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2010年5月頃 ~ 2019年6月
映画題名リスト

『エリジウム』(Elysium)

2013年・アメリカ 監督/

出演/マット・デイモン/ジョディ・フォスター/シャールト・コプリー/ヴァグネル・モーラ

2154年、超富裕層は、大気汚染や人口爆発により生活環境が悪化した地球から離れて、衛星軌道上に建造されたスタンフォード・トーラス型スペースコロニー「エリジウム」で暮らしている。映画の描く近未来もいよいよ2150年台に入ってきた。これから135年後だ。

今から135年前が1884年(明治17年)だということを考えれば、自分の目で見ることが出来なくとも、妙に現実に近い感じがする。40年前くらいに描かれている地球の近未来は、第三次世界大戦が勃発し、原爆の落とし合いで人間は地中深く住むというようなストーリー展開が多かった。そこまで人間は馬鹿ではなさそうな具合だということだけは、現実味を帯びてきている。

それでも、あのアメリカ合衆国でさえ変な大統領が出現する時代となってしまった。それに呼応するが如く、世界各国の政治体制が大きく変化しているのは気になるところだ。一庶民が何を悩もうが、現実は無慈悲に時を刻んでいくだけなのだろう。人生100年時代になったと日本の政治も言うけれど、たかが100年しか生きられないのだ。同じことの繰り返しをほくそ笑んで見ている神々たちの姿が目に浮かぶ。

『トレイン・ミッション』(The Commuter)

2018年・アメリカ/イギリス/フランス 監督/ジャウム・コレット=セラ

出演/リーアム・ニーソン/ヴェラ・ファーミガ/パトリック・ウィルソン/ジョナサン・バンクス

北アイルランド出身の主演リーアム・ニーソンは、この頃アメリカ映画のアクション部門で活躍している印象が強い。2015年、スパイクテレビ主催のガイズ・チョイス・アワードで「ビゲスト・アス・キッカー(最もタフな男)」賞を受賞しているというから頷ける。現在、ニューヨーク在住。

元警官のマイケル・マコーリーは保険のセールスマンとして働いており、仕事場へは毎日メトロノース鉄道ハドソン線の電車で通勤していた。ある日、マイケルがいつものように電車に乗ると、ジョアンナと名乗る女性から話しかけられた。彼女は「この電車が終着駅に着くまでに、乗客の中に紛れ込んでいる盗品を持ったある人物を発見できたなら、貴方に10万ドル(着手金2万5千ドルと成功報酬7万5千ドル)を渡す」と言ってきた。最初は適当に応対していたマイケルだったが、徐々に状況が切迫していき、ついには彼女の要求に応じなければならなくなった。図らずも陰謀に巻き込まれたマイケルは、自分と乗客の命を救うべく行動を開始した。(Wikipediaより)

緊急事態になったときに一体何が出来るのだろうか、というのが自分の人生のテーマになっている。その割にはちょっとしたことにすぐ動揺してビビっている姿を鏡で見ていると、緊急事態に遭遇したら一目散に逃走するのは自分だろうと、情けない結論になっている。先日のニュースで、自分の家の窓から見えた川に溺れている人を救助服を沈着冷静にまとって助けに行った主婦の話に涙した、と書いたのには、そういう事情があったのだ。

『ジョー・ブラックをよろしく』(Meet Joe Black)

1998年・アメリカ 監督/マーティン・ブレスト

出演/ブラッド・ピット/アンソニー・ホプキンス/クレア・フォーラニ/ジェイク・ウェバー

心地よい邦題だと感じたが、こういう柔さの題名とブラピだけではロードショーに耐えられないかも、と強く反省しながら思い返す。1934年の映画『明日なき抱擁(Death Takes a Holiday)』を元にしている。第19回ゴールデンラズベリー賞最低リメイク及び続編賞にノミネートされたという。

確かにちょっとかったる過ぎるところはあるけれど、ゴールデンラズベリー賞にノミネートされるほどではなかろう、と思えるのだが。アメリカ人のこういうところが好きだ。アカデミー賞という名誉を与える場を大々的に喧伝しながら、こんな風にその年の最低な映画を選出して見せるところが素晴らしい。政治の世界の2大政党方式だって同じような構図に見える。

日本人は、残念ながら心の広さが見えない。思いやりだと言いながら、陰口をたたくのが好きな国民らしいし、馬っ鹿みたいに執念深く追い越した車を追跡したり、と心の狭さを実証するような出来事が最近頻繁に起こっている。そのくせ、身内にはどうにも甘い態度をとるのが日本人のDNA特徴のような気がする。それでも、お隣の国のように泣き叫びながら訴える人はそうざらにはいないことが救いだろうか。

『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(Lemony Snicket's A Series of Unfortunate Events)

2004年・アメリカ 監督/ブラッド・シルバーリング

出演/ジム・キャリー/エミリー・ブラウニング/リアム・エイケン/ティモシー・スポール

レモニー・スニケット著『世にも不幸なできごと』シリーズの3つの作品を取り混ぜて、一つの映画作品にしているという。第77回アカデミー賞では4部門にノミネートされ、メイクアップ賞を受賞したらしい。濃いおっさんが出演していたけれど、あれがジム・キャリーだったのか。メイクアップ賞の一端のような感じだ。

活字の世界を映像化するとそのギャップが堪らないことがある。本を読んでいない私にはこの映画がどの程度活字と映像にギャップがあるのか想像すらできない。あまりにも幼さ過ぎる物語にちょっと引いてしまった。こういう物語をおもしろいと思えるのは、小さい頃から童話や昔話的なストーリーに慣れている人に違いない。

新しい大きくなったテレビの1本目の映画としては、映像には文句のつけようがなかった。字幕スーパーがくっきりと大きく見えるようになったことは、凄く嬉しい。念願のSHARP製、4T-C50AJ1というのが型番。さんざん日にちを費やした結果のテレビだった、Amazonで5年保証を付けて73,500円。もう既にこれより安くなっている。仕方がない。

『シェイプ・オブ・ウォーター』(The Shape of Water)

2017年・アメリカ 監督/ギレルモ・デル・トロ

出演/サリー・ホーキンス/マイケル・シャノン/リチャード・ジェンキンス/ダグ・ジョーンズ

2017年8月に第74回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映されて金獅子賞を受賞し、第42回トロント国際映画祭で上映される[7]。北アメリカで2017年12月8日に広く一般公開された。暴力描写や自慰行為、刺激の強い性描写があるため日本国内では、東京国際映画祭で公開されたオリジナルバージョンはR18+指定で公開され、2018年3月1日に公開された本作は1か所にぼかし修正を加え処理したR15+指定バージョンの作品である。第90回アカデミー賞では作品賞など4部門を受賞し、第75回ゴールデングローブ賞でも2部門を受賞した。(Wikipediaより)

摩訶不思議な映画である。性描写がどうのこうのと書かれていたが、別になんていうことないシーン。普通の人間の営みが猥褻だと表現されてしまう世の中の方が不思議でならない。主人公の女性はある研究所の掃除婦、ある時不思議な生物が研究所に運ばれてくるのを見てしまった。このあたりが摩訶不思議な話の根源。変な生物がきちんと登場するところがミソだろう。

主人公は話は聞こえるが自分では喋れない障碍者。この手の登場人物は観客を委縮させてしまいがちだが、この映画に限って言えば必要不可欠な条件を持った人間に見えた。そのあたりも不思議な感覚。世の中には飄々と生きている人がたまに居る。毎日食事をしているのだろうか、何を食べているのだろうか、想像できないような人が居るのだ。

『ハングマン』(HANGMAN)

2017年・アメリカ 監督/ジョニー・マーティン

出演/アル・パチーノ/カール・アーバン/ブリタニー・スノウ/ジョー・アンダーソン

名優アル・パチーノと「マイティ・ソー バトルロイヤル」のカール・アーバンが、連続殺人鬼を追う刑事役で共演したサイコスリラー。殺人課の敏腕刑事レイ・アーチャーと相棒ウィル・ルイニーは、子どもの遊び「ハングマン」に見立てて犯行を繰り返す連続殺人鬼を追っていた。殺人は24時間ごとに起き、犠牲者の遺体には次の殺人へのヒントとなる文字が刻まれる。そんな中、犯罪ジャーナリストのクリスティ・デイビスが、連続犯罪の取材をするためレイたちに同行することに。さらなる殺人を防ぐべく奔走する3人だったが……。クリスティ役に「ピッチ・パーフェクト」シリーズのブリタニー・スノウ。新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2018/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2018」(18年7月14日~8月24日)上映作品。(映画.comより)

アル・パチーノの刑事役も食傷気味の感がする。なんて言ってしまうと、名優とまで書いてくれている人たちにどやされそうな気がする。何の抵抗もなく話が進行して行く。事件がどんどん起こっても、それが予定調和のように見えてしまっては魅力ある映画ではなくなってしまう。

日本の2時間ドラマをきちんと観た記憶がない。チャンネルを回している途中に見る刑事や警察官、検視官などの姿が嘘っぽくて目も当てられない。ましてや滅多に拳銃を発砲しない日本の警察官が、テレビの中では平気で銃を扱っている。やめてくれ~と言いたくなるような嘘っぱち映像を見ることを由としない。

『女は二度決断する』(Aus dem Nichts)

2017年・ドイツ/フランス 監督/ファティ・アキン

出演/ダイアン・クルーガー/デニス・モシットー /ヌーマン・アチャル/ヨハネス・クリシュ

トルコ人移民に対する連続殺人や爆弾テロを行っていたネオナチ組織、国家社会主義地下組織(NSU)の事件を下敷きとする。連続殺人事件がNSUの犯行であると判明するまで、警察もメディアもトルコ人同士の抗争という見方を取っており、トルコ人社会を治安悪化の主犯として責める報道が相次いでいた。この事件では監督の友人の家族が殺されており身近な事件でもあったが、それだけではなく排外主義一般をテーマにすることを長らく考えていたという。監督はネオナチから脱退した人たちへの取材を繰り返し、「人は暴力では変わることができないが対話などで変わることはできる」ということを確信したという。一方で、「暴力がいかに次の暴力を生み出し、ヘイトがいかに次のヘイトをもたらすか。今作は、そうした連鎖についての物語だ」とも述べている。人は変わりうる、ということを信じることができるか、それとも暴力による復讐に進むかがテーマになっている。(Wikipediaより)

スピードを要求されるこの手の映画にとって、ドイツ・フランス映画ではちょっとばかりかったるい。主人公は夫と息子をテロにより失ってしまう。自ら目撃者となり裁判に持ちこむが「疑わしきは罰せず」という大原則の前に、容疑者は無罪となってしまう。自分の手でこの容疑者を殺してしまおうと考えるのは普通のこと。思い直すことがあって、悲惨な結末に至る過程が。

親日国だとされるトルコのことを十分に知ることはない。イスラム教国家でありながら、欧米のような様式が社会に浸透している珍しい国だという思いしかない。ユセフ・トルコという力道山時代のプロレスのレフリーがトルコ人だと思い込んでいた。今更ながらに調べてみたらトルコ人の両親の間に横浜で生まれた、とあった。インチキ・プロレスを手に汗握り見ていた子供の頃は、純真無垢だったのだろうなぁ~。

『ネイビーシールズ ナチスの金塊を奪還せよ!』(Renegades)

2017年・フランス/ドイツ 監督/スティーヴン・クォーレ

出演/サリバン・ステイプルトン/チャーリー・ビューリー/シルヴィア・フークス/J・K・シモンズ

1992年から1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期サラエヴォでの話。コメディと言ってもいいのだろうが、アクション・コメディなどというジャンルがあるなら、それで行ってみよう。ここでもまたナチスの遺産がコメディの素、基。

湖に眠るナチスの金塊27トンを引き揚げるという壮大な物語。しかもネイビー・シールズ(アメリカ海軍の特殊部隊)は紛争の真っただ中で戦っている最中なのだ。アメリカ映画なら軽快に進行して行くのだろうが、残念ながらこの映画はフランスとドイツの映画。期待するほどには格好良く進まないのは仕方のないことか。

たわいもない話、映画と言ってしまえば元も子もない話だ。アメリカ軍だって軍隊のはずなのだが、日本映画に見る日本軍との違いははるかかなたという感じだ。上官が部下を平気で殴り倒して規律を保っていた日本軍の光景は、もしかすると映画で植え付けられてしまった幻影かもしれない。もしかすると本当に近かったのかもしれない。本物の日本軍の兵隊さんだった父の話をもう少し親身になって聞けばよかった。

『ワンダー 君は太陽』(Wonder)

2017年・アメリカ 監督/スティーブン・チョボスキー

出演/ジュリア・ロバーツ/オーウェン・ウィルソン/ジェイコブ・トレンブレイ/マンディ・パティンキン

「僕は普通じゃないから - 心の中がのぞけたら - みんなも普通じゃないと思う - 誰だって一生に一度は称賛されるべきだ 」 『エレファント・マン』(The Elephant Man・1980年)という宿敵東宝東和が配給して大ヒットさせた映画を強く思い出した。

主人公はトリーチャーコリンズ症候群が原因で顔の形が変形しており、長らく入退院を繰り返していた。容態が安定した主人公は学校に通うようになるが、クラスメートたちの差別によるいじめを受けふさぎこんでしまう。自分の顔が普通ではないことを嘆いたが、両親の励ましを受け立ち直り、学校生活に適応するため、家族に支えられながら懸命に行動を起こす。当初、顔の形がみんなと違うと囃し立てたクラスメートたちも、彼との交流を通して「人間の内面の価値には外見で推し量れないものがある」ということを学んでいき、相互理解を得るようになる。(Wikipediaより)

言葉で書いてしまえば、お涙頂戴のハッピーエンド映画の様相しか伝わらない。どうやってハッピーエンドになって行くかのプロセスが映画の仕事になる。結果だけで生きていくのなら、こんな味気のない人生はないであろう、一つ一つのことには、それこそ必然も偶然もあり、そこをどうやって歩んできたかが人生なのだということが分からない人が多い。目の前の事柄は、すべてが自らの思考と行動の結果にしか過ぎないと。

『ジオストーム』(Geostorm)

2017年・アメリカ 監督/ディーン・デヴリン

出演/ジェラルド・バトラー/ジム・スタージェス/アビー・コーニッシュ/アレクサンドラ・マリア・ララ

"geostorm" という言葉は英語の辞書に載っていません。 この映画のシナリオを書いた人が新しく造った言葉でしょう。"geostorm" はおそらく、「大地・地球」を意味する接頭辞 "geo-" と「嵐」を意味する名詞 "storm" とを組み合わせて造った言葉でしょう。"geo-" という接頭辞は、"geography(地理)" や "geology(地質学)" など地面関連の語に使用されています。映画「ジオストーム」において、"geostorm" は「世界的な大災害」という意味で用いられています。 ~ こんな解説を見つけた。

2019年。災害史に残るような規模の自然災害が多数発生した後、18の国が共同で、国際気象宇宙ステーション(ICSS)を中心とした人工衛星のネットワークにより気象をコントロールするシステムを構築し、ダッチボーイと名付けた。システムの総責任者である主人公は、緊急時に上司の承認なしに異常気象を防いだためにアメリカ合衆国上院の査問会に呼び出され、査問会の議長を務めるバージニア州知事を罵倒してしまう。主人公は更迭され、弟が後任となる。(Wikipediaより)

SF災害映画。こんなジャンルがあったのか。今や世界的な異常気象が現実に続いている。地球温暖化が為せる業だと、専門家は口をそろえて言うが、億年という地球の存在からすれば小さなうねりのひとつではないかと思える。人間が生きていけなくなる気象が、また新しい地球の生命を創り出すという仮説が正しいと、私も思っている。

『インクレディブル・ファミリー』(Incredibles 2)

2018年・アメリカ 監督/ブラッド・バード

出演(声)/ホリー・ハンター/クレイグ・T・ネルソン/サミュエル・L・ジャクソン/ビル・ワイズ

「アニメ映画はあまり観ない」「アニメはめったに観ない」「アニメ映画を観ることはほとんどない」「極く稀にしかアニメ映画を観ない」 どの言い方も合っている。時々は意図的に観ることもある。『アナと雪の女王』(Frozen・2013年)は、早く観たかった映画。どこがそこまで支持されたのだろうか、という1点が興味の対象だった。映画もおもしろかった。

この映画は1作目を観た時は偶然だったが、その面白さに驚いた。この2作目を録画出来て幸運だと思ったくらいだ。相変わらず前作の内容に関してはほとんど覚えていないのは御愛嬌と自分を擁護する。ミセス・インクレディブルが活躍する映画になっている。まだおしめの取れない赤ん坊にもスーパー・パワーが備わっているという設定が何ともおもしろい。

アメリカ人の考えることがやっぱり恐れ入る。日本人の考えることは、音楽と同じようにマイナー・コード、例えば幽霊や心霊のようなものがほとんどで、アメリカ人の考えるメジャー・コードとは正反対のテーストを感じる。おおらかでハチャメチャでやることなすことが奇想天外でおもしろい。絶対に追いつかないことだ。100年経っても差は詰まらないだろう。

『ガーディアン 偽りの守護天使』(The Guardian Angel)

2018年・フィンランド/デンマーク/クロアチア 監督/アルト・ハロネン

出演/ピルウ・アスベック/ジョシュ・ルーカス/ラデ・シェルベッジア/サラ・ソウリエ

第2次世界大戦が終わってから6年後のデンマーク。銀行強盗犯が自分に犯行を指示したという“守護天使”とは誰か。ショッキングな実話を再現したヨーロッパ産サスペンス。1951年、コペンハーゲン。銀行強盗犯のひとりは“守護天使”に命じられたと証言するが、“守護天使”とは何者か……。心理学に精通する黒幕が、催眠術で他人を操ったという衝撃的な実話を再現。黒幕はしかも、捜査を担当する刑事の妻に近づき、彼女の心までコントロールしようとする。1950年代が舞台ながら、現在でも起き得る“洗脳”が題材なのが恐ろしく、最後まで目が離せなくなる戦慄編。こうWOWOWの映画紹介ページに。WOWOWの放送が日本初公開だという。

刑事が主人公。アメリカの警察ものや刑事ものは圧倒的におもしろいが、ヨーロッパ産のデカものはやはりどこか匂いが違う。アメリカ映画の動きの速い、ストーリー展開の激しいものに慣れてしまっているので、どことなくゆったりとしたしかも同じ事の繰り返しを厭わない映像にはちょっと不満が。

催眠術で銀行強盗を実行させるというあたりはなかなかおもしろい。実話に基づいた映画だというが、ナチスの後遺症があっちこっちに埋まっていた。1951年という時代にはまだ第二次世界大戦の清算が出来ていない社会構造だったことは理解できる。お隣の国からは70年経っても責任追及されて、忘れっぽい日本人には不愉快なことばかりが聞こえてくる。

『モリーズ・ゲーム』(Molly's Game)

2017年・アメリカ 監督/アーロン・ソーキン

出演/ジェシカ・チャステイン/イドリス・エルバ/ケビン・コスナー/マイケル・セラ

今日は2019年(令和元年)5月25日(土)。真夏のように暑い1日だ。北向きの部屋で開け放てるような窓もない部屋では温度計は29.1度を示し、湿度は34%。ようやく少し汗をかけるようになってきた。老体に鞭うって最後の時間を快適に過ごす算段をすることだけが日課。手当たり次第にWOWOWを録画しているが、わりあい新しい映画なのに、全くこの存在を知る由もない。

アメリカの伝記映画。出だしはおもしろいが、途中から同じようなことの繰り返しで飽きが来る。また寝てしまった。2時間20分の上映時間と知って、あと30分短くしていたら、たぶんもう少しおもしろげな映画になったのではなかろうかと思った。伝記もの、実話もの映画の欠点特徴は、どうしてもその事実とかけ離れた表現が出来ずに面白みに欠けるというところ。

オリンピックに出場寸前まで行ったアスリートの主人公が、挫折の果てに掴んだ職業が私設カジノ経営者・運営者。アメリカの法律によりチップはもらうが手数料を取らなければ合法だという。世の中に知られた著名人や有名人、映画スター・プロ・スポーツマンが限定客として毎週博打に明け暮れる。負けても負けても毎週顔を出せるのも、知り合った億万長者たちに投資の話を持ち掛けて、ギャンブルで負けた何倍もの金額を扱えるからだ、という一つのからくりもあった。金があればあるように、金がなければないように、人間とは結構賢明な動物なのかもしれない。この映画の中で語られた「チャーチルは言った、成功とは失敗から失敗へ情熱を失わずに進むこと」が印象に残った。

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(THE KILLING OF A SACRED DEER)

2017年・アイルランド/イギリス 監督/ヨルゴス・ランティモス

出演/コリン・ファレル/ニコール・キッドマン/バリー・コーガン/ラフィー・キャシディ

思わせぶりな邦題『いい匂いのする女』(Oregon Pine・2016年)を20分くらい観ただけで録画を消してしまった。間違っただけだが、内容はさほどのものではなかったような。原題にあるようにオレゴン産の木材・松の匂いが発端になってこんな下品な映画題名になっというあたりが窺えた。先日のボクシングを見るために臨時加入してすぐやめるつもりだったWOWOWがその月には解約できず、1か月分は払わなければならないと分かり、録画体制を変更していて手間取ってしまった。

そして次に観始まった『スリー・キラーズ』(Reincarnation・2016年)は、ものの10分もしないうちに観るのを止めたくなって、そうした。なんと薄っぺらな映画なんだろう、という感想だけが。WOWOWの映画録画に対する傾向と対策がまだまだ出来ていない。

さてさて、この映画になって、ようやくまともな映画にぶち当たった、と思ったら、とんでもない、稀に見る変な映画だった。2017年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した、というが、このカンヌ映画祭での受賞というのは曲者だ。このタイトルからして怪しい。この監督が、『籠の中の乙女』では常軌を逸したルールのもとで暮らす家族の狂気を描き、『ロブスター』では独身者が動物に変えられてしまうという世界を描いた、不条理で奇想天外な映画を連発する奇才という評判があるらしい。観ていてまったく不愉快な気分になりイライラしていた。それが監督の狙いなら、私はまんまとはまってしまったというべき。いやー、気持ちの悪い気分にさせられた。

『万引き家族』

2018年(平成30年)・日本 監督/是枝裕和

出演/リリー・フランキー/安藤サクラ/松岡茉優/池松壮亮/城桧吏/佐々木みゆ/高良健吾/池脇千鶴/樹木希林

タイトルだけ書いておいた『ある殺し屋』(KILLER FRANK・2015年)は結局5分持たずに断念してしまった。よくあることなので、あらためて書くのも躊躇われるが。この映画は、脚本段階では子どもに「お父さん」「お母さん」と呼んでほしいと願う主人公の想いが重点的に描かれており、撮影中につけられていた映画のタイトルは『万引き家族』ではなく『声に出して呼んで』だったという。

そうこのタイトルが気にくわない。善良な市民に誤解を招くようなタイトルは良くない。内容を観れば、さほど万引きを勧めているようには見えないので、媒体の映画紹介にこのタイトルと万引きという犯罪が大手を振っている様子が我慢ならないのだ。映画は至極つまらない。ここまでおもしろくない映画だとは想像すらできなかった。2時間という時間がどれだけ長いものなのかを味わった。

どうしてこうも自分の価値観と映画祭の価値観が違うのだろうか。不思議なくらい反比例するこの二つの溝は埋まらない。耳が悪くなったのかと思われるくらいセリフが聞き取れなかった。普段のアンプを通したスピーカーの音がぼやけた。仕方がなくテレビのスピーカーだけで聞くようになって、ようやく言葉が判別できた。何から何まで独りよがりでおもしろくない映画だった。

『ミッション:インポッシブル フォールアウト』((Mission: Impossible ? Fallout))

2018年・アメリカ 監督/クリストファー・マッカリー

出演/トム・クルーズ/ヘンリー・カヴィル/ヴィング・レイムス/サイモン・ペッグ

『ミッション:インポッシブルシリーズ』の第6作目。どれを観て、どれを観ていないかまったく分からない。おそらくワン・シーンを観て作品名を答えよ、などと言われたら赤面しかないだろう。トム・クルーズのアクションがますます激しくなって、それが映画の売りになっているのだろうか。そこまで身体を張ってやってくれても、そんなに驚かなくなってしまった。映画館できちんとした大きなスクリーンで観なければいけな作品のひとつ。

このシリーズの元々のテレビ映画「スパイ大作戦」はおもしろかった。毎週必ず見ていたばかりか、何年後かに再放送されたシリーズも欠かさず見ていた記憶がある。3度目の再々放送の時も、そうだった。知能犯のような仕掛けがもの凄く新鮮で刺激的だった。

オートバイや車のアクション・シーンが満載だが、飽きが来る。逆転の連続でいい加減にして欲しいと願う心まで芽生えた。さほど美味しくないメニューがずらりと並んでいても、食指が動かない様子に似ている。過ぎたるは及ばざるがごとし、といった按配だろうか。

『DESTINY 鎌倉ものがたり』

2017年(平成29年)・日本 監督/山崎貴

出演/堺雅人/高畑充希/堤真一/安藤サクラ/田中泯/中村玉緒/市川実日子/ムロツヨシ/要潤/大倉孝二/神戸浩/國村隼

『まんがタウン』(双葉社発行)に連載されている西岸良平の漫画作品。2017年7月現在、コミックスは34巻まで発行している。第38回日本漫画家協会賞大賞受賞作品。だというが、活字どころか漫画世界に疎い自分には、これぽっちも情報が入ってこない。漫画を嫌いだなどと言うはずもないが、漫画を読んで楽しんでいた短い時間があったことは確か。でもそれは、だいぶ小さい頃の話で、少年ジャンプが800万部の発行を誇る頃に、電車の中で読んでいる若者を見た時期には、もういい加減にしたらという言葉を投げつけたい心境になっていた。

息抜きとしての娯楽には大賛成だが、娯楽が生きがいになってしまってはどうしようもない。娯楽は、提供する側は仕事として没頭しなければならないが、その娯楽を楽しむのは他にあるメインの仕事ややらなければいけないことのための息抜きにならなければいけない。今だって電車の中でスマホを弄って感心だなぁと思っていると、たかが携帯ゲームに夢中になってるだけじゃないかというケースも少なくなく、日本の未来が心配になる老人の心境也。

2時間9分もあるこの映画はつまらない。日本映画独特の子供だましの話では興味が失せる。それなりのお金はかかっているが、特撮分野ではアメリカ映画に圧倒的に遅れている映像がはなし同様子供っぽくてこっちまで馬鹿にされているよう。さすがにアメリカ映画は腐っても鯛、内容や撮影技術で勝負できた昔の日本映画の世界的地位は、残念ながらもうとっくの昔に地に堕ちてしまったと言わざるを得ない。

『ザ・レジェンド』(Outcast)

2014年・アメリカ/中国/カナダ 監督/ニコラス・パウエル

出演/ヘイデン・クリステンセン/ニコラス・ケイジ/リウ・イーフェイ/アンディ・オン

時は12世紀。十字軍で活躍していた歴戦の騎士ジェイコブとガレインは、虚しい戦いの日々に辟易し極東の中国へと旅立った。一方その中国では、皇帝が実子により暗殺され、国中に不穏な影が渦巻いていた。皇帝を暗殺した長男シンは、皇帝の座を継ぐのに邪魔な幼い弟を殺害するよう兵に命じるが、弟は兄弟の姉であるリアンと共にすでに逃げ去った後だった。こうしてリアンと弟は決死の逃避行を開始するが、とある酒場で二人はシンの兵に見つかってしまう。二人の絶体絶命の危機を救ったのはそこに居合わせたジェイコブだった。二人と出会ったことで再び戦う目的を見出したジャイコブは山中で盗賊の頭に身を落としていたガレインを説得し、たった数人で大多数を相手に戦う決意をするのだった。(Wikipediaより)

中国が入ってくると話が大袈裟になって観るのもつらくなる傾向が強い。仰々しいという表現が相応しいのだろう。大したことのない事柄をさも大きいことだと言い放つ性癖は古来4000年の歴史の積み重ねなのだろうか。

最初はヨーロッパで起こっていた戦いのはずだったのに、時が移って舞台は中国の様子。東へと流れついた白人二人が巻き起こす活動劇とでもいえるだろうか。つまらない。国王を継ぐ者が兄なのか弟なのか、単純な話が色付けされて別の話になって行く。おもしろくない。中国嫌いが頭を擡げる。

『英雄の証明』(Coriolanus)

2011年・イギリス 監督/レイフ・ファインズ

出演/レイフ・ファインズ/ジェラルド・バトラー/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/ブライアン・コックス

シェイクスピア悲劇『コリオレイナス』の舞台を現代に置いた映画化で、レイフ・ファインズの監督デビュー作。ローマ時代の話を現代の戦争様式に例えているので違和感が拭えない。攻める都市が「ローマ」で銃を使っていたのでは、頭の整理が出来なくて困る。

頑なな司令官候補者が人民の賛同を得られずに逆恨みして母国を攻撃する。そのあたりの人間の心の変化は理解できるが、簡単に司令官候補者を死刑だとまで責め立てる民衆の総意が理解できない。半分分かるところがあって、半分分からないところがあるという不思議な映画だった。指揮官までも意思をまげて人民に阿ねなくてはならないのかと怒る主人公の気持ちが良く分かる。

いざとなれば母や妻、子供の訴えに耳を貸すことになる無慈悲な指揮官も形無し。女の涙は剣よりも強しか。折れないで自我を通して欲しかった、と珍しく映画ストーリーに難癖を付けたくなる。

『ビッグショット・ダディ』(World's Greatest Dad)

2009年・アメリカ 監督/ボブキャット・ゴールドスウェイト

出演/ロビン・ウィリアムズ/ダリル・サバラ/アレクシー・ギルモア/ジェフ・ピアソン

ロビン・ウィリアムズが主演だった。思いがけないところで再会できた。好きな俳優だ。最初に彼の死について触れない訳にはいかない。カリフォルニア州の自宅にて2014年8月11日に縊死。63歳没。検視されて「自殺」と断定される。関係者によると、ウィリアムズは数か月に渡ってうつ状態にあり、アルコール依存症専門のリハビリセンターに入院したこともあったという。病理報告では、初期のパーキンソン病ならびにレビー小体型認知症であったとも伝えられ、これらの罹患が自殺の一因になったと一部メディアで説明されたが、娘のゼルダはその後のインタビューで「憶測では原因を語れない」と断定できない立場を取った。

彼の映画はおもしろい。彼が他人を笑わせるからではない。その持っている雰囲気が大好きなのだ。『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(Patch Adams・1998年)の中での彼は、まさにその天性のものを周りの人々に確実に伝えていた。あーいう風に入院している子供たちを笑顔にさせられたら、どれだけ嬉しいことだろうか。この映画、WOWOW放送時のタイトルは『ディア・ダディ 嘘つき父さんの秘密』だったが、DVDレンタル開始時に邦題がこの題名に変更されている。当初はiTunesなどでのネット配信でのみ映画本編を視聴することが可能だったが、2014年10月にDVDが発売されたという。

この映画も無理やりのコメディではない。どういう風に映画が結末を迎えるのかが凄く気になった久しぶりの映画だった。映画の中のせりふ、「自殺は、一時的な問題の恒久的な解決策だ。」「孤独に死ぬことが最悪な人生だと思っていた。だが違う。孤独を感じさせる人に囲まれる方が最悪だ。」 この二つがえらく印象に残った。ロビン・ウィリアムズは稀有な才能に溢れた役者だった。

『シンデレラ 前編・後編』(Cenerentola)

2011年・イタリア 監督/クリスチャン・デュゲイ

出演/ヴァネッサ・ヘスラー/フラヴィオ・バレンティ/ナタリア・ヴォルナー/ルース・マリア・クビチェック

現代版シンデレラ、作ったのはイタリア映画界、チネチッタという映画人なら誰もが知っている撮影所が登場したりして楽しい。勿論、シンデレラという物語をきちんと読んだことはない。長年人間をやっていると、シンデレラという物語にはカボチャの馬車やガラスの靴、動物たちとのお喋り程度の「知識」が身に付いてくるから不思議だ。

どう考えたって、この程度の映画を全編・後編と日本の映画館で公開することは不可能だろう。いきなりDVD発売しか道はないと思われるが、観ている分には結構楽しめた。日本の代表的なテレビ・ドラマ「おしん」は東南アジアを中心に有名だと聞くが、いつのどこの世界でも意地悪な人種が善良な人間をいじめる話は興味が尽きない。

どうして意地悪な人が存在するのか疑問だった。そんな人がいる事すら信じられないことだが、現実社会には掃いて捨てるほどの意地悪人間が存在することはうすうすようやく分かってきた。意地悪されたとしても、そう感じないほど優秀だったのかもしれない若い私は。歳をとってから意地悪されると、もういけません。自分で恢復する力がなくなってしまったので、小さな傷でも致命傷になりかねない。惜しまれているうちに居なくなった方が賢明だと思うのは正しいことだと。

『バッド・ウェイヴ』(Once Upon a Time in Venice)

2017年・アメリカ 監督/マーク・カレン

出演/ブルース・ウィリス/ジェイソン・モモア/ジョン・グッドマン/トーマス・ミドルディッチ

悲惨な映画だった。ブルース・ウィリスが探偵でアクション・コメディを展開する、と聞いたら何それ!と全員が摩訶不思議な顔をするだろう。その通りなのだ。この探偵さん、自分の飼っているチンケな犬が大好きで、それをこれまた大好きな姪に預けて楽しんでいる。やることなすことがドジで間抜けで、というハチャメチャ・ストーリーなのだ。

アメリカ西海岸の物語。ロスにあるベニス・ビーチが頻繁に出てくる。アメリカの地名は世界各国の有名な地名が名付けられている。人間だって世界各国からアメリカン・ドリームを夢見てやってきた人たちが多いのと同じようなものか。スペイン語の地名・道路名が多いと感じていたが、このベニス・ビーチはイタリアからのものだろう。種馬イタリア人と揶揄されるイタリア系アメリカ人も数多く映画に登場する。

日本ヘラルド映画配給作品『女と男の名誉』で、東海岸のサラリーマンが西海岸に出張に行くシーン、スーツにネクタイでピシッと決めていた男が飛行機の中でアップになると、なんと黄色いアロハ・シャツを着ていた。その時に初めてアメリカの東と西の違いを覚えたのだった。

『ユージュアル・ネイバー』(THE HARVEST)

2013年・アメリカ 監督/ジョン・マクノートン

出演/サマンサ・モートン/マイケル・シャノン/メドウ・ウィリアムズ/チャーリー・ターハン

普通の人々ならぬ普通の隣人は普通ではなかった。ホラー映画というジャンルに属するのだろう。映画の面白味が発揮されているが、終始暗いムードに包まれていて私は好きではない。病気の息子がいつもベッドで寝ていると思わせて、実は彼は新生児の時に病院から誘拐してきた少年だった。実の息子に肝臓移植、心臓移植を秘かに行うためにさらってきた生贄だったのだ。母親は医者である。

てな感じなのだが、なんとまー見ていると嫌になってくるのが良く分かる。隣に越してきた家族の中に同じような年頃の好奇心旺盛な少女がいた。隣といっても、家と家の間に小さな森があり川も流れている。アメリカの田舎ではこんな光景もよくあることなのだろう。

向こう三軒両隣という組合組織が田舎にはある。たぶんというか勿論今でもあるだろう。葬式を出せば、必ずこの組合の人たちで助け合うのが普通だが、普通以上に面倒な存在であることも確か。そういう生活を子供の頃していた身にとっては、団地生活の付き合いは慣れなかった。今でも隣近所の付き合いをもっとしたいと思っていても、自分だけではどうにもならない。人間生活の一部だろう。

『人生の動かし方』(The Upside)

2019年・アメリカ 監督/ニール・バーガー

出演/ブライアン・クランストン/ケヴィン・ハート/ニコール・キッドマン/ジュヌヴィエーヴ・エンジェルソン

今日は平成31年4月30日、明日は令和元年5月1日だ。「AMAZON ORIGINAL」と書かれていて、絵柄は「最強のふたり」とほとんど同じようだったので観るきっかけが掴めなかった。調べてみたら、2011年に公開されたフランス映画『最強のふたり』をリメイクした作品であるとあった。なるほど。おもしろいと思っていた映画なので、今回も新鮮におもしろかった。

資産家の主人公は四肢の麻痺を抱えており、介護者なしでは生活できない状態にあった。主人公は気難しい性格であったため、雇われた介護者は早々に辞職してしまうありさまであった。新しい介護者を探していた主人公の下に、もう一人の主人公の若者がやって来た。主人公の周囲の人々はもう一人の主人公に前科があることに難色を示したが、主人公は何を思ったのか彼を介護者として採用することにした。というのが物語の始まり。

率直に意見を言ってくれる人がどれだけいるかがその人の人生をも決めかねない。面倒くさいことだから、余計なことだから、鬱陶しがられながら愚直に意見を述べてくれる他人は、そうざらにはいない。言う方だって疲れるのだ。それを言わなくなってしまったら、言われなくなった方の悲劇だろう。まさしく神様だけが知っていることに属する事柄だけど、誰だった気持ちよく時間を過ごしたいと願うばかりがおおすぎるから。

『パシフィック・ウォー』(USS Indianapolis: Men of Courage)

2016年・アメリカ 監督/マリオ・ヴァン・ピーブルズ

出演/ニコラス・ケイジ/トム・サイズモア/トーマス・ジェーン/マット・ランター

インディアナポリス(USS Indianapolis, CA-35)は、アメリカ海軍のポートランド級重巡洋艦。1945年7月26日にテニアン島へ原子爆弾を運んだ後、7月30日フィリピン海で日本の潜水艦伊58(回天特別攻撃隊・多聞隊)の雷撃により沈没した。第二次世界大戦で敵の攻撃により沈没した最後のアメリカ海軍水上艦艇であるという。

乗員1,199名のうち約300名が攻撃で死亡し、残り約900名は8月2日に哨戒機によって初めて発見されてから5日後に救助が完了するまで、救命ボートなしで海に浮かんでいたが、水、食料の欠乏、海上での体温の低下、これらからおこった幻覚症状、気力の消耗などで多数の乗組員が死亡した。それに加えサメによる襲撃が心理的圧迫を強くした。その後映画およびディスカバリーチャンネルの番組等で、サメの襲撃が演出として過剰に語られたため、大多数がサメの襲撃の犠牲者になったかのように思われているが、おもな原因は救助の遅れと体力的限界が死亡の原因といわれている。救助された生存者は わずか316名であった。

映画は酷くつまらなかった、と言ってしまえば誰に対しても失礼なような気がする。歴史的事実だから。原爆投下の正当性はアメリカではまだ半分くらいの確率らしい。第二次世界大戦は原爆を投下しなくても、間違いなく終わっていたという専門家の説が多いが、当事者にとっては未来のことなど誰にも分からないことと一笑にふすだろう。敗戦国となった日本には何の正当性もない。それが勝負事の原則だ。仕方がない。

『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)

年・イギリス/アメリカ 監督/ブライアン・シンガー

出演/ラミ・マレック/ルーシー・ボイントン/グウィリム・リー/ベン・ハーディ

日本での興行収入が100億円大台を突破しているらしい。どこにそこまでの魅力があるのだろうかというのが最大の関心事項だった。音楽物で成功物語は想像の付く範囲だが、この映画はちょっと予想とは違っていた。人間の才能が多くの人に認められて、成り上がって行く様は、外から眺めていても涙が出るほど気持ちのいいものだ。

伝説的ロックバンド「クイーン」のボーカリスト・フレディ・マーキュリーが主人公。第76回ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)と主演男優賞(ドラマ部門)を獲得。第91回アカデミー賞では、作品賞を含む5部門にノミネートされ、主演男優賞、編集賞、録音賞、音響編集賞の最多4冠を獲得した。興行収入は音楽伝記映画のジャンルで史上1位、日本では2018年公開の映画として最高となった。日本では『ボラプ』『ボヘラプ』という略称が用いられることがある(Wikipediaより)というけどホント?なんでも短くしてしまうのは凄いけれど。

ベット・ミドラーの『フォーエバー・フレンズ』(Beaches・1988年)という映画を思い出した。感動して涙を流す映画だと記憶しているが、今日の音楽映画とどこかが違う気がする。世の中が変われば人間の心の中も少しばかり変わってくるのは必然。どちらがよりいいということではないが、ボヘミアン・ラプソディがかなり評判がいいという話を聞いて、描き切れていない人間の心と映画的技法にちょっと疑問がある。

『陰謀のセオリー』(Conspiracy Theory)

1997年・アメリカ 監督/リチャード・ドナー

出演/メル・ギブソン/ジュリア・ロバーツ/パトリック・スチュワート/キルク・カザート

サスペンス映画というジャンルに入るこの映画だが、観ているとどうにもコメディに見えて仕方がなかった。それくらい奇妙な主人公と事件の数々、製作者の意図するところだろうか。もしかすると3度目の鑑賞になるかもしれないと思い始まったのは、だいぶ経ってから。前回にはコメディという感触はまったくなかったような気がするが相変わらずよく覚えていない。

ニューヨークでタクシー運転手をするジェリー・フレッチャー(メル・ギブソン)。陽気だが変人の彼は、夜な夜な乗客たちに様々な都市伝説的な陰謀論を語り聞かせていた。だが彼は、タクシー運転手になる以前の記憶が無い。ただ一つの記憶は、司法省ニューヨーク局の連邦検事であるアリス・サットン(ジュリア・ロバーツ)をストーキングし、その安全を毎日確認しなければならないと言うこと。そして彼のもう一つの顔は、陰謀論に基づいた時事解説を載せる月刊ニュースレター「陰謀のセオリー」を個人で編集・発行しているということ。(Wikipediaより)

ラストシーン近くになって改めて観た記憶が蘇った。それとラストシーンも確かに。途中のストーリーはいったい何だったのだろうか。確かにミステリーと言われれば、そうだねと答えられるかもしれない。アメリカの幅の広さを見る思い。FBIやCIAに属さないその上の国家最高秘密機関なるものが登場して、映画はおもしろくなるが、実際はどうなのだろう。コメディではなく本格サスペンスだと思い込んで観れば、かなりおもしろい映画になるだろう。

『アトミック・ブロンド』(Atomic Blonde)

2017年・アメリカ 監督/デヴィッド・リーチ

出演/シャーリーズ・セロン/ジェームズ・マカヴォイ/ジョン・グッドマン/ティル・シュヴァイガー

おもしろくないスパイ・アクション。外国映画の欠点は名前が明確に覚えられないこと。顔と名前が一致しなくては、諜報活動では致命傷だ。誰が味方で誰が敵なのかの見分けがつかなければ、物語はまったくおもしろいものではなくなってくる。その典型的な映画かもしれない。

なにしろ、ちょうどベルリンの壁が崩壊した1989年秋の話で、まだまだ冷戦が続いている最中、スパイのリストをめぐりイギリスのMI6、ソビエトのKGB、そしてどこにでも顔を出すアメリカのCIAの三つ巴のスパイ合戦が繰り広げられる。原題通り、逞しき女スパイが不死身の身体でストーリーに生き残る。主演のシャーリーズ・セロンの顔が分からない。同じことをどこかで書いた記憶がある。一発喰らえば死んでしまいそうな打撃を受けても戦い続けるスパイ連中は、あまりにも現実感から離れていて、観客の心も離れてしまう。

1989年はくしくも昭和が終わり平成が始まった年。同じ年にベルリンの壁が崩壊するなんて誰が予想できただろうか。専門家は「兆候はあった。」などと知ったかぶりをするのがおちだが、一瞬先を予測できる人なんて何処にもいない。毎日のように天気予報が外れたなんていう世界が、相変わらずの日常だ。ここまで人工衛星の情報をもとに予測する世界でも、所詮は前例の焼き直しを踏襲するだけ。神の領域に近づいたと思ってはいけない類の話しだろう。

『ナチスの愛したフェルメール』(Een echte Vermeer)

2016年・ オランダ/ベルギー/ルクセンブルク 監督/ルドルフ・バン・デン・ベルグ

出演/ユルン・スピッツエンベルハー/リゼ・フェリン/ルーラント・フェルンハウト

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer、1632年 - 1675年)は、ネーデルラント連邦共和国(オランダ)の画家で、バロック期を代表する画家の1人。映像のような写実的な手法と綿密な空間構成そして光による巧みな質感表現を特徴とする。フェルメール(Vermeer)の通称で広く知られる。ナチス・ドイツの高官ヘルマン・ゲーリングなどにフェルメールの絵画を売った罪で逮捕・起訴された主人公が予想外な告白をした。

主人公は、実在の天才贋作画家ハン・ファン・メーヘレン、名前が似ていて紛らわしい。観るという作業が進まない。同時にひとつのことしか出来なくなってしまったツケが日常生活に影を落としている。フェルメールの絵って?と調べてみたらひとつの絵だけを知っていた。おそらくこの絵はほとんどの人が知っているに違いない。タイトルを『真珠の耳飾りの少女』という絵画だった。映画はつまらなかった。進行が遅いのと同じことの繰り返し。なんとか最後まで行き着いたという感じ。

エンド・クレジットあたりにこんな言葉が書かれていた。「ファン・メーヘレンは6年かけ フェルメールの贋作を制作 彼の贋作技術は今も評価が高い 彼の『エマオの食事』はボイマース美術館に今も展示されている ポストモダンの視点から見ると ファン・メーヘルの作品は芸術である」。

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(Fantastic Beasts and Where to Find Them)

2016年・イギリス/アメリカ 監督/デヴィッド・イェーツ

出演/エディ・レッドメイン/キャサリン・ウォーターストン/ダン・フォグラー/アリソン・スドル

2013年9月に、「ハリー・ポッターシリーズ」の新作として映画化が発表され、全5部作予定になっているという。このニュースを聞いたことがあるような、ないような。この作品では、原作者のJ・K・ローリング自身が初めて脚本を手掛けることとなった。英語では同名となる著書『幻の動物とその生息地』(Fantastic Beasts and Where to Find Them)に触発された作品であるという。舞台は禁酒法時代1926年のニューヨーク、「ファンタスティック・ビースト」シリーズの第1作であり、ハリー・ポッターシリーズの映画で始まるウィザーディング・ワールドの9作目となるという映画ファンなら知っていることを知らない。ハリーポッター・シリーズをたぶん3作目くらいまでしか観ていない。同じことの繰り返しという印象が強くなって、観る興味を失ったというのが本音だ。

中身はハリーポッター・シリーズと同じようなものだった。あまりにも魔法が使え過ぎるのが興味を削ぐ。ニューヨークにも魔法を使える種族がいるというのがストーリーなのだが、空想にしてもちょっと無理がある。夢の世界を他人に押し付けるのには、それなりの納得性が必要になってくる。

あまりにも現実離れした物語には子供騙しという烙印を押すしかない。この映画はお金もかかっているし、アクションも立派でなかなかのものだと思うが、一歩映画の中に心を踏み入れる勇気が湧いてこない。考えが理解できても、言っていること、やっていることにどうにも同調できない現実社会に似ている。だからこそ、少しでも心の安らぐ仲間を見つけたら離したくなくなるのだろう。

『ブラックブック』(蘭: Zwartboek、英: Black Book)

2006年・オランダ 監督/ポール・バーホーベン

出演/カリス・ファン・ハウテン/セバスチャン・コッホ/トム・ホフマン/ハリナ・ライン

今日は2019年(平成31年)4月13日(土曜日)。この映画はちょっと前に観ていたのだが、訳あって本日の登場となった。といっても、以前にも観ているので、重ね書きということになる。

気になっていた映画があった。ナチスもので、ドイツの将校に取り入るために、髪の毛ばかりか下の毛も金髪に染めて敵陣に乗り込むユダヤ人女性を描いたものだった。この映画だった。題名を見てもピンとこなかったが、一言読んだ解説に、もしやという予感はあった。

前回観た時の印象の悪さが気になっていたのだ。下の毛を金髪に染めるというシーンを映画製作者は敢えてきちんと撮影しているのにも関わらず、日本の法律運用者はそこをボカせと命令している。想像がつくから良いだろうという安易な判断すらもない、ただ法律を厳格に適用する日本的文化程度の低さが、いたるところに蔓延っていることに耐えられない気持ちになったものだった。

今回の放映ではそのシーンがボカされていない。別になんていうことないシーンだが重要なシーンとして、映画の進行を妨げない。その後の別のドイツ人将校がセックス直後にすっぽんぽんでトイレに入ってきておちんちんをぶらぶらさせているシーンでは、さすがにおちんちんはボカされていた。それぐらいなら仕方がなかろうと思える男のイチモツと状況。

『フィフス・ウェイブ』(The 5th Wave)

2016年・アメリカ 監督/J・ブレイクソン

出演/クロエ・グレース・モレッツ/ニック・ロビンソン/ロン・リビングストン/マギー・シフ

主演のクロエ・グレース・モレッツについて:2010年公開の『キック・アス』で“ヒット・ガール”を演じ知名度を上げた。 このキャラクターは11歳の少女でありながら、父親と共にスーパーヒーローとして登場し、薙刀、バタフライナイフ、銃器、マーシャルアーツなどを使用し、ギャングを叩きのめしていく。放送禁止用語を多用するこの役柄については、(役柄の上で)「あの文脈だと特に意味を持たない言葉で、『おい!』と同じような形で使っているわけでしょ」と語っている。しかし監督と脚本家に「なるべくコミックを忠実に再現したいから、とりあえずワンテイクだけ言ってくれ。そのテイクは使わないだろうから」と説得されたが、結局使われたとも語っている。マーシャルアーツ、ガンアクションなどの過激なアクションシーンの9割を自分自身で演じ、撮影前に7か月の訓練を行った。 道徳的非難もありながらこの演技で広く賞賛され、映画評論家ロジャー・イーバートは、4つ星中1つ星の映画としながらも「ヒットガールのキャラクターについて物議はあるだろうが、モレッツは存在感があり魅力的である」と評している。クロエはキック・アスの撮影に入る前、参考に『キル・ビル』を観たこと、またヒット・ガールを演じるに際し、アンジェリーナ・ジョリーに一番影響を受けたと語った。

薦められて観た「キック・アス」がめちゃめちゃおもしろくって、その時の彼女はまだ13才だったが今や22歳、特徴のある顔立ちは珍しく忘れないでいられるのが嬉しい。この映画はSFスリラー映画というジャンルに属するらしいが、ちょっとばかりおもしろくない映画で、よくぞ最後まで作りきったなぁ、という程度の印象しか残らない。

地球人ではない宇宙人が人間と同じ格好で目の前に現れた時、あなたならどうする、という疑問符を投げかけてくれるだけが救いの道だった。ただ自分の家族だけを必死に守ろうとする身勝手さが顕著なアメリカ人の姿も映し出していた。そこまで家族を守るのなら、その前に自分の目の前の人にももっと敬意を払わなければ、と思うのは日本人のDNAなのだろうか。

『PUSH 光と闇の能力者』(Push)

2009年・アメリカ 監督/ポール・マクギガン

出演/クリス・エヴァンス/ダコタ・ファニング/カミーラ・ベル/クリフ・カーティス

かつてナチスが始めた超能力を持つ兵士の開発研究を、各国の政府がディビジョンと呼ぶ部署を設けて続けている。ディビジョンは市井の超能力者を野生動物のように狩り、使役し、人体実験を行っている。 主人公ニックは10年前に米国ディビジョンに父を殺された過去を持つムーバー能力者で、以来逃亡生活を続け、現在は香港に潜伏している。(Wikipediaより)

ディビジョンだ、スニファー能力者、ウォッチャー能力者、ブリーダー能力、スティッチャー能力者、だと超能力を発揮してくれるが訳が分からない。製作者の頭の中でしか理解できない代物。観客はポカーンとただ口を開けて観ているだけ。あるいは、子供だましのトリック映像を観ている感覚に襲われた。懐かしい香港が舞台で、「あぁ香港、ホンコン、ホンコン」と叫んでみたってもう行くこともないだろう。

超能力なんて持てれば素晴らしいが、人間社会の凡人生活には縁もゆかりもないこと。漫画や夢の中でさえ信じられないことは、現実逃避としか見えない。昔、もしかするとちょっと超能力的なところがあるかもしれないと錯覚したことは、間違いなく錯覚だった。今やただのじじいに成り下がった姿は、人間本来の欲も希望もない真っ直ぐな人間に戻っているような。

『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(Jurassic World: Fallen Kingdom)

2018年・アメリカ 監督/J・A・バヨナ

出演/クリス・プラット/ブライス・ダラス・ハワード/レイフ・スポール/ジャスティス・スミス

『ジュラシック・パーク』シリーズの映画第5作目ということだが、3作目と4作目を観たかどうかの記憶がない。ジュラシック・ワールド事件から3年後の2018年。パーク崩壊後も、イスラ・ヌブラル島では恐竜達が自由に島中を徘徊して生きていた。が、島北部のシボ山で火山噴火が起き、島の恐竜達は存亡の危機にさらされる。そんなところから始まるが、途中抜けていたとしても、なんとなくストーリーは繋がって見える。

アクション・冒険映画の典型のような映像はやっぱり観ていて楽しい。お金をかけられない映画と比較すれば一目瞭然、映画らしい映画が少なくなってきてしまった昨今、たくさんのこういう映画の出現を望む一人。大きいスクリーンで観たいと思わせてくれる。今、39インチから50インチテレビに交換しようと結託している最中、帯に短し・・・・なんとかで、決断が鈍っている。

生きているうちにもっと多くの時間を映画で楽しみたい。大きい画面は間違いなく満足度を増加させてくれる。余計な4Kや8Kテレビの出現、しかも「対応」や「チューナー内蔵」と価格を含めて選択肢が多すぎる。同じ大きさでも何種類も存在する。メーカーの思惑を知れば、少しは決断が速くなるのだろうが。

『マネーモンスター』(Money Monster)

2016年・アメリカ 監督/ジョディ・フォスター

出演/ジョージ・クルーニー/ジュリア・ロバーツ/ジャック・オコンネル/ドミニク・ウェスト

1988年公開の『告発の行方』と1991年公開の『羊たちの沈黙』で2度アカデミー主演女優賞を受賞したジョディ・フォスターが監督した作品はおもしろかった。テレビの人気番組「マネーモンスター」では資産運用、株の動向などを大胆に予想する。主人公はその番組の司会者とプロデューサー、アドリブ得意な司会者だが、突然暴落した会社の株価の責任を追及するために暴漢らしき若者が拳銃と爆弾を抱えてナマ番組に乱入してきた。

番組は拳銃を持つ青年と司会者とを映しながらまったくライブ状態となって放送されている。どういうストーリー展開をしたら観客が喜ぶだろうかと監督は良く分かっているようだった。たいした作品に出演している彼女ならではの演出のようにも見える。映画監督が私説小説的に他人の目を一切感じないで映画を作ってしまうケースも多い中、地道に映画のおもしろさを訴えてくれて嬉しい。

自爆装置を身に着けさせられた場合、狙撃すらも封じられる。犯人は爆弾のボタンを押し続けていて、離すと爆発するという仕掛けだった。ナマで進行する迫力のある攻防劇はおもしろい。様々な企業の秘密も暴露され、株価がアルゴリズムで操作されているなど、難しいシステムも紹介されて勉強になった、と言っておこう。

『ワイルド・ギャンブル』(Mississippi Grind)

2015年・アメリカ 監督/アンナ・ボーデン

出演/ライアン・レイノルズ/ベン・メンデルソーン/シエナ・ミラー/アナリー・ティプトン

ゲリーはギャンブルで生計を立てていたが、ここ最近は思うように稼ぐことができずにいた。そんなある日、ゲリーがアイオワ州のカジノでプレイしていると、カーティスという年少のギャンブラーに遭遇した。テキサス・ホールデムで大勝ちして気前が良くなったカーティスはゲリーにバーボンを奢った。数時間後、再びカーティスに遭遇したゲリーは、さっきのお返しに酒を一杯奢ってやった。ゲリーがトランプで勝つ秘訣を尋ねたところ、カーティスは「勝ち負けにこだわらないことだ」と答えた。意気投合した2人はそのまま酒を飲み続けた。(Wikipediaより)

見知らなかった二人が意気投合したというのだろうか、セントルイス→メンフィス→ニューオーリンズへとロードムービーのようなギャンブル二人旅が始まった。時には人生訓のような言葉の言い合いが嘘っぽく見える映画ストーリー、日本公開は出来なかったらしいがさもありなん。

