/相田翔子/阿部寛/広末涼子/大沢たかお

長編と短編の2つが存在する。また、岩井俊二本人によるコミカライズ作品が角川書店より出版された。前日譚となる関連作品『花とアリス殺人事件』(はなとアリスさつじんじけん)が2015年2月長編アニメーション映画化された。(Wikipediaより)

それにしてもつまらない映画。パソコンを弄りながら観ているような、観ていないような、ながら族の先駆者は奮闘する。結局、何がなんだか分からないうちに映画は終わってしまった。この映画を観る前に『スリーデイズ』(The Next Three Days・2010年)を観たばかりだったので、日本映画の未熟さがもろに見えてまったく画面に引きこまれなくて、往生した。

どうしてここまでおもしろくない映画が多いのだろう、日本映画。自信満々に撮っている姿が、なんか虚しい。メリハリのない、非日常的であるはずの映画の世界が、日常より堕落している。それでいいのだ、と言うわけにはいかない。

『男子高校生の日常』(Daily Lives of high school boys)

2013年(平成25年)・日本 監督/松居大悟

出演/菅田将暉/野村周平/吉沢亮/岡本杏理/山本美月/太賀/角田晃広/東迎昂史郎/栗原類

なんというタイトルだろう、と調べたら、山内泰延による日本のギャグ漫画作品、および同作を原作としたテレビアニメ、実写映画とあった。Wikipediaにはどこのオタクが書いたのかと思われるような情報がしこたま載っていた。

途中まで観た段階では、なんて言うことないストーリーだが、このあと何か映画らしい事件が起こるのだろうか? と、昨日書いた。何も起こらなかった。というより、途中であきれ果てて2倍速にした。さすがにこの頃は見る映画が少なくなったので、5倍速を駆使することは極力避けている。

こういう映画に出て俳優だ、そして監督だと威張れる人がいるのだろうか。ながら観でも充分過ぎる内容と映像、セリフも聞き取り難いし、この映画のいいところを見つけることは困難だ。まぁ、極くわずかな賛同者だけ観て楽しめれば、それで役割を達せられるだろう。

『コルドラへの道』(THEY CAME TO CORDURA)

1959年・アメリカ 監督/ロバート・ロッセン

出演/ゲイリー・クーパー/リタ・ヘイワース/ヴァン・ヘフリン/タブ・ハンター/リチャード・コンテ

ときは1916年、ヨーロッパでは第一次世界大戦のまっただ中、この戦争が2年後に終結するなんて誰も知らない。ここアメリカとメキシコの国境では、1910年に起ったメキシコのパンチョ・ビラ将軍の動乱がこの年になってテキサス、ニュー・メキシコ地方へと拡大した。鎮圧のため派遣されたアメリカ軍との戦いが起こっていた。

『1916年3月8日の夜 パンチョ・ビリャ率いるメキシコ反乱軍がアメリカとの国境を越えコロンバスを攻撃 アメリカ兵と一般市民を殺傷した これに対しアメリカ陸軍は遠征隊を派遣し ビリャの逮捕と反乱軍の一層を命じた この遠征中に一人のアメリカ人将校が 人間を動かす根本的な2つの問いに直面した 勇気とは? 臆病とは? これは彼がその答えを探す物語である』と、冒頭にテロップが入る。

極めて困難な状況が、どんどんエスカレートしていく。アメリカ映画らしく、女の存在が映画に微妙な彩りを添える。アナログでおもしろかった時代を代表するような映画かもしれない。人間の心の機微を映し出さないで、どうして映画と言えるだろうか、と現代の我々に問いかけている。

『釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!』

2002年(平成14年)・日本 監督/本木克英

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/鈴木京香/小澤征悦/奈良岡朋子/笹野高史

また観てしまった。それにしてもテレビ放映の新作映画、特に洋画が圧倒的に少なくなった。まだ2、3年前の話だと思う。アメリカ映画の製作本数が減ったのは確かだが、つまらない日本映画があとからあとから作られる構図が理解できない。収支はどうなっているのだろう。儲かっていなければ二度と映画なんか作るか、と思う投資企業ばかりだと思うのだが。

今回は、富山県(富山市 ほか)重要文化財の浮田家をはじめ、黒部フィッシュアリーナ、新湊マリーナ、宇奈月温泉、トロッコ電車、瑞泉寺や井波町、立山連峰などがバックグラウンド。名古屋から犬山、下呂に行った社員旅行のついでに、誰かが言いだしたトロッコ電車へと足を伸ばしたことがある。もうだいぶ整備されているだろうと思うが、エマニエル夫人公開後時代のトロッコ電車周りは、まだまだ雑草生い茂る未開の地域だった。夜、道なき道を降りて川に作られた温泉に入ったことを思いだした。

今回のテーマは主人公が勤める鈴木建設イチの美人設計士の結婚話。出会いは思いがけないところで起こる。そんなもんだよね、現実社会の恋物語。それでいいのだ。

『HK 変態仮面』

2013年(平成25年)・日本 監督/福田雄一

出演/鈴木亮平/清水富美加/片瀬那奈/ムロツヨシ/安田顕/佐藤二朗/池田成志

気色の悪い題名だし、内容もおちゃらけの極みのようなもの。こういう物語や絵面が社会に出ること自体が日本の不思議。こんなことを言うと、認識不足と怒られることは間違いない。が、言わせてもらえば、こんな漫画が存在することが恥ずかしくて仕方がない。これが日本の文化だと心底誇れると思っているのだろうか。おぞましい価値観だ。以下は全てWikipediaから引用する。

2013年4月に第1作『HK 変態仮面』、2016年5月に第2作『HK 変態仮面 アブノーマル・クライシス』が公開された。いずれも福田雄一の監督、鈴木亮平の主演による。原作の雰囲気は踏襲しつつも、物語は完全にオリジナルであり、登場人物も一部異なる。『HK 変態仮面』(エイチケー へんたいかめん)は、2013年4月13日に公開された映画第1作である。PG12指定。監督の福田雄一が脚本も手がけているが、原作のファンである小栗旬が脚本協力として参加している。主演の鈴木亮平は、超筋肉質の変態仮面を演じるため、体重を一度15kg増量した上で脂肪をそぎ落とすという肉体改造を行った。キャッチコピーは「愛子ちゃん、どうか俺の闘う姿を見ないで欲しい。」「俺は正義の味方だが どうやら正義は俺の味方ではないらしい」。2012年11月、映画館にて予告編が告知上映された。予告編の最後には『“変態”って言えなかったらタイトル「HK」でも買えるよ』とある。2013年2月、実写映画化が正式発表された。同年4月6日に新宿バルト9にて先行公開の後、同年4月13日より全国で公開された。配給はティ・ジョイ。公開前から大きな反響を呼んでおり、公開後には上映館数を当初の12館から27館まで増やし、公開規模にもかかわらず4月30日には興行収入が1億円を突破する破竹の勢いをみせた。上映マナー用の短編フィルムも作成されている。内容は変態仮面が劇場マナー違反の迷惑客を必殺技で注意するのだが、一番の迷惑客は全裸に近い変態仮面自身だった。

日本国外での公開:台湾では、2013年4月9日に台湾ゴールデンホース・ファンタスティック映画祭でプレミア上映され、同年5月3日に一般公開された。公開前からテレビCMが流れ、首都・台北の街中には150台の『変態仮面』ラッピングバスが走った。公開3日間の興収も468万台湾元となり、週末興行収入ランキングで『アイアンマン3』、ダニー・ボイル監督の最新作『トランス』に続く第3位につけた。この他、香港では2013年7月に公開、アジア以外でもニューヨーク、スイス、スペインなど10近くの映画祭からのオファーが殺到した。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(STAR WARS: THE FORCE AWAKENS)

2015年・アメリカ 監督/J・J・エイブラムス

出演/ハリソン・フォード/マーク・ハミル/キャリー・フィッシャー/アダム・ドライバー/デイジー・リドリー

ようやく観ることが出来た。1年に1本くらいは映画館で観ようと思っていて、昨年はこれだ!と決めていたけれども、現実は厳しく映画館に足を運ぶことは出来なかった。久しぶりに待望の映画だったが、期待が大きすぎた感じは否めない。ここまで幼稚なストーリーとアクションだったかと、夢が覚めた感じがした。熱に冒されている時代からずいぶんと時間が経ったことが、大きな原因だろう。最後には寝てしまうという不覚をとった。

SF映像作品『スター・ウォーズ』シリーズにおける主要実写映画の第7作品目。シリーズ主要9部作の中では、レイを主人公とする3部作の第1章『エピソード7』に当たる。公開時のタイトルにエピソードとエピソード番号が表記されないのは、『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』以来である。ウォルト・ディズニー・カンパニーが、ルーカスフィルム買収後に製作した初の『スター・ウォーズ』映画である。公開日はフランス・イタリアなどで12月16日11時30分(現地時間)。香港・台湾で12月17日。中国(2016年1月9日)を除くその他の地域は12月18日(金曜日)9時30分(UTC)に同時刻一斉公開。レイティングについて、日本(映画倫理委員会)ではG指定だが、アメリカ(MPAA)では暴力表現があるため、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』同様PG-13(13歳未満の児童には不適切な箇所があるため、保護者の判断が必要)に指定された。

末期癌で2015年7月に余命2か月と診断され、死ぬ前に本作を見たいという希望を持っていた、子どもの頃からスター・ウォーズの熱狂的なファンだったテキサス州在住の32歳の男性のためにインターネット上で嘆願運動が始まり、出演俳優のマーク・ハミル、ピーター・メイヒュー、ジョン・ボイエガも支援の輪に加わった。そして2015年11月3日、ディズニーやルーカス・フィルムのスタッフが男性の自宅を訪れ、特別に本作の未編集版を上映した。そのため、この男性は本作を世界最速で視聴した人物となった。それから1週間後の2015年11月10日、男性は眠りながら安らかに息を引き取った。非常によく似た内容の『ファンボーイズ』という映画があったことからも日本を含め世界中で大きな話題となった。(以上、Wikipediaより)

『バーディ』(Birdy)

1984年・アメリカ 監督/アラン・パーカー

出演/マシュー・モディーン/ニコラス・ケイジ/カレン・ヤング/ブルーノ・カービー

1985年のカンヌ国際映画祭で街路灯にくくりつけられたり、さらにおおきなこの映画のポスターがあったと思いだした。時期は合っていたので、おそらく間違ってはいないと思う。印象的なポスターで、当時この映画は小難しそうで観たくないな~、と心に刻まれていた。たぶん、間違いなくあのポスターだよな~。

それから30年、こういう形で初めて観ることになるとは思わなかった。今だからこそ冷静な心持ちで、静かに観ることが出来る。リアルタイムで観たとしても、おそらく何も感じなかったろう。30年という時間は人間を進化させるには充分だったかもしれない。まだ生きていてこういう映画を観ることが出来たことに、感謝しよう。

幼なじみの二人の物語。ベトナム戦争で心を病んでしまった友をなんとか快復させようとする。自分もしこたま顔に炸裂弾を食らい、包帯だらけの顔で友と対峙する。玄人好みの映画製作。素人にはもう少し単純なストーリー展開が望まれる。最後のシーンで観客も救われる。一瞬の出来事で映画は終わる。饒舌過ぎる日本映画は、こういうところを見習わなければ。

『ノーカントリー』(No Country for Old Men)

2007年・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン

出演/トミー・リー・ジョーンズ/ハビエル・バルデム/ジョシュ・ブローリン/ウディ・ハレルソン

ちょっと映画好きくらいなら知らなくてもいいが、映画ファンと呼ばれる人や映画界にいる人なら、この映画の監督コーエン兄弟を知らない人はいないだろう。ちょっと気の利いた映画を作っている。観客の心理を巧みにとらえた映画は、ひと味もふた味も違う。この映画だって、最初の10分間の気の持って行かれ方といったら、生半可ではない。中盤から後半にかけては、少し食傷気味になる欠点はあったが。

調べていたらヘラルドが配給した三流作品にも関係していたことが分かって、懐かしんだ。『死霊のはらわた』(The Evil Dead・1981年)~ 編集助手、『XYZマーダーズ』(Crimewave・1985年)~脚本、この二本とも邦題に自分自身が多いに関わり合っていた。懐かしいな~。クソ変な映画を良く当てたもんだ。

日本ではサントリー・コーヒーの宣伝に出てきておちゃらけているが、主演クラス、トミー・リー・ジョーンズの存在感が大きい。最初の20分間に起こった事件が同じテイストで続いていくので、少し飽きてくる。話の展開がないと2時間の鑑賞には耐え難い。ディーテイルに並々ならぬ拘りを強く感じるし、時々遊びのように挿入されたシーンに、観客をかなり意識した映画作りを感じる。それを感じさせては失敗だとは思うが。

『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』

2001年(平成13年)・日本 監督/本木克英

出演/西田敏行/三國連太郎/奈良岡朋子/浅田美代子/宮沢りえ/吉岡秀隆/青島幸男

シリーズ第14作(レギュラーシリーズ第12作)。今作から題名の数字部分を日本語読みするようになった。また、副題が付いたという。この映画を観る前にマイケル・ダグラス主演の『ゲーム』(The Game・1997年)を観て、堪能していたのでこういう気休め映画にほっとする。

今回のご当地は山口県『萩』。3月、土塀の上から枝を這わせる夏みかん光景と香りが忘れられない。一人旅は楽しかった。最高1ヶ月の自分で作ったルートの周遊券を手に、西日本を一周したのが一番の想い出。九州へは二度行った。帰り道の京都には何度か寄っていた。

晴耕雨読ならぬ晴釣雨読の生活をし始まったばかりの今回のゲスト主人公、思い通りに人生は行かない。田舎に引きこもって早々に死んでしまうなんて、映画といえど哀し過ぎる。長生きしたいと思っている人が往々にして早死にし、どうでもいいやと思っている人間が長生きする。ままならない人生、それでいいのだ。

『夢の向こう側 ROAD LESS TRAVELED』(樂之路)

2011年・台湾 監督/セブン・リー

出演/ヴァネス・ウー/ジミー・ハン/ディーン・フジオカ/エリック・トゥー

台湾映画だった。『流星花園 花より男子』で人気を集めたヴァネス・ウーが、友人のジミー・ハン(「幻遊伝」)、エリック・トゥー(『あの日を乗り越えて』)とともに立ち上げた製作会社の第1作。自ら出演し、音楽に賭ける若者たちが紆余曲折を経てスターへの道を駆け上がって行く姿を描く。「イップ・マン 葉問」のサモ・ハンが共演。

こんな風に Movie Walker に解説があったが、ディーン・フジオカに関しては何も触れていなかった。彼が一躍有名になったので、急に放映することになったのだろうが、活字の方はさすがに web といえども書き直す余裕もないのだろう。

何処がうけるのか分からない。別に否定するような役者ではないが、ちらりと深キョンとの絡みのテレビ・ドラマを見たが、ちょっとばかり仰々しい発声と振る舞いに、少しがっかりした。あれだけ大騒ぎされるのだから、もっと際だった容姿と演技をするのだろうと勝手に期待してしまったのが、間違いだった。昭和の初めの頃のような映画のストーリーはお粗末。

『陽だまりの彼女』

2013年(平成25年)・日本 監督/三木孝浩

出演/松本潤/上野樹里/玉山鉄二/大倉孝二/谷村美月/菅田将暉/夏木マリ

まだ観始まったばかり。上野樹里は小生意気で嫌いだが、松潤の映画を観るのは初めてだろう。最初の10分ではそれなりにおもしろそうな気がしたが・・・・。明日。と、書いて昨日は寝てしまおうと思ったが、何を思ったのか続きを観て寝るのが遅くなってしまった。

話はおとぎ話のようなものだった。猫の好きな縁側の陽だまりが題名だったのか。現役時代に配給したアニメーション映画『綿の国星』(1984年)を思いだした。活字の世界なら想像力をかき立てて、夢の世界に浸れる少女思考世界の映像化。性格の悪さが全身に出ている主演女優が、やっぱり気持ち悪い。全くの新人デビュー映画だったら、もっと素敵な映画になっていたろう。

越谷オサムによる日本の恋愛小説。「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」と謳った書店のパネルが話題を呼び、普段は恋愛小説を読まない中年男性の目も留まるようになり売上が急上昇。2011年6月に刊行された文庫版は啓文堂書店の「2011年 おすすめ文庫大賞」の1位に輝き、2013年9月には累計発行部数100万部を突破したという、知らないことばかりだ。

『フィフス・エレメント』(Le Cinquieme element, The Fifth Element)

1997年・フランス/アメリカ 監督/リュック・ベッソン

出演/ブルース・ウィリス/ミラ・ジョヴォヴィッチ/ゲイリー・オールドマン/トリッキー/イアン・ホルム

いやぁ~、こんなつまらない映画も久しぶり。監督も主演もかなり一級品のはずだが、なんともはやつまらない。何度見直し始まっても、すぐに寝てしまう。目が自然に閉じてしまうのだ。思い直して何度同じことを繰り返しただろうか。最後には、結末を観ずに終わってしまった。でもいいや、これ以上観たっておもしろくない映画がおもしろくなるわけないし。

映画は1914年(大正3年)から始まる。300年後の2214年がメインのシーン。設定も幼稚だがCGも拙い。スターウォーズの焼き直しのような映像を作って、どこがおもしろいのだろう。クソミソだが、褒め言葉なんて言いようがない。

いつも言っている、10年後が見たいとは思わないが、100年後をこの目で見てみたい。そんなことは不可能なのだろうが、この自分という意識を永久に続けることが出来れば可能になる。それが出来ないのだ、と言われても、出来そうな気がしてならない。この次の自分は一体誰なのだろうか?

『釣りバカ日誌イレブン』

2000年(平成12年)・日本 監督/本木克英

出演/西田敏行/三國連太郎/三國連太郎/奈良岡朋子/村田雄浩/桜井幸子/笹野高史/谷啓

釣りバカ日誌シリーズ第13作(レギュラーシリーズ第11作)。数字ではなくイレブンとした題名にシリーズを長引かせようと奮闘する制作陣の工夫が見られる。そういえば前作は「花のお江戸の釣りバカ日誌」という江戸時代に置き換えた釣りバカだった。

今回のメインゲストは、村田雄浩と桜井幸子。この二人だけ新顔で、ほかの出演者はいつも通りという顔ぶれで映画館に人を呼ぼうとするのだから、映画産業も甘いと言えば甘い。寅さんを引き継いだご当地映画の典型映画、この回は沖縄、何故か沖縄と聞くと機嫌が悪くなる。嫌なことがあったわけではないし、行ったこともない。嫌な沖縄出身の友達がいるわけでもない。不思議だ。

ちょっと漫画チックなシーンを挿入して映画を飽きさせないことを強く意識しているような。全体がまんがなのだからそんなシーンも必要ないだろうに、と思うのは素人観客の見方なのかもしれない。

『ダーティハリー4』(Sudden Impact)

1983年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/ソンドラ・ロック/パット・ヒングル/ブラッドフォード・ディルマン

クリント・イーストウッド(Clint Eastwood、本名:Clinton Eastwood, Jr.(クリントン・イーストウッド・ジュニア)、1930年5月31日生まれだからこの映画のときは53才。もうだいぶ歳をとった雰囲気がする。それでも同じような雰囲気で今も映画を製作しているのだから凄い。

ようやくこの頃になって彼の映画をリアルタイム付近で観ることが出来ている。この映画の頃はとてもじゃないけどだいぶ後になってからの鑑賞で、後悔作品のひとつとなっている。彼の映画は、まずおもしろい。心に残る映画と言うよりは、徹底的に娯楽作品だということ。一番いいところは、観客を飽きさせないことだろう。

たいそうな映画監督ぶって、苛々する映画を平気で作っている人達には、爪あか映画製作作品。悪に対する徹底的な仕打ちが痛快だ。「悪いことではあるがどうのこうの・・・」と、いつも曖昧な善人ぶっている日本の良識人を見ていると、クソ食らえと罵っているのは私だけでもなさそうな気がするが。

『S.W.A.T.』(S.W.A.T.)

2003年・アメリカ 監督/クラーク・ジョンソン

出演/サミュエル・L・ジャクソン/コリン・ファレル/ミシェル・ロドリゲス/LL・クール・J

Special Weapons And Tactics(特殊火器戦術部隊)。アメリカ合衆国は建国以降、国内の大規模騒乱など、警察・保安官が対応し切れない事案には軍が関与する規定になっていたが1873年に、「民兵隊壮年団制定法」が制定され、暴動、騒乱等には、保安官の招集を受けた成年男子が、集団で対処することとなった。また一方で、軍の動員を基本的に禁止し、軍の関与は最後の手段と規定された。同法の制定により、各自治体警察では、暴動等に対処するための部隊を編成したが、部隊の名称、人員規模、指揮系統などは警察により異なっていた。その後、1966年にテキサスタワー乱射事件が発生し、事件を管轄したオースティン市警察は対応し切れず、結果として、警察官を含む15名が死亡した。この事件がSWAT創設の契機となったという。

おもしろくないわけがない。しかもアメリカ映画の警察ものは、お得意中のお得意。イギリス映画の探偵ものと同じようなもの。このSWATはロサンゼルス市警所属、ニューヨークと共に映画に登場する回数が多い。そういう意味では「LAPD」(ロサンゼルス)「NYPD」(ニューヨーク)とパトカーの腹に書かれた文字に馴染みが出来ている。

事件は現場で起きているのだ、ということを強く印象づけられる。一瞬の判断で犯人と対峙しなくてはいけない。映像を見ながら指令を出したって、現場の緊張感は伝わらない。事件のあとであーだ、こーだと言うのは簡単、いつもおいしいところだけ持って行ってしまうデスク組には、現場の緊迫は永遠に分からない。

『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(Hot Fuzz)

2007年・イギリス 監督/エドガー・ライト

出演/サイモン・ペグ/ニック・フロスト/ジム・ブロードベント/ティモシー・ダルトン

Wikipediaには、『ショーン・オブ・ザ・デッド』に続くエドガー・ライト監督・脚本、サイモン・ペグ脚本・主演作品。ブラック・コメディおよびアクションでありながらサスペンスの面を併せ持つ。とあるが、イギリスお得意の完全なコメディ映画だと強く感じる。イギリスのユーモアは黒いというよりは激辛という味わい。コメディ映画嫌いでも観られるコメディ映画だった。

日本のコメディは演者自身がこれはコメディだぞというメッセージを発しながら、自分で笑っているシーンしか見られない。それに比べたら、ユーモアがブラックなことが当たり前のイギリス、ノー天気な笑いが一瞬にしてシリアスに見えてしまうところが凄い。

ドタバタ、ドタバタと物語は進行するが、冷静な気持ちで観られる不思議な映画だ。出だしはスパーヒーローだった警察官が、いつの間にかお笑いの先頭を走っている。観たばかりのアメリカのコメディ『オー・ブラザー!』とは笑いの種類が全く違う。国の歴史を感じる大英帝国の笑いと言っても過言ではない。

『オー・ブラザー!』(O Brother, Where Art Thou?)

2000年・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン

出演/ジョージ・クルーニー/ジョン・タトゥーロ/ティム・ブレイク・ネルソン/ジョン・グッドマン

大恐慌に喘ぐ1930年代のアメリカ南部。ミシシッピ州で服役する詐欺師のエヴェレットは、共に鎖でつながれた囚人ピートとデルマーと共に脱獄を図る。三人が目指すのは、昔エヴェレットが埋めたという120万ドルの大金。だが、その隠し場所は人造湖建設の予定地であり、あと4日で水没する運命にあった。目標に向かって邁進する三人は、旅の途中で様々な人物と出会う。(Wikipediaより) という物語であるが、セピア調を思わせるスクリーンが懐かしく感じる。

また、作中にはカントリー、ブルース、ゴスペル、ブルーグラス等のアメリカン・ルーツ・ミュージックが多数使用されている。T=ボーン・バーネットがプロデュースした本作品のサウンドトラックは大ヒットを記録。全米で700万枚を超える売上を挙げ、2002年度のグラミー賞最優秀アルバム賞に選ばれたという。

日本昔話のように「アメリカ昔話」じゃないかこの映画は、と思った。調べてみたら、ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』を原案に、物語の舞台を1937年のアメリカ合衆国ミシシッピ州の田舎に移した作品であるというから、まんざら感じたことが嘘ではなかったようだ。コメディの出来方が日本映画と根本的に違う。何でも反対の動作をする日米、映画のコメディも笑いのツボは正反対のような気がする。

『ジュラシック・ワールド』(Jurassic World)

2015年・アメリカ 監督/コリン・トレボロウ

出演/クリス・プラット/ブライス・ダラス・ハワード/ジュディ・グリア/ローレン・ラプクス

『ジュラシック・パーク』『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』、『ジュラシック・パークIII』から続くシリーズの第4作であるというが、1作目以外は観ていないかもしれない。まぁ1作観ればそれで充分だと思わせる内容だと思っていた。全部話が繋がっているみたいなので、続けて観れば、また違った印象になるだろう。

動物園だってひと昔からは考えられないような発展形で運営が行われている昨今、遺伝子操作から生まれた恐竜ワールドが実現するのもまんざら夢ではないかもしれない。この映画ではコスタリカのある島、1日2万人がやってくるというから凄い人気だ。

後半はお決まりごとの恐竜の大暴れ。3Dという新しいスクリーンが登場して、アクション映画は夢の世界に突入している。映画界を救う次なる一手は何なのだろうか。先へ先へと人間の欲望は絶えることがない。あくまでも経済優先とお金ばかりに目の行く日本は、そのうち大きなしっぺ返しを食らうに違いない。

『007 スペクター』(Spectre)

2015年・イギリス 監督/サム・メンデス

出演/ダニエル・クレイグ/クリストフ・ヴァルツ/レア・セドゥ/ベン・ウィショー/ナオミ・ハリス

今日は2016年4月27日、昨年末2015年12月4日アメリカより1ヶ月遅れで日本でも公開されたこの映画を、4ヶ月遅れで茶の間で観られることは最高の仕合わせだ。友人がDVDを送ってくれたので、久しぶりに TSUTAYA のまだまだ新作棚に並ぶ作品を観る事が出来た。

出だしは快調、趣があり、重厚で、品格さえも感じる。そこら辺にある映画とは格が違うぞ、と言いたげ。さすがジェムズ・ボンド、名前だけではない受け継がれた伝統のようなものを感じる。いいですね~。映画を観始まって、これから展開されるだろうスクリーンに興味を奪われるというのがいい。

始まってしまうと、どんどんボルテージが下がっていく自分があった。前作などの情報がこの映画に取り入れられていて、観たことはあってもその内容を覚えていない自分には、ちょっと不愉快になるようなセリフガ結構あった。まぁ~それでも、普通の映画に比べたらはるかに満足の行く映画鑑賞であったことは確かである。

『少年と自転車』(Le gamin au velo)

2011年・ベルギー/フランス/イタリア 監督/ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ

出演/トマ・ドレ/セシル・ドゥ・フランス/ジェレミー・レニエ

第64回カンヌ国際映画祭・審査員特別グランプリ 受賞/第37回セザール賞・外国映画賞 ノミネート/第24回ヨーロッパ映画賞・脚本賞 受賞・作品賞、監督賞、女優賞 ノミネート/第69回ゴールデングローブ賞・外国語映画賞 ノミネート/第27回インディペンデント・スピリット賞・外国映画賞 ノミネート/ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 (2012年)・外国語映画トップ5(の1作品)/第17回サンディエゴ映画批評家協会賞・外国語映画賞 受賞/第16回サテライト賞・外国語映画賞 ノミネート/第9回セントルイス映画批評家協会賞・外国語映画賞 ノミネート/第36回トロント国際映画祭・マスターズ 出品

これだけ賞を受けた作品を私が好きなわけがない。そう思えてしまう暗い不愉快な映画だった。朝のうちから気分が悪くなる。クソガキが不愉快なのだ。映画のなかの物語であることを忘れてしまうクソガキの登場なのだ。

外国映画に多い小さな嘘の羅列。映画だけではなく、おそらく日常生活でもさもありなんと思えてしまう。どうして軽く嘘をついて平気な顔をして生活しているのだろうか。自分を下に見られたくないのだろうか。そもそも大したことのない一人の人生なんて、地球の塵にも見えやしないのに、それでもウソをついて自分を良く見せようとしている。如何に自分の実生活が充実していないかを自ら証明して見せているようで、ちゃんちゃんらおかしい。

『さらば愛しき女よ』(FAREWELL, MY LOVELY)

1975年・アメリカ 監督/ディック・リチャーズ

出演/ロバート・ミッチャム/シャーロット・ランプリング/ジョン・アイアランド/シルヴィア・マイルズ

アメリカの作家レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説。1940年刊。私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする長編シリーズの第2作目。活字を読まない私は知らないが、この主人公フィリップ・マーロウの名前は聞いたことがある。探偵ものはイギリス映画と相場が決まっているが、アメリカ映画では情緒が乏しく残念ながらおもしろさに欠ける。

あとからあとから探偵の依頼が舞い込み、そこをおもしろおかしく描いているようにも見えるが、ちょっとおざなり。何度見直してもすぐに眠ってしまったのには我ながら驚いた。頭の中に散漫的に去来する映像とストーリー。映画がまだ元気だった頃の映画だが、駄作と言ってもいいだろう。

この題名と内容を結びつけるシーンが見当たらなかった。たぶん寝ている間のシーンだったのだろう。それでもこの映画を観たと言っていいのだろうかと、ちょっと自分を責めるのが精一杯のコメントだ。

『花のお江戸の釣りバカ日誌』

1998年(平成10年)・日本 監督/栗山富夫

出演/西田敏行/三國連太郎/酒井法子/黒木瞳/中村梅雀/山田純大/ミッキー・カーチス/加藤武/竜雷太/鶴田忍/小野寺昭

釣りバカ日誌シリーズ第12作(特別編第2作)。このシリーズの全盛期だったかもしれない。と言っても、映画館で観たこともないし、ましてやテレビ放映の録画だって60才過ぎてから楽しめるようになった。不思議なものだ。今だったら、1回くらいなら映画館で観てもいいなという気持ちになっている。

「寅さんシリーズ」だって同じようなもの。若い頃と言えば、ちゃんちゃらおかしくてこんな映画観るわけないじゃん、と豪語していたのだから。録画作品が極端に少なくなったことが大きな理由だが、くっだらないこの頃の日本映画よりはるかにましに見える大衆映画の2作品だ。

釣りバカを江戸時代の風景に置き換えるなんぞ、なかなか大したものだ。これくらいのクオリティーがあれば、映画館の大きなスクリーンに耐えられるかもしれない。日本の大衆芸能の仲間入りが出来ているだろう。

『必殺! 主水死す』

1996年(平成8年)・日本 監督/貞永方久

出演/藤田まこと/三田村邦彦/中条きよし/津川雅彦/東ちづる/細川ふみえ/名取裕子/宝田明

1972年から20年間に渡って放送されたテレビ時代劇『必殺!』シリーズの5年ぶりの劇場版第6作。監督は初期テレビシリーズから『必殺!』にかかわり、劇場版第1作「必殺!」も監督した貞永方久。脚本は「復活の朝」の吉田剛、撮影は「忠臣蔵外伝 四谷怪談」の石原興がそれぞれ担当している。音楽はシリーズ全てを手掛ける平尾昌晃。『必殺!』の代名詞ともいえる仕事人・中村主水にはテレビ版同様に藤田まことがふんし、三田村邦彦、菅井きん、白木万理、中条きよしらテレビのレギュラー陣に加え、名取裕子、津川雅彦、東ちずる、野村祐人、細川ふみえら多彩な顔触れのゲストが華を添えている。(映画.com より)

2作目『必殺仕置人』の放送期間中に「必殺仕置人殺人事件」が起きる。この事件の犯人が「番組を見ていた」と供述したことから、マスコミによる批判が展開され、世論の糾弾を浴びることになる。結果として、当時の制作局であった朝日放送が、キー局だったTBSから放送打ち切りを通告される事態に発展した。しかし、その後、容疑者の「俺はテレビに影響されるほど、安易な人間ではない」という供述により番組と事件の関連性が否定され、打ち切りも撤回された(当時のスポンサー中外製薬と日本電装、そして日本電装の親会社のトヨタ自動車からの打ち切りに反対する圧力もあった)。ただし、人気を博していた『仕置人』の延長予定は白紙となり、5作目の『必殺必中仕事屋稼業』までタイトルから「必殺」を外す事態となった。また、次作の『助け人走る』では、内容も前作までのハード路線からややソフトなものに転換された(中盤でハード路線に戻っている)。この後も過激な内容を巡る論争は必殺シリーズに付き物となる。(Wikipedia より)

まぁ、おもしろいと言っちゃおもしろい。

『衝動殺人 息子よ』

1979年(昭和54年)・日本 監督/木下惠介

出演/若山富三郎/高峰秀子/田中健/尾藤イサオ/高杉早苗/大竹しのぶ/田村高廣/中村玉緒/藤田まこと/近藤正臣

1978年(昭和53年)に『中央公論』で連載された長編ノンフィクション「衝動殺人」(作者は佐藤秀郎)が原作。製作は松竹・TBS。この映画で若山はキネマ旬報主演男優賞・ブルーリボン賞・毎日映画コンクール・日本アカデミー賞などの主演男優賞を受賞した。また同じく主演の高峰は、この映画を最後に女優を引退した。この映画が世論を動かし、犯罪被害者給付金制度の成立に貢献したとも言われる。

地味な映画なのに出演者は豪華。さすが木下恵介監督作品だと。加藤剛も吉永小百合も出演している。木下恵介の面目躍如といった正当派社会派映画と言える。一切の笑いを求めようとしない映画なんて、この頃では見たことがない。

犯罪被害者等給付制度は,昭和56年1月1日から施行された。平成20年(2008年)7月1日、「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」に改正された。クソがつくほどの真面目な映画。たまにはこういう映画を観て身を清めなければいけない。

『釣りバカ日誌10』

1998年(平成10年)・日本 監督/栗山富夫

出演/西田敏行/三國連太郎/浅田美代子/奈良岡朋子/金子賢/宝生舞/谷啓/中村梅雀/夏八木勲

くっだらないバラエティー番組やジャリタレのヘッタくそな歌を聴いているより、偉大なマンネリの方がはるかにおもしろい。毎回テーマが違うから、それなりに退屈にならない。釣りの種類も違っているのだろうが、そこまで気が回らない。

今回のテーマは、社長でさえ「会社を辞めてやる!」と、辞表を提出して勝手に辞めてしまった社長の話。と、妊娠したことを知らずに「子供はいらない!」と宣言したら、翌日から九州に帰ってしまった同棲人を訪ねて九州に行く話。今日は、平成28年(2016年)4月9日(土曜日)ちょうど今、地震が収まらない熊本地方の情報、1日中災害ニュースがテレビに溢れているとき。

こどもが出来たから結婚する。出来なければ、知らんぷりして同棲生活を続ける。そのままなら、飽きればすぐに別れる。なんていう生活をしている若者は多いのだろう。昔から、そんなことは当たり前の社会生活。結婚が大きな意味を持たないのは悪いことではない。様々な価値観が現実社会に存在していた方が健全だろう。決まり切った価値観や規律に縛られていれば、こんなに息の詰まる社会生活もないであろう。

『サクラサク』

2014年(平成26年)・日本 監督/田中光敏

出演/緒形直人/南果歩/矢野聖人/美山加恋/藤竜也//津田寛治/嶋田久作/佐々木すみ江/大杉漣

さだまさしの小説集『解夏』に収められた同名小説を映像化したものであるという。父親、義理の父、おじいちゃんが呆けていくプロセスを延々と見せつけられるけれど、そこが本当の主題ではない、と大きな声で言っている。働き蜂でもうすぐ役員に推挙されることになった男の家族を振り返る物語。

こうやって人間は呆けていくんだ、というあたりの描き方が懇切丁寧に描かれている。ホントなら見るのも嫌な光景だが、もし生きているなら避けられない自分の姿がダブってくる。まだまだ、と思っていたって、もうすぐだよと天国からの声が届いてくる。

20年前は単なる家族問題だった物語だろうが、この頃では必ず老人の呆けがそこに加わってくる。あと20年経ったら、一体日本はどうなっているのだろうか。我々団塊の世代のうち身体だけ元気に生き延びれば、ゆうに85才を超えてしまう。家族との結び付きというよりは、そんな老人ばかりで日本が成り立つのだろうか。100年後は見てみたいけれど、20年後は敢えて見たくない。

『サンクタム』(Sanctum)

2011年・オーストラリア/アメリカ 監督/アリスター・グリアソン

出演/リチャード・ロクスバーグ/ヨアン・グリフィズ/リース・ウェイクフィールド/アリス・パーキンソン

パプアニューギニアの巨大な地下洞窟、地上からは巨大な穴があいているように見える。冒険家たちの心を揺さぶる物件。ジェームズ・キャメロンの仕事仲間であるアンドリュー・ワイトの実体験に基づいたストーリーで、撮影には『アバター』のフュージョン3Dカメラシステムを改良したものが使われているという。

巨大な洞窟の中の水路は前人未踏、6人の挑戦が始まった。地上は嵐に変わり洞窟の中に水があふれ出す。パニック映画の原点だが、緊迫感がもう少し。一人づつ死んで行くのだが、そこにあるのは人間のミスと見にくい人間の争い。一般社会生活にも通じるような現象を訴えたいのだろうか。洞窟は地上からまっすぐ奥深く見える縦穴、そこにある水の中に潜り、新しい水路と未開の洞窟室を探検する冒険家たち。

映画とは言え、事実に基づいた物語だという最初のメッセージは結構重い。生死を決める決断を前に、リーダーのあるべき姿を映し出す。それは非情とも思える現実直視型。温情だけでは危機を乗り越えることは出来ない。そこまでの個人体験が出来る人はそうザラにはいないだろう。そういう意味では現実感のなさが評価に繋がり難い。

『バルジ大作戦』(Battle of the Bulge)

1965年・アメリカ 監督/ケン・アナキン

出演/ヘンリー・フォンダ/ロバート・ライアン/ダナ・アンドリュース/チャールズ・ブロンソン/ロバート・ショウ

「この大作戦で戦った百万の兵士に-- この映画をささげる 全戦士と戦いの精神をたたえるため 登場人物や地名はフィクションである」と、これは映画が終わってからのテロップである。第二次世界大戦末期1944年12月にドイツがアメリカ軍に対してしかけた作戦名「ラインの守り」大攻勢を描いている。

戦争映画は基本おもしろい。戦争もので面白くないものがあったとしたら、それは相当の駄作と断言して差し支えないだろう。観ていくうちに、あれっ!これ観たことがあるな、と気づいたシーンがあって、おそらく間違いないだろう。将軍から一兵卒まで、しつこくなく人間がうまく描かれている。ドイツ兵が英語を喋るのに違和感。どうせ字幕映画なら現地語で観たいと思う。

Wikipediaにこんなおもしろい記述が。「雪の中の戦いであったはずが撮影地がスペインだったため、後半は砂漠の様な地形(おそらくスペイン軍の演習地)になってしまっている。実際の戦史とはかけ離れているフィクションも多く、隠居生活を送っていたアイゼンハワー元大統領が公式に抗議声明を出したほどである。偶発的に発生した事件である『マルメディの虐殺』が計画的犯行のように描かれている。」

『津軽百年食堂』

2011年(平成23年)・日本 監督/大森一樹

出演/藤森慎吾/中田敦彦/福田沙紀/ちすん/藤吉久美子/手塚理美/伊武雅刀/大杉漣/かとうかず子

原作は、森沢明夫による日本の小説で、青森県が、三代、約100年続く大衆食堂を百年食堂と名付け、観光の目玉の一つとしたことから生まれた作品。青森を舞台とした“青森三部作”の第1作。第2作は2010年(平成22年)に刊行されたカーリングを題材とした作品『青森ドロップキッカーズ』、なんていう情報を全く知らなかった。

たまたま、久しぶりにスカイプしたヘラルドの後輩で、映画について私など足元にも及ばない知識を持っている人間に聞いたら、彼が知らないと答えたのには驚いた。新しく借りてきたDVDや録画の題名を言うだけで、もの凄い量の関係資料を投げつけられるのがオチだったのに、その彼が知らないというこの映画。どこかの映画学校の卒業制作のような雰囲気の映画。設定もそうだが、おもしろさが題名だけでは企画者も泣いているだろう。

お笑いの漫才二人が主演している。この4月の番組改編で、朝のワイドショーにはどの局にもお笑い芸人が「コメンテーター」としてレギュラー出演している。通産省あがりのしたり顔の輩が減ったのだろう。あるいは、関西ではお笑いの学校までだいぶ前に出来ているみたいだから、それこそお笑い芸人があとからあとから生まれるのは当たり前の現象になってしまったのだろう。そのうちお笑い芸人の就職率なんていうのも発表されるかもしれない。

『P.S. アイラヴユー』(PS, I Love You)

2007年・アメリカ 監督/リチャード・ラグラヴェネーズ

出演/ヒラリー・スワンク/ジェラルド・バトラー/ リサ・クドロー/ジーナ・ガーション/キャシー・ベイツ

ビートルルズの1枚目のシングル盤のB面曲「P.S.アイ・ラヴ・ユー」(P.S.I Love You・1962年)からとった題名かと思った。ニューヨークに住む夫婦、夫の出身はアイルランド人、毎日のように喧嘩を楽しみながら生活をしている様子が冒頭のシーン。突然友人達が集まっての「お別れの会」が現れる。夫が35才という若さで死んだらしい。死に至る過程は語られないし、映し出されない。そんな展開の速さが、映画に興味をもたせる。

なんてことはない、極く極く普通の映画に見えた最初の頃、だんだんとおもしろくなっていく。夫が早々と死んでしまうので、単なる恋愛映画ではない。下手くそな映画ならフラッシュバックが目障りだが、この映画の過去のシーンが気にならない。妻の女友達がいい。男とみれば声を掛ける一人の女友達、いい男とみれば必ずこう声を掛ける。「独身?」「あなたはゲイ?」「仕事は持ってる?」一つ目の質問をクリアしなければすぐに立ち去る。二つ目も、三つ目も然り。

突然夫を失った妻は、人生をたち直すきっかけが見つからない。そんな時、自分の誕生日に、亡くなった夫からのプレゼントと手紙が届く。目先を変えて愛や人生を語ってくれる。主人公の妻が美人ではない分、安心して行き先を見届けられる。原作は、アイルランド出身の女性作家セシリア・アハーンのデビュー作となる2004年出版の小説。

『晩春 デジタル修復版』

1949年(昭和24年)・日本 監督/小津安二郎

出演/原節子/笠智衆/月丘夢路/ 杉村春子/青木放屁/宇佐美淳/三宅邦子/三島雅夫

冒頭、「LATE SPRING Digitally Restored Version」、さらに、「画調はニューヨーク州のシネリック社にて4K修復しました。」「音声はカリフォルニア州のオーディオメカニクス社にて修復しました。」という文字が見える。題名「晩春 昭和24年完成」と珍しい表示が。このタイトルは古さを残してあるような感じだった。

日本国外でも非常に高い評価を得ており、英国映画協会(BFI)選定の2012年版「批評家が選ぶ史上最高の映画トップ50」で15位に輝いている。娘の結婚を巡るホームドラマを小津が初めて描いた作品であり、その後の小津作品のスタイルを決定した。小津が原節子と初めてコンビを組んだ作品でもある。なお、本作および後年の『麦秋』(1951年)、『東京物語』(1953年)で原節子が演じたヒロインはすべて「紀子」という名前であり、この3作品をまとめて「紀子三部作」と呼ぶこともある。(Wikipediaより)

父親は50才を超えたくらいの歳だろうか、父の友人と主人公の娘の会話「おじさんは不潔です。汚らしいわ。」とそのおじさんの再婚を評している。自分の父親の再婚話にも嫌悪感を隠そうとしない。時代を感じる会話が全編に響く。主人公の友人との会話や叔母さんとの会話に、ストーレートな表現が気持ちいい。今の時代のような、もって回ったような摩訶不思議な言い方が奇妙に思えるほど。

『鷲は舞いおりた』(The Eagle Has Landed)

1977年・イギリス 監督/ジョン・スタージェス

出演/マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル/ジェニー・アガター

ジャック・ヒギンズの小説『鷲は舞い降りた』を映画化したもの。1943年9月12日に実施されたムッソリーニ救出作戦の成功に気をよくしたアドルフ・ヒトラーは、同様の作戦で英国首相のウインストン・チャーチルを拉致してドイツへ連れてくる計画を思いつき、国防軍情報部の長官ヴィルヘルム・カナリスにこの計画の可能性評価を命じた。カナリスは非現実的な計画と判断して部下のマックス・ラードル大佐に名目が立つ程度の表面的な調査を命じた。

イギリスにポーランド義勇軍だとして潜り込んだドイツ兵、万が一に死ぬ時のことを考えて、ポーランド軍服の下にドイツ軍服を着て任務に就くことをドイツにいる時から上官にその許可を得ていた。そういう伏線が、意外とつまらないストーリー展開になっていく。

戦争はいけないことだが、戦争映画はおもしろい。それは過去を切りとって新しい物語を作れるからだろう。今起こっている戦争からは悲惨さしか伝わってこない。これが何年も、何十年もあとになれば、シリアにおける戦争も数多く映像化されるのだろう。


2017年7月12日にまた観たので記す

『鷲は舞いおりた』(The Eagle Has Landed)

1977年・イギリス 監督/ジョン・スタージェス

出演/マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル/ジェニー・アガター

観た記憶がどんどん蘇ってきた。第二次世界大戦末期、ヒトラーの命令はなんとイギリス首相チャーチルの誘拐が可能かを調べさせるが、すぐに誘拐を実行する運びになってしまった。おもしろい。まだ序盤。

最後までおもしろさは褪めなかった。観た記憶とはだいぶ物語が違っていて驚くくらいだ。ドイツ人にも極めて人間的ないい男がいたことを証明するような主人公のひとり。女子供を人質にして人間の盾に使おうなんて、これっぽっちも思わなかったこの時代の兵隊さんは偉い。ただ武力で制圧、国を興そうなんていうたいそれたことをしているイスラム国なるものとは、根本的に人間の出來が違う。

人を殺す武器が発達すればするほど、人殺しをなんとも思わなくなる。そんな当たり前のことだが、人間がいなくなって誰かひとりが生き残ったって、なんの意味もないだろうことが想像出来ない、アホな為政者が存在することが信じられない。もっとも他人の気持ちが一瞬でも分かりきったことなど無い人が全て。人間の存在には不思議過ぎることが多過ぎる。

『スーパーマンIII/電子の要塞』(Superman III)

1983年・アメリカ 監督/リチャード・レスター

出演/クリストファー・リーヴ/リチャード・プライアー/アネット・オトゥール/マーゴット・キダー/ジャッキー・クーパー

大好きなスーパーマン映画を観ていないわけはないが、どうにもこの映画の中身をなにも覚えていない。日本語吹き替え版だったが、他に観る映画がないことと、スーパーマンだから許そうと勝手に自分への言い訳をする。子供の頃は間違いなく吹き替え版だったはずなので、スーパーマンに限りそんなに違和感を感じなかったのは、勝手過ぎるか。

バットマンと戦っている現在のスーパーマン、邪悪な心が垣間見えるという宣伝があったが、この映画でもそういうことを彷彿とさせるシーンがある。もう30年以上前の映画にもそういう伏線を用意していたのだろうか。

この時期のスーパーマンのプロデューサーはイリヤ・サルキンド。ヘラルド時代に「サンタクロース」を配給したがその時はこの人から権利を買っている。サンタクロースのソリが空中で回転するという、まさしくスーパーマンのような曲芸シーンがあった。ロンドンでの試写に一人で行って、あまりのおもしろくなさに東京への電話を忘れたくらいだった。東京では「小河から連絡がないがどうだったんだろう?」と、みんな疑心暗鬼だったらしい。結果的には、連絡をしなかったことが正解だった。おもしろくもないものをおもしろくないと連絡しても問題だし、これをおもしろいと報告したらのちに嘘がばれてこっちの信用がなくなってしまっただろう。映画は年末のみ大ヒットして、年が明けたらさっぱりだった。懐かしい想い出のひとつ。

『釣りバカ日誌9』

1997年(平成9年)・日本 監督/栗山富夫

出演/西田敏行/浅田美代子/三國連太郎/奈良岡朋子/小林稔侍/風吹ジュン/笹野高史/谷啓

この時期毎週土曜日に『釣りバカ・シリーズ』が放映されている宣伝を見ていたが、もう2作と何作品かの盗み見をしていたので、もういいかっと思っていた。毎日のテレビ番組が詰まらなくて、たまには見てみようと思い見始まった。ら、これがなかなかおもしろかった。くっだらない日本映画に比べたら、遥かにおもしろい。

風吹ジュンの顔立ちは若い頃から好きだった。鼻にかかった声もいい。この年頃になって、さらに自然体が好ましい。子供の頃に「釣り」からは卒業してしまった。自分で竿を作り、近くの店で釣り糸とハリを買ってきて、当時のエサは近くの家の堆肥の下にわんさといるミミズだった。霞ヶ浦につづく小野川が町に流れていた。東京からはのっこみの時期になれば、大利根川、横利根川と釣りのメッカと化していた。

サラリーマンの理想の生き方のような主人公がいい。出世など目の前にない。家族を養う給料だけもらえればいい。釣りという趣味が特技となって、普通のサラリーマンには気づけない特殊な人脈を持って、現実サラリーマン生活を皮肉っている。現実逃避の理想郷のような映画シリーズ。

『エイプリルフールズ』

2015年(平成27年)・日本 監督/石川淳一

出演/戸田恵梨香/松坂桃李/ユースケ・サンタマリア/小澤征悦/菜々緒/寺島進/富司純子/里見浩太朗

こんな映画をよくつくるな~と思える映画が多過ぎて反吐も出ない。こんな映画を作るのはフジテレビだろうと予想したらその通りだった。日テレの映画製作選択もちょっと気にくわないが、どちらかというとオタク。フジテレビは世の中におもねる作品ばかり。テレビ視聴率の不振さがよく現れている。

『リーガル・ハイ』を手がけた脚本の古沢良太によるオリジナル作品となり(古沢のオリジナル作品による劇場映画は『キサラギ』以来となる)、同じく『リーガル・ハイ』の演出を務めた石川淳一が初監督を務める。そのほか、スタッフやキャストにも『リーガル・ハイ』の出演者や関係者が多数含まれる。また劇中にて『リーガル・ハイ』のクロスオーバーを示唆するシーンが一部存在する。公開日をエイプリルフール当日である4月1日に合わせた結果、東宝映画としては稀である水曜日の封切となった。(Wikipediaより)

イケメンと言われる松坂桃李と美しいと言われている菜々緒が、レストランで面と向かっているシーンがある。ご両者ともちっともそうではないと思っている自分からは、ひとりでに笑いが起こった。映画も人によってはこんな皮肉な見方で楽しむことが出来る。それにしても、クソおもしろくない映画だ。お金の無駄だ。

『白ゆき姫殺人事件』

2014年(平成26年)・日本 監督/中村義洋

出演/井上真央/綾野剛/蓮佛美沙子/菜々緒/金子ノブアキ/貫地谷しほり/染谷将太

テレビドラマの2時間映画に毛の生えた程度のつくり。もっともテレビの2時間ドラマをほとんど見ていないので、えらそーなことは言えない。それどころか、テレビドラマのうちでもなんとか殺人事件とか刑事ものはまず見ないので、比較したような言い方は嘘になる。そういう想像で物事を言っている。

どこが美しいのか理解できない菜々緒というタレント、映画の中でも美人OL役だし、テレビ出演でも美しいとか紹介されて、いつも不愉快になっている。たぶん活字からの映画化だろうことは予想できた。活字なら、もう少しおもしろく思えるかもしれない。湊かなえによる日本の小説。『小説すばる』(集英社)にて2011年5月号から2012年1月号まで連載され、2012年7月に発売された。また、湊かなえ初の電子書籍として2013年8月23日よりeBookJapan、BookLiveで配信されているという。

現実社会の殺人事件もそれなりに多い。が、テレビドラマや映画での件数に比べれば、さすがに少ないだろう。いつも思うことは、他人を殺してしまおうと思えるほど、他人に対して気持ちが関与できれば、それは一種の仕合わせの極致だろう。だが、現実社会では殺人は犯罪である。天国か地獄へ行くのか分からないけれど、かの国では改心して生き直して欲しいものだ。

『竹取物語』

1987年(昭和64年)・日本 監督/市川崑(本編)/中野昭慶(特撮)

出演/沢口靖子/三船敏郎/若尾文子/石坂浩二/中井貴一/春風亭小朝/中村嘉葎雄/伊東四朗/岸田今日子

「今も昔も、 世の中にはさまざまな 不思議なことが多い。 人間は常に、 あり得ないことを願い、 望んでいる。 永遠の命を 求めるのもその一つと 言える。 この奇異な 美しい幻想的な物語も 今の世に あり得ることである。」と、映画は始まる。最後のテロップは、「八世紀の末の(西暦七九〇年頃)ことである」と。フジテレビが元気だった頃の製作映画。

通常なら録画してあってもスキップしたいタイトル。しかも始まったらなんと三船敏郎がかぐや姫を見つける役。意外性があっておもしろかったし、生真面目な映像とストーリーはとりあえず飽きさせない。よくよく観てくると、以前に観たことがあるような覚えが蘇ってきた。でも、ほとんど内容を覚えていない特技が、こういうときにおおいに役立ってくれた。

今日は2016年(平成28年)4月1日(金曜日)。世の中で68才といえば、まだまだ平均寿命にはほど遠い。個人差が激しい人間の命、早く死んでしまいたいと思っている輩は命を長らえ、長生きしてやるんだと勇んでいる輩は突然死んで行ったりしている。明日が来ることは奇跡だと思いながら、1日を感謝しながら生きて行くことが大切なのだろう。

『鬼平犯科帳スペシャル 泥鰌の和助始末』

2013年(平成25年)・日本 監督/吉田啓一郎

出演/二代目中村吉右衛門/多岐川裕美/勝野洋/尾美としのり/沼田爆/蟹江敬三/梶芽衣子/石橋蓮司/酒井美紀

原作は池波正太郎 「泥鰌の和助始末」、「おみね徳次郎」で、かつて連続ドラマシリーズでドラマ化された二作を合わせてリメイク。鬼平側と盗賊側の駆け引きにおける緊張感は実にスリリングで、目が離せない。また石橋蓮司の名演もあって、鬼平と和助の顛末には、涙を禁じ得ない。これは、BSフジのホームページに書かれていた宣伝文句である。

かなりおもしろい。大工が新築や改築の際に仕込みをしておいて、数年後に盗賊に押し入ろうなんて、日本にもこういう仕掛けの大泥棒がいたんだと池波正太郎の筆に脱帽する。物事をするのに、目の前ではなく、将来に目を向けよといわれているような気がする。

十年後を常に頭に入れながら人生を過ごしていれば、今の自分なんて絶対ないだろう。そういう生き方が正当かもしれない。でも、こうやって明日のことすら分からない人生もまた楽しい。所詮は仮住まいの現実社会、死んでしまえば名誉もクソまみれになってしまう。それでいいのだ。

『眠狂四郎女妖剣』

1964年(昭和39年)・日本 監督/池広一夫

出演/市川雷蔵/藤村志保/久保菜穂子/根岸明美/春川ますみ/若山富三郎/小林勝彦/中谷一郎/浜村純/阿井美千子/毛利郁子

鶴田浩二主演のシリーズ(1956年 - 1958年)は、東宝京都製作で全3作がある。市川雷蔵主演のシリーズ(1963年 - 1969年)は、大映京都製作で全12作、映画化作品としては最も有名で、雷蔵の当たり役となったという。

この映画はシリーズの4作目で1964年10月17日公開されているが、この年の1月9日に2作目、5月23日に3作目が公開されている。しかも5作目は1965年1月13日公開だ。なんという映画全盛時代だったのだろうか。自分の高校生時代だったが、町に映画館が2館あったのはいつまでだったのだろうか。

柴田錬三郎の小説として有名であるが、彼の名前はもうテレビでは出て来ない。それにしても市川雷蔵という役者の男の色気が凄い。女を寄せ付けない男に好かれる男に見える。主人公の非情な仕打ちがまたいい。正義の味方にありがちな情に流されることがなく、非情に徹する正義感に惚れたりしそうな。

『アイアンマン2』(Iron Man 2)

2010年・アメリカ 監督/ジョン・ファヴロー

出演/ロバート・ダウニー・Jr/グウィネス・パルトロウ/ドン・チードル/スカーレット・ヨハンソン/ミッキー・ローク

アメリカン・コミックの実写版がアメリカ映画界に活気を呼び戻している。「バットマン」と「スーパーマン」が戦う映画なんて、40年前に誰が想像出来ただろうか。この映画の1作目を確かに見ているはずだが、スパーマンのようにその起原みたいなものが頭に入っておらず、ちょっと。

アイアンマン・スーツを着て活躍する姿はアメリカならではの光景。日本の風景の中に溶け込む雰囲気はない。世界の平和のためにという理想を掲げるあたりが、世界の警察と謳ってきた現実社会を投影しているような。

ひたすらのアクション・シーンには少しばかり飽きが来るが、お金を掛けて映像を作っている努力が伝わってきて、悪い気はしない。なにがなんだか分からないうちに正義が勝ってしまう。ミッキー・ロークのヒール役がはまっている。好きな女優スカーレット・ヨハンソンがアクション女優になっている。顔もどことなく違ってきている。残念。

『花様年華』

2000年・香港 監督/ウォン・カーウァイ

出演/トニー・レオン/マギー・チャン/レベッカ・パン/ライ・チン/スー・ピンラン

1960年代の香港を舞台に、既婚者同士の切ない恋を描いたウォン・カーウァイ監督のロマンス映画。主人公のチャウは香港の短編作家・劉以鬯(ラウ・イーチョン)がモデルとなっている。また相手のチャン夫人の名前は同監督の『欲望の翼』で同じマギー・チャンが演じた人物と同じスー・リーチェンで、本作は『欲望の翼』の続編、『2046』の前編ともいわれている。(Wikipediaより)

最初の5分間の映像と雰囲気は、その後の熟年同士の不倫のような物語を盛り上げてくれるだろう、とおおいに期待を持たせてくれた。が、残念ながら話が一向に進展せず、いつもの日本映画と同じような展開になっていってしまった。トニー・レオンがカンヌ国際映画祭にて男優賞を受賞した。その他、モントリオール映画祭最優秀作品賞、香港電影金像奨最優秀主演男優賞・最優秀主演女優賞、金馬奨最優秀主演女優賞、ヨーロッパ映画賞最優秀非ヨーロッパ映画賞、2001年セザール賞外国語作品賞など多数受賞したらしいが、映画の面白さと演技とは関係がないようだ。

同じ中国語でも、北京語と香港で喋られている広東語はちょっと響きが違う。きつい感じのする北京語に対して、広東語は優しい感じがする。ジャッキー・チェンの映画でも多く聞くことが出来るが、「アイヤー!」とか言って、すこぶるコケティッシュな耳障りがして気持ちがいい。と、昔は聞き分けることが出来たが、歳と共に判断能力の衰えに辟易する。

『ローラーガールズ・ダイアリー』(Whip It)

2009年・アメリカ 監督/ドリュー・バリモア

出演/エレン・ペイジ/マーシャ・ゲイ・ハーデン/クリステン・ウィグ/ドリュー・バリモア/ジュリエット・ルイス

女優として確固たる地位を築いているドリュー・バリモアがこんな五流映画に出演しているなんて、と思ったらなんと彼女の長編映画監督デビュー作品だった。もっとも、映画が始まってすぐに英語のクレジットに監督として彼女の名前が出ていて、一応へぇ~そうなんだ! と分かってはいたが。

五流映画だけれど、久しぶりのアメリカ映画はやっぱりいい。ひと頃のようの洋画ばかりの鑑賞が叶わなくなってしまって、つんまらない日本映画を見なければいけない日々が続いていた。日本映画とアメリカ映画は一体どこが根本的に違うのだろうか、と考えた。間(ま)だろうね、やっぱり。ダラダラとストーリーを作ろうとしているのが日本映画、描きたいことをさっさと繋いで進んで行くのがアメリカ映画。どんな日本映画も長回しが激し過ぎる。

ローラーゲームは、アメリカ合衆国のローラーダービーアメリカ合衆国で1960年代から流行し、さかんにテレビ中継された。しかし、アメリカ合衆国では市場調査の結果、このスポーツのファン層が購買力のほとんどない最低所得者層であることが判明し、やがてスポンサーが離れテレビ中継は下火になっていった。日本では1968年4月から1970年9月までロスアンゼルスサンダーバードの活躍が東京12チャンネル(現テレビ東京)で放送された。ロスアンゼルスサンダーバードの放送終了から2年後、日本人選手と日系人選手の混成チームが日本人チーム東京ボンバーズとして1972年にハワイで結成され、日米でアメリカ合衆国のチームと対戦した。これらの試合が1972年10月から毎週東京12チャンネルでレギュラー放送され、静かなブームになった。(Wikipediaより) 懐かしいよねぇ。今私の住んでいるマンションは、もともと「ヘラルドボウル天白」として開発された場所。その頃(昭和47年頃)は、この周りには何もなかった。

『座頭市地獄旅』

1965年(昭和40年)・日本 監督/三隅研次

出演/勝新太郎/成田三樹夫/藤岡琢也/林千鶴/岩崎加根子/丸井太郎/山本学/藤山直子/戸浦六宏

座頭市シリーズの第十二作目、ずいぶんと作られている。こんなに古い映画だとは感じなかった。しっかりと作られている感が強く、今どきの日本映画にはないエンターテインメントが素晴らしい。もっとも、最後の頃にはひとりでに眠りについてしまったのには自分ながら驚いた。

子母澤寛が1948年に雑誌「小説と読物」へ連載した掌編連作『ふところ手帖』の1篇『座頭市物語』が原作である。 江戸時代に活躍した房総地方の侠客である飯岡助五郎について取材するため千葉県佐原市へ訪れた際に土地の古老から飯岡にまつわる話の一つとして、盲目の侠客座頭の市の話を聞き、僅かに語り継がれていた話を基に記したと、後年、子母澤は語っている。ところが、1973年に出版されたキネマ旬報社の『日本映画作品全集』において、項目執筆者の真淵哲が、(『座頭市物語』は)原作の『ふところ手帖』に1、2行だけ記されたものであったと誤記する。その結果、この誤りが検証されることなく、様々な文献で引用されて、広く信じられるようになった。

黒澤明の映画を始めとする日本の時代劇は日本国外でも高く評価され、「子連れ狼」と並んで、座頭市シリーズの影響を公言する映画監督も少なくない。こうした影響力の代表的なものが、1989年にアメリカで製作された映画「ブラインド・フューリー」である。1970年代に香港で製作された多くのカンフー映画や武侠映画への影響力は凄まじいものがあった。中でもその影響力を顕著に現したのが1971年に製作された「新座頭市・破れ!唐人剣」であった。この作品の劇中で座頭市が対峙する片腕の唐人剣士(ジミー・ウォング)は、武侠映画「獨臂刀シリーズ」の人気キャラクターであり、盲目というハンデキャップを背負いながらも超人的な武術を体得した座頭市をモデルに創作されたものである。文字通り「新座頭市・破れ!唐人剣」は夢の共演を実現した作品であった。ブルース・リー主演の『ドラゴンへの道』についても座頭市からの影響を指摘する声がある。キューバでの評価も高い。 1958年のキューバ革命以後、キューバではハリウッド映画の輸入が禁じられたため、日本映画が頻繁に公開された。そのなかで1967年に初上映された「座頭市」シリーズはもっとも公開回数が多く、勝演じるハンデキャップを抱えた孤高の剣士座頭市に、キューバ国民は自らの置かれた境遇を重ね合わせ、熱狂的に支持されたという。(Wikipediaより)

『女殺油地獄』

1992年(平成4年)・日本 監督/五社英雄

出演/樋口可南子/堤真一/藤谷美和子/井川比佐志/岸部一徳/長門裕之/石橋蓮司/辰巳琢郎/佐々木すみ江/山口弘美/奈月ひろ子/うじきつよし

このタイトルはなに? なにかのシリーズもののひとつの題名かと。享保6年(1721年)に人形浄瑠璃で初演。人気の近松作品と言うことで歌舞伎でも上演されたが、当時の評判は芳しくなく、上演が途絶えていた。ちなみに、実在の事件を翻案したというのが定説だが、その事件自体の全容は未詳である。明治になってから坪内逍遙の「近松研究会」で取り上げられ、明治42年(1909年)に歌舞伎で再演され大絶賛された。文楽(人形浄瑠璃)での復活はそれから更に年月を経た昭和27年(1947年)であった。近年では歌舞伎、文楽の他に、映画化やテレビドラマ化もされており、「おんなごろし あぶらのじごく」と発音されることが多い。こんな情報を見つけて、ひと安心。

この映画は、お吉がかつて河内屋の奉公人で乳母代わりに与兵衛を育てたことになっていたり、小菊が油屋の元締の一人娘であったり、お吉が小菊に嫉妬して与兵衛と肉体関係を持つなど、設定もストーリーも原作から大幅に改変されているという。男と女の情痴はどろどろと、いかにも人間的でいたたまれない。すっきり爽やかに男女関係が行ってしまったら、人間が人間である意味がなくなってしまうような気がする。

樋口可南子はこういう映画に映える。小便くさい小娘が溢れる日本の芸能界、一体何人が一人前の女として人生を演じきれるのだろうか。

『アルゼンチンババア』

2007年(平成19年)・日本 監督/長尾直樹

出演/鈴木京香/役所広司/手塚理美/堀北真希/森下愛子/小林裕吉/田中直樹/きたろう/渡辺憲吉/菅原大吉/岸部一徳

原作は、よしもとばなな(文)、奈良美智(絵・写真)の小説、2002年12月24日、ロッキング・オンより刊行され、英訳文も併載されている。2006年8月1日、幻冬舎から文庫化された。おもしろいのはタイトルだけで、映画は詰まらない。おそらく活字と絵だけの方がはるかに想像力をかき立てるだろう。

アルゼンチン人の女性、街の外れの野原に建つ不思議な建物に住む。誰も近寄らない。などという奇妙な設定をして興味を惹こうとする。映画は映像がそのまま見えてしまうから、想像力の何倍もの現実感が伝わってきてしまう。活字社会の個人個人の想像力は、映像に統合されて、誰の目にも同じように見えてしまう。そこを乗り越えるのが監督の力であり、役者の演技力なのだ。

だらだらと妻に死なれた男の哀しさを訴えたって響いてこない。おもしろおかしく家族や親戚、町の人が関わり合ったって、所詮は物語を意図的におもしろくしようとしているだけ。そんな感じがして気が入らない。自分の価値観とは違うところで笑いが起こっているようだ。

『暗殺教室』

2015年(平成27年)・アメリカ 監督/羽住英一郎

出演/山田涼介/二宮和也/菅田将暉/山本舞香/橋本環奈/加藤清史郎/優希美青/竹富聖花/高嶋政伸/椎名桔平

なんとつまらない映画だろう。原作が詰まらないからなのだろうが、こういう映画を大きな顔して興行しているうちは日本映画の復活なんて、まったく望めそうもない。今やアメリカ映画の製作本数が激減して、日本映画が数多く制作され公開されている現実がある。製作される多くの邦画が、これまた詰まらないものばかりで、監督だスターだとマスゴミ(塵)が騒ぐほどに不愉快になっている。

どういう神経の人間がこんな物語を作れるのだろうか。想像力が豊か過ぎて、とてもじゃないけどついていけない。老人には幼稚過ぎて、ゲームにもなれはしないと感じる。映画は遊びじゃないんだと叫んだところで、映画って遊びでしょ!、と全員から反論が返ってきそうだ。

原作は、松井優征による日本の漫画作品。『週刊少年ジャンプ』(集英社)2012年31号から2016年16号まで連載。ニンテンドー3DSのゲーム『暗殺教室 殺せんせー大包囲網!!』もあるらしい。2015年1月より6月までフジテレビ・関西テレビ・東海テレビ・北海道文化放送・BSフジほかにて放送されたテレビ・アニメもあるという。この映画の最後に「to be continued」と。その第2作目『暗殺教室?卒業編?』が今週末金曜日から公開されるということから第1作目の放映だったようだ。

『ペコロスの母に会いに行く』

2013年(平成25年)・日本 監督/森崎東

出演/岩松了/赤木春恵/原田貴和子/加瀬亮/竹中直人/大和田健介/松本若菜/原田知世/宇崎竜童/温水洋一

原作は岡野雄一による日本の漫画。西日本新聞連載の後、東京新聞月曜朝刊にて『続・ペコロスの母に会いに行く』を連載中だという。ちーっとも知らなかった。NHK BSプレミアム「プレミアムドラマ」枠にてドキュメンタリードラマとしても放送されたらしい。

自分の人生にはまったく関係のないところで、いろいろな出来事がたくさん起こっている。それが普通だが、こうやって聞いたこともないタイトルの漫画や映画を3年遅れで見ることになるとは、ある意味情けない老人の生活になってしまったのだと、あらためて認識しなければいけないのかもしれない。

自分の母親のボケがどんどん酷くなっていくさまを描いている。身につまされるというよりは、まだ見たくないという気持ちが強い。そういう思いの方が大きいうちは、たぶん自分もまだ大丈夫なのではなかろうかと感じる。ボケを知らずに呆けていく人間の性が哀しい。日本映画の特徴のように話がなかなか進まない苛立ちが。

『ゲゲゲの女房』

2010年(平成22年)・日本 監督/鈴木卓爾

出演/吹石一恵/宮藤官九郎/坂井真紀/平岩紙/沼田爆/柄本佑/村上淳/南果歩

NHKの連続テレビ小説としてTVドラマ化され、2010年4月から9月まで放送されたことは知っている。興味がないからまったく見ていない。この映画は、2010年初めに撮影が始まり、春にクランクアップし、11月20日にロードショー公開された。主演吹石一恵は、2008年4月発売の女性誌ananで初ヌードを披露し、2015年9月福山雅治と結婚している。

NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』とは原作(原案)を同じくするが別プロジェクトであるため、テレビドラマの劇場版などではないという。そうだろうなぁと思う。こんなおもしろくない話を半年間もテレビで流していたって、視聴率は下がるばかりだろう。話の展開があまりにも平坦で、見ていてやり場のない気持ちをもてあます。

貧乏だった時代の話をだらだらと見せつけられてもなぁ~。やっぱり成功した姿を見せてくれなければ、せっかく劇場へ行ったとしても、やりきれない気持ちで劇場を出ることになってしまう。私は1作品も見たことはない『水木しげる』、現在住んでいる部屋の家主の書棚には8冊もの関係本のツカが見える。あとで、ちょっとのぞいてみよう。

『クロユリ団地』

2013年(平成25年)・日本 監督/中田秀夫

出演/前田敦子/成宮寛貴/勝村政信/西田尚美/田中奏生/高橋昌也/手塚理美

これがあの日本映画のホラーという奴か、と初めて見るこの頃のこの手の映画。いろいろなホラー映画が話題になっていたが、まったく興味がわかず、たまに見るテレビでの宣伝映像に舌打ちをするのが精一杯。子供騙しの典型の日本映画ホラーが何故うけるのか全然理解できない。どこが怖いのだろうか。不思議で不思議でどうしようもない。

この映画のコメントなど何も浮かばない。無理矢理?に演技させられている役者が可哀想だと、余計な心配ばかりが先立つ。3年前なら前田敦子全盛の時だっただろうから、映画興行としては抜群の抜擢だろう。ただ、普通の女の子の顔はアップに耐え難い。映画も舐められたもんだ。スターと呼ばれる煌びやかな俳優達が大暴れする映画が。

夜の一人歩きで子供の頃に怖い思いをしたことがないわけではない。でもそれは、お化けが出るとか得体の知れないものに出会うからとかいうものではなく、ただ暗くて一人だから怖いというものだったような気がする。死んでしまった人が霊となって現実社会に舞い降りてくることは、残念ながら『ない!』と断言できる。そんな人生は楽しくないかといえば、そんなことはない。無駄にあり得ないことに驚くことは必要ない。むしろ、絶対安全と言い切る原子力発電所に、想定しない災難がふりかかることがあり得る、ということの方が遥かに現実味がある。

『ヨーク軍曹』(Sergeant York)

1941年・アメリカ 監督/ハワード・ホークス

出演/ゲイリー・クーパー/ウォルター・ブレナン/ ジョーン・レスリー/ジョージ・トビアス

実話。アルヴィン・ヨーク~米国南部のテネシー州にある貧農の出身で若い頃は不良だった時期もあるが、牧師との出会いをきっかけに敬虔なクリスチャンに変わったという。 1914年に勃発した第一次世界大戦により27歳の時に軍に徴兵されてヨーロッパの戦線へ送られた。 当初は軍人になる事を嫌がっていたが彼は銃の射撃が上手く軍隊において次第に頭角を現してきた。そして1918年10月8日にフランスのアルゴンヌにおける戦闘で、自軍の10倍以上もの勢力があるドイツ軍を相手に戦って大勝利を納めることになる。 この「アルゴンヌの戦い」と呼ばれる戦闘でアルヴィン・ヨーク率いるアメリカ軍の兵士達は、その10倍以上もの規模を誇るドイツ軍相手に勇敢に戦い、25名のドイツ兵を殺害し、132名ものドイツ兵を捕虜にするという奇跡的な大勝利をおさめた。 この功績は即座にアメリカ本土へも伝えられて彼は一躍アメリカの英雄となった。 後日この武勲により、アメリカより名誉勲章と殊勲十字章が、フランスより陸軍勲章が、それぞれ授与された。戦後、アメリカへ帰国後しばらくの間は講演をするなどして生計を立てていたが、その後は故郷へ戻り地元の農業発展に色々と貢献した。(Wikipediaより)

おもしろい。宗教上の理由で兵役拒否を申し立てることが出来たこの時代のアメリカ。主人公の拒否は受け入れられずに、前線にまで赴くことになってしまったが、そのあたりの葛藤がさりげなく、深く心に刻み込まれる。

奇をてらわない、突飛なシーンを盛り込むことなく、それでも映画はおもしろく進行する。クスッと笑うことはあっても、一瞬に次のシーンへと移行していく。神を、聖書を信じれば人生に幸せが訪れる、と信じている主人公の素直さを見習わなければいけない。信じることは、疑わないということなのだから。

『ハスラー2』(The Color of Money)

1986年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/ポール・ニューマン/トム・クルーズ/メアリー・エリザベス・マストラントニオ

ポール・ニューマン主演の1961年公開の映画『ハスラー』(The Hustler)の、25年越しの続編。日本ではハスラーを「ビリヤードをする人」という意味が定着しているが、本来はギャンブルで相手を騙して金を巻き上げる勝負師の意だという。

おもしろい。トム・クルーズが若い。当然のようだけど、まだまだ現役スターの若い時の肖像は、なんとも懐かしく感じる。1作目を観ていたと思っていたが、この映画のシーンを見ていると、思い出すところが全くなく、もしかするとまだ観ていないのかもしれない。

ビリヤードはゴルフのパッティングに似ている。ここにこういうボールを打てば、こう当たってこう変化するだろうと予測を立てる。ゴルフでもこのラインにこうやって打てば、こう曲がってホールに入る。何が同じなのかと言えば、自分で予測を繰り返すこと。そう思ったことをその通り打てるかどうかは技術の問題。しかもそう打って予測通りに行かなかったら、それは考えた自分の予測の出来が悪かったということになる。特化された頭脳が求められる競技である。

『ペーパー・ムーン』(Paper Moon)

1973年・アメリカ 監督/ピーター・ボグダノヴィッチ

出演/ライアン・オニール/テータム・オニール/マデリーン・カーン/ジョン・ヒラーマン/ランディ・クエイド

観たはずの映画だが、まったくシーンを覚えていなかった。全体の雰囲気だけはなんとなく記憶に残っている。ただ白黒映画だというのは意外だった。あえてモノクロ作品として制作されたのは、主演の2人が恐慌という時代設定に合わない金髪で青い目をしていたのを隠すためと、監督によれば「白黒の方が映画として表現力が増して見えるからだ」という。

演技の経験も少なかったテータム・オニールは、当時わずか10歳でアカデミー助演女優賞を手にした。この最年少受賞記録は未だに破られていない。後に監督は、テータムが受賞したのはその努力の賜物だと証言している。子供の演技は大人を食う。どちらが主演か分からなくなるほどだ。テータム・オニールは今52歳、出演作は少ないがまだ女優として元気なようだ。

タイトルの『ペーパー・ムーン』は、劇中挿入歌として使われている1935年の流行歌『It's Only a Paper Moon』(『イッツ・オンリー・ペーパー・ムーン』、歌:ビリー・ローズ、イップ・ハーバーグ、ハロルド・アーレン)から拝借したもの。我々世代なら誰しもこのメロディーを♪口ずさむことが出来る。軽やかなこの映画の展開は、日本映画にもおおいに参考になると思うのだが。

『前橋ヴィジュアル系』

2011年(平成23年)・日本 監督/大鶴義丹

出演/風間俊介/黄川田将也/杉浦太雄/藤田玲/八代みなせ/つまみ枝豆/宍戸開/吉田羊/加藤和樹

大鶴義丹の企画・原案で監督もしている。全体として真面目な映画。そのへんのおちゃらけたコメディ日本映画とは違う。題名からすれば、もっとはっちゃけていてもよさそうだが、大鶴義丹という人物の性根が見える。なかなかいい。地味ではあるが。

日本全国にメジャーデビューを夢みているバンドがごまんといるのだろう。メジャーデビューなんかしなくても、音楽をやっていられればいい、という人種も少しいるかもしれない。それでも、みんなからキャーキャー言われたり、使い切れないほどのお金が入って来ることを願っている人が多いに違いない。

身近にもそんなバンド生活をしていた人間がいたが、詳しく聞いていなかったのでどこまで行って、どこで諦めたのかは知らない。結構若いうちに諦めて家業を継いだが、もう少しやっていたかったのではなかろうか。あの頃では、アマチュアがプロになれる確率はかなり低かったんだろうなぁ。

『のらくら』 (The Idle Class)

1921年・アメリカ 監督/チャーリー・チャップリン

出演/チャーリー・チャップリン/エドナ・パーヴァイアンス/マック・スウェイン/ヘンリー・バーグマン

私のハードディスクの中にはこのタイトルのフォルダーに3作品が収められていた。1本目は、『サニーサイド』 (Sunnyside・1919年・30分)極めておもしろくなかった、理由があとで分かった(後述)。2本目が本作品。3本目は、『給料日』 (Pay Day・1922年・26分)であった。

チャップリンのフィルモグラフィでは、次作の『一日の行楽』とともに『サニーサイド』はスランプ期における低調な作品とみなされているが、その背景の一つには、チャップリンのプライヴェートでの出来事が絡んでいた。
前作『担へ銃』の製作中、チャップリンは一つの噂話に悩まされることとなった。1918年6月ごろ、子役上がりで当時17歳の女優ミルドレッド・ハリスとの婚約の噂が流れるようになり、『担へ銃』完成のころになると、ミルドレッドの母親が「ミルドレッドが妊娠した」とチャップリンに告げ、これによりチャップリンは進退窮まるようになった。いわゆる「できちゃった結婚」のスキャンダルが流れて人気がガタ落ちすることを恐れたチャップリンは、側近に命じて大急ぎで結婚の手筈をととのえさせて、『担へ銃』封切の3日後にあたる1918年10月23日に、「なんの喜びもないままに」ミルドレッドと結婚することとなった。
このころのチャップリンの信念には「結婚は創造力を弱める」というものがあり、ミルドレッドと結婚した以上は結婚生活を何とかうまくやって行こうという意志こそあったものの、ミルドレッドの妊娠話が、実は完全な狂言であったことが発覚したことは、ミルドレッド自身が「チャップリンの妻」という肩書を得て一時的にせよ業界でもてはやされたのとは対照的に、チャップリンに少なからぬ打撃を与える結果となった。こういう、チャップリンにとっては「泣きっ面に蜂」的な状況の中で次回作の製作の準備は進められることとなるが、舞台を田舎に設定して、それが終始一貫していたこと以外、チャップリンが次回作に当初どのような腹案を持っていたかについては、ただでさえチャップリンが秘密主義者であったことも加味しても、他の作品以上にはっきりしたことはわかっていない。(Wikipediaより)

予定調和のコメディー・ストーリー展開が私には響かないのかもしれない。決まり切った笑いが、なんとも虚しく感じるのは自分の特徴のような気がする。誰も予想だにしない出来事が笑いになる時、初めて腹の底から大笑いできる気がする。

『アパートの鍵貸します』(The Apartment)

1960年・アメリカ 監督/ビリー・ワイルダー

出演/ジャック・レモン/シャーリー・マクレーン/フレッド・マクマレイ/レイ・ウォルストン

間違いなく観ているはずなのに、このコメント欄に記載がない。誰からも非常に評価の高いこの映画を、また?観ることのためらいはこれで消えた。やっぱり新鮮なシーンばかりで、期待にそぐわない。1960年ののアカデミー賞にて、作品賞、監督賞など5部門受賞。2時間と当時にしては長めの上映時間がまったく気にならない。細かいシーンに気配りがいっぱい詰まっている。1800本も観てくると、この映画の素晴らしさに感嘆する。

『1959年11月現在- ニューヨーク市の人口は804万2783人 平均身長 166.5センチとして横に並べると- タイムズ・スクエアからパキスタンまで届く ・・・ 勤続3年10ヶ月 週給94ドル70セント ・・・ 』と、冒頭に主人公が自分の境遇を語り出す。当時のアメリカの資料としても大変興味がある。上司の逢い引き用に自分のアパートを貸して、自分の出世の糧にしている毎日がおもしろおかしく描かれている。おもしろい映画はそつがない。余計な怒鳴り声も聞こえてこない。ジャック・レモンは35才、あのシャーリー・マクレーンは26才だ。

主人公が自宅でテレビをつけた際、ジョン・ウェイン主演の『駅馬車』や『拳銃無宿』、グレタ・ガルボ主演の『グランド・ホテル』が流れている。『お熱いのがお好き』の撮影時におけるトラブルから、一時期、関係が険悪になり決別していたワイルダー監督とマリリン・モンローはこの映画の大ヒットパーティーで偶然に再会し、和解したという。この事から、次回作『あなただけ今晩は』のヒロインにモンローを起用しようと考えていたが、モンローの突然の急逝によりそれは叶わぬものとなったらしい。明石家さんまがこの映画のジャック・レモンを意識しながらテレビドラマ『男女7人夏物語』の今井良介を演じていたと、自らDJを務めるラジオ番組『ヤングタウン』の中で語っていたことがある。テニスのラケットでスパゲティの湯を切るシーンはそのまま引用して演じていた。

『恋愛寫眞 Collage of our Life』

2003年(平成15年)・日本 監督/堤幸彦

出演/広末涼子/松田龍平/小池栄子/ドミニク・マーカス/山崎樹範/西山繭子

東京とニューヨークを舞台としたラブストーリー。写真が映画のテーマとなっており、主人公の誠人や静流が写真を撮影するシーンや写真が多数登場する。タイトルの「寫眞」は映画を意味する言葉(旧語)でもある。ただし「恋愛写真」を旧字体で書くと「戀愛寫眞」となるが、この映画のタイトルでは新字体の「恋」が使われている。本作とコラボレーションの形で、市川拓司によって執筆された小説が『恋愛寫眞 もうひとつの物語』である。映画と小説は、東京とニューヨークという物語の舞台、主人公二人の名前、二人が写真を撮る、という設定は共有しているが、人物の造型、エピソードの展開、物語の結末などは、まったく異なっている。この小説は『ただ、君を愛してる』の題名で、玉木宏、宮崎あおいの主演によって映画化され、2006年10月28日に公開された。(Wikipediaより)

いや~詰まらない映画だね~。また途中で寝た。ここのところ映画を見ながら寝ていないな、と思ったら、借りてきた洋画DVDを見ていた。意図しない録画の映像、しかも日本映画ではこうなることは必定かもしれない。こんな映画に金を掛ける手間暇がもったいない。

わざわざニューヨークロケまでしている。顔を見ただけで嫌な気分になる広末涼子、声を聞いても気持ちがすぐれなくなる。松田龍平も見ていて気持ち悪い顔をしている。個人の趣味志向だから仕方がない。一度嫌いになったら好きになる事はまずないであろうと思われる。

『フォックスキャッチャー』(Foxcatcher)

2014年・アメリカ 監督/ベネット・ミラー

出演/スティーヴ・カレル/チャニング・テイタム/マーク・ラファロ/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/シエナ・ミラー

正式社名はE. I. du Pont de Nemours and Company(イー・アイ・デュポン・ド・ヌムール・アンド・カンパニー)で、本社はデラウェア州ウィルミントン市に存在する。創業は1802年。資本金は111億3600万USドル。創業者はフランス出身のユグノーでエミグレ(フランス革命後に国外へ逃亡した人々)であるエルテール・イレネー・デュポン(1771年 - 1834年)。メロン財閥、ロックフェラー財閥と並ぶアメリカの三大財閥と称されることもある。(Wikipediaより)

これも事実に基づく映画であるというクレジットが入っている。あのテュポン家の遺産相続人のひとりであるジョン・デュポンが主人公。アメリカのアマチュア・レスリングの支援者としても有名だった。所有するフォックスキャッチャー農場にレスリング施設を建設する。これが映画のタイトルになっていく。

なんと根暗なスポーツ映画だろう。これほどまでの陰湿なスポーツ映画は初めて。これはアマチュ・レスリングというスポーツ映画を取り上げたのではなく、ひとりの財産家で支援家の精神異常者の生活を描いたものに違いない。1997年に主人公は友人でありレスリングのフリースタイル金メダリストであるデイヴ・シュルツを殺害してしまった。そして、2010年獄中死している。

『フォーカス』(Focus)

2015年・アメリカ 監督/グレン・フィカーラ/ジョン・レクア

出演/ウィル・スミス/マーゴット・ロビー/ロドリゴ・サントロ/ジェラルド・マクレイニー

詐欺師と言うよりはチームでやる窃盗集団が主人公の仕事。スリとった物を次々と人手(ひとで)に渡していく様は一種の芸術、奪った高価な品物は海外に流し、スキミングしたカード情報も全部海外に売り飛ばして現金化している。実際にもこういった犯罪は引きも切らないのだろう。

手際の良い犯罪シーンを見ているのは意外と心地良い。アメリカ映画はどんな場合もベッド・シーンを入れて楽しませてくれるが、せっかくの軽快なリズムが台無しになって、余計なシーンだと珍しく怒ったりする。盗まれた側の映像が一切ないのがいい。罪悪感のない遺法行為は、決して悪いものではない。