所詮はギャンブル、大儲けしてすぐまた堕ちていく人たちがどれだけ多いことか。パチンコをする人は自分が勝ったことを吹聴する人が多い。麻雀では負けたと喋る人が多い。ギャンブルの特性なのだろうか。刹那的な快楽に身をゆだねがちな人は、終始一貫後先を考えずに人生を生きている。それでも何とか生きていけるのが人生、他人のことを言えるほど立派な人生を歩んでいない自分も同類だ。

『奇跡の絆』(Same Kind of Different as Me)

2017年・アメリカ 監督/マイケル・カーニー

出演/グレッグ・キニア/レネー・ゼルウィガー/ジャイモン・フンスー/ジョン・ボイト

「他人からどうこう言われる筋合いはないけど、私は自分の顔を変えたり、目の手術をするという選択はしていません」と、整形疑惑をキッパリと否定。あくまで「このことは誰にとっても大事ではない」と前置きした上で、「でも(整形の)可能性について、ジャーナリストが公の場で語ることにより混乱を招いていること、そして社会の肉体第一主義的な考えを定着させることにつながる」と考え、真実を語る決意したという。

さらにレネーは「痩せすぎ、太り過ぎ、老化してる、茶髪の方がいい、太もものセルライト、フェイスリフト・スキャンダル、薄毛問題、太っているのか妊娠か、変な靴、汚い足、美しくない笑顔…。そんな見出しが、密かに人の価値を決めるようになっている。今の社会は、人々が“社会的に認められる”ために存在し、“プロフェッショナルとして価値を見出される”必要があると、感じているの。笑いものにされて、傷つかないようにね」と言及。「その風潮は、若い世代や感受性の強い人々にとって、大きな問題を引き起こしかねない。偏見や自己否定、いじめ、などを引き起こす、トリガーにもなりかねないわ」と、“外見至上主義”なメディアのあり方に苦言を申し立てた。(SPUR.JP より)

『ブリジット・ジョーンズの日記』で有名なレネー・ゼルウィガーが整形疑惑に答えたという。映画を観終わってこの事実を知らされるまでこの映画の主人公が彼女だとは気が付かなかった。歳のせいも少しあるが、好きな顔立ちだったので、凄く意外だった。邦題ほどには面白味がなくちょっと残念な映画だった。事実に基づくと大上段にかぶったようなタイトル・クレジットだったので、少し期待していたのだが。映画が詰まらないのではなく、その事実が映画にするほどおもしろくないということなのだろう。

『カリートの道』(Carlito's Way)

1993年・アメリカ 監督/ブライアン・デ・パルマ

出演/アル・パチーノ/ショーン・ペン/ペネロープ・アン・ミラー/ブランコ - ジョン・レグイザモ

ニューヨーク州最高裁判所の元判事エドウィン・トレスの同名小説、およびその続編『それから』を原作とする。ゴールデングローブ賞2部門の候補に挙がったという。元麻薬王の主人公は、親友の弁護士の尽力によって、30年の刑期だったものがたった5年で刑務所から出所した。彼が5年ぶりに見た街と人々は、仁義も信義も失って変わり果てていた。アル・パチーノのような役者が出ていると映画が引き締まる。監督ブライアン・デ・パルマはヘラルド時代に配給した「殺しのドレス」で印象に強く残っている。

おもしろい解説があった。原題“Carlito's Way”はフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」にちなんでつけられたが、劇中に「マイ・ウェイ」は一回も使われていない。『それから』をベースにしているのに映画のタイトルが『カリートの道』なのは、『それから』と原題が同じマーティン・スコセッシ監督の『アフター・アワーズ』(After Hours)との混乱を避けるためである。生い立ちから30代までのカリートを描いた『カリートの道』と40代のカリートを描いた『それから』が原作としてクレジットされているが、映画で描かれているのは主に『それから』の部分である。

カリートとイタリアン・マフィアとの電車でのシーンは、予算の都合で見送られた、アンタッチャブル (映画)のクライマックスシーンを応用している。クライマックスの銃撃戦が行なわれるエスカレーターは、ニューヨークのグランド・セントラル駅に実在する。映画では非常に長いエスカレーターに思えるが、実際はかなり短い。これはデ・パルマの得意する撮影テクニックであり、アンタッチャブル (映画)の乳母車のシーンにもその手法が使用されている。(Wikipediaより)

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

2016年(平成28年)・ニホン 監督/岩井俊二

出演/黒木華/綾野剛/Cocco/原日出子/地曵豪/和田聰宏/金田明夫/りりィ

知る人ぞ知る手作りアメリカン・バーボンの銘酒にリップ・ヴァン・ウィンクルという名の酒がある。1800年代中頃から4代に渡るヴァン・ウィンクル家が作り続けたオールド・リップ・ヴァン・ウィンクル醸造所が家族の名を冠した由緒あるバーボン。リップヴァンウィンクルは、アメリカ版浦島太郎といわれた寓話の主人公の名前、リップ・ヴァン・ウィンクルは、旅先で出会った小人に酒をご馳走になります。あまりに美味しいお酒なので、飲み過ぎて寝てしまい、目覚めると数十年経ってしまっていた、という昔話。

特異な映画題名の内容もちょっと不思議な映画だった。主人公はインターネットで物を買うかのようにSNSで知り合った彼と簡単に結婚してしまった。ところがどっこい、いつの間にか簡単に離婚する羽目に陥って人生の進路が闇に入って行く。若い女が嵌められてどん底に落とされていくような流れだったが、結局はそうではなかったという救いがあって安堵した。本編が3時間と長過ぎる。描かなくてもいい些細なことを映像化するので、飽きが来るのは仕方がないことだろう。CM時間を入れて録画はなんと3時間25分だった。

主人公の母親は若い男と駆け落ちして離婚していた。親族もさほどいないらしく、結婚式に出席する親族や友達をそういう人を集める業者に託していた。そんな商売が本当にあるのだろうかと驚くばかりだが、もしかするとちゃんと存在するのかもしれない。そんな仲介業者が主人公の運命を勝手に左右する。それにしても何も出来ない主人公の若き女性、その程度の分別なら人生が何処に行ったって自分のせいだと後悔しようもない。そんな感じがする。ここまで酷い人間も珍しいと思える。

『アンデルセン物語』(HANS CHRISTIAN ANDERSEN)

1952年・アメリカ 監督/チャールズ・ヴィダー

出演/ダニー・ケイ/ファーリー・グレンジャー/ジジ・ジャンメール/ジョーイ・ウォルシュ

“これはハンス=クリスチャン・アンデルセンの伝記ではなく、そのおとぎ話の世界の映画化”である旨の文章で始まる、テクニカラーの見本のような色彩感溢れる美術と撮影が嬉しい童話ミュージカルの良心作。ミュージカルだと分かってから観る速度が急速に落ちた。落ちたというより、歌になった瞬間に休憩に入る始末。それでも、何故か観る事を止めようとは思わなかった。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen、1805年4月2日 - 1875年8月4日)は、デンマークの代表的な童話作家、詩人。活字に親しまない者には彼の名前は眩し過ぎる。火うち箱、エンドウ豆の上に寝たお姫さま、小クラウスと大クラウス、イーダちゃんの花、親指姫、いたずらっ子、旅の道連れ、人魚姫、裸の王様、しっかり者のスズの兵隊、野の白鳥(白鳥の王子)、空とぶトランク、ひなぎく、パラダイスの園、コウノトリ、天使、小夜啼鳥(サヨナキドリ)、仲よし、みにくいアヒルの子、もみの木、雪の女王、赤い靴、マッチ売りの少女、ある母親の物語、とび出した五つのエンドウ豆、最後の真珠、沼の王の娘、パンをふんだ娘、雪だるま、父さんのすることはいつもよし、蝶、かたわもの。

今、『1日1話3分で読める 頭のいい子を育てる[おはなし]366』という本を借りて読んでいる。毎日1話が1ページに書かれている。童話を読んだ記憶のない自分には新鮮だ。なかなかページが進まないが、ようやく7月に入ったばかりだった。この映画の中に出てくるおはなしも少し書かれていて、そのあたりがタイミングよく興味深かった。

『レディ・バード』(Lady Bird)

2017年・アメリカ 監督/グレタ・ガーウィグ

出演/シアーシャ・ローナン/ローリー・メトカーフ/トレイシー・レッツ/ルーカス・ヘッジズ

アメリカの女子高校生を主人公にした青春映画。この手のシチュエーションは日本映画では当たり前だが、アメリカ映画では珍しい。監督が女性ということが大きな理由だと思ったが、女子高校生の会話がかなりきわどい。日本映画にはまったく考えられないシーンが続いていた。同じ年頃の日本人女子高校生の感想を聞いてみたい。

冒頭のクレジット『カリフォルニア州の快楽主義を語る人は-”サクラメントのクリスマスを知らない”J.ディディオン』という何とも自虐的な言葉が出てくる。監督が自身の出身地でもある米カリフォルニア州サクラメントを舞台に、自伝的要素を盛り込みながら描いた青春映画との記載も見つけた。

男だらけの兄弟で育った自分には女子高校生の日常生活なんて、想像だに出来ない。男だって女だって同じようなものだよ、と言われてしまえばそれまでのことだろうか、死ぬまで神秘的なものは変わらない。主人公が通う高校がカトリック系だというのも、彼女の飽き飽き感がもの凄くよく伝わってくる感じがする。妊娠中絶を認めないカトリック、そんなことを皮肉ったセリフや映像があっておもしろい。普通の日本人にはキリスト教は同じようにしか見えないのも現実だろう。

『2ガンズ』(Guns)

2013年・アメリカ 監督/バルタザル・コルマキュル

出演/デンゼル・ワシントン/マーク・ウォールバーグ/ポーラ・パットン/ビル・パクストン

この映画の監督はアイスランド出身であるらしい。観ている途中でこの映画の監督は昔ならサム・ペキンパー、ここしばらくならクエンティン・タランティーノだろうなどと映画通ぶった見方をしていたが、それ以上の監督を知らないだけのこと、やっぱり別の監督だったことが分かり、そうなんだーと頷くばかり。

麻薬取締局の特別捜査官と海軍犯罪捜査局の捜査官が二人の主人公、お互いに相手の素性を知らないままに悪の巣窟へと向かったまでは良かったが、返り討ちにあって七転八倒、アメリカ人気質とでもいうべき行動力で最後はハッピーエンドとなるコメディ・アクションという訳。コメディと分類されるけれど、日本のお笑い芸人のコメディとは似ても似つかない。まず、本人たちが自分や相手の挙動に笑うことはない。観客を笑わせようとしていることもない。こんなことはあり得ないだろうと思えることをやってのけるからこそのコメディだと分かる。

二人で取っ組み合いをして潮時の頃、どっちが先に掴んでいる腕を離すかでもめる。「絶対離すから、3・・2・・1・」と2回やってもどちらも放そうとはしない。相手に信用させようとしていて、どちらも相手を信用していない。そんな付き合い方がアメリカ的だと感じたりする。偏見、知らぬことでしかないのだろうけれど。信じることは疑わないことだと、誰しも分かっているつもりが、なかなかどうして、半信半疑などと大きな声でいうのがオチ。

『麗しき日々』( Les beaux jours)

2013年・フランス 監督/マリオン・ベルノー

出演/ファニー・アルダン/ローラン・ラフィット/パトリック・シェネ/ジャン=フランソワ・ステブナン

今日は2019年3月21日(金曜日)。 60歳で歯科医をリタイアしたカロリーヌ。数カ月前に親友を亡くし心に痛手を感じていた。見かねた娘たちは、シニアクラブの会員証をプレゼントする。気乗りしないまま通い始めたクラブだったが、パソコン教室の若い講師ジュリアンと親しくなり、誘われるままベッドを共にしてしまう...。(Amazonより)

おばばだって恋をする。爺だって同じこと。隙あらば身体を重ねたいとも思うだろう。それは人間が自然に生活していることの証。異常なら狂気に走る輩もたまにはいることも恐ろしい。親友が5か月前に亡くなってしまったことが不倫に走る原因だとしてしまっているが、何が本当かは神にしか分からない。原題を直訳すれば「美しい日々」。

面と向かって新しい他人と親しくなるのには労力がいる。普通の人はそうだろう。何が怖いのか、何が知りたいのか、おおらかな気持ちがあれば何も恐れることはないはずだが、そんなに簡単に人間の心理は動かないのが普通らしい。ボールを壁に向かって投げれば、必ずそのボールがどう戻ってくるのかが分かる。壁が乾いてなければ反発もなく下に落ちてしまうだろう。もしもコンクリートの壁のようなものだったら、自分の想定以上に勢いよくボールが返ってくることになる。自分なりの想像、想定力と実際の現実とのギャップを埋めながら人生は日々明日になって行くのだろう。

『ファントム・スレッド』(Phantom Thread)

2017年・アメリカ 監督/ポール・トーマス・アンダーソン

出演/ダニエル・デイ=ルイス/レスリー・マンヴィル/ヴィッキー・クリープス/カミーラ・ラザフォード

本作は批評家・観客双方から賞賛されている。 Rotten Tomatoesでは276の批評家レビューのうち91%が支持評価を下し、平均評価は10点中8.5点となった。 Metacriticでは359のユーザーレビューに基づいて、平均評価は10点中7.7点となった。Metascoreは51の批評家レビューに基づいて、100点中75点となった。(Wikipediaより)

評価が高いけれど、おもしろくなかった訳ではない。評価の高い映画の欠点である進行の遅さと、繰り返しストーリーにちょっと苛立つが、この映画の主人公の苛立ちを観ていると、自分の欠陥なんて甘っちょろいものだと痛感する。高級既製服をデザイン、仕立てることを生業としている主人公の我儘さ加減は半端ではない。

それが赦されるこの主人公の才能は並大抵ではないようだ。洋服のデザインなんて誰がやったって、さほど変わらないだろうし、もうデザインパターンも出尽くしてしまったのではないかと思われる。ただ人間生活が続く限り、服を着飾ることを辞めることはないであろうから、一部のデザイナーが生き残ることは確かだ。作曲作業にも似ているような気がする。これだけ世界中で作曲されていれば、もうユニークなフレーズなんて生まれてこないような気がしてならないが、次から次へと新曲が発表されている。おそらく生みの苦労は凄まじいに違いないが、そういう仕事ではない人生で仕合わせだった。

『セールスマン』(FORUSHANDE/THE SALESMAN)

2016年・イラン/フランス 監督/アスガー・ファルハディ

出演/シャハブ・ホセイニ/タラネ・アリドゥスティ/ババク・カリミ/ファリド・サッジャディホセ

アーサー・ミラーの「セールスマンの死」が劇中劇として主人公とその妻が舞台に立っている。主人公は大学教授、引っ越してすぐに妻がその部屋でレイプされ暴行されてしまった。その犯人探しが主なストーリーとなっている。暗くて長い映画だ。この監督の作品はいつも評価が高いらしい。この映画もカンヌで男優賞と脚本賞、アカデミー賞で外国語映画賞を受賞しているという。

そういう評価の高い映画を何故かいつもおもしろくなかったと評しているのが私だ。今回も同じ道。ここでも小さな嘘が氾濫している。宗教に関係なく欧米人というひとくくりで、小さな嘘を平気でつく人種と認定しそうだ。映画の話ではない。おそらく現実社会も大した違いはないであろう。

イラン映画を何本か観ているが、この監督作品だったかどうかわからない。そういう映画鑑賞姿勢を強く非難されそうだが、これでいいのだ。監督が誰、この役者の前回出演した作品はこれ、この映画の舞台の歴史的背景はこう、などとたくさんの情報を知っていることは、自分にとっては大きな要素ではない。何の情報もなく映画を観始まって、おもしろいのか、おもしろくないのかが大重要なのだ。事実に基づく映画なら、あとから調べつくして身体の血となってくれればと思うだけだ。

『マッド・プロフェッサー 悪の境界線』(Asesinos inocentes)

2015年・スペイン 監督/ゴンザロ・ベンデーラ

出演/マキシ・イグレシアス/ミゲル・アンヘル・ソラ/ルイス・フェルナンデス/ハビエル・エルナンデス

どうにも欧米人は小さな嘘をつきまくって日常生活をしているに違いないと、思わせるシーンがどの映画にも随所に出てくる。この映画にだって、ひとつや二つではない小さな嘘のオンパレードという感じ。真っ正直にすべてのことに答えるのは馬鹿なんじゃないのと言われているよう。

邦題は狂気の大学教授というくらいだろうが、何のことはない病気の妻のために死亡保険金を遺そうと考えている大学教授が、自殺する勇気がないから試験の点数を加味する代わりに学生に自分を殺してくれと、執拗に迫るというものだった。その学生は学生で、借金を返済できずに暴力団まがいの輩に脅迫されている始末。社会の空気が濁っているように見える。スペイン語は美しいはずなのに、汚く聞こえてくる。

結末には視聴者が驚くような幕の降り方を用意しているような気配があったが、ちっとも驚かなくてよわった。まぁそれまでのずるずるとした展開を観ていれば、それほど期待できないなぁという感覚は否めなかった。小さな、ホントに小さな嘘をひとつつけば、その後の生活は大きく左右されると考える人種が多くなることを祈るばかりだ。

『ハートビート』(High Strung)

2016年・アメリカ/ルーマニア 監督/マイケル・ダミアン

出演/キーナン・カンパ/ニコラス・ガリツィン/ソノヤ・ミズノ/ジェーン・シーモア

成功物語が気持ちいいい。分かっていてもそうなることが映画の基本、原点。圧倒的なサクセス・ストーリーなら大ヒットにつながるのだろうけれど、ストーリーや役者がもう2歩と言うところなのかもしれない。ニューヨークを舞台に夢をかなえるために奮闘する若者たちの姿を、ジャンルを超えた音楽とダンスを融合させて描いた青春エンタテインメント。

プロのバレエダンサーを目指してニューヨークにやってきたルビーは、ある日、地下鉄でバイオリンを演奏するイギリス人青年のジョニーと出会う。2人は徐々に惹かれあっていくが、ルビーは奨学金資格はく奪の危機に直面し、ジョニーはバイオリンを盗まれた上にグリーンカード詐欺に遭ってしまう。追い詰められた2人はヒップホップダンスチーム「スイッチ・ステップス」を誘い、互いの夢をかなえるため弦楽器&ダンスコンクールに出場する。主人公ルビー役は、ロシアの名門バレエ団で活躍し、本作で女優デビューを果たしたキーナン・カンパ。ミュージシャンとしても活躍するニコラス・ガリツィンがジョニー役を演じた。

「エクス・マキナ」にも出演したソノヤ・ミズノが、ルビーの同居人ジャジー役で共演。監督は、歌手やブロードウェー俳優として活躍した経歴を持ち、映画監督や脚本家としても活動するマイケル・ダミアン。ダンサーだった妻でプロデューサー、脚本家のジャニーン・ダミアンとともに執筆した脚本を、自ら映画化した。(映画.comより)

『パシフィック・リム: アップライジング』(Pacific Rim: Uprising)

2018年・アメリカ 監督/スティーヴン・S・デナイト

出演/ジョン・ボイエガ/スコット・イーストウッド/ジン・ティエン/ケイリー・スピーニー/菊地凛子

2013年公開の映画『パシフィック・リム』の続編であるSF怪獣映画。また子供騙し映画だったが、人間が中に入った巨大ロボットが興味深かった。この、巨大ロボットの中に人間が入ってロボットを操る人型巨大兵器を「イェーガー」と呼んでいる。西暦2035年の地球。 太平洋の海底の裂け目から異世界より襲来した異種族「プリカーサー」の操る怪獣との激戦が終結して10年が経過した、というストーリー。

ロボットには興味がある。小学生の頃、欲しいものが何もなかったが、出来れば無線で動くロボットで遊びたいと願っていた節がある。同じロボットでも有線で動くものには何故か興味が湧かなかった。鉄腕アトムや鉄人28号全盛の時代だったが、これらの日本製ロボットにはまったく反応しなかった。天邪鬼なのだろう。

イマイチ好きになれない菊地凛子がアメリカ映画に時々登場する。日本人が思う日本人と外国人が好む日本人とは根本的に違う見本のようなものだと思うしかない。日本人にうけたからってすぐにアメリカで人気になることはない。ドリカムはその典型。悪くはないが、アメリカで売れるだろうと算段したことが間違いだった。音楽性が違い過ぎるのだろう。森昌子の息子、ONE OK ROCK(ワンオクロック)は今や世界標準になりつつある。どこが違うのだろうか。

『ジュピター』(Jupiter Ascending)

2015年・アメリカ/イギリス/オーストラリア 監督/ラナ・ウォシャウスキー/アンディ・ウォシャウスキー

出演/チャニング・テイタム/ミラ・クニス/ショーン・ビーン/エディ・レッドメイン

壮大な空想SF、監督はウォシャウスキー姉弟の二人だというが知らない。主人公ジュピターは亡くなった先代女王の生まれ変わりとして、地球を所有する権利を有しているらしい。話が大きい。先代女王は1万何歳まで生きたらしく、最後は息子に殺されたという。子供だましの典型なれど、可愛い嘘みたいに感じなければ観ていられない。

地上の土の上でのバトルではなく、宇宙空間における宇宙ステーションや宇宙船の戦闘シーンが延々と続く。訳の分からない感とつじつまの合わない感、出来過ぎ感がうざく感じる。ストーリーを描いた人の頭の中をのぞくことは出来ないけれど、なまじっかではこんな物語は書けない。才能ほとばしる人がたくさんいる現実に驚くしかない。

2015年1月に開催された第31回サンダンス映画祭において、サプライズ上映された。しかし、1億ドル以上の製作費をかけた作品が、インディペンデント映画の祭典で上映されることに対して違和感を覚える観客が多かった。なお、日本版の公式ポスターには、キャッチコピーだけではなくあらすじも掲載されている。これはハリウッドの大作映画のポスターとしては異例のデザインであると記載がある。ポスターにあらすじを書かなければいけないほど、宣伝が行き詰まってしまったとみるべきだろう。

『赤い風車』(Moulin Rouge)

1952年・イギリス 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ホセ・ファーラー/ザ・ザ・ガボール/クロード・ノリエ/コレット・マルシャン

1889年にパリのモンマルトルにオープンした赤い風車が屋根の上にあるキャバレー「ムーラン・ルージュ」を拠点に活躍し、踊り子たちをモデルに数々のポスターを手掛けたことでも知られる、19世紀末のフランスの画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの生涯を描いている。トゥールーズ=ロートレック家は伯爵家であり、祖先は9世紀のシャルルマーニュ時代までさかのぼることができる名家であった。両親はいとこ同士の近親婚、これが彼の人生を決めた。

トゥールーズ=ロートレックは、幼少期には「小さな宝石」と呼ばれて家中から可愛がられて育った。しかし弟が夭折すると両親が不仲となり、8歳のときには母親と共にパリに住まうようになった。そこで絵を描き始めた。すぐに母親は彼の才能を見出し、父親の友人の画家からレッスンを受けるようになった。しかし13歳の時に左の大腿骨を、14歳の時に右の大腿骨をそれぞれ骨折して以降脚の発育が停止し、成人した時の身長は152cmに過ぎなかった。胴体の発育は正常だったが、脚の大きさだけは子供のままの状態であった。現代の医学的見解では彼の症状は、近親婚に起因する骨粗鬆症や骨形成不全症などの遺伝子疾患であったと考えられている。病気により、アルビに戻ったトゥールーズ=ロートレックは活動を制限され、父親からは疎まれるようになり、孤独な青春時代を送った。

差別を受けたストレスなどからアブサンなどの強い酒に溺れ、アルコール依存に陥っていた他、奔放な性生活もあって梅毒も患っており、心身共に衰弱していった。自身が身体障害者として差別を受けていたこともあってか、娼婦、踊り子のような夜の世界の女たちに共感。パリのムーラン・ルージュをはじめとしたダンスホール、酒場などに入り浸り、旺盛な性欲をもとに娼婦たちと頻繁に関係を持つデカダンな生活を送った。そして、彼女らを愛情のこもった筆致で描いた。作品には「ムーラン・ルージュ」などのポスターの名作も多く、ポスターを芸術の域にまで高めた功績でも美術史上に特筆されるべき画家である。(Wikipediaより)

『祈りの幕が下りる時』

2018年(平成30年)・日本 監督/福澤克雄

出演/阿部寛/松嶋菜々子/溝端淳平/田中麗奈/春風亭昇太/及川光博/伊藤蘭/小日向文世/山﨑努

久しぶりに日本映画を観ようという気になった。たまたまアマゾン・プライムの一番上に大きく表示されていたこの作品を選んだだけ。原作は東野圭吾の長編推理小説だった。2013年に発売されて、もう映画になるなんて当代随一の売れっ子作家に見える。テレビの2時間ドラマも彼による作品が多いように感じる。どれだけ作品を書いているのだろうか。

春風亭昇太、笑点の司会者が警察本部の指揮官のような役をやっている。違和感がある。キャスティングはもちろん重要。人気のあるテレビ出演者を起用するのは常套句のようなものだが、映画の配役をそう軽率に決められては興味が失せる。この頃の日本人は、頭が良過ぎて気持ち悪い。テレビのドラマに入るコマーシャルに同じ人間を平気で出している。フジテレビのお昼の番組の司会者坂上なにがしは、番組中に同じようなセットを組んだコマーシャルを挿入している。考えられない規律のようなものが平気で変わって行く。

価値観が変わるのは仕方がないことだが、それはないだろうと思えることが平然と変わって行く。長く生きていることの弊害なのだろう。早く空の上から眺められるようになりたいものだ。

『バーニング・クロス』(Alex Cross)

2012年・アメリカ 監督/ロブ・コーエン

出演/タイラー・ペリー/マシュー・フォックス/エドワード・バーンズ/レイチェル・ニコルズ

『バーニング・クロス』はジェームズ・パターソンによるアレックス・クロスを主役とした小説を原作としていて、アレックス・クロスはかつてモーガン・フリーマンが『コレクター』(1997年)と『スパイダー』(2001年)で演じたキャラクターであり、キャラクターは2010年にウィリアムソンとパターソンが脚本の開発を始めた際にリブートされたという。

引き続きクライム・スリラー映画だったが、今度は猟奇的殺人犯に挑むデトロイト市警の主人公2人の刑事が活躍していた。主人公の一人は、犯罪心理学の学位を持ち、その知識を捜査に役立てていたが、猟奇的殺人犯は彼の妻をも一発のライフルで殺してしまう。家族を最も大事にするアメリカ人主人公にとっては、とても我慢のならないこと。とはいっても、そんなに簡単に犯人には行き着かない。そのあたりの解決度が柔過ぎるのが難点だが、まずまずおもしろい映画だった。

原題の『アレックス・クロス』を『バーニング・クロス』という邦題に変える意図がまた分からない。直前に見た映画も同じようにカタカナ原題っぽい邦題になっていて頭を傾げた。そういう仕事をしていたことがあるからこその気になり方かもしれない。もう「哀愁の・・」とか「哀しみの・・」や「怒りの・・」なんていう邦題は時代に合わなさ過ぎるのだろうけど。

『ブラッド・スローン』(Shot Caller)

2017年・アメリカ 監督/リック・ローマン・ウォー

出演/ニコライ・コスター=ワルドー/オマリ・ハードウィック/レイク・ベル/ジョン・バーンサル

クライムスリラー映画とジャンル分けされているようだ。このカタカナ邦題の意味が分からない。大ヒットテレビシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」のニコライ・コスター=ワルドウが主演だからそういう題名にしたのだろうか。英語原題をカタカナ題名に見せかける手法に違いないが、意味不明では原題のままで充分だろうという気がする。原題の(Shot Caller)は刑務所でのスラングで、「リーダー」を意味するらしい。

エリート人生を歩んできた主人公は飲酒運転して交通事故を起こした。後部座席に乗っていた友人夫婦のうち夫が死んでしまった。司法取引により16か月という短期刑務所暮らしを余儀なくされた。弁護士に言われていたけれど、刑務所内部は想定以上に過酷な環境だった。自分の身を守るためひとつの派閥に入り、徐々に刑務所内での地位を高めていくことに成功するのだった。刑務所内での徹底抗戦の結果、刑期は10年となってしまったが、出所するときにはもうエリートーではなくギャングの中堅どころのようなものになっていた。こんなストーリーの流れがおもしろい。その後の展開も予想を裏切るおもしろさで、なかなか。

日本でいえば「牢名主」のような存在は何処にでもあるものなんだ。看守は牢名主にとっては召使いのようなもので、さすがアメリカという感じ。刑務所内の自由度も不思議なくらい。日本の刑務所内部を推し量ることは出来ないけれど、経験者が見てもかの国と日本との差は歴然としていると言うに違いない。

『もうひとりの息子』(LE FILS DE L'AUTRE/THE OTHER SON)

2012年・フランス 監督/ロレーヌ・レヴィ

出演/エマニュエル・ドゥヴォス/パスカル・エルベ/ジュール・シトリュク

テルアビブに暮らすフランス系イスラエル人の家族。ある日、18歳になった息子が兵役検査を受ける。そして残酷にも、その結果が証明したのは、息子が実の子ではないという信じ難い事実。18年前、湾岸戦争の混乱の中、出生時の病院で別の赤ん坊と取り違えられていたのだ。やがてその事実が相手側の家族に伝えられ、2つの家族は、それが“壁”で隔てられたイスラエルとパレスチナの子の取り違えだったと知る……。アイデンティティを揺さぶられ、家族とは何か、愛情とは何か、という問いに直面する2つの家族。はたして、彼らは最後にどんな選択をするのだろう。(cinemo より)

映画を活字のストーリーにまとめれば、こんな風になるのだろう。残念ながら、この文字を読んだだけでは当事者たちの感情やその時々の表情から読み取れることは、まったく不可能だ。だからこそ映画というものが存在する意味があるに違いない。人間の悩み、あるいは喜びさえも全ては時間が解決してくれる。そこに行き着くまでのプロセスそのものが人間生活なのだろうことは、ようやくこの歳になって分かってきたような気もする。それでも、その時に、その瞬間に去来する心の中の葛藤は、一個の人間をどん底にまで貶めるものにもなってしまうことがある。

河谷が生きていれば、イスラエルとパレスチナとの行き来などの解説をしてもらえたはずだが、今やweb上で知る似非知識しか得ることが出来ない。パレスチナ人たちはイスラエルを占領国と罵る。ユダヤ人であることを嫌い、憎む。それは長い歴史のDNAなのだろうか。その割には、制限された中でもパレスチナ人がイスラエルに容易に入国できるのだなぁと現実社会の運用に感心したりする。一向に解決しそうにない中東地区の紛争、すべての人々がいったん宗教を捨てることでしか、平和なるものが訪れることはないだろうと深く思う次第。

『アメリカ アメリカ』(America, America)

1963年・アメリカ 監督/エリア・カザン

出演/スタティス・ヒアレリス/フランク・ウォルフ/ハリー・デイヴィス/グレゴリー・ロザキス

この監督のエリア・カザンの名前を知らない映画業界人はいないであろう。と言われても、どの作品が監督作品なのかを言えない私は、厳密には業界人であったことを自慢できないかもしれない。たまたまこの『最近観た映画』欄の一番目の作品が『紳士協定』 (Gentleman's Agreement・1947年)で、エリア・カザン監督作品であったことを今回初めて認知した次第。

19世紀末のオスマン帝国(現・トルコ)では、ギリシャ人やアルメニア人が政府の圧政に苦しめられていた。ギリシャ人の青年スタヴロスは、親友のアルメニア人バルタンから自由の国アメリカの話を聞き、憧れを持つようになる。そのバルタンが、圧政に反抗したために殺された事から、スタヴロスは遂にアメリカ行きを決意する。スタヴロスはやはりアメリカ行きを目指すアルメニア人のホハネスと知り合い、父・イザークのはからいでコンスタンティノープル(現・イスタンブール)に行き、様々な困難にぶち当たりながらも、アメリカ行きを目指す。(Wikipediaより) こう書いてしまうとなんていうことないストーリーに見えるが、今風ではない映像が結構染み込む。暗くて長い映画。2度寝てしまったが、観直す勇気があった。

憧れのアメリカという情景は子供の頃の日本も同じようなものだった。そうやって世界中の人々がアメリカを目指した結果の現在のアメリカ合衆国なんだろう。それを根底から覆す発言を繰り返すトランプ大統領は罪作りだ。アメリカが世界史の中から後退する日があるとしたなら、それはまさしくトランプの罪に違いない。

『スパイ・ゲーム』(Spy Game)

2001年・ドイツ/アメリカ/日本/フランス 監督/トニー・スコット

出演/ロバート・レッドフォード/ブラッド・ピット/キャサリン・マコーマック/スティーヴン・ディレイン

今日は、2019年3月1日金曜日。そして1日経って今日は3月2日。もう老体で花粉症には反応が鈍くなっていたはずだが、今年の花粉にはまだ慣れない。発症した44年前のティッシュペーパーの使い方を考えれば、ほとんど軽微にもみえるが、辛いものは辛い。お顔のお肌にまで影響する花粉症の悪さを恨むしかない。

この映画の時ロバート・レッドフォードは65歳、ブラッド・ピットは38歳、新旧の二枚目俳優が相まみえている。リアルタイムではこの映画の存在さえ記憶にないが、なかなかおもしろい。伝説のスパイが新人を育てた経過を映画のストーリーに絡めている。フラッシュバックではなく弟子の行動を説明する形をとっているのが分かり易く、観易い。

日本には外国からのスパイが何人いるのだろうか? そんなことが急に気になった。時々、日本の会社員が中国でスパイ容疑で逮捕されるというニュースがあるが、あれは本当のことなのだろうか? 一般庶民には絶対分からない、理解できない世界に違いない。そんなことが分かってしまうようでは、そもそもスパイの役目が出来ようもない。奥深い人間の世界。

『シャトーブリアンからの手紙』(La mer a l'aube)

2011年・フランス/ドイツ 監督/フォルカー・シュレンドルフ

出演/レオ=ポール・サルマン/ビクトワール・デュボワ/マルク・バルベ/ウルリッヒ・マテス

「実話およびハインリヒ・ベル P=L・バスとE・ユンガーの著述に基づく」。1941年10月19日、ドイツ占領下のフランス、 シャトーブリアン郡のショワゼル収容所。そこにはドイツの占領に反対する行動をとった者や共産主義者など、政治犯とされる人々が多く収容されていた。その中に占領批判のビラを映画館で配って逮捕された、まだ17歳の少年ギィ・モケがいた。

またナチスものだった。今まで観たことのなかったストーリー・シーンにちょっと驚く。哀しい物語だったが、そういう気骨のある民衆の上にフランス式自由が成り立っているのだと感じる。非情なのは、ドイツ軍に命令されてフランス人が同じフランス人を処刑場に送り込むことだった。反政府分子、共産主義やユダヤ人という名を借りての愚挙には開いた口が塞がらない。

ドイツ軍人の中にも理解のある将校もいたのだと言い訳のような描き方がしてあったが、そのことも真実だったのだろうか。終戦後の毀誉褒貶が奇妙なもので、銃殺場送りしたリストを作ったフランス人の若き副知事は、勲章をもらったらしい。げに恐ろしきは人間の善悪。神の下で行う人間の業とはとても思えない。

『イン・セキュリティ 危険な賭け』(Armed Response)

2013年・アメリカ 監督/エバン・ビーマー

出演/イーサン・エンブリー/マイケル・グラディス/クレア・デュバル/ケイリー・エルウィズ

最後まで観たが、コメントすることが見つからない。内容にヒントを得て発想することもない。困った。

こんなこともある。

めげずに観続けよう。

『ロスト・イン・ザ・サン 偽りの絆』(Lost in the Sun)

2016年・アメリカ 監督/トレイ・ネルソン

出演/ジョシュ・デュアメル/ジョシュ・ウィギンズ/リン・コリンズ/エマ・ファーマン

むなしい映画だった。

「トランスフォーマー」シリーズのジョシュ・デュアメルが主演を務め、母を亡くした少年と謎の男の旅の行方を描いたロードムービー。母に先立たれた13歳の少年ルイスは祖父母と暮らすため、バスでニューメキシコ州へ向かうことに。そんな彼の前に見知らぬ男ジョンが現われ、祖父母のもとまで車で送ってくれると申し出る。ルイスは不審に思いながらもジョンの車に乗り込むが、実はジョンは刑務所から出てきたばかりだった。無一文のジョンは道中で強盗を繰り返し、ルイスも犯行に加担してしまう。共演に「ジョン・カーター」のリン・コリンズ、「最高の人生のはじめ方」のエマ・ファーマン。(映画.comより)

こういう映画を観ると、心が暗くなる。

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(A Street Cat Named Bob)

2016年・イギリス 監督/ロジャー・スポティスウッド

出演/ルーク・トレッダウェイ/ルタ・ゲドミンタス/ジョアンヌ・フロガット/アンソニー・ヘッド

この映画を観始まる直前に日本映画の『先生と迷い猫』(2015年)を観た。観たと書くには問題がある。10分くらいでやめてしまったからだ。最初から猫がメインで出てくるのは構わないが、一向に話も映像も前に進んで行かない。相変わらずの長回しとだらだら感が苛立ちだけを助長する。

テレビ録画での鑑賞だったので、すぐにその下のタイトルを観始まったわけだが、また猫が題名に付いているイギリス映画だったのだ。実話に基づく物語だった。出だしはそこそこ、途中もそこそこ、最後まで劇的な展開には至らなかったが、ハッピーエンドで気分は悪くない。イギリスにおけるジャンキーと呼ばれる若者の薬物依存症更生プログラムを見た。弱者に対するシステムでは、日本は大後進国だということを痛感する。

持って生まれた人たちは、持たない現実の人間に施しをする。日本ではいまどき絶対見る事の出来ない光景だ。他人のことを気にする日本人が、他人のことを思いやらない風景が目立つ。他人のことを、本当は思いやっているのに、別の他人の目が気になって仕方がないのだ。自分で良いと思ったことは、それこそ他人の目を気にしないで振る舞えばいいものを。

『ハッド』(Hud)

1963年・アメリカ 監督/マーティン・リット

出演/ポール・ニューマン/メルヴィン・ダグラス/パトリシア・ニール

いわゆる西部劇というほど古い時代ではないが、テキサスで牧場を経営する親と子供の確執劇とでも言えるだろうか。日本の映画でもよく観ることが出来た親子の間の物語。日本映画ほど直接的に怒鳴り合うシーンはないが、鬱積した双方の不満がスクリーンから観客を襲う。

ハッドは主人公の名前。彼には兄がいたが酔って運転して事故を起こし、同乗していた兄を殺してしまったと、トラウマを引きずっている。父もそういう風に自分を責めているに違いない、と思い込んでいる不幸が二人の関係。兄の息子は17歳、叔父を格好良いと思いながらも、祖父との関係が気になって仕方がない。

主人公は34歳で独身、夜になると町へ繰り出し、酒と女に入り浸っているのが日常だった。飼い牛に病気が発生、政府の殺戮令が下って、いよいよ二人の関係には決定的な亀裂が入った。日本映画だったら、なんとか仲直りするシーンが見えていたはずだが、このアメリカ映画は一向にそういう感じがしない。父親が死んで、甥も荷物をまとめて去って行くシーンでこの映画は終わる。寂しさ、哀しさしかない映画だった。第36回アカデミー賞でパトリシア・ニールが主演女優賞、メルヴィン・ダグラスが助演男優賞、またジェームズ・ウォン・ハウが撮影賞を受賞している。

『ヴェンジェンス』(Vengeance: A Love Story)

2017年・アメリカ 監督/ジョニー・マーティン

出演/ニコラス・ケイジ/アンナ・ハッチソン/ドン・ジョンソン/タリタ・ベイトマ

ニコラス・ケイジが刑事でありながら法で裁けぬ悪を成敗する処刑人に扮したアクション。湾岸戦争で活躍した元軍人の刑事ジョンは、長年の相棒を亡くして失意の底にいたが、あるパーティで知り合ったシングルマザーの女性ティーナとの交流を通し、次第に活力を取り戻していく。そんなある日、ティーナが町のチンピラたちに暴行される事件が起こり、犯人たちは逮捕されたものの、金に物を言わせて雇った弁護士によって無罪を勝ち取り、釈放されてしまう。この現実に怒りを覚えたジョンは、自らの手で犯人たちに制裁を加えることを決意するが……。(映画.comより)

どこかで観たことあるようなストーリーながら、世直し奉行には尊敬の念が湧くこそすれ、法律を犯してまでやってはいけないよ、などと思うことはない。映画の中でなら誰が真犯人で誰が騙し、誰が騙されているのかがわかるが、現実社会では真実が見え難い。一生冤罪を晴らすことが出来ず、死んでいった人も少なからずいるのだろう。

確たる証拠もないのに、状況証拠の積み重ねで有罪になった人たちもたくさん存在する。あくまでも知らぬ存ぜぬ、で通してしまう国会の様子が世の中に多大なる悪影響を与えていることは疑いの余地がない。そんなことを庶民の一人が危惧したって、世の中には何の影響も及ぼさない。因果応報という神の仕打ちを痛感するのは、何代もあとの人たちかもしれないが、それでもそういうことが間違いなく起こるのだと信じられなければ、生きている気持ちが充足しない。

『ナインイレヴン 運命を分けた日』(9/11)

2017年・アメリカ 監督/マルティン・ギギ

出演/チャーリー・シーン/ウーピー・ゴールドバーグ/ジーナ・ガーション/ルイス・ガスマン

2001年9月11日に米ニューヨークの世界貿易センタービル(ワールド・トレード・センター)で起きたアメリカ同時多発テロ事件、たまたまその時間にエレベーターの中にいた5人が主人公。悲惨なこの事件の映像は本物だが、テレビのニュースで見るというちょっと救われる設定だった。横浜の自宅で机の前でパソコンをしていたときに突然飛び込んできた映像を鮮明に覚えている。

ワールドトレードセンター(WTC)へのテロ攻撃による死者は合計で2763人だった。その内訳は、事件当時WTCに居た民間人が2192人、消防士が343人、警察官が71人、ハイジャックされた旅客機の乗員・乗客が147人、ハイジャック犯のテロリストが10人となっていた。WTCのツインタワーで死亡した民間人の90%以上は、ジェット機が直撃した階以上のフロアに居た人々だった。北棟では、直撃を受けた階以上のフロアに1355人が閉じ込められ、煙の吸引・タワーからの落下・最終的なタワーの崩壊などの理由によってその全員が死亡した。北棟の3つの非常階段すべてがアメリカン航空11便の衝突の際に破壊されており、上層階から人々が脱出することは不可能だった。一方で、(北棟において)直撃を受けた階より下のフロアで死亡した民間人は107人とされている。南棟では、ユナイテッド航空175便の衝突の後も非常階段のひとつ(A階段)が崩壊を免れており、このA階段を利用することで18人(直撃を受けたフロアから14人・それ以上の上層階から4人)が直撃を受けた階以上のフロアから脱出した。南棟で死亡した民間人は計630人であり、北棟の半分以下の数字だった。南棟では、北棟へのジェット機突入の直後から多くの人々が自主的に避難を開始していたため、死者の数は大幅に抑えられた。一方で、『USAトゥデイ』は最初のジェット機突入後に南棟に居た全員を避難させることができなかったことを「事件当日における重大な悲劇のひとつ」と評している。

ジェット機の衝突によって北棟・南棟ではエレベーターが停止し、多くの人が閉じ込められた。『USAトゥデイ』の推定では、最小で200人、最大で400人がツインタワーのエレベーターに閉じ込められた状態で死亡したとされる。エレベーターに閉じ込められたものの、そこから自力で脱出した生還者は21人だった。エレベーターにおける死者の多くは、ケーブルの破損によるエレベーターの急落下や、引火したジェット燃料のエレベーターへの侵入によって死亡しており、それらを免れた者もツインタワーの崩壊時に死亡した。(Wikipediaより) これがこの映画の舞台だ。

『グランドフィナーレ』(Youth - La giovinezza)

2015年・イタリア/フランス/イギリス/スイス 監督/パオロ・ソレンティーノ

出演/マイケル・ケイン/ハーヴェイ・カイテル/レイチェル・ワイズ/ポール・ダノ/ジェーン・フォンダ

最後に「フランチェスコ・ロージ監督に捧ぐ」という文言があった。この映画の監督がイタリア人で、同じイタリア人の偉大な監督に対するオマージュだろう。フランチェスコ・ロージ監督は、1962年の『シシリーの黒い霧』で第12回ベルリン国際映画祭銀熊賞 (監督賞)を受賞、翌年1963年の『都会を動かす手』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞、1972年の『黒い砂漠』でカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞を受賞している。頭10分とお尻10分だけ観た。真ん中100分は寝てしまっていたので、以下はすべてWikipediaから引用する。

楽曲「シンプル・ソング」で名声を得た音楽家のフレドは娘のレナ、親友の映画監督ミックとともにスイスのアルプスで休暇を過ごしていた。ミックは自身が監督する最後の作品となるであろう映画の脚本の執筆に取り組んでいたが、一方のフレドは指揮者として復帰する意欲はなく、英国王子の誕生日に演奏会を開いてほしい、との女王の依頼を拒み続けていた。そしてふたりは、スイスのホテルに滞在するセレブたちをタネに無責任な噂話に興じていた。だが、ミックの息子を夫にもつレナは、父親に主人の裏切りを訴える。軽く慰めの言葉でお茶を濁したフレドは、レナに不倫の真相を暴かれて自らの父親失格ぶりを意識させられた。一方、ミックのもとには最愛の女優、ブレンダが現われる。ミックの才能の枯渇を理由に、ブレンダは次作出演の辞退を宣言し、衝撃に耐えきれないミックは自らの人生に幕を引く。音楽にしか自分の生きる道はないことを思い知らされたフレドは、「シンプル・ソング」の指揮を断ってきた理由を明かして自作演奏に応じる。

本作は批評家から高く評価されている。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには25件のレビューがあり、批評家支持率は84%、平均点は10点満点で7.8点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「美しい画面と見事な演技がある。『グランドフィナーレ』は魅力ある名優たちのアンサンブルを見せてくれる。ただし、欠点がないわけではない」となっている[11]。また、Metacriticには9件のレビューがあり、加重平均値は78/100となっている。『バラエティ』のジェイ・ワイスバーグは「ソレンティーノ監督の作品の中で、最も繊細な作品だ。人生の叡智というものは年齢とともに失われたたり、新たに獲得されたりする。また、人生の途中で思い出すこともある。そんな叡智を温かいまなざしで考察している」と述べている。『ハリウッド・リポーター』のトッド・マッカーシーは「『グランドフィナーレ』は快楽の饗宴というべき作品だ。作品全体が映画の与える快感に浸っているようだ」と述べている。批判的な評価を下している批評家もいる。『デイリー・テレグラフ』のロビー・コリンは本作に関して「ゴージャスではあるがある種の不気味さを感じる。中心となっている主題が明瞭ではない」と評している。『ガーディアン』のピーター・ブラッドショーは本作に5つ星評価で3つ星を与え「『グランドフィナーレ』は優雅で能弁ではあるが、どうも気迫に欠ける。失われてしまった時間に対する老人の後悔はマッチョイズム的であり、面白みもなく実りあるものでもない。しかも感傷的になっている」と述べている。

『タイム・トゥ・ラン』(HEIST)

2015年・アメリカ 監督/スコット・マン

出演/ジェフリー・ディーン・モーガン/ロバート・デ・ニーロ/ケイト・ボスワース/デビッド・バウティスタ

テレビ映画のような映像だがロバート・デ・ニーロが出演している。原題「HEIST」は「強盗」という意味らしい。発音をネットで聞いたが、カタカナ文字に出来ない難しさがあった。映画の冒頭に『BUS 657』という原題らしきクレジットが見えたが、あれは何だったのだろう。配給会社が勝手に原題を変えて素知らぬ振りをすることは、よくあること。

強盗をしたがうまく逃げられなかったときどうするのかを、犯人の一人は綿密に計画していた。そこらあたりのストーリー展開は充分に堪能できた。上映時間が短く、さっさと進んで行くのがいい。強盗される側のカジノのボスが容赦なく殺すのに、子供に対する愛情が半端ではない。そういういびつな関係や形がおもしろい結果をもたらす。

イマージェンシー、緊急事態に何が出来るのかが人間の真骨頂。日本での人質事件ではひたすら説得工作が常識だが、全員が銃を持っているアメリカでは「交渉」が一般的だと映画は教えてくれる。押すのか引くのかを一瞬で判断しなければいけない。日本人には到底期待できない。1万人が人質になったとき、日本ならひとりも犠牲者を出さないように「説得」する。アメリカでは1万人のうち10人が死んでもいいから、さっさと犯人を狙撃する。そこまで簡単ではないかもしれないが、それに近いような差がある気がしてならない。

『エクスペンダブル・レディズ』(Mercenaries)

2014年・アメリカ 監督/クリストファー・レイ

出演/クリスタナ・ローケン/ブリジット・ニールセン/ゾーイ・ベル/ヴィヴィカ・A・フォックス

シルヴェスター・スタローン・ジェイソン・ステイサム・アントニオ・バンデラスなどの男版『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(The Expendables 3)を模倣した完璧な六流映画。オリジナルビデオ映画作品だという。小学校低学年のアクション映画入門用にちょうどいいかもしれない。

アメリカ大統領の娘が新興国の国がらみで誘拐されて、奪回作戦のために刑務所にいる屈強な女4人を集め、恩赦を肴に任務を遂行させるという御伽噺のような屁でもない内容。4人の中で早々に寝返る輩が出てくるお笑いぐさ。そうやって馬鹿にしながら見られるのが六流映画のもっともいいところ。

この4人にはそれぞれ特技が備わっていた。人生でなんでもいいから他人に自慢できる、あるいは他人には絶対負けない特技を持っていれば、鬼に金棒だろう。世界一や日本一でなくたって勿論問題ない。ちょっとした地域で一番も必要ないだろう。とにかく他人には負けないと自分が思っていればそれで十分だ。そうすれば人生は豊かになるのだが、その唯一無二を持っている人間はそうざらにはいない。

『エンド・オブ・トンネル』(Al final del tunel)

2016年・アルゼンチン/スペイン 監督/ロドリゴ・グランデ

出演/レオナルド・スバラーリャ/クララ・ラゴ/パブロ・エチャリ/フェデリコ・ルッピ

事故で妻と娘を亡くし自らも車椅子生活となったホアキンは、自宅に引きこもり孤独な毎日を送っていたが、貯金が底をついたため自宅の2階を貸し出すことに。そして住みはじめたストリッパーのベルタとその娘に亡き妻子の姿を重ね、少しずつ明るさを取り戻していく。そんなある日、自宅の地下室で奇妙な音を聞いたホアキンは、悪党たちが地下にトンネルを掘って銀行に押し入ろうとしていることに気づく。(映画.comより)

かなりユニークなストーリーでおもしろい。人ひとり主人公で暗い映画の出だしではあったが、なかなかどうして観客の期待を裏切る映画のおもしろさを魅せてくれる。アルゼンチン映画が日本で公開されるのは数少ない。この映画は、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2017」上映作品だという。ヘラルドが1985年に配給したちょっと変わった作品『蜘蛛女のキス』(Kiss of the Spider Woman)がアルゼンチン映画かと思い出したが、そうではなくブラジル映画だった。大雑把な記憶はいつも健在。

安楽死させようとしていた飼い犬のために作った毒入り菓子が冒頭に出てくる。これをどこで使うのかな~、とずーっと観客の脳裏に埋め込みながら、巧みに映画が進行して行った。アメリカ映画のようにスパッとではなく、日本映画のようにだらだらとでもなく、エンドシーンは絶妙な長さで締めくくられている。監督の力が大きい。

『3月のライオン 後編』

2017年(平成29年)・日本 監督/長野晋也

出演/神木隆之介/有村架純/倉科カナ/染谷将太/清原果耶/佐々木蔵之介/加瀬亮/前田吟/高橋一生/伊藤英明/豊川悦司

前編があまりにもおもしろくなかったのでこの後編を録画するかどうかさえも悩んだ。結局何もなかったように録画予約した自分には、いつもながらの「どうでもいいんだという」一貫性があったようだ。観始まって不思議だったのは、倍速にすることもなく結構おもしろく観たことだった。どういうこと? と、我ながらこの顛末が解せないでいる。

タイトルについて、こんな記載を見つけた。コミックス表紙などには英題「March comes in like a lion」が書かれている。映画『三月のライオン』を羽海野(原作者)は観ていなかったが「おかっぱの女の子が食べかけのアイスをくわえている」映画ポスターと映画タイトルの印象が残っていた。この句はイギリスの天気の諺「3月はライオンのようにやってきて、子羊のように去る(March comes in like a lion and goes out like a lamb)」からであり、羽海野は「物語がつくれそうな言葉」と感じていた。また、監修の先崎(プロ棋士)は、6月に始まる順位戦は昇級、降級を賭けた最終局が3月に行われるため、棋士が3月にライオンとなる旨をコメントしている。

半分くらいは見損なっていた全編だったが、それが役に立ったことは間違いない。全編・後編とも2時間20分を超える長編、後半になってフラッシュバックで振り返る主人公の生い立ちが結構頭に入ってくる。なるほど、そうか、この後編だけで充分だったのかもしれない。または、後編を主軸にして前半のシーンをフラッシュバックしてやれば、もっと面白い一編が出来たのかもしれない。監督の領域を侵せるほど、卓越した才能がある訳ではないのに、何を言う!!