順風満帆な軽犯罪の積み重ねも、最後の大勝負の前哨戦、映画らしく大きなヤマを作ってくれる。が、次の瞬間には仕組まれた罠だとどんでん返しばかりが映し出されて、ちょっと辟易。でもおもしろくないわけではない。映画の醍醐味はある。気楽に観られる映画としては素晴らしいと感じる。10本に1本くらいはこんな映画が好ましいと思える。我が儘な観客はそう思う。

『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(The Imitation Game)

2014年・イギリス/アメリカ 監督/モルテン・ティルドゥム

出演/ベネディクト・カンバーバッチ/キーラ・ナイトレイ/マシュー・グッド/ロリー・キニア

The Imitation Game (「模倣ゲーム」)というタイトルにちょっと違和感がある。勝手ではあるが、イミテーションというと「偽物」というイメージが強く、映画の内容とは相容れない題名だと感じて困った。

第二次世界大戦でドイツ軍が使用した『エニグマ』という暗号システムを解読しようと奮闘するイギリスの天才数学者の物語。このエニグマについては以前、2001年のまさしくその題名『エニグマ』(ENIGMA)を見た記憶がめずらしくあったので、ものすごく入り込みやすかった。おもしろかった。プロの評価も高いし興行的にも成功、多くの国際的賞を獲得しているらしい。珍しく私のおもしろいと思う心がプロとも大衆とも合致した。

『Based on A True Story』主人公の天才数学者がホモセクシャルであることから当時の社会から排除されたくだりは、時代を強く感じると共に時代の意識の変遷をも強烈に記憶にとどめさせられる。同性間性行為のかどで訴追された主人公の英国政府による恩赦が発表された2013年12月24日のことだったという。ふ~む、である。

『パージ』(The Purge)

2013年・アメリカ 監督/ジェームズ・デモナコ

出演/イーサン・ホーク/レナ・ヘディ/アデレイド・ケイン/マックス・バークホルダー

goo辞書によれば、[purge]:1.清める,浄化する;…から(不純なものを)取り除く((of ...));〈不純なものを〉(…から)取り除く((away,off,out/from ...)) 2.〈国・党・宗派などから〉(不純分子を)追放する,パージする((of ...));〈不純分子を〉(…から)追放する((from ...));(特に)〈党の不純分子などを〉粛清する 3.〈人の〉(罪・嫌疑を)晴らす,洗い清める,〈祭壇などから〉(汚れを)はらう,除く((of ...));(…から)清める,晴らす,除く((from ...))  Red Purge(レッドパージ)は有名だ。

経済が崩壊した後のアメリカでは、「新しいアメリカ建国の父たち」を名乗る集団が全体主義的な統治を行っていた。「父たち」は1年に1回、すべての犯罪が合法化される夜(パージ)を設けた(夜7時から翌朝7時までの12時間)。この間、すべての警察、消防署、医療サービスが停止される。パージの導入によって、犯罪率と失業率は1%にまで低下し、経済状況も改善したのである。大衆はパージによって日頃の鬱憤を晴らしていたが、実際は「父たち」が大衆をコントロールするための行事であった。なぜなら、パージの夜に犯罪の標的となるのは富裕層ではなく、貧困層だったからである。そんな状況下の2022年3月21日、ロサンゼルス近郊の富裕層の居住区に住むサンディン一家は、パージの前に逃げ込んできた男を匿ったために、犯罪者たちと戦うことになってしまった。(Wikipediaより)

胸糞悪い、趣味の悪い映画である。ホラー映画とジャンル分けされていたが、もっとひどい言い方のジャンルを求めたいくらいだ。アメリカの良心という言葉が何回か出てくる、一方は人殺しを一方は殺人を否定する。銃社会ならではのアメリカ、妻だろうが子供だろうが自分の身を守るためには引き金を弾くことを躊躇わない。ふ~む!$%&

『プロミスト・ランド』(Promised Land)

2012年・アメリカ 監督/ガス・ヴァン・サント

出演/マット・デイモン/ジョン・クラシンスキー/フランシス・マクドーマンド/ローズマリー・デウィット

いわゆるシェールオイルの採掘権を農家と契約しようと、大企業から派遣された営業マンが奮闘する物語。マット・デイモンが出てくるとまたまたアクションシーンがあるのではないかと、かすかに期待してしまうのは。

大きな役をずーっとやり続ける弊害があることは確かだ。もうアクションとは関係のない映画にたくさん出ているのに、仕方がないことでは済まされない。

新しいエネルギー源にもいろいろな問題がある。採掘することから起こるその土地の水の問題や環境問題は、この映画のテーマのように採掘さえも許さない世論へと発展している。さらに、エネルギーに対する世界的なニーズの変化は、せっかくの新しいエネルギーをも呑み込もうとしている。この映画も大会社の横暴と地元農家の誇りを秤に掛けるような物言いで、この問題の難しさを表現しているようだ。

『誘拐の掟』(A Walk Among the Tombstones)

2014年・アメリカ 監督/スコット・フランク

出演/リーアム・ニーソン/ダン・スティーヴンス/デヴィッド・ハーバー/ボイド・ホルブルック

誘拐ものは映画の王道でもある。ほとんどは助けられて還ってくるが、希に殺害されてしまう。いずれにしても物語だと思えばこそ、どきどきはらはら成り行きを見守っていける。こんな効率の悪い犯罪が起こってしまうのが現実だが、さすがに最近の日本では大きな誘拐事件は起きていない。

主演のリーアム・ニーソンは北アイルランド出身の俳優だが、日本ヘラルド映画が配給したカンヌ映画祭グランプリ作品『ミッション』(The Mission・1986年)に、ひとりの宣教師役で出ていたと初めて知った。ミッションでは、ロバート・デ・ニーロとジェレミー・アイアンズの陰に隠れてまだ役者としてはよく知られていない。スティーヴン・スピルバーグ監督作品『シンドラーのリスト』(Schindler's List・1993年)でオスカー・シンドラーを演じてアカデミー主演男優賞にノミネートされた頃からメジャーになっていった。出演作品はかなり多い。

誘拐犯から警察には知らせるな、という言葉を聞いて、さてどうしようかという家族の判断がよくあるシーン。現実的な日本ならおそらく100%警察に連絡するだろう。それは日本社会がまだアメリカほど病んでいない証拠かもしれない。残念ながら欧米の犯罪では簡単に人を殺してしまう。何時間でも説得すれば、人質を助けられると思っている警察関係者も庶民も、仕合わせな環境で暮らせている状況をかみしみなければならない。

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(Avengers: Age of Ultron)

2015年・アメリカ 監督/ジョス・ウェドン

出演/ロバート・ダウニー・Jr/クリス・ヘムズワース/マーク・ラファロ/クリス・エヴァンス/スカーレット・ヨハンソン

マーベル・スタジオが製作、ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズが配給するアメリカ合衆国のスーパーヒーロー映画である。「マーベル・コミック」のスーパーヒーローチームである『アベンジャーズ』をフィーチャーした、2012年の映画『アベンジャーズ』の続編で、様々な「マーベル・コミック」の実写映画を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う『マーベル・シネマティック・ユニバース』シリーズとしては第11作品目である。前作と同じく、再び各作品のヒーローらが集結し共闘する「フェイズ2(第2シーズン)」のクライマックスとなる作品でもある。(Wikipediaより)

面白くない。新たに借りてきたDVDが最初から3本目までまったく面白くなくて困った。アメリカの映画界ではアメリカン・コミックが息を吹き返し、やっぱりこれが俺たちのコミックだよな、と大手を振っている。子供の頃に馴染まないコミックの世界には、どうしても入りきれない。それでなくとも漫画チックなことを好きではない自分には、ちょっとばかりバカバカし過ぎて、何がなんだかちっとも頭に入った来なかった。

一人がヒーローものは、見応えがあった。これでもか、とヒーローが集結し、ハリウッド俳優も総出演では、味も素っ気もなくなっている。ただ多くのヒーローが活躍したって、面白いものではないことの典型作品みたいなもの。アメリカ人はキャッキャッ言っているのだろうか。

『あと1センチの恋』(Love, Rosie)

2014年・イギリス/ドイツ 監督/クリスチャン・ディッター

出演/リリー・コリンズ/サム・クラフリン/タムシン・エガートン/スキ・ウォーターハウス/クリスチャン・クック

最近の恋愛ものは、手を変え品を変え、ちょっと変わった恋愛事情を描くケースが多い。なので、そんなに失望することはなかった。が、この恋愛映画はひどい。幼なじみの二人が真実の愛に気づかないで、傷つき合いながら大人になっていく姿を描いている、と綺麗に言っておこう。

原題の Rosie ロージーは主人公の女性の名前。この邦題も酷い。この位の映画の出来では日本映画の中に入っても下位にしかランクされないだろう。

高校生あたりでもセックスをするのが日常の欧米、今や日本でもそうなのだろうか。このあたりはまだまだ追いつけない日本があるのだろうと思うが、よく分からない。そんな子供を見る親の目が欧米とは大きく違っているように感じる。自分達が通ってきた道を同じように歩む子供たちに、暖かい目を向けるのはさすが欧米人。日本は50年以上遅れているというか、こと親の意識と行動は追いつくそぶりさえ感じられない。


2017/8/30に再び観たので記す

『あと1センチの恋』(Love, Rosie)

2014年(平成年)・イギリス/ドイツ 監督/クリスチャン・ディッター

出演/リリー・コリンズ/サム・クラフリン/クリスチャン・クック/スキ・ウォーターハウス

なんと陳腐な邦題だろう。こんな卑猥な邦題を付けて恥ずかしいと思いなさい。そんな風潮が今を走る。宮城県観光PR動画での壇蜜編が下ネタ過ぎると文句を言う人がたくさんいるという。それじゃ何パーセントの人が嫌だと言っているのか正確に調査したらいい。あの程度の表現がほんの一部の「健康優良大人」に責められるのを見ていると腹が立つ。

この映画の前半など、あの観光動画に比べたら、大人と子供。今風の外国映画ならこの程度は仕方がないなぁ、と思っている「進歩派」の自分にとっても、ちょっとやりすぎじゃないの、と思えてくるシーンの連続でハラハラしてしまった。後半はだいぶ落ち着くのだが、なぜそんなはらはらシーンを登場させたのかを知るのは、ホントの最後になってからだろう。

5歳の時から親友のように育ってきた男と女、男と女にはセックスしかないのだという現実を知っているからこそ、キスもしないで過ごしてきた二人。男と女に友情はあるのか、という疑問を映像で語りかけている。そんな理屈でもないのだけれど、信じているからこそ、余計なことは言いたくなかった二人。肝心なことを言わないで忖度だけで生きていくには、人生は辛い。出逢いと別れを繰り返した二人に残されたのは、お互いの気持ちを素直に伝えることだけだった。というスタートからは考えられないエンディングに映画の良さがちょっと。

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance)

2014年・アメリカ 監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演/マイケル・キートン/ザック・ガリフィアナキス/エドワード・ノートン/エマ・ストーン/エイミー・ライアン

本作は演出・演技・音楽・撮影・脚本など全てが大いに賞賛された。映画批評集積サイトRotten Tomatoesには256件のレビューがあり、批評家支持率は93%、平均点は10点満点で8.5点となっている。サイト側による批評家の意見の総括は「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督にとって驚異的な躍進となる作品だ。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は奥深いストーリーとマイケル・キートンとエドワード・ノートンの見事な演技に支えられている。技巧を凝らした野心的な作品だ。」となっている。また、Metacriticには46件のレビューがあり、加重平均値は89/100となっている。中でも、マイケル・キートンの演技に対する称賛は並外れており、「21世紀を代表するカムバックだ。」「オスカー像をとるべき男だ。」などと多くの批評家から激賞されている。バラエティのピーター・デブルージは本作を絶賛し、「ショービズの世界に精通した者によるショービズ自体を風刺した映画」「あらゆる創作物の水準を超えている」と述べている。デイリー・テレグラフのロビー・コリンは本作に5つ星評価で満点となる5つ星を与え、エマニュエル・ルベツキの撮影技術を称賛した。リチャード・ローパーは本作にA評価を下し、「マイケル・キートンはオスカーの有力候補だ。」と語った。ゴールデングローブ賞には最多7部門にノミネート、2部門を受賞。アカデミー賞に最多9部門にノミネートされている。英国映画協会が発行する「サイト&サウンド」誌が選ぶ2014年の映画トップ20では16位、米ローリング・ストーン誌が選ぶ2014年の映画ベスト10で第2位を獲得。アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ2014年のベスト映画トップ10に選ばれた。(Wikipediaより)

本格的な映画らしい映画ほど詰まらないものはない。観ている最中からどこが面白いのだろうと疑問を持って観ていた。玄人好みの映画は性に合わない。ましてや業界の話を持ち込んで、舞台劇をテーマに映像化、ストーリーを作っているこの映画に興味は全く沸かなかった。

久しぶりに借りてきたDVD、まったく情報がなく適当に選んでいる。観る順番は袋から出した順番、最初にこの題名でちょっとびびった。

『ロジャー・ラビット』(Who Framed Roger Rabbit)

1988年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス/リチャード・ウィリアムス

出演/ボブ・ホスキンス/クリストファー・ロイド/ジョアンナ・キャシディ/ロジャー・ラビット(アニメ)

舞台は1947年のハリウッド。トゥーン(アニメーションキャラクター)が実社会に存在しているという設定で、トゥーンと人間の関係を描いている。先に撮影された実写にアニメーションを合成する形で制作された。1988年のアカデミー視覚効果賞・アカデミー編集賞・アカデミー音響効果賞を受賞。

なかなかたいしたものだけど、アメリカンジョークの世界にはついていけない。やっぱり寝てしまった。 ~ この映画に出てきたトゥーンたちが住む街・トゥーンタウンは、その後実際に世界各地のディズニーパークに作られ、キャラクターたちが住む街という設定も踏襲されている。 なお、この映画に出演しているトゥーンはディズニー作品だけでなく、バッグス・バニー(ワーナー・ブラザーズ)やドルーピー(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)、ベティ・ブープ(パラマウント映画)など、アメリカン・アニメーションの黄金時代を飾った他社のキャラクターが幅広く出演しているクロスオーバー作品である。当初、制作総指揮のスピルバーグは、他にもポパイやトム&ジェリーなどのキャラクターを登場させたかったが、権利を獲得することはできなかった。この世界のテリー・トゥーンズのマイティマウスとアニメ映画版のスーパーマンは最初の脚本(マーヴィン・アクメの墓場のシーン)で登場するはずだったが、後にそのシーンごとカットになってしまった。

1998年、続編を製作すべく案が浮上し、スピルバーグも興味を示した。だがスピルバーグはドリームワークス設立のためにプロジェクトを離脱し、3D上映の需要も高まってきていたためそのプロジェクトはしばらく頓挫する。しかし2010年現在、監督のゼメキスはインタビューで「続編の可能性はありうる」と発言し、現在もそのプロジェクトは存在している。(以上、Wikipediaより)

『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(Back to the Future Part II)

1989年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/マイケル・J・フォックス/クリストファー・ロイド/リー・トンプソン/クリスピン・グローヴァー

パート1でジョージ・マクフライ役を演じたクリスピン・グローヴァーは、本作では「他の役に挑戦したい」という理由から「役を引き受けるつもりはない」と断ったらしい。その一方で出演料の折り合いが付かなかったために降板したともされている。クリスピンはデタラメであると語っているが真相は不明[4]。そこで、パート2では、時空の歪みが生んだもう一つの1985年、通称1985年A(Alternate 1985)において、ジョージは死亡しているという設定になった。パート2とパート3では、ジョージ役を背格好が酷似したジェフリー・ウェイスマン(英語版)が演じており、老人となった2015年のジョージ以外は顔が目立たないように撮影されている。パート2の冒頭のロレインと一緒に、マーティとジェニファーをドア越しに見るシーンと、1955年のシーン(ジョージの顔がはっきり写っているシーン)はパート1の映像を利用し、新聞の顔写真にもクリスピンの写真を用いているが、この件に関してクリスピン・グローヴァーの許可を一切取っていなかったとしてゼメキスとスピルバーグを相手取って訴訟を起こした。結局、示談の末、クリスピン・グローヴァーの要求が認められることとなり、俳優組合にも新しい協約が設けられることとなった。

ジェニファー役は、パート2以降、パート1のクローディア・ウェルズからエリザベス・シューに変わった。これは、母親がガンと診断されたことでクローディア・ウェルズが女優業を一時休止したため。クローディア・ウェルズはその後1996年に映画『Still Waters Burn』に出演するまで活動を休止していた。『Still Waters Burn』は2008年2月にDVDとしてリリースされている。2015年のマーティの娘マーリーンは、マイケル・J・フォックスが女装をして演じている。

当時、最新合成技術であったビスタ・グライド・システムが使用されている。モーションコントロール・カメラでカメラの動きを完全制御し、小道具はすべてセットに固定し、同じ俳優を別位置で撮影し、フィルムの境界をぼかしながらつなげる技術である。このビスタ・グライド・カメラのお陰で従来のカメラを固定したままという制約から解放されている。合成の制約上、合成相手に触れたり、物を受け渡したり、フィルムAからフィルムBに移動することはできない。2015年から1985年Aに戻ってきたデロリアンが空から降下しながらタイヤを変形させ、着地してそのまま道路を走るシーンは、空中のシーンから画面手前の街灯を通るまでは模型の、街灯を通り過ぎてからは実車のデロリアンで撮影されており、模型と実車をワンカットで連続して見せる事に成功している。(全部Wikipediaより)

『荒野の一つ星』(WANTED)

1967年・イタリア 監督/カルヴィン・ジャクソン・パジェット

出演/ジュリアーノ・ジェンマ/テレサ・ギンペラ/セルジュ・マルカン/ゲルマン・コボス/ジア・サンドリ

マカロニ・ウェスタンはどれを観ても変わりないだろうから、どちらかというと観る気にはなれない。何本か観て、もうお腹が充分だと感じている。でも、観る映画がまたなくなった。テレビ局もそれなりに放映しているが、ますます吹き替え版が多くなってしまったのは困ったものだ。

欧米各国では映画館上映の外国映画は昔から吹き替え版がほとんどと言われていた。字幕を読むのが面倒だということよりも、一番のお客様たちが文字を読めないからだと聞かされていた。たぶん半分は本当だろうが、そんなに馬鹿にしたほどでもなかろうとも思う。

テレビばかりではなく映画館でも吹き替え版が幅をきかせる時代となった。日本人もどんどんレベルが落ちてきたのだろう。文字が読めないのではなくただ面倒だと言うかもしれない。でもそうやって字幕を読まなくなれば、おそらく20年後には欧米の映画館と同じように吹き替え版がほとんどの上映になってしまうかもしれない。心配するほどではない、という楽観論者は20年後の現状を伝えて欲しい。

『SADA 戯作・阿部定の生涯』

1998年(平成10年)・日本 監督/大林宣彦

出演/黒木瞳/片岡鶴太郎/椎名桔平/嶋田久作/ベンガル/石橋蓮司/赤座美代子/根岸季衣/池内万作/坂上二郎

1936年(昭和11年)5月16日の夕方から定はオルガスムの間、石田の呼吸を止めるために腰紐を使いながらの性交を2時間繰り返した。5月18日午前2時、石田が眠っている時、定は二回、腰紐で死ぬまで彼を絞めた。定は包丁で彼の性器を切断した。雑誌の表紙にペニスと睾丸を包み、逮捕されるまでの3日間、彼女はこれを持ち歩いた。そして彼女は血で、シーツと石田の左太ももに「定、石田の吉二人キリ」と、石田の左腕に「定」と刻んだ。

この事件はすぐに国民を興奮させた。そして彼女の捜索について引き続いて起こる熱狂は「阿部定パニック」と呼ばれていた。瓜実顔で髪を夜会巻きにした細身の女性を、定と勘違いし通報を受けた銀座や大阪の繁華街は一時騒然としてパニックになった。定が現れたという情報が流れるたびに、町はパニックになり、新聞はそれをさも愉快に書きたてた。この年に起こった失敗した二・二六事件クーデターの引用で、目撃例の犯罪が「試みイチ-ハチ」(「5-18」または「5月18日」)と諷刺的に呼ばれた。「上野動物園クロヒョウ脱走事件」「二・二六事件」とあわせて「昭和11年の三大事件」と呼ばれている。(以上Wikipediaより)

男のイチモツを切り取った猟奇的事件として、このことだけが大きく伝わっている。ここに行き着く過程を映画は描きたかったに違いない。でもよく分からない。黒木瞳がアベサダでは期待が持てないと思っていたが、その通り。愛欲の極致を表現できなければ、失敗だろう。この手の映画で思い出すのは『ラスト、コーション』(色・戒/2007年/アン・リー監督)、この映画のような描き方が出来て初めて男と女の決着をつけることが出来るだろう。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future)

1985年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/マイケル・J・フォックス/クリストファー・ロイド/リー・トンプソン/クリスピン・グローヴァー

さすがにこの映画はリアルタイムでも観ているはずだが確かではない。久しぶりに観ると、内容をほとんど覚えていないのはいつも通りだが、割合と馴染みのシーンといった雰囲気があって、一所懸命観ていた過去が蘇ってくる。意外とドタバタな内容だったことが初めて分かった。30年前へのタイムスリップは夢がある。

Wikipediaに数々のエピソードが書かれていたので抜粋する。・冒頭の時計がたくさん並んでいる場面は「タイム・マシン 80万年後の世界へ」のオマージュ。・マーティが1955年にタイムスリップしてヒルバレーの町にやってきた際、ガソリンスタンドに入った車を複数の店員が清掃・点検する様子を彼は興味深げに見ていたが、これは1985年当時のアメリカではすでにガソリンスタンドはセルフサービスが一般的だったからである。・マーティがヒルバレーでビフとその子分たちに車で追い回された際、マーティは子供が使用していた木製のキックスクーターを借りてハンドル部分を取り外し、スケートボードのように使用して追跡から逃れようとした。これはスケートボードの原型がキックスクーターのハンドルを取り外した物であるという説に則っている。なお、スケートボードが本格的に流行し始めたのは1960年代以降である。・魅惑の深海パーティーで指を負傷したギタリスト、マーヴィン・ベリーの代理としてマーティがギターを演奏し、その後のアンコールでジョニー・B.グッドを歌った際、それを聴いたマーヴィンが「新しい音楽を探していた」従兄弟のチャック・ベリーに電話してマーティの演奏を聴かせた。つまりこれによってロック・アンド・ロールが誕生した、というお遊びである。ジョニー・B.グッドはチャック・ベリーの代表曲であり、シングルとして発売されたのは作品の舞台から3年後の1958年である。

2作目もすぐに放映されるらしく、是非また観よう。今度は未来へのタイムスリップだったっけ?

『大鹿村騒動記』

2011年(平成23年)・日本 監督/阪本順治

出演/原田芳雄/大楠道代/岸部一徳/佐藤浩市/松たか子/冨浦智嗣/瑛太/姜洪軍/石橋蓮司/小倉一郎/三國連太郎

長野県下伊那郡に実在する大鹿村では、大鹿歌舞伎(おおしかかぶき)が伝承されているという。幕府や政府の禁止にもかかわらず、庶民の娯楽として300年にわたり上演されてきたらしい。この大鹿歌舞伎を題材に、笑いあり涙ありの物語が展開する。なお、村民約300人がエキストラ出演したという。

18年前、40才を過ぎ駆け落ちしたこの村出身の二人が出戻ってきた。しかも女は記憶障害を冒している。二人を迎えた幼なじみ、特に記憶障害になってしまった女の夫はまだ離婚届を出していない。面白いはずのストーリーが相変わらず進展していかない。日本映画の大きな特徴と言える欠点が。

この監督とこの役者で面白くないのはどういう訳だろう。目の前の事柄が堂々巡りをしている。眠ってしまったのは自分の体調が理由だけでもなさそうだ。

『第七の封印』(Det sjunde inseglet, The Seventh Seal)

1957年・スウェーデン 監督/イングマール・ベルイマン

出演/マックス・フォン・シドー/グンナール・ビョルンストランド/ベント・エケロート/ビビ・アンデショーン

前作の『夏の夜は三たび微笑む』がカンヌ国際映画祭の特設賞である「詩的ユーモア賞」を受賞し、興行的成功を収めたことで自分の好きなように映画を製作できる自由を得たイングマール・ベルイマンが、一転して神の不在という実存主義的なテーマに挑んだ問題作である。本作品でベルイマンは前年の『夏の夜は三たび微笑む』に続き、1957年度のカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに二年連続でノミネートされた。受賞はならなかったものの、本作品は同映画祭の審査員特別賞をベルイマンに齎した。前作と『第七の封印』の二作続けての批評的成功は、ベルイマンの世界的な映画監督としての声望を不動のものにした。同時に映画中で重要な役柄を演じたマックス・フォン・シドーとビビ・アンデショーンの二人にとって、本作品は彼らのキャリアを飛躍させる出世作にもなった。(Wikipediaより)

むずかしい。神の話は嫌いではないが、神と話をすることや死に神にとらわれている状況は想定外だ。この監督の名前は勿論知っている。現役時代にも有名な作品があったはずと調べてみたが、知っている題名は現れなかった。

どこの国だって映画が製作されている。この国の映画を見ることがないということは、あいかわらずこの映画のような難しい神の話が多いのだろうか。そんなわけではないだろうが、たまには現代の生活映画を観てみたいものだ。

『おさな妻』

1970年(昭和45年)・日本 監督/臼坂礼次郎

出演/関根恵子(現:高橋惠子)/新克利/坪内ミキ子/渡辺美佐子

昭和45年といえばちょうど早稲田を卒業した年。映画そのものに興味をもっていないどころか、この手の題名にはまったく反応しない精神構造だった。題名は聞いたことがあるし、関根恵子の名前も知ってはいた。今聞くこの題名は、「日活ロマン・ポルノ」と勘違いするような響きがする。

今どきだって普通ではない女子高校生の結婚。この時代としては多少きわどいセリフがふんだんにあるが、セリフだけとってみれば、今どきなら誰も驚くようなことはないであろう。極めて真面目な取り組み方に好感が持てる。同じ昭和45年には東京12チェンネルで50回、1時間枠のテレビ・ドラマが放送された。また、1980年には再映画化されているようだ。

ある程度歳をくってからの顔しか知らない関根恵子だが、どちらかというと好きではない顔だ。どうして人気があったのかは、この映画を見て分かった。この時代の彼女は癖のない実に素直な顔立ちが印象的だった。年を経て人生の苦労が顔を特徴あるものにしていったような感じがする。勝手な印象で申し訳ないが。

『ヒッチコック』(Hitchcock)

2012年・アメリカ 監督/サーシャ・ガヴァシ

出演/アンソニー・ホプキンス/ヘレン・ミレン/スカーレット・ヨハンソン/ジェシカ・ビール

アルフレッド・ヒッチコック監督は、1960年の映画 『サイコ』(Psycho)の映画化を決めると、いきなり弟が兄を撲殺するエド・ゲイン事件にヒントを得たロバート・ブロックのスリラー小説『サイコ』の買い占めを画策する。ラストを知られないようにするための思惑だが、彼の映画に対する情熱がほとばしり出ている。しかし、パラマウント映画社もエージェントも出資に難色を示したことから、屋敷を担保に入れて自費で製作するハメになる。妻のアルマはヒッチコックの最も親密な協力者であった。アルマは何本かの脚本を執筆し、ヒッチコックの全ての作品の擁護者であった。この時代のアメリカの映倫は極めて厳しかったようだ。シャワー中の殺害シーンの問題や「アメリカ映画史でトイレの映像は必要なかった、ましてや流すなんて」、と脚本の段階からいちゃもんをつけられた。それでもアルマはヒッチコックに対して「30分で殺すのよ」と映画の面白さを忠告するのだった。

1899年ロンドンで生まれたヒッチコックは1939年までイギリスで映画を撮っていた。1940年のアカデミー賞最優秀作品賞と撮影賞(黒白部門)を獲得した『レベッカ』(Rebecca)からアメリカでの映画製作となる。映画に対する姿勢は生半可ではない。妻の仕事も男に対する態度も気になる。一方、自分の映画に出演する女優にも熱い感情を持っている。

『サイコ』の撮影裏話をストーリーの柱として、映画製作のおもしろさを存分に見せてくれる。彼が発するセリフに、愛情や皮肉やウィットを充分に味わうことが出来る。ヒッチコック研究家にとっては普通のことにしか見えないかもしれないが、素人映画ファンにはどこもかしこもおもしろいことばかりで、久しぶりに映画の醍醐味を堪能した。

『トキワ荘の青春』

1996年(平成8年)・日本 監督/市川準

出演/本木雅弘/鈴木卓爾/阿部サダヲ/さとうこうじ/大森嘉之/古田新太/生瀬勝久/翁華栄/松梨智子/北村想

「この映画は 今から40年ほど前に 「トキワ荘」というアパートに暮らしていた 若い漫画家たちの青春を 史実に基づいて描いたフィクションです」と、最初に文字が入る。我々の世代なら、このトキワ荘というアパートのことは何となく知っている。そしてまた我々自身が漫画世代の先駆者のような集団でもあった。

寺田ヒロオが主人公であり、後に漫画の筆を折った寺田や、途中でトキワ荘を去った森安なおや、そしてなかなか売れずに苦悩の日々を過ごした赤塚不二夫らの運命を反映し、盛り上がりを抑えた物静かなトーンの作品となっている。また従来の「トキワ荘ものドラマ」には登場しなかったつげ義春や棚下照生等も登場している。また、主演の本木雅弘以外の主要キャストには、当時は無名に近かった自主映画・小劇団関係者が起用されたが、後年の観点からすると非常に豪華なキャスティングになっている。(Wikipediaより)

物静かなトーンの作品といえば格好良く聞こえるが、極めておもしろくない映画だ。ダイナミックでないところが一番いけない。静かだということは長回しをすることではない。せっかくの伝説的な漫画家達が、死んでいる。違う視点から映画を作ったのだという言い訳が聞こえてくる。日本映画の力が落ちたと、強く感じる。

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

2007年(平成19年)・日本 監督/山崎貴

出演/吉岡秀隆/堤真一/薬師丸ひろ子/小雪/堀北真希/もたいまさこ/小日向文世/吹石一恵

2005年11月5日に公開された『ALWAYS 三丁目の夕日』の続編。前作では建設中の東京タワーや上野駅、蒸気機関車C62、東京都電など当時の東京の街並みをミニチュアとCG(いわゆるVFX)で再現し話題を呼んだが、今作でも完成後の東京タワー、東京駅、羽田空港、日本橋、当時国鉄が運転を開始したばかりの20(→151)系新型特急電車こだまなどが再現される。また映画序盤には1954年に公開された『ゴジラ』のゴジラ[2][3]がフルCGで登場している。また、当時活況を呈していた映画館や庶民の社交場であった銭湯なども再現される。また、当時ヒーローだった日活の映画スターである石原裕次郎も登場する。(Wikipediaより)

懐かしさだけが売りの映画だと感じる。この映画のちょっとあとの時代を生きてきた自分にとって、昔のことはみんないい想い出という大原則しか感じない。田舎で育った自分にとっては、もっと活き活きした子供生活が思い出される。

川、丘、田んぼ、毎日遊ぶ場所には困らなかった。自分で漕ぐ船、手作りの釣り竿と隣の家の庭で掘るミミズでの釣り、橋の下での泳ぎ、木ノ上に作った番小屋、町内対抗の野球、自分で研ぐベーゴマ、ばくちのようにやりとりするビー玉、曲芸風に回して喜ぶ駒、新聞紙で作った長い足が自慢の凧、隣の家で食べる夕食、屋根の上に寝そべって身体を焼く、菱の実、蓮の実、椎の実、山苺、野性の梨、畑のスイカ、栗やサツマイモをナマで食べる、田んぼで獲ったザリガニを茹でて食べる、オタマジャクシ、ドジョウ、タナゴ、ゴロ、恵まれた自然環境の中でありとあらゆる自分達の遊びに没頭していた少年時代。そんな風景に比べものにならないチンケな昭和に面白味は感じない。また眠った。

『サン・ロレンツォの夜』(LA NOTTE DI SAN LORENZO)

1983年・イタリア 監督/パオロ・タヴィアーニ/ヴィットリオ・タヴィアーニ

出演/オメロ・アントヌッティ/マルガリータ・ロサーノ/ミコル・グイデッリ

第二次大戦末期、ドイツ軍から逃げ出した人々がパルチザンと出会う。しかし彼らを追って、ファシストたちが銃を向けてきた……。第二次大戦末期のトスカーナ地方を舞台に繰り広げられた戦争の悲劇。村を破壊し撤退を試みるドイツ軍から逃げ出した数名の村民たちが、北上するアメリカ軍の保護を求め旅する姿を描く。「父/パードレ・パドローネ」のパオロ、ヴィットリオ兄弟によるヒューマン・ドラマで、カンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞。ユーモアと緊迫を折り交ぜた演出手腕が物語を盛り上げる。(allcinemaより)

ということらしいが、映画はおもしろくなかった。相変わらず眠ってしまったのは、ご愛敬とは言えない状況。「父/パードレ・パドローネ」のパオロ、ヴィットリオ兄弟監督作品だということで納得がいった。だって、この映画もちっともおもしろくなかったから。

イタリア映画はどことなくペーソスと希望に満ちたストーリーであると感じていた。貧しくても気にしない。嫌なことがあっても落ち込まない。人生を謳歌する精神構造を見て、いつも嬉しくなるものだが、この映画にはそんなことを微塵も感じさせないつまらなさがあった。

『洋菓子店コアンドル』

2011年(平成23年)・日本 監督/深川栄洋

出演/江口洋介/蒼井優/江口のりこ/戸田恵子/加賀まりこ/ネイサン・バーグ

東京で評判の洋菓子店「パティスリー・コアンドル」。この店のオーナーでシェフパティシエの依子のもとに大きな荷物を持った鹿児島弁の田舎娘、なつめがやってくる。彼女はパティシエ修行中だという恋人、海を追って上京したというが、海はとっくにこの洋菓子店を辞めていた。行き場の無いなつめだったが、この店のケーキに惚れ込んでしまい、実家がケーキ屋であることをアピールしてなんとか雇ってもらおうと奮闘する。そこでかつて伝説のパティシエと呼ばれ現在は評論家の十村と出会う。(Wikipediaより)

キャッチコピーは『甘くない人生に、ときどきスイーツ。きっと幸せになれる。』ということだが、美味しそうなスイーツがこてこてしていて、あまり美味しそうに見えない。しかも食べにくそうなものばかりが出てきて、まさしく食指の動かないシーンばかりだった。

特別協力に辻調グループ校と記載があったが、三女も高い金を出してここに通っていた。今は役に立っていないようだが、人生は長い、そのうち役に立つ時が来るだろう。万が一役に立つ日が来なくても、それはそれでいいのではなかろうか。あぁ~美味しいケーキを食べたいな。伝説のパティシエが料理人の服を着て、部屋から出てきてタバコを煙うシーンがある。ヤニの付いた手でケーキを作るなんてことは、考えただけでも気持ち悪い。分かっちゃいない。

『鬼平犯科帳 劇場版』

1995年(平成7年)・日本 監督/小野田嘉幹

出演/二代目中村吉右衛門/多岐川裕美/梶芽衣子/蟹江敬三/岩下志麻/世良公則/平泉成/藤田まこと

いやぁ~、おもしろいですね~。テレビ・ドラマでずーっとやっていたことは知っていたが、一度も見たことがなかった。決まり切った捕物帖をテレビ・ドラマの安っぽい作りで見ることなんか、どう考えたっておもしろいと思えなかったから。時々テレビのチャンネルを回している時に遭遇する映像にもその原因はあった。

この映画のようにきちんと金を掛けて映像を作られてしまうと、文句の付けどころがない。室内スタジオで撮った映像との違いが明らかだ。こういう映像なら見る気になれる。役者も一流、おちゃらけた笑いを取ろうとしなくても、ほのぼのと笑えるところは笑える。

おおらかな江戸時代の庶民を彷彿とさせる風景が時々見えて、なかなか興味がある。火付盗賊改方長谷川平蔵の人となりがうまく描かれていて、これまた興味がある。活字で彼の活躍を堪能している諸兄にはこんなコメントが信じられないだろう。ようやく池波正太郎の世界の端っこに触れた気がした。よかよか。

『赤い河』(Red River)

1948年・アメリカ 監督/ハワード・ホークス

出演/ジョン・ウェイン/モンゴメリー・クリフト/ジョアン・ドルー/ウォルター・ブレナン

史実に基づいた物語を原作としている。端整な顔立ちのモンゴメリー・クリフトは、この映画に出演した事によりスターの仲間入りを果たした。アカデミー賞2部門にノミネートされるなど、西部劇映画の傑作の一つである。

テキサス州が成立した頃、1951年開拓民の幌馬車隊と行動を共にしていた開拓者の主人公は、幌馬車隊に別れを告げ「赤い河」を渡りテキサス州の広大な土地に自分の夢を託して旅だった。彼に恋していた娘の申し出も断り、幌馬車隊にいたもう一人のカウボーイと隊を離れるのだった。家族をインディアンに殺害された一頭の牛を連れた一人の少年を養子として迎え、ミシシッピ川の側にある広大な土地に自分の牧場を作る。

14年後南北戦争も終わり、せっかく育てた牛の値段が急落、窮余の策で牛1万頭を1600km離れた場所へ運び、牛を高く売る大計画を立てることになった。この道すがらが映画の物語。100日間に及ぶ移動生活を描いていく。おもしろい。カウボーイ同士の反乱や息子との確執など、余計な描写を切り捨て、テキパキと物語が進行する。68年前の映画は現代の日本映画より遥かにおもしろく、爪あかを望む気持ちが高ぶってくるのを抑えきれない。

『振り子』

2015年(平成27年)・日本 監督/竹永典弘

出演/中村獅童/小西真奈美/石田卓也/清水富美加/武田鉄矢/黒田アーサー/松井珠理奈

原作は、あのお笑い芸人でイラストレーターでもある鉄拳のパラパラ漫画の動画『振り子』で、動画再生回数300万回以上を記録したという。中村獅童も小西真奈美も好きな顔ではなく、食指が動かない鑑賞となった。映画はスターで作られるもの、自分の好きなスターを追いかけて気持ちが動くことが心地良いのだが。

高校生の時に出会った夫婦の生活が物語の筋。子供の成長が早く、なにも起こらない映画に見える。妻が脳梗塞で倒れて寝たきりの人生になってからが長い。落語のオチのように最後の最後に観客に訴える展開を用意している。そこに行き着くまでの線が細すぎて映画の体をなしていない、残念ながら。

誰かの夢に乗って自分の人生を歩んでいけたら、また違った人生が送れるかもしれない。自分で自分の人生を切り拓くなんて、本当は無理だったはずの自分には、そんな生き方もあるんだと後悔の念を抱かせる。十人十色の人生があって当たり前の人間生活、そんな多様な人生を理解できていれば、自分の人生もちょっとは変わっていたのかもしれない。

『ターミネーター』(The Terminator)

1984年・アメリカ/イギリス 監督/ジェームズ・キャメロン

出演/アーノルド・シュワルツェネッガー/マイケル・ビーン/リンダ・ハミルトン/ポール・ウィンフィールド

ボディビル出身の俳優アーノルド・シュワルツェネッガーを一躍スターダムに押し上げ、シリーズ化されたSF映画。1991年に『ターミネーター2』、2003年に『ターミネーター3』、2009年に『ターミネーター4』が製作される。 また、直接的な繋がりはないが、2015年に本作のリブートとなる『ターミネーター:新起動/ジェニシス』が製作された。

1968年に出身地オーストリアからアメリカにやってきたシュワちゃんが、2003年から2011年にかけてカリフォルニア州知事を務めるなんて誰が想像しただろうか。1977年にドキュメンタリー『鋼鉄の男』に出演する。彼はこの映画を政治家への障害と見なし、1991年に映画の権利、未使用フィルム、スチル写真を購入した。シュワルツェネッガーはこの映画に関しての議論を拒絶しているが、批評家は写真を根拠に彼は目とあごに少なくとも一回の美容整形手術を行っていると主張している、なんていう話もある。

32年前の映画を今更ながらに見た。リアルタイムで観る気にはなれなかった。ちょうど宣伝部長になった頃、まったく映画を見ない時間が続いていた。1984年に描く45年後2029年の物語。映画が描く近未来には殺伐とした風景の世界が出現する。必ず核戦争が起こり、その後は人類は地下に潜ったりすることが多い。この映画の未来は人間と機械軍との戦いが起こっているようだ。そういう未来からタイムスリップしてやってきたターミネーターだった、ということが分かっただけで府に落ちてよかった。

『私は二歳』

1962年(昭和37年)・日本 監督/市川崑

出演/船越英二/山本富士子/浦辺粂子/京塚昌子/岸田今日子/渡辺美佐子/倉田マユミ/大辻伺郎/中村メイコ(声)

都営団地のサラリーマン夫婦の間に生まれた赤ん坊の名前は太郎。パパとママは僕(太郎)の成長に一喜一憂する毎日。特にママは子育てに悪戦苦闘。おまけに子育てをめぐって嫁姑問題勃発。そのような中で僕が0歳から2歳になるまでの日々を描く。松田道雄の育児書『私は二歳』『私は赤ちゃん』を和田夏十が脚色し、市川崑が監督した子育てを通じて生命の神秘や生きるということについて描いた映画。赤ん坊の成長と赤ん坊の本音を織り交ぜ、赤ん坊の視点で右往左往する両親や大人達の日常を描く。同年のキネマ旬報ベストテン日本映画1位。(Wikipediaより)

こういう映画があったんだぁ。山本富士子が妙に色っぽい母親、妻役をやっている。この頃のテレビに出てくる女の子は痩せていて魅力のない人がほとんど。痩せてなければ太っていることを売りにする女性かどっちかだ。ほどよいふくよかさに対する評価が低すぎる。

言葉の喋れない子供の気持ちが喋られる。誰にも分からないことだが、たぶんこんなことを考えているのだろうということを、もっともらしくセリフにしている。このあたりが本当に分かったら、こんな楽しいことはないであろうが、どれだけ人類が進歩してもそんな時代は来ないだろうなぁ。

『続・社長えんま帖』

1969年(昭和44年)・日本 監督/松林宗恵

出演/森繁久彌/加東大介/小林桂樹/小沢昭一/藤岡琢也/関口宏

先日観たばっかりの『社長えんま帖』の続編をまったく気楽に観る。物語はまさしく続編で役者にも変わりがなく、記憶も新しく、こういう映画のシリーズの見方が正解なのだろう。銀座のバーや京都のお座敷に社費で遊興するこの時代の会社役員、今でもこんな優雅な役員生活があるとは、とても思えないが。

たかが映画、されど映画という言葉がある。たかが映画と考えているテレビ局は、放映の時に不作法なことをしている。平気で放映中の映画画面の中やシネマスコープ画面で空いた上下の黒味部分にテロップを流していることだ。今やっている映画なんてどうでもいい、と考えていなければこんな乱暴なことは出来ない。

地震や台風の時などはもっとひどい。テロップばかりか日本地図を表示し、黄色い沿岸線が点滅して、つなみ注意報を出したりしている。深夜時間に映画を見ている人が、そんな情報を求めているわけがない。もしそんなことが気になるなら、NHKのニュースを見ているに違いないのに。たかが映画、と思われても仕方のないような内容の日本映画が多いことが気になる。

『あぜ道のダンディ』

2011年(平成23年)・日本 監督/石井裕也

出演/光石研/田口トモロヲ/森岡龍/吉永淳/西田尚美/山本ひかる/染谷将太/綾野剛/藤原竜也

宮田は妻を早くに亡くし、男手一つで浪人中の息子・俊也と高校3年生になる娘・桃子を育ててきたが、家庭ではいつも会話がかみ合わない。子どもたちには弱音は漏らせず、いつもやせ我慢をして見栄を張ってしまう。唯一、親友の真田(田口トモロヲ)と喧嘩しながら飲み交わすことだけを楽しみとして生きていたが、ある日、宮田は胃の痛みを感じ、自分も妻と同じ胃ガンなんじゃないか思う。中卒なのがコンプレックスになっているが、何とか俊也とゲームで対戦しようとゲーム機を購入するが、機種が違った。本人もガンではなかった。真田は俊也を誘い、「君のお父さんはダンディだよ。見た目はかっこよくないけど、心は渋いんだ。君も男ならわかってやってほしい」といい、自分なりの「親子ごっこ」を楽しむ。子どもたちも父親の気持ちが分かりつつ、うまくコミュニケーションをとれない。私立大学に入学し、学費など自分なりの準備をしていた俊也と桃子が上京。真田と飲みながら泣いてしまう。(Wikipediaより)

こういう映画が作られていたことに驚く。時々ある、まったく知らない映画を時間が経ってから観ること。決して悪い映画ではない。テレビドラマでは描き切れない静けさだろう。普通の日常生活を普通に描いている。そういう意味では貴重な映画かもしれない。

小津安二郎が描く日本人の日常生活を真似しているのではなかろうかとさえ思えてくるが、決定的に違うのは映画のリズムとカメラの目線。とてもじゃないけど真似はマネに過ぎない。

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(Mission: Impossible - Rogue Nation)

2015年・アメリカ 監督/クリストファー・マッカリー

出演/トム・クルーズ/ジェレミー・レナー/サイモン・ペグ/レベッカ・ファーガソン/ヴィング・レイムス

画期的な鑑賞をした。たまたまDVDに日本語版字幕がなく、英語音声をそのまま観るという大胆なことをしたまでだが。千数百本の洋画を観ているが、字幕なしの映画を通して観るのは勿論初めてのことだった。途中で急に英語が分かるようになり、あれあれっと思っているうちに内容が理解できるようになる、なんていうことがあればいいなと思ったが、やはり妄想だった。

アクションシーンに字幕はいらないが、アクションに行き着く理由には字幕が必要だ。そもそもなにのミッションなのかが分からないでは、苛々しながら観るしかない。まぁ思ったほどには苛々しなかったのが意外だった。結局日本語だって、あるいは現実社会での会話だって、充分理解しないで行動してきたことが多々あったような気がする。直感と勘で行動することの方が大切だと感じていたが、映画を観るのにもそんな6感が必要だと悟ることが出来た。

今更ながらのカーアクションや1対1の戦いでは短剣を使っていたりと、アクションの原点回帰が見られたこの作品。金がかかっているなぁという訴えが一番かも。そんじょそこらの映画ではとてもじゃないけど追いつけないアメリカの大型映画、映画はこうでなくちゃという見本のようなもの。

『巨人と玩具』

1958年(昭和33年)・日本 監督/増村保造

出演/川口浩/高松英郎/野添ひとみ/伊藤雄之助/小野道子/信欣三/藤山浩一/山茶花究/町田博子

懐かしい顔が並ぶ。この奇妙な題名は何?と最初の印象。原作は開高健の小説である。勿論、彼の名前は知っているが、1冊も活字を読んだことはない。原作ではキャラメルという商品についての分析がされているという。

大正時代、西洋文化へのあこがれの象徴として登場したキャラメル。戦中戦後の窮乏な時期にはその古きよき大正時代の郷愁とされた。そして戦後十数年。さすがのキャラメルも“成熟市場商品”として扱われるようになっていたらしく、キャラメルの新発売競争をする3社の宣伝活動を題材にしている。

昭和33年、タクシー会社に勤めた女子社員の初任給は6千円だという。昭和41年、私の部屋代は風呂なし共同トイレで6千円だった。恐ろしく変革していった社会にまったく追いていけなかった自分の姿が見える。同じ時代をもう一度過ごしたって、きっと同じことしかできなかったろう。自分の人間力とはそんなものだと、今でも情けなく思うだけだ。

『キングスマン』(Kingsman: The Secret Service)

2015年・アメリカ 監督/マシュー・ヴォーン

出演/コリン・ファース/サミュエル・L・ジャクソン/マーク・ストロング/タロン・エガートン/マイケル・ケイン

諜報もの、スパイものでは追随を許さないイギリス映画。ちょっとひねってスパイ・コメディというジャンルになるだろうか。珍しくコメディをきちんと描いている。ちょっとしたエスプリを効かせればそれで充分のはずだが、しっかりと笑いを入れたい気持ちが分からないでもない。

諜報員になるための試験が繰り返される。6人の若者が共同でこの試験を受けている。共同でというところにミソがある。一人では乗り切れない試練をチームワークで克服しろと試験官は言う。かといって、最後の最後には非情に徹しなければ、諜報員の役は出来ないと諭される。間違っても仲間の素性を暴露するなんていうことはご法度だ。

小さな犬を選び訓練しながら成長する犬と暮らす訓練生。あるとき、試験官から一緒に暮らしてきた犬に向け拳銃を発砲しろと命じられる。この映画の主人公は最後まで引き金を引くことはなかった。それで最終選考から落ちても、彼の人間性が明らかになる。続きが間違いなくありそうな映画に主人公のキャラクターは欠かせない。次作はもっと面白くなるだろう。

『社長えんま帖』

1969年(昭和44年)・日本 監督/松林宗恵

出演/森繁久彌/加東大介/小林桂樹/小沢昭一/藤岡琢也/関口宏

お気楽『社長シリーズ』の第30作目。馴染みのフランキー堺と三木のり平は27作目の『続・社長千一夜』で降板している。訳の分からない日本語を遣う日系人には藤岡琢也が登場、ちょっと似合わない役柄。娘が今の芸能界を賑わしている内藤洋子が可愛い顔で出演している。

関口宏はこれが映画4作目の出演となる。その後も時々映画に出ているが、司会業が忙しくなったのか、役者には向いてないと思ったのか、出演作品は極めて少ない。特に下手くそな演技には見えないが、本人には何か理由があるのだろう。

今回は化粧品会社「マルボー化粧品」の社長。プライベートジェット機を購入して全国の支店を回るんだ、なんていう今でもなかなか出来そうにないことをやっている。時代を先取りするのが映画だけれど、さすがに日本の企業がプライベートジェット機を持つ時代にはまだなっていない。ホンダのジェット機がアメリカでは結構売れているというニュースを見たことがあるが、アメリカとは基本的に価値観の違うところがこんなところにもありそうだ。

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』

1995年・日本 監督/押井守

出演(声)/田中敦子/大塚明夫/山寺宏一/仲野裕/大木民夫/玄田哲章

アニメが嫌いなことを知っている友人が奨めてくれた作品なら、多少は面白いと感じるところがあるのだろうと、期待して観始まった。こういう書き方をすれば次に進む言葉は決まったようなもの。残念ながら面白くも、クソもなかった。

Wikipediaによれば、士郎正宗による漫画作品。ジャンルとしてはSF(パラレルワールド含む)に属する。この作品を原作とする劇場用アニメ映画が1995年に公開され、またテレビアニメ作品が2002年に公開された。士郎正宗の原作版・押井守の映画版・神山健治のS.A.C.・黄瀬和哉と冲方丁のARISEでは、時代設定や主人公草薙素子のキャラクター設定、ストーリーを始め多くの相違点があり、それぞれが原作を核とした別作品といえる。その他、小説、ゲームなどの派生作品が展開されている。

名古屋にもこの手のアニメを詳しく説明できる友人がいるので、以前からこの題名は聞いていた。面白い題名を考えるものだ、という印象がある。今度その友人に会ったら、この映画について詳しく聞いてみよう。子供だましの発想を映像化して、出来の悪いアニメとして映画にしたとしか思えない。もっともらしいことや難しいことをキャラクターに語らせて、立派な物語だよと押しつけてくる意欲だけが評価できる。コマ数の少ない日本アニメは、基本的に粗悪品に見えて仕方がない。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(Mad Max: Fury Road)

2015年・オーストラリア/アメリカ 監督/ジョージ・ミラー

出演/トム・ハーディ/シャーリーズ・セロン/ニコラス・ホルト/ヒュー・キース・バーン

ひたすら荒唐無稽な戦いが繰り広げられる。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、とてもじゃないけど気持ちを映画にそそぎ込むことが出来ない。なんだ!この映画は。前作にそのヒントでもあるのだろうかと調べてみたら、なんと『マッドマックス/サンダードーム』以来、27年ぶりに製作されたものだというから、前の作品を観ていなくても忘れたとしても問題ないようだった。

Wikipediaによれば、本作は『マッドマックス2』と同様に、英雄誕生譚(貴種流離譚)など世界各地の英雄神話を研究した神話学者ジョゼフ・キャンベルによる著書『千の顔を持つ英雄』をテーマとしているという。難しいテーマを持っている割には、映像は果てしないものだった。

こういう映画は誰かに説明してもらうといいに違いない。核兵器による大量殺戮戦争勃発後、生活環境が汚染され、生存者達は物資と資源を武力で奪い合い、文明社会が壊滅した世界を舞台とする。なんていうことは、映画を観ていてもまったく分からないことだったが、どこかにそんな活字かセリフがあったのだろうか、不思議な映像だ。

『ワルキューレ』(Valkyrie)

2008年・ドイツ/アメリカ 監督/ブライアン・シンガー

出演/トム・クルーズ/ケネス・ブラナー/カリス・ファン・ハウテン/ビル・ナイ

観たことのある映画のはずだったが、ずーっと観たことのないシーンばっかりで、もしかすると観ていないかもと思ったくらいだった。肝心なヒトラー暗殺計画実行の場面で、ようやく少し思いだす。おもしろくない、という印象だけは確実に残っていた。

映画の最後に次のようなテロップが。「(1944年)7月20日のこの事件は数多くのヒトラー暗殺計画の最後となった それから9ヶ月後ヒトラーは包囲されたベルリンで自決した シュタウフェンベルクの家族は生き残って妻は2006年4月2日死去 自由と正義と名誉のために抵抗し命を捨てた者に恥はない "ベルリンの抵抗運動記念碑より"」

Wikipediaにおもしろいエピソードがあった。~ドイツではシュタウフェンベルクは反ナチ運動の英雄として称えられており、また敬虔なカトリック信者として知られている。そのため、サイエントロジーの信者であるトム・クルーズがシュタウフェンベルク役を演じることに対する強い反発が起きた(ドイツではサイエントロジーは悪質なカルトと見なされている)。ドイツの政治家は不快感を示し、シュタウフェンベルクの息子ベルトルトも「クルーズ氏が演じると聞いた時には宣伝のための冗談だと思っていた。彼が演じたら台無しになる。父とは関わらないでほしい。」とトム・クルーズを批判した。一時は、ドイツ国防省が事件の舞台であるシュタウフェンベルク街などの国防軍関連施設での撮影を許可せず、それに対しドイツ人映画監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが非難を表明する事態となった。2カ月後、ドイツ国防省は『制作者側が「ナチス(Nazi)支配から解放され、完全なる民主主義国家となった統一ドイツの姿」を作品内に盛り込むことに同意した』として、撮影を許可した。

『父 パードレ・パドローネ』(Padre Padrone)

1977年・イタリア 監督/パオロ・タヴィアーニ/ヴィットリオ・タヴィアーニ

出演/オメロ・アントヌッティ/サヴェリオ・マルコーニ/ファブリツィオ・フォルテ

イタリア語でパードレは父、パドローネは主人を意味する。英語圏ではFather and Masterと呼ばれることもある(劇場公開題)が、最近発売のDVDにはイタリア語の原題がつけられている。保守的な厳父によって、小学校を数週間だけで退学させられ、20歳になるまで、一切の教育を受ける機会を奪われて文盲であったサルデーニャ島の羊飼いが、親元を離れ、教育を身につけて自立する物語である。後に主人公は著名な言語学者になった。原作は同じ題名のガヴィーノ・レッダの自伝である。(Wikipediaより)

小さな子供に家の仕事だといって山の羊飼いを強要する父親。今なら虐待にもあたるような乱暴狼藉を働く映像が流される。殴る蹴る打つのは父親の当然の権利だと主張している。塩と水しか与えない罰も施す。こんな父親がいたのだろうイタリアのその時代。後に自伝に書かれている事柄に対して、羊飼いの人達はおおむねそんなものだと否定もしなかった。物語としては訳の分からない映画だった。

日本だって親の言いなりにしかならなかった人生の時代があったことは確かだ。現代だってそういう生活がほとんどの国もあるに違いない。人間の仕合わせってなんだろう、と神にすがって教えをこうしかない。

『必殺! THE HISSATSU』

1984年(昭和59年)・日本 監督/貞永方久

出演/藤田まこと/三田村邦彦/中条きよし/鮎川いずみ/片岡孝夫/山田五十鈴/ひかる一平/菅井きん/中井貴恵/芦屋雁之助

「世の中の善と悪とを較ぶれば 恥ずかしながら 悪が勝つ 金 金 金の世の中で 泣くのは弱いものばかり 尽きぬ恨みの数々を はらす仕事の裏稼業」。と、冒頭に1枚のテロップが貼り出されて、雰囲気を盛り上げる。

「必殺シリーズ」通算600回記念として製作された作品。『必殺仕事人IV』をベースに、シリーズの特色である殺しの様式美やバラエティ色などをバランスよく配分し、テレビシリーズの豪華拡大版といった趣きの強い作品である。 封切り当時はテレビドラマの映画版は当たらないというジンクスがあったが、それをものともせず映画は大ヒット。以後年一回のペースでシリーズ化されることになったという。

映画らしく丁寧に製作された映像だと強く感じる。テレビ・ドラマとの違いが感じられなければ、何のために映画館で上映するのか分からない。そんなテレビ→映画化の映像が多いこの頃。世の中の悪を切り刻みたい衝動に駆られる。あなたの正義が本当に世の中の正義なのか分からないでしょう、と諫める人の言葉が浮かぶ。何にも出来ない人ほど、尤もらしい言い訳を世の中に求めたりするものだ。

『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』

2007年(平成19年)・日本 監督/馬場康夫

出演/阿部寛/広末涼子/吹石一恵/伊藤裕子/劇団ひとり/小木茂光/伊武雅刀/薬師丸ひろ子

なにこの題名は?!と、おもわず唸ってしまう。フジテレビが作った映画だと分かれば、なおさら見たくない映画題名だろう。補助タイトルのタイムマシンはドラム式にヒントがあった。なんとおちゃらけたタイムスリップの話だった。おちゃらけていてもタイムスリップだと、ついつい見てしまうのはいい癖なのだろうか。

2007年からバブルの終焉年の1990年に17年間タイムスリップすると、思いがけずこんなに違うのかという光景が見える。そんな時代背景を描きたかったのだろう。バブルは、崩壊して初めてバブルとわかる~アラン・グリーンスパンという言葉も映画の中に出てくるが、確かにその時代を生きていたはずだが、生来の金融無関係人間には、さほどの実感はなかった、残念ながら。

携帯電話でさえもあのでかいずうたいのものしかなかった。なんて考えられない。「やばくない!」なんていう言葉は使い方がおかしいと思われていた時代。過ぎ去ってしまった過去は戻らない。明日という1日先の未来は手に入らない。今だけが現実さ、と分かったようなことを言ったって、なにも変わらない人生は寂しい。

『オリエント急行殺人事件』(Murder on the Orient Express)

1974年・イギリス 監督/シドニー・ルメット

出演/アルバート・フィニー/ジャクリーン・ビセット/アンソニー・パーキンス/ローレン・バコール/イングリッド・バーグマン

アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』を映画化した作品で、豪華なキャストが話題になった。第47回アカデミー賞では、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞、撮影賞、作曲賞、衣装デザイン賞の6部門でノミネートされた。そのうちイングリッド・バーグマンが助演女優賞を受賞した。

探偵ものはイギリス映画と言われるが、今日は体調悪く理屈っぽいポアロの推理に嫌気がさしてしまった。半分くらいは眠っていたかもしれない。陽が差さない冬の日は憂鬱になる。身体が冷え切ってあたたまらず、心も苛々として、悩める若者のようだ。

ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、リチャード・ウィドマークも出演している。もしかすると映画がおもしろく感じたり、おもしろくなかったりするのは、観客側の体調に依存するところもおおきいのかもしれない。そんな気がした今日の映画鑑賞。

『土竜の唄 潜入捜査官REIJI』

2014年(平成26年)・日本 監督/三池崇史

出演/生田斗真/仲里依紗/山田孝之/上地雄輔/岡村隆史/吹越満/遠藤憲一/皆川猿時/岩城滉一/堤真一/大杉漣

原作は漫画。漫画をそのまま映画化しようとする幼い技術が映画をひどくつまらないものにしてしまった。観始まってすぐに1時間も寝てしまった。ここまで寝なければいけない映画にぶつかると、映画が悪いのではなくこちらの体調に問題があるのでは、と思わざるを得ない。

同じ感想を言わなければならない。こんな映画のどこがいいのだろうか。こんな映画を観る気になる動機は何なのだろうか。好きな俳優が出ていてそれが見たいのと言うのであれば、それは素晴らしい動機になるが、こんなおちゃらけた映画を観たら失望しか残らないのが普通だろうが。

原作は漫画でもいいから、それを映画らしく製作することは出来ないのだろうか。それとも、まともに映画作りをすればボロばかり出てきてしまうので、おちゃらけてコメディだよと正面から向き合わない映画にしてしまっているのだろうか。それにしても、こんな映画製作にお金を出す企業があること自体が不思議で堪らない。いろいろな映画が出来上がるのは嬉しいことだが、この程度の映画は出来上がらなくてもいい。

『まだまだあぶない刑事』

2005年(平成17年)・日本 監督/鳥井邦男

出演/舘ひろし/柴田恭兵/浅野温子/仲村トオル/木の実ナナ/ベンガル/原沙知絵/佐藤隆太/窪塚俊介/水川あさみ

『あぶない刑事』劇場版シリーズの第6作だというが、テレビドラマでも映画でもこの物語を見るのは初めて。現実感のあまりにもなさ過ぎる日本の警察ものに、まったく興味が湧かないのはずーっと変わっていない。実際のニュースの中で「今回の拳銃使用に問題はなかった」というようなコメントを発表しなければいけない日本の状況の中で、拳銃を使いたいように使っているシーンに、あまりにも違和感を感じてしまう。

それ以上にこの映画がこんなにおちゃらけているとは思わなかった。現実感のない警察職員の言動は、あまりにも漫画チックで、出來の悪いコメディの最たるものだろう。あくまでも映画なんてそんなものでいいのだよ、と真面目なコメントを拒絶するような映画製作に見える。

核爆弾を軽率に描いているのも気になる。気になるどころか、核爆弾をそんな簡単に映画に登場させて処理出来てしまうのは、映画といえどもとても許せない。こんないい加減な映画を楽しんでいる人達が多いかと思うと、情けなくて嫌になってしまう。

『ジュブナイル』(Juvenile)

2000年(平成12年)・日本 監督/山崎貴

出演/遠藤雄弥/吉岡秀隆/鈴木杏/緒川たまき/清水京太郎/YUKI/香取慎吾/酒井美紀/桜金造/高橋克実/麻木久仁子

原題:Juvenileとは、google翻訳機によれば、[若年型]と答えがかえってくる。中央競馬会のGⅠレースの中に「阪神ジュベナイルフィリーズ」というレースがあって、サラ系2歳牝馬が出場資格らしい。フランス語のような響きを持つこの言葉を覚えられない。簡単に言えば「少年」「少女」を意味するものだという。

子供騙しのような映画だったが、何故か飽きもせずに最後まで見入ってしまった。タイムマシーンや宇宙人の登場がいたく興味を惹かせた。そもそもの発端であるロボットが可愛くて、なかなか素晴らしい。日本映画にありがちな稚拙な描写ではないところがいい。ゲームに出てくるような戦闘用ロボットも悪くない。

自分が作ったロボットがタイムスリップして自分の子供時代の現場に現れる、という考えたら堂々巡りでいつまでも終わらない現象を上手く描いている。宇宙人の超人的能力も分かり易い。子供騙しの内容をこんなにきちんと見たのは生まれて初めてだろう。もしかすると、自分の思考がどんどん子供還りしているのではないかとさえ思える。

『ふしぎな岬の物語』

2014年(平成26年)・日本 監督/成島出

出演/吉永小百合/阿部寛/竹内結子/笑福亭鶴瓶/笹野高史/小池栄子/春風亭昇太/井浦新/吉幾三

映画が始まってすぐに吉永小百合が顔を出した途端に眠りにおちた。5~10分くらいだろうと思って目覚めた後になんの抵抗もなく映画を見続けた。(実際に眠っていたのは約30分だった)彼女の目の演技に嫌な気持ちにさせられている。この映画ではアップのシーンが多く、その「目」の演技が際立っていて困った気持ちになった。いつからこんな風になってしまったのだろう。

箸をきちんと持てない落語家?鶴瓶のもっともらしい演技も気になる。世間ではその演技がいいなどと誉められているようだが、どこがいいのかさっぱり分からない。箸もきちんと使えない奴が偉そうに演技のことを言われたくないだろう。セリフをそれらしく喋ったって、それで演技が上手いというのとは違う。アクションではなく、リアクションが出来ていない。バラエティー番組で上位に座るのが関の山の才能だ。

岬の広場にそれらしい喫茶店があって、それを取り巻く物語が展開するのだが、あまりにもなんていうことない話では映画製作の費用がもったいない。残念ながら出來の悪い日本映画は、延々と続いているようだ。

『タイガー 伝説のスパイ』(EK THA TIGER)

2012年・インド 監督/カビール・カーン

出演/サルマーン・カーン/カトリーナ・カイフ/ランヴィール・ショーリー/ギリーシュ・カルナド/ローシャン・セト

昨年、インドで最高の興行成績をあげたアクション大作。確かに007よりも派手なアクション・シーンが満載。しかもちょっとばかりコメディがくさいくらいにふんだんに。さすが現代の映画製作大国インドだと思い知らされるばかり。

主人公であるインドの諜報部員とパキスタンの女性諜報部員が恋に落ちてしまったという物語。インドとパキスタンの隣国同士の争いは、日本にいては想像出来ないバチバチのようだ。1947年8月14日および15日にイギリス領インド帝国が解体し、インド連邦とパキスタン(後にバングラデシュとして独立する飛地の東パキスタンを含む)の二国に分かれて独立した。印パ戦争は、インドとパキスタンの間で行なわれた戦争のことで、第一次(1947年)、第二次(1965年)、第三次(1971年)と、両国間ではこれまでに3度の戦争が行われている。第一次と第二次はカシミール紛争の過程で、第三次はバングラデシュの独立に際して勃発した。

そんな両国間の紛争をおちゃらけてみせてくれる映画という媒体は、ある意味大したものだ。映像は綺麗だし、アクションも素晴らしい、なんかもの足らない感があるのは、007という偉大な諜報映画があるからなのだろうか。

『信長燃ゆ』(テレビ映画)

2016年(平成28年)・日本 監督/重光亨彦

出演/東山紀之/早乙女太一/高岡早紀/中島裕翔/神山智洋/内藤剛志/寺尾聰/佐藤隆太/栗山千明/的場浩司/津川雅彦

テレビ東京で毎年1月2日に行われてきた「新春ワイド時代劇シリーズ」の第36作として製作された。従来通り、ヤマダ電機の特別協賛を仰いで放送されるが、2015年まで長時間体制(当初12時間→10時間→7時間→5時間)で放送してきたのを、今回から大幅短縮し、過去最短の3時間で放送されることから、題名から「ワイド」の文言を外し、「新春時代劇」として放送されることが決まったという。

戦国時代の歴史物ドラマは興味がある。特に織田信長は何度観たって飽きない。歴史的な出来事「本能寺の変」に向かう武家と朝廷の対立をピックアップした物語。原作は安部龍太郎の著した時代小説。おもしろいのだけれど、なかなか先へ進まないストーリー展開に苛々してまた眠ってしまった。この頃は毎日のように映画を観ながら寝てしまう悪い癖が復活している。

信長の亡骸が確認されていないという歴史的事実は、その後の歴史小説家の妄想をかき立てるようで、実にいろいろな説が現代まで持ち越されている。このままでいけば、時間が経てば経つほどに、真の歴史的事項は、美化されたり奇説がまかり通ったりと、訳の分からない事態になっていくんじゃないかと心配になってくる。

『命ある限り』(JAB TAK HAI JAAN)

2012年・インド 監督/ヤシュ・チョプラ

出演/シャー・ルク・カーン/カトリーナ・カイフ/アヌシュカ・シャルマ

年間製作本数が1,000本を越える映画大国インドで、飛ぶ鳥を落とす勢いを見せているのが、北インドの映画のメッカ、ムンバイ(旧ボンベイ)で製作される“ボリウッド”映画。その魅力は、ハリウッド顔負けの製作費をかけた海外ロケとアクションシーンを筆頭に、IT大国ならではのCG技術、愛や勇気にときめくダンスシーン、生きることを真摯に見つめた普遍性など、奥は深い。

監督のヤシュ・チョプラはボリウッドのお家芸“切なすぎるメロドラマ”のひな形を作り上げた伝説の巨匠。『命ある限り』は8年ぶりの監督作で、80歳を迎えたことから「最後の監督作」と公言しており、本作の完成直後に急死を遂げた。ボリウッド随一のスーパースターシャー・ルク・カーンは“キング・オブ・ボリウッド”と称される、ラジニに優るとも劣らぬ最高峰スター。鍛えぬかれた肉体と、二枚目と三枚目を完璧に演じ分ける実力の持ち主で90年代からトップに君臨し続けている。(以上ぴあ映画生活より)

私の好きな映画『マイネーム・イズ・ハーン』(My name is Khan・2010年)の彼だった。インド人の特徴ある顔は欧米に立っていてもすぐに区別できる。が、特徴が際立っていてインド人同士での区別が出来なく自信がなかったが、やっぱり彼だった。この映画は残念ながらつまらない。落語で言う「マクラ」が長過ぎて、何?この映画は、と思っていたら寝てしまった。全編も2時間35分、だらだら。時にはミュージカルになるインド映画の特徴はしっかり。究極の愛を描いていると評価されているが、理屈っぽくてのれない。女優も美しいのだが、顔立ちが似ていて面白味に欠ける。

『のだめカンタービレ 最終楽章』(後編)

2010年(平成22年)・日本 監督/川村泰祐

出演/上野樹里/玉木宏/瑛太/水川あさみ/小出恵介/山田優/谷原章介/なだぎ武/吉瀬美智子/伊武雅刀/竹中直人

前編の終わり頃にはコンサートシーンがあって急に真面目な映画になった。どうしたのだろうと訝るくらいの変わり身に、この一貫性のない映画はどういうことなのだろう、と不思議で不思議でならなかった。後編を観ることにした。監督が違うということで最初の何分間かはう~ん違うかもしれないと感じたが、元の木阿弥でおちゃらけてきて妙に安心した。

上野樹里や竹中直人の演じるキャラクターが、あまりにもおちゃらけ過ぎていて気持ち悪くなってくる。なんといっても役者が役を演じているだけなので、そんなことで文句を言うのは筋違いのはずだが、どうにも我慢が出来ない。この二人は役者をやめた方がいいと思う。

こんな映画を作って鼻高々になっているフジテレビの根性が視聴率の低下を招いていると察しなければいけない。原因は経営者達だろう。ひとつひとつの番組を吟味して、なんでもクイズにしたりすぐにおちゃらけてしまう姿勢をあらためれば、フジテレビ復活の目もあるかもしれない。でも、無理だろうな~。

『のだめカンタービレ 最終楽章』(前編)

2009年(平成21年)・日本 監督/武内英樹

出演/上野樹里/玉木宏/瑛太/水川あさみ/小出恵介/山田優/谷原章介/なだぎ武/吉瀬美智子/伊武雅刀/竹中直人

漫画が原作で、テレビドラマ版の続編という形で前後編2部作で制作された。という情報すら知らなかった。タイトルは知っていたが、テレビドラマ放送中に何度か垣間見たことがあった。ちょっとみて竹中直人のおちゃらけた演技に辟易し、彼だけではなく全員がおちゃらけた人格だったことに腹を立てたくらいだ。

ということで、この映画を観始まったが、まだ前半戦、つづきものだということが分かっただけでも、このあとの見方が少し違ってくるだろう。しかし映画もひどい内容だ。音楽界を冒涜していると思える内容に、当の音楽界の人達は何を思うのだろうか。

映画を観終わっていないが、終わってから書いたって特に映画の内容に触れることはかけないだろう。でも、どうしてこんな映画が存在し、その映画を見に行く人がいるのだろうか、というのは変わらぬ疑問。この映画の翌年5ヶ月後には(後編)が公開されたという。録画もしてあるが観ることがあるのかないのかは未知数。監督がちがうというから、一応観てもいいのかもしれない。まずはこの映画を最後まで眺めてみなくては。

『風が強く吹いている』

2009年(平成21年)・日本 監督/大森寿美男

出演/小出恵介/林遣都/中村優一/川村陽介/橋本淳/森廉/内野謙太/ダンテ・カーヴァー/斉藤慶太/斉藤祥太

 なんとま~おもしろくない映画なのだろう。5倍速を駆使してそうそうと全編を眺めて終わった。それでも最初の10分くらいは我慢して普通倍速で観ていたから、そんなに責められるつもりはない。原作は、三浦しをんによる、箱根駅伝を舞台にした小説だという。舞台化もされたというが、何がいいのか?

 日本映画の一般的な駄目さ加減を随所に表現している。セリフがダメ、役者がおちゃらけてダメ、話がつまらなくてダメ、いいところなんてどこにもないような映画だった。いつも思う、こういう映画のいいところはどこなんだろうと。教えてくれる人を探したい。

 ある春の日、蔵原走(寛政大学1年)は、高校時代にインターハイを制覇したスタミナと脚力を生かして、万引き犯として逃走中の清瀬灰二(寛政大学4年)につかまり、成り行きで清瀬が住むボロアパート・竹青荘(通称:アオタケ)に住むことになり、そのまま箱根駅伝を目指すことになる。だが、アオタケに住んでいる住人は、運動音痴のマンガオタク、25歳のヘビースモーカーなど、とても走れるとは思えないものばかり。練習を重ねるにつれ住人達はタイムを縮めていくが、走は「適当に話を合わせておけばいいや」ぐらいしか思っていなかった。~こんなストーリーでは誰も興味を示さないだろう。

『蜩ノ記』

2014年(平成26年)・日本 監督/小泉堯史

出演/役所広司/岡田准一/堀北真希/吉田晴登/川上麻衣子/石丸謙二郎/寺島しのぶ/井川比佐志/原田美枝子

今日は2015年12月31日、平成27年の大晦日だ。昨年の10月に公開された映画で、その時は宣伝を見て観てみたいな~と珍しく感じた映画が、テレビ東京の年末の目玉放映作品として登場した。放映時間内のコマーシャルタイムが多かったのもテレビ東京の熱い想いの賜かもしれない。

岡田准一がいいですね。彼は本格俳優としてこれからも活躍することは想像に難くない。これでネイティブの英語を喋れたら、ハリウッドからもお呼びがかかるだろう。蜩(ひぐらし)は、「カナカナ」と聞こえる声を発するセミのことだと言うことで、子供時代を思い出す。「カナカナゼミ」と茨城の田舎では呼んでいた。「ミンミンゼミ」と共になかなか捕まえられない蝉のひとつだった。

この監督の映画は観ていて心が安らぐ。黒澤明の弟子として、師をも超える映画作家にも見える。時代劇にありがちな鳴りものや群舞のシーンを極力短時間に収めている意図を強く感じる。日本人のDNAをも強く感じ、クール・ジャパンと賞賛する外国人にこの映画の真髄を伝えたいと思える映画。

『源氏物語 千年の謎』

2011年(平成23年)・日本 監督/鶴橋康夫

出演/生田斗真/中谷美紀/真木よう子/多部未華子/蓮佛美沙子/榎木孝明/尾上松也/佐久間良子/田中麗奈/東山紀之

しばらく観ていたが、どうにも我慢できずに深い眠りについた。やっぱり興味の湧かない題材で、教養もなければ知識もない人間にとっては苦痛に感じる。そんなことを平気で言える神経は、きっと若かった頃の精神をそのまま引きずっているからに違いない。そう思いたい。

何故「源氏物語」が人気があるのだろうか。特に女性が好きだという印象がある。きらびやかさや絢爛豪華なイメージが女の心を動かすのだろうか。それとも文学的素養が女のDNAに存在するのだろうか。はたまた、女と男のどろどろした物語が好きなのだろうか。

目覚めて続きを観たが、何のことやらさっぱり分からない。製作に金がかかっていそうな映画、だとまず感じるのは古い映画人の癖かもしれない。誰かに一度この物語の講義を受けたい。残された時間が少ないので、早く適当な人物に巡り会えることを願っている。

『男はつらいよ 柴又慕情』

1972年(昭和47年)・日本 監督/山田洋次

出演/渥美清/倍賞千恵子/松村達雄/三崎千恵子/前田吟/太宰久雄/津坂匡章/佐藤蛾次郎/笠智衆/吉永小百合

山田洋次監督、吉永小百合主演の『母と暮せば』が2週間前から始まっていて、その公開記念というサブタイトルが付いた映画放映番組だった。録画して見るのはもういいや、と寅さんシリーズを録画することはなくなっていた。ただ年末の午後の時間は特別番組ばっかりで、しかもどの放送局もおちゃらけたバラエティー番組ばっかりで暇を持て余していた。そんな時、偶然に始まりから見ることが出来たので、最後までチャンネルはそのままだった。というのは嘘で、コマーシャルタイムにはしっかりサッカーにチャンネルを回していた。

映画はいつも通りだが、吉永小百合はまだまだ今風の化粧美人ではなく素の可愛さが印象的な時代だった。今や化粧技術がここまで進歩してしまうと、金さえあれば誰でも美しくなれる時代になったな~という感じがする。東大に入学する奴の多数が裕福な家庭だというのに似ている。人間力なんて関係なく、筆記試験さえ出来れば程度の高い大学に入れるシステムには、限界が感じられる時代にもなった。

お決まりの笑いを衒いもなくそのまま提供できる映画力は凄い。お決まりを無視して表現しなければ、観客からブーイングが起こるのも必至。スターウォーズは20世紀フォックスからディズニーになっても、最初の画面は間違いなくあの画面に違いないという確信が持てる。観たいな~。

『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas, Mr. Lawrence)

1983年(昭和58年)・日本/イギリス/オーストラリア/ニュージーランド 監督/大島渚

出演/デヴィッド・ボウイ/坂本龍一/ビートたけし/トム・コンティ/内田裕也/三上寛/ジョニー大倉

社内では「センメリ」と短縮形で言っていた。今どきなら流行る言葉としての短縮形は好まれて使われるけれど、この時代に映画を短縮形で表現することは希だった。ちょうど日本ヘラルド映画の宣伝部長になった年。それまでもほとんど観ていなかった映画をさらに見なくなった頃のヘラルド配給作品だった。

さすがにどこかで観ていると思っていたけれど、どうも観ていなかったのではなかろうかと思えてきた。予告編やテレビでの紹介映像で、ほんの一部に触れていただけで観た気になっていたのではなかろうか。どうにも全体の映像が初めてのような気がして、かえって不安な気持ちで鑑賞することになった。

映画に難しさを求めない自分にとっては、この映画はおもしろくない映画だった。何をどう表現しているのか眠気の方が優っていた。男色の映画?と思わざるを得ないが、そればかりではないのだろう。大島渚が「Go to Mad」の状態に陥っていってしまったような気がしてならない。そういう意味では世界の巨匠の仲間入りを果たしたのかもしれない。

『平原児』(The Plainsman)

1936年・アメリカ 監督/セシル・B・デミル

出演/ゲイリー・クーパー/ジーン・アーサー/ジェームズ・エリソン/チャールズ・ビックフォード

20世紀前半の映画創世記に最も成功した映画製作者のひとり、と言われるこの監督。描かれる時代は日本の明治維新と同じ頃。アメリカではリーンカーン大統領が暗殺された頃、いずれも実在の人物だった中西部を熟知している快男子ワイルド・ビル・ヒコック、親友のバッファロー・ビル・コディ、そしてヒコックの恋人のカラミティ・ジェーンが繰り広げるいかにも西部劇的な西部劇だ。

この3人にワイアット・アープを加えれば、アメリカ西部劇の舞台は役者が勢揃いする。第七騎兵隊、カスター将軍と他の著名人達も物語に彩りを添える。小気味良いほどに展開していく話に映画の醍醐味を味わう。もう80年前の映画が現代の日本映画を遥かに凌駕する。いや~、おもしろいですね~。

主演ゲイリー・クーパーは1926年から1961年まで数多くの名作に主演している。アカデミー賞受賞は、1942年/主演男優賞:『ヨーク軍曹』、1953年/主演男優賞:『真昼の決闘』、1961年/特別賞。ノミネートは、1937年/主演男優賞:『オペラハット』、1943年/主演男優賞:『打撃王』、1944年/主演男優賞:『誰が為に鐘は鳴る』がある。

また観る映画のストックがなくなった。これからの録画予定にも1日1本を課すことの出来ない厳しさがある。どうしてこうも録画する映画が少なくなってしまったのか。勿論、もうすでに1770本を超えなんとする「最近観た映画」では、観てない映画を探すことの方が困難ではないのと言われそうだ。が、そんなことはない。まだまだ観ていない映画がこの何倍もあること承知している。

極めて多くなったテレビ放映での「日本語吹き替え版」がかなり影響していることは確かだ。どうにも我慢できない吹き替え版、テレビ局だけを責める訳にもいかないだろう。映画館でさえロードショーと同時に吹き替え版を上映していることも多くなった。テレビ局に放送権を売る時に作らなければならない吹き替え版を、一足先に製作してしまってロードショー時に利用しようなんていう了見は、30年前では考えられなかった配給会社の意向。

劇場側だって、シネコン全盛になったこの時代、スクリーン数の多さを生かし3Dだ4Dだ、字幕版だ吹き替え版だと手を変え品を変えて当たる映画に人々が流れ込むよう腐心している現実もある。

BS日テレのように原則吹き替え版放映と決めつけている局もある。あるいは、二カ国語放送と称して、英語の喋りが分からない多くの人には、結局吹き替え版を選択しなければならないことを強いる。これじゃ日本に住む少数の外国人の方が特典を得ることになってしまう。大多数の日本人を蔑ろにする頭の悪いテレビ局の政策だ。

さてさて、こんなテレビ録画にまつわる枝葉末節的意見を書いたって、世の中が変わるわけがない。もうあとは天国なのか地獄なのかと自問自答するのが関の山の人種には、世の中の大樹に隠れてひっそりと生きるのが奥ゆかしい生き方なのかもしれない。

『秋日和 デジタル修復版』

1960年(昭和35年)・日本 監督/小津安二郎

出演/原節子/司葉子/佐分利信/岡田茉莉子/中村伸郎/北竜二/佐田啓二/沢村貞子/三宅邦子

今日は、2015年12月21日(月曜日)。たまにしか書かないこの欄への書き込み日、これはいつ書いたんだと後日問われても自分にも分からない。この欄を最初から順番に見てくれば、時々はこうやって書いた日が出て来ようというもの。そんな日が来ることも想定しながら日にちを入れている。

昭和35年頃の東京・丸の内界隈の会社内部が出てくる。丸の内中央郵便局の裏手と思われる風景が主人公のひとりが勤める会社であるようだ。何故かというと、郵便車の赤く塗られた車体と文字がスクリーンに映っている。この登場人物は商事会社の重役らしい。専用車をもっており、かなり優雅なサラリーマン生活をしているような。

大学時代の仲間4人が社会人になっても家族ぐるみの付き合いをしている。この時代には当たり前のような人間付き合いだ。そのうちのひとりが早死にし、残された娘の夫捜しに躍起になっている。出しゃばりが許された大らかな時代だったのだろう。この映画を観ていると、なんかほっとして悠久の時間を味わうことになる。ガキではなく大人社会に言葉は少ない。誤解が生じるが、そんなことは人間の付き合いのおかずみたいなもの。多ければ多いほど食卓が豊かになる。いいな~。

『祇園囃子』

1953年・日本 監督/溝口健二

出演/木暮実千代/若尾文子/進藤英太郎/河津清三郎/菅井一郎/田中春男/小柴幹治/浪花千栄子

若尾文子:1952年、急病で倒れた久我美子の代役として、小石栄一監督の『死の街を脱れて』で銀幕デビュー。翌1953年に映画『十代の性典』がヒットし、マスコミから性典女優と酷評されるも知名度は急上昇した。それ以降も出演作を重ね人気女優としての地位を築く。同年の映画『祇園囃子』(1953年)では溝口健二監督に起用され、女優としての実力を発揮し、性典女優の蔑称(汚名)を返上し、熱演が高く評価された。以降、日本映画を代表する正統派美人女優の一人となり、京マチ子、山本富士子と並ぶ大映の看板女優と謳われ、160本以上の映画に主演した。和服姿の艶やかな美貌から、未だに海外での人気が高い。 川島雄三により、本格派女優に鍛え上げられた。(Wikipediaより)

京都・祇園のお座敷では優雅な遊びが繰り広げられているが、所詮は金持ちの男どもの女遊びが性根と言わざるを得ない。役人は民間会社から酒の供用を受け、時には舞子の提供までをも受ける。泣かされるのは女、お金がなければ誰かの指示に従って、自分の人生をも男に捧げなければならない。それが正直な夜の世界だった。今でもさほど変わりはないだろう。あるとすれば、貧乏人が減った分だけ犠牲者が少なくなったということか。

夜の世界で働く人が、働くことが悪いというわけではない。ただその世界には金にまつわる人身売買が今でも歴然と存在することを認めなければならない。綺麗ごとで事済まされるほど、世の中は平たんではない。だから楽しいのかもしれない。自分の体がお金になったり、車に替わったりすることを、いったい誰が責めることが出来るのだろうか。

『コンスタンティン』(Constantine)

2005年・アメリカ/ドイツ 監督/フランシス・ローレンス

出演/キアヌ・リーブス/レイチェル・ワイズ/シャイア・ラブーフ/ジャイモン・ハンスゥ/マックス・ベイカー

エクソシストのお話。宗教色が強い作品であり、キリスト教にまつわる単語や人物名、宗教観などが取り入れられている。日本の子供騙し映画、怨念や亡霊が出てくるのとは根本的に違うような気がする。子供騙しではなく大人だましだと言ってもいいかもしれない。

「父と子と精霊の御名において」という文言が何度も言われる。聖書の「セ」の字も知らない者にとっては、単なる悪魔払いの映画としか観ようがない。それにしてもダイナミックに映像を作り上げるアメリカ映画は凄い。テレビの画面の中から人間の手が伸びてくるような映像しか作れない日本映画は陳腐だ。

それにしてもテロリストを多く輩出する宗教は邪教だろう。後生大事に何千年前の言葉を守り通して何の意味があろうか。目の前の人間を助けることも出来ないくせに、聖戦だとわめき散らす民族はクソだ。

『黒い十人の女』

1961年(昭和36年)・日本 監督/市川崑

出演/船越英二/岸恵子/山本富士子/宮城まり子/中村玉緒/岸田今日子/宇野良子/村井千恵子/有明マスミ/紺野ユカ

モノクロ映画。独特の雰囲気を持つこの時代の日本映画だが、ちょっとよそよそしくて飽きが来た。眠ってしまったことは言うまでもないが、何度見直そうと思っても、また眠ってしまったのには驚いた。