『愛と哀しみのボレロ』(Les Uns et les Autres)

1981年・フランス 監督/クロード・ルルーシュ

出演/ロベール・オッセン/ニコール・ガルシア/ジェラルディン・チャップリン/ジェームズ・カーン

なんといってもジョルジュ・ドンの圧倒的な踊りとフランスの作曲家モーリス・ラヴェル作曲のバレエ曲『ボレロ』(Bolero )が、映像と共にこびりついて頭から離れない。何十年もそのシーンだけを鮮明に覚えている。ヘラルド時代リアルタイムで自社の映画をきちんと観たことを覚えている映画の筆頭に挙げることが出来る。いやぁ~、こういう映画を観ないで死んでしまう人がいたら可哀そうだなぁと思える映画の1本。

1930年代から1980年代にわたり、パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを中心とするフランス、アメリカ、ロシア、ドイツにおいて交錯する、2世代4つの家族の人生が描かれている。親子を一人二役で演じているケースもあり、かなり頭の中は混乱している。第二次世界大戦におけるヨローッパ戦線の国々では多くの悲劇的な人生が。

ジョルジュ・ドンが舞うボレロはこの映画の最大で最後のシーンの見所でだが、最初に観た時は永遠にこの音楽とバレエが終わらないのではなかろうかと思ったほどだった。今回観て、意外と短い時間のシーンだったことにちょっと驚いた。一度観たら誰しも忘れないだろうこのシーンは、映画という世界の価値を間違いなく高めている。

『ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄』(Pay the Ghost)

2015年・アメリカ 監督/ウーリ・エーデル

出演/ニコラス・ケイジ/サラ・ウェイン・キャリーズ/ヴェロニカ・フェレ/ジャック・フルトン

原題の英語をカタカナ邦題にして、さらに~ハロウィンの生贄~なんていうどうしようもないサブタイトルを付けて得意がっている配給会社はどこのどいつだ。いかにも三流映画ですよ、と自ら宣言しているようなこの構図を由としない。ていうか、もう配給会社の良識を疑うしかない。

まさにテレビ番組の予告編的番組の始まりに酷似している。いつ頃からかドラマだけではなくバラエティー番組でさえ、番組始まりにこれから流そうとしている内容の告知時間がある。まさしく予告編を直前に流すようなもの。お陰様で、バラエティ番組だろうとドラマだろうと、もう観た気になってしまうことが常。かえって都合がよいことは確かだが、それにしても酷い番組づくりだと思っている。

出来の悪い題名ほど言い訳が必要になる。大ヒットしてしまえば忘れてしまうけれど、E.T.だって「宇宙圏外生物」というサブタイトルが付いていた。飛ぶ鳥を落としていた当時の配給会社もまさか「E.T.」だけでは心もとなかったのだろう。結果がよければサブタイトルなんか忘れてくれる。そういう歴史が映画タイトルには。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(Darkest Hour)

2017年・イギリス 監督/ジョー・ライト

出演/ゲイリー・オールドマン/クリスティン・スコット・トーマス/リリー・ジェームズ/スティーヴン・ディレイン

第二次世界大戦初期の1940年5月10日、ドイツ、イタリアに対し宥和政策をとったネヴィル・チェンバレンはその失策により辞任し、新たに成立した保守党と労働党による挙国一致内閣の首相として就任したのは主戦派のウィンストン・チャーチルであった。しかし、それは有事の際の貧乏くじのような人事で、国王ジョージ6世のチャーチルを迎える立場も冷たいものであった。あくまでもナチス・ドイツらへの徹底した抵抗を訴えるチャーチルだが、チェンバレンとハリファックス子爵を中心とする保守党は、ヨーロッパを侵攻し、拡大するアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツの危機に対して講和の道を探り、チャーチルと対抗する。しかし、事態が進行し、ついにはフランスがナチス・ドイツに敗北する事態になり、ヨーロッパ大陸に展開するイギリス軍も全滅の危機を迎える。更には講和の道を探るか、さもなくば大臣を辞任するというハリファックス子爵とチェンバレンが要求する事態になり、チャーチルは選択を迫られる。(Wikipediaより)

ザ・ブリッツ(The Blitz)ロンドン大空襲は、第二次世界大戦中にドイツがイギリスに対して1940年9月7日から1941年5月10日まで行った大規模な空襲のことで、ブリッツとは、ドイツ語で稲妻を意味するという。日本のように木と紙で作られた家屋は焼夷弾を落とせば戦火は広がるばかりで攻撃側には好都合だったのだろう。ドイツによる空襲は、ロンドンだけではなく、バーミンガム、ブリストル、マンチェスター、ベルファスト、シェフィールド、リヴァプール、ポーツマス、プリマス、サウサンプトン、カーディフ、コヴェントリー、エクセター、スウォンジ、ノッティンガム、ブライトン、イーストボーン、クライド湾岸の都市など、多数の都市が焼き払われたという。

徹底抗戦を訴えながらも戦況不利の中、チャーチルは苦悩しながらも強いイギリス人を演じていた。妻が言う「欠点があるから強くなれる。迷いがあるから賢くなれる」と、かくして彼は言葉を武器に変え戦場に突入したと称された。ヒトラーがもし徹底的にイギリス空襲を継続していたら、歴史は変わったかもしれない。チャーチルの抗戦は終始不安が伴うものであった。議会を説得し、愛国心を煽る演説だけが、彼の武器だったのだ。ノルマンディ作戦の成功後、連合軍はナチスに勝つことになるが、チャーチルも1945年7月の総選挙で敗北し首相を辞任することになった。「成功も失敗も終わりはない。肝心なのは続ける勇気だ。」(ウインストン・チャーチル)。

『ハード・ウェイ』(The Hard Way)

1991年・アメリカ 監督/ジョン・バダム

出演/マイケル・J・フォックス/ジェームズ・ウッズ/スティーブン・ラング/アナベラ・シオラ

マイケル・J・フォックスは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future・1985年)シリーズの主人公マーティ・マクフライを演じ、同シリーズの大ヒットによりハリウッドスターの仲間入りを果たした。バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3 が公開された1990年直後の公開作品になる。

30歳の時、パーキンソン病を発症。1990年頃から発症の兆候が見られ、病を隠しながらも、自らプロデュースに参加し主演もつとめたテレビドラマシリーズ『スピン・シティ』などに出演を続けるが、1998年に病気を公表。2000年には『スピン・シティ』を降板し俳優活動から退いた。専門医の中には早くからマイケルの音声や動作に示される特徴からその兆候を認識していたものもいたという。

身長が163㎝とアメリカ人の俳優の中でも際立って低いのが特徴でおもしろい。日本のテレビ・タレントやアイドルなどは身長が高いことが最優先されているのと比べても、アメリカン・ドリームとはそんな差別の中から生まれてくるものではないということが分かるような気がする。イケメンだ高身長だというアイドルとブサイクで醜いお笑い芸人との両極端が最近の日本のトレンドに見える。偏見かなぁ。

『マッキントッシュの男』(The Mackintosh Man)

1973年・イギリス/アメリカ 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ポール・ニューマン/ドミニク・サンダ/イアン・バネン/ジェームズ・メイソン

今日は、2019年(平成31年)2月9日(土曜日)、誕生日も過ぎてよもやの71歳となってしまった。マッキントッシュといえば、アップル社が開発してきたパーソナルコンピューター(パソコン)のマックや iPod、iPhone、iPad などのことを想像してしまう。マッキントッシュ (Macintosh, McIntosh, Mackintosh) とは、元々はスコットランドの姓であり、いろいろな製品、人物が知られているということらしい。

今回の映画のマッキントッシュは人物の名前であり主人公に指令をする謎の人物のことだった。一番比較しやすいアクション映画、当時のスピード、テクニックが人間らしくて微笑ましかった。こんな風にすればもっと激しく納得のいくアクションシーンになるだろうということを、我慢して映画製作をしていたこの時代以前の映画と今の映画の映像はあまりにも違い過ぎる。

出来ないことを出来るように努力することより、好きなことをもっと好きになるようにした方がいい、と言われた記憶は中学生の時。そんなもんかなぁと思いながらも、何故か忘れることのなかった言葉。日頃そんなことすら思い出すこともなく生きてきたけれど、なるほどせめて好きなひとつのことくらい他人に優ることを身につけておけば、さらに自信に満ちた人生を送れたのかもしれないなぁ。

『3月のライオン 前編』

2017年(平成29年)・日本 監督/長野晋也

出演/神木隆之介/有村架純/倉科カナ/染谷将太/清原果耶/佐々木蔵之介/加瀬亮/前田吟/高橋一生/伊藤英明/豊川悦司

前編は 2017年3月18日、後編は 2017年4月22日に公開されたという。久しぶりの日本映画だったが、あまりにものらりくらりの展開に録画を倍速にして観た。原作は漫画でテレビ・アニメ化もされていたようだ。ちょうど藤井聡太の現在の活躍を彷彿とさせているような天才棋士が主人公。彼が登場する前にこの原作は世に出ていると思うが、別に先を見越したわけでもない。棋界には天才と称された棋士が既に何人か神から遣わされている。

それにしても酷い。全体のストーリーを忘れてしまうほどのストーリー展開には呆れるばかりだ。しっかりと睡眠時間になってしまった後半だったが、もう一回観直そうという気にはなれていない。しかもまだ後編があるので、録画さえも躊躇したくなるかもしれない。2時間20分も何をもたもたやっているんだ! さっさとせい! と突っ込みを入れるのは当然だろう。

天才と言われる人たちの存在は確かだが、そこまでの天才には会ったことがない。まぁ、自分以外の人たちは、少なくとも自分より才能がある人ばかりに見えるので、天才に囲まれて生活している凡人だと思えばいいのかもしれない。

『グリフィン家のウエディングノート』(The Big Wedding)

2013年・アメリカ 監督/ジャスティン・ザッカム

出演/ロバート・デ・ニーロ/キャサリン・ハイグル/ダイアン・キートン/アマンダ・セイフライド

観終わって記録に残したばかりの『クーパー家の晩餐会』(Love the Coopers)の続きの映画かと勘違いしそうな映画だ。同じような家族もので、しかもダイアン・キートンとアマンダ・セイフライドが同じように顔を出している。クーパー家の方が新しく2015年作品で、この映画は2年早く2013年の製作だという。製作者も、観客が立て続けにこの2作品を観ようとは、想定外だったろう。

また『「グリフィン家のウエディングノート」のネタバレあらすじと結末』というページのお世話になった。今回はさほど混乱し過ぎるほどの人間関係ではなかったが、それでも映画を観終わてから頭の中を整理するためには、こういうネタ晴らし解説を読むことが適当だと感じている。

セリフが厳しくて結構おもしろい。アメリカ映画にしてはわざとらしい言い回しも多く見られ、必死になって映画をおもしろくしようとしている態度が見られる。相変わらず簡単に寝てしまう男と女ばかりのアメリカ人だが、この家族の長男は29歳の産科医なのにまだ童貞という妙な役回りになっている。ロビン・ウィリアムズはこの映画の公開1年後2014年8月亡くなっている。いい役者だったなぁ。

『クーパー家の晩餐会』(Love the Coopers)

2015年・アメリカ 監督/ジェシー・ネルソン

出演/アラン・アーキン/ジョン・グッドマン/エド・ヘルムズ/ダイアン・キートン

『ネタバレ「クーパー家の晩餐会」あらすじ・結末』というページを見て、ようやく人間関係が分かってほっとした。観ている間は心が不安定で困ってしまった。映画製作が外国の場合はよくある話、さすがに日本映画なら誰と誰がどういう関係なのかは、まさか終わりになるまで続くことはない。最近の芸能界の俳優たちは、ごっつうお金をかけて容姿を若返らせようとしているので、こんなことになり易いのではなかろうか。歳をとったらとったなりの顔かたちで出てきてもらわねば、映画そのものが成り立たない。昔たくさん居た腰の曲がったおばあちゃんやおじいちゃんは、どこへ行ってしまったのだろうか。

4世代11人の登場人物が様々な人間模様を見せてくれる。前半の快調なセリフのやり取りが、後半ちょっと息切れしてしまったのが惜しい。この手の映画ではなんといっても『ラブ・アクチュアリー』(Love Actually・2003年)が出色で、事あるごとに他人に喧伝している。どうしてもそれと比較してしまうのがちょっと。

結局人間なんてみんな欠点ばかりで、そこが人間らしくて、というようなことを最後に言っていたような気がする。観たばかりだろうと、突っ込みを入れないで欲しい。観てしまうと、それはもう過去、その時間から次へと繋がる時間だけが現実なのだと、いつもそんな気持ちが強過ぎて、言い訳ばかりしている。まぁ、満足のいく映画であったことは確かだ。

『英雄の条件』(Rules of Engagement)

2000年・アメリカ 監督/ウィリアム・フリードキン

出演/トミー・リー・ジョーンズ/サミュエル・L・ジャクソン/ガイ・ピアース/ベン・キングズレー

極限状態で発砲を命令した軍人と、彼の正義を信じる戦友の苦悩を描く法廷サスペンス映画。原題の「Rules of Engagement」は交戦規定の意。物語の鍵は、在イエメン米国大使館への群集によるデモのシーンでの群集は武装していたか、否か。先に発砲したのは群集か、チルダーズの部隊か。

本作品のアラブ人の特徴の描写は人種差別であると広範囲に及ぶ批判を招いた。アメリカ・アラブ反差別委員会は、「おそらく、これまでのハリウッドの作品で最もアラブ人に対して差別的な作品」と評した。ボストングローブ紙のポール・クリントンは、「悪く言えば、露骨に人種差別的で、風刺漫画の悪役のようにアラブ人を利用している」と評した。映画評論家マーク・フリーマンは、「(本作品において)イエメン人は、考えられるうちの最も人種差別的な描かれ方をした。フリードキン監督は、イエメン人のこわばった表情を誇張し、また、彼らの奇怪な容姿や様式、辛辣な言語、暴力への強い欲求を誇張した。(本作品の鍵となる)"真実"が終盤で開明されるとき、本作品の人種差別的意図はより強調される。本作品のメッセージとは、アメリカに批判的な勢力や女子供を殺すことを活発に許容する必要性のことだ」と評した。

軍法会議も評決で行われる。評決するのも軍人なのが一般裁判と違うところか。関係者は自分の立場に拘泥し、嘘をついてまでも自分の立場を守ろうとする。そのあたりは一般人よりも軍隊の方が顕著に現れている。映画の最後に、嘘をついて映画の中ではそのまま通してきた何人かが、きちんと罰せられたとクレジットがあった。良かった。映画とはいえ正義が負けてしまうのは不愉快でしかない。まだまだ子供心の抜けない自分があるようだ。

『ある天文学者の恋文』(La corrispondenza)

2016年・イタリア 監督/ジュゼッペ・トルナトーレ

出演/ジェレミー・アイアンズ/オルガ・キュリレンコ/シャウナ・マクドナルド/パオロ・カラブレージ

原題のイタリア語は英語ではコレスポンデンス(correspondence)のこと。貿易関連の業務上の連絡で、相手方と英語などの外国語でやり取りすることで、略して「コレポン」と呼ばれていることで有名。この監督は、『ニュー・シネマ・パラダイス』(Nuovo cinema paradiso・1989年)や『海の上のピアニスト』(La leggenda del pianista sull'oceano・1999年)を監督している。

素敵な映画だった。愛にはいろいろな形があるらしいことはうすうす知っているが、不倫と呼ばれる愛には未来がないように思っていた。「ある天文学者」は余計な言い回しで、『恋文』だけで充分なお話だった。まだ生きているときから何かを予測したように愛の便りをプレゼントしていた男だが、死を予感した時から自分の死後も便りやプレゼントが届くように仕掛けていたとは。

愛される女にとっては充分過ぎる環境ながら、家庭を持っていた男の周りの人にはどうだったのだろうか。というあたりは少しだけ触れられるがあまり語られていない。少なくとも、家族ではない友人や知人には絶大な信頼があったらしい主人公の男、死んでからも本人の意図を汲んで動いてくれるなんて。いつまでも忘れないで欲しいと願う心があったとしても、それは無意味に近いだろう。現実に生きている人間は生身、そんな予感を感じさせながら終わりを迎えたこの映画は、なかなかどうして素敵な映画だった。

『シャドウハンター』(The Mortal Instruments: City of Bones)

2013年・アメリカ/カナダ/ドイツ 監督/ハラルド・ズワルト

出演/リリー・コリンズ/ジェイミー・キャンベル・バウアー/ロバート・シーハン/ケヴィン・ゼガーズ

カサンドラ・クレアのベストセラー小説『シャドウハンターシリーズ』の第一作目である『シャドウハンター 骨の街』を原作にしている。ごく普通の高校生であるクラリーは、母親ジョスリンと幸せに暮らしていた。そんなある日、ジョスリンが何者かにさらわれ、クラリーも謎の化け物に襲われてしまう。そこに突然、武器を持った青年ジェイスが現れ、化け物を倒してクラリーの命を救うのだった。ジェイスが言うには、自分は妖魔と戦うために選ばれた戦士「シャドウハンター」であり、実はジョスリンも優秀なシャドウハンターの一人だというのだ。しかも、その血を受け継いでいるクラリーもまた、選ばれしシャドウハンターの一人だと告げる。にわかに信じられないクラリーだったが、ジェイスと共にジョスリンを探す旅に出発する。ジョスリンをさらった敵の目的は、大きな力が秘められた「伝説の聖杯」であり、その行方はジョスリンによって封印されたクラリーの記憶に記されていることがわかる。こうして平凡だった少女は、世界の命運を握る戦いに挑むことになる。(Wikipediaより)

アマゾンプライムの映画紹介欄には「全世界2000万部を売り上げたベストセラー小説を完全映画化!」と謳ってあった。ハリーポッターと同じような匂いがして、一度目は完全に寝落ちした。どこまで観たのかの記憶は薄く、再生再開に苦労した。うっすらと観ながら寝てしまうんだなぁ、と自分の寝落ち姿を想像している。

子供騙しのストーリー展開には辟易している。どうにも我慢がならないことが多い。何故スーパーマンは子供騙しに映らないのだろうか。それは自分だけに特有のことなのだろうか。この手の物語に対する対応が自分でも分析出来ない。初めて観る映画が始まらなければ分からない。事前に活字で知っていたら、たぶんどの映画も観ることはないだろう、とそれだけは言える。

『EMMA エマ 人工警察官』(Emma)

2016年・フランス 監督/アルフレッド・ロット

出演/パトリック・リドレモン/ソレーヌ・エベール/スリマン・イェフサー/サブリナ・セブク

邦題のサブタイトルがネタ晴らしになっていて興ざめする。どこのどいつがこんな題名を許しているのだろうか。映画配給会社の使命は、単に映画を買い付けて劇場に流せばいいというものではない。題名を見ただけで、映画の楽しみの一部を奪ってしまうなんて、相当ひどい配給会社だ。せめて『EMMA/新米警察官』くらいにとどめて欲しかった。

なんといっても、研修生として配属された美女は人工知能を搭載したアンドロイドだったのだ。映画を観始まって彼女がアンドロイドだと、すぐに分からないからこその違和感のおもしろさが全く消えてしまう。わりあい早くにネタ晴らしはされるが、それがストーリーの途中だから許される事。最初から分かっていては、ホントに罪作りな題名だと何度もため息が出てきた。

この映画の中で事件を2つ解決するが、ロボットの解析力は凄い。見た目には人間なのに、いきなり殺された女の遺体を見て「妊娠している」とか言ってしまう。シリーズ化されそうな雰囲気がある。そのせいなのか、あまりスーパーマン的な挙動をしていない。2作目、3作目になったら、もっと漫画チックに彼女が活躍しそうだ。いっそのこと、アメリカでの映画化の方が良さげな。

『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』(A Royal Night Out)

2015年・イギリス 監督/ジュリアン・ジャロルド

出演/サラ・ガドン/ベル・パウリー/ジャック・レイナー/ルパート・エヴェレット

第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の連合国勝利を記念する日「VEデー(英: Victory in Europe Day, V-E Day or VE Day)」は、1945年5月8日に当たる。日本が降伏する3か月前に実質的に第二次世界大戦は終わっていた。ヨーロッパ戦勝記念日の夜、後の英国女王エリザベス2世が、妹マーガレット王女と共に外出を許され、臣民と共に戦勝を祝ったという史実に着想を得て、一夜の経験を通じて王女の成長を描いたフィクションドラマである。現エリザベス女王は、映画『英国王のスピーチ』(The King's Speech・2010年)で描かれたどもりに悩まされたイギリス王ジョージ6世の第一子長女だ。セリフの中に「うちもドイツ系よ」という言葉があったので調べてみた。

ウィンザー朝は、1917年に始まる現在のイギリスの王朝。ウィンザー家(House of Windsor)の元の家名(王朝名)はサクス=コバーグ=ゴータ家(House of Saxe-Coburg-Gotha)といった。これはヴィクトリア女王の夫(王配)アルバートの家名(その英語形)であった。アルバートはドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の息子であったが、この家系からはベルギー、ブルガリア、ポルトガルの王家も出ている。第一次世界大戦中の1917年、ジョージ5世は敵国ドイツの領邦であるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の名が冠された家名を避け、王宮のあるウィンザー城にちなんでウィンザー家と改称し、かつ、王家は姓を用いないとの先例を覆してウィンザーを同家の姓としても定めた。そのため、1917年以降は現在の女王エリザベス2世にいたるまでをウィンザー朝と称し、かつ、その構成員は(必要がある場合には)ウィンザーの姓を用いる。(Wikipediaより)

イギリスの王室に関する映画は数多い。かなり興味を持って観ているが、歴史という縦の線とそこに登場する国王や王女の名前の横線が記憶にとどまることはない。『ブーリン家の姉妹』(The Other Boleyn Girl・2008年)では、自分が離婚をしたいがためにローマ法王下のカトリック教会から離脱して、イギリス国教会を創ってしまったヘンリー8世の話がもの凄くおもしろかったと。

『リベンジ・リスト』(I Am Wrath)

2016年・アメリカ 監督/チャック・ラッセル

出演/ジョン・トラボルタ/クリストファー・メローニ/アマンダ・シュル/サム・トラメル

「I Am Wrath」=「私は怒りです」。いつも Google 翻訳のお世話になっている。「Wrath」=「extreme anger (chiefly used for humorous or rhetorical effect」。「rhetorical effect」=「修辞的効果」。妻を目の前で殺されてしまった夫の気持ちを表している。

主人公は特殊部隊の元工作員であり、戦闘のプロだったので、昔取った杵柄で自分で犯人を探し出して復讐をしようと思い立った。復讐の相手は意外な方向に行った。そこが映画のおもしろいところ。その辺にいるチンピラから始まって、クスリの密売人の胴元、さらには警察内部、そして州知事へと。妻の職業が政府から委託された環境分析官だったことが、話を大きくしていた。

ジョン・トラボルタは1954年2月生まれで6歳下だった。1977年『サタデー・ナイト・フィーバー』(Saturday Night Fever)の大ヒットから数多くの映画に出演している。彼の活躍と自分の人生は同時進行している気がする。この映画ではちょっと違和感のある髪の毛の生え際が気になったが、アクションシーンをうまくこなしてまだまだ若い。羨ましい。

『フィラデルフィア』(Philadelphia)

1993年・アメリカ 監督/ジョナサン・デミ

出演/トム・ハンクス/デンゼル・ワシントン/ジェイソン・ロバーズ/メアリー・スティーンバーゲン

第66回アカデミー賞では主演男優賞をトム・ハンクスが、ブルース・スプリングスティーンが歌曲賞を受賞した。第44回ベルリン国際映画祭銀熊賞(男優賞)受賞。第51回ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)および歌曲賞受賞。エイズとゲイにまつわる偏見を法廷で覆してゆく物語である。(Wikipediaより)

まだ20年も経っていないことに驚かされる。エイズもHIVも当たり前のように認識されてはいるが、もう過去の病気のように日本社会の中での存在感は皆無に等しいようにみえる。おそらく深く静かに潜航している日本におけるエイズ問題。常時既読スルーのような扱い方で重要事項を先送りしている日本という国、どこかで大きな爆発が起こるに違いない。

同性愛者でエイズにかかってしまったら、会社をクビにされてしまった、と訴えた弁護士事務所の若手弁護士が主人公。この時代にはとうに市民権を得ていてたと思った同性愛が嫌われていた。ただ同性愛者の数は結構多そうな雰囲気を映画は描いている。モラル的というかキリスト教的に許されないと、参考人尋問で答える上司の言葉が一般的だったのだろう。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(Locke)

2014年・イギリス/アメリカ 監督/スティーヴン・ナイト

出演/トム・ハーディ/オリヴィア・コールマン(声)/ルース・ウィルソン(声)/アンドリュー・スコット(声)

バーミンガムで建設工事の現場監督を務めるアイヴァン・ロックは、7か月前に一夜限りの関係を持った同僚のベッサンが早期分娩の危機にあることを知る。翌日にはコンクリートの大量搬入が予定され、自宅では妻と息子たちがサッカー観戦のために彼の帰宅を待ちわびているが、ベッサンの出産に立ち会うため、ロックはロンドンへ向かう。子供の頃に父に見捨てられ、いまだに父を許していないロックは、自分は父と同じ過ちを犯すまい、と心に決めている。(Wikipediaより)

スティーヴン・スピルバーグの出世作と言われる『激突!』(Duel・1971年)は、1973年に第1回アボリアッツ・ファンタスティック映画祭グランプリを受賞しているが、運転中に追い抜いたトレーラーから執拗に追跡されるセールスマンの恐怖が描かれている。それを思い出した。ひたすら、トラックに追っかけられるシーンだけで映画を完成させている。

主人公が{BMW}に乗り込むところだけが映っていて、その後映画全編は車の中で主人公があっちこっちと電話で喋っているシーンだけ。もしかするとそうなのかなぁ、と思っていたがその通りだった。喋っている内容がおもしろいので、飽きることはなかった。それにしても立派な主人公だった。15年間でたった1度の間違いの責任を全うしようとしている。「愛」も感情もない相手なのに。愛しているのは妻だけだと直接言っても、女は1度の過ちを決して許さないという。他にも同じようなことをしていたに違いない、と罵ることもする。信じるとは、疑わないことだということが分かっていない。こんな誠実な男なら、間違いなく明るい未来が待っているだろう。

『プリデスティネーション』(Predestination)

2014年・オーストラリア 監督/マイケル・スピエリッグ

出演/イーサン・ホーク/サラ・スヌーク/ノア・テイラー/クリストファー・カービイ

1970年3月、1970年11月、1963年4月、1970年3月、1964年3月、1945年9月、1963年6月、1975年1月、1975年3月、目まぐるしくタイムスリップする時空警察官が主人公。原作が短編小説『輪廻の蛇』というタイトルだと知って納得しなければならない。あまりにも高等な発想が映像化されていて、観客は戸惑うしかない。

過去からタイムスリップして未来の自分に会うなんていうことがあったら、楽しいだろうな。勿論、未来から過去に舞い戻って会ったっていい。そんなことは夢物語でしかないことは誰でも分かっている。でも活字や映画でなら大いに許される事。過去や未来の自分に会ったら、自分は何かを言いたいことがあるだろうか。

人生は一度きり、何をやってもやらなくても全ては自分の為せる技。何が起こっても起こらなくても自分のせい。地球が丸いのも私のせいなどと言っていた昔だが、気持ちは今でも同じようなもの。かといってすべてを自分の中に押し込めてしまうほど自我は強くない。程よいいい加減さが自分の一番いいところだと思っている。基本は真面目ながら、ほどほどの不真面目さを同居させることが理想的だと。

『ラスト・ダイヤモンド 華麗なる罠』(LE DERNIER DIAMANT)

2014年・フランス 監督/エリック・バルビエ

出演/イヴァン・アタル/ベレニス・ベジョ/ジャン=フランソワ・ステヴナン/アントワーヌ・バズラー

Google 翻訳に原題を入力したら「最後のダイヤモンド」と出てきた。陳腐な邦題だと思ったが、原題がこれでは仕方ないか。この題名の如く内容はいつも通りの窃盗のお話。昔、テレビ・シリーズで「泥棒貴族」を楽しんで観ていたことを想い出す。この手の映画でのアメリカ、フランスの違いはほんの少し。手口は同じだが副産物の扱い方に・・・。

1回のどんでん返しではおもしろくないのだろう。2回、3回とどんでん返してようやくおもしろい映画になったようだ。窃盗団と言える大人数で一つのダイヤモンドを奪うには、あっちこっちに内通者と言われる内部潜入者の存在が必要のようだ。欧米では顔や身体つきで違和感を見つけるのは大変なことだろう。日本人の集団では、まだまだ外国人は目立ってしまうから、違和感のある人間が片棒を担ぐのは困難かもしれない。

ダイヤモンドがなぜ価値があるのだろうか。どうして高価なのだろうか、そういう基本的なところが理解できていない。何故昔から「金(きん)」が価値があるのだろうか。人間が作った価値のシステムが受け継がれているのも不思議でならない。ビット・コインなどという訳の分からない新しい価値を生み出すのも、人間の業欲がそうさせているに違いない。そんな人間技にはとてもじゃないけど追いつくことが出来ない凡人で良かった、かもしれない。

『かぞくはじめました』(Life as We Know It)

2010年・アメリカ 監督/グレッグ・バーランティ

出演/キャサリン・ハイグル/ジョシュ・デュアメル/ジョシュ・ルーカス/ヘイズ・マッカーサー

日本公開に関してこんな話があった。ワーナー エンターテイメント ジャパンは2011年3月22日、3月11日に発生した東日本大震災の影響により関東地方を中心に劇場の営業が困難であることなどを理由として3月26日に予定されていた劇場公開の中止を発表した。その後、2011年7月20日にBlu-ray Disc/DVDが発売されることが発表された。

軽い映画もいいなぁ、と思いながら観始まった。気楽に観られる映画もたまにはいい。ナチだホローコーストだというテーマは嫌いではないが、続けて観るもんじゃない。観ていくうちにだんだん良くなっていく映画は希だった。視点が違う恋愛ものは嬉しい。もうほとんど見たことのないパターンなんてないだろうと思っていたが、よくぞこういうテーマを考えついたものだ。

それにしてもアメリカというのは、見事なほどにケース・ワーカーが発達している。夫婦が急死した時に残された子供をすぐに一時預かる社会なんて、日本じゃ考えられない。遺言によりもしそういう場合が発生した場合は、友人の二人に養育を頼むなんてことも書いてあった。その二人はそれぞれ独身で、付き合っている訳でもないのに。そんなドタバタ喜劇が明るさを失わずに、最後まで突っ走るなんて考えもしないことが起こった映画だった。

『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(The Words)

2012年・アメリカ 監督/ブライアン・クラグマン

出演/ブラッドレイ・クーパー/ゾーイ・サルダナ/オリヴィア・ワイルド/ジェレミー・アイアンズ

おもしろいんだけどねぇ、また寝てしまった。作家志望ながらまったく売れそうもない生活が続いていた主人公が、たまたまパリの骨董屋で見つけたカバンの中に、誰が書いたのかも分からない原稿に出会ってしまった。そこからは想像通りの物語が始まった。

どう結末に続くのかに興味はあったが、そこそこの展開がそこそこで留まってしまった。だから寝たのだろう。一つの大きな嘘を引きずった人生なんて惨めでしかない。主人公もそこに悩むことになる。実際その原稿を書いた老人が出現して話はおもしろくなるはずだった。

大きな嘘ばかりではない、小さな嘘だって、そんな必要が何処にあるのだろうか。容姿だって頭の中だって、世の中に自慢できるほどのない人間が、どうして虚勢を張らなければならないのだろう。人間が人間たる不思議さの原点のようなものかもしれない。かもしれないけれど、何をどう思われたって人間の中身が変わるはずもなかろうに。

『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』(Odd Thomas)

2013年・アメリカ 監督/スティーヴン・ソマーズ

出演/アントン・イェルチン/アディソン・ティムリン/ウィレム・デフォー/ググ・バサ=ロー

原作は、ディーン・クーンツのオッド・トーマス第一作である『オッド・トーマスの霊感』と聞けば霊的ななにかを題材にした物語だと理解できる。が、その霊的ななにかがよく分からない。副題にあるように死神が見える、ということらしいが、その死神が酷い。エイリアンの焼き直しのような黒いビニールで作られた死神が風のように現れて消える。

子供騙しというよりは、作りが甘い感じがする。二流映画から四流映画に陥落してしまう原因はそのあたりだろう。霊感と言えばちょっとSFに通じるところがあるので、私の好きなジャンルのはずだが・・・。アメリカ映画らしく恋人との話が必ず現れるのは御愛嬌。哀しい結末を用意して泣かせようとでも思っているのだろうか。

霊感や予感が現実になることは恐ろしい。もしそんな力があったとしても自慢する力ではないだろう。毎日テレビやラジオや新聞でさえも、ましてや雑誌くんだりでは生れ月による「運勢」なるものを発表している。遊びの一環として凡人は受けているのは確かだが、遊びなら運が悪いことをことさら言うこともないだろう。面白おかしく時の運を語るなら、もっと訳の分からない表現で遊ばなければ、身近な不運が現実になったら不愉快極まりない運勢伝言ゲームになってしまう。

『ナチスの犬』(Suskind)

2012年・オランダ 監督/ルドルフ・バン・デン・ベルグ

出演/ユルン・スピッツエンベル/ハー/カール・マルコビクス

今日は、2019年1月19日(土)。何度も繰り返し製作されるナチスのユダヤ人狩り、ホロコーストの話は、どの映画を観ても目を覆いたくなるような内容だ。こんなことが赦されるのだろうかと誰しもが思うことを、平気でやってきたヒットラー軍団はまさしく歴史に汚点を黒々と遺した。

オランダにも魔の手は伸びて、着々とドイツに送り込むナチスの所業。自分と家族の身を護るためにナチスの片棒を担ぐ人種が現れたって仕方がない。何故、ナチスの猫ではなく、ナチスの犬なのだろうか。犬というのはもよもと頭の良い動物だとされているからなのだろう。人に懐かず家に懐く猫では、その意味合いも明確ではないのだろう。

アメリカ映画のような明快さがない。只管に同じような毎日を描写して行くこの映画は飽きる。こんな深刻な映画で飽きるはないだろうと思えるが、眠ってしまったところをみるとやはりおもしろさがイマイチ。悲惨な映画でもおもしろい映画はたくさんある。おもしろいというのは笑うということではない。興味が尽きず、どこまでも追いかけていく気持ちが湧き上がるかどうかの問題なのだが、それを映画のおもしろさと私は表現している。

『聖なる復讐者たち』(The Reckoning)

2014年・オーストラリア 監督/ジョン・V・ソト

出演/ジョナサン・ラパリア/ルーク・ヘムズワース/ハンナ・マンガン・ローレンス/ビバ・ビアンカ

「この作品はまじ酷かった。サスペンスとしての展開も動機も陳腐。wowowの未公開作品は外れが多い。もっと選別してほしい。」こんな書き込みが「映画.com」にあった。おもしろくなかったとだけ冒頭に書こうとは思っていたが、映画詳細を調べたサイトでこんな書き込みに出会うとは。

警察ものでおもしろくないものは少ない。そういえば、「NYPD」とか「LAPD」と横書きされたパトカーが出てこなかった。アメリカ映画ではなくオーストラリア警察ものだった。腐敗の仕方や裏切りなど、警察ものはアメリカに限る。それを真似して作ったって、所詮は真似事のストーリーでしかない。畳みかけるような展開を期待したが、終始暗く凄惨な物語だった。

今回のテーマは「復讐」。一人の姉が殺されて、「ヤク」を密売していた連中をことごとく殺していく素人衆が怖い。組織から見ればこんな素人衆なんて屁でもないのだろうが、視点を変えて描けばこんな結末も用意できるのだろう。そんなところがおもしろくない所以かもしれない。プロの暴力団に太刀打ちできる恋人二人なんてあり得ない。無理なストーリーは映画を五流如何に貶める。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(Der Staat gegen Fritz Bauer)

2015年・ドイツ 監督/ラース・クラウメ

出演/ブルクハルト・クラウスナー/ロナルト・ツェアフェルト/ゼバスティアン・ブロンベルク

 アドルフ・オットー・アイヒマン:ナチス政権下のドイツの親衛隊将校。ゲシュタポのユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所(収容所所長はルドルフ・フェルディナント・ヘス(=ルドルフ・へース))へのユダヤ人大量移送にかかわる。最終階級は親衛隊中佐。「ユダヤ人問題の最終的解決」(ホロコースト)に関与し、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたって指揮的役割を担った。第2次世界大戦後はアルゼンチンで逃亡生活を送ったが、1960年にイスラエル諜報特務庁(モサド)によってイスラエルに連行された。1961年4月より人道に対する罪や戦争犯罪の責任などを問われて裁判にかけられ、同年12月に有罪・死刑判決が下された結果、翌年5月に絞首刑に処された。

 アイヒマン逮捕の影の功労者であるユダヤ人のドイツ検事長フリッツ・バウアーの執念と苦悩を描いた作品。西ドイツでは当初は占領軍の手でナチスの追及が行われたが、占領期の後期にドイツ人の手にゆだねられた結果「非ナチ化はいまや、関係した多くの者をできるだけ早く名誉回復させ、復職させるためだけのものとなった」と評価される事態となった。そしてドイツ連邦政府発足後、わずか1年あまりの1950年にはアデナウアー政権の元で「非ナチ化終了宣言」が行われた。その結果、占領軍の手で公職追放されていた元ナチ関係者15万人のうち99%以上が復帰している。1951年に発足した西ドイツ外務省では公務員の3分の2が元ナチス党員で占められていた。

 検事長である主人公だが、ユダヤ人は彼一人、周りは元ナチ親衛隊出身者ばかりで、彼の執念も空回りするばかりだった。一方では戦犯としてのナチス残党があり、一方では堂々と政府の要職に付いているナチス残党がいたらしい。スパッと戦後体制が純潔で進められるほど社会構造は簡単ではない。明治だって、10年も過ぎなければ明治と言えない時代だったことを考えれば、ドイツだって同じようなものだったのだろう。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(The Post)

2017年・アメリカ 監督/スティーヴン・スピルバーグ

出演/メリル・ストリープ/トム・ハンクス/サラ・ポールソン/ボブ・オデンカーク

ジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの両大統領によってベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国民の間に戦争に対する疑問や反戦の気運が高まっていたリチャード・ニクソン大統領政権下の1971年、以前に戦況調査で戦場へ赴いたことがある軍事アナリスト ダニエル・エルズバーグは、ロバート・マクナマラ国防長官の指示の元で自らも作成に関わった、ベトナム戦争を分析及び報告した国防総省の最高機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を勤務先のシンクタンク、ランド研究所から持ち出しコピー機で複写、それをニューヨーク・タイムズ紙の記者 ニール・シーハンに渡し、ニューヨーク・タイムズがペンタゴン・ペーパーズの存在をスクープする。(Wikipediaより)

主人公は競合紙ワシントンポストの社主、父親が作った新聞社を夫が継承したが、その夫が自殺してからポスト社の経営を引き継いだ。1877年創刊のアメリカ合衆国ワシントンD.C.の日刊紙である。米国内での発行部数は66万部で、USAトゥデイ(211万部 本紙のみ全国紙)、ウォール・ストリート・ジャーナル(208万部)、ニューヨーク・タイムズ(103万部)、ロサンゼルス・タイムズ(72万部)に次いで第5位。首都ワシントン最大の新聞であり特に国家政治に重点を置いている。2013年にAmazon.comの創業者ジェフ・ベゾスに買収された。事実と映画が入り混じる情報。

ベトナム戦争に対する情報は多岐にわたる。このペンタゴン・ペーパーズの趣旨は、「負けると知りながらなぜ続けたのか」「10%南ベトナム支援、20%共産主義の抑止、70%アメリカ敗北という不名誉を避けるため」と暴露される。アメリカの良心が映画の随所に表現されている。「報道の自由を守るのは、報道しかない」。ニクソン大統領は新聞掲載を差し止めるが、「建国の父たちは、報道の自由に保護を与えた。民主主義における基本的役割を果たすためだ。報道が仕えるべきは国民だ、統治者ではない。」1971年7月1日木曜、6対3で新聞勝利、最高裁、とワシントンポスト紙の一面に見出しが躍る。この後、ニクソンはウォーターゲート事件でアメリカ大統領唯一の辞任者という不名誉な記録を作ることになる。政治の闇は深い。日本なんて子供みたいなものだろう。ペンタゴンの機密文書がなぜペリカン文書と言われるようになったのかを知ると、またおもしろい。

『LION/ライオン ~25年目のただいま~』(Lion)

2016年・オーストラリア/アメリカ/イギリス 監督/ガース・デイヴィス

出演/デーヴ・パテール/ルーニー・マーラ/デビッド・ウェナム/ニコール・キッドマン

ノンフィクション本『25年目の「ただいま」 5歳で迷子になった僕と家族の物語』を原作としているという。インドが舞台でインド人らしき人が登場したので、インド映画のおもしろさを信頼している自分にとっては、かなりおもしろくなるだろうという予感があった。でも、インド映画ではなかった。

自分の名前も正確に覚えていなかった、実際の名前の意味が「ライオン」ということでこの原題が付いたようだ。というのが最後のオチだが、その程度のことではオチにならないだろうが。事実に基づいたストーリーという映画は、残念ながら期待ほどのおもしろさでないことも多い。この映画もその部類に入る。

1600キロメートルも離れたところに回送列車で運ばれて迷子になってしまった主人公、オーストラリア人の夫婦にもらわれるというラッキーがあった。もともと極貧の家族で、母親が一人で3人の子供と暮らしていた。25年後にようやく母親を探すことが出来たが、それまでの人生が映画的ではなく、活字の世界にとどめておくべき物語のように見えて仕方がなかった。映画は劇的な一瞬を切り取ってこそのおもしろさ、ドキュメンタリーを語りたかったら、ちょっとジャンルが違う。

『幸福の罪』(NEVINNOST)

2011年・チェコ 監督/ヤン・フジェベイク

出演/オンドジェイ・ヴェトヒー/アニャ・ガイスレロヴァ/ルデェク・ムンザール/ヒネク・チェルマク

チェコ映画とは珍しい。まぁ、とにかく暗い。ストーリーは結構面白い。ダメな日本映画のようにちょっと間延びするのが。大どんでん返しのような結末を言いたくて、その途中経過があるような感じがする。有無を言わせず逮捕されるシーンがあって、今の日産自動車問題のことをつい考えてしまう。

「この素晴らしき世界」でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた、チェコを代表する若き巨匠ヤン・フジェベイク監督による心理サスペンス。ある“幸せな家庭”を舞台に、人間の抱える「罪と罰」を問いかける。主演は「ダーク・ブルー」のオンドジェイ・ヴェトヒーと「ルナシー」のアニャ・ガイスレロヴァ。  リハビリ医として評価の高いトマシュに、患者である14歳の少女オリンカへの性的暴行疑惑が持ち上がる。捜査にあたることになった刑事ラダは、トマシュの妻ミラダの前夫であり、ミラダはラダとの結婚生活中にトマシュと不倫し、トマシュの子供を身ごもったことからラダと離婚したのだった。果たして本当にトマシュはオリンカと姦通したのか?(allcinemaより)

露骨なセリフが平然と語られるところは凄くいい。日本社会のように忖度や使用禁止用語の設定など、言論の自由には程遠い状況にある国には考えられないこと。素直に頭に入ってきて絶対この方がいい。テレビ画面で観ていたがなかなか終わらず、タブレットを持ち出して寝ころびながらや歩きながら小さな画面で見る映画にぴったんこだった。時代は変わったな~。

『イングリッドとロラ 犯罪との戦い』()

2012年・フランス 監督/Jerome Foulon

出演/Muriel Robin/ Fatou N'Diaye/Christian Hecq

アマゾンプライムの映画手引きは酷い。原題すら書いていないと罵っていたが、この映画なんか何処を見たって上記以上の項目を埋められない。続編『イングリッドとロラ マンタの海』が出来ているらしいことだけはweb上で知ることが出来た。

展開が速すぎて理解するのが難しくもう1回観ないといけない、てなことを書いたページもあったが、展開が速いのではなくセリフが多過ぎるのが最大の問題。しかも殺人事件にかかわる人物の名前が連呼されて、誰が誰だか分からないままに観続けなければいけないことが大問題なのだ。元刑事(字幕では警視総監?)が早期退職して、偶然知り合ったいわくつきの黒人女性とコンビを組んで事件を解決していく。というストーリー自体はおもしろいが、おもしろさを演出する技術が拙い。

人の名前を覚えるのが苦手だ。意識して覚えようとしても忘れることが多い。逆に数字は簡単に頭に残る。一度聞いて必要な数字なら覚えとうとすることなく記憶に残る。勿論、いつもすべての数字を覚えられるわけではないが、人の名前を覚えることに比べたら、はるかに数字の方が覚え易い。得意面と不得意面なのだろう。そうやって得意面だけもっと伸ばせれば、学者にでもなれそうな。なんていうことはあり得ない。

『ブルゴーニュで会いましょう』(Premiers Crus)

2015年・フランス 監督/ジェローム・ル・メール

出演/ジャリル・レスペール/ジェラール・ランヴァン/アリス・タグリオーニ/ローラ・スメット

フランス・ブルゴーニュのワイナリーで生まれたシャルリは束縛を嫌い、パリでワイン評論家として活動していた。ある時、実家のワイナリーが経営不振で売却寸前であると聞き、実家に戻る。農業や醸造には全くの素人であるシャルリだが、妹夫婦や幼馴染に助けられつつ、昔ながらの農法でワイナリーを立て直そうと挑戦する。(Wikipediaより)

辛辣な批評で飯を食べているワイン評論家が、自分の手でワインづくりをしなければならなくなった。そんなことは普通起こらないし、起こらないように本人が画策してしまう。でもどうしてもその状況になってしまったら、一体何が出来るのだろうかと誰しも悩むに違いない。ハッピーエンドに終わるのか、残念でしたとなるのかの興味だけがこの映画の。

隣の家も同じようなワイン醸造農家、娘がアメリカに留学して連れてきたアメリカ人は、オレゴン州でワイナリーを営む家の出、結婚式を挙げるまでになるが、頑固な母親はアメリカ人のワイナリーをまったく信用していない。頑固なフランス人の面目躍如、どこの国でも同じような光景が繰り返される。恋物語も鏤めれれているが、アメリカ映画のような執拗さはなく、さらりとかわすフランス特有のエスプリが曲者。

『トゥームレイダー ファースト・ミッション』(Tomb Raider)

2018年・アメリカ 監督/ローアル・ユートハウグ

出演/アリシア・ヴィキャンデル/ドミニク・ウェスト/ウォルトン・ゴギンズ/ダニエル・ウー

つまらない。半分以上寝てしまった。トゥームレイダー1作目と2作目の主演だったアンジェリーナ・ジョリーはうってつけの役者で、とても性格俳優ジョン・ボイトの娘とは思えなかった。このジョン・ボイトには苦い思い出がある。1983年、当時のヘラルドの営業部長はたまたまヨーロッパで観た試写でいたく感動して、彼の主演作『5人のテーブル(Table for Five)』を買った。それが大ゴケとなった。中途半端な作品は記憶にないが、ここまでコケると大いに記憶に残る。

日本のコンピューターゲームが原作だとは知らなかったが、1作目・2作目はそれを感じさせない映画的な迫力に満ち満ちていた気がする。そういう期待感の中で観始まったこの作品、残念ながらドメスティック的なテーマがまずうけない。日本周辺の離島が舞台となり、卑弥呼の魔力とかがセリフで聴かれるに至っては、早々と興味が失せていく。幼児的な、子供だましのストーリーが多い日本の漫画原作、そんなものとは一線を画すのが欧米の志向だったはずだが。

ちょっとかわいこちゃんでアクションもそこそここなせる主人公なれど、何故か魅力がない。ストーリーはインディ・ジョーンズの焼き直しのような、しかもさらに退屈な物語が続く。ちょっと面白くないと寝てしまうこの頃の私。老体と体調という二重苦に苛まれながら、来年も映画を観続けることは間違いないだろう。(2018年-平成30年-12月31日)

『デッドマン・ダウン』(Dead Man Down)

2013年・アメリカ 監督/ニールス・アルデン・オプレヴ

出演/コリン・ファレル/ノオミ・ラパス/テレンス・ハワード/ドミニク・クーパー

アクション映画を連続で観た。こちらもなかなか面白い映画だった。相変わらず最初のうちは人間関係とその顔の区別に苦労して、どうやって観て行ったらいいのかという単純なことに悩んでいた。しばらくして、なんとなく筋書きが分かりだしてからは、おもしろさが倍増して行った。

前の映画に女は絡まなかったが、この映画では重要な登場人物。今までにもなかったような女の顔が印象的。交通事故にあって顔の左半分は縫った筋が何本も浮きだっている。外出すれば公園で遊んでいる子供どもが「怪物」と言って石を投げる始末。でもこの女性が主人公の復讐劇の重要なパーツとなって行くあたりが斬新だった。知り合ったのは、隣の高層マンションのベランダ越しあたりもおもしろい設定。

主人公さえ死んでしまうこの頃のアクション映画、やっぱり映画の主人公は無敵でなくてはならない。バンバン撃ち合ったって、弾は主人公には当たらない。まぁ、敵の大将にもなかなか当たらないのが常套句だが。心の優しさを啓示してくれるシーンがあるかないかは大きい。ただアクションだけが羅列されてもおもしろいと感じることはない。そんな些細なことが映画のおもしろい、おもしろくないの基本なのだろう。

『フレンチ・ラン』(Bastille Day)

2016年・イギリス/フランス/アメリカ 監督/ジェームズ・ワトキンス

出演/イドリス・エルバ/リチャード・マッデン/シャルロット・ルボン/ケリー・ライリー

今日は2018年(平成30年)12月27日(木)。かなりおとなし目な映画を4日間くらいかけて観ていたので、その反動でどうしてもアクション系映画を所望した。舞台はパリ、単独アメリカ映画とはどことなく違う匂いがしたが、黒人CIA捜査官の縦横無尽の活躍にやんやの喝采を贈りたくなる。

パリにはいい思い出がない。悪い思い出がある訳ではないが、飛行機から見えるパリの風景が土、埃っぽい感じでいつ行っても馴染めなかった。カンヌ映画祭の時はいつもパリで乗り換えていたが、乗り換え方さえ気にくわなかった。ルーヴル美術館だってあの当時は特に混んでいなかった。気楽に歩き回れたおおらかな時代だったな~。

パリの街で偶然に出会ったヘラルドで働いていた女性はその後自殺をしたと風の便りに聞いた。ロンドン1週間の仕事の中、1日だけパリに日帰りしたことがあったが、帰りの飛行場へのタクシーが渋滞にはまって飛行場で走ってやっと間に合ったことなどを思い出す。いつだってパリの日は、どんよりと暗く重い雲が。

『人生は小説よりも奇なり』(Love Is Strange)

2014年・アメリカ 監督/アイラ・サックス

出演/ジョン・リスゴー/アルフレッド・モリーナ/マリサ・トメイ/ダーレン・バロウズ

 LGBTでも女同士なら興味がわくが、男同士ではキスなんかされたらたまらない。まだ観終わらない。片割れが71歳だと分かった。相棒は60才くらいかそれ以上。この歳になって39年間の同棲のけじめとして結婚式を挙げるのだが、男仲間ばかりではなく夫婦やその子供からも祝福されたパーティーが。この結婚式がばれて、専門学校らしい教師を追われる羽目になった。ニューヨーク市街地に買ったマンションも手放さなくてはならなくなった二人、とりあえず友人の家に分かれて暮らさなければならない。

 久しぶりに再会すると、友人の家の子供部屋の2段ベッドで寝る様子。我慢できず一人が上の段から下のベッドに移り熱い抱擁、キスをする。まさかと思いながらこんな光景を見ることはないと思っていたこの映画。男同士でも肉体を求めることが普通なのかと、改めて記憶する。でもやっぱり見たくないな~、男同士なんて。女同士なら何故かエロチックで見てもいいと思えてしまうのは男だからだろうか。続く・・・

 続くと書いたけれど、今日は一歩も前に進まなかった。何日経ったら観終わるのだろう。ようやく観終わった。最後になって急に71歳の方が死んでしまった。死ぬシーンは一切なく、なぜ死んだかも語られない。それでいいような気がする。映画の流れなんだろう。映画の最後のシーンでは5分くらいセリフがなかった。何を語らなくても何かが分かることが嬉しい。信頼とは裏切らないことだということを想い出した。

『天使にショパンの歌声を』( La passion d'Augustine)

2015年・カナダ 監督/レア・プール

出演/セリーヌ・ボニアー/ライサンダー・メナード/ディアーヌ・ラバリー/バレリー・ブレイズ

しょぼい邦題がひどい、とは思ったけれど観ようと思った動機が我ながら分からない。この映画を観始まる前にそれなりの時間を経過した映画があった。炭鉱での災害で街中が暗くなり経営者と炭鉱夫がいがみ合うというような内容で、暗くて暗くてしょうがなかった。

「アウグスティヌスの情熱」が原題の翻訳。カナダのケベックにある、白銀に囲まれた小さな寄宿学校。同校は音楽教育に力を入れ、コンクール優勝者も輩出する名門音楽学校の側面もあったが、修道院によって運営が見直され、採算の合わない音楽学校は閉鎖の危機に直面してしまう。といった内容。

この映画も中途半端。何か奇跡的なことが起こるのだろうと期待しながら観ているが、何も起こらないなんて観客泣かせ。修道院がそんなに珍しいものでもないし、女同士のいがみ合いも普通だ。最後にはピアノコンテストで優勝するなんて、あまりにも普通過ぎて反吐も出ない。

『僕と世界の方程式』(A Brilliant Young Mind)

2015年・イギリス 監督/モーガン・マシューズ

出演/エイサ・バターフィールド/レイフ・スポール/サリー・ホーキンス

途中でまた深い眠りにおちた。目が覚めたら夜中の3時、そのあとは観る暇がなかった。映画によって、観進む度合いがまったく違うのは仕方のないことだが、やっぱり寝てしまうのはおもしろくないということなのだろう。

自閉症の少年が実は特殊才能があって数学に秀でていた、なんていう物語は映画にはよくある筋書きで、その中でさらなる期待を望むのも仕方のないこと。高校生になって数学オリンピックに出場する世界の高校生が台湾で合同合宿をする、というくだりだけが興味があった。そこで主人公は中国から来た少女と恋に落ちるなんて、ちょっと的を外れれている。

数学オリンピックが始まっていよいよかなと思っていたら、主人公がこの大会をスポイルしてしまう。なんやねん、中途半端にストーリーが途切れてしまうのはつまらない。おもしろくなるだろうと期待してはいたが、まだ序盤に寝てしまった先見性は大したものだ。

『ハロルドが笑う その日まで』(Her er Harold)

2014年・ノルウェー 監督/グンナル・ビケネ

出演/ビョルン・スンクェスト/ビヨルン・グラナート/ファンニ・ケッテル

ノルウェー映画を観たのは初めてかもしれない。北欧にも疎い自分には、スウェーデンが右だっけ、いやノルウェーだったかな程度の地理的知識すらない。まぁほとんどの日本人が同じようなものだろうと高をくくっているが、それにしても知らないことばかりのスカンジナビア半島あたりだ。

スウェーデンにはボルボやサーブといった車が日本でも有名なものがある。一方、ノルウェーはサーモンと森だけと言える人さえ少ない。スウェーデンが他の北欧諸国から嫌われているなんていう情報は聞くのも初めてだが、そもそもどうでもいいことだと思えて、はぁ~と言うのが精一杯。コメディ映画なのだろうけれど、アメリカやイギリス映画の笑いとは雲泥の差がある笑いとなっている。そこらあたりが映画を観る楽しみのひとつだろう。

ノルウェーのオサネで長年質にこだわった家具店を営んできたハロルド。しかし、隣に世界的家具チェーン「IKEA」の北欧最大店舗ができたことで、廃業に追い込まれてしまう。認知症を患っていた妻も喪い、全てをIKEAに奪われたと感じるハロルドは、創業者カンプラードを誘拐し、復讐を果たそうと決意。オンボロなサーブ車でスウェーデンへと向かうハロルドだったが…。

『未来を花束にして』(Suffragette)

2015年・イギリス 監督/サラ・ガヴロン

出演/キャリー・マリガン/ヘレナ・ボナム=カーター/ベン・ウィショー/メリル・ストリープ

世界各国の国政選挙における女性参政権の獲得年次:1893年 英領ニュージーランド,1902年 オーストラリア、1906年 フィンランド、1913年 ノルウェー、1915年 デンマーク、アイスランド、1918年 ソビエト連邦、オーストリア、イギリス、1945年 フランス、ハンガリー、、イタリア、日本、ベトナム、ユーゴスラビア、2005年 イラク、クウェート、2006年 アラブ首長国連邦、2009年 サウジアラビア。

女性参政権とは、女性が直接または間接的に国や地方自治体の政治に参加するための諸権利のこと。かつて婦人参政権と呼ばれていた。革命で権利を勝ち取って行く欧米各国でさえ、女性の参政権どころか社会における基本的な地位が、こんなに低かったのかと驚いてしまう。「洗濯女」と称される低賃金職業が今回の主人公の職業。その当時クリーニング屋で働く女性の地位も権利も微塵たるもの。

今や選挙権なんて当然で、そんなもの行使したって世の中は何も変わらないよ、とうそぶく不届き物の姿が見え隠れする。こういう映画を観て、最初から何も考えずに所有していたものではないことを肝に銘じてほしい。ましてや、日本だって第二次世界大戦が終わって初めて女性の参政権がもたらされたなんて、思っても見なかったことに違いない。まだ70年だよ。

『イコライザー』 (The Equalizer)

2014年・アメリカ 監督/アントワーン・フークア

出演/デンゼル・ワシントン/マートン・ソーカス/クロエ・グレース・モレッツ/デヴィッド・ハーバー

おもしろかった~。休憩をとることなく観続けられる映画は嬉しい、快感だ。クロエ・グレース・モレッツは「キック・アス」の子役時代から気になっていたが、今や大とは言わないまでも売れっ子の女優になったようだ。2日前に見た『アクトレス~女たちの舞台~』でも本物の大女優ジュリエット・ビノシュと堂々と渡り合っていた。

今度はデンゼル・ワシントンとの掛け合い。使い勝手がいいのだろう。なんといっても今回は娼婦役で、ぼこぼこに顔を歪められるシーンをなんなくこなしている。日本で言えば世直し奉行のようなこの映画、主人公は何者なのだろうか、ということを惜しんで語らない切り口がおもしろい。この前映画はマジック、イリュージョンだったが、この映画もそれに近い。スーパーマンのような主人公は元CIA局員だったことで、納得してしまうのも不思議なことだ。

主人公は英雄になることを望んでいないが、世直しのためなら相手が誰だろうと敢然と戦いを挑んでいく。シリーズになることだって書けそうだが、あまりにもスーパーマンぶりが、かえって話を狭めているかもしれない。日常的なスーパーマン、私が昔試写で観て買おうと言ったけれど誰も見向いてくれなかったチャックコナーズの「ザ・ライフルマン」を思い出すことしきり。

『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』(Now You See Me 2)

2016年・アメリカ 監督/ジョン・M・チュウ

出演/ジェシー・アイゼンバーグ/マーク・ラファロ/ウディ・ハレルソン/ダニエル・ラドクリフ

2013年劇場公開作の『グランド・イリュージョン』の続編。なんとなく観たことのある感じは、あくまでも感覚だけだが結構正しい。ド派手にマジック、イリュージョンの世界を映像で表現すると、小さなテクニックで不思議がらせるその辺のマジックとはだいぶ違うもののように映る。

そういう意味では、映像でのマジックは嘘にも見えてしまうので、なかなか作る側は大変なんだろうなという苦労がしのばれる。目の前で現実に物が消えたりすれば信用に足るが、映像では説得力に欠ける。どんなに大胆なことでも、創りものだという感が拭えない。それをそう思わせない映像力は、監督の力、発想力の力に委ねるところが多い。

出来過ぎ感満載で、終始飽きさせることのないこの手の映画をおもしろくないとは言えない。ただ笑わせようと必死こいてる日本のテレビに登場するお笑い芸人は、今や巨大な要塞と化している。素人衆はぽかんと口をあけながら、そのおもしろくない「芸」をさも面白そうに見ているしかない。それにしてもおもしろくないよね。R1だM1だと、芸人が内輪で芸人に賞を上げて喜んでいる姿は、昔「一億総はくち」と揶揄されたことに似ている。「はくち」が漢字変換されない。やな時代だ。

『アクトレス~女たちの舞台~』(Sils Maria)

2014年・フランス/スイス/ドイツ 監督/オリヴィエ・アサヤス

出演/ジュリエット・ビノシュ/クリステン・スチュワート/クロエ・グレース・モレッツ

ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche, 1964年3月9日 - )は、フランス出身の女優。1996年公開の『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー助演女優賞を受賞、また世界三大映画祭のすべての女優賞を受賞した女優でもある。そんな現実感を映画に中に引きずり込む。大女優として今や押しも押される女優となった主人公とその周りを護るマネージャー・エージェントなどが映画界のしきたりを教えてくれる。

フライトの予約やチケットの購入、ホテルの手配ばかりがマネージャー役ではない。主には台本の読み合わせをするだけではなく、そのセリフやセリフに込められた感情、行き着くまでの物語の解釈まで役者と対峙する役割がある。気心を赦せない人には到底できないポジション。時には本当の自分が役者の仮想人物と喧嘩するまでに至る。

映画配給に関してはそれなりに分かっているつもりだったが、こと映画製作に関しては、悔しいけれどほとんど何も分からない。強い人間関係が映画製作の基本だということだけは分かる。嫌な奴と組んで映画を作る必要はないのだし、かといって嫌いな奴でもどうしても外せないキャスティングは製作者の最大の悩みだろう。映画の中で演じる役柄が、現実社会でも同じように生かされる。大役者ほど生意気な人間はいないとよく言われるのは本当だ。いちいち妥協しながら生きていく道は、役者の道ではない。

『教授のおかしな妄想殺人』(Irrational Man)

2015年・アメリカ 監督/ウディ・アレン

出演/ホアキン・フェニックス/エマ・ストーン/パーカー・ポージー/ジェイミー・ブラックリー

今日は、2018年(平成30年)12月1日(土)。おもしろい展開が始まっていたのに、何故か50分近く眠ってしまったようだ。目覚めたときに、最後のシーンだったが、今回はしっかり戻って見直すことにした。監督がウディ・アレンだと知ったのはその時。彼の監督作品は相性が悪い。笑いのツボが合わないと強く感じているせいもあったのかもしれない。観る前に彼の作品だと知らなくても、自然と身体が反応したのには驚いた。私という人間の真骨頂だと褒めてあげたい。

もう一度見直したまでは良かったが、また寝てしまった。今度はどうも最後のシーンを見逃したようだ。もういいや、これ以上見直したって意味がない。教授とは哲学を教える大学教授のことで、久しぶりに「カント」なる名前を聞いた。「デカルト、カント、ショーペンハウエル」と言えば泣く子も黙る偉大な哲学者だったが、今どきはこのような名前を聞く機会がまったくなかった。

明治・大正の帝大生が「デカンショ節」を歌ってはやらせた。当時の学生にしてみれば哲学といえば、デカルトとカントとショーペンハウエルだったらしい。今や専門学科の哲学はあるけれど、一般人が酒場で哲学の話をしているなんてことは聞いたことがない。ゲームやYouTube、ツイッター、インスタグラム、Tik Tok、などなど世界中の庶民が有名人を目指しているようで、ちょっと気持ち悪い。

『アラビアの女王 愛と宿命の日々』(Queen of the Desert)

2015年・アメリカ 監督/ヴェルナー・ヘルツォーク

出演/ニコール・キッドマン/ジェームズ・フランコ/ロバート・パティンソン/ダミアン・ルイス

20世紀初頭、イラクとヨルダン両国の国境線を引いてイラク建国の立役者となり、“砂漠の女王”と呼ばれたイギリス人女性ガートルード・ベルの生涯を描いている。イギリスの良家の子女がそのじゃじゃ馬ぶりを発揮してまだ未踏の地だったアラブ地域を探検し回る話だ。アラビアのロレンスも登場する。第一次世界大戦頃の話になる。

中東の紛争は理解できない。教えられても、勉強しても、頭の中から抜けていく。スンニ派だ、シーア派だと今更ながらに宗教・宗派対立している姿が情けない。あまりにも「神」と口に出して叫ぶので、神は本気で怒っているのに違いない。占領していたかつての大国も無責任に手を引いてしまった。アジアの多くの国々が見事に独立しているのとは正反対だ。独立したって資源がないアジアと独立が危うくても資源が確かな国との差があるが、それは単なる経済的な問題。長期的に見れば民族が統一された後者の方が可能性は高そうに思う。

いつもは観終わってからこの女性は誰と思うのがニコール・キッドマン、今回は最初からクレジットを確認できたので、なるほど彼女かと思いながら。アップになるとだいぶ歳をとった雰囲気が。若い頃は端正な顔立ちに意地悪い特徴がなく、覚えられない顔のNo.1だった。年相応の演技派大女優への入り口を感じさせるが、大袈裟に哀しむシーンを観た時、まだまだかなぁという感想が自然とわきあがっていた。

『クリミナル 2人の記憶を持つ男』(Criminal)

2016年・アメリカ/イギリス 監督/アリエル・ヴロメン

出演/ケヴィン・コスナー/ゲイリー・オールドマン/トミー・リー・ジョーンズ/アリス・イヴ

ケヴィン・コスナーもだいぶ歳をとった。この映画では感情を持たない極悪人として刑務所暮らしをしていたところから始まる。CIA捜査官が重大な任務中に死んで、その脳みその記憶を自分の脳内に移植される手術を受ける羽目になった。邦題の意味はそういうことだが、なかなか演技達者なベテラン俳優にしか出来ないことだろう、と感じる。

CIAでありながら情けないほどのドジを踏む本部捜査陣、どう考えたって違うだろう、と突っ込みを入れたくなるほどのシーンが何か所もあり、二流映画にもなり切れないものが。アクション映画というよりはサスペンス映画のような。アメリカ映画の特徴である家族愛も手堅く描かれている。

トミー・リー・ジョーンは日本ではテレビ・コマーシャルに数多く出ている。自国では間違ってもCMに出ない。日頃の顔や商業的な顔を晒すことを極端に嫌うアメリカの一流俳優たちは、それでも日本でならいいだろうと高をくくっている節がある。日本にだった字幕で映画を観るファンはたくさんいるのだから、同じ映画圏としての尊敬を払ってもらいたいものだ。

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(Florence Foster Jenkins)

2016年・イギリス 監督/スティーヴン・フリアーズ

出演/メリル・ストリープ/ヒュー・グラント/サイモン・ヘルバーク/レベッカ・ファーガソン

アメリカ大統領ドナルド・トランプは、メリル・ストリープを「ヒラリーの腰巾着」 で、「最も過大評価されている女優のひとり」だと非難した。そのメリル・ストリープが主演する映画に外れはなさそうだ。そう思いながら観ていると、映画は自然とおもしろくなるものだ。

実在の人物モデルがいたというが、こんな人が本当にいたんだと驚くほかない。歌唱能力が完全に欠落していたことで有名であるのにもかかわらず、76歳にしてあのニューヨーク・カーネギー・ホールの舞台に立った。

彼女の演奏したレコードを聴くと、ジェンキンスは音程とリズムに関する感性がほとんどなく、極めて限られた声域しか持たず、一音たりとも持続的に発声できないこと、伴奏者が彼女の歌うテンポの変化と拍節の間違いを補って追随しているのがわかる。にもかかわらず、彼女はその型破りな歌いぶりで大変な人気を博した。聴衆が愛したのは音楽的能力ではなく、彼女の提供した楽しみであった。音楽批評家たちは、しばしば彼女の歌唱を皮肉まじりに説明し、それがかえって大衆の好奇心を煽る結果となった。音楽的才能が全くなかったにもかかわらず、フローレンスは自分が偉大な音楽家だと固く信じていた。彼女は自分を名高いソプラノ歌手フリーダ・ヘンペルやルイーザ・テトラツィーニに比肩しうると考え、自分の演奏中にしばしば聴衆が笑い出すのを、ライバルが職業的な競争心からやらせているのだと思い込んだ。しかし、彼女は批判に気付いており、「皆さん私が歌えないとおっしゃいますが、私が歌わなかったといった人はいませんわ」などと述べた。(Wikipediaより) といったクスッと笑いそうな物語だった。

『ランナーランナー』(Runner Runner)

2013年・アメリカ 監督/ブラッド・ファーマン

出演/ジャスティン・ティンバーレイク/ジェマ・アータートン/ベン・アフレック

ポーカー用語だという、Runner-runner:最後の2枚のカードで完成した hand(役)のこと。あるプレーヤーが55をもっており、 board(ボード)がAA455の順に開いたとすると、このプレーヤーは、runner-runner(ランナー・ランナー) quads(クワッズ、4カード)を完成させたことになる。ポーカーに造詣が浅く、意味が分からない。

主人公は実在のギャンブラー、ナット・アレムをモデルにしているという。オンラインカジノが舞台だが、取り仕切っている場所はコスタリカ。国全体がギャンブル国家のような描き方がされている。なんでも金次第、賄賂でなんでもが解決してしまう。ひとり彼の地に乗り込んだ主人公が・・・・・。

ギャンブルは魅力いっぱいだ。初めて本格的なカジノに入ったのは、初めての海外旅行で行ったモナコでだった。パスポートを持っていれば入ることが出来た。確か上着とネクタイ着用だった気がする。もちろん、大金を持って遊ぶことなどあり得なかったが、雰囲気だけでも若い時に味わえたことは意味があった。2回目はラスベガス、この時だってお金があるわけではなかったので、遊ぶというよりやっぱり雰囲気を嗅ぐだけだった。ラスベガスといえば、旅行する人の餞別代りに$100を渡して「黒」に1回だけ全額賭けてくれと頼んだことがあった。当たりだったら、当たった分を返してくれたらいい、と言ったのだが、お金は戻ってこなかった。

『奇蹟がくれた数式』(The Man Who Knew Infinity)

2016年・イギリス 監督/マシュー・ブラウン

出演/デーヴ・パテール/ジェレミー・アイアンズ/トビー・ジョーンズ/スティーヴン・フライ

トリニティ・カレッジ (英: Trinity College) は、ケンブリッジ大学を構成するカレッジの一つ。ヘンリー8世によって1546年に創設された。2018年現在33人のノーベル賞受賞者や、フィールズ賞受賞者、アイザック・ニュートンなど数多くの著名人を輩出しているカレッジである。インドマドラス(現・チェンナイ)、数学者であるシュリニヴァーサ・ラマヌジャンは極めて優れた直観によって様々な定理を発見した。しかし、数学者としての正式な訓練を受けていなかったがために、証明には数多くの不備があった。そのため、ラマヌジャンは学会から黙殺されそうになった。そんなラマヌジャンに目を付けた人物こそ、ケンブリッジ大学の数学者、ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディであった。(Wikipediaより)

インド映画はおもしろいし、インド人が主役級の映画もおもしろい。さらに、天才数学者を描いた映画もこれまたおもしろい。天才にしか分からない天才のこと。凡人がその天才の才能について云々すること自体が滑稽だが、神ではない人間の集団にはそれを判別する才能さえ見つからない。

凡人だって同じこと。凡人が凡人の才能を見つけ出すこともある。それはやはり奇跡のようなこと。いつ何処で出会うかも分からない人間同士の中でも、凡人が凡人を知ることも難しい。天才は数少ないからこそ、その存在感が顕著になる。ところが凡人はそんじょそこら中にい過ぎるので、その中から探し出せる凡人は貴重過ぎる。そんな偶然の仕合わせを満喫しながら終末を迎えることは、また仕合わせなことと言えるだろう。

『フェリスはある朝突然に』(Ferris Bueller's Day Off)

1986年・アメリカ 監督/ジョン・ヒューズ

出演/マシュー・ブロデリック/ミア・サラ/アラン・ラック/ジェニファー・グレイ

何かが起こるのだろうと期待しながら観ていたが、とうとう最後まで何も起こらず、そのまま終わってしまった。シカゴに住む高校生が、学校をサボるさまを面白おかしく描いただけなのだが、アメリカ人はこういうのが好きらしい。アメリカでは根強い人気を誇っていて、また、リグレーフィールドやシカゴ美術館などのシカゴの観光名所で撮影していたことも話題となったという。

小学生の時は、テスト以外はただ楽しい毎日だったような気がする。山や川で遊ぶ毎日は、今の子供たちには羨ましがられる状況だった。隣は靴屋さんだったので、靴をゼロから作る作業も見慣れた光景だった。高校生になったときに、お祝いにあつらえた靴を贈られたことは、今から考えればなんと贅沢なことだったのだろうと振り返るばかり。

大学生になって1年間に1回も授業を受けなくても「優」がとれるようになると、授業をサボるというよりも世の中を馬鹿にし始まることが。そんな不真面目な心のうちが今の自分を作ってしまったのかもしれない。もう少しどころか、もっと一所懸命に勉学にいそしんでいれば、人生が少しばかり違っていたような気がしないでもない。

『ファーゴ』(Fargo)

1996年・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン

出演/フランシス・マクドーマンド/ウィリアム・H・メイシー/スティーヴ・ブシェミ/ピーター・ストーメア

ジョエル・コーエンとイーサン・コーエンの兄弟制作映画がおもしろくない訳ないと書いたが、前回何故かおもしろくない作品に出逢ってしまった記憶が蘇った。映画の始めに「これは実話である」(原文:THIS IS A TRUE STORY.)という一文が映るがこれも演出の一つで、実際に映画のような経緯を辿った誘拐事件が起きた事実はなく、物語は完全なフィクションである。というのは、ちょっと行き過ぎの演出だろう。

まぁ、映画はおもしろかった。しがない車販売店の営業部長が情けないほどどうしようもない。妻を誘拐させて、金持ちの義父にお金を出させ、その半分をくすめとろうと画策する。ところが頼んだ相手がいけなかった。刑務所上がりの車整備士は悪くはなかったが、彼が依頼した人物が酷過ぎた。トラブルになる前に相手を殺害してしまうので、表立たたない前に事件はどんどん大きなものになって行ってしまった。狂言誘拐が成功しようとするときには、誰も後戻りできない状況となっていた。

世界のどこの国でも罪の重い誘拐をして身代金をなどと考える輩は、本当の極悪人だろう。割に合いそうもないコンビニ強盗や、タクシー強盗をやらかす輩は頭が悪過ぎる。チンピラの常とう手段のカツアゲや出来心が発展したひったくりもたちが悪い。生理中に万引きが多くなる女性心理は学問的研究余地がある。而して、猥雑な人間模様がうようよと世間の空気にまじりあって、いかにも人間らしい社会を形成している。

『ギャラクシー・クエスト』(Galaxy Quest)

1999年・アメリカ 監督/ディーン・パリソット

出演/ティム・アレン/シガニー・ウィーバー/アラン・リックマン/トニー・シャルーブ

『スタートレック』へのオマージュ満載のパロディ映画。宇宙の英雄である『エンタープライズ号』ならぬ『プロテクター号』乗組員を演じる売れない俳優が、実際の宇宙戦争に巻き込まれる二重構造に、現実の『スタートレック』を絡ませた三重構造の形を取っている。前半ではSFシリーズと熱狂的なファンのパスティーシュで、冷静にファンダムの在り様を描いている。批判的にも見えるシーンは中盤からスペース・オペラ活劇になだれ込む。実際の『スタートレック』の俳優や役に重なる部分は多々あり、ウィリアム・シャトナー演じるカーク船長のブリッジでの座り方から、お馴染みのセリフを言うなどのテレビシリーズの場面に始まり、舞台で高い評価を受けている俳優をキャスティングするなど多岐に渡る。トレッキー/トレッカーに対するクエスティー/クエスタリアンの区別がしっかりとされている。実際の『スタートレック』ではエンタープライズ号の設計図や機構図が販売されており、クエスタリアンの助けで船内の構造を知る場面などは、十分在りえる場面。(Wikipediaより)

スター・トレックを観ていない輩には、こういう説明を見聞きしても何のことか分からない。テレビシリーズの子供だまし風宇宙物には興味が行かない。どうしてかは分からないけれど、人形劇などにもまったく反応しない。きわめてはっきりした欲望に、我ながら一貫しているなぁ、と感心することしきり。

劇中劇のようなストーリーがおもしろくて観続けることになった。俳優たちの演じる態度の本音が見て取れたりする。こんな子供騙しは演じたくないな、と思いながらも、役者魂で何年も同じ役を演じている。職業とは言え困難な仕事だ。日本では戦隊ものを演じている役者が、いつの間にかイケメン俳優になっているケースが頻繁にある。そういう夢があるからこそ、なんとかやっていられる仕事なのかもしれない。

『アンストッパブル』(Unstoppable)

2010年・アメリカ 監督/トニー・スコット

出演/デンゼル・ワシントン/クリス・パイン/ロザリオ・ドーソン/ケヴィン・ダン

暴走機関車のようなパニックアクション映画。最初からそういうつもりで観なければいけない映画は、ちょっと興味が減ってしまうのは私だけかもしれない。いずれにしろ助かるのだろうとか、主人公は死にそうになっても死なないに違いないと思いながら観るのは、少し辛い。

どんなシチュエーションでも、どんな映画でも冷静沈着なデンゼル・ワシントンが気になるところだが、それでもそんじょそこらの役者とは桁違いの演技力。いかにして緊急事態を脱するかの見どころは、映画ならではのシーンの連続だった。この歳になると、手に汗握るほどのことはないが、おもしろくなかったとは言えない。

現実の人間力でも緊急事態に如何に対応できるかが真価を問われる場面となる。普段は偉そうにしている輩が、いざとなるとへなちょこになる姿を見ることもある。逆に、日常は木偶の坊にみえる人間が、結構適切な行動をすることがあることも知っている。社会にはいろいろな人間がいて、この人間模様を眺められるのは、生きているうちの最大の喜びかもしれない。

『二ツ星の料理人』(Burnt)

2015年・アメリカ 監督/ジョン・ウェルズ

出演/ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー/オマール・シー/ダニエル・ブリュール

日本ヘラルド映画は、1978年(昭和53年)アメリカ、イタリア、フランス、西ドイツ合作映画『料理長殿、ご用心』(Who Is Killing the Great Chefs of Europe?)を配給した。新橋駅前ビル1号館3階に会社があったが、その地下街に社員がお茶やランチに利用している喫茶店があった。宣伝部員のアイディアマンがその喫茶店とタイアップして、この映画に出てくる料理をメニューに加えた。

映画の宣伝は何でもあり、担当宣伝マンの知恵と腕が試される。競馬場で試写会をやったかと思えば、クルーズイングの船上でも、武道館や東京ドームなんていうのはお手の物だった。アイディアが卓越していればお金は惜しまない。サンタクロースの時は、会社の入り口を木で包んでしまった。

腕のいいシェフが登場する映画はいつもおもしろい。普段は見ることが出来ない一流店のメニューと料理のさわりだけを見ているだけで仕合わせな気分になれるものだ。ただこの映画の腕のいいシェフは怒りっぽいのが玉に瑕。日本の親分職人のように只管怒っている。美味しい料理も、ちょっと美味しさも半減というシーンの連続で、おいしい映画にはなれなかった。

『潜入者』(The Infiltrator)

2016年・アメリカ 監督/ブラッド・ファーマン

出演/ブライアン・クランストン/ダイアン・クルーガー/ベンジャミン・ブラット/ジョン・レグイザモ

1985年。アメリカ税関の捜査官、ロバート・メイザーはボブ・ムセラという変名を使って、麻薬組織の資金洗浄の現場に潜入していた。やがて、メイザーは世界最大の麻薬カルテルの内部に潜入し、パブロ・エスコバル(コロンビアの麻薬王)の資金洗浄組織の存在を暴き出すことに貢献した。その過程で国際商業信用銀行が資金洗浄において大きな役割を担っていたことが判明し、世界中が驚愕することとなった。本作はメイザーが如何にして潜入捜査に従事していたかを描写していく。(Wikipediaより)

回顧録が原作というから、いわゆる事実に基づく映画なんだろう。こういう映画を観るといつも思うのは、アメリカの観客は頭がいいなぁということ。登場人物が複雑すぎて、とても覚えきれない。同じような顔つきの登場人物で、これもまた分かり難い。そんななか観る映画はおもしろいという域に達する前に萎えてしまう。

原作者が主人公だから、いかにして潜入捜査を成功させたかという一方的な見方による映画になってしまっている。そんなところが随所に見られるのが溜まってくるのかもしれない。2時間7分と長過ぎるのもいけない。もしかすると途中で寝てしまったのが最大の原因かもしれないが、あっけなく大捕り物が終わる最後のシーンにちょっと気が抜けた。

『はじまりへの旅』(Captain Fantastic)

2016年・アメリカ 監督/マット・ロス

出演/ヴィゴ・モーテンセン/フランク・ランジェラ/キャスリン・ハーン/スティーブ・ザーン

なかなか面白い内容の映画だった。子供は6人、一番上は16歳頃だろうか。森を購入して父と母は二人にとって理想的な教育環境を実践している。学校には行かない。まさしく文武両道と思える教育を両親が担当する。身体も鍛え、頭も鍛える。本を読んで内容を暗記するのではなく、自分で理解したことを自分の言葉で喋らせる。

8才の娘にセックスとは、と理詰めに話をする。決して子供だからと隠すようなことをしない。母親が精神病になったこと、自殺をしてしまったこともきちんと伝えるあたりは、並大抵の親では出来ないことだ。ただそんな家族だけの生活はちょっと人間の生活には足りない部分もつくってしまう。何事が起きても一人で生きていける精神力と体力と知恵を教えられても、そこに家族ではない他人が一人いるだけで、人間対人間の対応に苦慮してしまうおかしさがある。

母親の葬式をめぐって家族と母親の実両親との戦いが始まる。このあたりが実におもしろい。母親の遺言は、仏教徒だから火葬にしてその灰をトイレに流して欲しいと。当然実家の両親は反対する。教会でミサが始まり埋葬の霊柩車が墓地に向かう、と戦いがクライマックスを迎えていく。久しぶりに結末への期待が高まった。

『ベネファクター/封印』(The Benefactor)

2016年・アメリカ 監督/アンドリュー・レンツィ

出演/リチャード・ギア/ダコタ・ファニング/テオ・ジェームズ/クラーク・ピータース

日本国内で劇場公開されなかったが、WOWOWで放送されたことがあり、その時の題名は『リチャード・ギア/人生の特効薬』だったようだ。DVD化の際には『ベネファクター/封印』という邦題が使用されて、アマゾンプライムでの放映の際にはこちらの邦題が使われたということらしい。

何が何だか分からない内容で、お金持ちの良きおじさんが親友夫婦と一緒の車で事故にあい、自分だけが生き残ったという事実だけは明確だった。この夫婦に遺された娘と5年後に再会するが、ここから映画は訳が分からなくなってくる。日本での劇場未公開は大正解。当たるはずがない。

何故かお金を持っている主人公。友人の遺児の結婚に家さえ贈ったりするが、その夫は不信感でいっぱいになる。理由もなくお金を贈られたって、自分の教育ローンを勝手に清算してくれたって、嬉しくもない。そんな気持ちを分からないでもないが、映画はずーっと訳が分からない。どうせ訳の分からない人生なら、そんなこともありかな、と、ただエンド・クレジットを眺めてぽか~としていた。

『ノー・エスケープ 自由への国境』(Desierto)

2015年・メキシコ/フランス 監督/ホナス・キュアロン

出演/ガエル・ガルシア・ベルナル/ジェフリー・ディーン・モーガン/アロンドラ・イダルゴ

メキシコからアメリカへ不法入国しようとしている。彼らを乗せたトラックが故障する。映画らしい。仕方がないので、砂漠地帯を乗り切ろうと試みる。何故かそこに、ライフルを抱えたハンターが現れる。ウサギを撃つところを見せておいて、今度は不法移民集団を見つけて岩の上からライフルを放つ。人間狩りへと映画は進行する。

まさか最後まで追いかけっこの映像だとは、つゆ想像だにしなかった。偉そうに人間狩りをしていたアメリカ人が、形勢が逆転するとなんと女々しい人間に変身するのだろうか。トランプが言うメキシコとの国境はこういうのも典型なのだろう。砂漠に3本の鉄条網が張られているだけ。国境を越えるというのがこんなに簡単だったとは。これでは、壁を建造しようという提案も頷ける。

それにしても酷い映画だった。平気で人間を殺すシーンが映し出されるのは困る。銃を自由に使えるアメリカでしかあり得ない映像だ。「フリーズ」と言って止まらなかったからと、ハロウィンの日に日本人の留学生が射殺されてしまった事件を思い出す。なんでも銃で片を付けようとするアメリカ人のDNAがアメリカ・ファーストに繋がっている。

『ゴッド・タウン 神なきレクイエム』(God's Pocket)

2014年・アメリカ 監督/ジョン・スラッテリー

出演/フィリップ・シーモア・ホフマン/リチャード・ジェンキンス/クリスティーナ・ヘンドリックス/ジョン・タトゥーロ

2014年に急逝した名優フィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなる直前に主演したクライムドラマ。と言われても、名優フィリップ・シーモア・ホフマンの名前と顔が一致しない。あぁ、この人かと納得した。数多くの映画に出演している。脇役でいつも出てくる人のように見える。

舞台は、フィラデルフィア南部の荒廃した労働者階級地区ゴッズポケット。トランプのメイン支持層はこういうところかと思わせる町だった。よそ者を受け付けない、が、自分たちも外に出ない。まるで愛三岐と言われるこのあたりの人たちの精神状態のように。大学すら外に行くのを勧めない。結婚なんてもってのほか、近くに住みなさいと親から命令される。

さまざまな価値観を受け入れない心はもう時代遅れだ。LGBTだって後ろめたくはない。今や何でもありの時代になったからの結果ではない。これが人類の進歩というものだと理解する必要があるに違いない。そういう風に、自分もなんとか世間に置いて行かれないようにと、寄る年波を乗り越えて精神状態を研ぎ澄まそうとしている。

『岸辺の旅』

2015年(平成27年)・日本 監督/黒沢清

出演/浅野忠信/深津絵里/蒼井優/小松政夫/柄本明/奥貫薫/村岡希美/赤堀雅秋/首藤康之

湯本香樹実の小説。2009年9月号の『文學界』に掲載され、2010年に文藝春秋から単行本が出版され、2012年には文庫化されたという。まだ観始まったばかり。

まだ観終わっていない。発想はなかなか共感できるものがあるが、話がおもしろく展開していない。日本映画の一番悪いところ、だらだらと切れの悪いシーンが延々と続いている。あと残り1時間もないと思われるが、辛いものがある。早回しは考えていない。そんな宣言をわざわざする必要もないだろうに。

海の藻屑と消えてしまった夫が蘇った。妻だけが見えている訳ではなく、周りの人にもふつうに見える。ただ普通の生きている人間ではなさそうだ。あっちから来た人たちにはお互いに分かるらしい。夫の想い出を辿りながら、人生を回顧する旅に出る。活字の世界だろう! 映像にするには、お金がなさ過ぎる。入り込めない映像は夢物語にもなれない。長々と続くストーリーは凡庸。この手の話には卓越した表現力を期待しているので。

『シンプル・プラン』(A Simple Plan)

1998年・アメリカ 監督/サム・ライミ

出演/ビル・パクストン/ブリジット・フォンダ/ビリー・ボブ・ソーントン/ブレント・ブリスコー

こんな三流映画は久しぶりだなぁ、と観ていた。観終わって調べて驚いた。監督がなんとあのサム・ライミだったからだ。そんなことを言っても通じないだろうけれど、この監督は『死霊のはらわた』(The Evil Dead・1981年)の監督なのだ。製作から約3年半、ようやくヘラルドの手でロードショーされた伝説のスプラッター・ムービー。ニュー東宝シネマ2という小さな映画館で公開されたこの映画は、誰もが予想だにしなかった大ヒットを記録した。

なんといってもこの邦題の名付け親は私なのだ。ほとんどヘラルドの宣伝に寄与したり、痕跡を残したことはないけれど、この題名だけは当時のヘラルド宣伝部では公認されているのが嬉しい。この映画だって三流映画の典型のような映画だったが、だからこそホラー映画として威力を発揮したに違いない。

祖父はヘンリー・フォンダ、父はピーター・フォンダ、伯母はジェーン・フォンダに繋がるブリジット・フォンダを見ても、まったく分からなかった。大金を目の前にして人生が大きく変わってしまうさまが三流映画らしく描かれている。こういう映画を観ると、類は友を呼ぶという諺が見事に生かされている。お金という魔物は人間をどん底にも落としてしまう。

『エブリデイ』(Every Day)

2018年・アメリカ 監督/マイケル・スーシー

出演/アンガーリー・ライス/ジャスティス・スミス/マリア・ベロ/デビー・ライアン

アメリカでは今年公開されたようだが、日本では劇場未公開でいきなりアマゾンでの公開だという。こういう作品が増えることになるのだろう。う~ん、正しい判断だったのかもしれない。おもしろさはあるけれど、劇場で公開するには耐えられない感じ。宣伝費を回収できないだろう。それよりも劇場側が手を挙げない雰囲気。

今日の私は誰? 毎日誰かに乗り移っての日常が繰り広げられる。一種のSFみたいなもので、私の好きなジャンルの映画には甘い点となる。夢物語に見えるが、それこそこういう気分、気持ちで毎日を送っている人もいるかもしれない。

そんな風に100年後の世界を見ることが出来たら嬉しいのだが、さすがにそれは夢物語だと断定されてしまう。それでも、毎度のように100年後を夢見ていれば、その時に気が付いてくれる自分を見つけられるかもしれない。夢物語の中で夢物語を語るようになってしまうと、もう生身の人間ではないのかと? と訝りに苛まれる。

『三度目の殺人』

2017年・日本 監督/是枝裕和

出演/福山雅治/役所広司/広瀬すず/斉藤由貴/吉田鋼太郎/満島真之介/松岡依都美/市川実日子/橋爪功

第41回日本アカデミー賞:最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀脚本賞・最優秀編集賞(是枝裕和)・最優秀助演男優賞(役所広司)・最優秀助演女優賞(広瀬すず)・優秀音楽賞(ルドヴィコ・エイナウディ)・優秀撮影賞(瀧本幹也)・優秀照明賞(藤井稔恭)・優秀録音賞(冨田和彦)を受賞した作品をとくと見た。

殺人を認めている犯人、主人公の動機は何だったのかと、弁護士も探しあぐねている。実社会のニュースでいつも語られる犯人の動機について、警察はその動機を調べているというところで終わってしまうが、実はこういう動機だったよという発表を聞くことはまずない。

おもしろいけれど、特段おもしろいと言える映画ではない。この手の映画ならアメリカ映画に到底及ばない。日本映画の特徴は、主要人物に足の悪い高校生を登場させたりするところだろうか。ただセリフを喋っていれば事件が解決したりストーリーが進行する程度の映画にしか見えないのは、観る側の問題なのだろうか。

『リバティーン』(The Libertine)

2004年・イギリス 監督/ローレンス・ダンモア

出演/ジョニー・デップ/サマンサ・モートン/ジョン・マルコヴィッチ/ロザムンド・パイク

原題 The Libertine は「放蕩者」の意味という。ときは1675年ごろ、まだまだ江戸時代の初期、イギリスのロンドンではぬかるんだ道を馬車と人が歩いている。芝居小屋は盛況で現国王様までもが足を運ぶ。国王が舞台を見に来る姿はこの映画ばかりか多くのイギリスものに登場する。ある意味優雅な世界だった。

実際に存在した天才貴族の天衣無縫な生活を描いている。ジョニー・デップにはうってつけの役回り。最後は梅毒で鼻をももがれて若くして死に至る。ちょうど今、大阪での梅毒患者が急増しているというニュースを見た。インバウンドなんて格好良い言葉を遣っているが、結局はその外国人から風俗嬢に梅毒が移り、それを一般日本人がまたうつされるというありきたりな構図が横行しているようだ。

身分階級の甚だしい欧米社会、日本の方が身分制度が厳しいと勘違いしていた若い頃、イギリスなんぞはその典型的な社会のようだ。公・侯・伯・子・男(こう・こう・はく・し・だん)と言われる爵位が敗戦のお陰でなくなったのは、怪我の功名とでも評価できるかもしれない。金持ちはいつまでたっても金持ちでは人間の生きる道がなくなってしまう。アメリカンドリームと称される成功物語は人間の生きる希望だろう。それでも、ドリームなんていらないから目の前の幸せだけを望む人たちだって、相当数いるに違いない。

『復讐のセクレタリー』(La volante)

2015年・フランス/ベルギー/ルクセンブルク 監督/クリストフ・アリ/ニコラ・ボニラウリ

出演/ナタリー・バイ/マリック・ジディ/ヨハン・レイセン/サブリナ・セブク

邦題が物語を説明してしまっている。映画が始まってしばらくすると、あぁこの女性が復讐のためにこの男に近づいてきたのかと。そんな映画がおもしろいはずがない。どうやって復讐をしていくのかの一点だけが見どころになってしまっては、映画も形無しである。

復讐という心情が理解できない。他人に報復の念を抱くことがなかった。自分の方が悪いに決まっていると、常に責任は自分にあるのだと自覚していた。他人を恨めるほど、物事に集中していないのかもしれない。一所懸命他人のために何かをすれば、裏切られた時の心が燃え滾るのかもしれない。

そういう意味では不感症な人間なのだろう、私は。情熱という奴を持ってみたい。パッションという奴を表現したい。夢中になって何時間も喋っていたことは記憶にあるが、何年間も同じ趣味を全うしたことはない。熱中すること、気持ちを持続させることが出来ることも人間のひとつの才能なんだと、つくずく思う。

『禁断のケミストリー』(Better Living Through Chemistry)

2014年・アメリカ 監督/ポサメンティアとムーア

出演/サム・ロックウェル/オリヴィア・ワイルド/ミシェル・モナハン/レイ・リオッタ

薬局の店長を務める主人公、うだつのあがらない風貌で、いつも通り夫婦仲は良くないし、子供にも疎まれる存在。妻の父親が経営する薬局、自分の名前にして欲しいと願っても叶うこともない。薬剤師と言いながら、学校を出ていないというセリフもあり、義父の名義で薬を調合することは可能なのだろうか、と観ている方が不安になってくる。

規制の緩い欧米だって免許を持たない薬剤師が薬を扱うことは出来ないよな、きっと。そんなどうしようもない主人公が、大邸宅に住む有閑マダムと関係を持ってしまう。どうしてこんな組み合わせが出来るのだろうかと訝る暇もなく、二人の仲が急接近する。有閑マダムは夫を殺してくれとまで言い始まる。コメディだが、おもしろい訳ではない。

8週間に1回処方箋を持って薬局に行っている。なんかいろいろなことを訊ねてくる薬剤師だが、なんと答えていいのか分からない。だから、ふんふんとただ頷いてごまかしている。この薬のせいで調子が悪くなったなんていってみたところで、解決策を聞けるわけではないだろう。市販の薬を袋に詰めるだけの薬剤師って、一体どういう意味があるのだろうか。

『ギリシャに消えた嘘』(The Two Faces of January)

2014年・アメリカ/イギリス/フランス 監督/ホセイン・アミニ

出演/ヴィゴ・モーテンセン/キルスティン・ダンスト/オスカー・アイザック

1962年、ハンサムで魅力的に見えるチェスター・マクファーランドとその妻コレットはギリシャに旅行し、アテナイのアクロポリスを訪れた。そこで2人はツアーガイドに扮して観光客に詐欺を行っていたライダルと出会う。2人はライダルをディナーに招待する。ライダルはチェスターの資産とコレットの美しさに魅了されていたため、招待を受けることにした。そして、夫妻のことを自分のガールフレンドに話した。(Wikipediaより)

サスペンス調ながら、サスペンスにならなかったおそまつ物語。ギリシャが舞台でなければ、何の魅力もない映画だったろう。40年前以上、初めての海外旅行でトランジットで立ち寄ったことしかないギリシャ、しょんべん臭いと評判だったあの当時のパルテノン神殿は、今では見違えるような観光名所になっているに違いない。

まさかギリシャまでユーロ貨幣を使うようになるとは思わなかった。ヨーロッパの中でもギリシャの通貨ドラクマは劣等生の最たるものだった。それが一転優等生のようなユーロ圏に入ってしまった。それでも相変わらず、ギリシャが足を引っ張っている状況は変わらないようだ。にもかかわらず、何とかやっていけてしまうことがおもしろい。給料が安いからと結婚を躊躇していた昔の若者、なんとかなるさと結婚に踏み切った人たちが正解だったような状況に似ている。

『幸せになるための5秒間』(A LONG WAY DOWN)

2014年・イギリス/ドイツ 監督/パスカル・ショメイユ

出演/ピアース・ブロスナン/トニ・コレット/アーロン・ポール/イモージェン・プーツ

主人公は4人、いずれも自殺志願者だ。場所はロンドン、飛び降りの名所のビルの屋上、時は大晦日、朝の情報番組の人気司会者や大物政治家の娘、ピザの配達人、寝たきり障碍者の母親まで、映画ならではの話題に事欠かない登場人物たち。日本では劇場未公開だったわけが分かる。

自殺するくらいなら相談してくれればいいのに、とドラマなどでは現実離れしたセリフが多く聞かれる。実際はどうかと言えば、自殺したい人の状況での相談事に親身になってこたえられる人なんているはずもない。そんなことが分かるの、と問われれば、そんなことわかるよと経験者のようなセリフを吐ける。

どう考えたって他人の心の中に入り込むことは不可能だ。したり顔をして分かったようなことを言う奴ほど、信用できない人だ。あくまでも他人であることを意識しなければならない。ちょっと触れ合っただけでもう他人じゃないなんて錯覚する輩もいるだろうけれど、他人であることを意識してこそお互いを尊重し合えるのだと肝に銘ずべし。偉そうなことを言っている。

『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』(Arbitrage)

2012年・アメリカ 監督/ニコラス・ジャレッキー

出演/リチャード・ギア/スーザン・サランドン/ティム・ロス/ブリット・マーリング

原題の「Arbitrage」とは、「裁定取引」を指す英語。と、言われても、日本語のその「裁定取引」の意味が分からない。裁定取引:金利差や価格差を利用して売買し利鞘(りざや)を稼ぐ取引のこと。サヤ取り(鞘取り)ともいう。ある場所では豊富に存在していて安い商品が、ある場所では極めて貴重で高値で取引されていたとする。その事実を知っていれば、安いところで買い、高いところに持って行って売るだけで、利益を得ることが可能となる。と、聞かされてようやく少しわかった気になれる。

主人公は、一代で莫大な富と名声を築き、家族にも恵まれ幸せな毎日を過ごしているかのように思われた。会社経営の嘘ばかりか私生活での愛人の存在など、一皮むけば普通の人々にも劣る実生活があった。よく言う仮面夫婦などはまだましな方で、粉飾決算をしながら優雅な生活をしている経営者もかなり多いことだろう。なんとか一時期を乗り越えられれば、何もなかった如く富裕層でいられる瀬戸際人生を謳歌しているに違いない。

一生貧祖な生活を我慢しているくらいなら、ほんのひと時だけでも裕福を装って生きていければ、それに越したことはない。どうせ最後は元の貧乏生活に戻ろうとも、1回くらいは人生の華やかさを味わって死んでいく方が、人間らしくていいかもしれないと思うこの頃。

『トゥモローランド』(Tomorrowland)

2015年・アメリカ 監督/ブラッド・バード

出演/ジョージ・クルーニー/ヒュー・ローリー/ブリット・ロバートソン/ラフィー・キャシディ

東京オリンピックの1964年4月22日から翌年1965年10月17日まで開催されたニューヨーク万博での発明コンテストが物語のスタート。米Dolby Laboratoriesが2014年に発表した「放送や動画配信における映像の輝度とコントラスト比を向上させ、色の表現力をも高める」、HD/Ultra HD(4K)の映像信号を対象とし、従来とは異なる2つのアプローチで画質向上を図ったドルビービジョンによる映画。

不思議な映画だった。未来に行って過去を眺めるという目線は特に新しい訳ではないが、映像が伴ってくるとだいぶ違う。夢の中に出てくるような幼心が縦横無尽に頭の中を走り回っているような感覚に襲われた。地球の最後を予言するかのような夢想は、一種の知的障碍者にだけ与えられた才能でしか語れないかもしれない。

人々が齷齪と悪戦苦闘して歩む姿は、先人たちの轍を踏んでいるだけのように見えて仕方がない。それでも、自分の人生にしか責任を持てない人間の集まりは、何かの基準や規則の中でうごめく虫たちでしかないのだろう。今度生まれ変わったら本当に虫になって地球圏外生物となっているかもしれない。夢は恐ろしい。

『バニラ・フォグ』(SIMPLY IRRESISTIBLE)

1999年・アメリカ 監督/マーク・ターロフ

出演/サラ・ミシェル・ゲラー/ショーン・パトリック・フラナリー/パトリシア・クラークソン/ベティ・バックリー

アマゾンプライムでは題名がまた原題のまま「SIMPLY IRRESISTIBLE」では発音も出来ないし、意味も分からなかった。調べてみて分かったのは、「RESIST」の否定語なのだと。接頭語としての「ir-」は「un-」や「in-」と同じような意味合いになるのかな、と英語の本質を知りもしないくせに勝手に想定している。

この邦題は映画を観た人に分かる題名。観ていない人には説明するのが難しい。この手の邦題の付け方は独りよがりだと現役時代に罵っていた。語呂合わせのように、意味が不明確でも心地よい言葉なら、題名としてはあり得る。が、意味を持っているようで、実は説明しなければ分からない題名は最低と言える。

シンデレラ・ストーリーのような話は大好きだ。夢物語がどうやって現実になるのかは分からないが、夢か現実か分からない現実は夢うつつで気持ちがいい。ホントに夢ではないという証明は出来ない。昔から『徒然草』の序段『つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。』を繰り返しぶつくさとのたまっている。

『ファング一家の奇想天外な秘密』(The Family Fang)

2016年・アメリカ 監督/ジェイソン・ベイトマン

出演/ニコール・キッドマン/ジェイソン・ベイトマン/クリストファー・ウォーケン/メアリーアン・プランケット

ケヴィン・ウィルソンが2011年に上梓した小説『ファング一家の奇想天外な謎めいた生活』を原作としている。本作は日本国内で劇場公開されなかったが、2017年3月3日にDVDが発売された。2011年10月27日、ニコール・キッドマン率いるブロッサム・フィルムズがケヴィン・ウィルソンの小説『ファング一家の奇想天外な謎めいた生活』の映画化権を獲得したと発表した。2012年5月8日、デヴィッド・リンジー=アベイアが脚色のために起用されたと報じられた。2013年11月1日、ジェイソン・ベイトマンが監督と主演を兼任し、キッドマンも出演するとの報道があった。2014年5月5日、クリストファー・ウォーケンがキャスト入りした。7月14日、本作の主要撮影がニューヨークで始まった。(Wikipediaより)

『マルコヴィッチの穴』(Being John Malkovich・1999年)を観た時と同じような匂いを感じた。いかにも映画的なストーリーと映像。映画評論素人の私にも感じるこの映画のおもしろさ。玄人評論家もかなり評価したらしい。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには78件のレビューがあり、批評家支持率は81%、平均点は10点満点で6.6点となっているという。

子供は親を選べない。それは道理であり真実でもある。一番腹が立つのは、子供がまだ思考していない期間に宗教で染めてしまうこと。イスラム教でもキリスト教でも、本人が意識して選択できるようになってからの入信なら誰も文句は言えない。ところが、気が付いたら何かの宗教を信じるように仕込まれている現状況は、どう考えたって不思議な現象としか見えない。

『ザ・センチネル/陰謀の星条旗』(The Sentinel)

2006年・アメリカ 監督/クラーク・ジョンソン

出演/マイケル・ダグラス/キーファー・サザーランド/エヴァ・ロンゴリア/キム・ベイシンガー

主人公はシークレットサービス(SS)に勤務する20年来のベテラン警護官であり、レーガン大統領暗殺未遂事件では自ら銃弾を受けて大統領を守ったというSS内でも尊敬の絶えない伝説的な人物だが、女への手癖が悪く、親友で同僚の妻を寝取って仲違いし、そして現在は警護対象である大統領夫人サラ・バレンタインと関係を持っていた。大統領夫人とねんごろだなんて陳腐な設定がちょっとうざい。

大統領を警護するシークレットサービスの仕事の一端を垣間見られて楽しい。それにしても異常に大変だなぁと強く感じる。大統領が一般の人たちと接する機会がある場合、無限の警護が必要にみえる。誰もが平気で拳銃を振り回すことが出来るアメリカにおいて、どうやったら警護などということが可能なのだろうか、とさえ思える。

2020年東京オリンピック、再びやってきた東京での五輪という機会に、準備万端でテロをぶちまかしてやろうと計画している集団はいないのだろうか。私が心配したって何も始まらないし仕方がないことだけれど、そんなことを考えていたら夜も眠れない。一人の逃亡犯を逮捕するのに1か月半以上も要している日本の警察力では、テロを未然に防ぐどころか、テロが起きてもあたふたしている警察官の姿しか想像出来ない。

『オーバーボード』(Overboard)

2018年・アメリカ 監督/ロブ・グリーンバーグ

出演/エウヘニオ・デルベス/アンナ・ファリス/エヴァ・ロンゴリア/ジョン・ハナー

この映画は、1987年に公開された映画『潮風のいたずら』をリメイクした作品、日本国内で劇場公開されなかったが、Amazonでの配信が行われている。という奴を観た訳だ。まったくのコメディで、最後まで行き着くことが考えられないような展開だったが、何とか観終えた。最後はほろっとさせるところが、さすがアメリカ映画。

女手一つで3人の子供を育てている主人公、清掃員やピザの配達など生活費を稼ぐ仕事をしながら看護師の試験に臨むために毎日奮闘していた。これだけなら映画にはならない。コメディーにもならない。もう一人の主人公はこの女性とは対照的な大富豪の道楽息子。この二人の接点にアイディアがある。

金がなくても子供はすくすくと育つを見る思い。周りの友達がいい。現実を見渡したって、仕合わせな環境にいられる人が一番仕合わせに違いない。毎日あくせくと人生を悩みながら生きている人々には、自分の生き方をもう一度見直してみなさいと助言する。見直すったって、何を? と思うだろうが、そんなことは自分が最も知っている人だということを知っているだろう。

『サウンド・オブ・サイレンス』(Don't Say A Word)

2001年・アメリカ 監督/ ゲイリー・フレダー

出演/マイケル・ダグラス/ショーン・ビーン/ブリタニー・マーフィ/ファムケ・ヤンセン

原作はアンドリュー・クラヴァンの小説『秘密の友人』。5人組の銀行強盗団が銀行を襲い、貸金庫から運び込まれたばかりの赤いダイヤを強奪するところから映画は始まる。そして10年後というタイトルと共に、本格的なサスペンス・シーンが満載。マイケル・ダグラスはこの手の映画に超向いている。

子供が誘拐されて脅迫されながらしなければいけない主人公の行動、ちょっとばかり辻褄が合わない、設定の未熟さが気になって映画に没頭できない。言うことを聞かなければ子供を殺すと脅しているが、子供を殺してしまったら脅す意味がない。

アメリカ人の家族愛はこの映画でも健在だ。日本人はシャイなのだろうか、ここまで子供への愛情を示すことが出来る人種には尊敬の念が。アメリカ流に表現するなら、元妻への愛情は消えてしまったかもしれないが、3人の子供たちへの愛情は今でも衰えるyことがない。と、格好の良いことを言っている。

『L.A.ジョーンズ』(L.A. JOHNS)

2001年・アメリカ 監督/Joyce Chopra

出演/ブリットニー・パウエル/デボラ・ハリー/ダグ・デイビッドソン/トーマス・キャラブロ

娼婦が主人公のストーリーだった。そういえば、この頃の映画でこの娼婦を描いた作品が極めて少なくなっている気がする。昔は玄人、素人と厳然たる区別があったはずの男と女の関係、今や誰がプロで誰が素人さんなのかが分からない社会状況となっている。

吉原遊廓、五番町夕霧楼、なんていう言葉を読めもしないし、読んでも何のことか分からない世代が闊歩している。昭和33年の売春防止法施行後から日本もようやく欧米の仲間入りとなったが、日本らしく抜け道がその後もずーっと続いている現状がおもしろい。

HIVなんていう恐ろしい病気も社会の底辺で蔓延しているに違いない。プロが適正に認められていれば、こういった病気を未然に防ぐことも可能だが、自分が保菌者かどうかを知らない素人集がたむろしている今の日本はホントにヤバいことになっている。いつの日かそういう事実が公表されて、なんて考えると末恐ろしい未来しか待っていないような気がする。はやくおさらばできる70才には仕合わせな毎日しか待っていない。

『スワンの恋』(UN AMOUR DE SWANN)

1983年・フランス/西ドイツ 監督/フォルカー・シュレンドルフ

出演/ジェレミー・アイアンズ/オルネラ・ムーティ/アラン・ドロン/ファニー・アルダン

19世紀の末、美術に造詣の深いスワンは、ユダヤ人株式仲買人の息子で社交界の花形的存在である。彼は、ある瞬間から一人の女性への恋の妄想にとりつかれていた。馬車の上で、その女性オデットが胸につけていたカトレアの花を直すために彼女に触れた瞬間から彼女にとりつかれたのだ。(Movie Walker より)

フランス映画によくある訳の分からない映画のひとつに見える。たまにはこういう難しそうな映画を観ておかないと、幼稚な世界に浮遊する乞食のような心になってしまいそうなので、仕方なく観始まり仕方なく観終わるという雰囲気。馬車が主な交通機関のこの時代、おおらかなはずの社会の中でも社交界というところは、なんとまー猥雑な世界なのだろうかと眉を顰める。

フランス人のエスプリという奴がよく分からない。日本での粋(いき)のようなものなのだろうか。気分の悪いものに触れただけで本気になって反吐を吐きたくなってくるこの頃、身体はどんどん鈍感になっているのに、神経はますます敏感になって行くような気がしてならない。

『キングダム』(The Kingdom)

2007年・アメリカ 監督/ピーター・バーグ

出演/ジェイミー・フォックス/ジェニファー・ガーナー/クリス・クーパー/ジェイソン・ベイトマン

サウジアラビアの首都リヤドで、警察官を装ったゲリラ集団が外国人居住区を襲撃し、100人以上を虐殺する。死者の中にはFBI捜査官のフランもいた。アメリカのFBI本部では捜査官を送り込むべきかどうかの議論から映画は始まっていく。眠りにおちるのも早かった。どうしようもなく目があけられない状態は意外と気分がいい。

サウジアラビアで殺されたFBI捜査官に関係のある同じ職場の女性に、同僚が慰めの声を掛ける。「やつらを皆殺しにしてやる!」と。結局5日間だけFBI捜査官がサウジアラビアに送り込まれて、死闘の末今回の首謀者を抹殺することに成功する。もうおじいちゃんのその首謀者の最後の言葉を孫娘が聞いていた。「心配するな!必ず仲間が彼らを皆殺しにする!」と。

綺麗ごとで言う殺し合いを止めなければ、というニュアンスは見事にここで実証されているよな気もするが、敵には目には目を歯には歯をという教えがある限り、右の頬を打たれたら左の頬を出せなんて言う教えはどこかへ行ってしまうのも必然。生き物がふたついれば、争いが必ずおこるものなのだろうか。たぶん、そうなのだろう。

『アンリミテッド』(Tracers)

2015年・アメリカ 監督/ダニエル・ベンマヨール

出演/テイラー・ロートナー/マリー・アヴゲロプロス/アダム・レイナー/ラフィ・ガヴロン

あぁ、これをパルクール(仏: parkour)って言うのか、と妙な納得の仕方をしていた。映像を見れば一発で分かる動作なのだが、それを言葉で説明するのは至難の業であろう。「移動動作を用いて、人が持つ本来の身体能力を引き出し追求する方法」とか「パルクールとは、フランスの軍事訓練から発展して生まれた、走る・跳ぶ・登るといった移動所作に重点を置く、スポーツもしくは動作鍛錬である」と言われても、知らない人にとっては何のことだかちっとも分からないことであろう。

もうちょっと、「障害物があるコースを自分の身体能力だけで滑らかに素早く通り抜けるため、走る・跳ぶ・登るの基本に加えて、壁や地形を活かして飛び移る・飛び降りる・回転して受け身をとるといったダイナミックな動作も繰り返し行われる」と聞くと、少し想像できる人もいるかもしれない。

犯罪がらみのストーリにこのパルクールが組み合わされて、結構ダイナミックな話になっていた。いつも通り男と女の物語も挿入されて、しかも今回は中国マフィアがアメリカでもはばを利かせている現実社会の様子が垣間見られた。日本の闇社会の中国占有率はどのくらいになっているのか、知りたくなってきた。

『海賊とよばれた男』

2016年・日本 監督/山崎貴

出演/岡田准一/吉岡秀隆/染谷将太/鈴木亮平/野間口徹/ピエール瀧/綾瀬はるか/小林薫/國村隼/堤真一/近藤正臣

期待した映画は残念ながらおもしろくなかった。百田尚樹による歴史小説、経済小説。第10回本屋大賞受賞作品、2016年(平成28年)12月で、上下巻累計で420万部突破のベストセラーとなっていたという。そういう噂を聞いているからこその期待値なのだが、そもそも題名だけの知識で、何を期待していたのかさえ自分も分かっていない。

おもしろいということはどういうことなのか、と問われても明確な返事は出来ない。ひとつだけ言えることは、映画を観ている心が次へ次へとシーンの期待感が膨らんでいく状況が必要だということ。映画の内容が暗かろうが明るかろうが、観ている心がわくわくすれば、映画はおもしろいと言える、私の場合には。

岡田准一には映画で何度も出逢っているが、この背広姿の経営者には向いていなかったようだ。侍姿はかなり良かった記憶がある。口髭を蓄えた経営者然というシルエットが、ちょっときばり過ぎているように感じた。映画も、いきなり特撮の焼夷弾シーンが気分を削ぐ。特撮も適切な用い方をしないと、違和感を醸し出す道具になってしまう。原作がもともと大したことがないのか、脚本が悪いのか、役者の力量の問題があるのか、監督の力がないのか。凡庸な映画であった。偉そうに語れる第三者庶民は、なんと気楽なことだろうか。

『フェイク シティ ある男のルール』(Street Kings)

2008年・アメリカ 監督/デヴィッド・エアー

出演/キアヌ・リーブス/フォレスト・ウィテカー/ヒュー・ローリー/クリス・エヴァンス

アマゾン・プライムでの映画の題名は「Street King」という原題のみ。先日も同じようなケースがあったが、なぜ既に付けられている邦題を使わないのかは分からない。一風変わった私生活をしているというニュースのあるキアヌ・リーブス、最近の黒人代表選手のようなフォレスト・ウィテカー、アメリカ映画お得意の警察もの、とくればおもしろくない訳がない。毎回様々な警察事情を見せてくれるアメリカ映画に感謝しなければならない。ただ、いつも不正の温床が警察内部に充満している様子が、偏見を助長するようなきがして心配になる。

極悪人を検挙しなければならない警察の仕事というものは、本気になって命を賭けなければやっていけない。普通のサラリーマンだって、自分の地位と名誉をかけて毎日仕事していなければ、真に影響のあることをを成し遂げることが出来ない。そんな大袈裟なことを考えないで生活しているサラリーマンは多数だが、その多数が凡人サラリーマンなのだ。

今や日本の「交番」が一般人に襲われる時代となってしまった。日本から「交番」制度を輸入したアメリカでは、交番は絶対に襲われないのだという。それはそうだ、アメリカだったらちょっとの不審者だっていきなり拳銃で殺されてしまうリスクがある。日本の警察官は滅多に銃を発射しない。それがアダとなって惨劇が起こってしまうのだ。先日あった交番での警察官による銃殺は、抑止の歯止めとして不埒なことを考える極悪人に影響があるといいのだが。