言葉が出て来なくて時間が過ぎていく。

妻を含めて愛人が10人もいるなんていうサラリーマン、テレビ業界の人間がいるなんて描かれるほど、テレビ業界は昔からチャラかったんだろうな。

『セッション』(Whiplash)

2014年・アメリカ 監督/デミアン・チャゼル

出演/マイルズ・テラー/J・K・シモンズ/ポール・ライザー/メリッサ・ブノワ

第87回アカデミー賞で5部門にノミネートされ、J・K・シモンズの助演男優賞を含む3部門で受賞した。という。音楽もので一番興味のある題材なのだが、どこか興味が湧かなかった。主演の男の顔が気にくわなかったのかもしれない。そんなことだけで映画そのものに影響してしまうなんて。

主演のマイルズはジャズドラマーを演じるため、2か月間、一日に3~4時間ジャズドラムの練習を続け、撮影で自ら演奏しており、作中の手からの出血はマイルズ本人のものである。 また、劇中で交通事故に遭ってしまうシーンがあるがマイルズ本人も2007年に命を落とす可能性もあった交通事故に遭っている。デミアン・チャゼルは高校時代に、競争の激しいジャズバンドに所属し、本当に怖い思いをしたという。テレンス・フレッチャーというキャラクターにはその経験が反映されている。その上でバディ・リッチのようなバンドリーダーを参考に練り上げたキャラクターだとチャゼルは語っている。(Wikipediaより)

2014年1月に開催されたサンダンス映画祭での上映以降、批評家からの賛辞がやまない。というが、この程度の映画は今までにたくさんあった。この頃の映画界の体たらくで、この映画が誉められている気がしてならない。もちろん、日本映画界の中にこの映画があったとしたら、ダントツでナンバーワンの評価をうけることを疑うつもりはない。

『サード・パーソン』(Third Person)

2014年・アメリカ/イギリス/ベルギー/ドイツ 監督/ポール・ハギス

出演/リーアム・ニーソン/ミラ・クニス/エイドリアン・ブロディ/オリヴィア・ワイルド/ジェームズ・フランコ/キム・ベイシンガー

ニューヨーク、パリ、ローマの3都市を舞台に、3組の男女が真実の愛を求めてもがく姿を描いた群像劇。よくある同時3組進行ドラマのように、訳が分からなくなることを楽しんで作られたような映画。正直言っておもしろくない。あくびが出る。

登場人物は、マイケル:小説家。スランプ中。息子を自らの不注意で亡くした過去を持つ。ジュリア:ホテルの客室係。元女優。息子を事故で死なせかけた罪を問われた過去を持つ。リック:ニューヨークのアーティスト。ジュリアの元夫。息子を引き取って恋人サムと育てている。スコット:ビジネスマン。未発表のファッションデザインを不正に入手して売っている。娘を自らの不注意で亡くした過去を持つ。アンナ:若手女流作家。マイケルの恋人。他に秘密の恋人「ダニエル」がいる。モニカ:ロマ族の女。幼い娘を密航船から引き取る金を必要としている。ローマのバーでスコットと出会う。テレサ:離婚弁護士。息子との面会権を望むジュリアの弁護を担当。スコットの元妻。エレイン:マイケルの妻。プール恐怖症。サム:リックと同棲中の女性。リックの息子を我が子のように慈しむ。マルコ:ローマのバー・アメリカーノの店員。英語が話せない振りをする。

こんな登場人物を読んだって何がなんだかわからない。そうなんですよ、映画もこんな風に何がなんだか最後まで分からないんですよ。それとも観客である私の能力が劣っているというのだろうか。

『不都合な契約』(Flying Home)

2014年・ベルギー 監督/ドミニク・デリュデレ

出演/ジェイミー・ドーナン/シャルロット・デ・ブライネ/ヤン・デクレイル/アンソニー・ヘッド

冷徹なビジネスマンが純粋な女によって心をかき乱されていく姿を描いたラブストーリー。ニューヨークの証券会社で活躍する敏腕ビジネスマンのコリンは社長の指示を受け、他社に奪われた巨額の契約を取り戻すべくアラブへ向かう。クライアントを翻意させるのに必要なものがベルギーにあることを知ったコリンは調査を開始し、やがて鍵を握る美女イザベルの存在にたどり着く。ビジネスのためには手段を選ばないコリンは、正体を隠して彼女に近づくが……。(映画.comより)

アラブの投資家は鳩を飼うのが趣味だったようだ。昔、子供時代は茨城県江戸崎町という片田舎でも鳩を飼っていた家が結構あった。ニワトリを飼っている家もそれなりにあった。ブタを飼っている家も農家ではなかった。そんな混然一体化した脳裏には、とてもじゃないけど鳩を飼うことが高貴な趣味だと理解できる訳もない。

こんなニュースが見つかった。週末に行われたレース鳩のオークションで、中国人ビジネスマンが史上最高額となる31万ユーロ(約4100万円)でベルギーの鳩を落札した。鳩はボルトという名前で、この世界では有名なベルギーの愛鳩家が飼育し、受賞歴もある。この愛鳩家は所有する全530羽の鳩をオークションに掛け、計430万ユーロで落札されたという。レース鳩のオークションサイト「ピパ」のNikolaas Gyselbrecht氏は21日、「絵画と同じだ。ピカソの絵は無名の画家の絵よりも価値があり、鳩も同じことが言える」と述べた。オークションには27カ国から入札があったが、最も高値を付けた10羽のうち9羽は中国人と台湾人によって落札されたという。人間の趣味の範囲がインクレディブルだ。

『パワー・ゲーム』(Paranoia)

2013年・アメリカ 監督/ロバート・ルケティック

出演/リアム・ヘムズワース/ゲイリー・オールドマン/アンバー・ハード/ハリソン・フォード/ルーカス・ティル

どう見たって三流映画だった。このままならもう少しで四流映画だよ、って叫んだところで、ようやくどんでん返しのような展開になり三流映画にとどまったという感じ。ハリソン・フォードが頭を五分刈りにした姿で、IT企業の社長をやっていた。あまり似合わないな~。

企業スパイというストーリーが陳腐で、「ここでそんなことするわけないじゃない!」とちゃちを入れたくなるのは困ったものだ。主人公と美しい女性との恋物語も、想定通りのストーリーで、飽き飽きしてくる。思ったように物語が進行することは決して悪いことではない。ただその後の展開が想像を超えるものでなくては、せっかくの映画が泣こうというもの。

日本ヘラルド映画創業者の古川勝巳さんは英語が分からなくてもあたる映画を買い付けてきた。言われたことはひとつ、観ていてこの後こうなるなー、とならない映画はダメだと。言葉が分からなくても、こんなことを喋っているのだろうと想像していたらしい。おそらく、この頃の映画では、古川さんの冴えた勘も上手く動いてくれないのではないかと思われるお粗末な映画が多過ぎる。

『her/世界でひとつの彼女』(Her)

2013年・アメリカ 監督/スパイク・ジョーンズ

出演/ホアキン・フェニックス/エイミー・アダムス/ルーニー・マーラ/オリヴィア・ワイルド/スカーレット・ヨハンソン

なかなか面白くてこの監督の作品はと調べたら『マルコヴィッチの穴』 (Being John Malkovich・1999年)があった。この1本だけでも監督の力量が分かろうというもの。でも寡作監督のようで、作品は極めて少ない。出演したり製作したりした映画もあるが、ミュージックビデオの作品がものすごくあった。

この映画の面白いところは、もうお馴染みになってきた Siri や Cortana、そして単純な Google 音声検索の行きつくところが見えることだ。映画ではパソコンの新しいOS、<OS1>は人格を持つ最新の人工知能型OS とリアル人間との会話がいけている。セリフには練られた数多くの言葉が心に届いてくる。好きな女優スカーレット・ヨハンソンはパソコンの声だけの出演で残念。声だけ聞いても分からなかったのは情けない。邦題のサブタイトルはいかにも陳腐だが、「ひとり」ではなく「ひとつ」としたところに工夫が見られる。が、まだこの映画を観ていない人にその思惑が伝わろうはずもなく。

瞬時に進化する自己啓蒙型PCは凄い。映画の描く未来は意外と早く現実化するものだけれど、そんな時代も生きてみたいと希望してみよう。映画の中で主人公の働く会社の名前がおもしろい。「ハートフル・レター社」というのだ。いわゆる代筆業なのだが、代筆をする社員だって手書きをするわけではない。パソコンに話しかければ、それが様々な筆記体フォントで様々な色と質感を持った用紙に印字される。そして、それを返信して仕事としている。心に響くプロの文面を読んで、人々は気持ちよくなれるわけだ。「あ~ぁ、変しい変しいヒロミさま~」。

『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』(The Devil's Violinist)

2013年・ドイツ 監督/バーナード・ローズ

出演/デイヴィッド・ギャレット/ジャレッド・ハリス/アンドレア・デック/ジョエリー・リチャードソン

ニコロ・パガニーニ(Niccolo Paganini):1782年 - 1840年)はイタリアのヴァイオリニスト、ヴィオリスト、ギタリストであり、作曲家である。特にヴァイオリンの超絶技巧奏者として名高い。パガニーニがヴァイオリンを弾き始めたのは5歳の頃からで13歳になると学ぶべきものがなくなったといわれ、その頃から自作の練習曲で練習していた。それら練習曲はヴァイオリン演奏の新技法、特殊技法を駆使したものと言われる。そのヴァイオリン演奏のあまりの上手さに、「パガニーニの演奏技術は、悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだ」と噂されたという。そのため彼の出演する演奏会では聴衆は本気で十字を切ったり、本当にパガニーニの足が地に着いているか彼の足元ばかり見ていた観客もいたという。(Wikipediaより)

おもしろいと思った瞬間におもしろくない画面に変わったりと、珍しい展開をする映画だった。一貫性がないというか、希代のヴァイオリニストの人間性が上手く表現されていない。エンターテインメント性に欠けると感じていたが、終わってからドイツ映画だと知った。真面目過ぎるのだろうか、破天荒な人生のはずなのに妙に小さくまとまってしまっている。

超、超、超卓越したひとつの才能は万人をも唸らせる。どんな女癖の悪い男でも女がきゃ~きゃ~言って騒いでいる。それとはまったく真逆に、なんの卓越した才能も見せずにきゃ~きゃ~言われている日本の、時に男のグループどもよ、この映画のように真の才能で観客を喜ばせてはくれないだろうか。

『ビッグ・アイズ』(Big Eyes)

2014年・アメリカ 監督/ティム・バートン

出演/エイミー・アダムス/クリストフ・ヴァルツ/ダニー・ヒューストン/テレンス・スタンプ

監督のティム・バートンは、バットマン(Batman・1989年)、シザーハンズ(EDWARD SCISSORHANDS・1990年)、バットマン・リターンズ(Batman Returns・1992年)、エド・ウッド(Ed Wood・1994年)、PLANET OF THE APES/猿の惑星(Planet of the Apes・2001年)などなど監督作品も製作に関与している作品も多い。

この映画もよくある事実に基づく物語だと断り書きが出て映画が始まる。英語では「 Based on True Events 」、Events となっているところが珍しい。ダメ男、亭主の振る舞いに気分が悪くなってくる。映画はおもしろくない。観るのをやめてしまうほどのものではないが、なんの変哲もない物語にだんだん腹が立ってくる。

実話だからそうなのか、劇的に映画っぽくないところが不満。観終わってしまえば、こんなこともあるだろうな、で済んでしまう魅力のない内容。映画にするほどの実話ではなく、短編小説で充分なストーリーだった。

『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(The Hundred-Foot Journey)

2014年・アメリカ 監督/ラッセ・ハルストレム

出演/ヘレン・ミレン/オム・プリ/マニシュ・ダヤル/シャルロット・ルボン/シャルロット・ルボン

アメリカ映画だけれどインド人が作ったインド人による映画に見える。舞台はインドを離れ、ロンドンからフランスに辿り着いたインド人一家。スティーヴン・スピルバーグの名前が製作者に入っている。ドリームワークスが製作会社に名を連ねているからなのだろう。

インド映画は何故かおもしろい。という期待が大きいので、見る目は厳しい。今回の映画は凡庸としていて、題名を見て分かる通り、料理人の話では観客を驚かせるレシピは披露出来なかったようだ。天才シェフの登場や客の驚きの顔などはありきたり過ぎる。

それでも美味しい食べものを見るとめちゃめちゃ食べたくなる。フランス料理だから少しばかり食指の動きも鈍いが、あれで余計なソースがなかったらな~と惜しがる。インド料理のタンドリー・チキンの方が匂いまで漂ってくるようで、食べたいと声を出してしまいそう。

『おみおくりの作法』(Still Life)

2013年・イギリス/イタリア 監督/ウベルト・パゾリーニ

出演/エディ・マーサン/ジョアンヌ・フロガット/アンドリュー・バカン/キアラン・マッキンタイア

好きなたぐいの映画だ。いかにも往年のミニ・シアター系映画という雰囲気がぷんぷんしていて気持ちいい。途中、ちょっとやり過ぎて、気分の良かった時間に、やっぱりこれは映画だったんだと、気分悪くさせられることもあった。でも意外な結末に、また映画らしい映画として拍手を送りたい。

ロンドン市ケニントン地区の民生係として働くジョン・メイは44歳の独身男である。彼の仕事は孤独死した人物の葬儀を行なうというもので、事務的に処理することもできるのだが、几帳面な性格のジョンは誠意をもって1人1人を丁寧に「おみおくり」している。ところが、人員整理によって解雇されることになり、ジョンの向かいの家で孤独死したビリー・ストークの案件が最後の仕事となる。近くに暮らしていながら言葉も交わしたことがないビリーの死に、同じように孤独な1人暮らしをしているジョンは少なからずショックを受け、ビリーを知る人々を訪ねてイギリス中を旅することにする。(Wikipediaより)

孤独死していく人に優しい役所が羨ましい。日本ではまだまだこんな風景にはほど遠いのだろう。誰も身寄りのいない死人なんて、それこそ闇から闇に葬られて永遠にその存在が日の目を見ることはないのであろう。こういうシーンを見ていると、自分のことに置き換えて、哀しい気持ちになってくる。仕方のないことだが。原題「Still Life」をGoogle翻訳機にかけると「静物」と訳される。なんと意味深なことだろう。

『スパイ・レジェンド』(The November Man)

2014年・アメリカ 監督/ロジャー・ドナルドソン

出演/ピアース・ブロスナン/ルーク・ブレイシー/オルガ・キュリレンコ/イライザ・テイラー/カテリーナ・スコーソン

ちょうど12月4日から『007 スペクター』(Spectre・2015年)が公開されて、主演6代目ジェムズ・ボンドはダニエル・クレイグ、日本ではどう考えてもうけない顔で大損している。その前のピアース・ブロスナンは日本人受けする顔立ち、それでも007シリーズが超大ヒットする時代ではなくなってしまった。

007が活躍するような映画にも見えるが、主人公ピアース・ブロスナンはもう60才だ。全体の感じからしてちょっとハードアクションには耐えられない。でも中身はかなりのアクションの連続、アメリカ、ロシアを巻き込んでの高等武官が事件の中枢となって映画は混乱を極める。題名がいまさんで、宣伝部員の質を疑う。

ブロスナンは、ジェームズ・ボンドを演じ続けることでイメージが固定してしまう危険に気付いており、ボンド役を引き受けたときに『007』シリーズに出る合間に他の映画にも出演する許可を製作会社イーオン・プロダクションに求めた。このため、『007』シリーズ以外のいろいろな映画に参加している(プロデュース作品も含む)。これらの作品で最も成功したのは『トーマス・クラウン・アフェアー』だった。 『ダイ・アナザー・デイ』出演後もボンド役を続けることを切望していたが、交渉で行き詰まり、2004年7月に自ら降板を申し出、MGMは慰留したが最後には同意し、ダニエル・クレイグが6代目ボンドに起用された。初代のコネリーに次ぐ人気を博したが、出演したシリーズ作品は4作と、歴代で3番目に少ない(Wikipediaより)。

『炎のごとく』

1981年(昭和56年)・日本 監督/加藤泰

出演/菅原文太/倍賞美津子/中村玉緒/国広富之/伊吹吾郎/藤田まこと/大友柳太朗/藤山寛美/高田浩吉/若山富三郎/丹波哲郎

巨匠・加藤泰の最後の劇映画である。上映時間147分。飯干晃一の『会津の小鉄』を原作に、幕末の京都を舞台に、侠客・会津の小鉄こと仙吉と京都の町の人々のドラマを、天誅横行、池田屋事件、蛤御門の変などを背景に描いている。(Wikipediaより)

日本ヘラルド映画の配給作品に『突然炎のごとく』(Jules et Jim)という作品がある。私の入社する前の映画だが、社内では「トツホノ」と今の時代の短縮形の呼び方をしていて、愛着をもっていた作品だと理解できた。そんなことを思いだしたが、この映画の題名とはなんの関わりもないことだろう。訳の分からない映画に見えた。ほどほどのところで、「第一部 了」という文字が見えた。へぇ~、まだ一部が終わったばかりか、と驚くほかない。

この作品への意気込みについて、加藤泰監督はパンフレットで次のように書いている。「僕のそれらは多く骨惜しみのない大チャンバラ、大格闘の大活劇、抱腹絶倒の大ドタバタの大喜劇、泣けて泣けて堪らん大悲劇、情緒纏錦の大恋愛劇だったものである。そこで僕らの先輩の活動屋達は、まるで頼もしい兄貴のように、何が正しいか、正しくないか、人生どのように生きたら良いか、この男と女はこんな素敵な恋をしたんだぜ、自分の考えを貫くためにこんな風に戦ったんだぞと熱っぽく動く映像で語りかけようとしたものである。僕もそんな「大活動写真」が作りたい。だが毎度力及ばず頭を掻くばかりである。だが今度こそはと、またまた、性懲りもなしの挑戦を試み格闘した成果が今回の『炎のごとく』である」

『フィクサー』(Michael Clayton)

2007年・アメリカ 監督/トニー・ギルロイ

出演/ジョージ・クルーニー/トム・ウィルキンソン/ティルダ・スウィントン/シドニー・ポラック

主人公マイケル・R・クレイトンは、アメリカ最大の法律事務所"Kenner, Bach, and Ledeen"の弁護士。59年にNYの聖ヨセフ病院で生まれ、77年オレンジ郡のワシントンビル中央高校を卒業。80年セント・ジョーンズ大学、82年フォーダム法科大を卒業。82年~86年までクイーンズで地方検事補、86年にマンハッタン・クイーンズ組織犯罪対策部隊(Organized Crime Task Force)に所属。90年から現職。仕事の内容は弁護士ながら、いわゆるフィクサー(揉み消し屋)といわれるちょっと道を外れた仕事。

web上に書かれていたストーリーをこの映画を観た後に読んでみたが、なんのことはない、へぇ~!そんな簡単なことだったのかと拍子抜けしてしまって、とてもじゃないけど観る前に読んでいたら映画を観る気も起きないようなことに見えた。やっぱり映画は事前情報が何もない方がおもしろい。特にサスペンス調な内容では、ネタ晴らしは絶対禁物だ。

死んでも喋らない人生の情報をどれだけもって死ねるだろうか。自分が死んでしまえば誰も知ることのない情報をもっていることは嬉しい。そういう情報が多ければ多いほど、今生きている他人が仕合わせに成れているはずだ。他人を不幸にする情報をべらべら喋る奴の気が知れない。口は言葉を喋るためにあるのではなく、美味しいもの食べるためにあるものだから。

『桐島、部活やめるってよ』

2012年(平成24年)・日本 監督/吉田大八

出演/神木隆之介/橋本愛/東出昌大/清水くるみ/山本美月/松岡茉優/落合モトキ/浅香航大/前野朋哉

録画予約をし損ねたが、リアルタイム放映が始まってから40分後に観始まった。どうにもこの桐島っていう奴が出て来なくて、やっぱり最初を見逃したのはまずかったかな、と反省した。YouTube で予告編を見たら、自分が観た後半40分のシーンしか出て来ない。桐島って誰だ、と余計知りたくなった。

登場人物名を各章のタイトルにしたオムニバス形式だった原作を、曜日を章立てて、視点を変えて1つのエピソードを何度も描き、時間軸を再構築して構成するスタイルにした。という解説が見つかって納得した。結局はデジャブの繰り返し映像だったのか。題名のユニークさにかなりの期待をしていたのは事実だが、これも独りよがりの映画製作品だった。プロデューサーの名前を見たらやっぱりと。

若手の中でいいなと思っていた東出昌大はこの映画でデビューしたらしい。この映画の彼は高校生にしてはちょっととうのたった雰囲気で、無理がある。役者としては大成しそうな感じがある。こんな勝手な言葉が30年後にきちんと立証されることを願う。

『ダージリン急行』(The Darjeeling Limited)

2007年・アメリカ 監督/ウェス・アンダーソン

出演/オーウェン・ウィルソン/エイドリアン・ブロディ/ジェイソン・シュワルツマン

ビジネスマンが慌ててダージリン急行に乗ろうとするが間に合わず、一人の男が追いつく。1年前の父の死をきっかけに絶交していたホイットマン3兄弟は長男フランシスの呼びかけで、この列車旅で再び兄弟の絆を固めようと皆に誓う。3人とも悩みを抱えている。フランシスはバイク事故で奇跡的に助かったものの、頭の包帯が取れていない。次男ピーターは父の遺品の独り占めを批判されていて、育った環境からか出産直前の妻との離婚を考えている。三男ジャックは作家で小説を書き上げたばかりだが、元の恋人が忘れられない。でも、しっかり女乗務員とトイレで寝たりする。列車は蛇が出たり、線路を間違えたりトラブルだらけ。

失踪した母親がヒマラヤの修道院で尼僧をしていることが分かり、会いに行くことにするが、大ゲンカでペッパー・スプレーを使い、列車から降ろされてしまう。砂漠に遅され、途方に暮れ、空港を目指す。母親から人食い虎が出ていて別の時にと手紙。筏で川を渡ろうとする幼い3兄弟を目にする。ロープが切れ、激流に飲み込まれる兄弟を慌てて救助するが、幼い弟が命を落としてしまう。亡骸を抱き、村へ行き、葬式にも招待され、父親の葬儀を思い出す。ようやく国際空港に到着。タラップの前に思い直し、父の葬儀に来なかった母親に会いに行く。朝、母親が失踪。いろんな重荷を捨てた彼らに「オー・シャンゼリゼ」が鳴り響く。(以上 Wikipediaより)

おもしろくないと思いながら観たウェス・アンダーソン監督作品3本目、2作目は眠ってしまったが後で見直した。今回もまた眠ってしまったが、見直す勇気は起こらなかった。

『グランド・ブダペスト・ホテル』(The Grand Budapest Hotel)

2014年・ドイツ/イギリス 監督/ウェス・アンダーソン

出演/レイフ・ファインズ/F・マーリー・エイブラハム/マチュー・アマルリック/エイドリアン・ブロディ

後輩の映画好きがこの監督作品に最近入れ込んでいるというので見てみた。あまり見えないようにジュード・ロウやウィレム・デフォー、ハーヴェイ・カイテルが出演しているのがいいという。音楽もかなりいいというが、監督・俳優や音楽に造詣が浅い私は映画ストーリーがおもしろくないと興味がない。

ドラメディ(コメディ・ドラマ)映画である。ホテルのコンシェルジュと若い従業員の交友を描いた作品である。監督・脚本はウェス・アンダーソン、主演はレイフ・ファインズが務めた。第64回ベルリン国際映画祭審査員グランプリや、第87回アカデミー賞の4部門などを受賞している。仮想の国ズブロフカ共和国が物語の舞台であり、歴史的なトピックスがパロディとして登場する。また、時間軸は1932年と1968年、1985年の3つであり、1.33:1、1.85:1、2.35:1の3種類のアスペクト比を使い分けることで入れ子構造を表現している。(Wikipediaより)

題名はかなり期待をもたせてくれたが、監督の趣向というのはどうも一貫性があるようで、先に観た『ムーンライズ・キングダム』(Moonrise Kingdom・2012年)をくそみそに言った言葉が嘘ではなかったと確信した。趣味の合わない女の顔も見たくないし声も聞きたくないと思うのと一緒。

『ボーダー』(Righteous Kill)

2008年・アメリカ 監督/ジョン・アヴネット

出演/ロバート・デ・ニーロ/アル・パチーノ/カーティス・"50セント"・ジャクソン/カーラ・グギノ

観始まったらロバート・デ・ニーロとアル・パチーノの二人が見えてきた。これって昔見た警察ものだよね、と思って観ていたが、どうも違う。最初の共演作品は『ヒート』(Heat・1995年)でアル・パチーノは刑事だったが、ロバート・デ・ニーはギャング集団の親玉だった。

ロサンゼルス市警察の前作から今回はニューヨーク市警察の相棒刑事二人の物語。探偵ものはイギリス、警察ものはアメリカがおもしろいと言われるがその通り、あまりにも現実感のない日本の警察ものなんて、まったく取るに足らない映像だと、しっかりと思わせてくれる。

日頃の鬱憤が爆発するかも知れない危険をはらむ警察の仕事、と言う背景を強く印象づけ、刑事だって世の中のクズを葬り去ってしまう衝動に駆られるのだと映画は訴える。そんな風に見えて仕方がなかった。警察官だって人間、普通の人間以上に悪を嫌う、そんな環境は普通ではないが、考えていることは理解できる。警察官である自分の姿なんて、到底考えも及ばない。

『カウボーイ』(COWBOY)

1958年・アメリカ 監督/デルマー・デイヴィス

出演/グレン・フォード/ジャック・レモン/アンナ・カシュフィ/ディック・ヨーク

東部育ちの青年フランク・ハリス(J・レモン)が西部に憧れて赴き、その精神を体に鍛き込んでゆく成長譚で、実話に基づいている。“逞しくなるのは荒っぽくなることとは違う”とつぶやく牧頭童のG・フォードがとてもいい。牛の暴走(スタンピード)やインディアンの襲撃、ロマンスのお約束もあるが、それらは色どりにすぎず、カウボーイの単調で過酷な労働の日々と、自主性を重んじるその社会の素朴な魂のふれあいに力点が置かれている。D・デイヴィスが“マッチョな世界”とある種の観客には遠ざけて見られがちな西部劇の世界を人間的に引きつけて描く男の叙情“リアリズム”あふれる名篇。(allcinemaより)

ジャック・レモンが西部劇に出ていた。最後の役者紹介で初めて知った、この映画のジャック・レモン。この映画の公開時は33才、翌年にビリー・ワイルダーと知り合って以降は「お熱いのがお好き」、「アパートの鍵貸します」などで名コンビぶりを発揮。人生の悲哀を巧みに表現するコメディアンとしてその地位を確立している。

真面目なカウボーイの見本をこの映画が紹介している。今まで見た映画で、ここまでの真面目なカウボーイを見たことがない。カウボーイの日常とはこんなものだったんだよ、と60年前のアメリカ人に話して聞かせているような映画に見える。

『日本侠客伝 雷門の決斗』

1966年(昭和41年)・日本 監督/マキノ雅弘

出演/高倉健/藤純子/島田正吾/村田英雄/待田京介/藤山寛美/長門裕之/ロミ山田/新城みち子/宮城千賀子/内田朝雄

このシリーズ5作目。浅草の興行師が主人公。そう、まんざら縁がないわけではない興行師、王子の映画館に集金に行った時、事務所に入ると怖そうな顔立ちが並んでいたのを、今もぞっとしながら思い出す。日本ヘラルド映画株式会社は配給会社で興行師ではなかったが、お客さんは全員が興行主。舞台だって映画だって、そんなに変わりはない。

抑えて、抑えて、あくまでも控えめにへりくだる健さんには、ちょっと不満もある。あたら不必要な争いをもたらすのは、控えめが講じての場合が圧倒的に多い。大きな事件になる前に決着を付けてしまえば、関係のない人に迷惑をかけることもないのに。勿論、映画だからいつもこうなっているのは分かっている。

現実の世界でも同じような歯がゆいこともしょっちゅう起こっている。言ってしまえば誤解も発生しないことを、言わないことで、いらぬ誤解を生じさせることがある。当人は割り切っているからいいものを、周りの人がそれで迷惑を被っていることを当事者だけが知らない。余計なお節介は邪魔だが、何もしない弊害もきちんと理解しなければ、人生のいい環境は作れない。

『エアフォース・ワン』 (Air Force One)

1997年・アメリカ 監督/ウォルフガング・ペーターゼン

出演/ハリソン・フォード/ゲイリー・オールドマン/グレン・クローズ/ウェンディ・クルーソン

アメリカ合衆国大統領が主役の映画はそれなりにあるが、実話のケースが多く、役者はその大統領に似せた役作りをすることが普通。今回の大統領役ハリソン・フォードにモデルはいない。というわけで彼がそのまま大統領の顔になっているのが、ちょっと違和感を感じて映画は始まった。

ちょうど今の世界情勢のようなテロと対峙する構図があり、このテロというやつが今に始まったことではなく、世界を取り巻く永遠の状況のように見える。テロに嚇されて、さっさと金を渡してしまう国もあったようだが、口先だけでは自分の身も守れない。戦争状態宣言をしたフランス大統領を見習わなければならない。

日本でもし今回のフランスのようなテロが起こったら。おそらく、強く非難しますとか言う言い方しか出来ないであろう日本政府。日本人だって、夜は誰も出歩かなくなって、テロ集団の思うつぼになってしまうことは確実だろう。

『ザ・ファイター』(The Fighter)

2010年・アメリカ 監督/デヴィッド・O・ラッセル

出演/マーク・ウォールバーグ/クリスチャン・ベール/エイミー・アダムス/メリッサ・レオ

ずーっと三流映画だと感じながら観ていた。ところが、第83回アカデミー賞で助演男優賞(クリスチャン・ベール)、助演女優賞(メリッサ・レオ)の2冠を獲得した。というから、自分の節穴さ加減に恐れ入ってしまう。世界チャンピオンにまでなる兄弟ボクサーの物語だが、かなり気分の悪くなるストーリーだ。

映画のクライマックスとして描かれたライトウェルター級王座戦のWBU(世界ボクシング連合)はプロボクシングの世界では認知度の低いマイナー団体であり、WBUの王座になったところで誰も弟ミッキーには注目していなかった。ミッキーのボクシング人生が真に輝くのは、その後、"稲妻"の異名を持つアルツロ・ガッティと繰り広げた死闘である。(Wikipediaより)

小さな町にもボクシング興行があり、そこから這い上がってチャンピオンになるくだりはいかにもアメリカという感じだ。出しゃばりの母親、7人の姉妹の登場がコメディみたいに見える。スポーツ映画にしては暗い展開、そんなところが映画界の賞に値する要素なのだろうか。

『プール』

2009年(平成21年)・日本 監督/大森美香

出演/小林聡美/加瀬亮/伽奈/シッテイチャイ・コンピラ/もたいまさこ

小林聡美が主演している映画『めがね』『かもめ食堂』と同じテースト。何度目かになると、新鮮味はない。飛行場に降り立つ主人公の娘、ここは一体どこなんだろう。最後までセリフの中に国の名前は出て来なかったが、予想したタイ国の名称をエンド・クレジットで見ることが出来た。

父親と息子の葛藤を描いた映画は多い。この映画は母親と娘の葛藤を優しく見つめている。と言えば、よさそうに聞こえるが、どちらかというと力量不足の感は否めない。こういう映画の作り方はいいだろう、という映画製作者の傲慢さを押しつける感じがして、最初から最後まで気になって仕方がなかった。

エンド・クレジットに載っていた製作者スタッフに、現役時代あまり気の合わなかった映画人の名前を見つけて妙な合点がいった。気の合わない人なんてそんなにいるもんじゃない、そう思っていたが、数少ないそういう人もいたことは確か。そういう人達が今厳然と映画界で活躍している姿が羨ましいかというと、そうでもない。この程度の映画を、さも素晴らしいだろうと押しつける態度が嫌いだ。これは失敗作だったと反省してくれるなら、同情してもいいけれど。

『天河伝説殺人事件』

1991(平成3年)・日本 監督/市川崑

出演/ 榎木孝明/岸惠子/日下武史/財前直見/神山繁/加藤武/奈良岡朋子/岸田今日子/大滝秀治/伊東四朗/石坂浩二

飛ぶ鳥を落とす角川春樹、その後のシリーズ化を狙っていたようだが、角川春樹の逮捕に始まる一連の角川書店内部の混乱の影響を受けたこともあってか、現在において「浅見光彦シリーズ」で唯一の映画化された作品となっている。

石坂浩二や加藤武が出演し、市川崑が監督を務めており、『犬神家の一族』に始まる金田一耕助シリーズのテイストが出ていると指摘され、また映画の広報や宣伝もそれを意識的に意図させたものらしい。妙な安定感がありこの時代の推理映画の基本を押さえた作品や宣伝になったような雰囲気が伝わってくる。面白みはないが日本人の好きな安定感なる作品であることは確か。

余裕から来るコメディー部分も、しつこく追求するわけでもなく、ある意味本を読みながら映画を見ているような心持ちが正座をしながらお茶を飲み、スクリーンに目を向けていれば、だいたい思った方に映画が展開するだろうと思わせるに充分な感じだった。と言ってしまったら怒られるだろうか。

『テレマークの要塞』(The Heroes of Telemark)

1965年・イギリス/アメリカ 監督/アンソニー・マン

出演/カーク・ダグラス/リチャード・ハリス/ウーラ・ヤコブソン/マイケル・レッドグレーヴ

ナチス・ドイツが原子爆弾の開発に躍起になっている。もしもドイツが先行してしまったら、この戦争は確実にドイツの天下になってしまうことは明白な状況だった。実際の第二次世界大戦の最終局面でも万が一にそんなことになっていたら、今の世界は様変わりしていたろうし、自分の人生にも大きな違いがあっただろう。

フィンランドのテレマークという場所で、原爆製造に重要な工場が稼働していた。フィンランドの地下組織はその製造を妨害すべく、現役の著名な物理学者も動員して原爆開発阻止を画策する。昔ながらのストーリーや計画とアクションが懐かしく感じる。

オリンピックのノルディック競技に銃を担いでスキーですべり時々伏せて的を狙う競技がある。あんなの単なる遊びだよねと思っていたら、この映画ではドイツ軍に追い掛けられたフィンランド人が必死に逃げているシーンがあった。あっ!これってかなり実践的なんだなと。現実的には狩猟という要素の方が多いのかも知れないが。

『白い肌の異常な夜』(The Beguiled)

1971年・アメリカ 監督/ドン・シーゲル

出演/クリント・イーストウッド/ジェラルディン・ペイジ/エリザベス・ハートマン/ダーリーン・カー

この題名って?と、ちょっと不思議な感じがいっぱいだった。アメリカ合衆国南北戦争の末期、南部のとある森で負傷をして助けてくれたのが地元の私設女子学校だった。黒人のお手伝いさんと校長先生、教師、年上の女性と、そのほかに5人の女少女達だった。男ひでりの女の園に迷い込んだ羊のように、女達の間で男の獲得合戦が起こった。

その程度で済むのなら問題はない。女の執念と嫉妬が混じり合い、男の立場はどんどん危うくなっていく。周りはまだまだ南軍の陣地、北軍であることも知られたくない負傷した男の姿はいつか消えかかってしまうようにさえ見えた。とうとう女の争が表面化した。一方北軍が徐々に学校にもその影響が感じられられるようになってきた。

階段から突き落とされる事件があった。女はみんな彼に信頼をもてなくなってきてしまった。唯一ひとりの女性が結婚を決めて彼についていくという。いっそのこと毒茸を食べさせてでも殺してしまった方が賢明な判断だと大人の女性たちは結論を導き出す。誘われても訪れなかった年増の校長の部屋、固すぎてまだ処女だと言う教師、一番若いが奔放過ぎる生徒、主人公はとんだところに飛び込んでしまった、どうにもならない解決策は彼が毒茸を食べて死んでしまうこと。小さな女の子でさえ彼に好意を寄せていたが、憎さ余って仕返しへと変わっていく。げに恐ろしきは女の性。とてもじゃないけどそんな状況を乗り切れる自信なんてあるはずもない。原題の[beguile]の意味は、1 〈人を〉だます,欺く,惑わす;〈人を〉だまして(…)させる((into ...));〈人を〉だまして(…を)巻き上げる((of, out of ...)) 、2 ((文))〈人を〉(…で)楽しませる,魅する;〈時間・悲しみを〉(…で)まぎらす,楽しく過ごす((with, by ...))、発音が難しい。

『くちづけ』(ANGEL HOME)

2013年(平成25年)・日本 監督/堤幸彦

出演/貫地谷しほり/阿波野幸助/竹中直人/宅間孝行/田畑智子/橋本愛/麻生祐未/平田満/嶋田久作/岡本麗/宮根誠司

いわゆる健常者が、いわゆる知的障害者の役を演じる。どう考えても違和感がある。知的障害者という名前を付けて、障害者だと決めつける。「びっこ」と呼ぶと差別になるらしいこの頃、足の不自由な人と呼ばなくてはいけないらしい。それでは、知的障害者のことを頭の不自由な人と呼べばいいとでも言われそうだ。

いつの頃の学生時代だったか覚えていないが、タモリではなく洋画もののテレビシリーズ「世にも不思議な物語」で見た映像が今でも忘れられない。ベットに横たわる患者、目のあたりの手術をして今日は包帯をとる日、ベットの周りには医者と看護婦が見守っている。さて包帯を取ると、観客はぎょっとなる。なんと、目が3つあるのだ。鼻の上にも目があり、なんとも奇妙な顔になっている。ところが、患者も医者も看護婦も喜んでいる様子が聞こえてくる。カメラがパーンすると、医者も看護婦も同じように3つ目だった。

このシーンは私の人生の規範になっている。差別とはなんなのだろうと考える時の指針になっている。結論めいたことはないが、こういうシーンを見れば誰しも差別とはなんだろうと、考えることが出来るようになると思っている。明確な差別定義を優秀な人に示して欲しい。

『アジャストメント』(The Adjustment Bureau)

2011年・アメリカ 監督/ジョージ・ノルフィ

出演/マット・デイモン/エミリー・ブラント/アンソニー・マッキー/ジョン・スラッテリー

ネットでのジャンル分けでは「SF恋愛サスペンス映画」ということになるらしい。直前に観た映画が2時間46分という長い映画だったので、ちょうど1時間短い1時間46分は凄く短いと感じた。主人公のマット・デイモンはボーン・シリーズの続きを見るような活躍を見せている。

人生は運命づけられている、という人間に対する「運命調整局」というエージェントが存在するらしい。主人公が最年少で下院議員に当選したのも、その調整の結果だという。交通事故にあうのも、必然と思われていることも、実は彼等調整局の努力のたまものだという。上院議員の選挙に負けてその運命がちょっと狂っていた頃、エージェントのミスにより逢わないはずの女性と巡りあってしまった。

調整局の人達は他人にも見えるらしいが、行動できる範囲は人間離れしている。ひとりの人間の運命が書かれたbookには、鉄道の路線図のように歩んできた道とこれから進む道が示されている。どんなにあがいたって、自分の歩む道は決められているらしいから、敏感な反応ではなく思いっきりの鈍感力を使って人生を生きて行くしかないのかもしれない。

『6才のボクが、大人になるまで。』(Boyhood)

2014年・アメリカ 監督/リチャード・リンクレイター

出演/パトリシア・アークエット/エラー・コルトレーン/ローレライ・リンクレイター/イーサン・ホーク

邦題には6才という年齢が入っているが、原題は男の子のことと表示されている。アメリカ人の少年時代のありようが描かれている。6才から18才、大学に入学して寮に到着し同室者達と散歩に出かけたシーンで映画は終わる。実際の撮影は2002年から2013年まで断続的に行われ、子供たちの成長をそのまま映像として収めたという。

なかなか終わらない映画に苛立つくらいだった。2時間46分は長い。上映時間の情報があれば多少は身構えるものだが、このタイトルでこの長さは想定していなかった。長時間を掛けて撮影した映画を、手短に編集するのは至難だ。アメリカ人なら、おそらく、これやった、とか、う~ん懐かしいな~、というシーンがたくさんあるのだろう。日本人には異国のことで、延々と子供の頃の出来事を紹介されても、あまり興味が湧くものではなかった。

母親は三度結婚し、最初の夫との間に生まれた二人の子供を育てる。その二人の子供の父親は終始子供の面倒を見ているのが印象的。このあたりは離婚が一般的なアメリカならではのことだろう。日本ではどうなのだろうか。映画と同じように離婚して男の子と女の子の親権を持って育てているうちの三女の生活が気になっている。

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(Chef)

2014年・アメリカ 監督/ジョン・ファヴロー

出演/ジョン・ファヴロー/ソフィア・ベルガラ/ジョン・レグイザモ/スカーレット・ヨハンソン/ダスティン・ホフマン

ジョン・ファヴローが監督・脚本・製作・主演を務めた。一流レストランのシェフがオーナーとの確執もあり、大物料理評論家からはこっぴどく叩かれる。ネットを使ったコメントはすぐに拡散して、シェフの言動さえも撮影され、ツイッターでフォローされてしまう。嫌な世の中になってしまったが、それも現実。

今までにあったシェフ物語と大きく違うところはない。ただネットが大きく介在するという視点でのシェフ映画は初めてなのかも知れない。腕の立つシェフなら、間違いなく成功するだろうという予測がその通りになるのは普通すぎる。映画としての驚きはない。喩えネットがあったとしても。好きな女優スカーレット・ヨハンソンの顔がちょっと違う。この映画では引き締まった褐色に近い色で、ほんわかとした顔立ちが消えていたのが寂しい。

ちょっと期待していた分だけ減点要素は多い。期待しないで人間をウォッチすることが肝心かも知れない。期待が大きいとどうしても、ダメな点が見えてしまう。そんなに完璧な人がいるわけないと分かっていてもダメ。それでも、期待を裏切られたとしても嫌いになれない人もいる。そういう人に巡り会える人生ってやっぱりいいなぁ。

『きっと、星のせいじゃない。』(The Fault in Our Stars)

2014年・アメリカ 監督/ジョシュ・ブーン

出演/シャイリーン・ウッドリー/アンセル・エルゴート/ナット・ウルフ/ローラ・ダーン/サム・トラメル

DVDのパッケージからは恋愛映画だろうと想像出来たが、この邦題は何?と怪しんだ。が、原題の意味や劇中の言葉を見てみれば、そんなに突拍子なタイトルだとも思えなくなった。でも、このタイトルで多くの観客を集めるのは大変だろう。

アメリカ映画ではよく見かけるサポート・グループ、重い病気にかかっている人達が心のうちを吐露することによって、安らぎや癒やしをうける時間。そこで友人を得ることも多い。主人公も嫌々ながら参加した集まりで信頼の置ける異性と出会うことになった。自己紹介する時に自分の難しい病名を言う、聞いている側からすれば、自分よりももっと酷い人生をおくっていることを察知する。慰め合うわけではない。そんな時に出会う『本』には無限の喜びを感じる。活字の持つ力が。一生に1度望みを叶えてくれる財団があり、審査が通り二人でオランダの作者に会いに行けることになった。

死ぬことが身近な二人の会話には、鬼気迫るものがある。凡々と死を感じている自分などとは大違い。オランダでの作者との出会いは予想外の展開が。こういう映画のいいところは、不治の病に侵された哀しさや同情ではなく、力強く生きることをメッセージする心のありようを見ることである。日本映画の同じような場面で、病院シーンが多いのとは対照的に、アメリカ映画は常に明るく、一見何事もなさそうな二人に見えるように作られたシーン。言葉がいい。胸中穏やかではない。好きな映画だ。