『ブロークン 過去に囚われた男』(Manglehorn)

2014年・アメリカ 監督/デヴィッド・ゴードン・グリーン

出演/アル・パチーノ/ホリー・ハンター/ハーモニー・コリン/クリス・メッシーナ

小さな街で鍵修理屋を営む老人マングルホーン。息子とは疎遠になり、溺愛する孫ともなかなかふれ合う時間が取れない寂しい毎日を送っていた。孤独な独り暮らしを支えるのは愛猫のファニーと、毎週通う銀行で顔を合わせる受付係の女性ドーンだった。交わす言葉は少ないものの、お互いのペットやおすすめのカフェの話をする短いひと時が、彼にとってはなによりも大切だった。ある週末、マングルホーンが通っているカフェに突如ドーンが姿を現し、この日をきっかけに彼女との距離が縮まり始める。一緒にパンケーキを食べ、週末を彼女の家で共に過ごす。彼女との穏やかな時間を重ね、徐々に閉ざされた心の鍵を開き始めるマングルホーン。だが彼の心の奥底は、過去に愛した女性クララへの未練が今なお支配していて…。(Filmarksより)

アル・パチーノの独り舞台のような映画。もともと演技には自信があるし評価も高い。陥る穴に落ちたような映画に、ちょっと飽きが来るのは仕方のないことか。いつの間にか眠ってしまっていたのは、いつものこと。家族愛への思いが強いアメリカ人が、いつもの通り描かれている。

熱烈に愛し合い、子供を可愛がり過ぎているアメリカ人は、それでも平気で離婚して親権を持とうとする。毎週末交互に親の特権を主張するような生活の中で、子供たちは逞しく育っていくのかもしれない。蝶よ花よとはぐくまれるのが日本的な可愛がり方だが、どの点を取ってもまったく正反対の指向が見える日本とアメリカ、それでもお互いに無い物を尊重する文化が根付いているような気がする。

『バッド・バディ! 私と彼の暗殺デート』(Mr. Right)

2016年・アメリカ 監督/パコ・カベサス

出演/サム・ロックウェル/アナ・ケンドリック/ティム・ロス/ジェームズ・ランソン

ヒットマンと失恋女子との恋愛とアクションを融合させたコメディ映画。こんな解説の序を聞いても想定すらできない映画。内容もその通りで、何がなんだか分からない進行、製作者グループだけが喜んでいるような映画作りに見えている。まだ、観終わっていないが、とりあえず最後まで行ってみよう。

最後まで訳の分からない映画だった。難しいというのではなく、登場人物の相互関係がイマイチ分からなかったのだ。そんな中主人公の二人の愛がメインテーマとなっているのだろう。殺しのプロの男と失恋ばっかりしていいるダメ女のプロとの愛は、男と女の世界には他人には推し量ることのできない不思議な世界が存在することを確認させてくれる。

これまでどれだけの女性を好きなって、何度ふられたことだろう。思い返しても、たいした回数を経験していない。それよりも、妄想の世界で恋をして失恋していたのではないかとさえ思える。もしかすると何度かは恋の現実社会もあったのかもしれない。でもそんなことを思い出せないくらい、遠い昔のことだった。

『マイ・ボディガード』(Man on Fire)

2004年・アメリカ 監督/トニー・スコット

出演/デンゼル・ワシントン/ダコタ・ファニング/ラダ・ミッチェル/クリストファー・ウォーケン

久々の骨太映画だった。主人公はかつて米軍の対テロ暗殺部隊に所属していたが、現在はアルコール中毒で生きる目的を失っていた。メキシコで会社経営者の娘のボディーガードの仕事を友人から紹介されて、最初は子供に興味を抱くこともなく、「俺は君の友達じゃない」と冷たくあしらったりもしたが、次第に彼女に対し父親のような感情が芽生え、水泳や勉強を教え、家庭教師的な役割も果たすようになった。

そこから先がこの映画の骨。2時間26分と長尺、もう終わるだろうと思っていたがなかなか終わらない。最後の最後まで主人公の意思を見せたいようだった。デンゼル・ワシントンは勿論だが、普段は悪役の多いクリストファー・ウォーケンの友人がなかなか良かった。

誘拐罪は何処の国でも罪は重い。しかもリスクが大きいのに一向に減らない。どころか、メキシコの子供誘拐事件は頻発しているという。多大な金額を搾取出来ると踏んでの悪行を実行しようとする人間の業が酷い。息をつかせぬ展開が待っていた。70才の爺さんには目の前の自分に起こっている奇跡のような事態に対処するのが精一杯。

『今日、キミに会えたら』(Like Crazy)

2011年・アメリカ 監督/ドレイク・ドレマス

出演/アントン・イェルチン/フェリシティ・ジョーンズ/ジェニファー・ローレンス

ロサンゼルスの大学に留学していたイギリス人のアンナはそこでジェイコブと恋に落ちる。しかし、アンナはビザの期限が過ぎても帰国しなかったために強制送還されてしまい、2人は遠距離恋愛をすることになる。距離と時差に阻まれた2人の気持ちは揺らぎ始め、ジェイコブはサマンサという新しい恋人まで作るが、それでも互いに離れられないジェイコブとアンナはイギリスで結婚する。結婚したことでアンナのアメリカへの入国許可はすぐに得られると思われたが、なかなか許可は下りない。その焦りが2人の間に深い溝を生み、その結果、ジェイコブはサマンサとよりを戻し、アンナは隣人のサイモンと同棲するようになる。しかし、サイモンがアンナの両親の前でアンナに求婚したことから、アンナの気持ちは大きく揺らぐ。そして、ちょうどアンナのアメリカへの入国許可が下りていたことから、アンナとジェイコブはアメリカで2人で暮らすことになる。はた目には上手く行っているように見える2人だったが、2人の間にかつてのような熱い思いはなくなっていた。(Wikipediaより)

ありふれた恋愛物語。初恋のような心がときめく二人だが、映画からはその初々しさが伝わってこない。何とも言えない、あのあまずっぱい気持ちをセリフとしぐさで表現するのが映画の役目だろう。それが出来なくては、大したことのない映画と評価されても文句は言えない。

偶然のように、あるいは必然のように出会う男と女。そこから先へどう進むのかは本人たちにも分かっていない。だからこそ人生は楽しいの一点だが、苦しんだり悩んだりしないで、楽しいことだけがいつも自分の周りにあればいいのにと、思うことは同じでも現実は百人百様。

『セントラル・インテリジェンス』(Central Intelligence)

2016年・アメリカ 監督/ローソン・マーシャル・サーバー

出演/ドウェイン・ジョンソン/ケヴィン・ハート/エイミー・ライアン/ダニエル・ニコレット

アクションコメディ映画と解説されている。確かにアクションはふんだんに用意されているが、まずはコメディーというところだろう。どんな映画か分からい始まりの音楽でもコメディだと分かるのがおかしい、たいしたものだ。

ひとりのCIA職員を大勢のCIA職員が追っかけている。どちらが正義なのか皆目見当がつかない。お笑いにも素直なストーリーでは満足できないアメリカ映画がある。気楽に観られるコメディは本場に限る。おかしな動作やギャグで笑わせよう、笑わせようと無邪気にけたたましい日本のお笑いがとてもじゃないけど我慢が出来ない。

それにしても日本のテレビに出てくる人たちの大半がお笑い芸人とは、どういうことだろう。ワイドショーには別の専門分野の達人が出始まって、ところてん現象のようにお笑い芸人はニュース・ショーにまで足を踏み込んできた。それで十分な話術を観たりすると、今までの専門職たちはいったい何者だったのだろうと、かえって疑ってみたりすることになる。

『Re:LIFE~リライフ~』(The Rewrite)

2014年・アメリカ 監督/マーク・ローレンス

出演/ヒュー・グラント/マリサ・トメイ/ベラ・ヒースコート/J・K・シモンズ

ヒュー・グラントはいい男なのにこの手のコメディ映画がよく似合う。ちょっと猫背気味の格好が終始印象的で、どの映画も同じように映るのが最大の欠点かもしれない。人間はちょっともったいないくらいが一番ふさわしいので、彼の映画人生はこれでいいのだろう。

ハリウッドで一発屋のように成功したかにみえた人生も、柳の下にドジョウの2匹目がそう簡単に生息してはいなかった。片田舎の公立大学に脚本を教える講座を紹介されて、嫌々ながら二足の草鞋を履くことになる。俳優の名前を出して粋がってみたところで、自分の人生の先行きは誰にも分からない。

自分の天職はいったい何なのだろうか、などと真剣に悩んだことがない。自分に出来ることがどれだけあるのか、などと考えたこともない。小学生のうちから、将来はユーチューバーになるんだと宣言できる子供たちが羨ましい。20才過ぎてからだって、自分はいったい何者で、何を職業として生きていくのかをイメージしたことすらなかった。だから、今、70才にもなってまだまだ見知らぬ世界を彷徨い続けているのかもしれない」。

『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(Maggie's Plan)

2016年・アメリカ 監督/レベッカ・ミラー

出演/グレタ・ガーウィグ/イーサン・ホーク/ジュリアン・ムーア/ビル・ヘイダー

マギー・ハーデンはアート関係の仕事に携わりつつ、大学でデザインを学んでいた。あるとき、彼女は子供が欲しいと思うようになり、旧知のガイ・チャイルダーズから精子の提供を受けた。大学で、マギーは文化人類学者のジョン・ハーディングと知り合いになった。彼はコロンビア大学で教鞭を執るジョーゼットと結婚していたが、全てを研究に捧げる妻に嫌気がさしていた。その後、2人は大学でよく顔を合わせる関係になり、ジョンはマギーに「私は小説を書き進めているのです」という秘密を明かした。ジョンの小説を読み始めるようになったマギーは、それ以来、彼と小説の話をするようになった。

マギーがチャイルダーズの精子を注入しようとした矢先、ドアのベルが鳴った。マギーがドアを開けると、そこにはジョンが立っていた。ジョンは彼女に「君に惹かれているんだ。子供の父親になりたい」と告白した。それから3年後、マギーとジョンは結婚し、娘のリリーとジョンの連れ子2人と共に幸せな生活を送っていた。しかし、マギーは自分の仕事を後回しにして子供3人の世話と夫のサポートに明け暮れている現状に不満を抱いていた。ある日、リリーと散歩に出かけたマギーは、チャイルダーズにばったり会った。リリーの顔を見たチャイルダーズは彼女を自分の娘だと勘違いした。リリーがジョンの娘だと知ったチャイルダーズは複雑な気分になった。

そんなある日、ジョーゼットがまだジョンを愛していると痛感したマギーは、魅力を失いつつある夫をジョーゼットに返す算段を整え始めた。(全部 Wikipedia より) 実は、ほとんど観ていない。すっかり眠りに陥って、気が付いた時にはまだやっていたが、それからまた眠ってしまい、結局観たのは最初の何分だったのだろうか。こうした場合、最初に戻って観直すこともあるのだが、今回はそんな気になれなかったので、こうして観たようなふりをして全文引用という今風学生のような所業と相成った。

『ラストスタンド』(The Last Stand)

2013年・アメリカ 監督/キム・ジウン

出演/アーノルド・シュワルツェネッガー/ロドリゴ・サントロ/フォレスト・ウィテカー/ピーター・ストーメア

シュワちゃんは日本流に言えば同級生の年齢、1947年生まれだ。この映画の撮影時は66才だったろうか。かなりのよぼよぼに見える。アクションはわざわざ年寄り然としている節はあるけれど、顔のしわにねんきを感じる。

FBIというアメリカ全国組織の命令を無視してしまう小さな町の保安官、西部劇でも見ているような面白さ。軽くていい。映画そのものの評判は良かったらしいが、前々年に発覚した隠し子スキャンダルの影響や、前年の銃乱射事件(サンディフック小学校銃乱射事件)の影響で興行は思う通りにはいかなかったようだ。

かつてロサンゼルス市警察の敏腕刑事であった主人公が、歳をとって活躍するのは正義の味方が登場するようなもの。映画の定番ではあるし、老体に鞭を打って頑張っている姿を観ていると、応援せざるを得ない映画になっているような。

『トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン』(Tom Clancy’s Jack Ryan)

2018年・アメリカ 監督/

出演/ジョン・クラシンスキー/アビー・コーニッシュ/ウェンデル・ピアース/アリ・スリマン

2018年8月31日から配信されたアマゾン・オリジナル・テレビ映画だ。シリーズ1のエピソード1から観始まるわけだが、一体このテレビシリーズがどこまで続くのかをまったく知らないで観始まってしまった。滅多に観ることのないテレビ映画シリーズ、なにしろ観始まったらとめるのが困難だと自分で分かっているから困る。シリーズ2の製作発表はすでになされているらしい。

エピソードは8まであった。一日目に5まで観て疲れ果て、それでも翌日の午前中には6、7と観終わっていた。トム・クランシーの創作した小説シリーズのキャラクターであるジャック・ライアンが主人公、CIA分析官、元海兵隊員で元投資会社勤務。経済学博士。なかなか魅力にあふれる主人公だ。

このシリーズを短縮して劇場用映画にしたものを観たような気がしていたが、あれは幻だったのだろうか。調べても、それらしき映画を探すことは出来なかった。でも間違いなく観ているはずなので、ゆっくりと調査してみよう。その幻想がなければ、このテレビ映画にここまで入り込むことは出来なかっただろう。まぁ、よく7時間も一所懸命観ることが出来た。自分をほめたい。

『フリーランサー NY捜査線』(Freelancers)

2012年・アメリカ 監督/ジェシー・テレロ

出演/カーティス・“50 Cent”・ジャクソン/フォレスト・ウィッテカー/ロバート・デ・ニーロ

アメリカで本作は拡大公開されず、ニューヨークとロサンゼルスの一部の映画館で限定公開された、とWikipediaに書かれていたが、どういう訳で拡大公開されなかったのだろうか。評価の項目には、本作には否定的な評価が多かった。ニューヨーク・ポストのロウ・ルメニックは「名優ロバート・デ・ニーロの2012年に出演した映画の中で『レッド・ライト』の次にひどい作品だった。彼は昔の刑事ドラマのパロディのような演技をしている。」と述べた。と書いてあった。

全米公開に耐えられないと。製作、配給会社が考えたのだろう。映画という商品は、墓穴を掘らないように、当たらないと分かったら余計なことをしないのが鉄則なのだ。映画館で公開するのにどれほどのお金がかかるのかを観客はさほど知る由もない。直接的には宣伝費、フィルムを焼き増す費用があり、間接的にはその時間に仕事を費やす人件費がある。勿論、当たるか当たらないのか、ホントのところは分からない。分かっていればそんな簡単なことはない。宣伝すればするほど評判の悪さが伝わってくる。そういう経験はトラウマだ。

アメリカでは結構一般的な警察ものだからこその、観客の厳しい目なのだろう。警察内部の腐敗を描いた映画が多いのも特徴的だ。この映画はその最たるものかもしれない。そんな姿をもう見せてくれるな、ということではないだろう。おもしろければ、そんな理由で全国公開がなくなるなんてことがないのがアメリカのはずだ。

『はじまりのうた』(Begin Again)

2013年・アメリカ 監督/ジョン・カーニー

出演/キーラ・ナイトレイ/マーク・ラファロ/ヘイリー・スタインフェルド/アダム・レヴィーン

2013年のアメリカ合衆国の音楽映画。監督および脚本は、『ONCE ダブリンの街角で』の監督であるジョン・カーニー。主演はシンガーソングライターを演じたキーラ・ナイトレイと音楽プロデューサーを演じたマーク・ラファロ。マルーン5のアダム・レヴィーンが映画初出演。劇中歌『Lost Stars』が第87回アカデミー賞の歌曲賞にノミネートされた。(Wikipediaより)

こういう説明を読んでもピンとこない。映画は大好きだが、同じ映画を何度も見て考察をする類の映画ファンではない。映画は毎日3度は食べる食事のようなもの。トマトを食べたら、こんな栄養素があって、身体のこういうところにいいんだ、とか思いながら食事をしている訳ではないのと同様。観る映画の何かが身体の底に積もっているはずだ。それでいいのだ。

解説のようないい音楽ではない。アメリカの楽曲変遷を知ったけれど、今の日本の楽曲の方が遥かに優れている。アメリカの曲は何を聞いてもビートが同じ。ラップみたいにただ詩を変えてしまえば違う曲になっているような気がする。おもしろくない。日本の曲だって同じようなものだが、それでもアメリカの楽曲よりはましだろう。

『セイフ ヘイヴン』(Safe Haven)

2013年・アメリカ 監督/ラッセ・ハルストレム

出演/ジュリアン・ハフ/ジョシュ・デュアメル/デビッド・ライオンズ/コビー・スマルダーズ

サスペンス調のストーリーが続いて行くが、殺人犯としてアメリカ全土に指名手配された主人公が、なぜそうなったかの謎解きが他愛なく緊張感が一気に緩む。ドメスティック・バイオレンスから逃れてきた主人公、始末の悪いことに夫は刑事だった。

子供の躾にも暴力は絶対ダメだという世の中になって、げんこつで頭をこつんとやっても暴力だと訴えられる場合もあるのがうざい。明らかなる暴力とこつんが同時に論じられるのが、一般社会では通常あり得ない。法律の専門家は馬鹿だから、暴力は区別できないから、線引きが難しいから、こつんでもダメなんだよと、分かったような御託を並べる。線引きが難しい時はそれこそ裁判をすればいいんであって、こつんが暴力だなんて決めつける方が非常識というものである。だから頭をなでなでしたってセクハラだなんて訴えられてしまうのだ。

人間なんて間違ったって相手の心になることは出来ないのだから、どんな人に対しても初心を忘れず一線を画して接しなければいけない。なまじ馴れ馴れしく振る舞うことは、タガが緩んでしまって失礼な態度に至ることを肝に銘じるべしだろう。甘えるところは甘え、他人の愛を感じることは重要なことだが、それよりも自分が他人をいかに愛せているかの人間力の方が、もっと重要なことなのだ。

『オール・ザ・ウェイ』(All the Way)

2016年・アメリカ 監督/ジェイ・ローチ

出演/ブライアン・クランストン/アンソニー・マッキー/メリッサ・レオ/フランク・ランジェラ

サブタイトルが「JFKを継いだ男」。そう、我が愛するジョン・F・ケネディがダラスで暗殺されて運ばれた病院で、息をひきとるところから映画シーンは始まる。高校時代はケネディーの大統領就任演説にメロディーを付けたレコードを擦り切れるほど聞いて喜んでいた。その大統領演説は、最初の数行を暗記することに悦びを感じていた。

大統領を「引き継いだ」ジョンソン大統領のことをほとんど知らないなぁ、とこの映画を観ながら強く感じた。当時はアメリカ事情を知る術は、高校生では到底かなわなかった。そこらあたりでもっと自分が優秀であるなら、いろいろな手立てを講じて知りたいことを知っただろうに。もっとも、まだ何も知らない人間の出来損ないのような存在には、明日のことさえよく分かっていなかった。

明日のことさえ分かっていなかったことについては、今だって同じようなもの。いつの間にか本人が知らないうちに息をひきとって、知り合いがどう自分を評価していたのかを天国から眺めることになるのだろう。生きている間は、評価されない偉大な芸術家と同じように、凡人たる我々だってきっといつの日にか懐かしんでもらえる時が来るかもしれない。

『マクリントック デジタル・リマスター版』(McLintock!)

1963年・アメリカ 監督/アンドリュー・V・マクラグレン

出演/ジョン・ウェイン/モーリン・オハラ/パトリック・ウェイン/ステファニー・パワーズ

かつての邦題は『大西部の男』だったという。デヴリン役のパトリック・ウェインはジョン・ウェインの息子である。なんといっても西部劇の帝王ジョン・ウェインはいい。安心して映画を観ていられる。時代としての西部劇時代のおおらかさにいつも圧倒される。

珍重される女の存在も見逃せない。この映画でも主役は女。ジョン・ウェインも形無しといったところ。女性の肩に手を触れただけでセクハラと訴えられる時代となっては、男はいつだって両手を挙げて生活しなければならなくなった。

デジタル・リマスター版が出来るようになってから、往年の名作が美しいスクリーンで見られるようになったことは非常によかよか。モーリン・オハラという女優の作品を記憶にとどめていない。たくさんの作品に出ているはずだが、この美しい女優が出演している作品を残念ながら想い出せない。

『ディス/コネクト』(Disconnect)

2012年・アメリカ 監督/ヘンリー=アレックス・ルビン

出演/ジェイソン・ベイトマン/ホープ・デイヴィス/フランク・グリロ/ポーラ・パットン

もう6年も前になると、映画で描かれていることがちょっと古く見えてしまうのが、ITやパソコンの世界。この映画での通信はチャットだ。日本なら今やLINEだろうし、アメリカならワッツアップ(WhatsApp Messenger)が圧倒的に使われているだろうから、チャットだけの世界は考えられない、という恐ろしい世界がITなのだ。

よく言うSNS世界での中傷は大問題。生徒、学生どもはSNS命みたいなところしかなく、年がら年中スマホをいじっているから、やることがなくなり遂には他人に干渉し始まるから始末におえない。面と向かっては言えないことを、陰口のように公にして楽しむすべを覚えてしまう。ネクラが本音の人種程どうにもならない。

映画で描かれることは遅くても2年後には現実化するのが通常。フェイスブックにしてもツイッターにしても、はたまたインスタグラムにしても自分だけで完結していればいいものを他人を巻き込んで悦に入っている奴ばかり。ほっといて欲しい人までも巻き込んで、今やどうしようもないカオスの世界を創ってしまっている。一体、この世界はどうなって行くのだろうか。100年後をこの目で見てみたいと、いつも言っているけれど、特にこのITの世界がどうなっているのかは極めて興味のある事柄だ。

『君の膵臓をたべたい』

2017年(平成29年)・日本 監督/月川翔

出演/浜辺美波/北村匠海/大友花恋/矢本悠馬/桜田通/森下大地/上地雄輔/北川景子/小栗旬

久しぶりに、一気に観た。活字世界に疎い自分には題名の「すいぞう」すら読めなかった。本屋大賞」2016第2位、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR 」2位、「2015年 年間ベストセラー」6位、「読書メーター読みたい本ランキング」1位、「埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本2015」1位、「2016年年間ベストセラー」総合5位、文芸書1位、「2016年 年間ベストセラー」総合4位、単行本フィクション1位と高く評価されていた。

70才のおじいさんが高校生の恋に心が揺さぶられている。主人公の相手方が余命1年という特殊事情がこのストーリーの命となっている。でもおもしろい物語を考えるものだよね。住野よるのデビュー作ということらしいが、活字で読んでもかなり心を惹かれるものなのだろうことが想像できる。原作は高校生時代だけだったようだが、映画ではその12年後がストーリーの表舞台となっている。フラッシュバックの高校生時代の方が時間を多く描かれているのがなかなかいい。

日常的な言葉遣いながら、丁寧に喋り言葉が構築されている。若い頃に「男」と「女」の友情は存在するのか、などとつまらないことを自問自答し実践してきたことを想い出した。物語の二人の主人公が遊ぶ「真実」と「挑戦」ゲームをやってみたくなった。心が少し若返ったような気がする。老いていようと若返ろうと誰にも迷惑を掛けない、そんなことを考えて生きているのはいけないことだと主人公に教えられた。

『トレマーズ』(Tremors)

1990年・アメリカ 監督/ロン・アンダーウッド

出演/ケヴィン・ベーコン/フレッド・ウォード/フィン・カーター/マイケル・グロス

アメリカで制作されたパニック映画のシリーズである。1990年1月にロン・アンダーウッド監督の第1作が劇場公開され、この成功を受けて2015年までにビデオ公開の続編が第5作まで製作された他、『トレマーズ・ザ・シリーズ』というテレビシリーズが製作されている。(Wikipediaより)

三流映画を堪能した、と書いておこう。実際には堪能するという感じではなく、こういう映画がリアルタイムで当たったのだろうか、とか、当たらなかったとしてもこの手の映画はよくよく作られたよな~、なんていうことを想いながら観ていた。映像にしてもストーリーにしても、今から考えれば子供だましの域を超えていないが、映画の発展の中ではこういうプロセスも必要だったに違いない。

『ジョーズ』(Jaws)が1975年に超大ヒットしてからは、これまでの映画の得意分野であるパニック映画は全盛時代を迎えたのだ。その後のCG映画や3D映画、そして4D映画へとよりエンターテインメント性が本格化して行った。そのたびにストーリーは希薄になり、ただの見た目が重視され、本物の映画ファンが映画館から離れてしまったのではなかろうか。そうでなければ、観たばかりの『銀魂』なんていう映画がヒットすることがあり得ないはずなのに。

『銀魂』

2017年(平成29年)・日本 監督/福田雄一

出演/小栗旬/菅田将暉/橋本環奈/柳楽優弥/新井浩文/吉沢亮/早見あかり/ムロツヨシ/長澤まさみ/岡田将生

「世も末だ!」なんていう言葉を自分が吐く年齢になってしまったのか? 小河さん、こんな映画も観るんだ? と問いかけられそうな気がしている。録画したタイトルに「2017年実写邦画No.1 大ヒット作!地上波初放送」と書かれていたので、ひとまず観なくては、と思い立って観た次第。

最初から期待していないが、始まって早々に早回しを使うことになろうとは想定していなかった。それでもモニター画面を凝視することが出来なかった。何をとち狂ってこういう映像が現れるのか、とてもじゃないけど信じられない。こういう映画が大ヒットって、それは嘘だろうと叫んでみた。

何処のシーンを切り取っても同じようにしか見えない。そういえば、アイドルと言われるしょんべん臭い女どもの顔を区別するのにも苦労する。一見可愛い雰囲気は伝わってくるが、よくよく見ると作られた美形のような感じが圧倒的。たまにはホントにかわいい子がいるが、そういう人さえも飲み込んでしまいそうな類似性がうざくて仕方がない。もう年寄りもここまでくれば優等生。はやく墓場に両足を突っ込んで、姿を消してしまわなければならない。

『ブラジルから来た少年』(The Boys from Brazil)

1978年・アメリカ 監督/フランクリン・J・シャフナー

出演/グレゴリー・ペック/ローレンス・オリヴィエ/ジェームズ・メイソン/リリー・パルマー

本日は2018年8月19日(日曜日)。たまに日にちを入れておかないと、あとから見返したときに、この映画はいつ観たんだろうという単純な疑問に答えられない。誰が読むわけではないのに、そんなことを気にする方がおかしい。この『最近観た映画』欄は基本的に観た順に並べれれているので、万が一にこれらの感想欄を見る人がいれば、そういう風に見てもらえれば、どこかに日付が入っていますのでご了承ください、ということになる。

1日で観終わることのないこの頃の映画鑑賞。まったく内容を知らないで観始まるケースがほとんどだが、この映画のタイトルからは想像できない物語だった。なかなか興味深い映画だった。(以下、Wikipediaより)ブラジルでヒトラーのクローンを再生させようとする科学者ヨーゼフ・メンゲレと、それを阻止しようとするナチ・ハンターのユダヤ人・リーベルマンとの葛藤を描く。同じくメンゲレについて取り上げたスレイヤーの「エンジェル・オブ・デス」にフレーズが引用された。

ヨーゼフ・メンゲレ(Josef Mengele, 1911年3月16日 - 1979年2月7日)は、ドイツの医師、ナチス親衛隊 (SS) 将校。 親衛隊大尉。第二次世界大戦中にアウシュヴィッツで勤務し、収容所の囚人を用いて人体実験を繰り返し行った。実験の対象者やただちにガス室へ送るべき者を選別する際にはSSの制服と白手袋を着用し、クラシック音楽の指揮者さながらに作業にあたったと伝えられ、メンゲレの姿を見た人々からは恐れられた。人種淘汰、人種改良、アーリア化を唱えるナチス人種理論の信奉者であったが、その持論はまったく異なった独特の思想である。愛称のベッポ (Beppo) は、Josefのイタリア語読み「ジュゼッペ」 (Giuseppe) に由来する。戦後は南米で逃亡生活を送り、ブラジルで海水浴中に心臓発作を起こして死亡した。

『王様のためのホログラム』(A Hologram for the King)

2016年・アメリカ 監督/トム・ティクヴァ

出演/トム・ハンクス/アレクサンダー・ブラック/サリタ・チョウドリー/シセ・バベット・クヌッセン

デイヴ・エガーズの小説を『クラウド アトラス』のトム・ティクヴァ監督、トム・ハンクス主演で映画化。ティクヴァは原作本が発売されてわずか2日後にエガーズにコンタクトを取り、映画化を申し出たという。(Wikipediaより)

その割にはおもしろくない。活字と映像の違いなのか、監督の力不足なのか。同じことの繰り返しがうざい。不覚にも? また知らぬ間に眠りに落ちてしまった。この頃は眠気を感じないのに、突然寝ていて驚いている。寝覚めはいいが、起きた直後は体調不良になるのも辛い。

舞台はサウジアラビア、アメリカが他国を描く時に、どうも多少の蔑視があるように感じる。日本や日本人が出てくるときはよく分かる。こんな風に日本人は見られているのか、とがっかりすることが多い。もっとも、日本人ではなく中国人や韓国人を日本人に見立てていることも。日本人にだって見かけからは区別のつかない人種なら、致し方ないのかもしれない。

『ダーティ・グランパ』(Dirty Grandpa)

2016年・アメリカ 監督/ダン・メイザー

出演/ロバート・デ・ニーロ/ザック・エフロン/ゾーイ・ドゥイッチ/オーブリー・プラザ

いやぁ~、くそ汚い言葉のオンパレード。ネイティブのアメリカンは顔をしかめたり、大笑いするのだろう。字幕で読んでも、その原点のお笑いを感じられないのが辛い。永久に解決しないこの問題は、ネイティブ以外の人が抱えている。分からない方が良いかもしれないほどの酷いものに見えた。

ロバート・デ・ニーが祖父役を平気で出来る時代となった。死ぬまで役者は職業を続けられる。羨ましいが、役者をやれなくなった時のショックは凡人には及びもつかないことだろう。軍人と本物の戦争を経験しているこの祖父世代の人間は強烈だ。日本人の軍人は全員が敗戦を経験してしまっているので、アメリカの軍人上がりとはちょっと違うのかもしれない。

ここまで人生の一瞬でも謳歌出来たら最高だろうな、と思わせるシーンの連続。つまらない規則や規範を忖度して、なんの自由もない時間を過ごしてきた過去を振り返って、なんとつまらない人生だろうとつくづく思う。守るべきものは何なのか、そういう人間の人生を学んでもう一度人生を出発しよう。

『セル』(Cell)

2016年・アメリカ 監督/トッド・ウィリアムズ

出演/ジョン・キューザック/サミュエル・L・ジャクソン/イザベル・ファーマン

いやぁ~、おもしろくなかった。久しぶりに速回しをしなければいけないほどだった。原作はスティーヴン・キングで、脚本も担当しているというが、とても信じられないような出来の悪さだ。日本の幼稚なホラー映画の影響を受けたのではないかと思われるほどの酷さに驚きを感じる。スティーヴン・キングは、今まで映画界では絶大なる信用と信頼があったはずだ。

なんといってもゾンビが携帯電話を持っている人から増殖していくという、アメリカ人には小さな発想が考えられない。テレビの画面から怨霊が出てきたり、ビデオを見ていたらそうなったとか、よくもそんな稚拙な発想があるもんだ、と歯牙にもかけないのが普通の大人。オタク文化が世界を席巻してくると、それを馬鹿にしていた人種が小さくなっていなければならない。

見えないもの、見えないことを信じる心の存在は理解できるが、現実を見てみればすぐに吹っ切れる幻想だと分かるはずなのに。妄想ばかりを抱いて人生を生きていく人は結構多い。そうでもなければ、生きていかれないのかもしれないし、それが唯一の信じられることかもしれない。人生は奥が深い。

『サウスポー』(Southpaw)

2015年・アメリカ 監督/アントワーン・フークア

出演/ジェイク・ギレンホール/フォレスト・ウィテカー/ナオミ・ハリス/カーティス・“50セント”・ジャクソン

いやぁ~!おもしろかった。贅沢を言ってここのところをもう少し直してくれれば、なんていう見方はそれこそ不謹慎。ボクシング物はそれなりに見ていると思うが、ファイティング・シーンでは一番だろう。なんといっても、スポーツもので最悪なのはその主役となるべきスポーツ・シーンに素人臭がするとき。

アメリカの日常の中で親の育児義務を問う場面がよく出てくる。日本での親の法律的義務はあるようでない印象が深い。何度もチャンスを逃して子供が虐待死しているニュースが時々あるのは、法律の運用に不可があるということなのだろう。その点アメリカでは、強制的に保護施設に預けられるシーンをよく見る。どちらがどうのというより、子供を守るという視点がクローズアップされている法整備の基本がしっかりしているように感じる。

実話に基づく映画のような雰囲気だったが、どこにもそれらしき記載は見つからなかった。上映時間2時間3分と長編だ。1時間45分を超して行くと、やっぱり長いなぁ~と思えるのは習慣病みたいなものなのだろう。昔のテレビ放映は酷かったことを想い出す。2時間の映画放映時間枠だが、実際には1時間30分までのものでないと、無残にもブツブツとフィルムを切って放映していた時期があった。それでも映画の視聴率はキラー・コンテンツだったことがあったなんて、今の若者には信じられないことだろう。昭和の時代の遺物のひとつ。

『殺したい女』(Ruthless People)

1986年・アメリカ 監督/ジェリー・ザッカー/ジム・エイブラハムズ/デヴィッド・ザッカー

出演/ダニー・デヴィート/ベット・ミドラー/ジャッジ・ラインホルド/ヘレン・スレイター

ブラックコメディ映画だとジャンル分けしていた wikipedia だが、その wikipedia にはブラックコメディの説明はなかった。大辞林第三版の解説によるとブラックコメディとは「風刺や不気味さ、残酷さを含んだ喜劇」と定義されていた。ある個人のページには「映画の世界だから許せる!現実じゃ笑っちゃいられない!」映画がブラックコメディ映画だと書いてあって、なるほどと思わせる。

監督が3人もいて不思議な映画だ。なんとも言いようのないドタバタ劇は複数監督のせいかもしれない。ブラックコメディだなんてちゃんちゃらおかしくなる。何処がブラック? と、聞いているのは私だけではないだろう。日本流にいうドタバタ喜劇そのものの映画だ。

ダニー・デヴィートは、シュワちゃんと双子の兄弟になった『ツインズ』(Twins・1988年)の時が結構はまっていた。一人役者だと、どうしてもその風貌からくる演技がくどくなってしまう。日本でのくだらないお笑い芸人が、ひたすら笑わそうと喋ったり演じたりする姿がその代表的なもの。くどいとつまらない。さりげない中に笑いが詰まっていなければ。というのが自分のお笑いに対する偏見である。

『もういない』(Assassinee)

2012年・フランス 監督/ティエリ・ビニスティー

出演/パトリシア・カース/セルジュ・アザナヴィシウス/マリエ・ヴィンセント/Jean-Paul Comart

キャシーは朝からテキパキ準備を進めていました。 娘・エバが二十歳になるので、バースデーパーティーを計画していたのです。 そんな喜びの中、エバが残酷に殺されたという衝撃的な知らせが、キャシーの人生を狂わせます。(Amazonビデオより)

久しぶりのフランス語に懐かしい感じがした。ただひどく誤字だらけでアマゾンの品格すら問いたくなる思いだった。1作3万円くらいで発注しているのではなかろうか。それにしても酷い。チェック機能が全くない字幕スーパーなんだろう。「倒産と母さんが・・・」なんていう字幕、考えられます。勿論、父さんと母さん・・・が本当なのだが、ここまでノーチェックのものを流して「見放題」を謳うアマゾンの神経を疑う。

暗い映画だった。なかなか進展しないストーリーにもイライラする。死んでからでないと分からない「愛」や「絆」が描かれているが、人間の本性なのだろう。無い物ねだりが大好きな人間社会。隣の芝生は青くていいじゃないの、と思える人生の方が幸せなのになぁ~。

『ナイスガイズ!』(The Nice Guys)

2016年・アメリカ 監督/シェーン・ブラック

出演/ラッセル・クロウ/ライアン・ゴズリング/アンガーリー・ライス/キム・ベイシンガー

ラッセル・クロウが免許も持たない探偵役でコメディだなんて、考えたくもない配役。しかも、おもしろくない。アメリカ映画にはよく探偵さんが出てくるが、日本では探偵の広告張り紙しか見たことがない。一体、どんな人種が探偵を職業にしているのか、想像すらつかない。

まぁ~、しっちゃかめっちゃか、まったく支離滅裂な映画だ。製作費は結構かかっていそうだが、どう見ても元を取れるとは思えない。ハリウッドにある映画プロデューサーの邸宅でのパーティーシーンがあるが、おそらく関係者の本当のハリウッド邸宅での撮影だろうと想像がつく。

現役時代一度だけハリウッドのそれらしき映画人宅に行ったことがあったが、それはそれは大したものだった。そういえば、元チャップリン宅を購入した日本人がいたらしく、その知り合いを通して宿泊したこともあった。映画人ならではの特権に酔いしれていた罰が、今頃年老いた身にのしかかってくる。

『スターダスト』(Stardust)

2007年・イギリス/アメリカ 監督/マシュー・ヴォーン

出演/クレア・デインズ/チャーリー・コックス/シエナ・ミラー/ミシェル・ファイファー

ニール・ゲイマンのファンタジー小説(絵:チャールズ・ヴェス)であるという。ニール・ゲイマン(Neil Richard Gaiman, 1960年 - )は、イギリスのSF作家、ファンタジー作家並びに脚本家。現在のアメコミ界を代表する原作者のひとりで現在はアメリカ在住だという。作家としてのデビュー作は、バンド「デュラン・デュラン」の伝記であった。活字世界に疎い私には初耳ばかり。

ヴィクトリア朝時代のイギリス。ロンドンから馬車で一晩かかる距離にある村ウォール。村の東には村の名の由来になる高い壁がどこまでも続いており、その向こう側に入ることは普段禁じられている。そんなあたりが物語の中心。日本の民話、欧米のおとぎ話という感じだった。必ずと言っていいくらい魔女が登場するおとぎ話。宗教の違いは厳然としている。

おもしろいんだけれど、飽きるという雰囲気。やっぱり同じことの繰り返しになるし、魔女の力がどの程度なのか、都合が悪くなると魔力を発揮して狡いと思ってしまう。ミシェル・ファイファーが若さを取り入れるために奮闘する醜悪な老魔女を怪演している。ロバート・デ・ニーロも登場してくるが、もうアドリブ満載の振る舞いに見える。

『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(The Expendables 3)

2014年・アメリカ 監督/パトリック・ヒューズ

出演/シルヴェスター・スタローン/ジェイソン・ステイサム/アントニオ・バンデラス/ジェット・リー

 1作目を観ているが内容の記憶がない。いつものこと。2作目は観ていない。どうせ荒唐無稽な話なのだろうからと観始まったら、想像以上の荒唐無稽さだった。これなら暫くしてからまた観ようと思い立って、映画よりも気になる作業へと立ち向かってしまった。ので、続きは明日。

シルヴェスター・スタローンが大将では品のない映画と言われても仕方がない。アクション映画のどこに品を求めるのか、と問わないで欲しい。相当の製作費がかかっていることを想像させるに十分。ハリソン・フォードの顔のたるみが気になる。アーノルド・シュワルツェネッガーはいつも同じ雰囲気。メル・ギブソンはもう大役者気取り。ギャラだけでいくらになるのだろうか。まだ見ている途中。

今日は進展なし。今日で3日目。ようやく観終わった、4日目だ。何処のシーンを切り取ったって、バカバカと打ち合っている場面ばかりで、変わり映えのしない映画である。こういう映画を観て気分がスカッとなれる人が羨ましい。無い物ねだりの人間の心根は卑しい。満足という心を知らない人は不幸だし、満足しか感じない人はもっと不幸だ。所詮有限な人生の繰り返し、空から眺めている神様がいるとすれば、きっといつもほくそ笑んでいるに違いない。

『バベル』(Babel)

2006年・アメリカ 監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演/ブラッド・ピット/ケイト・ブランシェット/役所広司/菊地凛子

2006年カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、監督賞を受賞。菊地凛子が米映画批評会議賞新人女優賞を受賞。2006年10月にアメリカで、2007年4月末に日本で公開された。イニャリトゥ監督の過去の作品と同じく、時間軸が交差する作品である。モロッコ、アメリカのカリフォルニア、メキシコのティフアナ、そして日本の東京と、遠く離れた地域の人物たちのそれぞれのストーリーが、ある事件をきっかけに交差する。(Wikipediaより)

観ている、ことが分かったが、ついつい観てしまった。おもしろいというわけではないが、気になる映画だ。ブラピが出ていることも記憶になかった。嫌いな顔の日本人女優が出ているのが嫌だった。日本の女子高校生役で顔を見せている全員が韓国人に見えて不愉快だった。差別ではなく、私が嫌いなのだ。

2時間22分とやたらと長い。3か所の中に東京があるのは、監督のどういう意図なのだろうか。単なる製作費なのか、東京という都市が重要なのか、何も関係ないのか、わからなくてもいいのかもしれない。それにしても日常生活のレベルが違い過ぎて複雑になってくる。そういうところが意図するところかな?

『スピーシーズ 種の起源』(Species)

1995年・アメリカ 監督/ロジャー・ドナルドソン

出演/ベン・キングズレー/マイケル・マドセン/アルフレッド・モリーナ/フォレスト・ウィテカー

約20年前、人類は地球外生命体を求め宇宙に向けて信号を送った。そして20年後に未知の存在から思いがけない返信が届く。そこには無限エネルギー確保を可能にするメタン触媒の構造式と、人類のDNAと結合させることができる未知のDNA情報だった。生命誕生の鍵を解こうとする研究機関はそれを人間のDNAと結合させ、新たな生命体を誕生させようとする。誕生した新たな生命体は3週間で可愛らしい少女へ急成長し名を“シル”とした。しかしその驚異的な成長過程に恐れをなした研究員達は、彼女が成人になる前に毒殺しようと試みるが逃走、霊能力者のダン、ハーバードの人類学者アーデン、分子生物学者ローラ、殺し屋のプレスを招集し追跡する。(Wikipediaより)

あらためてあらすじを読んだが、三流映画の趣はこんなところからも感じられる。「エイリアン」のような傑作SF宇宙ものを知ってしまっている輩には、ちょっとしたことでは驚くことは出来ない。

火星に間違いなく水脈があった、という程度の宇宙開発では、地球圏外生物が攻めてきたら、人間なんてひとたまりもないだろう。生きているうちにそんなことが起こるなんて言うことは、絶対あり得ない。と、絶対を使っていいのか、想定外の災害が多発している現代にはふさわしくない言葉かもしれない。

『アノマリサ』(Anomalisa)

2015年・アメリカ 監督/デューク・ジョンソン/チャーリー・カウフマン

出演/デヴィッド・シューリス/ジェニファー・ジェイソン・リー/トム・ヌーナン

「ストップモーションアニメ」という言葉を初めて知った。これって3Dアニメーションっていうのかなぁ~、と思いながら観ていた。実際の人形を使って撮ったらしい。技術的には相当なものだが、観客がどう思うのかは別問題。技術で映画が語れるわけはなく、何と言っても映画はその物語性に一番の魅力があると思う、私は。

何枚のセル画を描いたとか、ここでこんな新しい技術が使われている、などとアニメ映画の宣伝をもっともらしくやっているのは滑稽に映って仕方がない。そんなテクニックは映画人や映画業界内で語られれば十分で、私が見たいのは映画なのだと、いつも声を大きくしていた。

この映画は、鬼才脚本家チャーリー・カウフマンが監督・脚本をてがけている。あの『マルコヴィッチの穴』で長編映画の脚本を書いた人物だと分かれば納得する人は映画通。奇想天外なストーリー展開で知られている。アニメとは言え、おちんちんをぶらぶらさせているシーンがある。日本の官憲は、アニメなら文句を言わないというのだろうか。もともとおちんちんのない男が異常で、付いているものをそのまま見せてどこが悪い、と私はいつも思っている。R15+指定。そういう言い方をすると極端な例を出して反論する人がいる。限度というものを考慮しないで議論する愚人は無視するしかない。新聞広告で女性の乳首を白塗りしないと広告が出せなかった。乳首がない方が異常なのに、一体なにを考えているんだ、と心の中で強く怒っていた現役宣伝マン時代。「アノマリサ」は日本語だった。たくさんの突っ込みどころがあるこの映画は、やっぱり鬼才にしか理解できないのではと、眠ってしまった自分を。

『捕われた女』(CAPTIVE)

2015年・アメリカ 監督/ジェリー・ジェームソン

出演/ケイト・マーラ/デヴィッド・オイェロウォ/ミミ・ロジャース/マイケル・ケネス・ウィリアムス

逃亡犯によって自宅で人質に取られたシングルマザーの奮闘を描く。実際に起こった事件を基に、逃亡犯によって人質に取られてしまったシングルマザーの奮闘を描くサスペンス・ドラマ。巧みな心理描写に圧倒されること間違いなしの1本。という解説がstarチャンネルに見つかったが、そんな簡単に言葉でいうほどのおもしろさはない。

実話に基づく物語の限界かもしれない。映画オリジナルで描けば、もっと丁々発止のやりあいがあるだろうに、結構迫力のない緊迫シーンが続いて、あくびが出てしまう。実際の緊迫シーンと映画の緊迫シーンとの違いを見せつけられるようだった。目の前であり得ないことが起こったら、「キャー!」という声が無言になってしまうことは、よく言われることだ。

人生も残り少なくなったが、腰を抜かすほどの出来事にはまだお目にかかっていない。他人から見れば青天の霹靂のようなことが私の身に降りかかって見えたかもしれないが、私にはそれも人生の一部のように見えて仕方がない。所詮は100年も生きられない個人の人生、何が起ころうと、何が降ってこようと、驚くほどのことはないのが人生だろう。

『高台家の人々』

2016年(平成28年)・日本 監督/土方政人

出演/綾瀬はるか/斎藤工/水原希子/間宮祥太朗/坂口健太郎/大野拓朗/夏帆/大地真央/市村正親

原作は森本梢子の漫画だった。『YOU』(集英社)にて、2012年12月号に序章掲載後、2013年3月号から2017年4月号まで連載された。単行本は全6巻。心が読めるテレパスという特殊能力を持った家族が「高台家」だった。そこからもうお笑いだが、SF好きの私には興味のあること。自分の周りにいる他人の心の中が見えてしまうということは、どういう問題があるのだろうか、と考えたこともないことをこの物語は映像化している。

漫画っぽく、なかなかあり得ないような設定を施している。日本映画のコメディーはおちゃらけ過ぎちゃって、観るに堪えられないものが多いが、この映画、物語はぎりぎりの一歩手前で踏ん張ってくれている。この頃は「忖度」という現象が社会問題となっている。結局は相手のことを慮って忖度しているのではなく、あくまでも自分のために考えていることだと、分かっていないのは当の本人だけなのだろう。

大地真央の高台家の母親役は品があってぴったんこ。さすが、という感じがしたのには驚いた。なかなかこういう役をやらせられる役者がいないことも事実。ただセリフ回しが上手いとか、顔が美しいとかの問題ではなく、身についた品性とかいうものは、教えられて出てくるものではない。

『チェンジング・レーン』(Changing Lanes)

2002年・アメリカ 監督/ロジャー・ミッシェル

出演/ベン・アフレック/サミュエル・L・ジャクソン/キム・スタウントン/トニ・コレット

新しい映画かと思って観始まったが、存外古い。2000年という節目の年を経過してから、それ以降の年は新しい感覚が抜けない。もう2018年だとは数字の上では理解しているが、まさかもう18年、この映画だって16年前の映画という感覚が鈍い。

アマゾンの誘い文句には高速道路で接触事故を起こした二人の・・・、てな感じで食指がまったく動かなかったが、話は意外と面白い方向に進んで行った。最後はアメリカ映画らしくハッピーエンディングとなってめでたし、めでたしということになるが、そのなり方がちょっと甘い。原作なのか、監督なのか、その原因は分からない。

この映画でも起こった「初動の誤り」は人間生活の原点だ。一つの間違いは3つの修正を要求される。ふたつまちがえば5つの修正が必要だ。どんどんボタンの掛け違えが進んで行けば、戻るには時間も労力も、不必要な周りも巻き込んでの大事件になってしまう。男と女の二人の関係ぐらいなら可愛いものだと思っていたが、いつの世にも夫婦間の殺人事件がニュースになっている。つい最近の夫婦間殺人事件では、夫の母親が息子の手助けをしたという驚きの事件だった。生きていればいろいろな事件にぶつかって、楽しさが増えて行く。

『琥珀』

2017年(平成29年)・日本 監督/雨宮望

出演/西田敏行/寺尾聰/鈴木京香/工藤阿須加/川島海荷

テレビ東京の『浅田次郎ドラマスペシャル』と銘打たれたテレビドラマだった。2017年9月15日に放映された。かなり渋い。

舞台化も出来そうな場所が特定されたドラマ。だが、決して悪くはない。演技の達者な芸人が3人揃って、ちょっとくさい感じがしないわけではないが、この映画を腐すほどの人間力がこちらにあるわけはない。

3人の会話を聞いていると、3人とも話しながら遠くを見つめているような気がしてならない。人生の終末に向けて何かを清算しなければならない人生を見る。そういう年齢になってしまった自分と重ね合わせることが出来るこの映画は、おもしろいとかおもしろくないとかを論じることを。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(Eye in the Sky)

2016年・イギリス 監督/ギャヴィン・フッド

出演/ヘレン・ミレン/アーロン・ポール/アラン・リックマン/バーカッド・アブディ

ドローンを使用した現代の戦争の実態を描いた軍事サスペンス映画。無人航空機(Unmanned aerial vehicle, UAV)は、人が搭乗しない(無人機である)航空機のこと。通称として、短くドローン(英: drone)と呼ばれることもある。もうひとつの武器は、上空2万2千フィートを飛んでいるMQ-9 リーパー偵察攻撃機だ。

戦地から遠く離れた会議室でドローンが映し出す映像を見ながら戦争に加担する人々の葛藤を描き、現代の戦争の闇を浮き彫りにした軍事サスペンス。邦題のサブタイトルは、なるほど現場ではない戦場をモニターの世界で指揮し、決断していく最新型戦場とでも言えるのだろう。

ナイロビ上空を飛ぶドローンを駆使してロンドンから英米合同軍事作戦を指揮しているが、アメリカの責任者とイギリスの軍人は手っ取り早く作戦を実行しようとしている。目の前の重要テロリスト二人をと今まさに自爆テロに出陣しようとしている現地人を目にして、標的近くにパン売りをしている少女の存在なんか気にもしていられないのが本音だった。そこは映画、少女一人の危険性が50%以下にならなければ作戦は実行できないとする反対勢力が、この戦争には横たわっていた。決断をすべき法務大臣や担当大臣、はたまた総理大臣の決断は実に曖昧でどうしようもない軍人には耐えがたき状況だった。

『僕のワンダフル・ライフ』(A Dog's Purpose)

2017年・アメリカ 監督/ラッセ・ハルストレム

出演/デニス・クエイド/ペギー・リプトン/K・J・アパ/ブリット・ロバートソン

犬の映画も歴史がある。日本ヘラルド映画の宣伝部は、主演の犬「ベンジー」をアメリカから招き寄せ記者会見を開いた。犬の記者会見なんて前代未聞、その当時だからこそのネタだったのかもしれない。「ベンジー2」の買い付け交渉にダラスに行くはずだったのに、急に中止になったことが残念で。と、いつも海外出張を遊んでいた現役時代が懐かしい。

この映画のエピソードがひとつ。2017年1月18日、アメリカ合衆国の芸能サイトTMZ(英語版)が、本作の撮影現場でドッグトレーナーらしき人物がジャーマン・シェパードを無理やりプールに飛び込ませようとする映像をリークした。これにより本作は多くの愛犬家や動物愛護団体からバッシングを受けることになり、同年1月21日に予定していたロサンゼルスでのプレミア上映を中止せざるをえなくなった。しかし、その後の第三者機関による調査の結果、「撮影現場の安全対策は十分に講じられていた」ことが発表された。また第三者機関は、リークされた動画が異なる時に撮影された2つのシーンを編集で繋げていることを示し、「誤解を招き、怒りを煽る目的で意図的に編集されたものである」という見解を示している。(Wikipediaより)

一匹の犬の「犬生」を描いているのではなかった。何匹かの犬が生まれ変わって、新しい犬生とパートナーとのおもしろい話が展開される。動物映画に外れはない。もしも動物映画でつまらない映画があったら、それは相当ひどい映画ということになる。犬の目線で、犬の言葉で進行していくこの映画も、それなり以上の安心感でいっぱいだった。

『バリー・シール/アメリカをはめた男』(American Made)

2017年・アメリカ 監督/ダグ・リーマン

出演/トム・クルーズ/ドーナル・グリーソン/サラ・ライト/ジェシー・プレモンス

ドラー・ベリマン・"バリー"・シール(Adler Berriman "Barry" Seal、1939年7月16日 - 1986年2月19日)という人物の実話もの。アメリカ映画の得意とする分野だ。ただ、実話に基づいている映画の限界のようなものがあって、映画的にもう少し逸脱したら、と願うことも多々ある。

1970年代後半、バリー・シールは大手航空会社TWAでパイロットとして働いていた。シールの若くして機長に昇進した腕前は一級品かつ裏で検査が緩い立場を利用して密輸に手を染めていた事で、CIAからも注目されるようになった。ある日、シールはCIAに極秘の偵察任務への参加を求められた。野心家でもあったシールは喜んでその依頼を引き受ける事にし、すぐにTWAを飛び出してCIAが用意したペーパーカンパニーの小さな航空会社に転職し、メキシコ湾を航空レーダーを避けるように凄腕を発揮した超低空飛行で通り抜けてアメリカと中米や近隣諸国を秘密裏に往復するスリリングな日々を始める。(Wikipediaより)

トム・クルーズがやるような役柄ではない感じだが、小型ジェット機などを操縦するのはお手の物だろうから、喜んでこの役を演じていたような雰囲気もする。金が余って隠す場所に困っていたなんて、嘘みたいな話だが、実話だという。何処で一転転落する人生が始まるのだろうか、というのが見所になっていた。結局は身内の馬鹿な義理の弟が発端になった。いつでも言っている、信用も信頼もおけない人間と付き合うことは致命傷になると。

『ぶるうかなりや』

2005年(平成17年)・日本 監督/鶴橋康夫

出演/柄本明/宮沢りえ/村上淳/渡辺えり子/井川遥/小島聖/森本レオ/左時枝/六平直政/風間杜夫

WOWOWのテレビ映画のようだったが、結構画面は劇場映画っぽかった。落語の掴みのような最初の話は、突然ちがう話へとストーリーが変化して行った。そういう意味ではおもしろい映画だった。日本映画に出演している役者の数が限られているように感じて仕方ない。

民間企業に勤める主人公が、退職金の何分の一にも達しない報酬で超重要な企業秘密を売ることがあるのだろうか、とそもそもの話にいちゃもんをつけたくなる。バレなければその程度のお金でも人生を賭けてもいいかもしれないが、そこまでやることはあり得ないだろう。

普通の会社でも、なんとか会社の金をくすねようとしている輩がいることを知ったことがあった。そこまでして金が欲しいのか、そんなことは当たり前と思っているのか、なんとも複雑な気持ちになった。そんな会社ばかりではないと信じているが、自分の人生ではとても考えられないこと。どんな貧乏をしたって、生きていく道はある。なければ死ねばいいだけのこと。そんな潔さが奇妙に脳裏にこびりついている。

『テレフォン』(Telefon)

1977年・アメリカ 監督/ドン・シーゲル

出演/チャールズ・ブロンソン/リー・レミック/ドナルド・プレザンス/タイン・デイリー

チャールズ・ブロンソンはまだ生きているのかなぁ、と思って調べてみたら、15年前に81歳で亡くなっていた。一世を風靡した俳優だった。特に日本では映画でもテレビ・コマーシャルでも群を抜いていた。同じように人気を博していたアラン・ドロンは現在82歳で元気なようだ。

映画は、冷戦時代の雪解けムードが漂ってきた時期ながら、ソ連のスパイがアメリカで起こす事件を、自国の秘密組織が沈静化しようとする、この時代ならではのストーリー。チャールズ・ブロンソンがソ連人を演じているのも珍しい。題名の「テレフォン」は秘密指令のコードネームとは、想像だにしない簡易さで驚くばかり。

案の定、アメリカで手引するソビエト人の女性は二重スパイだなんて、今じゃここまでの王道は撮り切れないだろう。単純明快なストーリーは、今風の映画に慣れてしまうと、ちょっと物足りなさを感じるくらい。人間に対する期待も同じようなもの。期待しなければ、裏切られることもないが、期待値が高いと、ちょっとしたことで失望してしまう。もともと期待しているのだから、ちょっとくらい結果が出なくてももっと温かい目で見てあげられればいいのじゃないのかな、と。

『昼顔』

2017年(平成29年)・日本 監督/西谷弘

出演/上戸彩/斎藤工/伊藤歩/平山浩行/黒沢あすか/萩原みのり

もともとは、『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』テレビドラマで、2014年7月17日から9月25日まで毎週木曜日22:00 - 22:54に、フジテレビ系の「木曜劇場」枠で放送された、全11話。ストーリーは、ドラマの結末から3年後が描かれているという。

録画の謳い文句にセンセーションを巻き起こしたと本気モードが見えたが、ありきたりの不倫劇のどこがセンセーショナルなのか、まったく伝わってこなかった。だいたいどろどろの不倫劇なのに、映画版でそれらしきシーンがないというのは興ざめとしか。言葉や心のうちだけで表現するのなら、テレビドラマで十分だろう。上戸彩が映画の大画面には向いていないということが分かった。かったるい物語が酷い。

昔の映画人にとって『昼顔』といえばきちんとした劇場用映画があったはずだと思って必死に探した。『昼顔』(Belle de Jour・フランス・1967年)。昼は娼婦、夜は貞淑な妻の顔を持つ若き人妻の二重生活をカトリーヌ・ドヌーブ主演で描き、1967年・第28回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品。内容を読んで観ているような気がするが、定かではない。いつものこと。

『マイ・ベスト・フレンド』(Miss You Already)

2015年・イギリス 監督/キャサリン・ハードウィック

出演/トニ・コレット/ドリュー・バリモア/ドミニク・クーパー/パディ・コンシダイン

原題にある「Miss You」という言葉、表現が好きだ。学生時代にはとても知らなかったこのフレーズが、今では一番感じるかもしれない。かといって、そのニュアンスや、どういう場合にどういう使い方をするのかを、きちんと知っている訳ではない。頻繁に喋られる映画のセリフのひとつだろう。臆面もなくこの邦題を付けた宣伝部の顔が見たい。

少女時代の出会いよりずっと、主人公二人は楽しさも悲しさもつねに分かち合う親友同士だった。一人は子供二人の幸せな家庭、一人はなかなか子供が出来ない家庭と対照的。一人の癌が発見されたところから、このストーリーは展開する。が、同じことの繰り返しで、堂々巡りになってしまった。確かに物語はがんの進行とともに前には進むが、残念ながら観客を惹きつけとくほどの切れはなかった。

ベスト・フレンドというタイトルを付けるだけのことはある。苦しい時ほど、ありきたりな慰めで人生を終わらせようなんて思わないのが親友たる所以。最後まで寄り添って生きていけることは羨ましい。誰にも看取られないで死んでいくだろう自分の境遇が、なんとも恨めしい。

『恋の復活術』(THE BOUNCE BACK)

2016年・アメリカ 監督/ユーセフ・デララ

出演/ナディーン・ヴェラスケス/シェマー・ムーア/カリ・ホーク/ビル・ベラミー

映画の題名になっている本を書いてアメリカ全土でキャンペーンを企画している。ベストスラーNo.1になるのが目標。そこに、偶然にセミナーに来ていた女性セラピストが、こんな本は詐欺師と変わらないといちゃもんを付け始める。そこからがこの映画のストーリー、思惑通りにこの二人はアメリカ各地の各テレビショーに招かれて、二人キャンペーンを始めることになってしまった。

イケメン作家と美人セラピスト、誰が見たってくっついてしまうと思われる状況がその通りになっていく。それでいいのだ。現実社会だってなかなかなさそうなストーリーが展開されて、観ている方は安心しきっている。そんな風に目の前の出来事も進んで行って欲しい。相手の思惑とか、気持ちを忖度しなければいけない現実は面倒くさい。

そういう点、アメリカ社会は余計なプロセスが少ない分分かりやすい。セックスなんてスポーツと同じではなかろうかと思えるくらい簡易な行為だ。それでいいのだ。と言いたいところだが、まだまだ日本社会ではそこまでのものにはなっていない。ピルを飲めば子供は出来ないから、セックスだって思いっきり出来るじゃん。という案配に見える。所詮男と女、いや今では男と男、女と女だって恋愛の対象になってしまってちょっと複雑かな。

『ヤング≒アダルト』(Young Adult)

2011年・アメリカ 監督/ジェイソン・ライトマン

出演/シャーリーズ・セロン/パットン・オズワルト/パトリック・ウィルソン

題名がイマイチ何なのか分からなかったが、この映画の主人公が執筆する小説のシリーズの名前らしい。若者の恋愛小説ジャンルのようだ。最後の1冊を編集者からせかされて、ミネソタの出身地に戻って、高校時代の顔見知りに妙な歓迎をされる下りが、この映画の命か。美人で高慢ちきだった主人公は、全国的にも名の知れた小説家になって里帰りした。そこには成長して正直になった元学友がたくさん住んでいたのだ。

昔の元カレとよりを戻そうと、生まれたばかりの赤子を抱える家庭を破壊しようとまで企む。見苦しいその振舞とセリフを聞いているだけで、体調の悪さが悪化してくる。映画と言えど、未練たらたらな人生を見るのは好まない。誰も相手しなくなった大人になって初めて人生の挫折を味わおうとしている。売れていたはずのシリーズ本も、地元の本屋では在庫整理が始まっているという体たらくだった。

人生の中で高校時代が最高だったイヤミな女の話だった。そんな女ってたくさんいそうな気がする。本人の前で嫌なことをバンバン喋っている主人公、孤独な誰も相手にしない人間になってしまったことを哀しむには遅過ぎた。子供のころ「大器晩成」という言葉を書かれたことがあって、そのころは全く意味が分からなかったが、未だもって大器晩成ではない自分の能力を憂いている。

『2010年』(2010: The Year We Make Contact)

1984年・アメリカ 監督/ピーター・ハイアムズ

出演/ロイ・シャイダー/ジョン・リスゴー/ヘレン・ミレン/ボブ・バラバン

1984年制作のアメリカ映画。スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』の続編にあたる。原作はアーサー・C・クラークの『2010年宇宙の旅』。1982年に原作者のクラークが前作『2001年宇宙の旅』の監督スタンリー・キューブリックに電話で「『2010年宇宙の旅』をあなたの仕事で映画化することを私は止めないし気にしない」と冗談めかして語った。その直後にMGMが『2010年』の映画化権を獲得したが、キューブリックはプロジェクトに関心を持たなかった。しかし、興味を示したピーター・ハイアムズはクラークとキューブリックの両方に連絡をとった。キューブリックはハイアムズに「恐れてはいけない。自分の映画を撮れ」と語った。1983年にハイアムズはクラークと連絡を取りながら脚本を完成させた。(Wikipediaより)

『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey)は、アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックのアイデアをまとめたストーリーに基いて製作された、SF映画およびSF小説である。映画版はキューブリックが監督・脚本を担当し、1968年4月6日にアメリカで公開された。正確というか明確に内容を把握しないで観ていると、何が何だか分からない焦燥にかられる。映画を観終わって、すぐにWikipediaで再勉強する羽目になった。それでもよく分からない。偉大な先駆者に導かれて凡人の生活も向上していくのだろう。

フロイド博士がアップルコンピュータのMacintosh、Apple IIcを浜辺で使用するシーンがあり、アップルコンピュータによる映画におけるプロダクト・プレースメント(商品を映画作品などに登場させることで商品を認知させ、商品ブランドを構築する広告手法)の初期の例とされる。ただしこの製品は映画と同じ1984年発売であり、進歩の早いコンピュータ製品で作中の年代まで実用的に使われている可能性があるかどうかは公開当時から疑問視された。前作では土星の輪を映像化出来ずディスカバリー号の目的地が土星から木星に変更になったものだったが、ボイジャー1号の探査によって存在が明らかになった木星の輪も、今回は映像化が実現された。ディスカバリー号が再登場するが、前作で撮影に使われたディスカバリー号の模型は設計図と共に失われていた。これは他の作品への転用を防ぐ目的でキューブリックが破棄させたといわれる。その為映像を基に新たにディスカバリー号が製作された。

『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(Scent of a Woman)

1992年・アメリカ 監督/マーティン・ブレスト

出演/アル・パチーノ/クリス・オドネル/ジェームズ・レブホーン/ガブリエル・アンウォー

見逃した映画の中で気になっていた映画だった。題名だけはしっかり覚えていたつもりだが、サブタイトルのような文字があるとは知らなかった。映画らしい映画が始まった、と思わせてくれる序盤のあたりがいいですね~。ストーリーも王道に徹していて気持ちいい。説得力のあるセリフが、またいい。

アル・パチーノの独り舞台、アカデミー主演男優賞を受賞した。人間は岐路に立った時にどうやって生きるべきかを教えてくれる、というような陳腐な言い方をしたくない。映画はいつだって、個人がどう感じるのかを強制するものではない。何が言いたいのだろう、と映画を観るのではなく、何かを感じることが重要なのだ。

何から何まで教えてもらわなければ、何も出来ないこの頃の人間には、ここまで懇切丁寧に指針を示してくれる映画はぴったんこかもしれない。日大のアメフト騒動の当事者たちは、間違いなくこの映画を観ていないだろう。もしかすると、正直者だった学生一人だけがこの映画を観ていたのかもしれない。何かを貫くという命題が見えていたのは、あの学生だけだったのだから。上映時間2時間37分。

『ドライブ・アングリー3D』(Drive Angry)

2011年・アメリカ 監督/パトリック・ルシエ

出演/ニコラス・ケイジ/アンバー・ハード/ウィリアム・フィクナー/ビリー・バーク

3Dでなければ映画じゃない、というような時期もあったようだが、この頃の映画はどうなっているのだろうか。この映画のように題名に「3D」が付いているのも、珍しいような気もするが。 ニコラス・ケイジ初の3D映画みたいな記述を見たが、そのおかげもあるのかもしれない。

ど頭からバイオレンス・アクションのオンパレードで、何が何だかちーっとも分からないで進行する。主人公は銃で撃たれても死なない。一瞬死んだようになるが、しばらくすると蘇ってしまう。ゾンビじゃあるまいしと思いながら眺めているしかない。地獄から「脱獄」してきたらしい。と分かるのはようやく最後の頃。悪魔に魂を売る、とかいう宗教的なことを言われても、実感がなくて困る。

何度も書いていることだが、アメリカ映画の骨格は「愛」。子供や家族への愛が主だが、それとは裏腹に離婚率の高さは別格だ。彼らにとってみればそれは別のことなんだよ、と言うに違いない。半端ない愛情を勝手に押し付けられても迷惑だろうけれど、愛情を注がない輩よりは、はるかにマシかもしれないな~。

『ジュリアス・シーザー』(Julius Caesar)

1953年・アメリカ 監督/ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ

出演/ルイス・カルハーン/マーロン・ブランド/ジェームズ・メイソン/ジョン・ギールグッド/デボラ・カー

クレジットに「ウィリアム・シェイクスピア」原作である旨の表示があった。確かにセリフはいちいち堅い。が、イチイチ心に響いてくる。すべてのセリフを書き写して残しておきたいと思えるほどの完成度に見えた。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の映画化作品だという。

紀元前44年のローマ。ジュリアス・シーザーは終身独裁官となり、市民の圧倒的支持を集めていたが、元老院で刺殺される。王にもならんとするシーザーの所業に元老院たちが危機感を抱いての所業になるが、盟友ブルータスは故人を憎しみ殺すのではなく、あくまでもローマのためだと正当性を訴え支持もされる。「ブルータス お前もか」というシーザーの最後の言葉が未だもって語り継がれていることに驚く。その一言をもってブルータスは悪の暗殺者だとずーっと思ってきた。が、映画では決してそうではなかった。ブルータスはあくまでも「高潔」の士だと誰からも好かれ讃えられていたのだ。

ほんの一言を切り取って発言者を責めたりする現在のマスゴミ(塵)の原点を見たような気がする。もちろん、そこに至る言葉の中にその一言以上の意味があることは充分知っているはず。それでも問題の一言を発する必要性が本当にあったのかを吟味することなく軽率に振る舞う政治屋や官僚屋たちの言動の方が問題に違いない。

『傷だらけの栄光』(Somebody Up There Likes Me)

1956年・アメリカ 監督/ロバート・ワイズ

出演/ポール・ニューマン/ピア・アンジェリ/エヴェレット・スローン/アイリーン・ヘッカート

この超有名な映画、観たことがないとは思えないが・・・。勿論リアルタイムで観ている訳もない。人口1万人の小さな田舎町にも映画館が2館あった。学校からの映画鑑賞日があって、学校側が決めた映画を観ていた。どんな映画だったのかを、これっぽっちも覚えていない。今どきは自分たちの好きな映画を観ることが出来るらしいが、先生や親が見てもらいたいという映画を我慢して観ることの方が、20年後には役に立つのにな~。

アメリカの元・ボクシング世界ミドル級チャンピオン、ロッキー・グラジアノの生涯を描いた作品。ロバート・ワイズ監督、当初主演はジェームズ・ディーンに決まっていたが、撮影前に交通事故で他界、代わってポール・ニューマンが務める事になった。また、スティーブ・マックイーンの映画デビュー作品でもある。こんな話も有名なのだろうが、聞いたことがあるようなないような。

最後のチャンピオンタイトル戦のボクシングは壮絶な打ち合いだった。この当時のボクシングは、ただ相手を打ちのめすことしか頭になかった。防御という概念が感じられない戦いだった。だからおもしろい。今現実にこんなボクシング戦があったら、それこそやんややんやの喝采で、超人気ボクサーの誕生になることだろう。少年の頃の悪ガキ仲間にスティーブ・マックイーンの顔が見えた。本当だったのだろうかと調べたら、Wikipediaにはクレジット無しで彼が出演していたとあった。おもしろい。ポール・ニューマンは彼より5歳上の31才、今のアイドルみたいに10代で芸能界デビューしてしまうほど、世の中は成熟していなかった。

『海よりもまだ深く』

2016年(平成28年)・日本 監督/是枝裕和

出演/阿部寛/真木よう子/小林聡美/リリー・フランキー/池松壮亮/吉澤太陽/橋爪功/樹木希林

今をときめく是枝裕和監督作品。原案も脚本も監督自身がやることが多いが、こういう映画を観るともう少し外部の声を大々的に入れた方がいいのではなかろうかと心配してしまう。一つの価値観に根を下ろした作品の方が好ましいに決まっているが、さほどおもしろくない作品になってしまえば、映画を製作する目的も薄れてしまう。

作家を称する主人公は、確かに小さな文学賞はとったがそれ以降15年は鳴かず飛ばず。ギャンブルに目がなく小説のリサーチと称して興信所の仕事をしているも、せこい脅しのようなことをしながら日銭を稼ぐ始末では、離婚を承知しなければいけない状況に陥ってしまっている。

何処にでもありそうなはなしを芸達者な役者が演じたって、ストーリーが大胆に変わるわけではない。本来そんな平坦なストーリーを映画的に見せる内容にするのが本筋だと思うのだが、この監督は違う手法で描いている。そういうやり方が当たる映画もあるだろうが、人並みの10倍以上の引き出しを持っていなければ、芸術、文化と呼べる偉業を達成し続けることは難しいであろう。

『22年目の告白 -私が殺人犯です-』

2017年(平成29年)・日本 監督/入江悠

出演/藤原竜也/伊藤英明/夏帆/野村周平/石橋杏奈/竜星涼/早乙女太一/平田満/岩城滉一/仲村トオル

犯罪の発生時から一定の期間が過ぎた場合に、犯人の刑事責任を問う事が出来なくなることを根拠にした犯罪物語。連続殺人犯ともう少しのところで捕りそこなった刑事、その妹と恋人、事件の中で死んでいった先輩刑事、このあたりの絡みで、ストーリーが展開される。

時効が成立した翌日に「私が犯人です」と名乗り出て記者会見をして刊行本の発行を発表する。テレビは生中継で大々的に、センセーショナル的に事件を扱っていく。思わぬ展開が後半に凝縮されているが、ちょっと陳腐な展開に映画らしさの原点が飛んでしまった。なにも早々に犯人を捕まえる必要はない。もっとじっくりと見せるところを描かなければ映画とは言えない。

2時間テレビの欠陥のような展開。急激に犯人の過去と動機があからさまになっても、とても映画としてついていくほどのおもしろさにはならない。落ち着くべきところはおちついてストーリーを語らなければならない。フラッシュうバックを遣って過去をむやみに再現する軽率さがテレビ映画の最大の欠点のひとつ。

『今度は愛妻家』

2010年(平成22年)・日本 監督/行定勲

出演/豊川悦司/薬師丸ひろ子/水川あさみ/濱田岳/石橋蓮司

中谷まゆみ作の日本の戯曲。2002年と2014年に板垣恭一演出で舞台化。2010年には行定勲監督で映画化された。まさしく思った通りの経歴だった。どう考えたって舞台劇、映画にする必要が何処にあるのだろうかといったあんばい。

登場人物が少ない。舞台が変わらない。セリフが多い。と、舞台劇には誰にでもわかる特徴がある。少しナルシズムに入り込んだ人にしか出来ない脚本のように見える。死んでしまった妻と会話をし続ける夫が悲しそうに見えれば成功だろう。死んでしまわなければ、その価値も分からない人間がほとんど。死なないのに分かっていても、気持ちが通じなければ同じことか。

どうして世間の夫婦は仲が悪いように表現されているのだろうか。ホントはそんなに仲が悪くないのに、一種のテレのように仲が良いなんてとても言えないのに違いない。せっかく好きになったのにそんなに簡単に嫌いになるのだろうか。自分の見る目の無さでそうなったのなら、相手を嫌いになることで相手のせいにするのではなく、自分の不始末を罵って諦めた方が賢明だろうと思うが。

『一応の推定』

2009年(平成21年)・日本 監督/堀川とんこう

出演/柄本明/平岡祐太/酒井美紀/美保純/ベンガル/鶴田忍/白川和子/上田耕一

原作は広川純(「一応の推定」文藝春秋刊)、第13回松本清張賞作品だという。一応の推定とは保険用語で、自殺の場合、保険金を支払わなくてもよいという免責事項のある保険商品を契約した場合、亡くなった状況が自殺と断定出来なくても、それに足る状況証拠が揃えば「一応自殺と推定される」として保険金は支払われないということだという。推定するには4つの証明が必要1.自殺の動機があったかどうか2.自殺の意思があったと判断できる事実の有無3.事故当時の精神状況4.死亡状況。そんなことが一番のストーリー。

「推定」という言葉でいえば「推定無罪」(Presumed Innocent・1990年)という映画の題名を思い出す。勿論、内容に関してこれっぽっちも覚えていないが、おもしろかったことは確か? 「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、近代法の基本原則だが、保険業界ではそれとは正反対のような意味合いで同じ言葉が遣われている。

この映画もWOWOWのテレビ映画。どうして劇場映画とテレビ映画とを気にするのかは、映画業界人だった経歴が大きく影響している。1200人も入る大きな映画館で観るスクリーンと最近だって平均40インチくらいだろうテレビ画面とでは、映像の描き方が違ってくる。将来4kや8kが当たり前となってしまったときには、美しい女優像は肌の綺麗な女性のことだと、言われるようになるかもしれない。

『ボクの妻と結婚してください。』

2016年(平成28年)・日本 監督/三宅喜重

出演/織田裕二/吉田羊/原田泰造/込江海翔/森カンナ/眞島秀和/大杉漣/高島礼子

この奇抜なタイトルの原作は樋口卓治の小説だという。活字世界に疎い自分にはどうにも眩しいタイトルに見える。おちゃらけたテレビ番組によく顔を出す役者?が映画に出てくるのを好まない。色のついている人間が別の色を演じようとしているように見えて仕方がないのだ。

あくまでも映画は非日常空間であるはずなのに。テレビドラマに入るコマーシャルの中に登場人物の主人公が出ている、といったことを平気でやってしまうテレビ局やスポンサー、そしてそれをこれまた平気で観ているだろう視聴者の存在が信じられない。ちょっと固いんじゃないの、とおもわれてもいい。嫌なことは嫌なのだ。柔らかいはずの私の頭には、結婚したばかりの役者がコマーシャルで別の人物と夫婦を演じていることすら許せない。

奇抜なタイトルはストーリーもなかなか面白かった。不覚にも感極まることはなかったが、日本映画らしく単なるコメディーではないよ、というアピールが堂に入っている。放映の最後の頃クライマックスシーンに、「東海テレビニュース速報 2018年FIFAワールドカップ 日本は2対1でコロンビアに勝利 東海テレビニュース/終」というテロップが音と共に流れた。なんという無粋なテレビ業界だろう。

『エブリシング』(Everything, Everything)

2017年・アメリカ 監督/ステラ・メギー

出演/アマンドラ・ステンバーグ/ニック・ロビンソン/アニカ・ノニ・ローズ

難しい病名で毎日を暮らさなければいけない主人公、自分の家に入ってこられるのは医者でもある母親、看護師とその娘だけだった。滅菌室を通らなければリビングにさえ入れない。本人は外を眺めるだけで一切の外出を赦されていない。もう18才になろうとしているのに。大きな窓から隣の家は見える。外の景色もみられる。でも直接話も出来ない生活。不治の病の悲劇なのかと思ったら、以外な展開のストーリーだった。

映画は残酷だ。この主人公が部屋に監禁されるように母親に可愛がられたのには決定的な訳があった。主人公には兄がいたが、父親と共に交通事故で死んでしまっていたのだ。母親の異常とも思える娘への愛が、形を変えて娘を拘束するという愚挙に出てしまったようだ。ネタバレになるが、この映画を観る人は少ないだろう。

子供への愛という言い方をよく聞く。3人子供がいれば、3人ともまったく違う性格をしているのがおもしろい。確かに親二人は同じはずなのだが、育て方を変えたつもりもない。もしかすると妻は意識的に変化を持たせていたのかもしれない、と今疑ってみたりもする。身体能力も頭脳も見事に違う。だから人間はおもしろいのだよ、と神から言われているような気がする。

『結婚詐欺師』

2007年(平成19年)・日本 監督/金子修介

出演/内村光良/加藤雅也/鶴田真由/星野真里/満島ひかり/鈴木蘭々/夏樹陽子/秋本奈緒美/東ちづる/遠藤憲一/笹野高史

WOWOWのテレビドラマだった。このベタな題名でどういう内容を描き出しているのかに興味があった。原作は、直木賞作家の乃南アサの小説だという。結婚をすることはまさしく偶然のたまもの、小学生の時に隣り合わせた異性にずーっとぞっこんだってあり得る。中学校、高校、大学、会社と知り合う機会はどんどん増えていく。ただ、あぁ、この人だなとお互いに思えるのは奇跡なのだろうな、きっと。

色事師の手練手管は凄い。おだててるだけではない、怒り、なだめ、すかして女の歓心を縦横無尽に受ける。金にはきれいだ、いらない、と言って突き放しながら、相手からの申し出を待っている。こんな男に掛かったら、どんな女だってイチコロだろう。男の嘘、というより人間の嘘を見抜けるほどの能力を持った人間にはなかなか出会えない。

第三者から見ればどう考えたって騙されている状況なのに、自分は決して騙されているとは思っていない。思いたくないのだろう。被害届が出されなければ警察もそれ以上は動けない。詐欺師本人が曰く、「彼女は仕合わせだったはずだよ」という言葉にこの結婚詐欺の本質が見える。

『チェスターフィールド』(cigarettes et las nylon)

2011年・アメリカ 監督/Fabrice Cazeneuve

出演/Yeelem Jappain, Nina Meurisse, Anna Mihalcea

1945年、戦線から戻って来たアメリカ兵士に、休息とレクリエーションを提供する「シガレット・キャンプ」がノルマンディーに設立された。 キャンプはアメリカ兵士と結婚したフランス人女性のための訓練所となり、彼女たちはアメリカ人になるための特訓を受ける。(AMAZONビデオ解説より)

久しぶりの洋画で字幕を読むのが大変。「チェスターフィールド」で検索するとソファの情報ばかり出てくる。地名にもフランスは出てこないが、アマゾンの解説にあるように第二次世界大戦の連合軍の反撃上陸拠点ノルマンディーの近くらしいと察するしかなかった。原題はいつも明記されていない。映画のタイトルを見直して、たぶんこれだろうというものを書いた。4日間のアメリカ人になるための訓練場にはタバコもナイロン・ストッキングも用意されていた、というところから来た題名なのだろう、と想像するるしかない。

アメリカに旅立つ直前で一人の女性がバスから降ろされた。夫が終戦2日前に戦死したという報告を受けた。ひとりだけフランスに残された彼女のもとには、アメリカに渡った訓練場でともに学んだ友達から毎日のように手紙が届いた。居てもたってもいられず、アメリカに渡った主人公の身に起こる事柄は想定外のことばかりだった。日本女性の多くもアメリカの兵隊さんと結婚してアメリカに渡って行った。人間模様の様々な色具合は、戦争という理不尽な出来事の中でも、あるいは人間らしく息ずいているようだ。

『チキンレース』

2013年(平成25年)・日本 監督/若松節朗

出演/寺尾聡/岡田将生/有村架純/鹿賀丈史/松坂桃李/松坂慶子

これまたWOWOWのドラマWとして放送されたテレビドラマ。もうテレビドラマだからだなんて目線を下に見るようなことは出来ない。テレビドラマ・シリーズといい、役者だって普通に映画とテレビ映画を区別していないようにも見える。極端に内容が落ちるわけでもなく、映像的にはこれから、4k、8kとどちらが本筋か分からない映像業界になっていくことは必至。

結構おもしろかった。なまじ中途半端な役者が賑わす日本の劇場映画より、はるかに質の高い作品に見える。45年間も寝たきりの老人、事故にあったのが19才の時だったから今や64才になってしまった。そんなことが現実にあるとは思えないところが、映画のいいところだろう。

女を賭けてチキンレースをした末路が寝たきり老人だが、相手の男はその女と結婚して45年間にもわたり病院の個室代を振り込んでいたという話だ。なかなかわかりやすく、余計なことに気を揉むこともない。ダメな男看護師と厳しい可愛い女性看護師も登場させて、映画をおもしろくしている。

『チチを撮りに』(Capturing Dad)

2013年(平成25年)・日本 監督/中野量太

出演/柳英里紗/松原菜野花/渡辺真起子/滝藤賢一/二階堂智/小林海人/今村有希

家族を題材とした自主短編映画を手がけてきた中野量太監督の劇場用長編映画デビュー作。当初は自主映画として公開・配給も未定のまま製作されたが、2012年、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2012で国際長編コンペティション部門にてSKIPシティアワードおよび日本人初の監督賞を受賞したことから「SKIPシティDシネマプロジェクト」第3弾作品として2013年の劇場公開が決定した。また、一般公開を前に第55回アジア太平洋映画祭で渡辺真起子が最優秀助演女優賞を受賞し、第63回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に正式招待された。日本公開後も第39回シアトル国際映画祭、第62回メルボルン国際映画祭、第7回グラナダ国際映画祭、第2回Peace & Love Film Festival、第30回エルサレム国際映画祭と多数の日本国外の映画祭に正式招待され、第3回サハリン国際映画祭ではコンペティション部門でグランプリを受賞した。イスラエル、台湾では劇場公開された。タイトルの「チチ」は父親だけでなく母性の意味が含まれている映画であることからカタカナ表記にした。(Wikipediaより)

母親は14年前に既にお別れを言っていた。女が出来て家を出て行った父親の顔を20才になる姉はかすかに覚えている。妹は父親の姿を意識できないでいる。末期がんで余命わずかだから見舞いに行ってきなさいと、母親に背中を押されて初めて父親に会いに向かった。父の住む家に到着する前に、父親が死んだという伝言が入った。見舞いは葬儀に変わってしまった。

なかなか面白い話だった。新しい家族になって、そのあとのファミリーとはどういうものになるのだろうか。我が家でも一人だけ再婚をした娘がいる。2人の子供を連れての再婚だが、まだまだ二人とも小学生。このあと新しい家族が増えたりしたら映画のような物語が出来るかもしれない。せっかくの1回だけの人生だもの、好きなように生きればいいさ。

『その時まで、サヨナラ』

2010年(平成22年)・日本 監督/初山恭洋

出演/北村一輝/栗山千明/清水美沙/大塚シノブ/若林豪/銀粉蝶/北見敏之/河相我聞/佐戸井けん太/寺田農

WOWOWのオリジナルドラマ製作プロジェクト・ドラマWの作品として製作され、2010年2月14日に放送されたものらしい。原作は、2008年4月30日に文芸社より刊行された山田悠介の小説。登場人物も少ないし、物語の起伏もないが、どことなく納得しながらの映画といった雰囲気だった。

人の心が入れ替わるといったテーマの映画はよくある。この映画はちょっと色付けがあって、そこが題名の由来にもなっている。現実にそんなことが目の前に起こることがあれば信じることもあるのだろうが、そんな簡単には奇跡は起こらない。他人が自分に入り込んできたら、大パニックになってしまうだろう。

期間限定で死んだ妻が他人の姿の心になって現れて、映画は穏やかに進行することとなった。こういう日本映画はいい。馬鹿なコメディ映画ばっかりの日本映画の中、劇場用映画として作っても公開すら出来ない運命に逢うのかもしれない。

『合葬』

2015年(平成27年)・日本 監督/小林達夫

出演/柳楽優弥/瀬戸康史/岡山天音/オダギリジョー/門脇麦

杉浦日向子の漫画を原作にしたものだった。幕末、将軍徳川慶喜の身辺警護と江戸の秩序守護を目的とした武士組織・彰義隊のやり場のない、行き場のない状況を描く物語だった。「明治」が公布されても、まだ侍姿の彰義隊は、どうやって自分たちの思いを遂げられるのかの方向すら見えていなかった。

突然今までの300年の徳川幕府は終わった。これからは明治という時代で、刀を捨てて髪をおろせ、と言われた庶民たちはいったいどういう気持ちになったのだろうか。この時代、夏になったらネクタイを外していいよ、と政府が号令を出してしたり顔している。そんな時代に育った青年たちに、自らの判断力はあるのだろうか。

激動の時代を生きた世代は強い。明治は大正よりはるかに堂々とした人たちが多かった。大正生まれの人だって青春時代から戦争にまみれて、逞しい人たちばかりだった気がする。それに引きかえどうだ、戦後生まれの世代なんて、せいぜい食料に少々の難があったくらいで、何もしないで好景気の中に生きてきただけのような。

『快盗ルビイ』

1988年(昭和53年)・日本 監督/和田誠

出演/小泉今日子/真田広之/水野久美/加藤和夫/伊佐山ひろ子/天本英世

原作はヘンリー・スレッサーの『快盗ルビイ・マーチンスン』。小泉今日子が可愛い。彼女の若い頃はガリガリの小さな女の子のイメージだった。声量もなくプロ歌手としてはアイドル歌手を脱しない存在に見えていて、さほど興味がなかった。嫌いではなかったが。

この映画の時は22才、ちょうど一番ふくよかな年齢の時期だったようだ。この映画の4年前、ヘラルドが配給した「生徒諸君」のキャンペーンで名古屋の劇場事務所の中で小さな机で一緒に弁当を食べたことを、ことあるごとに書いてきた。その時は18才だったんだなぁ~。彼女がそういう経験をしたことがあったなんて覚えているわけではないが、こちらさんは素人さんだから40年経っても覚えて懐かしんでいる。

この映画の題名はリアルタイムで記憶にある。イラストレーターの和田誠が映画監督をしたことも記憶にある。マッチングはしていない。小洒落た都会風が吹きまくる映画だった。時々、映画界ではないところから監督が登場するが、やはり特徴があり過ぎて、たかが映画・されど映画という雰囲気には撮れないことを感じている。大人の絵本のような映画だった。

『真夜中の五分前』(five minutes to tomorrow)

2014年(平成26年)・ 監督/行定勲

出演/三浦春馬/リウ・シーシー(二役)/チャン・シャオチュアン

原作は本多孝好の小説。三浦春馬が孤軍奮闘中国語で演技している。だいたいは分かるが中国語は完璧ではないという設定ながら、独り言の日本語だけでやってのけている姿に感動する。監督が日本人だということも、大きかったかもしれない。

相手は中国人の双子。どちらが姉で、どちらが妹なのか分からない。一人二役とは思えない映像が素晴らしい。今の技術はここまで来たのかと驚く。同時に二人を登場させることが、まったく不自然には見えなかった。どちらが姉か妹か分からないことが、映画の重要なポイントなので、技術の進歩は映画の内容も確かなものにしていると言えるだろう。

話は終始、姉と妹の話になってしまって、ちょっと飽きる。

『スコア』(The Score)

2011年・アメリカ 監督/フランク・オズ

出演/ロバート・デ・ニーロ/エドワード・ノートン/マーロン・ブランド/アンジェラ・バセット

スコアとは「泥棒」を意味する隠語であるという。たぶん観たことがある映画だと思うが、おもしろかったので、また観ることにした。舞台はカナダのモントリオール、地元で「仕事」をしないことにしている主人公、引退前の最後の仕事として自分の住む町での仕事となった。

緻密な仕事を心掛けてきた人生でも、映画で観る緻密さは生半可ではない。到底あり得ない用意周到な準備が出来るのも映画ならでは、かもしれない。それでも、実生活においても、何も準備しないで物事にあたる人間に出逢うと、いったいこの人は何なのだろう、と疑問しか起こらないことがある。

実際の仕事の中で、さらに、進行中に思いがけない判断を迫られることがある。その時が人間の真価を問われる時だ。普通に物事が進むときには女子供で十分、と今では差別用語だと責められる言葉を遣うのが日常だった。イマージェンシーの時に如何に臨機応変に対応できるかが人間力というやつだ。そんなことを考えながらサラリーマン生活を送っている人はどれだけいるのだろうか。

『体脂肪計タニタの社員食堂』

2013年(平成25年)・日本 監督/李闘士男

出演/優香/浜野謙太/宮崎吐夢/小林きな子/吉田羊/壇蜜/草刈正雄

レシピ本としては異例の売上累計485万部を突破し、社会現象となった『体脂肪計タニタの社員食堂~500kcalのまんぷく定食~』を映画化したものだというが、タニタの騒動?を遠くで聞いていた気がするが、そんな発端だと今知った。映画は完全にコメディーで、漫画原作の映画に見えた。

タニタは本社を撮影場所として提供し、映画の告知イベント等で協力していたというが、いい宣伝になったことだろう。映画がさらなる躍進を助長できるのは嬉しいことだ。当たり前のように体脂肪がどうのこうのと、何かにつけてデータが公表されるようになったのは、このベストセラー以降なのだろう。

世の中は何でも数値化することが好まれる。なんとなくとか、たぶんという言い方は今風ではなく、嘘でもいいから数字をバックボーンに他人を納得させようとしている。時にはその数字を偽って、誰にもわからないだろうと、他人をだますことをする輩もいることを忘れてはならない。それが、政治屋だったり、官僚だったりすると、もうどうしようもない脱力感を覚える。

『天国の本屋~恋火』

2004年(平成16年)・日本 監督/篠原哲雄

出演/竹内結子/玉山鉄二/香里奈/新井浩文/香川照之/原田芳雄

原作の『天国の本屋』(松久淳と田中渉の共著)は、かまくら春秋社から2000年に刊行されたものの売れ行きは芳しくなく、在庫品となっていたものを岩手県盛岡市の「さわや書店」店長が偶然読んで感動し、独自に宣伝して評判を広めたことによりロングセラーとなった変り種。これに『恋火』のストーリーを加え、篠原哲雄と狗飼恭子が共同で脚本を担当して映画化したロマンティック・ファンタジー映画。 後半の設定と新井浩文と原田芳雄のシーンの脚本を、原田芳雄が「気に入らねぇ、これだ」と自ら書かれた脚本を監督に渡して、それがそのまま通った。主演を務めた竹内結子は、一人二役に初挑戦。(Wikipediaより)

へぇそうだったんだ~! かまくら春秋社刊の月刊『かまくら春秋』という小冊子を毎月知人から頂戴して読んでいるのだが、こういう話があったことはこれっぽっちも知らなかっら。舞台は天国、SFチックなところは好きだ、地上での同時進行のような出来事も交えて、面白おかしく、ストーリーが展開して行く。

天国があったらおもしろいよな~、という希望的観測をもっているが、実際にあるわけもなく、物語の中での空想を楽しむほかない。故人の風や雰囲気を現世の中で感じることはあるのだろうか。そう思えば思える程度のことはあるだろうが、見えない何かが今生きている人に実際に影響があるほど、この世は神秘的ではないような気がする。

『南風』

2014年(平成26年)・日本/台湾 監督/萩生田宏治

出演/黒川芽以/テレサ・チー/コウ・ガ/郭智博/ザック・ヤン

日本人と台湾人の少女が自転車での旅を通して成長していく姿を描いた、日台合作のサイクリングロードムービー。台湾でもロケを敢行し、九フン、淡水、日月譚といった風光明媚な観光地が登場するほか、日本のサイクリングロードとして有名な広島県と愛媛県を結ぶ「しまなみ海道」も舞台となる。恋人にふられ、仕事では希望しない担当に異動になってしまった26歳のファッション誌編集者・風間藍子は、取材のため台北を訪れる。藍子は自転車を借りるために立ち寄った店で、16歳の少女トントンと出会い、モデルになることを夢見るトントンは、オーディション会場に行くため21歳と偽り、藍子のガイドとして自転車の旅に同行する。最初はなかなかかみ合わなかった2人だが、旅の途中で台湾人の青年ユウや日本人サイクリストのゴウとも出会い、旅を続けていくなかで心を通わせていく。「帰郷」「神童」「コドモのコドモ」など、繊細な人物描写で定評のある萩生田宏治監督が、6年ぶりに長編映画でメガホンをとった。(映画.comより)

台湾ロードムービーの趣向。一度行ったきりで、しかも雨にたたられた台湾だった記憶しかない。仕事と称して国際部長と一緒だったような気がする。自由だったよなぁ~。香港の美味しい食べ物に魅了されていた頃だったので、台湾の庶民食堂の味を評価できなかった。

故宮博物館の存在さえ思い出せずに訪れそこなった。残念だった。何故その存在を思い出せなかったか、今でも謎だ。何のために日本中を旅したり、海外旅行をしてきたのか、自分の根力の無さを嘆くしかない。

『ヘンゼル & グレーテル』(Hansel and Gretel: Witch Hunters)

2013年・アメリカ/ドイツ 監督/トミー・ウィルコラ

出演/ジェレミー・レナー/ジェマ・アータートン/ファムケ・ヤンセン/ピーター・ストーメア

日本の童話ばかりか世界の童話をほとんど読んでいない私にとって、この映画題名は一番食指の動かなかった映画だ。ところがどうだ、この映画には魔女がいっぱい出てきてSF映画ではないのかと見まごうばかりの状況になっていた。

魔女の姿がこれほどまでに明確に顔を現すのは珍しい、と思う。それほどこの手の映画を多く見ていないので、自信はないが、もっと神秘的に扱われるのが魔女のような気がする。魔女は超人間的らしいが、どうしたら倒れるのか一貫性がなく、観ている方が戸惑う。魔法もどこまでが限界なのかの境が見えない。

「魔女狩り」をする兄と妹という設定がおもしろい。童話とはまったく違うものなのだろう、きっと。当たるかどうかは分からないけれど、これだけのものが日本未公開だったとは驚いた。結果的にはアメリカ公開から半年後の2013年7月19日にブルーレイとDVDが発売されることになったらしい。

『K-9/友情に輝く星』(K-9)

1989年・アメリカ 監督/ロッド・ダニエル

出演/ジェームズ・ベルーシ/メル・ハリス/ケヴィン・タイ/エド・オニール

熱血漢の刑事と『名犬リンチンチン』や『名犬ラッシー』のような相棒犬との物語というかコメディですね。垂れ流し的鑑賞にも耐えうる利点がある。そんなことを言いながら、しばらく眠ってしまったのは御愛嬌と製作者に謝らなければならない。

犬を飼ったことがない。猫とはだいぶ長い間一緒だったが、高校を卒業してからは動物との生活は終わりになった。実家のすぐ前に住んでいた兄の家には犬も猫もそれなりにいたので、まったく犬猫と遊ばなかったわけではない。ただ、もう50年近く動物との生活をしていないことも確かだ。

不思議なもんだね。犬や猫は人間に飼われたり一緒に住むことがDNAとなっているから、こんなに簡単に現代ではペット状態にあるのだろう。ほかの動物だって、長い間にそうなる可能性はある。次回のペット候補はこの動物だ、と意識的に人間がペット化すれば4、5百年もすればどんな動物だってペットになるかもしれない。

『ハード・ラッシュ』(Contraband)

2012年・アメリカ/イギリス/フランス 監督/バルタザール・コルマウクル

出演/マーク・ウォールバーグ/ケイト・ベッキンセイル/ベン・フォスター/ジョヴァンニ・リビシ

ドジな奴のためにせっかくまっとうな人生を送ろうとしていた主人公が、また悪に手を染めなければいけなくなった。父親と共に裏社会では凄腕の運び屋だったが、その父親は現在牢屋の中。妻と二人の息子との仕合わせな日々が夢となってしまいそうになる。

アメリカ映画で語られる家族の愛は異常にも見える。毎日、毎時間のように「愛してるよ」と言わなければ、妻も子供も納得してくれない。妻の弟がドジな奴だったが、それでも家族は家族、そんな奴のために家族を犠牲にする方が愛を捨てているようにも見えるが。

普通の人間社会にだっているドジな奴。そのせいで周りの人がどれだけ迷惑を被っているのか本人だけが知らない。周りの人は、結局後始末をしなければ自分のところにも迷惑が戻ってくるから仕方がない。周りがなんとかしてくれたおかげで、なんとかなったのに、自分の手柄だと言い張る連中までいるのが実態。どこまで人間は自分勝手なのだろうか。身心脱落という言葉を先日学んだばかりだった。自我なんて捨ててしまわなければ。

『コンファメーション』(Confirmation)

2016年・アメリカ 監督/Rick Famuyiwa

出演/Kerry Washington/Wendell Pierce/Jennifer Hudson/Greg Kinnear/Jeffrey Wright

この映画を観る前に『愛のラスト・チャンス 』というイタリア映画らしい緩い映画を観たが、情報がアマゾン・ビデオサイトの極くわずかな項目しかなく、とりあえず観たという記録さえできない状況に陥った。アマゾン・ビデオサイトは、ちょっとひどい。外国映画にオリジナル題名が表記されていない。製作国もない。出演者は、主演:という表記とヨコ文字の名前が2、3人だけ。

クラレンス・トーマス(Clarence Thomas、1948年6月23日 - )は合衆国最高裁判所の陪席判事であり、1991年10月23日に就任した。最高裁判所でのトーマスは、アフリカ系の祖先を持つ判事としては2人目であり、保守的な判断傾向を持っている。1991年6月にサーグッド・マーシャル判事が退官を発表したことに伴い、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が後任として当時43歳のトーマスを同職に指名した。しかし、トーマスの指名に際して、トーマスの元部下で弁護士でもあったアニータ・ヒルという女性がトーマスからセクシャルハラスメントを受けたと訴え出た。その結果、この人事案の採決は歴史的な僅差で決まることになったが、最終的には1991年10月のアメリカ合衆国上院の本会議において52対48の採決で承認を受け、トーマスは宣誓を経て就任した。(Wikipediaより)

1991年当時のセクハラ告白は衝撃的だったようだ。黒人の女性が黒人の男性を告発している。アメリカ上院司法委員会の委員は全員白人の男性だ。セクハラ問題を人種問題に挿げ替えたりして、委員会の裏では丁々発止の取引や策略がうごめいていて、大変興味がある。この後からアメリカの議員に女性が明らかに増えていったらしい。26年後に「Me Too!」運動となって、再びセクハラ問題が白日のもとにさらされることになろうとは。

『ヴィンセントが教えてくれたこと』(St. Vincent)

2014年・アメリカ 監督/セオドア・メルフィ

出演/ビル・マーレイ/メリッサ・マッカーシー/ジェイデン・リーバハー/ナオミ・ワッツ

監督と脚本を担当したセオドア・メルフィは、本作が劇場公開映画のデビュー作。2014年のトロント国際映画祭で「最優秀ピープルズ・チョイス・アワード」の次点に選出された。メルフィによって2011年に書かれた脚本は、2011年における映画が未製作で出来がいい脚本のリストであるランクリン・レオナルドの「ブラック・リスト」に含まれていた。

ジャック・ニコルソンが本作に出演すると噂されていたが、2012年7月にビル・マーレイが契約を行った。2013年3月11日、メリッサ・マッカーシーが主演の女性役としてオファーされ、キャストに参加した。3月22日、クリス・オダウドが神父役でキャストに加わった。ナオミ・ワッツは4月22日にロシア人売春婦役でキャストに加えられた。7月19日、スコット・アドシットがマッカーシー演じるキャラクターの元夫役として参加した。オリヴァー役は約4回のオーディションを行った結果、オリヴァーと同様に母子家庭のジェイデン・リーベラーに決定した。ヴィンセント役のマーレイは猫アレルギーのため猫が苦手だったが、ヴィンセントの飼い猫フィリックス役に起用されたテディとジャガーの2匹はフケなどがなく清潔だったため撮影を乗り切り、マーレイは後に2匹を「プロの猫」と褒めている。登場人物はメルフィの家族が元となっており、ヴィンセントはメルフィの妻で本作にアナ役として参加しているキンバリー・クインのベトナム帰還兵だった亡き父がモデルで、妻は父の死の直前に再会して親友になったという。オリヴァーはメルフィの11歳の姪を元とし、メルフィの兄弟である姪の父親が死去した後メルフィが養子にとり、彼女はシャーマン・オークス・カトリックスクールに入学した。

主人公がが、エンドロールでウォークマンを聴きながら歌うボブ・ディランの「嵐からの隠れ場所(Shelter from the Storm)」、オリヴァーがオシンスキーに反撃するシーンで流れるグリーン・デイの「アイ・フォウト・ザ・ロウ」等多くの楽曲が使用されている。(以上すべてWikipediaより) 久しぶりに映画らしい映画を観たような気がしている。もう少し評価されてもいいような気もする。あるいは、こんな単純なストーリーでは高得点は獲れないよ、と映画専門評論家たちは言うのだろうか。

『手紙は憶えている』(Remember)

2015年・カナダ/ドイツ 監督/アトム・エゴヤン

出演/クリストファー・プラマー/ブルーノ・ガンツ/ユルゲン・プロホノフ/ハインツ・リーフェン

ストーリーを知らずに観るべき映画の1本だった。常にそういう状況で映画を観ている私にはぴったんこ。まさかと思える結末に拍手を送りたいくらいだった。ネタばれになってしまったら台無し、万が一にこの映画をこれから見ることがあるかもしれない人のために、これからは少しだけ。

第二次世界大戦が終わった時から多くのドイツ人がアメリカに移民している。その中にユダヤ人と偽った元ナチ党員、しかもユダヤ人を大量虐殺した捕虜収容所で働いていた者もいたという設定だ。たぶん本当にそういう輩もいたのだろう。ユダヤ人の姓名を奪って、成りすましてのうのうとアメリカ市民として、孫まで持つ家族をつくっていたらしい。

主人公はドイツ人。先日観た物忘れ病の人間ではなく、老人性痴ほう症だ。朝になれば自分が誰かも分からない。「君の妻は残念ながら先週亡くなった。」と始まる友達からの手紙を見て、ようやく自分の今の状況を認識する毎日だった。そんなことは起こり得る。起こっても本人がそれを認識できないことが悲劇であり、喜劇でもある。こんな風に拙い文章を書けることは、仕合わせ期間の絶頂にいるのかもしれない。

『オケ老人!』

2016年(平成28年)・日本 監督/細川徹

出演/杏/黒島結菜/坂口健太郎/笹野高史/左とん平/小松政夫/藤田弓子/石倉三郎

梅が岡高校に赴任してきた数学教師の小山千鶴は着任早々、地元の文化会館にアマチュアオーケストラのコンサートを聴きに行く。学生時代にオーケストラでバイオリンを弾いていた彼女は演奏に感銘を受け、入団を決意する。後日、千鶴が楽団の拠点に行ってみると、そこのメンバーは老人ばかりであった。実はこの町にはアマチュアオーケストラが2つ存在しており、彼女が聞いたコンサートはエリート集団の「梅が岡フィルハーモニー」のものだったのだが、誤って老人ばかりの素人オーケストラ「梅が岡交響楽団」の拠点に行ってしまったのだ。若者の入団を喜ぶ老人たちを前に、勘違いだと言い出せなくなった千鶴はそのまま楽団に入団することになり、ついにはなりゆきから、心臓の調子が良くない野々村に代わり、指揮者をつとめるハメになってしまう。(Wikipediaより)

もう映画を観なくても十分です。中学生が書いた本を映画化したような流れ。日本映画の70%はコメディ映画じゃないのと勘ぐっている。映画としては不十分だが、日本人の好きな「安定」「穏便」「静寂」などが鏤められている。アメリカ映画に必ずある「ユーモア」とは一線も二線も隔している。

音楽はいい。もしもピアノが弾けたなら、と歌の文句のような思いをしているのは私だけではないだろう。せめて2、3曲ピアノ独奏と弾き語りが出来れば、人生はもっと豊かになるような気がする。それじゃ、習えばいいじゃん、と思うのだが、どうにも難しい両手の動き、なんとか弾いているギターでもレベルアップしようか?!&%$#

『ブルースの女王』(BESSIE)

2015年・アメリカ 監督/ディー・リーズ

出演/クイーン・ラティファ/モニーク/マイケル・ケネス・ウィリアムス/トリー・キトルズ

実在したアメリカの黒人女性歌手ベッシー・スミス(Bessie Smith, 1894年4月15日 - 1937年9月26日)の物語。アーティストの成り上がりものを映画で観るのはおもしろい、はずだが、ちょっと期待外れ。テレビ映画ということもあるのだろうか。

このベッシー・スミスは、ブルースの女帝やブルースの皇后とまで呼ばれたらしい。建造物を揺るがすほどの圧倒的な声量と芳醇な情感を保つ歌唱力で聴衆を魅了し、偉大なブルース・シンガーとして現代でもその人気と名声は語り継がれているという。近代アメリカのポピュラー音楽史上、スミスの存在は後に活動する多くの歌手たちへジャンルを問わず幅広く巨大な影響を与えていた。スミスを尊敬したという歌手にビリー・ホリデイ、マヘリア・ジャクソン、ジャニス・ジョプリン、ノラ・ジョーンズ達が挙げられる。

確かに映画はそういう描き方をしているが、名声を得るまでのストーリーがめちゃめちゃおもしろいはずなのに、そこらあたりが上手く描かれていない。いつの間にか有名になっていて、いつの間にか世界恐慌期に入ってしまったりしていた。YouTubeには現役の時の歌声がたくさん上がっていて、なんと便利な世の中なのだろうと驚くばかりだ。

『ひるなかの流星』

2017年(平成29年)・日本 監督/新城毅彦

出演/永野芽郁/三浦翔平/白濱亜嵐/山本舞香/小野寺晃良/室井響/小山莉奈/大幡しえり/西田尚美/佐藤隆太

やまもり三香による日本の漫画作品。『マーガレット』(集英社)2011年12号から2014年23号まで連載された。単行本全13巻。主人公の与謝野すずめは、田舎でのんびりと暮らす高校1年生。しかし、両親が海外に転勤になったのを機に、東京に住むおじ・諭吉のもとにあずけられることとなった。上京初日に東京で迷子になり、熱を出して公園で倒れたが、偶然出会った獅子尾に助けられる。その獅子尾の第一印象は「あやしい人」であったが、転入先の学校で担任教師となり、何かと助けてもらったりと関わっていくうちに、獅子尾に惹かれるようになる。一方、転入してはじめて友達となった馬村にも、恋心を持たれるようになる。(Wikipediaより)

コイバナに終始していて、ちょっと意外だった。さすがに、こんな話だけでは映画として興味が持てない。もう少し人生に関係する出来事がなければ、おちゃらけた世間話で埋もれてしまいそうだ。こちらが若くても、ピンポイントの年齢でなければ、余計敬遠しそうな感じがする。

テレビ映画で十分過ぎる内容。出だしは面白そうだったので、少し残念。まぁ、本気になってこの手の映画を語れるほど実人生が既に終わってしまっている。もう一度、新しい自分の人生が始まることを願っている。

『われらが背きし者』(Our Kind of Traitor)

2016年・イギリス 監督/スザンナ・ホワイト

出演/ユアン・マクレガー/ステラン・スカルスガルド/ダミアン・ルイス/ナオミ・ハリス

モロッコでの休暇中、イギリス人の大学教授ペリーとその妻ゲイルは、偶然知り合ったロシア・マフィアのディマから、組織のマネーロンダリング(資金洗浄)の情報が入ったUSB をMI6(イギリス秘密情報部)に渡して欲しいと懇願される。突然の依頼に戸惑う二人だったが、ディマと家族の命が狙われていると知り、仕方なく引き受けることに。しかし、その日をきっかけに、二人は世界を股に掛けた危険な亡命劇に巻き込まれていく・・・。(AMAZONビデオ解説より)

この邦題はどういう意味なのだろうか? 正確には理解できないのが私の頭の中身らしい。イギリスMI:6ものなのに、進行するにつけイライラする。監督が下手なのか、もともと原作が詰まらないのか。ジョン・ル・カレ原作の同名スパイ小説の映画化だという。瞬間瞬間にはおもしろさを感じるが、何故か乗り切れない。ロシアン・マフィアの顔とMI:6の顔がイマイチそれらしくないことが問題だった。

権力のない諜報員と裏切りの約束をしても始まらない。どの世界でもそうだ。いかにも自分が実力があるようなことを言われても、本当のところは結果でしか証明できない。自分は何も出来ないくせに、他人が計画したことを認可するだけの能力しかない輩が偉そうにしていることもある。勘違い人生の典型だが、勘違いがなければ生きていけない人は多い。死んでも本当の自分の評価を知ることのない人がたくさんいる。それでいいのだ。

『時をかける少女』

2010年(平成22年)・日本 監督/谷口正晃

出演/仲里依紗/中尾明慶/安田成美/勝村政信/石丸幹二/青木崇高/石橋杏奈/千代將太/加藤康起/柄本時生

2006年にまだヘラルドの名称がかすかに残っていた角川ヘラルド映画はこの映画のアニメ版を配給したらしい。このアニメ版は、原作は同じ筒井康隆の小説『時をかける少女』であるが、原作の物語の映画化ではなく、原作の出来事から約20年後を舞台に次世代の登場人物が繰り広げる物語を描く続編であった。本映画は4度目の映画化だという。

原田知世初主演の『時をかける少女』は、1983年(昭和58年)大林宣彦監督の「尾道三部作」(『転校生』・『さびしんぼう』)の2作目として公開された。主演の原田知世は、第7回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、配收は28億円を記録し邦画では年間2位となったという。この原田知世版を観ている気になっていたが、ストーリーをまったく思い出さなかったので、観ていなかったかもしれない。もっとも、観ていたって3年もすればすっかり忘れるのはいつものことなので、観ていなかったかどうかは分からない。

SFストーリーにはとりあえず興味があり、ちょっと出来が良ければ飽きもせず観ることが出来るのは嬉しい。この映画の主演仲里依紗は、アニメ版の声の主演をしている。コケティッシュな風貌が楽しい雰囲気。この映画で共演をした中尾明慶と2013年に結婚している。そういう実生活があるという想定があるとは、二人にも想定外だったのだろうか、それとも。

『エンド・オブ・キングダム』(London Has Fallen)