『ウォーリアー』(Warrior)

2011年・アメリカ 監督/ギャヴィン・オコナー

出演/ジョエル・エドガートン/トム・ハーディ/ジェニファー・モリソン/フランク・グリロ

総合格闘技で兄弟対決をする二人が最終的な話だが、そこに行き着くまでには語り尽くせない物語があった。そこを映画にしているわけだが、実話とも思えるようなところがあったが、それにしては出來過ぎていた。実話ではなかったようだ。父親と二人の男の子供、どうにも映画だけではなく、この親子関係には波風の立たないストーリーはあり得ないようだ。

アメリカでは2011年公開のようだが、日本ではこの程度の映画は公開できる環境にはなく、2015年になってようやく「カリテ・ファンタスティック!シネマ・コレクション2015」の中の一作として公開されるのが精一杯だったらしい。

格闘シーンはアップや引きを駆使して、なかなか上手く撮っていた。スポーツ映画ジャンルを観たくなってこのDVDを手にしてが、内容はともかく、白黒がはっきりするスポーツ映画はやっぱり観ていて区切りがいい。人生は1か10ではなく、4や5や7があるので、どこを彷徨っても楽しむことは出来る。たとえそれが他人から指さされる人生であっても。

『ジャッジ 裁かれる判事』(The Judge)

2014年・アメリカ 監督/デヴィッド・ドブキン

出演/ロバート・ダウニー・Jr/ロバート・デュヴァル/ヴェラ・ファーミガ/ヴィンセント・ドノフリオ

ロバート・ダウニー・Jrとロバート・デュヴァルの演技は絶賛されているが、作品全体の評価は芳しくないという評価が載っていた。今回の14枚のDVDレンタルで、知りあいに観たい映画がありますかと聞いた時、このタイトルが選ばれていなかった。こういうネット上の評価を見ての選択だったのではないかと、ちょっと疑った。

私にとってはなかなかおもしろい映画だった。男だけの3兄弟と父親との関係。主人公の二男の離婚問題。長男は前途有望なベースボール・プレーヤーだったが、交通事故で夢を断念。三男は周りからおつむの弱い素人カメラマンと揶揄されている人物。父親は地元インディアナ州の小さな町の判事。母親の死を契機に再び巡り合う家族の解決しない人生。インディアナ州の小さな町とイリノイ州のシカゴが比較されているが、アメリカ人ではない者にはよく分からない環境。

家族、子供、父親、母親、そしてその死、元妻などなど、この歳になっていろいろな思いが交錯する。いちいち映画の内容に反応して、喜びも哀しみも幾年月、と唄の文句が頭をよぎる。だから人生は楽しい、と割り切れるほど人生は簡単ではないが、それでも人生は楽しいものだと大声で叫んでみたい。

『博士と彼女のセオリー』(The Theory of Everything)

2014年・アメリカ 監督/ジェームズ・マーシュ

出演/エディ・レッドメイン/フェリシティ・ジョーンズ/エミリー・ワトソン/マキシン・ピーク

そのあたりにある恋愛映画かと思ったら、なんとあの理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士と妻との伝記映画だった。ケンブリッジ大学で病気がまだ発症していない時に出会った女性との物語。余命2年と宣告されたが、現在73才でまだ生きている。運動ニューロン病、ルー・ゲーリッグ病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患ったが、途中で進行が急に弱まり現在に至っているという。

映画としての評価は高いが、自分の感性には合わなかった。同じことの繰り返しで、話が進行しない、という印象が強い。また物理学的なシーンも多く、造詣の浅い自分には理解が不能というより興味が湧かないのが一番辛い。どんなに立派な人でも、こちらの庶民が無能では、まったく同じ穴の狢にしか思えない。

第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、エディ・レッドメインが主演男優賞を受賞している。理屈っぽい恋愛映画は嫌いだ。もしもこの博士の話だと知っていれば、このDVDを借りることはなかったであろう。

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(Fifty Shades of Grey)

2015年・アメリカ 監督/サム・テイラー=ジョンソン

出演/ダコタ・ジョンソン/ジェイミー・ドーナン/ジェニファー・イーリー/エロイーズ・マンフォード

原作はE・L・ジェイムズによるイギリスの官能小説。性描写を多く含む作品であるため、各国での上映に際し年齢制限が設けられ、これをめぐる騒動や話題も生じた。アメリカ・フロリダ州のシネマコンプレックス「AMC」では、公開間もない2015年2月14日の夜、R指定の制限のため入場には保護者の同伴を必要とするティーンエイジャーの男女約100名近いグループが訪れ、制限のためチケット販売を拒否されると、係員の制止を振り切って一斉に劇場内に押し入るという騒動を起こした。彼らは警察への通報により解散を命じられ、暴行罪と薬物所持により2名の逮捕者を出した。

日本では、公開当初官能的描写などにある程度の修正を加えてR15+(15歳未満入場禁止、保護者同伴不要)で公開されたが、成人の観客からの「よりオリジナルに近いものを見たい」という要望に応えて、一部劇場で修正を抑えたR18+バージョンの公開を決め、日本公開から12日後、日本の多くの劇場で女性客への割引料金を適用するレディースデーにあたる、2月25日水曜日より上映する。産経ニュースの伊藤徳裕によれば、R15+バージョンでの修正は製作国アメリカで行われたもので、モザイク処理ではなく黒い丸で雑に該当部分が塗りつぶされた「センスのかけらもない」もので、観客の不評を買っていたという。(Wikipediaより)

このネット時代、無修正のポルノ映像が氾濫する社会で、この映画の官能性を云々することすら摩訶不思議なこと。こんな映画だとは思いもしなかったが、映画館でこの映画を観ようなどという気が起こることはない。1974年(昭和49年)のあのエマニエル夫人が世の中を席巻したのとは全く違う。あの映画のお陰で生活が一変した懐かしい想い出が。

『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』(Mortdecai)

2015年・アメリカ 監督/デヴィッド・コープ

出演/ジョニー・デップ/グウィネス・パルトロー/ユアン・マクレガー/オリヴィア・マン

主人公がジョニー・デップだとは最初にうち分からなかった。役にはまる扮装は超一流の彼は、役者の見本のようなもの。映画ではない時の彼のひげずらは、役者の心構えを表現している。日本の役者のように、普段もテレビ出演もコマーシャルも映画の中でも同じような顔、姿形をしているのとは大違い。

この映画はいただけない。アメリカ映画でもこんなおちゃらけた笑いを要求する映画もあるんだ、と妙な感心をしてしまう。洋画を観ていて、久しぶりに速回しを駆使してしまった。情報のない映画を観る楽しみではなく、観る苦しみを味わった。以下にWikipediaからの引用を。

本作は批評家から酷評されている。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには89件のレビューがあり、批評家支持率は12%、平均点は10点満点で3.4点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「非常に奇妙で、意図的につまらない作品にしているかのようだ。誤った演出がなされた『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ以降のジョニー・デップ出演作の中でも屈指の駄作であろう」となっている。

『ザ・ゲスト』(The Guest)

2014年・アメリカ 監督/アダム・ウィンガード

出演/ダン・スティーヴンス/マイカ・モンロー/ブレンダン・マイヤー/シーラ・ケリー

まったく情報のない映画でしかも題名からも何も想像出来ない映画を観るのは間違いなく楽しい。どんなにおもしろくない映画だって、これで30分間でおもしろくないと決めつけられるようじゃどうしようもない。その点、この映画は及第点だった。が、主人公の正体がだんだんはっきりしてきた頃から、4流映画に見えてきたのは仕方のないことか。

Wikipediaによれば、スリラー映画に分類されているが、いわゆる絶叫型のキャ~とかいうたぐいのスリラーではない。戦死した兄と同じ部隊だったという友人を名乗る主人公が尋ねてきた家庭に起こるできごと。この友人を名乗る人物の正体が分からない。一体誰なんだこの人は?ということがスリラーなのだろう。

拳銃を簡単に使いこなせる人の犯す殺人はこうなのだろう、と妙な納得がある。有無を言わせずすぐに撃ち殺すシーンが何回かあって、どうせ殺すのなら、下手な殴り合いになってからの殺人よりも、現実に近いように感じて心地良かった。拳銃を手にすることがないであろう自分だからこその想像が恐ろしい。やっぱりこんな物騒なものが簡単に手に入らない社会がいいことは、日本人だからこそそう思えるに違いない。映画の最後は、シリーズものにしたいような終わり方。そうやすやすと続きの映画が製作できるほど、世の中は甘くないだろうが。

『アメリカン・スナイパー』(American Sniper)

2014年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー/マックス・チャールズ/ ルーク・グライムス

今回久しぶりにTSUTAYAからの準新作100円の連絡に即反応して、なんと14枚ものDVDを借りてきてしまった。しかも2日目にしてこれが5作目の鑑賞作品とは。自分でも驚くばかりだ。その14作品の中で唯一知っていたタイトルがこの映画。何故観たいと思っていたのかさえ忘れてしまっていた。監督がクリント・イーストウッドだったことがその理由なのだが、観終わってようやく名前を確認しているようでは、もう先が見えている。

彼の映画はやっぱりおもしろい。観客を飽きさせない映画魂を強く感じる。淡々とストーリーを進行していくだけなのに、見ている人のことを間違いなく意識出来ていることが素晴らしい。私が誉めるまでもないことだが。公開当時の印象として、この映画のスナイパーとはいつの時代のどの場所でのことなのかと、すごく興味があった。まさかイラク戦争でのアメリカ海兵隊の特殊部隊ネイビー・シールズのスナイパーであるとは想像だにしなかった。

原作はイラク戦争に4度従軍したクリス・カイルが著した自伝だという。瓦礫だらけの町を、アメリカ海兵隊のM1戦車が地響きを立てながら随伴歩兵と共に進撃していく。そして、その後方の建物の屋上ではスナイパーが海兵隊員の援護をする役目。初めての狙撃機会は、海兵隊の進路上に不審な親子を発見した主人公は、母親が子供にRKG-3対戦車手榴弾を手渡すのを確認し、上官に指示を仰ぐがはっきりとした答えは返ってこない。撃つのか撃たないのか。隣の海兵隊員は「間違ったら軍事刑務所行きだぞ」と忠告するが、カイルは子供に照準を合わせるという状況。家族を持っても従軍し続ける主人公、退役の決断が現実になれば、目の前の平和な空間に馴染めなくなってしまった自分がいる。う~ん、そんな人生を味わう人がどれだけたくさんいるのだろうか、アメリカ合衆国という国。

『るろうに剣心 伝説の最期編』

2014年(平成26年)・日本 監督/大友啓史

出演/佐藤健/武井咲/伊勢谷友介/蒼井優/神木隆之介/土屋太鳳/小澤征悦/福山雅治/江口洋介/藤原竜也

一作目は誉めちぎった。二作目はちょっと漫画チックになってきたと印象を言った。三作目は、もうほとんど漫画、と思うまでもなく、原作は漫画だったと思い知らされた。

これ以上のコメントは必要ないだろう。

特別編でもあれば、また映画らしい漫画になれるかも知れない。

『ケープタウン』(Zulu)

2013年・フランス/南アフリカ共和国 監督/ジェローム・サル

出演/オーランド・ブルーム/フォレスト・ウィテカー/コンラッド・ケンプ

今年2015年のラグビー・ワールドカップで史上最大の番狂わせと言われた日本対南アフリカ戦で一躍日本でも有名になった国が南アフリカ。舞台は言わずと知れたケープタウン、喜望峰という名称で日本でも古くからその存在は有名で、一度でもいいから行ってみたい場所だ。原題はズールー族(人)のことで、南アフリカ共和国からジンバブエ南部にかけて広い範囲に約1000万人が居住していて、南アフリカ共和国では最大の民族集団となっているところから。

フォレスト・ウィテカー演じる黒人警部がズールー人だというのが捜査で大きな利点になっている、と映画の中で分かる。もう刑事物語もニューヨークやロサンゼルスでは新鮮味がないらしく、こんなところの警察ものが映画になった。ロケをする費用が掛かるので、ある程度当たらなければ回収が大変だろうな、と余計な心配をする。

この頃の映画は主人公役に近い人でも平気で死んでみせる。昔みたいに主人公は絶対死なない、というのでは観客に訴える力が弱く見えてしまうのかも知れない。この映画もおもしろいような、おもしろくないような。

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(Maps to the Stars)

2014年・アメリカ/カナダ/フランス/ドイツ 監督/デヴィッド・クローネンバーグ

出演/ジュリアン・ムーア/ロバート・パティンソン/ジョン・キューザック/ミア・ワシコウスカ/サラ・ガドン

デヴィッド・クローネンバーグの映画は私には難解だ。身構えながら観始まったが、裏切らないその製作は強烈だ。『裸のランチ』(英: Naked Lunch・1991年)、この題名は記憶に残る。映画業界内のスターの心のあり方を、身内のものがばらすという構図に見えて、役者に興味のある人には堪らない内容かもしれない。

観ていると、こちらの方の心が不安定になってくる。異常な夫婦の秘密が明らかにされて、その娘と息子が闇の世界に彷徨ってしまう様子が痛々しい。というか、そんな現実的な問題ではなく、かなり深刻なサイコ世界の超常現象のように見えてくる。

お気楽な日本映画やおちゃらけた日本映画の対局にあるような映画だろう。この映画は2014年5月に開催された第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、パルム・ドールを争った。パルム・ドールの受賞こそ逃したが、ジュリアン・ムーアが女優賞を受賞した。

『ミリオンダラー・アーム』(Million Dollar Arm)

2014年・アメリカ 監督/クレイグ・ギレスピー

出演/ジョン・ハム/アーシフ・マンドヴィ/マドゥル・ミッタル/ビル・パクストン

インド人初のメジャーリーガーを誕生させたスポーツ・エージェント、JB・バーンスタインの実話をもとに製作されているというが、インド人のメジャーリーガーの話を聞いたことがなかった。

インドからメジャーリーグの選手が出るだけでマーケットが18億人増えることになる、という世界戦略の一環であることは想定できるが、ベースボールの底辺のない国からの挑戦は現実的には難しいことだったようだ。ピッツバーグ・パイレーツと契約した実話の二人は、残念ながらメジャーデビューを果たすことは出来なかった。

アメリカ映画ではあるがインド映画の色が濃い。私の好きなインド映画『マイネーム・イズ・ハーン』(My Name Is Khan・2010年)のような匂いがした。時間の流れ方がちょっと違うのかも知れない。インドからアメリカにやってきた若者の戸惑い方が、ちょっと差別的だなぁと思わせるところが気になった。もっとも設定がインドの片田舎出身だということなので、もしかすると本当にアメリカの生活が夢ですら見たことのないような現実だったのかも知れない。この映画もおもしろいような、おもしろくないような。

『やさしい本泥棒』(The Book Thief)

2013年・アメリカ 監督/ブライアン・パーシヴァル

出演/ジェフリー・ラッシュ/エミリー・ワトソン/ソフィー・ネリッセ

マークース・ズーサックのベストセラー小説『本泥棒(英語版)』を原作にしている。1938年。第二次世界大戦前夜のドイツ。軍部による赤狩りからの逃亡を余儀なくされた共産党員の夫婦は、道中で幼い息子を亡くしながらも、娘のリーゼルをミュンヘン近郊の田舎町へ里子に出すのだった。だが、途中弟が急死。二人来る筈が一人しか来なくて、給付金が少なくなり、養母のローザはリーゼルに対して冷たく当たるのであった。一方、養父のハンスはリーゼルを温かく迎え、読み書きができない彼女に優しく教えてあげるのだった。こうして読み書きを覚えたリーゼルは、様々な本を通じて知識や勇気、希望を手に入れていく。しかし、ドイツはナチスの統治下に置かれ、ついに読書までも禁止されてしまう。そんなある日、反ユダヤ主義による暴動で数多くの本が広場で焼かれているのを見たリーゼルは、そこから一冊の本を盗み出す。(Wikipediaより)

日本では劇場未公開だったらしい。分かるような気がする。この題名でいわゆるミニシアター系公開なら、なんとか興行も出来そうな感じだが。いかんせん、おもしろいような、おもしろくないような、いい映画のような、たいしたことない映画のような雰囲気いっぱいの映画だった。

1938年から1943年のドイツ、ユダヤ人の迫害は想像を絶する歴史的事実。何度映画で見ても、胸が痛む。いつ終わるかも分からない当時の当事者心理は、今でいうストレスなどという言葉さえ当てはまらない地獄絵図の世界だったことだろう。この映画は事実に基づいているという。

『剣客商売~御老中暗殺~』

2012年(平成24年)・日本 監督/山下智彦

出演/北大路欣也/杏/貫地谷しほり/斎藤工/山田純大/古谷一行/國村隼/神保悟志/斉藤暁

いや~驚いた。何がって、この池波正太郎原作のテレビドラマシリーズが、だいぶ前から放送されていたこと。いわゆる劇場版に発展することなくテレビドラマシリーズが4回目だったことにも驚く。1回目は1973年(昭和48年)の加藤剛・山形勲版で全22話。2回目は1982年(昭和57年)・1983年の中村又五郎版(誰これ?)で全2話。3回目は1998年(平成10年)からの藤田まこと版でスペシャル版を含めての全53話。そして4回目が今日観た2012年(平成24年)からの北大路欣也版全4話だ。

さすがに池波正太郎の書いたものだということか。見ていておもしろいし、北大路欣也もいい。これまで製作・放送されていたのは本当なのだろうか。1回も見ていなかったことは確かなので、不思議だった。テレビドラマという奴を観ないようになってからどれだけ経つのだろうか。最近のテレビドラマは劇場版が作られることがあり、その時にあらためてその物語を知るというケースが何度かある。

剣豪の主人公がとぼけた面白みを出していて、藤田まこと版が数多く作られた訳がちょっと分かった。はまり役のひとつだったことが想像出来る。北大路欣也版は毎年1本製作されているようなので、今年の1本と含めてあと3本は再放送されるだろうから、ちょっと楽しみである。

『デイ・アフター・トゥモロー』(The Day After Tomorrow)

2004年・アメリカ 監督/ローランド・エメリッヒ

出演/デニス・クエイド/ジェイク・ジレンホール/エミー・ロッサム/イアン・ホルム/セーラ・ウォード

最新のVFXによって作られた竜巻や津波などのリアルな映像が話題を呼び、決して豪華とは言えないキャスティングにも関わらず興行収入が北アメリカでは1億8600万ドル、日本では3週連続1位、52億円、全世界では5億4400万ドルに達し、メガヒットとなった。(Wikipediaより)

CG技術は日々進化しているから、11年も経ってしまえばもう古い技術になってしまうのかもしれない。そんなことを感じさせないなかなかの特殊技術の連続だ。今では逆に進歩した分だけ経済的なことばかりに目が行って、そこまでお金を掛けられない映画が増えてしまったような気がする。

途中で、「あっ!この映画みたことある」と感じたが、それなりにおもしろく見られた。日本映画ではこういうパニック映画の映像を作ると、どうしてもちんけで嘘くさい絵になってしまう。技術の問題ではなく、お金のかけ方が一番なのだと思う。それと子供騙しのような設定のお粗末なものになってしまうのは、日本人のDNAとして諦めなければならないのかもしれない。

『THE 有頂天ホテル』

2006年(平成18年)・日本 監督/三谷幸喜

出演/役所広司/松たか子/香取慎吾/佐藤浩市/篠原涼子/戸田恵子/生瀬勝久/原田美枝子/唐沢寿明/津川雅彦/伊東四朗/西田敏行

どうせおちゃらけていて、たいした映画ではないだろうと思いながら観始まった。期待を裏切らないおちゃらけた映画だった。生瀬勝久と唐沢寿明、このふたりが特に酷かった。登場しただけで、下手くそな演技が鼻をついて、いや~三谷映画を代表する役者だな~と。

それにしても相変わらず酷い映画だ。セリフや面白可笑しく見せようとする動作が全くうざい。こんな笑いを見て観客は本当に笑っているのだろうか。2時間16分の本編なのに、録画したのはなんと3時間12分だった。コマーシャルやその他のお知らせがあったとしても、こんなものをリアルタイムで見ている人が何パーセントいるのだろうか。

時々おちゃらけたことをやめて真面目なセリフと人生訓を見せようとする手の内が、それこそ小賢しくてチャンチャラおかしい。三谷幸喜は日本人の笑いのレベルを低いものと見ているとしか考えられない。あなたが思うより日本人のレベルは高いよ。もっとエスプリを効かせた話を書かないと、日本人の文化程度を疑われるよ。韓国人や中国人じゃあるまいし。

『青春群像』(I Vitelloni)

1953年・イタリア/フランス 監督/フェデリコ・フェリーニ

出演/フランコ・インテルレンジ/アルベルト・ソルディ/フランコ・ファブリーツィ/レオポルド・トリエステ

青春群像というから17、18才くらいの青春を描いているのかと思ったら、なんと映画の中でその年齢が語られると30才だというから、ちょっと戸惑う。1953年頃は30才はまだ青春というのだろうか。それともイタリアのみのことなのだろうか。もっとも原題の意味は「雄牛」ということらしく、イタリア男の特徴である女ばかりを追っかけ回している姿からつけられた題名で、映画の中身もそこが中心であった。

その時代のイタリアでは30才になっても職業を持たず、毎日遊んでばかり、ネクタイをしながら遊びほうらけていた集団があったようだ。映画はそんなどうしようもない5人の仲間の物語。そのうちの一人が仲間の妹を孕ませてしまって、親からこっぴどく怒られ、結婚しろと説得された。結婚はしたものの女癖は直らず、それがもとで嫁が逃げ出す事件が発生する。ここでさらにおもしろいのが、息子の不始末を見て親がベルトをズボンから抜いてそれで息子を鞭打ちの刑にしてしまうというくだり。親の威厳はこの時代の世界共通のことなのかも知れない。

とりとめのない話に終始するが、現代から見ればこの時代の生活の一端が見えて大変興味が湧く。著名なフェデリコ・フェリーニ監督だが、、『白い酋長』(1952年)で商業的に失敗した評判をこの映画で回復したという。舞台はイタリアのアドリア海沿岸の地方都市。

『るろうに剣心 京都大火編』

2014年(平成26年)・日本 監督/大友啓史

出演/佐藤健/武井咲/伊勢谷友介/蒼井優/神木隆之介/土屋太鳳/小澤征悦/福山雅治/江口洋介/藤原竜也

1週間前に1作目を観て、なかなかやるじゃん、と感想を書いた。特にチャンバラシーンが斬新で、漫画ではなく映画としてなかなkいいと思えた。ということで、第2作目には多少の期待をもって観ることとなった。が、予想に反して、どんどん漫画チックになっていく映画に失望した。

話が前作より映画っぽくなく、筋書きもありきたりの漫画ストーリーになってしまった。ひと味もふた味も違うな、と思わせてくれた1作目とは雲泥の差、というか1作目と何も変わらない空気がイマイチ。武井咲は1作目からダサくて、似合わない着物姿が哀しい。藤原竜也のパターン化された演技も気になる。

結局、一騎打ちや集団のチャンバラシーンを一生懸命描いてくれても、それはストーリーの中の一シーンに過ぎないのに、そのあたりがメインになってしまっては、おもしろくないという感想しか書けない。このままでは、第三作目も期待薄という感じ。いつまでも新鮮でいられることの難しさを痛感する。気持ちが毎時間先走りしていなければ、人々に感動を分けるのは難しい。

『海洋天堂』(Ocean Heaven)

2010年・香港・中国 監督/シュエ・シャオルー

出演/ジェット・リー/ウェン・ジャン/グイ・ルンメイ/ジュー・ユアンユアン

47歳の水族館職員・ワン・シンチョン(王心誠)は、自閉症と重度の知的障害を持つ21歳の息子・ターフー(大福)を男手ひとつで育ててきた。ある日、シンチョンは自分が癌に侵され余命わずかであることを知る。自分の死後のターフーの生活を案じたシンチョンは、ターフーを連れて海で心中を試みるが、泳ぎの得意なターフーに助けられてしまう。命をとりとめ考えを改めたシンチョンは、ターフーを預かってくれる施設探しに奔走し、残されたわずかな時間で服の脱ぎ方やバスの乗り方といった生活の術をひとつひとつ彼に教え始める。そんな親子の姿を、隣人のチャイ(柴)や水族館の館長ら周囲の人々は温かく見守り支えるのだった。そして、ついに最期の時が近づいてきた…。(Wikipediaより)

中国映画と言うだけでこの頃は観るのをためらう。出だしはなかなか好調で、このまま映画らしく物語が発展・展開していけば、結構おもしろそうだと期待した。が、話の展開が著しく緩慢で、もうこの話はいいよ、といった感じになってしまった。自閉症の子供が登場しているからと言って、映画が優れているわけではない。

自分が逝ってしまった後のことを憂う事柄があるというのは、もしかすると仕合わせなことなのかも知れない。残った人はそれこそ自分で人生を切り拓かなければいけないのだから、生きているうちに心配してもらうだけで充分だと言える。そうやって、人生は繰り返されていく。

『ブラック・ライダー』(BUCK AND THE PREACHER)

1971年・アメリカ 監督/シドニー・ポワチエ

出演/シドニー・ポワチエ/ハリー・ベラフォンテ/ニタ・タルボット/ルビー・ディー/デニー・ミラー/ジョン・ケリー

題名からバイクの暴走族のようなものかなと思ったら、なんと西部劇だった。しかも主人公は黒人の水先案内人、自由になった黒人集団を新天地に連れて行くという設定だ。ところが邪悪な白人どもが、黒人の労働力が無くなるのを恐れて、彼等を襲ったり殺したり、という事件が勃発した。

原題は主人公の名前と宣教師。邦題は主人公の黒人が馬に乗っている、というシーンからつけたのだろうか。同じブラック・ライダーが1986年ヘラルド配給で検索に引っ掛かった。現役でヘラルドにいたはずなのに、まったく記憶に無い映画。不思議なくらい覚えていない。

南北戦争後に奴隷開放宣言にて開放され、そして40エイカーとラバが与えられる筈だった黒人達が時代背景。ハリー・ベラフォンテの歌は昔から聴いていたが、顔が一致しない。偽物っぽい宣教師役が似合わないような感じなのだが、コメディタッチの映画なのでいいのかも知れない。

『パニック・ルーム』(Panic Room)

2002年・アメリカ 監督/デヴィッド・フィンチャー

出演/ジョディ・フォスター/フォレスト・ウィテカー/ドワイト・ヨアカム/ジャレッド・レト/クリステン・スチュワート

題名通りのサスペンス映画で、今どき何が起こってもそうは驚かなくなってしまった観客には、ある意味もの足らない。それなりにはらはらどきどきさせることは間違いないが、ただそれだけを狙った内容では、心が動かず、怖さも1/10程度になってしまう。

ジョディ・フォスターは役者として評価が高いと思われるが、私の知る限りではちょっと品格が少し問題。昔お気に入りだった「アクターズ・スタジオ」というアメリカの俳優インタビュー番組に出た時の彼女がちょっと意外だった。喋る時に「チッ!」といった舌打ちをするような動作を繰り返していたからだ。それだけで問題ありというのも短絡だが、どうにもその時に人間の品格という問題を自分に提起されたような気がした。

パニック・ルームというのは緊急避難室ということらしい。映画の中ではそこに入ってしまえば決して誰も進入できないし、家中の至るところにモニターカメラが設置してありその映像をパニック・ルームの中で見ることが出来るシステムになっていた。そんな場所で起こるサスペンス映画は、なんか言いようのない出來過ぎた感を恨むばかり。

『宇宙兄弟』

2012年(平成24年)・日本 監督/森義隆

出演/小栗旬/岡田将生/麻生久美子/濱田岳/新井浩文/井上芳雄/塩見三省/堤真一/益岡徹/森下愛子

漫画雑誌『モーニング』にて2008年1号から連載中だなんてことは勿論知らない。映画としての題名すら記憶にない。最近のテレビ番組は映画の宣伝か番宣ばかりなので、各局同じ俳優グループが持ち回りでテレビ番組に出ている。うざい。映画会社の連中も、これが宣伝だと出演番組をリストアップしているのだろう。愚かな宣伝手法の典型例だ。

宇宙旅行や宇宙飛行士などにはまったく興味がない。何故なら、自分には現実感が全然ないことが分かっていることに、気持ちが向く訳がない。夢みる人達は、空を見上げて大きな夢を馳せるのだろうか。現実のひとつひとつですら夢のような生活をしている人間にとって、手の届かない事柄に興味がないのは当たり前だと。

この映画が当たって評判がいいと聞くと、自分の映画を見る目のなさが浮き彫りになる。どこがおもしろくて、この映画を支持するのだろうか。極端に悪いというわけでもないが、取り立てておもしろいと声高に言うことは不可能だ。

『新・平家物語 デジタル・リマスター版』

1955年(昭和30年)・日本 監督/溝口健二

出演/市川雷蔵/久我美子/木暮実千代/大矢市次郎/進藤英太郎/林成年/千田是也/柳永二郎

吉川英治原作の同名歴史小説を、3部作で映画化した大河シリーズの第1作だというが、平家物語というタイトルは私のような偽物には縁遠い物語。そもそもの話が全く分かっていないお陰で、新鮮な物語として結構おもしろく観ることが出来た。

平安時代末期に貴族との激しい抗争の中で台頭してきた武士階級の御曹司・平清盛が、自らの出生の秘密に悩みながら成長していく姿が描かれているらしい。あらためて平家物語などをネット検索してみようと思わないところが自分らしい。浅薄な知識やうわっぺらをなぞって得意顔をすることを好まない。

ここのところ市川雷蔵主演映画に巡り合う。やっぱりきりりとしていて素晴らしい。役者は真似をすることが出来ないから、せいぜいその爪のあかを飲まないまでも、触って欲しいものだ、現代の役者に。デジタル・リマスター版は、2006年(平成18年)12月22日に溝口健二監督没後50年を記念したDVD-BOXに収録された。

『チャンス』(Being There)

1979年・アメリカ 監督/ハル・アシュビー

出演/ピーター・セラーズ/シャーリー・マクレーン/メルヴィン・ダグラス/ジャック・ウォーデン

リアルタイムで観たかった映画。題名を覚えていて、ドタ勘で観たいなぁ~と当時感じた希な映画の1本。そんなことを思いだした。題名を見て、映画を観始まってから思い出すとは。遅かったけれど、生きているうちに出逢えて良かった。こういう映画だとは、内容もまったく分かっていなかったが。

ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を下敷きにしたジャージ・コジンスキー原作・脚色のコメディー映画。と解説にあるが、知識がない。ツァラトゥストラはかく語りき、と言われてもタイトルだけ知っているが中身に関しては何のことだか分からない。映画の内容からは、含蓄のあるストーリーだと伝わってくる、ことだけは感じる。

31才か~! その時に観ていれば自分の人生もちょっと違っていたかも知れない。そう思える。余計なお喋りよりも、寡黙な方が神秘的でいいらしい、人間は。ベラベラと喋ってばかりで、本物になれなかった人間としては、なるほど、そうか~、喋らない方が良かったのか~、と反省しきりの今日である。

『るろうに剣心』

2012年(平成24年)・日本 監督/大友啓史

出演/佐藤健/武井咲/吉川晃司/蒼井優/青木崇高/綾野剛/須藤元気/田中偉登/奥田瑛二/江口洋介/香川照之

原作漫画のタイトルはだいぶ前から知ってはいた。外国人のインタビューの中に、好きな漫画のタイトルとしてこの漫画が良く出てきている。どこが好きなのかを聞きたいが、チャンバラと言うことが大きな要素なのだろうか。実写映画の宣伝でその映像を見た時に、なかなかやるじゃんという雰囲気は伝わっていて、ようやくその映画を観ることが出来た。

漫画原作『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』にあるように江戸末期の人斬りが明治に入ってからの物語のようで意外だった。単なる武士活躍時代のチャンバラ物語ではないところに、その特異性があるような気がする。外国人には江戸時代から明治時代にわたる背景はたぶん理解できていないだろうが。

今週から3週にわたり3本の映画放映があるという。日本テレビは大騒ぎだ。主演の佐藤健はテレビドラマ『天皇の料理番』で初めて知ったが、すでにこの映画などでも有名だったらしい。最近の若者の中では好ましい顔立ちだと感じる。香川照之がますますうざい存在になってきた。若い頃は誉めたこともあったのに、慢心という負の要素が大きくなっている。チャンバラシーンは斬新で、往年のチャンバラ映画監督達もおそらく誉めてくれるのではなかろうか。

『若親分』

1965年(昭和40年)・日本 監督/池広一夫

出演/市川雷蔵/朝丘雪路/藤村志保/三波春夫/山下洵一郎/成田三樹夫/佐藤慶/山田吾一

市川雷蔵は生後6か月のときに三代目市川九團次の養子となり、15歳のとき市川莚蔵を名乗って歌舞伎役者として初舞台を踏む。1951年(昭和26年)に三代目市川壽海の養子となり八代目市川雷蔵を襲名。1954年(昭和29年)に映画俳優に転身。1959年(昭和34年)の映画『炎上』での演技が評価され、キネマ旬報主演男優賞受賞、ブルーリボン賞主演男優賞などを受賞。1960年代には勝新太郎とともに大映の二枚看板(カツライス)として活躍した。ファンから「雷(らい)さま」と親しまれた。1968年(昭和43年)6月に直腸癌を患っていることがわかり、手術を受けるが肝臓に転移、翌年7月17日に死去した。

映画俳優に転身した動機について雷蔵自身は日和見的・試験的に映画に出てみようと思ったと述べている。雷蔵は以前から自分に対する処遇に強い不満を感じていたところ、1954年に大阪歌舞伎座で催された六月大歌舞伎『高野聖』において、台詞がひとつもない白痴の役が割り当てられたことに憤激し、梨園と縁を切ることを決意、かねてから雷蔵を時代劇のスターとして売り出そうとしていた大映の誘いに応じ、映画俳優に転身したという。なお映画俳優転身後に雷蔵がつとめた歌舞伎は1964年1月、前年に落成したばかりの日生劇場で上演された武智鉄二演出『勧進帳』の富樫左衛門のみである。雷蔵はこの時「歌舞伎は年を取ってからでないとだめだが、映画は年を取ったらだめ。若い間、映画で稼いで、年を取ったら歌舞伎をやろうと思っているんです」と語っている。映画俳優になることを決めた後、雷蔵は映画館に足繁く通って東映の時代劇スター中村錦之助の演技を研究した。(Wikipediaより)

こんなくだりは知らなかった。人情に厚いインテリヤクザの若親分。魅力がありますねぇ~。高倉健とはまた違った、演じる市川雷蔵にも凄い魅力があった。

『思い出のマーニー』(When Marnie Was There)

2014年(平成26年)・日本 監督/米林宏昌

出演(声)/高月彩良/有村架純/松嶋奈々子/寺島進/根岸季衣/森山良子/吉行和子/黒木瞳

スタジオジブリ作品ということで、録画した後もなかなか観る気になれなかった。ようやく観始まっても、やっぱり貧祖な画面はいただけない。慣れてくれば多少は気にならなくなるが、ディズニーが最高だと思っている人間には、どうしても陳腐な画面だという思いが強い。せめてテレビだけにとどめて欲しいというのが正直な気持ち。映画には向かないと。

原作は、イギリスの作家、ジョーン・G・ロビンソンによる児童文学作品だという。初版は1967年だというから、だいぶ新しい物語だった。話そのものはなかなか興味が湧く。悪くはない。実写だったら、もっと幻想的な、摩訶不思議な魅力をもった映画が出来るかも知れない。

声の出演の名前を見て驚いた。これだけの有名な芸能人なのに、名前を見るまではまったく気がつかなかった。声の出演はそれでいいのだ。ちょっと癖のある俳優が声の出演をやると、どうしてもその役者の顔が浮かんでしまって、どうにもならない。その点、この映画ではそんな感じはなかったので、良かったのでは。もしかすると、こちらの老人性が、声を区別できなくなってしまったのかも。

『リターナー』(Returner)

2002年(平成14年)・日本 監督/山崎貴

出演/金城武/鈴木杏/岸谷五朗/樹木希林

SFらしいと分かって、ちょっと嬉しい心が生じた。2084年地球は「ダグラ」と呼ばれる宇宙人に侵略され、残った人類はチベットの山の上で最後の防御をしている。設定が甘いのは仕方がないのだろうが、一貫性のない設定が気になってしまった。

こんな話は、82年後ではなく500年くらいの単位でないと、イマイチ。時々見せる機械的なSFシーンは、なかなか悪くないのだが、それが点のような存在で一貫性に欠けるのは同じ欠点。映画として継続的に見続けなければいけない観客は、不安定な心根をもって対処しなければならない。

昔はSF的映画がたくさんあったけれど、近頃近未来や未来を描いてみせる映画が極めて少なくなってしまった。残念だけど仕方がないのか。この映画だって、宇宙人はE.T.に出てくる宇宙人そっくりだし、弾丸を避けるシーンはマトリックスそっくり。わざわざそんな風に作った雰囲気はあるけれど、ちょっと興醒めの感じは否めない。

『ジェロニモ』(Geronimo: An American Legend)

1993年・アメリカ 監督/ウォルター・ヒル

出演/ウェス・ステュディ/ジェイソン・パトリック/ジーン・ハックマン/ロバート・デュヴァル/マット・デイモン

我々世代にとってアパッチもジェロニモも有名な名前。インディアンとしての誇りに生きたジェロニモの伝説が描かれている。チャンバラ映画を観る時に、日本人なら説明しなくても分かる時代の背景や武士のたしなみのようなものが、アメリカにおいてもインディアンの存在感のDNAがあるに違いない。

騎兵隊とインディアンの戦闘がほどほどに描かれている。このあたりは何度も目にした光景で新鮮味はない。騎兵隊がジェロニモを降伏させて嘘をついている。そういうことを恥ずかしいと嘆く若き将校が語り部となって、ジェロニモの真実を後世に伝えようとしている。

為政者の嘘を昔の時代に置き換えようとしているのか。映画としての魅力には欠けるが、インディアン、アパッチ、ジェロニモに興味が湧く。

『恍惚の人』

1973年(昭和48年)・日本 監督/豊田四郎

出演/森繁久彌/田村高廣/高峰秀子/市川泉/小野松江/中村伸郎/伊藤高/篠ひろ子/乙羽信子/浦辺粂子

こんなに古い映画だとは。当然のことながら、リアルタイムでは観ていない。観たいとも思わなかった。なんか避けて通りたいと思っていた節がある。介護する側から介護される側へと立場が逆転しても、まだ触れたくない事柄だと思っていた、いる。観るのにも勇気がいった。何故か。

1972年に新潮社から「純文学書き下ろし特別作品」として出版されたという。たびたび舞台化もされている。1990年には日本テレビ(大滝秀治、竹下景子)で、1999年にはテレビ東京(小林亜星、田中裕子)で、2006年には日本テレビ(三國連太郎、竹下景子)で、テレビドラマが放映された。

この映画の作られた時代からすると、認知症に対する一般的な知識や理解はだいぶ変化したと感じる。解決策もこの時代から比べれば雲泥の差があるかもしれない。しかし、日本の人口の1/4が65才以上になった現実は、これからの日本社会の最大の問題として国全体に重くのしかかっている。

『妖怪大戦争』

2005年(平成17年)・日本 監督/三池崇史

出演/神木隆之介/宮迫博之/南果歩/成海璃子/栗山千明/豊川悦司/津田寛治/柄本明/菅原文太/近藤正臣/阿部サダヲ

1968年に公開された大映の同名作品『妖怪大戦争』のリメイク作品である。登場する妖怪の一部は旧作に準じており、特に旧作で主役級の役割を果たした河童は今作品でも同様に扱われているが、時代設定・登場人物・筋立て等は旧作とは全く異なっている。水木しげる、京極夏彦、荒俣宏、宮部みゆきが「プロデュースチーム『怪』」として製作に参加している。荒俣の代表作『帝都物語』の登場人物加藤保憲が登場するほか、水木の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』に言及する台詞も存在する。主題歌は井上陽水と、同映画で妖怪ぬらりひょんとしても出演している忌野清志郎。サントラCDと主題歌&挿入歌のCDは同年7月27日に発売。テレビでの地上波初放映は2006年8月11日であるが、物語の重要なキーワードである「真っ白な嘘」及びそれに絡む多くの部分、そして「本当の結末」が電波に乗らなかった他、妖怪件(くだん)や一つ目小僧の登場場面をはじめ多くのシーンやカットが削除されており、劇場公開時とはかなり異なった内容となった。

角川グループ60周年を記念して製作された。2002年11月、作家の宮部みゆきと雑誌『怪』編集部の、68年の『妖怪大戦争』に関する雑談がきっかけになり、同じ頃設立された(株)角川大映映画の企画として取り上げられた。2004年7月13日にロケ地である鳥取でクランクイン、9月1日に調布市の角川大映スタジオで製作記者発表が行なわれた。11月21日には火災によりセットの一部が焼失する事件があったが、2005年1月16日にクランクアップ(撮影終了)となり、8月6日に全国松竹・東急系劇場にて公開に至った。角川大映映画の処女作として13億円の制作費をかけ、スタジオ内に森・沼・吊り橋などの大規模なセットを設け、コンピューターグラフィックも用いているが、全面的に頼る事はせず、手作業やアナログの映像にもこだわりを見せている。妖怪は3000人ものエキストラを動員して撮影した。著名な芸能人が妖怪役を務めたことも話題となった(Wikipediaより)。

おもしろくないですねぇ~。1968年当時のものも見ていないし、存在そのものを知らない。子供騙しの典型のような物語は、まったく私の生きる世界とは違い過ぎる。こういう話をおもしろいと思う人の解説を聞いてみたい。いつも同じことを言う。子供騙しの駄菓子もほとんど食べていない。本物になりたくてなれなかった人間の成れの果てが今だ。せめて子供の頃に子供騙しに心を傾けていたら、今とは別の世界があったかもしれない。ふたつの違う道を生きられない人間の性が恨めしい。

『ケンとメリー 雨あがりの夜空に』

2013年(平成25年)・日本 監督/深作健太

出演/竹中直人/フー・ビン/北乃きい

開いた口が塞がらない、というのはこういう映画を指す言葉だ。当然の如く速回しにしてしまったので、そのおもしろくなさを伝えるのも困難。RCサクセションの名曲「雨あがりの夜空に」に乗せて贈るロードムービーと解説は言うが、忌野清志郎も草葉の陰で泣いているに違いない。

映画の内容にかこつけて書いている事柄も、今回は絶句。酷過ぎてこれ以上何も書きたくない。

『ヒット・パレード』(A SONG IS BORN)

1948年・アメリカ 監督/ハワード・ホークス

出演/ダニー・ケイ/ヴァージニア・メイヨ/ルイ・アームストロング/ベニー・グッドマン/トミー・ドーシー/ライオネル・ハンプトン

「教授と美女」のリメイク。ゲイリー・クーパーの役柄を音楽学者に変えてダニー・ケイが演じている。前作の珍しい言葉がここでは珍しい音楽(ジャズ)となり、当時の大御所ミュージシャンを一堂に集めていることも魅力の映画である。リメイクにあたり、脚本が完成するまでに8人ものライターが関わったとされているが、クレジットには1人の名前も現れない。(映画.comより)

高校時代くらいから聴き始まったジャズやスイング、片やビートルズにもうつつを抜かし、ようやく自分の音楽人生が始まった。そんなことを思い出させる出演者達。この映画が出来てから十数年後にも、もっと大御所になって音楽世界で活躍していた。今見ると、当時は写真でしか見たことのない演奏者達の姿が懐かしく感じた。

映画は軽い軽いコメディだが、この時代の笑いはしつこくない。押しつけてこない雰囲気が好きだ。嫌なら見るのをやめて寝たら、てな感じの軽さが心地良い。ギャングの情婦で色っぽい歌手が言う、「うぶな純情男が私に夢中で・・・」、いつの時代にも思わせぶりで男を手玉にとって嬉々としているゲスな女がいるもんだ。

『マンマ・ミーア!』(Mamma Mia!)