2016年・アメリカ 監督/ババク・ナジャフィ

出演/ジェラルド・バトラー/アーロン・エッカート/モーガン・フリーマン/アロン・モニ・アブトゥブール

アメリカ合衆国は、世界各国でテロを扇動している武器商人のアミール・バルカウィに対するドローン攻撃を行った。2年後、ベンジャミン・アッシャー大統領のシークレットサービスであるマイク・バニングは、妻レアの出産を前に、危険な今の仕事を辞めようと考えていた。そのおり、イギリス首相のジェームズ・ウィルソンが急逝したとの一報が、ホワイトハウスに入る。大統領は他の主要国首脳も参列する葬儀に出席するため、アメリカ合衆国シークレットサービスのマイク・バニング、シークレットサービス長官のリン・ジェイコブズと共にロンドンへ渡る。厳重な警戒体勢が敷かれているロンドン。葬儀会場のセント・ポール大聖堂に向かっていたカナダ首相とその妻を乗せた車が、突如、爆発した。それと同時に、他の首脳たちも、警官や近衛に紛れていたバルカウィの手下らによって一斉に攻撃を受ける。一方で、バニングとジェイコブズは大統領を守って、セント・ポール大聖堂から車で逃走する。(Wikipediaより)

『エンド・オブ・ホワイトハウス』(Olympus Has Fallen・2013年)の続編だということなのだが、その作品を観たと思うが、あらすじを読んでも思い出せないでいる。この映画は主人公シークレットサービスの独り舞台というところだろうか。悪くはない。

9.11アメリカへのテロは現実だった。この映画ではロンドンの有名な建物がどんどん破壊されていく。警察官を装ったテロ集団が殺戮を繰り返す。日本のテロ対策を考えると、こんなことも簡単に出来そうな気がして心底怖くなる。2020年東京オリンピック、大丈夫かな~。

『皆殺しの流儀』(WE STILL KILL THE OLD WAY)

2014年・イギリス 監督/サシャ・ベネット

出演/イアン・オギルビー/アリソン・ドゥーディ/スティーヴン・バーコフ/ジェームズ・コスモ

どこかで観たような雰囲気の映画だが、この映画そのものは見事な5流映画でおもしろい。時間も短いし、余計などんでん返しもないことがいい。昔取った杵柄てな感じで、ロンドンの古い街で活躍していた往年の暴力団またはマフィアとでもいう輩が、歳をとった兄が最近のしてきた若造暴力グループに殺されたのをきっかけに、もう一度昔にかえって仕返しをする話。

人生のどんでん返しは、良い方向に行くのなら誰でも「喜んで!」と居酒屋の注文を聞く店員のような返事が出来るだろうが、想定外の方向へ行ってしまう結末には苦々しい顔しか出来ない。どうせ100年も生きているはずもないことを分かっているのに、目に前の損得に拘泥する人間がほとんどで、それはく普通のことに違いない。

なにしろ、人間は自分の人生を1度しか生きられない。そんなことは誰にも分る。分かっているはずなのに、自分の身の回りのことにしか目がいかないのはどういうことなのだろう。他人のことを考えている風を装っても、そんなことはすぐにバレる。他人の話に耳を貸すことさえ、上手く出来ないような人が多いのには、本当に驚くばかりだ。

『ファントム/開戦前夜』(Phantom)

2013年・アメリカ 監督/トッド・ロビンソン

出演/エド・ハリス/デイヴィッド・ドゥカヴニー/ウィリアム・フィクナー/ランス・ヘンリクセン

「キューバ危機では、米ソの核戦争は回避されたが、1968年5月ソ連の核搭載潜水艦が消えた時、世界は核戦争突入の危機に K・シーウェル 歴史家」 というテロップが映画の冒頭に流れる。そして、「ルイバチー原潜基地 ソビエト連邦」という光景と文字が現れる。その後に「史実に基づいた物語」と続くのだった。

東西冷戦下にあった1968年に、ソ連の潜水艦K-129が通常の作戦海域を大きく逸脱した末にハワイ近海で謎の沈没事故を起こした事件を題材にしている。映画の大半は潜水艦の中での出来事。艦長の威厳と実行力がよく分かる。こんな話が本当にあったということを知るのはいつだって後の祭りの時点だ。

映画のエンド・クレジットには以下のような文言が。「冷戦時にソ連の核搭載潜水艦が南太平洋で行方不明に。後に引き揚げられた時、艦の行動目的は米露の政府間で極秘にされた。ミサイルは不発のまま海底から米国が回収したとの話だ。」 そう、ソ連の開戦主義者らしきテロ集団が一時潜水艦を乗っ取り、ミサイルを発射してしまったのだ。恐ろしきかな事実。

『フライトSOS ロスト・イン・ザ・パシフィック』(蒸発太平洋 Lost in the Pacific)

2015年・中国 監督/ビンセント・チョウ

出演/ブランドン・ラウス/キティ・チャン/ラッセル・ウォン/バーニス・リウ

AMAZONサイトには、「・・・巨大な嵐に遭遇した機体は、まさに空中版タイタニック号!・・・」と、書かれていた。恐れ多いタイタニックを出してくるとは、笑止千万どころではない。映画を観るすべての人を愚弄している。なんともチンケで、5流作品の下を走る映画の存在を初めて知った。あまりの陳腐さにそのまま観続けていたが、この映画の存在そのものがコメディだ。

もしかすると、2歳児が生まれて初めて見る映画にはちょうど良いかもしれない。難しいことは分からないだろうから、猫のようなオオカミのような張りぼて集団が人間を襲うシーンは、もしかすると人生のトラウマになってしまうかも、と危惧することもあるが。

特撮やCGといった表現は当てはまらない。どれだけ少ない予算で映画を製作できるかのテスト・パターンのような風さえある。同じストーリーで、有名どころを5人くらい配役して、同じストーリーでリメイクしたら、結構見られる映画になったりすることもあり得る。そこが映画製作の妙といえるものだろう。

『ランスキー アメリカが最も恐れた男』(Lansky)

1999年・アメリカ 監督/ジョン・マクノートン

出演/リチャード・ドレイファス/エリック・ロバーツ/アンソニー・ラパリア/オクタビア・L・スペンサー

マイヤー・ランスキー(1902年7月4日 - 1983年1月15日)はユダヤ系ロシア人のギャング。邦題が大袈裟だが、大物マフィアにはぴったんこかもしれない。当時ロシア帝国領だったフロドナ(現在のベラルーシ、グロドノ)でポーランド系ユダヤ人の両親の間に生まれる。1911年、一家で渡米し、1928年9月に国籍を取得した。

職業は非合法だが、一種のアメリカン・ドリームを体現した人物になるだろう。1960年代、ギャンブル、ホテル・ゴルフコースへの投資などで3億ドルを儲けたと言われる。1960年代からFBIのターゲットとなっていたが、1970年に脱税容疑を受けてイスラエルに逃亡した。2年後、帰化申請が却下され、国外追放されると、アメリカ政府は訪問先の中南米諸国にランスキーを入国させないように圧力をかけた。アメリカに強制送還されたが保釈された。このあたりが描かれている。フラッシュバックが甚だしく、時代と、それでなくとも判別し難い外国人の顔が交叉して、いつもの分かりにくい映画の典型のようになって行った。

チンピラからのし上がる手段は単純だった。それは暴力。上の人を殺してのし上がるという、これしかないという方法がとられていた。それしかないよね。マフィアだから許される手段。平々凡々とした人がのし上がるためには、東大でも出て社会に出て行くのが手っ取り速いかもしれない。

『柘榴坂の仇討』

2014年(平成26年)・日本 監督/若松節朗

出演/中井貴一/阿部寛/広末涼子/高嶋政宏/吉田栄作/藤竜也/中村吉右衛門

楚々として美しい着物姿の女性がチャンバラ映画には必ず出てくる。ところがこの映画に出てくる広末涼子が美しくない。内から出てくる美がない。有名ではない女優らしき出演者がいつも美しく感じられていたので、今回は特別にこんな印象論を書いてしまった。

時は明治6年、明治になったからといってみんながすぐに侍姿を捨ててしまったわけではない、ということがようやく実感できた映像だった。歴史を学ぶだけでは時代が明確に変わっているが、実社会はカオスの時期が相当なんだったんだなーと思い浮かんできた。滑稽な光景が広がる明治初期をこの目で見てみたい衝動にかられた。

桜田門外の変で暗殺された大老・井伊直弼が実はいい人だったんだと映画は語っている。ちょうどNHKの大河ドラマ「西郷どん」ではこの井伊直弼が権力をかざして世の中を席捲している最中なので、この人の人物像がまったく正反対のように見えて、ちょっと頭の中が混乱している。いずれにせよ、大変革の時代を想像だに出来ない。それは敗戦を経験した自分の親世代の人たちにも同じように向けれれている。

『クーデター』(No Escape)

2015年・アメリカ 監督/ジョン・エリック・ドゥードル

出演/オーウェン・ウィルソン/レイク・ベル/スターリング・ジェリンズ/ピアース・ブロスナン

映画では舞台が東南アジアの某国ということになっているが、なんとか最後に川を下って脱出した国がベトナムだったので、想定としてはラオスかカンボジアということになりそうだ。このあたりの国と境界線がまったく覚えられず、今回も地図を検索して確かめてみた。記憶に残りそうではないが、覚えようとしていないので仕方がない。

その某国に赴任するために降り立ったアメリカ人家族が、クーデターに遭遇し外国人を狙った殺人襲撃にあう話だった。観始まってすぐに5流作品の匂いがプンプンしてきたが、映画はその雰囲気を携えながらどんどん進んで行った。アメリカから初めて東南アジアに仕事で赴任するなんて、いったいどういう気持ちなのだろうか。想像もつかない。日本人だって同じ東南アジアの国のくせに、日本だけ進化していると思ってしまっている節がある。

香港は何度も行って、その美味な食事に魅了されていた。マカオもついでに一度だけ行ったことがある。そのほかの東南アジアと言われる国には行ったことがないが、今でもあまり行ってみたいと思わない。アメリカよりもヨーロッパ、歴史のある場所に行くのが好きだ。

『フォレスト・ガンプ/一期一会』(Forrest Gump)

1994年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/トム・ハンクス/サリー・フィールド/ロビン・ライト/ゲイリー・シニーズ

テレビ放映にこの題名を見つけ、久しぶりに観てみたいなと強く思った。リアルタイムで観ている数少ない映画の1本。ガチャガチャと五月蠅くて忙しないこの頃の映画に、ちょっと苛立っている自分がいることは確かだ。24年前の映画、午後11半に観始まったが、一気に終わりまで観続けてしまった。おもしろい、というのはこういうことを言うのだ。

キャッチコピーは、劇中にセリフとしても登場する「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない(Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.)」。このセリフは、『アメリカ映画の名セリフベスト100』において第40位となっている。タイトルの「フォレスト・ガンプ」は主人公の名前。「フォレスト」はクー・クラックス・クランの結成者として知られるネイサン・ベッドフォード・フォレストからの由来で、「ガンプ」("gump") はアラバマ州の方言で、「うすのろ」「間抜け」「愚か者」を意味する。(Wikipediaより)

1996年、劇中に登場する「ババ・ガンプ・シュリンプ」をモチーフにしたシーフードレストラン「ババ・ガンプ・シュリンプ・カンパニー」が設立された。2012年現在アメリカを中心に世界で20店舗を展開。とWikipediaに書いてあったので調べてみたら、現在日本店舗3店を含め全世界に41店舗を展開しているという。機会があったら、是非行ってみたい。

『シャーロック・ホームズ』(Sherlock Holmes)

2009年・イギリス/アメリカ/オーストラリア 監督/ガイ・リッチー

出演/ロバート・ダウニー・Jr/ジュード・ロウ/レイチェル・マクアダムス/マーク・ストロング

一体何日観ているのだろうか。一向に観終わる気配がない。観始まって10分もしないうちに、なんかすぐに飽きが来てしまうので、とりあえず観るのをやめてしまうのだ。先日観たこのシリーズの2作目、『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(Sherlock Holmes: A Game of Shadows・2011年)が酷く面白くなかったのがトラウマになっている。

なんとか観終わったが、どうしておもしろくないのか分からない。最後の頃になってようやく謎解きが一気に語られて、それまでもやもやしていた気分がようやく晴れて、なるほど!これだったのか!と合点がいった。話の途中経過が独りよがりなのだ。映画の中の人たちはもくもくと、すいすいと演技をしているだけで、何の感情もないような風景が見えているだけのようになっているのが、一番つらい。

まぁ、私がおもしろくないと思った映画はだいたい評価が高い。この映画も同様だった、概ね高評価でアカデミー賞・作曲賞、美術賞にノミネートされるが受賞したのはそれぞれ『カールじいさんの空飛ぶ家』と『アバター』であった。という解説が的を射ている。評価は高かったが、賞までは行き着かなかった、ということに安堵した。

『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』(Big Game)

2014年・フィンランド/ドイツ/フランス 監督/ヤルマリ・ヘランダー

出演/サミュエル・L・ジャクソン/オンニ・トンミラ/フェリシティ・ハフマン/ヴィクター・ガーバー

アメリカ合衆国大統領を乗せたエアーフォースワンが、フィンランドのとある山岳地帯を飛行中ミサイル攻撃を受けて墜落してしまう。間一髪脱出ポッドで逃げ出した大統領は、偶然近くにいた少年と行動を共にすることになる。そんな流れだが、アメリカ映画なら複雑に絡み合った敵と味方、現在と過去をどんどん映像化して、何が何だか分からなくしてしまう映画になっていただろう。

そこはフィンランド、と言ったってフィンランドの何かを知るわけではないが、話が単純明快で分かりやすい。ここまで簡素化されたストーリには近頃めったにお目に掛かれない。北欧にも一度足を延ばしたかったな~。

税金は高いけれど、教育費や医療費を考えれば圧倒的に住みやすそうな北欧諸国。成熟していない日本のたどる道はどうなるのだろうか。10年後は見えたとしても100年後はまったく見えない。生活のどの方面が著しく変わるのかを見たい。そういつも願っているが、自覚のない私の未来の分身が、時空を超えてバーチャル風景を送ってくれないだろうか。馬ッ鹿みたい?!

『追憶の森』(The Sea of Trees)

2016年・アメリカ 監督/ガス・ヴァン・サント

出演/マシュー・マコノヒー/渡辺謙/ナオミ・ワッツ/ケイティ・アセルトン

主人公がgoogle検索で「a perfect place to die」と入力すると、一番上に表示されたのは「Aokigahara Forest - The Perfect Place to Die - Oddity Central」だった。日本人には有名な富士山の麓にある青木ヶ原樹海のことだった。有名だけれど、本気になって自殺しに行かなければ、青木ヶ原樹海がどれだけ危険なのかを知る由もない。

2015年カンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されたが、多くの観客からブーイングを浴びたらしい。何故ブーイング?なのかと調べてみたら、単純明快な理由だった。主人公は最愛の妻を亡くし、自殺しようとアメリカから富士山の青木ヶ原樹海にやってきた。そこで森を彷徨っている渡辺謙に出逢うのだが、この森の中の単調で退屈な二人芝居が原因だということが分かった。それは尤もな話だ。実際、観ていて詰まらないのが、この二人の青木ヶ原脱出行なのだ。何故主人公が自殺しにやってきたかをフラッシュバックするが、そちらの方がドラマらしくて、青木ヶ原のシーンになると暗く、闇の中に入ってしまうのだ。

全世界からこの樹海に死にに来る人たちがたくさんいるらしい。2013年には105遺体が発見され、首つり自殺と服毒自殺が大半だと統計を映し出している。どうせ死ぬのなら、美しい富士山の麓で天国に召されたいと思うのもありかなと思う。もともとキリスト教では許されない自殺行為だが、自分の人生ならそんなことを言っている暇はない。幸せなようで仕合わせでなかった主人公の夫婦関係、浮気が原因と言っているが、そんなことで破綻するような結婚生活なら、浮気がなかったとしても別の理由で別れてしまうに違いない、と私が断言する。

『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(Sherlock Holmes: A Game of Shadows)

2011年・イギリス/アメリカ 監督/ガイ・リッチー

出演/ロバート・ダウニー・Jr/ジュード・ロウ/ノオミ・ラパス/ジャレッド・ハリス

映画を観て書くこの欄の内容は、映画の中身を説明したり評論したりすることではない。そんなことはネット上に山のように折り重なっているので、そちらを見れば極めて適切な描写に出逢えることと思う。私の書くのは、当該映画を観て、そこから感じる自分の人生と重ね合わせた感慨である。情緒的な自分の人生訓であり、映画とは直接関係のないことも多く含まれる。と何度も書いておかねば。

それにしても途中で寝てしまうと、もういけません。あまりにも予定調和のようなストーリー展開で面白みがない。シャーロックホームズの本来持っているであろう推理能力に驚嘆するようなシーンに出くわさない。この前見たこの映画の前作もそんな感じだった。

ありきたりで、誰がやったって変わりのない所業には興味がない。誰がやっても同じはずなのに、酢飯ではない海鮮丼を平気でメニューにしている名古屋の食堂が不思議で堪らない。実績のないと思われる若造が、これ見よがしに講釈を垂れる言葉を聞いていると腹が立つ。自分の頭の悪さを本気で信じていない人間が多い。まさか、そこまで頭は悪くないよ、と思っているようだが、実は本人が考える以上の頭の悪さを他人が認知している。

『イントルーダー 怒りの翼』 (Flight of the Intruder)

1990年・アメリカ 監督/ジョン・ミリアス

出演/ダニー・グローヴァー/ウィレム・デフォー/ブラッド・ジョンソン/トム・サイズモア

ベトナム戦争中の1972年。ベトナムにあるトンキン湾で展開している空母インディペンデンスでは、艦上攻撃機イントルーダーことA-6がいつものようにベトナムへ飛び立っていた。A-6のパイロットだが和平協定を理由にハノイへ飛べず、何の変哲も無い場所での軍事行動で次々と戦友が亡くなることに辟易していたグラフトン大尉は、新しくインディペンデンスにやってきたコール少佐に現状を訴える。初めこそ時期尚早だと諭していたコールは、軍事作戦中に仲間の死を目の当たりにしたことからグラフトンに共鳴し、彼と共に独断でハノイへ出撃する。(Wikipediaより)

誰のために、何のために爆撃しているのかと疑問しかない主人公。爆撃目標は何もない森だったりすることが多いのに、一方では迎撃されて死亡する仲間がたくさんいる。圧倒的な軍事力が、地べたを這って戦うベトナムに敗れてしまった一端が、この映画でも見ることが出来る。

戦争を知らない世代の先頭を行っている我々世代だが、戦争の影響をかなり受けていたはずに違いない。みんな生まれてきているからの人生なのだろうけれど、生まれてこれなかった人間も相当数いたのだろうし、生まれてきても短い人生で終わってしまった同級生もかなりいたのではないのだろうかと。

『ザ・ウィザード・オブ ライズ』(The Wizard of Lies)

2017年・アメリカ 監督/バリー・レヴィンソン

出演/ロバート・デ・ニーロ/ミシェル・ファイファー/アレッサンドロ・ニヴォラ/ハンク・アザリア

2008年に米国中の投資者たちを揺るがせた悪徳資本家、バーニー・マードフ。史上最大級の巨額詐欺事件の犯人。自身が興した証券会社「バーナード・L・マドフ・インヴェストメント・セキュリティーズLLC」(バーナード・マドフ証券投資会社、Bernard L. Madoff Investment Securities, LLC)の会長兼CEOとして、30年にもわたって人々を騙し続けて巨大な金額の金融詐欺事件を引き起こした人物。すべての訴因で有罪を認め禁固150年の判決をうけた。現在、ノースカロライナ州の刑務所で服役中であるという。

マドフが自ら運営する投資ファンドについて、「(運用によって)10%を上回る高利回り」などと虚偽の内容をうたい、投資家たちから多額の資金を集めたという。また、マドフは集めた資金を金融市場などで運用することをせず、既存の顧客たちへ支払わなければならない配当に自転車操業的に回し、それによって巨額の損失を隠していた。古典的なしかも今の日本でも時々出現する詐欺事件だったようだ。規模が大き過ぎる、被害総額については見解が分かれているが、一説には500億ドル(約5兆円)だという。罪を問われたのはマドフ一人だが、妻や子供2人、その妻の人生をも狂わせてしまったプロセスがドキュメンタリーのように描かれている。胸が苦しい。

HBOフィルム(アメリカ合衆国のケーブルテレビ放送局HBO(Home Box Office))作品がアマゾンプライムの目玉のようになっている。今や劇場用映画ではなくテレビ映画がネット動画の主流になってしまったことを以前書いたことがある。役者だって劇場用映画と遜色のない人たちだ。ちょっと現役を引退したばかりの大物俳優たちも大挙してHBO作品に出演しているような匂いもある。こういう大きな事件を扱った映画には大物俳優が似合っている。映画ジャーナリスト成田陽子さんがSNSでミシェル・ファイファーにインタビューしているページが検索に引っかかった。

『殿、利息でござる!』

2016年(平成28年)・日本 監督/中村義洋

出演/阿部サダヲ/瑛太/妻夫木聡/竹内結子/羽生結弦/松田龍平/草笛光子/山崎努

今日は、2018年4月10日火曜日。この映画の存在をまったく知らなかった。連日の大谷翔平騒動の後遺症で眠気が優先されてしまった。まぁ見直すこともなく話が繋がっていたような気もする。落語を聞いているというより観ているような雰囲気、確か前にも似たような感覚があったことを思い出した。Wikipediaにおもしろい記述があったので以下はすべて引用となる。

原作は18世紀に仙台藩の吉岡宿で宿場町の窮状を救った町人達の記録『国恩記』(栄洲瑞芝著)を元にした歴史小説『穀田屋十三郎』(磯田道史著)である。映画『武士の家計簿』を見た宮城県大和町の元町議・吉田勝吉が、原作者・磯田道史に「この話を本に書いて広めて欲しい」と手紙で託したのをきっかけに「穀田屋十三郎」含めた『無私の日本人』を出版。2014年、東日本放送が開局40周年記念事業の一環で、映画製作を中村義洋に依頼。「無私の日本人」を読んだ京都の読者が東日本放送に勤務している娘に送り、感動した娘が同社勤務の同僚に薦め、同僚が元同僚に薦めた。その元同僚が中村義洋の妻で「無私の日本人」を中村に見せた。「無私の日本人」に感動した中村が東日本放送に映像化を掛け合うが、最初時代劇に難色を示す。映画化した決め手は、東日本放送社長が「無私の日本人」に感動して映像化を許可したことだった。磯田はこの流れを「感動のドミノ」と称した。

この作品は東日本大震災から5年目を意識した地方再生もテーマにしている。クランクインは2015年7月6日、宮城県と山形県を中心に8月末まで撮影された。伊達重村役を演じた、仙台出身のフィギュアスケート選手羽生結弦の特別出演は、中村が「役者陣を圧倒するのはもはや役者ではない」と言い出したのがきっかけ。羽生は故郷の仙台に実在した人物の感動秘話に出演を快諾。撮影当日まで羽生の特別出演は極秘扱い、リハーサルで現れた羽生の姿に役者陣は歓声をあげた。

『ワーテルロー』(Waterloo)

1970年・イタリア/ソ連 監督/セルゲーイ・ボンダルチューク

出演/ロッド・スタイガー/クリストファー・プラマー/ジャック・ホーキンス/オーソン・ウェルズ

大谷翔平騒動で朝早くから大リーグを見ていると、映画が二の次になっている。しかもこの映画は往年のイタリア・プロデューサーが作ったものなので、当時のつくりかたが踏襲されていて、今どきではちょっとかったるいストーリー展開に見える。戦争映画も時代により描き方が大きく違うことが分かる。

垂れ流し的に観ているが、なかなか終わりそうにない。ナポレオン・ボナパルトのかの有名なワーテルローの戦いに至る戦争映画である。ナポレオンがどのようにして皇帝にまで成り上がったのかを描いてくれればよかったのだが、昔の戦争・戦闘シーンに重きをおかれてもさほどの興味が湧いてこない。

日本なら戦国時代のおもしろさに匹敵するのだろうが、歴史を後の世界から見つめなおすことは、人間の歓びなのかもしれない。目の前のことには誰も打つ手が見つからないのが現実。一歩、いや半歩先に精神を集中させられれば、人の上に立つような解決策が見えてくるような気がする。でも誰もそんな人は登場しないところを見れば、おおむね人々は凡庸なるものなのだということも分かるような気がする。

『ミルドレッド・ピアース』(Mildred Pierce)

1945年・アメリカ 監督/マイケル・カーティス

出演/ジョーン・クロフォード/ジャック・カーソン/ザカリー・スコット/イヴ・アーデン/アン・ブライス

ミルドレッド・ピアースは主人公の名前、いきなり主人公の夫が拳銃で殺害されるシーンからこの映画は始まった。まだ戦争中なのにアメリカはこんな映画を作っている。日本では長らく劇場未公開であったが、『深夜の銃声・偽りの結婚』や『ミルドレッド・ピアース 深夜の銃声』といったタイトルでテレビ放映されたこともあるという。日本では2013年にDVDが発売になった。ジョーン・クロフォードの名前を知らなかったが、彼女はこの映画でアカデミー主演女優賞を受賞している。

この時代のアメリカでは離婚もそう多くはなかったような感じだった。他人に離婚を知られたくないというようなセリフが喋られる。また、離婚手続きにも時間がだいぶかかるようだった。今や離婚大国のアメリカ、社会の変化は100年というキリのいいスパンでも大きく変化することが分かる。

自分はお金持ちでも裕福な出でもない主人公、子供には何不自由なく物を与えてしまう。2人の娘のうちの小さな子供を亡くしてしまってからも、もともと贅沢に育ててきた長女の我儘ぶりが酷くなっていった。その代償のように自分の成功が何の意味も持たなくなるほどの人生の困難に出くわすことになる。物を与えるだけが仕合わせを呼ぶ行動ではないよ、と宗教的な教えをストーリーが語っているような。

『フューリー』(Fury)

2014年・アメリカ/イギリス 監督/デヴィッド・エアー

出演/ブラッド・ピット/シャイア・ラブーフ/ローガン・ラーマン/マイケル・ペーニャ/ジョン・バーンサル

1945年4月ドイツ戦線、誰もが戦争の終わることを予想し、想定していた時期だが、連合軍は最前線でドイツに優位だったわけではない。最後の抵抗を無鉄砲に仕掛けられ、ドン・「ウォーダディー」・コリアー軍曹が車長を務めるM4A3E8 シャーマン戦車「フューリー」号は孤軍奮闘壮絶な戦争をしている。

砲手、装填手、操縦手はいずれもつわものだ。副操縦手は戦闘で死亡し、補充として送り込まれてきたのは、戦車を見たことも入ったこともない新兵だった。映画らしくストーリーは進んでいくが、今までに見たことのないような実践戦争シーンだ。だから戦争はダメなんだ、なんていう言葉はまったく似合わない表現。狂気の沙汰の世界が繰り広げられる。人道だ慈悲だなんていう言葉はクソくらえ、殺るか殺られるかの世界だった。実話に基づいているという。

1945年4月30日にナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーは総統地下壕で自殺した。海軍総司令官カール・デーニッツ元帥が大統領に指名され、新たな政府を組織した。5月7日0時15分、ヨードルの連絡を受けたデーニッツはドイツ軍全軍の降伏を決意した。中央ヨーロッパ時間午前1時41分(英国夏時間午前2時41分)、無条件降伏文書に調印。無駄な戦いだったように見えるこの映画の戦闘、だがこのような無駄の積み重ねが終戦をもたらしたのだろう。

『ダーク・プレイス』(Dark Places)

2015年・イギリス/フランス/アメリカ 監督/ジル・パケ=ブランネール

出演/シャーリーズ・セロン/ニコラス・ホルト/クリスティーナ・ヘンドリックス/クロエ・グレース・モレッツ

フラッシュバックが頻繁に使われ、せっかく盛り上がった気持ちがそのたびに元に戻ってしまうことを繰り返していた。28年前主人公は8才、母親と妹二人が殺害されたカンサスシティー一家殺害事件の当事者だった。逮捕されたのはまだ高校生だった兄だった。裁判で有罪になり、兄はまだ刑務所暮らしという状況。真犯人がいるのではないかと、犯罪オタク族が主人公に問いかけたことから、事件が再び動くこととなった。

こんなトラウマを抱えて人生をおくる自信がない。「普通であること」を希望して過去の事件に向かう主人公の苛立ちが、手に取るように伝わってくる。気持ちのいい映画ではないが、人間の心のうちを凄くうまく表現している。原作があるようなので、その活字を読めばさらに一人一人の心が見えるような気もする。

何を好んで事件にぶつからなければいけないのか分からない。神の思し召しは、今のことではなく累々と受け継がれる血の証かもしれない。それは過去を見るだけではなく、これからの将来にもかかわる重大な遺産である。心して人生をおくらなければ、神の思し召しを素直に受けられないのだ。

『ナイトクローラー』(Nightcrawler)

2014年・アメリカ 監督/ダン・ギルロイ

出演/ジェイク・ジレンホール/レネ・ルッソ/リズ・アーメッド/ビル・パクストン

追っかけなんて生易しい世界ではなかった。事件が起こると、車につけて常時監視している警察無線受信機から情報が瞬時に入ってくる。いち早く駆け付けた先にはまだパトカーさえ到着していない。そんな生々しい現場をビデオカメラに収めてテレビ局に垂れ込む。というよりより高い値段を付けたテレビ局に売るのだ。

Wikipediaでは、事故、犯罪や火事をフリーランサーのジャーナリストとして撮影する社会病質者と断定しているのも驚く。まぁ、殺人があった現場でも警察に通報する前にビデオ撮影を優先してしまうのだから、そう決めつけられても文句は言えない。取材手法はどんどんエスカレートしていくのは明らか、個人住宅の盗聴シーンはなかったけれど、犯罪すれすれの行動がなければ他人を出し抜くことは出来ない。

おもしろかったのは、テレビ局にはそんな際どい映像を流すことの法的根拠を即断するスタッフがいたことだ。その判断に基づいて、オン・エアーすることを決断する番組プロデューサー、このあたりはテレビ局のダイナミックさだろう。日本のテレビ局ではとてもじゃないけど、そんな切羽詰まった状況は考えられない。何事にも無難に収めることしか頭にない日本のテレビ局、明らかに犯罪を犯している映像の犯人の顔にモザイクをかけることは、どこにプライバシーの侵害があるのか素人には理解できない。

『隣人は静かに笑う』(Arlington Road)

1999年・アメリカ 監督/マーク・ペリントン

出演/ジェフ・ブリッジス/ティム・ロビンス/ジョーン・キューザック/ホープ・デイヴィス

大学でテロリズムの歴史を教えているマイケルは、ある日、路上で大ケガを負ったブレディという少年を助ける。ブレディは隣に越してきた設計技師を名乗るオリヴァーと妻のシェリルのラング家の息子だった。これが縁で、ファラデイ家とラング家の交流が始まる。マイケルの息子グラントはブレディと親友になり、さらにマイケルの恋人である大学院生ブルックも交え、交流は深まっていく。だがやがて、マイケルはオリヴァーが何か隠し事をしていると疑うようになる。彼の過去を調べたマイケルは、オリヴァーの恐るべき素性を知る。(Wikipediaより)

中途半端なおもしろさだな~、と思って調べていたら、なんとヘラルド配給作品だった。なかなか本物のおもしろい映画を買えないのは私が辞めてからでも変わりがないようだ。昔はお金で作品を買うよりも、その前に人間関係で映画を購入できる環境を構築する方が難しかった。さらにその前には、アメリカン・メジャー作品を日本の独立会社が手に入れることすらシステムとして登場していなかった。

だから、ヨーロッパ映画が独立会社の主流作品になっていた。フランス映画、イタリア映画はヘラルドや東和の買う映画のほとんどだった、時代が変わり始め、生活様式もアメリカ化された日本では、イタリアやフランスのかったるい生活を映す映画が流行らなくなって行った。なんでもアメリカ物が持て囃され、マクドナルドで昼食を済まそうとする人たちが現れて、日本の食生活も大きく変わっていったのだ。

『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(The Mummy)

2017年・アメリカ 監督/アレックス・カーツマン

出演/トム・クルーズ/アナベル・ウォーリス/ソフィア・ブテラ/ジェイク・ジョンソン

この映画は1932年に公開された映画『ミイラ再生』をリブートした作品であり、ダーク・ユニバースの第1作目となる作品でもあるらしい。ダーク・ユニバースって? 2014年7月、ユニバーサルは過去に製作したホラー映画をリブートしたフランチャイズ作品を制作することを発表し、シリーズ第1作としてこの映画を発表したということだ。

トム・クルーズは稼ぎまくっている。この映画の後にも既に3本が完成している。「インディジョーンズ」のような色調が全体を覆う。古代エジプトのアマネット王女は生きミイラ化されていたが、現代のロンドンに蘇る。奇想天外なSFアドベンチャーとでもいうのだろうか。子供だまし嫌いな私には、ちょっと追いていけない展開になっていった。

漫画チックなストーリーとアクションは現代映画の潮流。うまくはまればやんややんやの喝さいを受けるが、どこかでボタンの掛け違いが見つかると、そっぽを向かれる。際どい勝負は映画興行の宿命だ。中途半端でしかもおもしろくない日本映画の現状は悲惨だ。本数だけ多く製作されているのすら不思議だ。

『だれかの木琴』

2016年(平成28年)・日本 監督/東陽一

出演/常盤貴子/池松壮亮/佐津川愛美/勝村政信/木村美言/小市慢太郎

「きごと」ってなんのこと? 何? きごとって・・・? 漢字をそのまま検索窓に入れてボタンを押したら、写真ともっきんという文字が見えて ハッ!となった。そうか! なんで「もっきん」と読めなかったのだろう、とそのことが気になって仕方がなかった。これも認知症の一種なのかもしれない。認知症の始まりはもう自覚しているので、一歩進んだ症状なのかもしれないな~。

映画化されるきっかけは、監督・東陽一が本屋でいろいろな小説の題名を眺めていたとき、この本だけは題名を見ても内容がわからなかったと購入し読んでみたところ、様々な解釈が持てる余白のある内容に惹かれ、映画化が実現したのだという。普通の主婦がストーカーのような振る舞いをして、家庭を壊していく姿が上手く描かれている。

ストーカーまがいになってしまった主婦の行動が良く理解できた。何事にも一途に向き合っていると、相手には何でもないことがこちらにとっては是非とも反応しなければいけないことだと、このギャップが思わぬ誤解を生むことになるのだろう。気になって仕方がない、そのことを行動に起こしてしまうと、それはストーカーだよ! ということになるのかもしれない。ただ気になるから、何かをしてしまうだけなのに。こういう心のうちを描写できる作家が凄いと思った。原作者は井上荒野。

『カイト KITE』(Kite)

2014年・アメリカ 監督/ラルフ・ジマン

出演/インディア・アイズリー/サミュエル・L・ジャクソン/カラン・マッコーリフ/カール・ボークス

今日は2018年(平成30年)3月30日金曜日。よもや大谷翔平のメジャーリーグ・デビューを見られるとは想定していなかった。朝5時台でも、ちょっと昔なら起きだしてリアルタイムで見ることを由としていた。だがもういけません、そんな元気があるわけではないので、しっかり録画を忘れずにセットした。目が覚めたらその時間によってすぐに見るかどうかを考えればいいかな~、と。

7時過ぎに目覚めて、そのことを覚えていたので、ほかのメディアにはまず触れないように注意しながら録画を見始まった。結果は、まぁ~こんなものでいいんじゃないの。第一打席にいきなりヒットを打って、そのあとは凡打。これくらいのデビュー戦は理想的かもしれない。オープン戦の結果があまりにも良くなかったので、この1戦で目立ち過ぎるのもあとあと苦労すること必至だから。

ということがあって、この映画を観るころには疲れが出ていたのだろう。見事に長時間の眠りに陥って、観てない時間の方が長かったに違いない。日本のアニメが原作だみたいなことが書いてあったが、そんなことにはまったく興味がない。なにが原作だろうが、誰が監督だろうが、役者は誰だろうが関係ない。映画はおもしろければいいのだ。この映画がおもしろくないのは、すぐに分かってしまったが。

『バラバ』(Barabbas)

1961年・イタリア 監督/リチャード・フライシャー

出演/アンソニー・クイン/シルヴァーナ・マンガーノ/アーサー・ケネディ/ジャック・パランス

原作は小説だが、バラバという主人公人物は新約聖書の福音書に登場するユダヤ人の囚人。イエスの代わりに恩赦を受け、釈放された。マルコによる福音書によれば、過越し祭のたびの慣例となっていた罪人の恩赦にあたって、総督ピラトはイエスの放免を期して、バラバかイエスかの選択を民衆に迫った。しかし祭司長たちにそそのかされた群集はバラバの赦免とイエスの処刑を要求。ピラトは不本意ながらこれに従ったため、バラバは釈放された。

バラバは、イエス・キリストが磔刑にされるところを見ている。その後バラバはシチリアの硫黄鉱で強制労働させられたり、剣闘士養成所からグラディエーターになったりしながら何とか生き延びるのであるが、まだ異教として迫害を受けていたキリスト教が心の中から離れなくなってきたのだった。

キリスト教が生まれる周りの風景を見ているような気持になってきた。新興宗教はすべて邪教だ。せめて100年、200年、400年続けば一つの宗教として認識されるだろう。キリスト教が入ってきていながらメジャーにならない日本の国の宗教観が分からない。自分自身がそうなので、いったいどういう人生観なのだろうと訝るしかない。

『四月は君の嘘』

2016年(平成28年)・日本 監督/新城毅彦

出演/広瀬すず/山﨑賢人/石井杏奈/中川大志/甲本雅裕/本田博太郎/板谷由夏/檀れい

マンガが原作なのだろうなぁと思いながら観ていた。まったくその通りだったが、結構面白く観た。バイオリンを弾く主人公の女子高校生と、ピアノを弾く男子高校生、嘘っぽく見えてしまうパフォーマンスがそんなに違和感なく見えていたのがいいのかもしれない。

「定番」の不治の病の悲恋ものになってしまうが、それまでの展開はやけに明るく、結構スカッとするストーリーで気に入った。ピアノが弾けたらいいな~、と今でも思い続けている。あの時代の田舎町では男の子がピアノをやっているなんていう子供はいたのだろうか。考えもしなかったが、ひとりや二人いたかもしれない。

ピアノが弾きたい。弾けるようになりたい。ギターをボロン、ボロンと鳴らして演歌を歌っているだけでは満足がいかない。すごい欲求がある。来世の私は、きっと音楽の才能溢れた人間になっていることだろう。と、願わずにはいられない。

『桜並木の満開の下に』

2012年(平成24年)・日本 監督/舩橋淳

出演/臼田あさ美/三浦貴大/高橋洋/松本まりか/三浦力/小澤雄志/林田麻里/石垣光代/柳憂怜/諏訪太朗

東日本大震災の爪痕が残る茨城県日立市で、夫の研次(高橋洋)と暮らす栞は、製鉄工場に勤めている。ある日、工場で事故が起こり、研次が命を落とす。事故の原因となった同僚の工(たくみ)は、栞に謝罪しようとする。栞は頑なに工を拒絶するが、やがて工と恋に落ちる。(Wikipediaより)

こんな解説を読んでしまっていたら、まったく観る気にはなれなかったろう。久しぶりに日本映画の暗さを観た。しかも話が進まない。こういう映画もあることは承知しているが、それにしても遅い。本作に5つ星満点の3.5点をつけた『The Japan Times』のマーク・シリングは「成瀬巳喜男監督『乱れ雲』を想起させる」と指摘した、という記事もあった。

最後まで観続けられれば、悪くないという感想も出るだろう。製作にオフィス北野の名前が入っていて、ちょっと興味をそそられる。こういう映画を映画館でヒットさせるのは至難の業。今や風前の灯火となってしまったらしい「ミニ・シアター」系映画としてはぴったんこだ。暗いけれど、後味は悪くない。まっすぐな男と一線を越えない女がいい。

『エージェント・マロリー』(Haywire)

2012年・アメリカ 監督/スティーブン・ソダーバーグ

出演/ジーナ・カラーノ/ユアン・マクレガー/ビル・パクストン/チャニング・テイタム

原題の「Haywire」の意味は、「干し草を束ねる針金」から俗語で「混乱」だという。なるほどそれで分かった、映画はスタートから人間関係がまったく理解できずにアクションや殺人が横行していたのだ。観客が混乱することを想定した題名だったのか、それとも、登場人物間の関係が混乱しているということなのか。まぁ、どちらにせよ映画の後半まで訳が分からず見る羽目になる。

この映画の監督スティーブン・ソダーバーグは、1989年、初めての長編映画『セックスと嘘とビデオテープ』でサンダンス映画祭観客賞を獲得した。当時ちょうどこの映画祭に行っていたヘラルドの若社長が、この映画を買ってきて、日本ヘラルド映画配給作品になった。そんなことを知っているのはヘラルド社員だけ。

あまり美しくない主人公の女性はアクションにはめっぽうたけている。プロの用心棒男相手に活劇のオンパレード、政府関係の隠密指令が民間に委託されている。でもそこに裏切りがあると、誰が正しくて誰が悪いのかの境目が見えなくなってくる。権力と権威の争いとでも言えるだろうか。

『北の桜守』

2018年(平成30年)・日本 監督/滝田洋二郎

出演/吉永小百合/堺雅人/篠原涼子/岸部一徳/高島礼子/永島敏行/中村雅俊/阿部寛/佐藤浩市

『北の零年』(2005年公開)、『北のカナリアたち』(2012年)に続く「北の3部作」の最終章。監督は滝田洋二郎。主演は吉永小百合で、本作が120本目の映画出演作となる。という宣伝文句が心に刺さることはない。40年前も同じような謳い文句で映画界は生きてきた。

2018年3月10日(土)に公開してからちょうど14日目の3月23日(金)に観た。特別鑑賞券(1100円)をもらったので久しぶりに映画館で映画を観ようという気になった。2、3年前だったかなぁ前回の映画館は? と、思っていたらなんと約4年前だったことが判明して愕然。ちなみに前回のその映画は『ゼロ・グラビティ』、3Dアイマックス映画だった。

「TOHOシネマズ 名古屋ベイシティ」という映画館に行った。イオンの別館のように建っている。名古屋あおなみ線の駅すぐだが、何年前のオープン知らないがもう場末の映画館の様相だった。受付は12スクリーンもあるのに1人だった。2階のフードコーナーは開いていない、ロビーにあるトイレは2個で1個は故障中だった。映画が始まった直後に1人遅れて入ってきたが、これでようやく11人。毎日チェックしていた上映時間が見るたびに変わっていた理由がこれだ。2週間目にしてキャパは97人のスクリーン、下から2番目の小さなスクリーンだった。最大数クリーンは488人、あの渋谷パンテオンの1200人客席は今から考えると奇跡のようだ。テレビの2時間ドラマを見たことがないくせに、まるでテレビ・ドラマのような内容と役者人だなぁ、と最初からヤケクソ気味。どうにも我慢がならず、1時間くらいで出てきてしまった。日頃席を外して観続けることをしなくなったつけが回ってきたようだ。

『L.A. ギャング ストーリー』(Gangster Squad)

2013年・アメリカ 監督/ルーベン・フライシャー

出演/ジョシュ・ブローリン/ライアン・ゴズリング/ニック・ノルティ/エマ・ストーン/ショーン・ペン

4時間ものかな~、と思いながら観ていた。アマゾンのテレビ映画を一つにまとめた映画のように見えた。「長い、長い」と感じたのはどういうことだろう。話が進まない、停滞映画にはいつもそれを感じるが、この映画は話は進むし結構面白いと思いながらだったが、珍しい感触だった。

最初の予告編は2012年5月9日に公開された。しかし、ワーナー・ブラザースは2012年7月20日にコロラド州オーロラで起きた銃乱射事件を受け、グローマンズ・チャイニーズ・シアターで男たちが観客に向かって短機関銃を乱射するシーンが含まれていたこの予告編の映画館での上映およびインターネットへの掲載を中止した。そして数日後、同社は映画の再撮影を行うため、2012年9月7日とされていた北米における公開日を2013年1月11日へと延期した。当初2012年12月21日とされていた日本での公開も、2013年5月3日に延期された。(Wikipediaより)

正義に命を懸けるというストーリーは大好きだ。命の方が正義より大切だなんて思っているのは凡人。どうせ100年もない自分の命を後々の社会のために使えれば、これこそ天国からの贈り物だ。自分という感覚以外の意識を実際に持つことは不可能。他人が何億人いようとも、他人の気持ちを推し量れない。それでも一所懸命生きているのにはどんな意味があるのだろうか。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(Manchester by the Sea)

2016年・アメリカ 監督/ケネス・ロナーガン

出演/ケイシー・アフレック/ミシェル・ウィリアムズ/カイル・チャンドラー/ルーカス・ヘッジズ

いきなり AMAZON の会社名が出てきて不思議に思ったが、2016年1月23日、第32回サンダンス映画祭で本作は初めて上映され、アマゾン・スタジオズはその会場で本作の配給権を1000万ドルで購入した、ということだった。マット・デイモンが製作にかかわっていた。2時間17分と結構長い。起伏が激しいストーリーではないが、おとなしくてもおもしろい。

ニューハンプシャー州マンチェスターという40万人以上の人口のある大きな都市もあるという。マンチェスターという地名はもともとイギリスにあるのは有名だが、アメリカにはイギリスばかりではなくメキシコなどの地名が都市名や通り名となっていることが多い。この映画のマンチェスターは、マサチューセッツ州エセックス郡ケープアンに位置する町で、1629年に初めてヨーロッパ人により入植され、町の経済は1845年、ボストンの詩人リチャード・ヘンリー・デイナ・シニアが別荘を構えたのを機にボストン周辺の避暑地となることに軸を移したという。

主人公リー・チャンドラーは短気な性格で血の気が多く一匹狼で、ボストンの住宅街で便利屋として生計を立てていた。ある冬の日、リーは兄のジョーが心臓発作で亡くなったとの電話を受けた。故郷の町「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に帰ったリーは、自分が16歳になるジョーの息子の後見人に選出されたことを知らされる。兄を失った悲しみや自分に甥が養育できるだろうかという不安に向き合うリーだったが、彼はそれ以上に暗い過去、重い問題を抱えていた。(Wikipediaより) 結構胸に迫る物語。

『フローズン・グラウンド』(The Frozen Ground)

2013年・アメリカ 監督/スコット・ウォーカー

出演/ニコラス・ケイジ/ジョン・キューザック/ヴァネッサ・ハジェンズ/ディーン・ノリス

事実に基づいたストーリーとは言え、レイプ+猟奇殺人事件を描く映画を観るのは結構辛い。出来れば、こういう事実があったとしても、映画にはして欲しくない、と心から願っている。一方で、こういう事実を映画として残すことが絶対必要なのだと思う。

主人公はアラスカの刑事。映画に登場する土地はロサンゼルスやニューヨークが多く、あるいは日本人には馴染みのないがアメリカ人なら片田舎だと知っているような田舎町の場合もある。アラスカでの警察ものは珍しいが、これが作り事ではなく、事実に基づいているからという証拠でもありそうだ。

何食わぬ顔をして家庭を持ちながら、妻の全く知らないところで日常的に女を買い、挙句の果てにレイプ、殺人まで犯すような人間がいることが恐ろしい。毎日のように盗撮だ下着泥棒だ幼児ポルノだなどとニュースになってキモイ日本だと思っていたが、こういう度を越した猟奇犯罪を見ると日本なんてほんの幼稚園のようなものだと思えてきてしまう。

『アリスのままで』(Still Alice)

2014年・アメリカ 監督/リチャード・グラツァー/ワッシュ・ウェストモアランド

出演/ジュリアン・ムーア/アレック・ボールドウィン/クリステン・スチュワート/ケイト・ボスワース

『ピンピンころり』が合言葉のなっている日本の老人は、この映画の主人公アリスのような姿を決して見たくないに違いない。アリスは50才、バリバリの現役コロンビア大学言語学科教授(ニューヨーク)だ。そんな彼女に突然若年性アルツハイマーが襲う。

夫は医者、3人の子供の末っ子の娘は反抗期が長引いて、演劇の勉強で一人でロスに住んでいるが、全体的には絵にかいたような幸せな家族に見える。長女の不妊活動から妊娠、そして出産と時の流れを知らせてくれるが、それ以上にアリスのアルツハイマー病の進行が速く見える。言語学者が言葉が見つからないという皮肉を込めたストーリー。自分が自分ではなくなっていく恐ろしさが描かれている。監督が二人になっているが、監督のリチャード・グラツァーは企画があがった当時、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を悪化させており、ワッシュ・ウェストモアランドのサポートを得て完成させたという。主演のジュリアン・ムーアが第87回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した。

自分の人生を自分で看取ることは出来ない。これも人間の皮肉だが、先達は全員同じように人生を全うしている。それだけが唯一の拠り所、仕方がないから、誰かが見つけてくれるまで生きていくしかないかぁ。

『モンスター上司』(Horrible Bosses)

2011年・アメリカ 監督/セス・ゴードン

出演/ジェイソン・ベイトマン/ケヴィン・スペイシー/ジェニファー・アニストン/コリン・ファレル

今日は2018年3月17日(土曜日)。パワハラ上司、セクハラ上司、バカハラ上司。上司に恵まれないすべての人々に贈る痛快復讐コメディ! と、観る前のアマゾンプライム映画での解説が書いてあった。ちょっと引いたが、まぁ体調の良くないときにはこんな映画がちょうどいいかな、と思いながら観始まった。

Wikipediaにはブラックコメディとの記載があったが、とてもじゃないけどブラックというのは恥ずかしい。明らかにドタバタコメディだ。だから観ているのに!&%$ ここまで馬鹿げていると、気持ちがいい。日本のドタバタは騒がしいのが特徴だが、アメリカのドタバタは言葉遊びが多い。

コメディ映画ならこれくらいのハラスメントは適当なのかもしれない。女性の歯科医がアシスタントにするセクハラは、日本では到底考えられないような振る舞いだが、アメリカだとこんなことまであり得るのかと、ちょっと驚いてしまう。普通の事務系会社の上司だって・・・・。

『ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(ワケ)』(I Don't Know How She Does It)

2011年・アメリカ 監督/ダグラス・マクグラス

出演/サラ・ジェシカ・パーカー/ピアース・ブロスナン/グレッグ・キニア/クリスティーナ・ヘンドリックス

原作本があってその日本語タイトルが『ケイト・レディは負け犬じゃない』というところからこの映画邦題が付いたようだ。アマゾンプライムで観る映画は、劇場用映画は二の次でとりあえず本数を揃えようという意図が見え見えで、多くの作品は劇場未公開というケースが圧倒的。これで映画見放題というお題目を唱えているところが寂しい。

日本での映画館未公開作品は、少なくとも日本の興行会社(映画館側)が劇場公開するのには力がなさ過ぎると判断して配給会社に通告するわけだ。通告された配給会社は、そのままお蔵にするか、せめてビデオ(今やDVDやブルーレイ)作品として世に出すことを画策する。以前なら大作のおまけとしてテレビ局に放映権を売ったりしたが、テレビ局もそんな余裕はなくなって、となって、今回観たアマゾンプライムのようなネット上のフリー・ムービーたる位置に落ち着いてしまうのだ。

そんな映画がすごく面白いわけもなく、ただ垂れ流し的に観る映画にしかならないのは自明の理。まぁ、少し笑えればいいのだろうけれど、深刻なファミリー問題を惹起させるようなストーリーは不愉快なものだ。ピアース・ブロスナンの高級サラリーマン姿も似つかわしくない。焼き付いている役柄のイメージは俳優生命にかかわるような気がする。

『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛~』

2018年(平成30年)・日本 監督/落合正幸

出演/天海祐希/佐々木蔵之介/生瀬勝久/立川談春/笹野高史/寺田農/渡辺哲/内場勝則/萬田久子/泉ピン子

読売テレビ開局60周年スペシャルドラマ。大阪生まれの天才数学者、岡潔(おか きよし)という名前を聞いたことがあるような、ないような。まぁ、そんなに何度も触れた訳ではないことは確かだ。天才であるが故の挙動不審さがおもしろい。実際にあんな天才がすぐそばにいたら、友達になることは出来ないだろうと思う。

日本のテレビドラマをこの欄に書くのは1年に1作品くらいだろうか。劇場映画でもテレビドラマでも、とにかくおもしろければいい。この作品はおもしろいが、ストーリーがちょっと平坦かなぁ。物語を映像化するという大胆な試みを思いっきり実践しないと、誰から見ても不満足な作品になってしまう。もっと思い切った演出が求められる。

なんて、いっぱしのことを言える程のものを持っていないのが実態だが。1960年、岡潔は文化勲章受章を受賞することになるのだが、生きているうちにその才能が評価されるという社会はいいな。死んでからだってすぐに忘れ去られる自分の身に置き換えてみても、意味のないことだと大いに分かっているつもりだが・・・。

『ザ・ガンマン』(The Gunman)

2015年・アメリカス/イギリス/スペイン/フラン 監督/ピエール・モレル

出演/ショーン・ペン/ハビエル・バルデム/イドリス・エルバ/マーク・ライランス/ジャスミン・トリンカ

西部劇みたいな題名だが、Wikipediaにはスリラー映画と書かれている。主人公は元特殊部隊兵士、退役後は大企業に雇われ、表向きではコンゴ民主共和国で治安維持部隊として活動しつつも、裏仕事で暗殺をも請け負う稼業をしていた。時は2006年、コンゴの要人を暗殺してから8年後、今度は主人公を含む暗殺団のメンバーが命を狙われ始めた。ジャン=パトリック・マンシェットが1981年に発表した小説『眠りなき狙撃者』が原作。事実に基づく物語のような雰囲気があったが、さすがに内容が内容では、そんなことはありそうにもない。

ショーン・ペンの顔が嫌いで、彼の名前を見つけると、鑑賞しないようにしていた。それでも何本かは観ているが、この映画を観る限りはその嫌いだという顔立ちの特徴をそれほど気にしないようになっていた。顔の好き好きという面では、男と女の組み合わせでは摩訶不思議なペアを結構見ることがある。あれでいいのだろう。蓼食う虫も好き好きという諺がいつの時代にも生きている。

アフリカのコンゴという国名を聞くと、アフリカの中でもかなり早く発展しているような気がしていたが、実際は違うのだろうか。一応2006年の話ということになっているが、それなり以上に砂ぼこりの多い国に見えていた。都市部とローカルとの差が激しいのかもしれない。アフリカの地に行くことはなかった。行きたいとも思わなかった。一度アフリカを体験すると、病みつきになったり、人生の見方が変わると昔は言われたが、もう今やウォシュレットのない国への旅行は考えられなくなった。

『ちはやふる 上の句』

2016年(平成28年)・日本 監督/小泉徳宏

出演/広瀬すず/野村周平/真剣佑/上白石萌音/矢本悠馬/森永悠希/清水尋也/松岡茉優/松田美由紀/國村隼

競技かるたに打ち込む高校生たちの青春を描き、コミックス既刊29巻で累計発行部数1400万部を突破する末次由紀による大人気コミック「ちはやふる」が原作。最近「まんが」を見ていない、読んでいない。毎週タブレットで読む週刊誌に掲載されている16コマ漫画を見るのが精いっぱい。週刊誌にもそれなりの数の漫画があるが、絵柄がどうも見難いものが多く、自分だけがそう思っているのだろうかと疑問を持っている。

この映画はちょっと興味があって、早く観たいと思っていた。競技かるたが題材だということが一番の的。広瀬すずも映画で見たことがない割にはテレビで見かけることが多かったことも理由のその一つ。冒頭からおもしろく無さが伝わってきて意外だった。監督が下手なのだろうと第一感。広瀬すずもイマイチの演技力で少し落胆。

アメリカのアカデミー賞を獲る役者の中で、演技メソッドを学んだ役者の獲得率が多いという分析があった。日本の芸能界、役者のように、多くがモデル上がり、街でのスカウト上がりでは、間違いなく役者としての勉強が必須になってくる。基礎的な演技力を身につけた人が演じないで映画は成立しない。薄っぺらなテレビドラマで、キャーキャー言っているだけで人気が出るのとは訳が違う。死ぬまで役者をやろうという気力さえあれば、何歳になっても演技者は務まる。そのためにも、最低限の学習をして欲しい広瀬すずちゃん。

『ちはやふる 下の句』

2016年(平成28年)・日本 監督/小泉徳宏

出演/広瀬すず/野村周平/真剣佑/上白石萌音/矢本悠馬/森永悠希/清水尋也/松岡茉優/松田美由紀/國村隼

前作上の句が予想外におもしろくなかったので、垂れ流し的に観ようと思いながらのスタートとなった。ストーリーが新展開になったからなのか、映像のテーストが違って見えて、監督が交代したのかと調べたくなるほどだった。