2008年・イギリス/アメリカ 監督/フィリダ・ロイド

出演/メリル・ストリープ/ピアース・ブロスナン/コリン・ファース/ステラン・スカルスガルド/アマンダ・サイフリッド

ミュージカル『マンマ・ミーア!』を映画化。劇中の曲は全て、世界的に有名なスウェーデン出身のポップ音楽グループABBAの曲をベースにしている。あぁそうか!これがABBAの曲のミュージカルか、と。ミュージカルは不得意分野だが、この物語がどんなものなのかに興味がありながらも内容を全く知らなかった。

評判のよいミュージカルと聞いていたが、もっと感動的な話かと思っていたら、なんのことはない出だしからコメディ、終始一貫したお笑いのストーリーだった。ミュージカルとしては曲がイマイチ。軽いことだけが取り柄のような曲は、ひたすらにミュージカルの雰囲気を盛り上げているだけのような。

ミュージカルでなかったら、これほど人気が出たとは思えない物語。軽いコメディにこれだけの役者を揃えても、映画としては三流に成り下がっていたろう。そういう意味では、ミュージカルという冠は、人間の錯覚をもたらすのに有効なのかも知れない。

『マザーウォーター』

2010年(平成22年)・日本 監督/松本佳奈

出演/小林聡美/小泉今日子/加瀬亮/市川実日子/永山絢斗/光石研/もたいまさこ

京都を舞台に、ウィスキー・バーを構えるセツコ、コーヒー店を営むタカコ、豆腐を売るハツミら男女7人の日々を描いた作品。『かもめ食堂』『めがね』『プール』『すいか』の流れをくむ映画に見える。『かもめ食堂』は抜群のおもしろさだったが。

小泉今日子が歳を経るほどにいい女になっている。この映画では今までとはまたひと味違う女を演じている。一番光っているような。

映画そのものは、ちょっとかったるい。製作スタッフに知った名前を見つけたが、ちょっと自信過剰な製作態度に映る。この役者で、こんなストーリーで、こういう映画を撮ったけれど、さぁどうだ、と言わんばかりのシーンの連続で、少し苛立ってきてしまった。そんな中、小泉今日子が気を穏やかにしてくれたような。

『モホークの太鼓』(Drums Along the Mohawk)

1939年・アメリカ 監督/ジョン・フォード

出演/ヘンリー・フォンダ/クローデット・コルベール/エドナ・メイ・オリバー/ジョン・キャラダイン

古い映画だ。私の誕生よりも9年前の映画。ジョン・フォード映画では初のカラー映画だという。西部劇というよりは、その前の時代、時は1776年アメリカ独立宣言の余波がまだおさまらない時代での話。映画では、マッチは発明されてないが、置き時計はあった。

逞しく開拓することが人生だったアメリカ人の様子がよく分かる。イギリス軍との戦いがあるが、戦闘シーンを一切映すことなく、その模様を想像させる。なるほど、普通の映画では戦争をテーマにすればくどくそのシーンを撮影するのが当たり前。そんな映画とは一線を画すかのように見事な描写というほかない。

映画の終わりは、ジョージ・ワシントンが、ヨーク・タウンで英軍を降参させたという報がもたらされたというくだり。夫婦に子供が誕生することが、これほどの喜びかと感じさせるこの時代。子は宝というのは社会の規範になっていることが、ひしひしと。

『黒い罠』(Touch of Evil)

1958年・アメリカ 監督/オーソン・ウェルズ

出演/チャールトン・ヘストン/ジャネット・リー/オーソン・ウェルズ/マレーネ・ディートリッヒ

映画の撮影と編集を一通り完了したウェルズは、そのフィルムをユニヴァーサル・ピクチャーズに託し次の映画製作の資金集めのためにメキシコに旅立った。しかしスタジオの役員たちは物語のプロットが難解すぎるとしてそのままでの公開に難色を示し、ウェルズに無断で映画の脚本変更と追加撮影、そして再編集を行った。このとき製作された109分のバージョンは、後に「試写会版」と呼ばれるものである。メキシコから帰ってきたウェルズはスタジオの独断専行に激怒し、彼らに自分の意見を述べた58ページにもおよぶメモを提出した。しかしスタジオは結局ウェルズの嘆願を殆ど無視、それどころかロサンゼルスで行われた先行上映会での不評(映画を俗悪だと感じた女性客が、映画会社の取締役をハンドバッグで殴りつけたという[2])を受けて更に映画を96分まで短縮した。これが最終的に一般公開されたバージョン、つまり「劇場公開版」である。

この劇場公開版は1958年5月21日に二本立て興行の添え物として公開されたが、映画会社の目論見とは裏腹に興行的には惨敗を喫した。作品に対するアメリカ国内の批評家たちからの評価も芳しくないものだった。ただし同年のブリュッセル万国博覧会で上映されたときは審査員のジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーたちから絶賛され、万博の最高賞を与えられたという。1960年代に入り若い世代の映画製作者たちを中心に再評価の機運が高まり、現在ではカルト映画として認識されている。

自分の作品に勝手に手を加えられたウェルズはハリウッドのスタジオ・システムに失望、また興行的に失敗した彼を援助しようとする映画会社も現れなかった。結果的にウェルズにとって本作品がアメリカにおける最後の監督作品となった。これ以降ウェルズはヨーロッパに拠点を移し、そちらを中心に活躍することになる。
1992年に映画評論家のロバート・ローゼンバウムが、ウェルズのメモの断片をフィルム・クォータリー誌で公開した。それに触発されたフィルム修復の第一人者リック・シュミドリンは、『黒い罠』の権利を保有しているユニヴァーサル・ピクチャーズと交渉し映画の修復を行う許可を得、映画の再編集を行った。ウェルズ本人は1985年に既に他界していたので厳密に言うとディレクターズ・カットではないが、彼の残したメモに忠実に再構成された上映時間111分の「修復版」は好評を博し、作品の評価を不動のものにした。(Wikipediaより)

『緑色の髪の少年』(The Boy With Green Hair)

1948年・アメリカ 監督/ジョセフ・ロージー

出演/パット・オブライエン/ロバート・ライアン/バーバラ・ヘイル/ディーン・ストックウェル/リチャード・ライオン

マッカーシズムとは、1953年より上院政府活動委員会常設調査小委員会の委員長を務め、下院の下院非米活動委員会とともに率先して「赤狩り」を進めた共和党右派のジョセフ・マッカーシー上院議員の名を取って名づけられた。ハリウッドを中心とする娯楽産業で活躍していた映画監督、脚本家や映画俳優などの芸能人の中で人生のある時期に共産党と関連があったとして列挙された。そのうち召還や証言を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた主要な10人をハリウッド・テン (Hollywood Ten) と呼ばれたという歴史がある。

ハリウッド・ブラックリストの始まりは1930年代に遡る。この時期、共産主義はアメリカの理想主義の若者の間で人気のある思想であった。ハリウッド・テンは馘首もしくは停職処分となり、彼らが無罪と見なされるか、嫌疑が晴らされ、また彼らが共産主義者ではないと自身で誓わない限り再雇用されることはないというものであった。この声明により、ハリウッド・テンと呼ばれる10人は以後、かなりの長期間アメリカの映画・テレビ業界で働くことができなくなってしまった。

この映画の監督ジョセフ・ロージーもハリウッド10の次にランクされるブラックリストに名前が載っていた。アメリカに嫌気がさした彼は、1953年にイギリスに亡命し、以後イギリス、あるいはフランス等で作品を作り続け、以降アメリカには帰っていない。突然髪の毛が緑色になってしまった少年。飲んでいる牛乳が原因ではないかと牛乳店の商売にまで影響する。伝染病ではないかと町で噂される。学校では当然の如くのいじめがある。学校の先生が一計を案じた。クラスの子供たちに尋ねる、「髪の毛が黒い人は? 髪の毛が茶色の人は? 髪の毛が金色の人は? 髪の毛が緑の人は? 髪の毛が赤い人は? 手を挙げてください。」、と。その場はおさまるが、根本的な理解にはほど遠いようだ。あのアメリカでさえ緑色の髪の少年は不思議がられる。普通の人間じゃないと言われる。民主主義にはいろいろな意見があるのだ、ということを比喩した内容だとテレビの解説は言うけれど、この時代だからこそなのか、至極分かり易すぎて、喩えにもならないような表現が赤狩りの対象になっていたことに、驚いてしまう。時代は確実に変化してきた。

『許されざる者』

2013年(平成25年)・日本 監督/李相日

出演/渡辺謙/柄本明/柳楽優弥/忽那汐里/小池栄子/近藤芳正/國村隼/滝藤賢一/小澤征悦/三浦貴大/佐藤浩市

残念ながらおもしろくない。1992年に公開されたクリント・イーストウッド監督・主演『許されざる者』(Unforgiven)のリメイク、アカデミー賞作品賞受賞作が日本映画としてリメイクされるのは、今回が初めてであるという。

渡辺謙の演技がどうにも重い。重厚であるという意味ではなく、重い。どう考えてもいい意味ではない。こんな大スターを貶していいのだろうかと思うが、どうにもならない。柄本明がまた、うざい。肝心要のセリフが聞き取れない。

クリント・イーストウッドの映画は分かり易くて、エンターテインメントに富んでいるが、この映画は重厚なれど内容薄し。映画の一番いいところがなくなって、漬け物の重しがどーんと頭から押し被さっているような雰囲気だ。もう少し、娯楽であることを肝に銘じて欲しい。

『愛さえあれば』(Den skaldede frisor)

2012年・デンマーク 監督/スサンネ・ビア

出演/ピアース・ブロスナン/トリーヌ・ディルホム/キム・ボドゥニア/パプリカ・スティーン

ピアース・ブロスナンがデンマークに住む会社経営者役で主演している。5代目ジェームス・ボンド、『007 ゴールデンアイ』(007 GoldenEye・1995年)、『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(Tomorrow Never Dies・1997年)、『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』(The World Is Not Enough・1999年)、『007 ダイ・アナザー・デイ』(Die Another Day・2002年)。

またネクラのデンマーク映画かなぁ、と先入観があった。さすがにジェームズ・ボンドを迎えて作った映画のお陰で、暗さは払拭された。内容は結構深刻なコメディといったところか。片や息子の、片や娘の結婚式をイタリアであげるのだが、そこに集まってくる親族、そもそもの家族にも拭いがたい人生の闇がある。明るい地中海の陽を浴びて眩しいばかりの景色が好対照。結婚式は思わぬ方向へと転換していく。

どうせ別れるなら憎しんで離れた方が未練がない。好きだけど別れているなんて耐えられない。そんなことを・・・・。どこに心の安らぎがあるのだろうか、誰が心を癒やしてくれるのだろうか、なんてロマンチックな気分はもうどこにも見当たらない人生の最期。

『戦争のはらわた』(Cross of Iron)

1977年・イギリス/西ドイツ 監督/サム・ペキンパー

出演/ジェームズ・コバーン/マクシミリアン・シェル/ジェームズ・メイソン/センタ・バーガー

戦争映画であるが、ジェームズ・コバーンがドイツ兵なのに英語を喋っているから違和感ありあり。どことどこが戦っているのか分からないで見ていると、戦闘シーンばっかりでいつの間にか寝てしまった。2時間13分は長過ぎる。いつものことだが、最近は寝ていなかったのになあ。以下Wikipediaから引用する。

原題はドイツ軍の鉄十字勲章のことである。ペキンパー作品の特徴であるバイオレンス描写とスローモーション撮影は、観客はおろか映画制作者にも衝撃を与えた。日本公開時のキャッチコピーは「戦争は最高のバイオレンスだ」。また、視点がドイツ軍側になっていることも、それまでの連合軍側視点中心の戦争映画と一線を画する。

オープニングの、実写フィルムを利用したヒトラーユーゲントの登山シーンは、バックに流れる童謡 「Hanschen Klein(幼いハンス)」(日本では野村秋足作詞の唱歌「蝶々」として知られる) とともに、劇中の戦闘シーンと鮮烈な対比を見せている。好評だった本作品の続編としてヴォルフ・C・ハルトヴィッヒが『戦場の黄金律 戦争のはらわたII』を1978年に制作、公開したが、監督、俳優、ともに今作との関連はなく批評家の評価も低かった。

『ロビンとマリアン』(Robin and Marian)

1976年・アメリカ/イギリス 監督/リチャード・レスター

出演/ショーン・コネリー/オードリー・ヘプバーン/ロバート・ショウ/ニコール・ウィリアムソン

ロビン・フッドとその恋人マリアンの「その後」を描いている。ストーリーの原案は子供向けバラッド『ロビン・フッドの死』でイギリスや英語圏では非常に良く知られた内容である。当初、タイトルも同じであったが、コロンビア映画がマーケティングを考慮して死という不吉な言葉を避け、公開前に変更になったという経緯がある。また、マリアンを演じたオードリー・ヘプバーンにとっては1967年の映画『暗くなるまで待って』以来の映画復帰作である。(Wikipediaより)

ショーン・コネリー46才、オードリー・ヘプバーンはその1才上である。ロビン・フッドの時代は、リチャード1世(1157年- 1199年)治世時代、映画の中に1191年という年号が出てくる。リチャード1世は、生涯の大部分を戦闘の中で過ごし、その勇猛さから獅子心王(Richard the Lionheart)と称され、中世ヨーロッパにおいて騎士の模範とたたえられたが、10年の在位中イングランドに滞在することわずか6か月で、その統治期間のほとんどは戦争と冒険に明け暮れたという。

だいぶ前に観たことを珍しく覚えている。もちろん内容は定かではないが、雰囲気だけは結構記憶にあった。ロビン・フットとしての活躍を伝える物語というより、20年ぶりに再会した男女の物語といった風情だ。

『図書館戦争 ブック・オブ・メモリーズ』

2015年(平成27年)・日本 監督/佐藤信介

出演/岡田准一/榮倉奈々/田中圭/福士蒼汰/土屋太鳳/中村蒼/松坂桃李/栗山千明/石坂浩二

昨日観た『図書館戦争』の映画版第2作『THE LAST MISSION』が今週末2015年10月10日からロードショーされるというので、いつもの宣伝効果を狙ったテレビ放映が2晩続いた。この作品はテレビドラマスペシャルらしく、映画版第2作目とともにクランクアップしたと言うから、いわゆる純粋なテレビドラマの製作ではなく、映画と同じように作られたというものみたいだ。映像も映画版となんの遜色もない。

昨日観たせいか、この突飛な発想のシチュエーションにもアレルギーはかなりなくなっていた。観終わってからよくよく考えてみたら、ドラマの中で前回のような機関銃の撃ち合いがなかったことが大きな要因だった気がしている。日本では現実感の乏しい打ち合いは、やっぱり似合わない。

今回は感動路線で、図書館戦争というよりは恋愛映画の様相を色濃くしてきた。別に悪いことではないけれど。まあ、終末に映画館に行って新作を観たいという気分にさせてくれるわけではない。そんなところが、元映画マンとしての不満。前作を観たら次作が観たくなるという構造にならないと、映画は繁盛しない。主演の岡田准一の前途は明るいだろう。緒形拳のような存在感のある役者になって、これから30年も40年も活躍するだろう。

『図書館戦争』

2013年(平成25年)・日本 監督/佐藤信介

出演/岡田准一/榮倉奈々/田中圭/福士蒼汰/西田尚美/橋本じゅん/鈴木一真/嶋田久作/児玉清/栗山千明/石坂浩二

有川浩の小説が原作で累計発行部数が600万部を超えるという。活字世界に疎すぎる自分を恥じるけれど、映画を観てみてこの程度の内容でこれだけの数字をとれることが信じられない。タイトルが興味を惹く。漫画チックな内容ではなく、もっと激しくシリアスな内容だったらなあ。

2019年が時代の始まりというから、超近未来映画ということになる。東京オリンピック2020より1年前に、この映画のような焚書坑儒的現象を物語にする現実感に乏しい。ましてや、アメリカじゃあるまいし銃規制の厳しい日本で、かたや発禁本を規制するため、かたや自由を守るためとはいいながら、機関銃を撃ち合うお粗末さは、漫画にもならないと思えて仕方がない。

日本の物語でのアクション、銃による戦い、などはとてもじゃないけど見ていられない。こういう物語はアメリカに権利を売ってしまい、アメリカ映画として製作してもらった方が良い。奮闘している役者さんを見ていると、可哀想になってくる。どうにも、お子様ランチ的、日本的ストーリー展開は、今や極く極く普通のこととして、老若男女に受け入れられてしまっているかの如くだ。

『刑事コロンボ 殺人処方箋』(Columbo Prescription:Murder)

1968年・アメリカ 監督/リチャード・アーヴィング

出演/ピーター・フォーク/ジーン・バリー/ニナ・フォック/キャスリン・ジャスティス/ウィリアム・ウィンダム

記念すべき1作目。アメリカのテレビ・ドラマで1968年から1978年まで45本がNBCで放送され(日本語版タイトル『刑事コロンボ』)、その後1989年から2003年まで24本がABCで放送された(日本語版タイトル『新刑事コロンボ)。この映画は単発放送版だという。日本では1972年(昭和47年)放送だというが、このシリーズが2時間ものだった記憶がない。73分ものが30本、98分ものが39本放送されたらしい。

先日コロンボ刑事も参加した名探偵集合映画を見て主人公の生の声を初めて聞いた。今回は毎週再放送をするというので、とりあえず1作目を録画してみた。いきなりの日本語の喋りでちょっと残念感があったが、予想に反して見やすいのには驚いた。今風の吹き替え版に比べて、はるかに出來がいいのではと感じた。よそよそしくない喋りは、画面と合っている。

この頃のミステリー映画は、画面に何も再現せず、最後の謎解きでいろいろな仕掛けを明らかにするやり方がどうにも我慢できないでいる。このコロンボはまったく逆、殺人現場を観客に見せておいて、それをどうやって推理していくかの楽しみを観客にもたらしている。映像は古いけれど、おもしろい。吹き替え版でも問題なし。もう何話か時々見ることにしよう。

『第九軍団のワシ』(The Eagle)

2011年・イギリス/アメリカ 監督/ケヴィン・マクドナルド

出演/チャニング・テイタム/ジェイミー・ベル/ドナルド・サザーランド/マーク・ストロング

原作はローズマリー・サトクリフによる1954年の小説『第九軍団のワシ』(The Eagle of the Ninth)という。歴史映画。好きなジャンルだ。紀元120年、117年 - 138年 ハドリアヌスの時代、現在のイギリス南部に設置した属州の一つブリタンニアに起こる事件が契機。

20年後の紀元140年、父が奪われた第9軍団のシンボルというよりローマのシンボル「ワシの黄金像」を奪い返すべく、息子が北の地へ脚を踏み入れる。ハドリアヌスは北部からの蛮族の侵攻を食い止めるためにハドリアヌスの長城を築いていた。

ラッセル・クローのグラディエーターを彷彿とさせるような雰囲気ながら、ストーリーが弱い。戦争映画の戦闘シーンの多さが決め手となるように、主人公の敵との戦いがうざったくては映画もおもしろさが倍増しない。もうちょっとなのだけれど、惜しいなぁ。ちょっと生き方や考え方を変えれば、もう少しましな人間になるのになぁ、と思える人に出会った時のような。

『プラトーン』(Platoon)

1986年・アメリカ 監督/オリバー・ストーン

出演/チャーリー・シーン/ウィレム・デフォー/トム・ベレンジャー/フォレスト・ウィテカー/ジョニー・デップ

リアルタイムであの時代に観ていなければいけない作品。ちょうど宣伝部長の時だったので、他から見たら観ていて当然だと思われていただろう。ところが、その時代には映画をほとんど観ていなかった。何事にも晩熟の自分らしく、映画を好んで観るようになったのは60才過ぎてからである。

ベトナム戦争とは一体何だったのだろうか、とこの時代から映画は疑問を投げかけていた。今観るベトナム戦争は、もっと虚しい、狂気の沙汰に思える。ひたすら命令に従い敵を殺すことが目的で、それ以上の何事でもない、ということが理解できる。それじゃぁダメじゃん、と落語の合い言葉のようになってしまうが、見事なまでの戦闘シーンが、この時代の狂気をよく伝えている。

どうしても他のベトナム関係映画と比較してしまう。戦闘シーンの連続に少し飽きが来て眠ってしまったのは、映画がおもしろくないから。残念ながら、心にずしりと重いくさびを打ち込むほどのインパクトではない。地獄の黙示録のあのナパーム弾の臭いが妙に懐かしい。

『ファッションが教えてくれること』(The September Issue)

2009年・アメリカ 監督/R・J・カトラー

出演/アナ・ウィンター/グレイス・コディントン/アントレ・L・タリー/シエナ・ミラー

「プラダを着た悪魔」のモデルと言われるファッション業界のカリスマ的女性編集長、アナ・ウィンターの実像と成功の秘密に迫るドキュメンタリー。厳しく妥協のない仕事ぶりの一方で、仕事と真摯に向き合い働くことに喜びを見出していく姿を映し出していく。(allcinemaより)

観終わるまでに何日間を要したろうか。1週間以上前に観始まったが、観た回数は3回か4回、ようやく今日は最後まで行き着いた。ドキュメンタリーだけれど、カメラが入っていれば、まったくのドキュメンタリーではないのだろう。『VOGUE』というファッション雑誌の名前は知っているが、勿論見たことはない。雑誌が置いてある所で、ぺらぺらとめくったことは、もしかすると1回くらいはあるのかもしれない。

編集長の「yes」という言葉がなければ、この雑誌の中身は何一つ決まらない。最後のインタビューで、自分の長所はと問われて「決断力」と答えた。弱点はと問われ「子供」と答える。自分がファッションの未来を決めているのではない、と言い切る。信頼の置ける長年の相棒がいるから出来ることだとも言う。それまでの映像で見せてくれた即決即断の冷徹さの微塵もない。仕事を割り切れる才能溢れる女性のようだった。

『就職戦線異状なし』

1991年(平成3年)・日本 監督/金子修介

出演/織田裕二/的場浩司/和久井映見/坂上忍/羽田美智子/鶴田真由/仙道敦子

フジテレビが作ったこの映画の題名を見ただけで中身が知れようというもの。早稲田大学社会科学部4年生たちの就活物語。バブルの最後の年だったらしいが、就職活動もこんなにバブルだったことを知らない。今年あたりはだいぶ就活もやさしくなってきたらしいが、この映画で描かれた時代以来なのかも知れない。

織田裕二は1987年俳優デビューし、この映画の年、1991年1月~3月の『東京ラブストーリー』で大ブレイクした。この映画の公開は1991年6月だったので、撮影期間がダブっていたかもしれない。まだまだきりりとした雰囲気とはほど遠い、いなかっぺな顔立ちが初々しい。

就活の風景がまったく今とは違うことに驚いた。男も女も黒一色の洋服ではなく、女の子達はカラフルに、男の背広だっていろいろな色を着ていた。いつから誰も彼も分からない区別のつかない黒ばかりの服装になってしまったのだろう。まさか25年前こんな服装だったことを教えてくれただけでも、この映画の価値はあるかも。

『セレンディピティ』(Serendipity)

2001年・アメリカ 監督/ピーター・チェルソム

出演/ジョン・キューザック/ケイト・ベッキンセイル/ジョン・コーベット/ジェレミー・ピヴェン/ユージン・レヴィ

この題名に記憶はないなぁ、と思いながら観始まった。冒頭のシーンが印象的で、あっ!これ観たことある、となったが、ちょっと進んだストーリーがおもしろくて、やめられなくなってしまった。いつも通り、観たことのある映画の内容をほとんど覚えていないという特技が生きた。

純粋なラブ・ストーリーだが67才のジジイにもときめきを持って観ることが出来るのは嬉しい。「運命」とか「サイン」とかが大きく恋愛を左右するこの物語。ここまで劇的な再会が待っているのは現実の世界では無理かもしれない。が、そんな気持ちを持ちながら生きて行くのは、意外と現実的。

「会いたいと思う人には必ず会える」という先人の諺を信じている。せっかく偶然に出会ったのに、そんな大切なものを大事にしないで生きて行くことは罪に等しい。おそらくもうそんな人に出会うことはないであろうと、思えないなら哀しいこと。ただ、一人でそんなことを思っていたって人生は成立しない。二人が同じ時期に同じ感情を持つ奇跡がなければ、二人の恋愛は成就しない。哀しいけれど。

『GODZILLA ゴジラ』(Godzilla)

2014年・アメリカ 監督/ギャレス・エドワーズ

出演/アーロン・テイラー=ジョンソン/渡辺謙/エリザベス・オルセン/ジュリエット・ビノシュ/サリー・ホーキンス

『ゴジラシリーズ』のリブートであり、アメリカ合衆国の資本でゴジラ映画が製作されるのは1998年公開の『GODZILLA』以来16年ぶりの2作目。また、日本でゴジラ映画が公開されるのは、2004年公開の『ゴジラ FINAL WARS』以来、10年ぶりとなる。前作においては恐竜のような細身のスタイルだったが、そこから大幅に進歩を遂げて日本版のゴジラに近い姿に変貌し、基本的には日本版での設定に準じている。ただし、本家ゴジラとは学説や出自が若干異なる。(Wikipediaより)

一度もゴジラ映画をきちんと見たことがないけれど、今回の作品は公開時に2、3人に面白くはないという話を聞いていたのだが。否定的なことを潜在意識の中に持って見る映画は、意外と面白かったりするものだが、残念ながらそうではなかった。というか、発想そのものが自分の一番嫌いな子供騙しで、子供の頃からまったく見る気になれない映画として引き続くだろう。

緊迫したシーンの連続のはずなのに、ちっとも緊迫感が伝わってこない。慌てふためきながら逃げる大勢の人が嘘にしか見えない。悪意なんてこれっぽっちもないけれど、信頼も信用もおけない女を見ているようだった。

『劇場版 SPEC~結~ 漸ノ篇/爻ノ篇』

2013年(平成25年)・日本 監督/堤幸彦

出演/戸田恵梨香/加瀬亮/北村一輝/栗山千明/有村架純/神木隆之介/向井理/大島優子/竜雷太

 2部構成の作品で、前篇『漸ノ篇』(ぜんのへん)、後篇『爻ノ篇』(こうのへん)と読むらしい。劇場公開は11月1日(前篇)、11月29日(後篇)と別の日だったらしいが、全国の劇場がシネコンになって、公開劇場に関して昔のように悩むことはなくなったのかもしれない。

TBSのテレビドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』の劇場版で、前作の映画『劇場版 SPEC~天~』に続く作品であるというが、テレビ番組で目にも入らなかったのはどういう訳だろう。

それにしても面白くない映画だ。興行収入は、27.5億円(漸ノ篇)、20.6億円(爻ノ篇)だったらしい。前篇を観ておもしろいと思えれば、後篇はもっと興行収入が上がったはずだが。それでもこんなに観客が見に来る映画内容だとは間違っても思えない。おちゃらけているし、セリフもいい加減、何がテーマなのかも明確でなく、子供騙しの典型のような妄想の映像化、こんな映画がはびこる社会が日本映画界の未来を暗示している。

『南から来た用心棒』(Arizona Colt)

1966年・イタリア 監督/ミケーレ・ルーポ

出演/ジュリアーノ・ジェンマ/コリンヌ・マルシャン/フェルナンド・サンチョ/ロベルト・カマルディエル

マカロニウェスタンの典型のような映画。なのだろうか。きちんと見たことのないこの手の映画、さすがにジュリアーノ・ジェンマの名前は知っているけれど、もうちょっといい男かと思っていた。話はどうでもいいけれど、むやみやたらと人を殺してしまう映画だ。

最近イタリア語なのかスペイン語なのかをとっさに区別できなくなった。若い頃はそんなことを感じたこともなく、似てるけど違いはすぐに分かるじゃん、と思っていた。ウノ、ドゥエ、トレ、がイタリア語、ウノ、ドス、トレス、がスペイン語で1、2、3、だとだいぶ前に覚えた。それぞれの国に旅行した時、ホテルの部屋のキーをもらう時、現地語で要求するように努力していた。

この映画はイタリア語。西部劇がイタリア語なのは、やっぱり違和感がある。イタリアにはもう一度行ってみたかった。というよりは行く予定であった。いつとは決めていなかったけれど、ナポリから南へは行ったことがなかったので、そんなことを考えていた。が、もう無理だろう。まあ、三度も行っていれば充分だろう、と怒られそうだが。

『おおかみこどもの雨と雪』

2012年(平成24年)・日本 監督/細田守

出演(声)/宮崎あおい/大沢たかお/黒木華/大野百花/西井幸人/加部亜門/平岡拓真/菅原文太

先日初めて「どらえもん」アニメを見たが、今回は初めてのひらたい日本アニメを見ることとなった。題名のひらがな「おおかみこども」という表現にようやく興味をもった結果である。概要は、細田守監督による長編オリジナル作品第2作である。細田は本作で初めて自ら脚本も手がける。テーマは「親子」であり、19歳の少女が「おおかみおとこ」と出会い、その間に生まれた「おおかみこども」の姉弟が成長し自立するまでの13年間を描く。

ヘラルドの配給作品の中に『狼男アメリカン』(An American Werewolf in London・1981年)という映画があって、急にそのことを思いだしたからかもしれない。「おおかみこども」を漢字にすれば「狼子供」ということになり、まったく違った雰囲気になるのが凄く不思議だった。

話が面白かったので、口の合わない、背景の動かない日本アニメが気にならなかったのが不思議だった。おそらくアニメ好きの人たちは、きっとそんな風に細かいことを気にしていないんだろうな、ということが少し理解できた。自分の頭の中も少しは変化、進歩しているのだろうか。

『ポセイドン・アドベンチャー』(The Poseidon Adventure)

1972年・アメリカ 監督/ロナルド・ニーム

出演/ジーン・ハックマン/アーネスト・ボーグナイン/レッド・バトンズ/ロディ・マクドウォール

この初の映像化作品は大ヒットを記録し、パニック映画(Disaster film)の傑作の一つとして知られるようになった。2006年に再びワーナー・ブラザーズが映画化したリメイク版。初作での人間ドラマ的な面は省かれており、第27回ゴールデンラズベリー賞の最低リメイク賞にノミネートされた。

この作品で当時パニック映画(ディザスター・フィルム)と呼ばれるジャンルが確立して、アーウィン・アレンを中心とするスタッフが、この時の特撮技術を活かし、2年後に『タワーリング・インフェルノ』を製作した事はよく知られている。製作費1,200万ドルは船のセット、転覆場面の撮影、1,135万リットルの水に大半が消費されたという。まだコンピューターグラフィックの無い時代で全て実写であった。同年公開の『ゴッドファーザー』とほとんど同じ興行収入を記録する大ヒット作品となった。(Wikipediaより)

緊急事態に陥った人間の行動を見ることが出来る。「初めてのことだったので」という言葉を最近聞くことが多いが、ひとりの人間が何回も緊急事態に直面することはなく、そんな中でも沈着冷静な判断力を発揮できる人間がホントに人間力のある人ということになる。リーダーシップも緊急事態で発揮される典型的な人間力のひとつと言えるだろう。

『ひとひらの雪』

1985年(昭和60年)・日本 監督/根岸吉太郎

出演/秋吉久美子/沖直美/岩本千春/藤田亜里早/岸部一徳/丹波義隆/池田満寿夫/池部良/木内みどり/津川雅彦

渡辺淳一原作で、複数女性と関係をもつ中年男の姿を描く。渡辺淳一の小説を当然読んだことがないが、どんな表現をしているのか読んでみたくなった。結局は男と女の話を描いているだけのことで、そこら辺にあるエロ小説とどこが違うのだろうか。

秋吉久美子のおっぱいやお尻を見たってなんていうことないが、一般ピープルには興味のあることなのだろうか。グジグジとしかもダラダラと、ねちねちと男と女の関係を映像化しているが、見ているほどに飽きが来るのは原作のせいなの、それとも映像化する映画の限界なのか。

くっだらないこの頃の日本映画に比べれば、まだはるかにいい映画だとも言える。でも奥が深くなくて、面白みが胸の内に入ってこない。所詮世の中は男と女、そう言われてしまえば頷かないわけにはいかない。それが現実だよなあ。

『マダムと泥棒』(The Ladykillers)

1955年・イギリス 監督/アレクサンダー・マッケンドリック

出演/アレック・ギネス/ケイティ・ジョンソン/セシル・パーカー/ピーター・セラーズ/ハーバート・ロム

現金輸送車の現金強奪を目論む強盗団が、ある老未亡人の部屋を借りたことから巻き起こる騒動を描いたコメディ映画である本作。『成功の甘き香り』などで知られるアレクサンダー・マッケンドリックがメガホンをとり、アレック・ギネスが強盗団のリーダーを演じた。強盗団の計画を知らぬが故に男達にありがた迷惑なお節介を焼くお人好しの英国老婦人をケイティ・ジョンソンが演じ、強盗団のメンバーとしてピーター・セラーズ、ハーバート・ロム、セシル・パーカーらが脇を固めている。同作は2004年にコーエン兄弟が『レディ・キラーズ』というタイトルでリメイクを手掛けており、トム・ハンクス、イルマ・P・ホール、マーロン・ウェイアンズらが出演した。もともとの舞台はロンドンだったが、リメイク版ではアメリカ南部のミシシッピ州に変更され、強奪先はカジノ船、老婦人の設定も敬虔なクリスチャンである黒人の老婦人という設定に置き換えられた。(Wikipediaより)

おもしろいですねぇ~。探偵もの、推理ものには格段のおもしろさを発揮する大英帝国作品。コメディーだって日本の喜劇に比較しても、雲泥の差があると言わざるを得ない。馬鹿笑いとジョークという言葉の違いを感じる。

洒落ている。今でも居そうなおばあちゃんの挙動がおもしろい。一所懸命警察署長に説明しても、軽くあしらわれてしまうその伏線が、映画の最後にこんな風に生かされるとは。

『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』

1956年(昭和31年)・日本 監督/稲垣浩

出演/三船敏郎/鶴田浩二/八千草薫/岡田茉莉子/瑳峨三智子/志村喬/千秋実/加東大介

1枚看板だった冒頭の三船敏郎が鶴田浩二との2枚看板になっていた。しかも左に三船、右に鶴田。勿論、縦書きである。『神佛を尊み、神佛にたのまず』という武蔵の人生修行が大きな路線となっている。恋慕はしない、といいながらお通への想いは消えず、不可思議な女心に翻弄される。

もうひとりの女が前作からまとわりついている。アケミという女は武蔵を想うあまり意地悪にさえなっている。このあたりの武蔵とふたりの女のくだりは、ちーっとも話が進まず、苛々させるだけ。とうとう速回しになってしまった。

この稲垣浩の武蔵シリーズは、往年の映画時代の産物なのだろう。残念ながら一所懸命観る映画としては、現代人に訴えてくるところは、ほとんどない。なんて言い切ってしまって後悔するかもしれない。なにしろ偉大な監督作品であることは紛れもないことだから。

『續宮本武蔵 一乘寺の決斗』

1955年(昭和30年)・日本 監督/稲垣浩

出演/三船敏郎/鶴田浩二/八千草薫/岡田茉莉子/木暮実千代/水戸光子/平田昭彦/加東大介

これまでに何度も映像化されている吉川英治の長編小説『宮本武蔵』の戦後最初の映画化作品の2作目。1作目を先日観たと思っていたら、それはこのシリーズの作品ではなかった。武蔵が高橋英樹、小次郎が田宮二郎で18年後の映画だった。

まだまだ映画技術が未熟な時代。野原の決闘シーンがスタジオの中に土を入れ、背景の雲が動かないというお粗末なものだったが、仕方がないことなのだろう。

1作目が東宝初のイーストマン・カラー作品でもあるという。女性の着物の着方が現在とは大きく違う。帯が細く、この方がその当時の公証だったことがうかがえる。今の時代劇のような格好良い着物を着ていたとは、とても思えないのは確かだ。

『アンフェア the answer』

2011年(平成23年)・日本 監督/佐藤嗣麻子

出演/篠原涼子/佐藤浩市/山田孝之/阿部サダヲ/加藤雅也/吹越満/大森南朋/寺島進/香川照之

2006年に関西テレビ・共同テレビ制作・フジテレビ系列で放送されたテレビドラマ『アンフェア』の劇場版2作目。前作の劇場版『アンフェア the movie』の続編であり、前作で謎として残った警察の不正が書かれた機密文書の背後にいる黒幕の存在が明かされると同時に、機密文書を巡る問題に一つの決着を迎える。映画冒頭には前作までのハイライトが挿入されている。前作に続き、「雪平、最後の事件。すべての答えが、そこにある。」といった完結を匂わせるキャッチコピーが使用されたが、完結には至らず、2015年に公開される続編『アンフェア the end』が完結編となった。(Wikipediaより)

現在、その『アンフェア the end』が劇場公開されているようだ。前作をよく覚えていないけれど、この作品だけで楽しめることは確か。だが、文句を言わせてもらえば、正直かったるい。格好ばかり付けて内容が伴わない人間がもったい付けているように見える。ひとつの場面があり、そこで行われた人間のやりとりを、終わってから再現するやり方が多く、結局製作者だけが秘密を知りながら進行し、観客は最後に種明かしされるのでは、たまったものではない。

ベッドシーンもあまい。ひとりの男とひとりの女が真剣に愛し合っている気持ちを表現するのに、日本映画はかったるい。以前観た香港と上海を舞台にした映画『ラスト、コーション』(色・戒/2007年)の迫力あるベッドシーンが犯罪、裏切りを背景にした出來の良いシーンとして頭に刻まれている。

『社長千一夜』

1967年(昭和42年)・日本 監督/松林宗恵

出演/森繁久彌/加東大介/小林桂樹/三木のり平/フランキー堺/黒沢年男

『社長シリーズ』第26作。3年後に開催される日本万国博覧会の準備に追われる「庄司観光」を舞台に、東京~大阪~九州を股にかけて繰り広げられる。本作から社長秘書役で黒沢年男(現:年雄)が出演、シリーズ後期の顔になる。 なお「元日公開」というのは、シリーズでは最初で最後である。(Wikipediaより)

もう社長シリーズを観るのも何作目かになると、ストーリーなんてどうでもいいような気分になってくる。寅さんシリーズもそうだけれど、安心感というより習慣性と言った方が相応しいかもしれない。

今回の登場場所は、阿蘇、湯布院、やまなみハイウェイ、天草。学生時代の一人旅が今になっても役にたっている。一番長かったのはちょうど1ヶ月。自分で周遊券を作って当時の国鉄路線を使った旅は有効期限が1ヶ月だった。九州は縁があって2回回ったが、それが人生の岐路にもなった。

『エンド・オブ・ザ・ワールド』(Seeking a Friend for the End of the World)

2012年(平成24年)・アメリカ 監督/ローリーン・スカファリア

出演/スティーヴ・カレル/キーラ・ナイトレイ/コニー・ブリットン/アダム・ブロディ

『世界の終わり』をテーマにした映画。普通なら科学的なシーンがたくさん出てきて、地球上の人間の右往左往を映像化しているケースが多いが、この映画にそんなシーンは一度も出て来ない。小惑星の衝突により、滅亡が間近に迫った地球が舞台だが、ひとりのしがない保険セールスマンが主人公で泣かせる。

『21 DAYS LAST』『14 DAYS LAST』『12 DAYS LAST』と、時間が経過していく。そのうち情報は間違いでした、とか言いだしそうな雰囲気だが、そこはさすがに押さえてあるみたいだった。主人公は人生最後の友達のパーティーでも浮かぬ顔をしている。知らない人と人生の最後を共にすることは嫌だと思っているらしい。

奇妙な二人の出会いと、その時を待つ人々の行動の一端を描いて見せてくれるが、所詮は三流映画で乗り切れない。パニック映画の仰々しい、大袈裟な映画に比べたら、無意味な時間を過ごさなくてもいいだけ好ましい。映画の最後には小惑星の衝突が1週間早まってあと16時間後に衝突が起こる、と展開する。最後に何がしたいのかと問われても、何も答えられないほど、最近の人生は充実とはほど遠い。

『名探偵再登場』(The Cheap Detective)

1978年・アメリカ 監督/ロバート・ムーア

出演/ピーター・フォーク/アン=マーグレット/アイリーン・ブレナン/シド・シーザー

先日観たパロディ・ミステリ映画『名探偵登場』の姉妹編。くそ面白くなく、もう二度と会いたくないゲスな女に会ってしまったら、なんと声を掛けたらいいか分からないような気持ちだと書いていた。少しはましな出だしにほっとした。

ハンフリー・ボガートが主演した映画『マルタの鷹』(1941年)と『カサブランカ』(1942年)のパロディであり、ピーター・フォーク扮する主人公は、ボガートをイメージしたキャラクターとなっている[2]。また他にも、『脱出』(1944年)や『欲望という名の電車』(1951年)、『チャイナタウン』(1974年)を真似たシーンやセリフが登場している。(Wikipediaより)

そういういかにも映画的なところが分からない。前回も感じた今回の主演ピーター・フォーの声が奇妙に聞こえて仕方がなかった。彼の生の声を聞いたことがなかった。何と表現したらいいのか分からない変な声なのだが、若い頃にたぶん聞いていた彼の吹き替え版テレビドラマ『刑事コロンボ』の小池朝雄の声が頭の中に入り込んでいるようだ。最近でこそ吹き替え版を毛嫌いしているが、アメリカのテレビドラマを一所懸命見ていた頃は、日本語の喋りを何の疑いもなく聞いていた。コロンボ刑事は日本語の方が馴染みがあっていい、とまで思えてしまう始末。ピーター・フォークの方が違和感がある。変な感覚だ。

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』

2013年(平成25年)・日本 監督/御法川修

出演/柴咲コウ/真木よう子/寺島しのぶ/井浦新/染谷将太/木野花/銀粉蝶/風見章子

『すーちゃん』は、幻冬舎発行の4コマ漫画。著者は益田ミリ。続編に『結婚しなくていいですか。 すーちゃんの明日』『どうしても嫌いな人-すーちゃんの決心』『すーちゃんの恋』が刊行されている。2012年に本シリーズを原作としてこの映画が製作され、翌年公開されたという。原作も映画化もまったく知らなかった。

3人の女友達の日常生活をありのまま、等身大で描いた。こんな表現が出来そうな物語。結構好きである。柴咲コウが好きなので、ということもある。役者としてはイマイチの演技だが、持てるものは可能性がある。米倉涼子に比べたら、はるかに品格のうえでかなり上位である。

女性は化粧や髪型で雰囲気がだいぶ変わる。そこがまたいいのだ。男どもは髪型を変えたって、ちっとも変わりようがない。自分の好きなタイプというのは終始一貫している。えっ!こんなのが美人なの、と驚きの声を上げる芸能人ばっかりのこの頃、誰が見ても可愛い、美しい女性は天才に分類される。

『小さな巨人』(Little Big Man)

1970年・アメリカ 監督/アーサー・ペン

出演/ダスティン・ホフマン/フェイ・ダナウェイ/チーフ・ダン・ジョージ/マーティン・バルサム

同時代の『ソルジャー・ブルー』とともに、西部劇の転換点に位置する作品として映画史に残る作品である。 トーマス・バーガー原作。121歳の老人のホラ話のような人生の中に、ネイティブアメリカンや当時のベトナム戦争の問題をエンターテイメントに包んで表現している。(Wikipediaより)

幼い頃原住民の襲撃に遭い家族を失った主人公が、121歳となって、養老院で歴史家のインタビューをうける。『温かい人』と呼ばれるシャイアン族に育てられてられる。本人は『小さな巨人』と名付けられる。シャイアン族の中では身体は小さいが強い心を持つ人間だと評される。165cmのダスティン・ホフマンをカメラアングルを気にしないで撮影できた珍しい作品だろう。

長々と2時間19分、ちょっと眠ってしまってもまだまだ延々と話が続いていた。ホラ話と言うよりはとりとめのない老人の話という感じ。評価の高い映画を自分が楽しいと思ったことは希、どうにも本物の映画評論家になることは間違っても出来ない。もっとも、そんなつもりがないことは明らかだが。

『名探偵登場』(Murder by Death)

1976年・アメリカ 監督/ロバート・ムーア

出演/トルーマン・カポーティ/ピーター・フォーク/デイヴィッド・ニーヴン/ピーター・セラーズ

なんともはや、ひどく詰まらない映画だった。有名な架空の名探偵らをパロディ化したコメディタッチのミステリとあるが、ドタバタ喜劇の典型のようで、どうにもこうにもおもしろくない。

登場人物は、謎の大富豪、サンフランシスコの探偵(『マルタの鷹』サム・スペードのパロディ)、ニューヨークの探偵(『影なき男』ニック・チャールズのパロディ)、カタリーナ警察の警部(『シナの鸚鵡』チャーリー・チャン警部のパロディ)、ブリュッセルの探偵(エルキュール・ポワロのパロディ)、イングランド・サセックスの探偵(ミス・マープルのパロディ)、トウェイン邸の執事。盲目、ディックの妻(『影なき男』ニックの妻ノラのパロディ)、サムの助手兼愛人、マーブルズの付き添い看護婦、ペリエの秘書兼運転手、トウェイン邸のメイド。聴覚障害者、シドニー・ワンの養子。日本人、と言われても無知な私などにはまったくピンとこなくて困ったもんだ。

この後の録画予定に続きものがあったような気がして、ちょっと気が重い。二度と会いたくないゲスな女に会った時に、なんと声をかけたらいいのか分からない、そんな気持ちに似ている。

『STAND BY ME ドラえもん』

2014年(平成26年)・日本 監督/八木竜一・山崎貴

出演(声)/水田わさび/大原めぐみ/かかずゆみ/木村昴/関智一/妻夫木聡

藤子・F・不二雄生誕80周年記念作品。3DCG作品。初めて『どらえもん』を見た。テレビで放送されている普通のアニメとは全く印象が異なる。3Dだからだけではなく、3Dで見なくてもかなり立体的な絵になっているし、背景もかなり作り込んである。とりあえずは見てみるが、すぐに飽きるだろうと観始まったが、なんと面白かった。

ドラえもんの秘密兵器がひとつひとつ丁寧に紹介されてから使われるので、今まで見たことのなかった人間にも分かりやすくて大変結構でした。小さな子供で、まだドラえもんを見たことのない子らにとっては、ドラえもん入門書になりそうな感じさえする。

未来からやって来た猫型ロボット、とドラえもん自身が言う。22世紀からやってきたという。秘密兵器は未来の人生をも変えてしまう可能性があるというのは新鮮だ。これまでのタイムスリップは、原則的に歴史を変えない、変えられないというのが普通だったが、画期的な発想に顔がほころぶ。本当の3D画面で見てみたい気がするくらいだ。

『地球が静止する日』(The Day the Earth Stood Still)

2008年・アメリカ 監督/スコット・デリクソン

出演/キアヌ・リーブス/ジェニファー・コネリー/キャシー・ベイツ/ジョン・クリーズ

こんなたいそれた題名の映画が面白かったためしがない。と思っていたら、1951年公開の『地球の静止する日』のリメイク作品だという。1951年からすれば大胆な発想と映像で、まさしくSFアクション映画だったろう。今やSFも出尽くした感のある映画界では、宇宙人の描き方ひとつが凄く重要になっている。

未確認飛行物体のテレビ番組やその中で映されるUFOの映像が、実は簡単に作ることができるらしいことが暴露されて、やっぱり地球外生物は存在しないのだろうかと、ちょっとがっかりしていた今日この頃。

最後まで三流作品の様相は変わらず、ちょっとばかり飽き飽きしてくる。好きなSFがこんな感じで語られるのは、赦せないとまで思ってしまうのは奢りだろうか。

『波の数だけ抱きしめて』

1991年(平成3年)・日本 監督/馬場康夫

出演/中山美穂/織田裕二/松下由樹/阪田マサノブ/勝村政信/別所哲也

中山美穂を映画で見ることも数少ない。録画やDVDストックが充分なら、間違っても見ることのなかった映画だが、間違って見ることになってしまった。それでも我慢に我慢を重ねてきたが、とうとう速回しになってしまった。まだまだ修行が足りない。

こういう映画に関係していたら、恥ずかしくて仕方がないだろう。知った名前をクレジットに見つけたが、フジテレビが作った映画なら仕方がないか。ギャラをもらって世の中に作品を残すことが、ひとつの責任になるだろうことを知ったような気がする。

リアルタイムでこの映画を観た人の感想を聞きたい。人間は生きているだけで社会に何らかの責任が生じるんだなぁ、と妙なことを考えさせてくれる。どんなくだらない映画でも、残骸が物語る何かがある。人間は死んでしまえば、何も残らないのでちょっと安心。

『木曜組曲』

2002年(平成14年)・日本 監督/篠原哲雄

出演/鈴木京香/原田美枝子/富田靖子/西田尚美/加藤登紀子/浅丘ルリ子/竹中直人

原作は恩田陸の小説だと言われても、知らないなぁ。まったく活字世界では小学生以下だと、反省するわけでもない。女優6人が舞台劇のようにセリフを喋りまくる。ちょっと鼻につくシーンの連続だが、我慢すればなんとか面白くなってくるような。

男は刑事役で冒頭に登場する竹中直人だけ。若い頃に勝手に私が将来を嘱望した富田靖子は、残念ながらまだまだ大女優の片鱗も見せていない。これだけの女優を揃えてくれたが、好きな顔立ちがなく、そういうところでも満足行かないのかもしれない。

題名はいいよね。この舞台がないのが不思議なくらい。出だしはテレビの2時間殺人事件ドラマのように始まっていく。さすがに映画だなと思わせるシーンで、テレビドラマ感は払拭される。もう少し捻ってあれば、映画館で観終わった帰途の風景が浮かぼうというもの。

『猫侍』

2014年(平成26年)・日本 監督/山口義高

出演/北村一輝/横山めぐみ/蓮佛美沙子/浅利陽介/戸次重幸/洞口依子/温水洋一/津田寛治/寺脇康文

原作は漫画だろうと思って見ていた。2013年10月より東名阪ネット6および5いっしょ3ちゃんねる加盟局などで放送されたテレビドラマ(時代劇)だという。東名阪ネット6が中心となって制作してきた『イヌゴエ』『ネコナデ』『幼獣マメシバ』(及び続編の『マメシバ一郎』・『マメシバ一郎 フーテンの芝二郎』)『ねこタクシー』『犬飼さんちの犬』『ねこばん』『くろねこルーシー』に次ぐ動物ドラマシリーズの第10弾。シリーズでは初の時代劇として描かれる。何のことかよく分からない。

映画は途中で寝てしまうくらいだから、どうでもいい内容にみえる。最初に直感した漫画原作だろうという骨のないストーリー。どうしてこんな映画が出来てしまうのだろう。映画館で公開することなんか目的になっていないのではなかろうか。

ねこ派?いぬ派?と聞かれても、どちらも派ですと答えるだろう。自分では犬を飼ったことはないが、隣に住んでいた次兄の家ででかい犬から小さい犬までいたので、犬も飼っていたような気分にはなっている。ただ、動物を飼うという意識が、上から目線の生き方のように感じて、今はどうも好きな生き方ではない。

『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』

1973年(昭和48年)・日本 監督/渡邊祐介

出演/緒形拳/山村聰/林与一/松尾嘉代/津坂匡章/佐藤慶/小池朝雄/秋野太作/松尾嘉代/ひろみどり

1972年(昭和47年)9月2日から1973年(昭和48年)4月14日まで毎週土曜日テレビで放送されたものが、1973年6月9日『必殺仕掛人』の映画化としてロードショ-された。そして1973年9月29日に映画化第2弾として本映画がロードショーされる。この素早さが凄い。イケイケどんどんの世の中は、人間の能力をも倍増させるのかもしれない。

わざわざ映画にするような内容でもないが、気楽に見られる映画としてはいいのかもしれない。メリハリがはっきりしていて、見ていて?がないのがいい。ちょっとお色気を入れたり、洒落ている。映画だともう少し濃厚な男女の絡みを入れたくなるところだが、そこらあたりが監督の力なのだろう。

世直しのためなら殺人稼業も厭わない主人公達は、日本人のDNAでは間違いなく支持されていると思う。相手は誰でもよかった、などという殺人事件が横行している昨今、この映画のような目的を持った世直し殺人事件は事件とはならないだろう。現代でも、現実の世の中でも。

『インクレディブル・ハルク』(The Incredible Hulk)

2008年・アメリカ 監督/ルイ・レテリエ

出演/エドワード・ノートン/リヴ・タイラー/ティム・ロス/ティム・ブレイク・ネルソン

2003年にアン・リー監督で『ハルク』が映画化されたが、人間ドラマに焦点を当てた事からヒーロー物としては高い評価を得られなかった。本作は『ハルク』の続編ではなくストーリー、スタッフ、キャストを一新した「リブート(再始動)作品」で、「マーベル・コミック」のヒーロー作品を、同一の世界観でクロスオーバー作品として扱う一大企画『マーベル・シネマティック・ユニバース』シリーズ。『アイアンマン』に続く第2作品目だという。

テレビ放映では二カ国語放送が多く、英語では字幕がなければまったく分からないのが辛く不愉快。吹き替え版が闊歩している昨今、そのうち字幕で外国語映画を観ることが出来ない人間が増えてくることは間違いない。題名だけ見た時には、Mr.インクレディブルと超人ハルクを併せたアニメかと思った。それなら日本語でもいいかっ、と想いながら録画した次第。

どうもハルクの誕生物語ではないけれど前作があったとも思えない内容で、ちょっと戸惑いながら観ていた。超人ハルクは何故か好きなので、吹き替え版でもなんとか我慢できる。お子様ランチが大嫌いなのに、何故ハルクはいいのだろうか。不思議だなぁ。たくさんいる女の子の中で、好きになるのは一人だけ、のような感じなのだろうか。どうして好きになるのか自分でも理解できない。そんなことを考る歳頃はもうとっくの昔になったはずなのに、いつまでたっても同じような堂々巡りをしていて進歩がない。

『地獄の黙示録』(Apocalypse Now)

1979年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/デニス・ホッパー

日本ヘラルド映画配給作品。現役時代にこの映画の配給に立ち会えたことを誇りに思う。現役時代にほとんど映画を観なかった自分だが、さすがにこの映画は観ている。しかも何度も。在りし日のあの日比谷映画街の有楽座で70m/m版だ。ナパーム弾が炸裂するシーンはスクリーンから火薬の臭いを感じたし、オシッコもちびった。冒頭から、狂気の沙汰への旅立ちに相応しい映像とドアーズの「ジ・エンド」に、もう酔いしれてしまう。

映画買い付けの条件に入っていた主演俳優スティーブ・マックイーンだったらどんな感じだったのだろうか。日本ヘラルド映画の創業者古川勝巳さんが嘆いた前半と後半のテイストの違い過ぎがなければ、もっと大ヒットしただろう。

有楽座での試写会が終わった後、70m/mプリントを車に積んで大阪まで運んだことなどは、当事者でしか味わえない若き日の想い出。題材はベトナム戦争だが、当時の馬鹿な評論家が本当のベトナム戦争を描いていないなどという的外れなことを言っていたことなども思い出す。ぶっ続けてこの映画を観れば、観客も確実に狂気の沙汰に突入していきそうな深い陰が。

『肉弾』

1968年(昭和43年)・日本 監督/岡本喜八

出演/寺田農/大谷直子/天本英世/笠智衆/北林谷栄/春川ますみ/小沢昭一/菅井きん

『明治百年記念芸術祭参加作品』 『肉弾をつくる会・日本ATG提携作品』 『日本ATG配給』 暗い音楽が流れる。当初は映画会社が制作費を出さず、監督の夫人の岡本みね子がプロデューサーとなって二人三脚で地道に制作費を集め、制作にこぎつけたという。

大谷直子は高校在学中に、この映画の一般公募に合格し、スクリーン・デビューを果たした。「あいつ」と呼ばれる主人公の、孤独な戦争を描く。戦争を題材とした岡本監督の代表作である。白黒作品。正直言って退屈。小難しい映画が好きな人向き。大谷直子のおっぱいだけで興味を惹かれることはあり得ない。

冒頭のテロップに流れた文字~日本人の平均寿命、昭和20年・男46.9才/女49.6才、昭和43年・男68.5才/女72.3才。今だって、「戦争ではなんの罪もない人々が殺される」と、疑いもないような言葉が遣われる。なんの罪もないという言い方は変だと考えた事がないのであろう。どう考えてもおかしい。半分以上眠ってしまった映画を云々することは出来ない。

『フィラデルフィア・エクスペリメント』(The Philadelphia Experiment)

1984年・アメリカ 監督/スチュアート・ラフィル

出演/マイケル・パレ/ナンシー・アレン/ボビー・ディ・シッコ/エリック・クリスマス

なんと四流SF映画だった。他に見るものがないので、速回しすることなく淡々と映画を≪堪能≫した。1943年の戦時下、重大な実験をしていたら二人が1984年にタイムスリップしてしまったなどという他愛もない話が進行する。思わせぶりなタイトルで人を騙そうという意図が感じられる。

41年しかタイムスリップしないのも中途半端。戦時下で実験をリーダーだった博士が、41年後にまた同じような実験をしているというのがミソらしい。服装や格好、テレビ番組のギャップなどを映像で見せているが、さほどの驚きが伝わってこない。随所に四流である痕跡がたくさんある。

どういう理論でタイムスリップが起こるのかを自分の頭で理解したいが、誰か教えて欲しい。映画が描く未来は意外と実現していくものだけれど、さすがにタイムスリップは夢のまた夢だろう。過去に戻って一瞬でも仕合わせの瞬間を味わいたい。それとも自分が死んでしまった未来を見てみたいと言った方が正直なのかもしれない。

『八月の狂詩曲』

1991年(平成3年)・日本 監督/黒澤明

出演/村瀬幸子/吉岡秀隆/大寶智子/鈴木美恵/伊崎充則/井川比佐志/根岸季衣/リチャード・ギア

以前観た時にひどくつまらない映画だなという印象が強く残っていた。その後1500本以上の映画を観たあとなら、おそらく印象が違って見えるに違いないという淡い期待があった。見事に裏切られた。つまらない映画はどこから感じたものなのかを自分なりに分析できた。

話がつまらない。長崎のピカドンにまつわる話だとは知らなかった。完全に忘れている。もっともつまらないと感じたことは、役者の動きの裏に監督の指示が見え隠れするところ。どうにも決まり切った動作やみんなで一斉に動いたりと、美しさではなく窮屈さが画面から滲み出ている。

理屈ではない。映画は感じるものだから、私が感じたことは私にとっては正解なのだろう。他人が何を感じるのかは分からない。それでいい。校庭に砂煙が立つのさえ、しっかりと演出が見えてしまっては、ちょっと興醒めになってしまう。相手が黒澤明監督なのだからそんな贅沢を言っても怒られないだろう。

『彼女が水着にきがえたら』

1989年(平成元年)・日本 監督/馬場康夫

出演/原田知世/織田裕二/伊藤かずえ/田中美佐子/谷啓/伊武雅刀/竹内力/安岡力也/白竜/今井雅之/佐藤允

広告手法の一つで、映画やテレビドラマの劇中において、役者に特定の企業名や商品名(商標)を表示させる手法のことをプロダクト・プレイスメント(Product Placement)というらしいが、バブル景気絶頂期の作品らしく、広告代理店の電通が中心となった企業タイアップが非常に多いのが特徴であるという。

なるほどと頷ける無意味なシーンやカットの連続で、いかにもフジテレビが喜んで作りそうな映画に見える。視聴率3冠王とかいって栄華を極めていたテレビ局も今や落ち目の代名詞みたいなもの。軽過ぎて軽過ぎて反吐が出る。もっとも、後半のどこかからか深い眠りについてしまったので結末がどうなったのかさえ分からないで不満足ではない。

人間というのは環境によってどうにでも生きられるものらしい。悪くはない。お金があればあるように、お金がなければないように、自由に人生を謳歌できた方がいい。なまじ難しい人生を選んだとしても、そんなに一所懸命生きる価値があるはずもない。お気楽に、お気楽に、と天国から声が聞こえてくる。

『ミッション:インポッシブル2』(Mission: Impossible II, M:I-2)

2000年・アメリカ 監督/ジョン・ウー

出演/トム・クルーズ/タンディ・ニュートン/ダグレイ・スコット/ヴィング・レイムス

映画シリーズの2作目、大ヒットしこの年の世界興行で第一位になったという。テレビシリーズのそのテクニックがすごくおもしろかったフェイスマスクをつけて変装し、それを首のあたりからはがして正体をばらすというシーンがやっぱり「スパイ大作戦」だ、と喜んでいる。この映画でも初めと終わりの肝心なシーンに使われている。

ところが、始まって早々に深い眠りに陥ってしまった。今回のミッションが何かを知っての眠りだったので、起き出して先に進んで締まったストーリーを見たが、辻褄は合っていて何の問題もなかった。アクションシーンの連続が終わり頃だった。現実感のないアクションは、ちょっといただけない。

監督ジョン・ウーは中国広州市生まれ、香港育ち。1986年の『男たちの挽歌』は日本ヘラルド映画配給作品。何度も悔しがるが、この映画を当てられなかったことが今でも悔しい。映画が当たるのはいろいろな要素が絡んでいて、ひと言でその成否を云々することは出来ない。製作中は大もめにもめていた製作委員会の毎回の会議だった「南極物語」が、何故あんな大ヒットになったのか誰にも説明はつかない。それでいいのだ。そういう読めないストーリーこそが人間社会の普通の法則だと誰もが認識することの方が重要だ。

『新 居酒屋ゆうれい』

1996年(平成8年)・日本 監督/渡邊孝好

出演/舘ひろし/松坂慶子/鈴木京香/津川雅彦/生瀬勝久/名古屋章/松重豊/大杉漣/鈴木ヒロミツ/根岸季衣

録画が上手くいかなくて1時間53分の上映時間なのに1時間45分くらいで切れてしまった。まぁいいかっ! とこの映画について見たことにしてしまった。たいしたことのない内容なので別に問題はないだろうが、そんないい加減な人生に憧れているので、実践第一号てな感じか。

この頃松阪慶子の出演作品によく出会う。この時44才、まだまだ美しい雰囲気が残っている。太ってからの彼女をテレビ画面で見たのが始まりだったので、彼女の美しさが実感出来ていなかったが、さすがに騒がれるのは納得できると、同じことを何度でも確認する。

最近では心霊スポットをめぐるタクシーツアーもあるらしく、日本人は幽霊大好き人種みたいだ。そんなものが本当にいると信じている人がいるのが信じられない。宇宙人がいるかどうかとは全く次元が違う。どういう教育をされているのだろう。心霊現象なんてあるはずがない。怖いと思うのは暗がりで大きな声が聞こえたり風が鳴ったりするからだ。摩訶不思議な人間心理だが、それも人生の潤いなのか。

『運が良けりゃ』

1966年(昭和41年)・日本 監督/山田洋次

出演/ハナ肇/倍賞千恵子/花沢徳衛/犬塚弘/桜井センリ/穂積隆信/砂塚秀夫/左卜全/藤田まこと/渥美清

最初っから落語のような雰囲気だなぁと思っていたら、天明年間の江戸の貧乏長屋を舞台に、左官で暴れ者の熊と妹おせいの周辺で巻き起こる騒動を描いた人情喜劇。「らくだ」「さんま火事」「突き落とし」「黄金餅」などの江戸古典落語を下敷きにした、山田監督最初の時代劇作品だった。

落語に出てくる長屋の庶民よりちょっとばかり乱暴狼藉の職人達の集まりだ。近江屋の若旦邦七三郎は道楽息子だが、これがいかにも落語に登場する馬鹿旦那で、砂塚秀夫がピッタンコを演じている。彼は今どうしているのだろう。調べてみたら、彼はもう85才、2000年以降は映画もテレビにも出ていないようだ。癖のある役者だが、嫌みの出し方がちょっとばかり洒落ていて、今そんな役者は見当たらない。

向島山谷堀の裏長屋の住人たちは、金はないけど子だくさん、人情はあるけど純情ではない。行き当たりばったりの女郎買いを女房も妹も父親も口に出してなじりはするが、遺法行為だなどとは言わない時代。大らかな世の中が伝わってきてほっとする。どこかの国の馬鹿が言う慰安婦やセックス・スレイブは単なる売春婦の集まりだろう。現在だって政府が公認する公娼制度が世界には存在するのに、何を寝ぼけたことを言っているのだろう。

『ミッション:インポッシブル』(Mission:Impossible)

1996年・アメリカ 監督/ブライアン・デ・パルマ

出演/トム・クルーズ/ジョン・ヴォイト/エマニュエル・ベアール/エミリオ・エステベス

アメリカのテレビドラマ『スパイ大作戦』の映画化作品。テレビで見ていたのはいつの時代だったのだろうか。毎週毎週楽しみにしていたことを覚えている。その後も何度も再放送され、深夜帯に放送された時もよく見ていた。テレビシリーズではピーター・グレイブスが演じたジム・フェルプスの顔が忘れられない。

映画としてバージョンアップした映像は、これまでの知能は集団プラスアクション・チームとなっていく。アクション・シーンは映画の華、回を重ねるごとにその激しさを増していくのは必定か。『ミッション:インポッシブル2』(2000年)『ミッション:インポッシブル3』(2006年)『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011年)、先月の2015/7/31に『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』がアメリカで公開された。

まだアナログチックな映像が残っているこの映画第1作目は今見ても結構おもしろい。トムクルーズの精悍さも絶頂期のようだ。最新作も来年DVD化されたら間違いなく見るだろう。

『火垂るの墓』(Grave of the Fireflies)

2008年(平成20年)・日本 監督/日向寺太郎

出演/吉武怜朗/畠山彩奈/松田聖子/江藤潤/高橋克明/池脇千鶴/原田芳雄/長門裕之松坂慶子

何故か人気のある野坂昭如の短編小説。映画(アニメーション、実写)、漫画、テレビドラマ、合唱組曲などの翻案作品も作られており、特にアニメーション映画は一般的にも人気の高い作品となっている。

1988年のアニメ作品が何度もテレビ放映され、観る機会は多くあったが、アニメだということがあり観る気にはなれなかった。今回の録画は待望の実写版ということで多少の期待があった。私の映画ではなかった。戦火の下、親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、その思いも叶わずに栄養失調で悲劇的な死を迎えていく姿を描いた物語。

戦争の悲惨さを訴えるにはもってこいの題材として取り上げられるのだろう。兄妹、母の死、遠縁の不親切、戦争はいけないとのスローガンが目の前に大きくぶら下がっていて、気持ちが萎える。

『日本のいちばん長い日』

1967年(昭和42年)・日本 監督/岡本喜八

出演/三船敏郎/黒沢年男/佐藤允/笠智衆/山村聰/加藤武/戸浦六宏/江原達怡/石山健二郎/島田正吾/井川比佐志

2015年8月15日(土)、日本における終戦の日から70年目である。創立35周年記念映画と銘打った東宝株式会社製作の映画。昭和20年(1945年)7月26日午前6時、日本はポツダム宣言を知ることとなる。嘘つきソ連の仲介を期待するという決定的な間違いを犯しながら、その日から8月15日正午の玉音放送までの出来事、特に最後の1日に焦点をあてた骨太映画である。

この映画は、大宅壮一の名で発表されたノンフィクション『日本のいちばん長い日』(文藝春秋社、初版1965年)を原作としているが、どの程度事実関係と一致しているのかを知りたいところ。関係者の一挙手一投足をつぶさに見てみたい。今の日本人には、戦争を終わらせることなど到底出来そうもない。「胆力」を強く感じる日本人のありように、驚きを禁じ得ない。おやじに聞いておきたかったことのひとつ。今更ながらではあるが。

太平洋戦争に兵士として参加した日本人 1,000万人(日本人男子の 1/4)、戦死者 200万人、一般国民の死者 100万人、計 300万人( 5世帯に1人の割合で肉親を失う)、家を焼かれ財産を失った者 1,500万人、という数字以上のダメージをうけた日本、日本人が焼け野原から復活したのは、本当に凄いことだ。明治、大正時代に生まれた日本人の底力は驚異的なものだった。

『永遠の0』(映画)

2013年(平成25年)・日本 監督/山崎貴

出演/岡田准一/三浦春馬/井上真央/吹石一恵/風吹ジュン/夏八木勲/橋爪功/山本學/平幹二朗

半年前(2015年2月)にテレビ東京の3日間にわたる7時間10分のテレビドラマを見ていた。同じ内容の物語をもう一度見ようとは思わないのが私の常。なのに今回はとりあえず観てみようとなったのが不思議だった。でも観て良かった。原作を読んだ後に映画を観る心境とは、こんなものなのかもしれない。

作られたのは映画の方が先立った。当然、テレビドラマの製作者は映画の内容を踏まえて作っているのだろう。一番肝心の、物語の中での謎をテレビドラマでは断定的に描いていた。映画版はそこのところをボカしていた。原作はどっちなんだろうと知りたくもあるが、まぁどっちでもいいだろうと深追いしない。

映画の優れたところが少し分かった。「地獄の黙示録」の時に感じた映像の厚みっていうやつを強く感じた。活字を映像化するだけのテレビ画面と違い、映画には画面の深みがある。黒澤明が言ったと言われる、画面に映らない机の後にも張りぼてを使わないことが、その厚みに通じていると信じている。忘れることの得意な自分だが、さすがに半年前のテレビドラマ鑑賞は、今回の映画鑑賞にずいぶんと役にたった。

『社長行状記』

1966年(昭和41年)・日本 監督/松林宗恵

出演/森繁久彌/加東大介/小林桂樹/三木のり平/フランキー堺/司葉子/池内淳子/新珠三千代

『社長シリーズ』第24作。東京~名古屋、そして三重県が舞台。まさしく寅さんと同じご当地映画。ただ、会社関係なので大都市がメインとなっている。気楽な映画は毎日続く酷暑時に見る映画に相応しい。

相変わらずとりとめのない話ばかりだが、こんなもので映画シリーズを製作できた時代がすごい。今回は社長自らが金策に駆け回るという珍しいエピソードが入っている。社長なんて誰がやったって会社に影響しなかった時代が長かった。たいしたことのない才能が社長になって、あまりの切れ者は悲哀を見るというのが、社会の定番だった。

どこへ行っても馴染みの飲み屋・クラブがあるというのはうらやましい。自分の金を使わなくてもいいというばかりではなく、夜の時間に酒をお供に出来ることが羨ましい。しかも馴染みのママさんなんている環境は理想的だ。そうやって今でも接待費をふんだんに使い享楽に明け暮れしている人種がいるのだろう。天罰が子孫にくだらないように。

『ええじゃないか』

1981年(昭和56年)・日本 監督/今村昌平

出演/桃井かおり/泉谷しげる/緒形拳/草刈正雄/火野正平/倍賞美津子/田中裕子/犬塚弘/河野洋平/池波志乃/三木のり平

ええじゃないかは、日本の江戸時代末期の慶応3年(1867年)8月から12月にかけて、近畿、四国、東海地方などで発生した騒動。「天から御札(神符)が降ってくる、これは慶事の前触れだ。」という話が広まるとともに、民衆が仮装するなどして囃子言葉の「ええじゃないか」等を連呼しながら集団で町々を巡って熱狂的に踊った。その目的は定かでない。囃子言葉と共に政治情勢が歌われたことから、世直しを訴える民衆運動であったと一般的には解釈されている。これに対し、討幕派が国内を混乱させるために引き起こした陽動作戦だったという説がある。岩倉具視の岩倉公実記によると、京の都下において、神符がまかれ、ヨイジャナイカ、エイジャナイカ、エイジャーナカトと叫んだという。八月下旬に始まり十二月九日王政復古発令の日に至て止む、とあり、明治維新直前の大衆騒動だったことがわかる。また、ええじゃないか、の語源は、京の都下で叫ばれた言葉であったようだ。 ~ Wikipediaより

映画の冒頭クレジットには慶応2年江戸・東両国と記載されている。物価がどんどん高くなっていき、時代の変わり目を庶民も感じ始めている。その割りには江戸庶民は享楽に明け暮れている。江戸時代の大らかな人心の一端が描かれている。

だらだらと2時間31分、とりとめもなく映画は流れる。悪くはないが、ちょと苛つく。明治維新に向かう幕末の出来事が多すぎて、あっちもこっちもと描き過ぎているのかもしれない。製作費が結構高かったのではなかろうかと余計な心配をする。

『オペラ座の怪人』(The Phantom of the Opera)

2004年・アメリカ/イギリス 監督/ジョエル・シュマッカー

出演/ジェラルド・バトラー/エミー・ロッサム/パトリック・ウィルソン/ミランダ・リチャードソン

ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』の映画化だが、アンドルー・ロイド・ウェバーのミュージカルの映画化という言い方の方が正解。どこから書いたらいいのか分からないくらい、この映画というかこの物語には思い入れがある。ミュージカル大嫌いの自分が、これほどまでに好きな音楽もないであろう。

そう、物語ではなく音が好きなのだ。しくしくと胸が痛み、高鳴るのは何故だろう。劇団四季の学芸会的舞台を何度も見た。当時、いろいろと事情があって券の入手が容易だった。というか無料で貰ったことが何度もあって、いっぱしの通みたいな顔をして劇場に行ったのだった。勿論ロンドンの本場の舞台をその十数年後にも観ている。

まだ珍しかったFLASHメモリーにMP3化した音楽を入れて、楽しんでいた。娘達もおそらく覚えていてくれているだろう。ロンドンでは何本かのミュージカルを観たが、これほど楽しかった舞台は最初で最後。途中で退席したり眠ったりするのがオチだったのに。こんな音楽を生み出すアンドルー・ロイド・ウェバーは天才に違いない。

『宮本武蔵』

1973年(昭和48年)・日本 監督/加藤泰

出演/高橋英樹/田宮二郎/倍賞美津子/松坂慶子/笠智衆/細川俊之/佐藤允加藤嘉/加藤武/穂積隆信/戸浦六宏

原作は吉川英治。珍しく読んでいる「本」の1冊。「第一部・関が原より一条下り松」と「第二部・柳生の里より巌流島」になっているが、いずれも宮本武蔵の誕生やお通との情愛に行き着くくだりが上手く描かれていない。何故宮本武蔵が強いのか、何故お通が好きなのか、消化不良。

高橋英樹は29才、若い。将棋の駒のような顔形になってしまった現在に比べれば、はるかにきりりと引き締まったいい顔をしている。仕方がないか。倍賞美津子もきりりと引き締まっている。活字で読む物語は創造性に富み、無限の世界が出現する。映像の限界は宿命かもしれない。

巌流島の戦いが意外を超えた短さで決着する。延々とチャンバラシーンを見せつけられるだろうと思っていたので、かなり拍子抜けの様相。意地悪婆さんをずーっと登場させていた意図が良く分からない。活字で読んだ方が想像力が湧く。最後まで男と女の描き方がいまいちだった。

『大列車強盗』(The Train Robbers)

1973年・アメリカ 監督/バート・ケネディ

出演/ジョン・ウェイン/アン=マーグレット/ベン・ジョンソン/ロッド・テイラー

1907年5月生まれのジョン・ウェインがなんと65才の1973年2月に公開されている。撮影は前年だったろうが、いずれにしてもほとんど今の私の歳に西部劇の主演を張っているのが凄い。さすがに3年後の1976年が最後の出演作品になっている。

大列車強盗の題名だけは何度も聞いていたが、その作品がこれだったのかどうかは定かではない。1903年に作られた『大列車強盗』は、この作品以前に作られていたという西部劇作品は現存していないため、この作品は初の西部劇または西部劇の元祖として認知されているという。

映画はおもしろい。元軍隊の上官と部下2人が西部劇の主人公になって、その人生を語っていく。軽妙なタッチがいい。日本映画はこういう描き方を真摯に学ばなければならない。最後にオチがあり、さすがアメリカ映画と唸らせる。自分が監督できたとしたら、こういう映画を作ってみたい。

『世界で一番パパが好き!』(Jersey Girl)

2004年・アメリカ 監督/ケヴィン・スミス

出演/ベン・アフレック/リヴ・タイラー/ジョージ・カーリン/ラクエル・カストロ

こういう邦題でおもしろい作品を想定するのは困難だ。どこかおもしろいところがあったとしても、これから見ようとする観客に訴えるものははかることが出来ない。題名だけの問題でもなさそうだった。第25回ゴールデンラズベリー賞という最低映画賞の最低主演男優賞と最低助演女優賞と最低スクリーン・カップル賞にノミネートされたという。

気楽に何も考えずに垂れ流し的に見るのなら、そんなに文句を言うほどでもない。むしろ、くっだらないテレビドラマの替わりに、ゴールデンタイムで吹き替え版を流してあげれば、そこそこ以上の視聴率と拍手が来るだろう。

結婚して1年、第1子の誕生と引き替えに亡くなってしまった妻。こんな状況だったら、立ち直るのは不可能に近い。しかも生まれたばかりの子供の子育てをどうしたらよいのか、人生とはこんなにも試練を与えるのだろうか。自分の人生にはそんな波瀾万丈はなかったことが幸いだったのか。

『アルバレス・ケリー』(Alvarez Kelly)

1966年・アメリカ 監督/エドワード・ドミトリク

出演/ウィリアム・ホールデン/リチャード・ウィドマーク/ジャニス・ルール/パトリック・オニール

1984年アメリカは南北戦争のまっただ中、主人公は北軍と契約、牛2500頭をメキシコからリッチモンドまで運ぶ仕事を請け負った。戦争を戦うのは人間や兵器だが、もっとも大切なことは食料を確保することである、というのは戦場での常識のようだ。いざ目的地に着いてみると、そこは南北戦争の最前線、すぐにコンタクトしてきた南部軍から、今度はその牛を盗んで南部軍にもってきてくれという依頼が入る。

男同士の会話『金と酒と女、それだけが人生なのか?』 男と女の会話『君ほど情熱的で美しい人が正直なのは珍しい』 映画は戦場だけではない南部コミュニティーを映し出す。

『日本のように何もない部屋』と女性が説明する。1860年代に日本のことをこんな風に言うわけないが、この映画の製作された東京オリンピック1964年頃には、日本のことも少しは気になる存在になっていたのかもしれない。最近の映画でも、日本や日本人のことがさりげなく取り上げられているシーンがある。正確な描写ではない分、ちょっと複雑ではあるが、悪くない気持ち。

『ベスト・フレンズ・ウェディング』(My Best Friend's Wedding)

1997年・アメリカ 監督/P・J・ホーガン

出演/ジュリア・ロバーツ/ダーモット・マルロニー/キャメロン・ディアス/ルパート・エヴェレット

アメリカの軽いコメディー映画であることは、題名からも察しがつく。見事なまでのおもしろくなさで、これじゃそこらのテレビドラマや日本映画とちっとも変わらないじゃないの、と文句を言いたくなる。それにしても高いギャラを払ってこれだけの役者を揃えてこんな映画じゃ。

アメリカ映画の日常生活でかわされる会話の中で、お互いに平気で嘘をつくシーンが多いのが気になる。その嘘がもとで大事件が発生するわけでもなく、何気なく流されるシーンであるが故に、よけい気になる。おそらくそういったシーンが現実にもたくさんあるに違いない。気楽な冗談だよ、という雰囲気にも取れるが、嘘を平気で言う神経がどうにも理解できないのだ。

日本人だってそんな人はたくさんいるだろう。嘘を言って自分が有利になるようにしたい人が大半なのだろう。正直にあるがままに対応して、相手から責められても、自分がいかに不利になっても仕方のないこと。神に唾する行為を繰り返して人生を生きている人には、そんなことは些細なことで気にすることもないよ、と毎日をおくっているような気がする。嘘は泥棒の始まり、と小さい頃には社会が口を酸っぱくして教えていた。

『コンテイジョン』(Contagion)

2011年・アメリカ 監督/スティーブン・ソダーバーグ

出演/マリオン・コティヤール/マット・デイモン/ローレンス・フィッシュバーン/ジュード・ロウ

Contagion:1.(病気の)接触伝染;感染. ⇒INFECTION 1 spread by contagion(病気が)伝染していく。2.接触伝染病(菌)。3.(思想・感情などの)伝播(でんぱ)、伝染。感化[影響]。悪影響;(道徳的)腐敗。

いわゆるパンデミックをテーマとした映画。香港からアメリカ人女性と日本人男性が病原体となって、またたく間に世界中に伝染していく様子が映し出される。どこから発生したものなのかが分からず、ワクチンが出来なく、世界中が混乱する。事態は緊張感いっぱいなのだが、見えない病原体なので、その緊迫度が伝わり難い。結局同じことの繰り返し画面を見せられているようで、正直おもしろいとは言えない。

マット・デイモンがちょっと太めの普通のお父さん役で、少し不思議な感じ。彼はやっぱり緊張感溢れる、生と死の狭間で活躍する役がよく似合う。日本映画でもこんな映画があったが、緊張感の伝わらない同じような雰囲気だったことを思い出す。意外とおもしろくない共通点は同じものだった?

『誰よりも狙われた男』(A Most Wanted Man)

2014年・イギリス/アメリカ/ドイツ 監督/アントン・コルベイン

出演/フィリップ・シーモア・ホフマン/レイチェル・マクアダムス/ウィレム・デフォー

『2001年9.11テロ首謀者モハメド・アタは ドイツのハンブルクで犯行を計画 だが情報機関は察知できなかった 現在ハンブルクでは各国の情報機関が 前轍を踏むまいと躍起である』と、映画は始まる。ロシア人の父とチェチェン人の母を持つ一人の青年がハンブルクに入った時にこの事件が始まった。

地元のテロ対策局は存在しているけれど、誰にもその存在が知られていない機関。憲法に反することは出来ないはずだが、それをも超越する権力も有するという機関だ。但し、警察権力やアメリカのCIAまでもがテロリストを検挙する競争に加わっている。不思議な相関関係が、ちょっと複雑。

小さな芽を摘んでしまえばそれで解決というわけではない。むしろ小さな芽から大きな幹へと繋がる木を伐採したいと願うのがテロ対策局。一人の人物を幾つもの情報機関が監視している。どっちの権力が彼を捕まえるかで、その後の世界テロ情勢も変わってくる。緊迫の諜報合戦が意外な結末へと続いていく。日本の映画では決して描けないシーンの連続が。

『ダラス・バイヤーズクラブ』(Dallas Buyers Club)

2013年・アメリカ 監督/ジャン=マルク・ヴァレ

出演/マシュー・マコノヒー/ジェニファー・ガーナー/ジャレッド・レト/マイケル・オニール

1992年に『ダラス・モーニングニュース』の記事で取り上げられたロン・ウッドルーフ(主人公)の実話が基となっている。

1985年ダラス、電気技師でロデオ・カウボーイのロン・ウッドルーフは「エイズで余命30日」と宣告される。当時まだエイズは「ゲイ特有の病気」だと一般的には思い込まれており、無類の女好きであるロンは診断結果を信じようとしなかったが、詳しく調べるうち、異性との性交渉でも感染することを知る。しかし友人や同僚たちに疎んじられ、居場所を失ってゆく。治療薬のAZTは、当時臨床試験が開始されたばかりだった。AZTの存在を知ったロンは主治医のイヴ・サックスに処方してくれと迫るが、イヴは藁にもすがりたい患者の思いを知りつつも、「安全性が確認されていない薬を処方することはできない」と突っぱねる。その治験に協力していたのが、トランスジェンダーのレイヨンだった。 ~ Wikipediaより

ジドブジン (zidovudine, ZDV) は、核酸系逆転写酵素阻害薬の一種で、HIV の治療薬として用いられる。別名は アジドチミジン (azidothymidine, AZT) 。商品名はレトロビル (Retrovir) 。アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)が認可しなければ、アメリカでは薬として使えない。認可事業の裏には製薬会社の思惑が強く渦巻いていることが告発される。それでも法律の基という社会は、毒性が強くても認可したものを是とする悪弊がはびこっている。

『チョコレートドーナツ』(Any Day Now)

2012年・アメリカ 監督/トラヴィス・ファイン

出演/アラン・カミング/ギャレット・ディラハント/アイザック・レイヴァ/フランシス・フィッシャー

「1970年代のニューヨークのブルックリンでゲイの男性が育児放棄された障害児を育てた」という実話に着想を得て製作された映画。こう書いてしまうと簡単だが、現実はそんなに簡単ではない。まだアメリカでさえ市民権のなかったゲイという関係は、社会生活にさえも支障を生じていた。

そんな主人公のひとりが偶然にパートナーを見つける。相手は地方検事局の検事。ゲイだと分かればさっさと首にされた時代で、彼も時間を経てそうなった。そんなふたりが偶然に出会った14才の少年、彼はデブで背が小さく、ダウン症で知的障害も持っている。しかも母親は麻薬容疑で逮捕され、ひとりぽっちになっていた。アメリカの凄いところは、母親が逮捕されたら、すぐに関係役所が彼を施設に収容してしまうのだ。横の連絡がない日本ではあり得ない行動の速さだ。

そんな少年と触れあい、心から彼を守ってやるんだと、ゲイの二人は考えられないような素早さで少年を自分たちの近くで育てようとする。すぐにでも手を差し伸べなければ、彼が可哀想だというのだ。そこら辺にいる普通すぎる男や女より、このゲイのカップルは遙かに人間的で、映画を見ていてさえこちらの方が恥ずかしくなってくる。ただ現実は厳しい。この時代のゲイのカップルでは少年を守れる法的根拠がとぼし過ぎるのだった。「この世に正義はないのか」とカップルの片方が叫ぶが、敢えて依頼した黒人弁護士は言う、「そんなことは法律を勉強し始まった時の最初に教わったことだろう」、と。あれから35年、ゲイ(同性愛者)の人権は飛躍的に進化した。気持ち悪いと思っていた男二人の関係でさえ、ま~いいか!と気持ち悪がることもなくなってきた。人間の進歩とはこういうことも指すのだろうか。

『大いなる勇者』(JEREMIAH JOHNSON)

1972年・アメリカ 監督/シドニー・ポラック

出演/ロバート・レッドフォード/ウィル・ギア/ステファン・ギーラシュ/アリン・アン・マクレリー

1850年代の西部を舞台に、ロッキー山中で猟師となる事を決意した男ジェレマイア・ジョンソンの苦闘の日々を描く。大自然の猛威やインディアンの襲撃も乗り越え、たった一人で戦い続けるジョンソンにやがて家族らしきものができていく……。雄大な大自然をバックに、自然と人間の調和、人間と人間の調和を静かに説いた傑作。 ~ allcinemaより