1995年に653万部という漫画雑誌の最高発行部数を記録した『少年ジャンプ』のキーワードは、『友情』『努力』『勝利』が有名だが、これらのキーワードはしばらくは青春映画にとって必要不可欠なものになっているように感じる。1960年代に製作されたラグビー映画『青春とはなんだ』のような直接的な問いかけ方の青春群像を、今風にするとこうなるのだろう。スポーツものから文化ものへの移行は、単に「飽き」を嫌った手法でしかないだろう。

「一番心あたたまる言葉」「一番大切に思う言葉」「一番嬉しい言葉」から生まれた青春キーワードは、ひとつの教育にも通じる。日本的な学校教育がどのようになされようと、心のうちを成長させる社会的要素は、こうやって漫画や映画などから取り入れられているだろうことは、容易に想像できる。そういう意味では漫画作者、雑誌編集者には社会的に大きな責任があると言える。

『コードネーム:ウルヴァリン』(CODE NAME WOLVERINE)

1998年・アメリカ 監督/

出演/Antonio Sabato Jr./Traci Lind/Danny Quinn

「X-MEN」のキャラクターであるウルヴァリンの情報ばかりで、このテレビ映画の情報はアマゾン・プライムにしかなかった。監督の名前が空白なのはこの「最近観た映画」欄2275本の中で初めてのことだ。1編あたり13分くらいで繋いでいく典型的なテレビ映画のようだった。

主人公は元海兵隊の秘密部隊で勲章も受けている。妻や子供が危険な状況になったとき、主人公は警察やCIAの言うことも聞かず、一人で救出に向かうという活動アクション映画だ。映画ほどの予算があれば、もっとねちっこくアクション・シーンもさらに派手になるのだろうが。

口ばかりで「愛してる」を連呼するアメリカ映画に辟易することがある。深い意味がないのだろうことは想定できるが、そういう人間教育を受けていない私にとって、「愛してる」なんている言葉を真から一度くらい口に出してから死んでいきたい、と思うこの頃。そんなことはありえなことだろうな、と心底諦めてはいるが。

『ドラフト・デイ』(Draft Day)

2014年・アメリカ 監督/アイヴァン・ライトマン

出演/ケビン・コスナー/ジェニファー・ガーナー/デニス・リアリー/フランク・ランジェラ

2014年のNFLドラフトの日、12時間前からカウントダウンの時計が表示されている。アメリカのプロ・ドラフト事情を詳しく知らないので、ものすごく興味があった。アメリカの4大プロ・スポーツ、ベースボール・フットボール・バスケットボール・アイスホッケーのそれぞれに同じようなドラフトがあるのだろうと想像できる。

日本プロ野球のドラフトはテレビ中継されて、毎年そのショーマンシップが貧弱なところを見せてくれる。アメリカのドラフトがこんなにダイナミックだったとは!、ちょっと驚いても収まらない。形ばかり真似ている日本のGMなんて話にならない。なんという権力を持っているのだろうかアメリカのGM。チームのオーナーと言えどもドラフトの一位指名者を決められない。GMが勝手に決めた第一位を気にくわなければ、その後にGMを首にする力だけは持っている。

ドラフト指名する順位を取引で譲渡したり譲渡されたり出来る。これをトレードというらしい。なんという大胆なドラフト制度だろう。日本のドラフトは、もちろんアメリカのドラフトを形だけ真似たもので、しかも何十年も同じような活気ないシステムを踏襲している。抽選だって?! 恥ずかしくて、アメリカ人に喋ることさえ憚れる。緊迫するドラフトの瞬間を見事に映像化してくれている。GMの力、ドラフトの仕様、どれをとっても大人と子供ほどの差がある。ドラフトもおもしろいが、この映画は勿論おもしろい。

『新婚道中記』(The Awful Truth)

1937年・アメリカ 監督/レオ・マッケリー

出演/アイリーン・ダン/ケーリー・グラント/ラルフ・ベラミー/アレクサンダー・ダルシー

この邦題がおもしろい。この時代の洋画にはほとんど原題直訳の題名がつけられることがほとんどだったが、この原題じゃどうしようもないと誰しも思える。あれッ!この映画の主人公夫婦は新婚だったっけ? と、肝心なことが確かではない。

離婚裁判の結果90日後に離婚が成立し、そのあとはそれぞれ再び結婚することが出来るというものだった。1937年のアメリカ・ニューヨーク、いつもの遠景は現在だと言われても分からないようなビル群だったことに驚かされる。

離婚しようと決心してからの男心、女心を描いて余りない。気の合った人との会話は心地良い、と第三者にも思わせてくれる。ちょっとふらついて別の人を好きになったような気になったが、もともと惹かれあった二人に離婚は無理だったようだ。そんな気がする人生の伴侶。せっかく巡り合って長年一緒に暮らしても、何の未練もなく離婚できる人が羨ましい。未練などこれっぽっちもないが、きっぱりなんていう気持ちは毛頭ない。

『キング・オブ・エジプト』(Gods of Egypt)

2016年・アメリカ/オーストラリア 監督/アレックス・プロヤス

出演/ニコライ・コスター=ワルドー/ブレントン・スウェイツ/チャドウィック・ボーズマン/エロディ・ユン

第37回ゴールデンラズベリー賞で最低作品賞、最低監督賞(アレックス・プロヤス)、最低脚本賞、最低主演男優賞(ジェラルド・バトラー)、最低スクリーンコンボ賞の5部門でノミネートされ、いずれも受賞はならなかった。ということは、ひどいことは酷いが、まぁ~最低というほどでもないということなのだろう。

壮大なCGアクション活劇とでも言えるだろうか。エジプトの国王は神の化身だった。変身すると人間になるが、もともとは羽根を持った金属片で覆われた鳥のような姿の神だった。このあたりのCGは観ていて楽しい。中途半端な日本アニメとは比較にならない完成度だろう。

欧米の神が登場するシーンは興味がある。日本のような八百万の神では姿かたちを特定できないが、ギリシャ由来の神はそれこそ水、金、火、陽、などの神々が人間社会と関わりあっている。今日の運勢は? などと、なんの当てもないことを平気で垂れ流している日本のテレビ局や新聞社は、一体どういうつもりでそんなネタを垂れ流しているのだろうか。大した理由など何もないことは分かっているが。

『キャビン』(The Cabin in the Woods)

2012年・アメリカ 監督/ドリュー・ゴダード

出演/クリステン・コノリー/クリス・ヘムズワース/アンナ・ハッチソン/フラン・クランツ

途中で寝てしまって顛末が分からない。リアル・テレビショーのような劇中劇が・・・。いかにもお粗末なストーリーや映像、この手の映画が好きな人には申し訳ないが、ゾンビが登場してリアル・テレビショーで遊んでいる映画に、ちーっとも興味が湧かなかったということだろう。

1979年3月に日本ヘラルド映画が配給したのが『ゾンビ』(原題: Dawn of the Dead, 国際題: Zombie)。伝説的な大ヒットを飛ばしたヘラルド宣伝部の真骨頂。私は当時経理部にいたので、この大ヒットの味を身をもって感じることは出来ていない。こんな映画をヒットさせられるのは、さすがヘラルドだ。それ以来、ゾンビという言葉は市民権を得て、誰もが普通に遣う言葉となっている。

あの当時はアメリカで公開された映画の興行成績がすぐには知らされず、また結果も正確ではなかった。「全米で大ヒット!!」などと全く嘘をコピーにしたって、誰も責める人はいなかった。いい時代だったのか、悪い時代だったのかは分からない。おおらかな時代だったという表現は的を射ているだろう。

『TAKING CHANCE 戦場のおくりびと』(Taking Chance)

2009年・アメリカ 監督/ロス・ケイツ

出演/ケビン・ベーコン/トム・アルドリッジ/ニコラス・リース・アート/ブランチ・ベイカー/ガイ・ボイド

イラクの戦場から帰国し、内勤の任務に就いている海兵隊員マイケル。ある日、イラクでの戦死者リストの中にチャンスという同郷の若者の名前を見つけたマイケルは、彼の遺体をワイオミング州の家族のもとへ移送する任務に志願する。遺体は専門家たちによって丁寧に清められ、遺品とともに棺に納められる。マイケルはチャンスに対して心からの敬意を払いながら、飛行機や車を乗り継いでワイオミングを目指す。(映画.comより) テレビ映画。

通常は遺体移送の任務に同行することのない中佐という身分の主人公、家族のもとでのほほんと日常をおくっている自分の身体と精神がかえって安らがない。アメリカでの戦死者に対する扱いや敬意の払われ方を見ることが出来て勉強になった。棺を開けないで埋葬してしまう今回の葬儀の予定ながら、遺体は爪の先まで綺麗にされている。真新しい軍服も着せられて、遺品はすべて拭き清められている。飛行場でも戦死者のお供だと分かると、敬意を払われる。

飛行機を降り一般道路を霊柩車で故郷に運ばれる途中、この車を追い越す車両が国旗を被せられた棺を確認すると、みんなライトを点灯して行く。そうして十数台の車がライトを点灯してこの霊柩車を先導していくシーンには感動を覚える。アメリカは広い、多くの戦死者が出ているのだろうが、戦死者の住んでいた片田舎の町では希な出来事なのに違いない。キリスト教でつながっている人々には、戦死者に対する想いが共有されているようだ。ちょっとしんみり、なかなか見られないアメリカ人を見た。

『セブンティーン・アゲイン』(17 Again)

2009年・アメリカ 監督/バー・スティアーズ

出演/ザック・エフロン/マシュー・ペリー/レスリー・マン/トーマス・レノン

負け組みとして人生を甘んじて受け入れていた30代の男が、バスケットボールのスター選手だった17歳のころの姿に戻って人生をやり直そうと奮起する姿を描くコメディー・ドラマ、という説明文を最初に読んでいたらとてもじゃないけど観る気にはなれなかったろう。

一応タイムスリップものだから興味を持った。このタイムスリップは、主人公だけが17才に戻ってしまい、妻や子供二人は今のままという設定が奇妙で・・・。友人も自分と同じように歳をとっている。離婚訴訟に入っている現実の環境を引きずりながら、妻は自分のことを若い時に会った夫に似ている、と言ってはいるが・・・。

会うたびに風貌が変化していく60才を過ぎてから。人間というのは実におもしろいものだ。50年前の自分に会えたらなんと声を掛けるだろうか。「今のままでいいよ!」と言うのか、それとも「今のままじゃだめだよ!」と叱るのか、いずれにしたって人生は一度キリ、この映画のように17才がもう一度やってきたってやることは同じことしか出来ないような気がする。

『マリリン 7日間の恋』(My Week with Marilyn)

2011年・イギリス/アメリカ 監督/サイモン・カーティス

出演/ミシェル・ウィリアムズ/ケネス・ブラナー/エディ・レッドメイン/ドミニク・クーパー/ジュリア・オーモンド

イギリスの名優ローレンス・オリヴィエが監督主演する1957年製作の映画『王子と踊子』(The Prince and the Showgirl)。マリリン・モンローはイギリスのこれまた有名なパインウッド・スタジオ(PineWood)での撮影のためロンドン入りした。この時彼女は30才、頭の悪い金髪女性役を演じたことで世界的に大人気女優となっていた。

彼女のこの時代の夫は、代表作『セールスマンの死』で知られる劇作家アーサー・ミラー(Arthur Asher Miller)。その前の夫がかの有名なヤンキースの花形選手だったジョー・ディマジオ(Joseph Paul DiMaggio)、彼が現役引退をして3年後の春1954年1月14日に二人は結婚し、同年2月1日に新婚旅行で日本を訪れたことは伝説的な出来事として語り継がれている。二人は3週間も日本に滞在し、東京、静岡、福岡、広島、大阪とまわり、ディマジオは根っからの野球人らしくまだ未熟だった日本人に指導したという。広島県総合球場でディマジオがカープ選手に打撃指導を行った際、球場には絶対に来てはいけないと念を押していたモンローが同球場を訪れ、ディマジオそっちのけでファンが殺到した。ディマジオがモンローを叱責したことが離婚の原因ともいわれるというが。

この日本中を訪れていた間、暇を持て余していたモンローは朝鮮戦争で駐留していた在韓米軍を慰問してほしいという依頼を受けた。2月16日から19日までモンローはヘリコプターに乗り、ジープや戦車を乗り継いで朝鮮の国連軍(10ヵ所以上の駐屯地)駐屯地を回り、多くの兵士たちを前にして歌った。その時の写真をホームページの隠れた リンク先 に保存しているので見て欲しい。彼女の素の姿を見るようで凄く微笑ましい。この季節の韓国は寒かったろうに大したプロ根性だと感嘆するしかない。

『ハッピーエンドが書けるまで』(Stuck in Love)

2012年・アメリカ 監督/ジョシュ・ブーン

出演/リリー・コリンズ/ローガン・ラーマン/グレッグ・キニア/ジェニファー・コネリー

気楽に観られる映画が欲しかったこの頃、イマイチこの題名じゃ食指が動かなかったが、まぁいいか~、と観始まった。今風に結構露骨な表現のセリフがボンボン飛んできて、まぁ想定内だからいいだろうという感覚で観続けることになった。それにしてもこの邦題はね~??!!

もともとのテーマが真面目なものだった。露骨なセリフは作家一家に原因があったのかもしれない。父親がそれなりに有名な作家で、娘は大学生の19才近々作家デビューすることが決まっている。息子は高校生、スティーブン・キング大好きの典型的なアメリカ人、まだ文章を書く機会が訪れていない。

作家の父親は3年前に離婚しているがまだ元妻への想いが断ち切れていない。娘は母親の離婚原因がトラウマとなって、「愛」のないセックスにいそしむ有様。気のいい息子は父親のもとに住みながら、母親の住む家にも出入りする中途半端な性格となってしまった。なかなか映像的にもストーリー的にもセリフ的にもお勧めなところが多い。配給会社がもっと上手く宣伝してあげられれば、このファミリー問題を共有できる日本人が喜んだだろうに、と惜しんでいる。

『スティーブ・ジョブズ』(Steve Jobs)

2015年・アメリカ 監督/ダニー・ボイル

出演/マイケル・ファスベンダー/ケイト・ウィンスレット/セス・ローゲン/ジェフ・ダニエルズ

スティーブ・ジョブズが発案した革新的なパーソナルコンンピュータ、1984年のMacintosh、1988年のNeXTcube、1998年のiMac、それぞれの発表前に苦悩するジョブズを描いている。iPhone の発売にまでは行き着かない。DTPとか音楽に特化していた話も出てこない。

リアルタイムで遠くから彼の活躍を見ていた我々にとっても、偉大な人間として認識されているが、もっと時間が経てばスティーブ・ジョブズがさらに神話化されることは間違いない。Windows派の私にとってマックは魅力的ではなかったが、先進的なものとしては記憶に鮮明だ。

仕事上ある時代のマックを使ったことがあるが、右クリックの使えないマウスと拡張子のないファイル名のこの二つに慣れることはなかった。性能はWindowsより上であることは明白だったが、あとは慣れの問題だろうと。iPod、iPad、iPhone、になってからは圧倒的にマック優勢だと思える。どうせ使うならデザインの格好良い、気分よく使い倒せる機械は庶民の賛同を得るのは当たり前だ。

『パーフェクト・ルーム』(The Loft)

2014年・アメリカ/ベルギー 監督/エリク・ヴァン・ローイ

出演/カール・アーバン/ジェームズ・マースデン/ウェントワース・ミラー/エリック・ストーンストリート

日本では2016年7月16日から8月19日まで開催された「カリテ・ファンタスティック! シネマコレクション2016」で上映されたという。その程度で十分な映画。テレビ映画用に製作されたのではないかと思えるような雰囲気。説明は難しいが、劇場用映画とテレビ用映画とでは、明らかに違うところがある。その明らかなところを説明できない私には才能がない。ごめんなさい。

2008年のベルギー映画『ロフト.』のハリウッドリメイクだという。新築マンションのロフトを情事を楽しむために共有している妻帯者の男たち5人が、その部屋で1人の女性の全裸死体が見つかったことから互いに疑心暗鬼になりながら犯人捜しをする姿を描いたミステリーなのだが、内容が不埒、気持ち悪い。男の本能と称する女と見たらやるだけのことを考えている輩のセリフのオンパレードに吐き気がしそうだった。

人間として程度の低い部類に属する人々は、毎日何を考えて生きているのだろうか。金と権力を手に入れてからも、セクハラを繰り返していたハリウッドの大物プロデューサーもそのいい見本だろう。自分には何も起こらなくても、末裔まで辱めることになる自分の行いを律しなければならない。そんな難しいことを考えながら生きているのは、ほんの一握りの部類の人間だろう。

『グランド・ジョー』(Joe)

2016年・アメリカ 監督/デビッド・ゴードン・グリーン

出演/ニコラス・ケイジ/タイ・シェリダン/ゲイリー・プールター/ロニー・ジーン・ブレビンズ

川や沼地、森林に恵まれた自然豊かな土地が広がっているアメリカ深南部。『グランド・ジョー』の主人公、ジョーは、ノースリーブの上着を着て、じめじめとした南部の農村で森林の伐採業に従事し、現場で労働者を指導監督している。南部貧困層が直面しているのは困窮の深刻さ、職場の男たちは酒場や売春宿でストレスを発散しながら、なんとか日々をやり過ごしていく。

作業は、木に毒を盛ること。故意に木を枯し、材木会社が伐採できるようにするらしい。実際、毒で木を枯らしていくという違法的な伐採は、アメリカ南部・フロリダ州で行われていたことが2012年に発覚しているという。そんな訳の分からない映像とストーリーを見せられても、一向にこの映画への興味は湧いてこなかった。

暗い、辛い、暴力父親の存在も疎ましい。エンディングは一気に希望を持たせるような展開になるが、こういう映画をプロの映画評論家は高く評価する。そんな予想は的中して嫌な気分になる。飲んだくれも嫌いだが、いつもタバコを離さないのも流行遅れだと批難する。売春宿での一瞬のsexシーンにさえボカシが入って、ちょっと見過ごすようなシーンをかえって際立たせてしまう。日本の文化程度はこんなものだ。

『コロニア』(Colonia)

2016年・ドイツ/ルクセンブルク/フランス 監督/フローリアン・ガレンベルガー

出演/エマ・ワトソン/ダニエル・ブリュール/ミカエル・ニクヴィスト/リチェンダ・ケアリー

1973年のチリ・クーデターの際に起こった実話に基づいて作られている。この時代、世界中の国々で政情不安が勃発していた。日本だって同じような時代だった。今のようにインターネットが発達していなくたって、不思議なくらい同じような事件や政変が違う国々で起こっていた。

チリという国の秘密警察の拷問の場所として「コロニア・ディグニダ」という場所が存在していた。おぞましい光景が展開されて、こんなことが事実だったのだろうかと目をそむけたくなる。主人公のドイツ人男女は、命からがらドイツ大使館に駆け込むが、飛行場に行ってさえも秘密警察の手が張り巡らされていた。国家ぐるみの悪事が平気で行われていたようだ。今現在の北朝鮮の姿をみるようだ。

首謀者以外の人間が誰一人として訴追されなかった、と映画は結んでいる。村で起こったことは誰にも喋るな、と大相撲村と同じような状況なのだろう。誰しも保身のためには正義などかなぐり捨てるものらしい。いくら粋がってみたところで、せいぜい100年しか生きられない命のどこが惜しいのだろうか。生きていればこそと、人々は言うけれど、死んでしまえば、生きていれば味わえたのになどとの感想すら持つこともなく、その方が圧倒的に仕合わせであることを知らないのだろうか。

『本能寺ホテル』

2017年(平成29年)・日本 監督/鈴木雅之

出演/綾瀬はるか/堤真一/濱田岳/平山浩行/風間杜夫/高嶋政宏/近藤正臣/田口浩正

この監督は『プリンセス トヨトミ』(2011年)を作ったらしい。奇妙な映画だったがおもしろかったと記憶している。SF好きの私にとって日本映画でさえも積極的な鑑賞対象作品となっている。しかもタイムスリップものなら、なおさら。いつも夢が膨らむ。

織田信長の本能寺の変は謎に包まれて今に伝わる。亡骸が見つからなかっというのが、謎の原因として歴史研究者の妄想をふくらませているのだろう。タイムスリプがどんな風に起こるのかというのが、映画による違いで、そこのところが特に興味がある。今回は、主人公は本能寺ホテルのエレベーターに乗った後、扉が開くとそこは本能寺の廊下だった。同時にその時代から伝えられている時計がチックタックと歯車が回り始めていた。

今住んでいるこの場所の100年後を体験してみたい。さらに200年後も。と、空想したって、そんなことはまったく無理な話なのは分かっている。でも、見たい。そんなことが夢だと言っているようじゃ、変な奴と思われても致し方ない。

『スターリングラード』(Enemy at the Gates )

2001年・アメリカ/ドイツ/イギリス/アイルランド 監督/ジャン=ジャック・アノー

出演/ジュード・ロウ/ジョセフ・ファインズ/エド・ハリス/レイチェル・ワイズ

日本ヘラルド映画株式会社を辞めてから約10年、こんないい映画を配給していいな~、と羨んだことを覚えていた。その後観る機会があったときには、わくわくして観たことも記憶にある。また観ることを躊躇しないことが嬉しい。多くの人に支えられて生きている人間の存在は、こういう映画を観ることが不可欠になってくる。

生きているうちに何本の素晴らしい映画に会えるだろうか? ランクを付けるなどという野暮なことはしないが、他人に勧められる映画は確かにある。100人いれば同じ映画を観て100人の感想が語られることも確かだ。極端な話をすれば、おもしろいかおもしろくないかで、99対1のことだってあり得る。おもしろくない人に「どうしておもしろくないのよ! おもしろいはずだ!」 と、強要することは出来ない。

それでいいのだ。映画を観なくては感想の対立も生じない。不細工な異性の顔を見て反吐を出す人もいれば、結婚してしまう人もいる。それでいいのだ。そうやって、他人とバトルを繰り広げながら、自分自身の存在を確認することになるのだろう。もっともっと他人に迷惑を掛けながら生きていくべきなのだろう人間は。無駄な忖度や思惑は何の希望も生み出さない。

『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』(Pan)

2016年・アメリカ/イギリス/オーストラリア 監督/ジョー・ライト

出演/リーヴァイ・ミラー/ヒュー・ジャックマン/ギャレット・ヘドランド/ルーニー・マーラ/アマンダ・サイフリッド

ピーターパンがどういう活躍をしているのかを知らない。そういう人間にとってはピーターパンの誕生物語は凄く興味があった。映像もきれいだし、なかなかいいんじゃないのと思いながら観ていたが、後述するように専門誌の間では評価が低いらしい。

夢の世界に遊ぶことが出来るのは仕合わせなことだ。たかだか100年もない人間の人生、何をしようがしまいが、宇宙の塵にもなれない存在なのに、あれがどうの、これがどうの、あの人がどうの、この人がどうの、と毎日無駄な思考に支配されてばかりいる。他人に対する尊敬の念など、とてもじゃないけど持てる余裕のない人たちばかりで残念で仕方がない。まだ逢ったことのない人だって、同胞だと思える心情が芽生えなければ、世界の平和など望むべくもない。

本作は批評家から酷評されている。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには111件のレビューがあり、批評家支持率は23%、平均点は10点満点で4.5点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』はCGを用いた切れのあるアクション要素と畳みかけるような展開の脚本が魅力だ。しかし、それらをもってしても、古典的児童文学の前日譚としての不発感は消えない。」となっている。また、Metacriticには33件のレビューがあり、加重平均値は34/100となっている。なお、本作のシネマスコアはB+となっている。本作は『ターミネーター:新起動/ジェニシス』や『ファンタスティック・フォー』と並んで、2015年を代表する不発映画の一本に挙げられている。

『リピーテッド』(Before I Go to Sleep)

2014年・イギリス/アメリカ/フランス/スウェーデン 監督/ローワン・ジョフィ

出演/ニコール・キッドマン/マーク・ストロング/コリン・ファース/アンヌ=マリー・ダフ

クリスティーンが朝目覚めると、そこは見覚えのない部屋で隣には見知らぬ男性が寝ていた。この状況を理解できず困惑する彼女に、ベンと名乗るその男性は説明を始めた。クリスティーンは自動車事故の後遺症により記憶障害を患っており、毎朝目覚める度に前日までの記憶を全て失ってしまうのだという。そしてベンは彼女の夫であり、自分の存在や結婚したことすら忘れてしまう妻を10年以上献身的に支えているのだった。(Wikipediaより)

この説明のごとく、話が進まない。同じシーンの繰り返しはつまらない、がこの映画にとっては絶対必要だから始末に負えない。都合の良い記憶障害を装う人が多い。知らんぷり、というかそんなことは聞いたことがありません、と平気で嘘をつく輩に出逢うと、人生はもうおしまいだな~、と嘆くことになる。

嘘をつく人の心のうちを覗いてみたいという衝動に駆られる。ちょっとした言い間違いだよ、と弁解する人もいる。こちらが糾さなければ、知らんぷりしてその後の人生を全うする覚悟らしい。いいじゃないの、その程度の軽いことは、と嘘をつかれた方を気遣う訳ではない人も多い。まぁまぁ、と穏便に何事もなかった如く済ませるのが人間の知恵のようで、正しいからと事を荒げることが尊ばれない世界がどんどん広がっていくような。この映画の邦題だって、カタカナを使いいかにも原題のカタカナ書きに思わせようという嘘が感じられる。

『ネイバーズ2』(Neighbors 2: Sorority Rising)

2016年・アメリカ 監督/ニコラス・ストーラー

出演/セス・ローゲン/ザック・エフロン/ローズ・バーン/クロエ・グレース・モレッツ/デイヴ・フランコ

『キック・アス』(Kick-Ass・2010年)、『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』(Kick-Ass 2・2013年)、父親と娘による一風変わったヒーローもので人気が確定したクロエ・グレース・モレッツ嬢が出演している。このキック・アスは結構面白くて、私のホームページのタイル画面に映画画像として名を連ねている。

下ネタ満載で始まったこの映画、シリーズ物の2番目だが、とりあえず1作目を観てからと思ったら、アマゾン・プライムでは有料だったのでやめた。確か99円だったような気がするが、お金の多寡が問題なのではなく、お金を払ってみる旧作ではないと思えるからだった。

それにしても終始ハチャメチャな映画だった。ここまでお下劣な言葉を遣うことが出来るのは、さすがアメリカ映画だ。このあたりのことは言葉の問題なので、出来れば字幕ではなく英語を聞いてそのまま分からなくては面白みも半減以下ということになる。日本語でさえうまくコミュニケーションがとれないのに、外国語をさらに理解することなんていうことは、自分の人生にはあり得ないことだ。

『クレイジー・パーティー』(Office Christmas Party)

2016年・アメリカ 監督/ジョシュ・ゴードン

出演/ジェニファー・アニストン/ジェイソン・ベイトマン/オリヴィア・マン/T・J・ミラー

これまた日本の劇場未公開映画だった。この頃未公開作品が多いのには簡単な訳がある。アマゾン・プライムだ。年間3900円の会費を払って映画見放題、音楽聞き放題、送料無料、翌日配達と謳い文句はいいけれど、ちょっと新しい作品は有料だし、最新版はもっと高い。毎日映画を観る輩にはこの会員制度はイマイチだが、こうやって劇場未公開作品を多く楽しめるから、いいか!

ヘラルドのように独立系配給会社にとって映画作品は財産と同じ。お金を払って日本における配給権を買ってきたまではいいが、劇場で公開できなければ、付加価値を付けることが出来ないことになるので、DVD発売だけで元を取ることは不可能に近くなってくる。それでも、劇場で公開するには興行会社のOKが出なければだめだし、公開したって宣伝費を回収できないことだってあり得る。そうすると、損を最小限にするために劇場公開しないで済ましてしまうこともあるわけだ。

こんなハチャメチャな映画を日本で製作するのは絶対不可能。映画ストーリーではなく、このお金をかけたクレイジーなクリスマス・パーティーシーンは? ビルの2フロアにある会社の中は想像を絶するアメリカ的クリスマス・パーティーではじけている。SEXする人たちは会社の中ではなく外へ行ってやってよ、なんて会社の風紀委員が演説している。クスリだって横行している。こんな映画を日本が作れるようになるには100年かかるかもしれない。それでも未公開。どの劇場でいつやるの、という映画館側の質問が耳に聞こえてくる。

『キューティ・コップ』(Hot Pursuit)

2015年・アメリカ 監督/アン・フレッチャー

出演/リース・ウィザースプーン/ソフィア・ベルガラ/マシュー・デル・ネグロ/マイケル・モーズリー

156cmとアメリカでは圧倒的に背の低いリース・ウィザースプーン、警官の娘が警官になったがいつもドジっ子だった。彼女の出世作が『キューティ・ブロンド』(Legally Blonde・2001年)だったので、この邦題が出来たのだろう。そんな程度では途中で寝てしまっても致し方ないことか。日本では劇場未公開だったことは正しい。

アメリカでは警察もの映画が結構多い。しかも警察内部の不正行為がストーリーの重要部分のことが。日本のように警官や学校の先生は聖職者として律せられた時代が長く続いていると、この頃の警官や先生のわいせつ行為などがニューになるご時世を嘆く人々が多いに違いない。

寝てしまったから観終わったばかりなのに内容がよく分からない。が、見直そうという気にはなれない。警察ドタバタ・コメディの典型映画だと推奨できる。日本でならおもしろいと思う人種もそれなり以上にいるような気がする。と、日本人を馬鹿にしたような表現を平気で使うが、だってあんなくッだらないバラエティーがテレビ番組のあっちこっちで見られるんだから! フジテレビの低視聴率の最大原因はそこだよ、と教えてあげるよ!

『パッセンジャーズ』(Passengers)

2008年・アメリカ 監督/ロドリゴ・ガルシア

出演/アン・ハサウェイ/パトリック・ウィルソン/デヴィッド・モース/アンドレ・ブラウアー

ネタ晴らしをしては絶対いけない映画なので、言いたいことを抑えなければならない。万が一にもこの映画を観る前にこの欄を読む人がいない、ということを断言できない。以下Wikipediaから引用して、場を濁す。

セラピストをしているドクター、クレア・サマーズは、ある日飛行機事故で生存した5人を受け持つことになった。グループカウンセリングの度に、窓の外にある人物の影が…そして、メンバーが一人ずつ消えていく…。クレアは徐々に、航空会社が過失を組織ぐるみで隠すために、生存者を口封じのため狙っているものと疑い出し、解明のため奔走する。

その中、生存者の一人エリックは、唯一自宅での個人カウンセリングを希望。事故のショックからか、躁状態とも言える彼の突拍子もない行動に、振り回されっぱなしのクレア。しかし、自分の心の痛みにそっと寄り添ってくれている彼に、戸惑いながらも次第に惹かれていく。そして、最後に意外な真相が明かされることに…。

『おいしい生活』(Small Time Crooks)

2000年・アメリカ 監督/ウディ・アレン

出演/ウディ・アレン/トレイシー・ウルマン/エレイン・メイ/ヒュー・グラント

crook:1.~を曲げる 2.〈米俗〉~を盗む、だます 見たことのない単語が原題に入っていた。この映画がクライム・コメディと称されるジャンルに入るということなので、意味としては2.の盗む、だますということか。大泥棒ではなく、こそこそと他人の物を盗んだり、だましたりする映画の主人公。

ひょんなことからまっとうな商売で大金持ちになってしまった主人公夫妻だが、悩みは教養のないこと。お金があったって幸せにはなれない、と主人公は必死に妻に語りかけるが、妻は必死になって付け焼刃の教養なるものを手に入れようと奮闘する。一緒に盗人家業をやっていた仲間たちも、偶然に会社の経営者に名前を連ねるものの、そんな会社が長続きするわけもない。という大ドタバタ劇に終始して、もともとウディ・アレン嫌いの自分はどう身を置いていいか分からなくなる。

それにしてもこの邦題は一体何なのだろうか。昔のパルコの宣伝コピーをそのまま当てはめるなんて、映画会社の宣伝部としてはあまりにも情けない所業。日本のお笑い芸人たちが繰り広げるドタバタ・コメディの原点のようなウディ・アレンだが、彼のセリフにはものすごい知性が含まれている。考え落ちばかりのセリフには圧倒されるが、それでも好きではないことは確かだ。

『バーバー』(The Man Who Wasn't There)

2001年・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン

出演/ビリー・ボブ・ソーントン/フランシス・マクドーマンド/スカーレット・ヨハンソン

コーエン兄弟制作の映画だと聞くと、それだけでもうおもしろいと思えるくらいの信頼がある。カラー用のフィルムで撮影したものを編集でモノクロに変換したものなので、そのため劇場公開されたモノクロのヴァージョンとは別に、カラー版が存在し、フランスなどヨーロッパの一部の国では、DVD特典として幻のカラー版が付属されたという。

主人公は床屋なので、原題からはなかなかいい題名が浮かばなかったような気配で、原題にはまったく結び付かない邦題を付けたようだ。映画はおもしろい。2001年度のカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。主演のビリー・ボブ・ソーントンがナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の主演男優賞、撮影監督のロジャー・ディーキンスが英国アカデミー賞撮影賞をそれぞれ受賞している。

犯罪がらみの映画としてはかなりおもしろい部類だ。最後のどんでん返しがあるのが裁判劇などの手法に多いが、さりげない人間模様がこの映画のいいところ。えッ!こんな展開するの!? と思わせてくれるだけで十分だ。妻の浮気相手の殺人に関しては何も疑われず、裁判にかけられた無実の妻が獄中で自殺。投資話で契約したペテン師を殺害したと身に覚えのない事件で死刑になってしまう。こういう裏腹な事象を扱わせたらコーエン兄弟は抜群。ネタ晴らしをしてしまった。

『スプリット』(Split)

2017年・アメリカ 監督/M・ナイト・シャマラン

出演/ジェームズ・マカヴォイ/アニャ・テイラー=ジョイ/ベティ・バックリー

おぞましい映画だった。解説にはスリラー・ホラー映画と書かれていたが、羊たちの沈黙を観た時のようなゾクゾクとする感覚を味わうこととなった。映画の中では解離性障害と言っていたが、世間的には「多重人格」と呼ばれる人間が悪さをする話だった。

それにしても23人の人格を持つこの映画の主人公は本物なのだろうか。せいぜい2人か3人なら話も見えてくるが、23人とは? しかも24人目が生まれようとして、それは狂暴の巨人だという設定は、映画だからというように思えてちょっと引く。カウンセラー、精神分析医のような老女がそれらしい診断模様を展開するが、所詮本人ではない第三者の空想に近い。異常のない人間同士だって理解できないのに、多重人格者を理解することなんて、あり得ないことだろう。

本物の躁うつ病の友人がいた元妻によると、躁の時と鬱の時の差はホントに凄いらしい。その程度しか現実社会で会うことのない多重人格者、もしかすると殺人を犯しなが逮捕されると一転否認に転じるニュースを聞くことが多いが、この犯罪者たちももしかすると解離性障碍者かもしれない。

『リトル・チルドレン』(Little Children)

2006年・アメリカ 監督/トッド・フィールド

出演/ケイト・ウィンスレット/パトリック・ウィルソン/ジェニファー・コネリー/ジャッキー・アール・ヘイリー

かなりユニークなおもしろさを感じた。凄く映画的なストーリー展開が次になにが起こるのかとわくわくどきどき。タイタニックのケイト・ウィンスレット嬢は平気で全裸になってSEXシーンに挑む。相手の男に「奥さんは、どんな人?」と質問し、男が「美しいし、スタイルもいいし、胸も大きいよ。」とケイト・ウィンスレットとは正反対のような言い草。その直前に彼女の全裸シーンがあったりで、思わず微笑んでしまう。

公園で子供を遊ばせている主婦3人組の意味のない会話、離れたベンチで読書をしながら子供を見守る彼女。から映画はスタートする。性犯罪を犯して服役してきたイタリア系男が街に戻ってきた。実名で新聞にも掲載されている。日本とのあまりに違いに愕然。1歩進んだ社会問題提起が見える。

いくつかのユニットのような組み合わせが交錯して、映画はどうなってしまうのかと心配してしまうほど。そこをきちんとまとめてみせるのが映画監督の力だろう。最後には、何事もなかったかのように元の街に戻っていくだろうという雰囲気を醸し出しながらエンディングする。おすすめ作品。第79回アカデミー賞では主演女優賞、助演男優賞、脚色賞にノミネートされた。2004年に発売されたトム・ペロッタの小説が原作。

『ボーグマン』(Borgman)

2013年・オランダ/ベルギー/デンマーク 監督/アレックス・ファン・バーメルダム

出演/ヤン・ベイブート/ハーデウィック・ミニス/イェルーン・ペルセバル/サーラ・ヒョルト・ディトレフセン

「アベル」「ドレス」「楽しい我が家」などシュールでブラックな作風で知られるオランダの鬼才アレックス・ファン・バーメルダムが、裕福な家庭に侵入する謎の集団ボーグマンを描いた不条理サスペンス。森の中に潜んでいたボーグマンが、武装した男たちに追われて街に逃げ込んだ。高級住宅地で暮らす幸せな家庭に住み着いたボーグマンは、仲間を呼び寄せて住民たちをマインドコントロールしていく。2013年・第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。日本では同年の第26回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映され、「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2014」で劇場公開。(映画.comより)

おもしろくなりそうでその神髄を現わしてくれない映画だった。結構経ってからだと思うが、寝ていた。久しぶりでこの言葉を書く。この頃の傾向としては、観始まって即終わってしまうケースが多いので、途中まで行っておもしろく無さが分かって観続けるということが少なくなったのだ。

お金を払って映画館で映画を観ながら寝てしまうのは贅沢の極みだ。招待券も自身では使わず顔パスで映画館に出入りしていた現役時代、実をいうとほとんでリアルタイムで映画館での映画を観ていない、とずーっと言ってきたが嘘ではない。そんな少なさの中でも眠ってしまうことがあったのは、映画がつまらないのではなく慢性寝不足によるところが大きかったのに違いない。

『THE BRIDGE/ブリッジ』(スウェーデン原題:Bron、デンマーク原題:Broen)

2011年・スウェーデン/デンマーク 監督/シャーロッテ・シーリング/リサ・シーヴェ

出演/ソフィア・ヘリーン/キム・ボツニア/ダグ・マルンベルグ/クレスチャン・ヒルボリィ

久しぶりのテレビ映画シリーズものだ。観始まってみたものの長い、長い・・・シーズン1にエピソード1~10まであったのにはちょっと。エピソード1話が約1時間、これまた久しぶりに午前3時過ぎまで観ていたが、ようやくエピソード8まで行きついていた。翌日2話観て、これで10時間か~。いくらなんでもちょっと長過ぎる。せいぜい6話までがいいところだろう。劇場用映画の2時間は短いという映画監督も多いらしいが、これだけ長くなる物語・映像を観ていると、2時間にまとめる力は、さすが映画監督と褒められる力だなと強く感じる。

題名にある橋は、スウェーデンとデンマークを繋ぐ橋「オーレスン橋」のことだった。観ている最中はスウェーデンとデンマーク? と、位置関係がまったく分かっていなかった。シリーズを観終わってから確かめた地図を見て、このあたりの地理をまったく知らないことに愕然とした。自分で行ったことがあれば一番だが行ったことがなくても、この程度は知っていたかった。ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド、そしてデンマーク、ドイツ、バルト三国あたりのことがこれほどまで頭に入っていないとは。

話す言語が違うのが不思議なくらい近い。ただ橋がない時代にはやはり海を隔てているというギャップはあるのだろう。スウェーデン人の女警官とデンマーク人の警官の男。対比させるのも憚れるくらいの両極端の環境、性格をおもしろく描いている。この二人のやり取りがサスペンス・スリラー映画であるこの映画をコメディー映画かと一瞬錯覚させるくらいだった。ヨーロッパの各国に住んでいれば、おそらくどの国の人がどういうDNAなのかが分かって、もっと面白く見られるのかもしれない。まずまず、おもしろいシリーズだったが、さらにシーズン2~4が残っている。さらなる30時間を考えると、ちょいと気が重い。

『白い帽子の女』(By the Sea)

2015年・アメリカ 監督/アンジェリーナ・ジョリー・ピット

出演/ブラッド・ピット/アンジェリーナ・ジョリー・ピット/メラニー・ロラン/メルヴィル・プポー

ヘラルドが製作にも関わり配給した『赤い帽子の女』(1982年・昭和57年)は、芥川龍之介の作ではないかと言われる作者不詳の同名小説の映画化だった。今回の映画は原題を見れば分かるように白い帽子なんてどこにもないし、映画の中でもそれらしき帽子を被っていたときはほんの一瞬で、観客におもねて付けた典型的にダメな邦題だ。

アンジェリーナ・ジョリーが夫ブラッド・ピットと共に制作した作品で彼女が監督もしている。が、この映画は極めてつまらない。話が古過ぎるし偉大な映画監督が陥る自己陶酔映画に監督経験浅い彼女が入り込んでしまったような雰囲気だ。

リゾート地のホテルの壁に穴が開いていて、そこから隣客の情事を夫婦で覗いているシーンなんてお笑い種にしか見えない。訳あっての夫婦の行動などが後々理由が分かってくるのだが、大したことのないことを大袈裟に見せる純文学風の古くささに辟易する気持ちが。

『すべては君に逢えたから』

2013年(平成25年)・日本 監督/本木克英

出演/玉木宏/高梨臨/木村文乃/東出昌大/時任三郎/大塚寧々/本田翼/倍賞千恵子/小林稔侍

クリスマス間近の東京駅を舞台に描かれるラブストーリーで、東京駅開業100周年記念企画だという。この甘ったるい題名を見てすぐに観る気にはなれなかった。どう考えたって面白くないだろうと思い込んで観始まったことは間違いない。

開業以来、一日たりとも工事がない日はないと言われる東京駅は、駅構内などのシーンの撮影は極めて難しいとされていたが、深夜から明け方の始発前までの時間を利用して、終電後に新幹線を臨時ダイヤで動かしたりと、JR東日本の全面バックアップを受けて可能になった。 なお、撮影用列車には、E5系U13編成が充当された。 2012年10月に改装された東京駅構内や東京ステーションホテルなどの東京駅付近も、リニューアルオープンして以来、映画、TVドラマなどを含めても初めての撮影となったらしい。

どうにも私の一番好きな映画と言える「 love actually 」の展開に似ている気がした。しかも、日本的にうまく処理されていたことが気に入った。この手の映画は好きだ。何組かのオムニバスみたいな説明をチラ見してしまったので、余計観る気が失せていたのかもしれない。実際にはオムニバスではなく4組あるいは6組とも言える登場ユニットが絡み合ったシーンの連続で心地よかった。日本映画の欠点である悠長さや長回しが感じられなかったのは、製作者にワーナー・ジャパンが入っていたからなのでは、と想像してみたりした。

『硝子の塔』(Sliver)

1993年・アメリカ 監督/フィリップ・ノイス

出演/シャロン・ストーン/ウィリアム・ボールドウィン/トム・ベレンジャー/キーン・カーティス

amazonプライムの宣伝文句には「「硝子の塔 -ノーカット版」は劇場版では過激すぎてカットされたシーンも収めた完全版。主人公のカーリーは、最近引っ越したニューヨークの最高級マンションで住人の連続殺人事件に遭遇する。カーリーが殺人犯の正体に近付く時、衝撃的な結末が訪れる。」とあった。

ヘラルドが配給した『ロマンシング・アドベンチャー/キング・ソロモンの秘宝』(King Solomon's Mines・1985年)に出ていたシャロン・ストーンは可愛かったけれど、まだ三流役者の雰囲気がプンプンしていた頃だった。いつの間にか一流女優に成りあがったようだった。この映画で初めて見るような顔を確認して驚いている。この題名も知っていたが観る気になれないでいたことも確かだった。

ノーカット版とかいう表現をするとかなり際どいものに見えるが、今どきなら何て言うことはない。それでも、大画面の映画館で大衆に見せる映画では、この程度でもテレビでは放映できないのだろう。特に日本では暴力場面には甘いのにsexシーンには厳しい。不思議な規制DNAが国民性にもおおきく影響していることは間違いない。

『ダンテズ・ピーク』(Dante's Peak)

1997年・アメリカ 監督/ロジャー・ドナルドソン

出演/ピアース・ブロスナン/リンダ・ハミルトン/チャールズ・ハラハン/ジェイミー・レネー・スミス

1月23日に噴火した群馬・長野県境の草津白根山の火口は、従来警戒を強めていた「湯釜」ではなく、気象庁が3000年間も噴火していないとみている2キロ南の「鏡池」付近だったと考えられる。火山活動の高まりを示す事前の現象もなく、まさに寝耳に水の災害。この映画のダンテズ・ピークも1700年噴火がない、と住民が避難会議開催すら疑問視するくらいだった。

この映画の場合は噴火の兆候の兆しが見えるというので調査隊が入った。ピアース・ブロスナンが地質学者とはとても見えないけれど。大掛かりな予備調査風景を見ているだけでも、火山噴火予測が難しいことが伝わってくる。噴火対象から外れていた今回の草津白根山の噴火はまさに想定外なのだろう。想定外という言葉が便利過ぎて、学者も使うんだと思い始まってだいぶ経つ。

題名からパニック映画の匂いがしているので、観る機会があっても避けていた。どうもパニック映画は苦手だ。アニメ映画嫌いとはずいぶん様子は違う。パニック映画の特撮はどんどん進んでいて、考えられないような自然の災害を本物以上に大袈裟に映像化している。危機一髪で助かる主人公が嘘っぽく見えてしまうのが最大の欠点かな。

『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』(Mr. Holmes)

2015年・イギリス/アメリカ 監督/ビル・コンドン

出演/イアン・マッケラン/ローラ・リニー/真田広之/マイロ・パーカー

1947年、現役を引退していた私立探偵のシャーロック・ホームズ(93歳)は、家政婦のマンロー夫人と彼女の息子であるロジャーと共にサセックスの農場で、ミツバチの世話をして暮らしていた。世間では助手だったワトスンが執筆した小説に基く「名探偵ホームズ」の虚像が浸透していた。(Wikipediaより)

穏やかな流れの中で観る映画だった。日本に関する話題がさりげなく映画の中に登場することが多いこの頃、この映画では「来週から日本に出張する予定だ。」といったさりげなさではなく、実際の日本での風景が現れた。戦後、街の中に進駐軍が横行している風景だった。そこに真田広之が出てきていた。ロンドン郊外の柔らかい緑の風景を思い出す。あのモンキーアイランドは結構おもしろかった。一人で行く海外出張は、非日常の毎日で心が躍った。懐かしい。

主演のイアン・マッケランはこの時まだ77歳くらいだと思うが、劇中の93才老人にまったく相応しい風貌と挙動だった。映画はそういう細かいところが重要で、日本の役者のようにテレビのバラエティーでもコマーシャルでも映画の中でも同じような風貌と声では、映画であることの非日常性が保たれない。

『ネイビーシールズ: チーム6』(Seal Team Six: The Raid on Osama Bin Laden)

2012年・アメリカ 監督/ジョン・ストックウェル

出演/カム・ジガンデイ/ロバート・ネッパー/ウィリアム・フィクトナー

本作はテレビ映画であり、劇場では公開されていない。 2012年11月4日、ナショナルジオグラフィックチャンネルで公開され、翌日からネットフリックスで配信された。放映から2日後の11月6日は、オバマ大統領(当時)の再選投票日であったため、本作はオバマの功績をアピールするプロパガンダ映画ではないかとの批評があるが、製作陣はこれを否定している。日本では2014年9月2日、GAGA配給でDVDがリリースされた。(Wikipediaより)

最近観たばっかりのウサーマ・ビン・ラーディンの殺害映画「ゼロ・ダーク・サーティ」と比較しながらの鑑賞となった。このテレビ映画の方がほんの少し早く世の中に出たようだから、お互いに真似をする暇もなかったようだ。「ゼロ・・」は多くの映画賞を獲得しているのと比べると、こちらは小規模と言い切ってしまえそうだ。

映画としてのラーディン殺害ではなく、ドキュメンタリータッチのフィルムという感じに見える。問題の拷問のシーンがない分、その困難さを訴える力は弱い。生々しいけれど、淡々としている分、映像進行に飽きが来るのは仕方がないことか。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』(Ghost in the Shell)

2017年・アメリカ 監督/ルパート・サンダース

出演/スカーレット・ヨハンソン/ピルー・アスベック/ビートたけし/ジュリエット・ビノシュ

攻殻機動隊(こうかくきどうたい)という漫画のあることをマンガに広い知識を持つ知人から教えてもらっていた。が、このカタカナ邦題と結びつかなかった。ばかりか好きな女優スカーレット・ヨハンソンがたけしと共演した映画がこれであることも知らなかった。AMAZONの最近追加された映画の中に2017年公開作品があったので飛びついたらこれだったというわけだ。

攻殻機動隊を原作とする劇場用アニメ映画が1995年に公開され、またテレビアニメ作品が2002年に公開された、などということを当然知る由もない。未だもってこの題名の由来を知りたいとも思わないのは、頑ななアニメ嫌いによるものなのかもしれない。漫画が嫌いというわけではない。「がんばれ元気」が単行本で発売されていた頃には、発売されるたびにイスラエルにいた友人に送っていたこともあるくらいだから。もちろんこの漫画が好きで毎回涙を流しながら読んでいたものだった。

この映画はつまらない。原作とリンクさせている人には申し訳ないが、原作をまったく知らないで観るこの映画はまずおもしろくない。近未来というより超未来的な物語の骨格を好きではない。感情が入らなければ映像は単なる映像に過ぎない。スカーレット・ヨハンソンもその素敵な顔を変えてしまっている。「ショコラ」でその優しい顔を見せてくれたジュリエット・ビノシュの頬が細くなって、似合わない科学者の役だったこともノラナイ原因のひとつだった。

『ゼロ・ダーク・サーティ』(Zero Dark Thirty)

2012年・アメリカ 監督/キャスリン・ビグロー

出演/ジェシカ・チャステイン/ジェイソン・クラーク/ジョエル・エドガートン/ジェニファー・イーリー

2011年5月2日に実行された、ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害にいたる経緯を描いた、実話を元に作られたフィクション映画である。監督は、2008年公開の『ハート・ロッカー』で史上初の女性によるアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグローが行った。主役のCIA女性エージェントはジェシカ・チャステインが演じ、第85回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、第70回ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞した。政治的論争で、大統領選挙にからむプロパガンダではないかとの批判で公開日が延期になり、また作中の拷問の描写を巡っても論争が起きている。一方で作品は批評家から絶賛されており、また120以上の賞にノミネートされ、アカデミー賞を含む60の賞を受賞した。ワーキングタイトルは『For God and Country』であった。正式タイトルの『Zero Dark Thirty』はティーザー予告編が公開された際に公式に確認された。ビグローによると、タイトルは軍事用語で午前0時30分を指す。(Wikipediaより)

多くの友人を失ったCIA分析官の主人公は、テロリストを許すことは出来なかった。CIAによる拷問にも立ち会った。今どき絶対許されないであろう拷問シーンが結構時間をとって前半の映画のポイントだった。さすがに拷問の情報が洩れて、第三者ばかりではなくCIA内部でも問題になってきた。拷問だって口を割らせることは困難だが、拷問という手段がなかったらテロリストたちの口から情報を得ることは、間違っても出来ないだろうことは誰にでもわかることだ。

これは映画だったが、実際にビン・ラディンを殺害することが出来た訳だから、相当の困難は映像を超えたものがあったことだろう。テロとの闘いは戦争だ。命を懸けて戦うのに拷問を許さないというのが不思議な規律である。一発で命をとってしまうことは許されるが、口を割らせるために肉体を虐めることは許さない、という人間社会の規範はどうして生まれ、容認されているのだろうか。

『ボーダーライン』(Sicario)

2015年・アメリカ 監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演/エミリー・ブラント/ベニチオ・デル・トロ/ジョシュ・ブローリン/ヴィクター・ガーバー

原題のSicarioとはスペイン語で『殺し屋』の意味。犯罪映画というジャンルがあるそうな。主人公は女性のFBI捜査官。映画の冒頭では彼女が指揮した踏み込みで事件を一つ解決したような。ところがどっこい、そこからの彼女はもっと大きな国家組織の一スタッフとして、女であること、未熟な捜査官であることを嫌というほど見せつけられる。

世の中の究極では「合法」であることだけで物事は解決しない。どれだけ彼女が「それは合法ではないからできない!」と言ったところで、そのままだったら彼女なんか簡単に消されてしまうのが現実なのだ。合法と非合法のはざまにこそ、物事を究極解決できるキーがあるらしい。

自分がそういう立場に陥ることはまずないだろうが、ちょっとした会社での出来事だって同じようなものだった。規則、規則と頭の固い連中ばかりでは会社は回らない。そんな時に機転を利かせて規則を無視してやってしまうことが現実には必要だった。ただし、会社の場合もある程度の権限を持った人間にしか許されないこと。全くの平社員がこれはいいことだからとやったところで、誰も支持してくれないばかりか、お前辞めろと言われるのがオチだった昔の話。

『蠢動 -しゅんどう-』

2013年(平成25年)・日本 監督/三上康雄

出演/平岳大/若林豪/目黒祐樹/中原丈雄/さとう珠緒/栗塚旭/細川純一/芝本正/楠年明/増田久美子

題名がいい、と思いながら観始まる。出だしも好調、と思っていたのは束の間だった。役者が喋り始まると激下手くそなせりふ回しに驚いてしまった。なるほど、役者の良し悪し、出来不出来は映画に大きく影響するものだと、あらためて認識させられた。名前の通った役者が伊達に有名なのではないとも悟った。

法治国家に程遠かった江戸時代の謀(はかりごと)は、それこそ無法地帯と同じ。権力のある者の言うことが正義で、庶民は虫けらと同じようなもの。そうして世の中から消えていった良民も多かったに違いない。おそらく、その末裔は神のご加護をうけて、今幸せな人生を全うしているはずだと願いたい。

すべて一人の人間がやっている映画には限界がある。おもしろくなりそうで、そうなってはいない。もったいない。高いギャラの役者は今後も遣えないだろうけれど、役者の指導は出来る。せっかくの企画が腑に落ちなく終わってしまうのはもったいない。なんとかならないものだろうか。

『不屈の男 アンブロークン』(Unbroken: A World War II Story of Survival, Resilience, and Redemption)

2014年・アメリカ 監督/アンジェリーナ・ジョリー

出演/ジャック・オコンネル/ドーナル・グリーソン/MIYAVI/ギャレット・ヘドランド/フィン・ウィットロック

第一次世界大戦期、日本の徳島県鳴門市大麻町桧(旧板野郡板東町)に開かれた板東俘虜収容所。ドイツの租借地であった青島で、日本軍の捕虜となったドイツ兵(日独戦ドイツ兵捕虜)4715名のうち、約1000名を1917年から1920年まで収容した。1917年に建てられ、約2年10か月間使用された。これを映画化した『バルトの楽園』(バルトのがくえん、独題:Ode an die Freude)・2006年)とは戦争自体の違いはあっても、日本人の行いや日本人を見る目がこの映画とは正反対となる映画だった。アマゾンプライムで視聴料199円。

アンジェリーナ・ジョリーが監督をしたというのも話題だろう。だが、この映画をおもしろいとは感じない。日本人の酷さを描いているからではない。この映画の原作の伝記が何を語りたいのか、まったく伝わってこないのだ。日本での公開にはひと悶着あったようだ。どこかで聞いたような気もするが、遠いところで何が起こっていたのかを確認できなかった。東宝東和(ユニバーサル・ピクチャーズ作品の日本配給権)が配給権を持っていたようだが、ちょっとでも公開反対の運動が起これば、東宝の子会社の東宝東和は何も出来ない。

原作における、日本軍によって「何千人もの捕虜が、死ぬまで叩くか焼くか刺すか棍棒で殴るかされたり、撃ち殺されたり、斬首されたり、医学実験の過程で殺されたり、儀式的 (ritual) なカニバリズム行為で生きたまま食べられたりした」という記述が問題だった。どこかの一部でそのようなことがあったかもしれない。あったような伝聞があったかもしれない。10万人のうちの1人が行った行為が、日本軍という形で後世に伝えられる。忘れることが得意な日本人は、自分たちが被った被害も忘れて、ただひたすらに責めることしか能のない人種や種族に言われるままになっている。永久に続きそうな歴史的事実の錯誤。

『グレートウォール』(The Great Wall/ 長城)

2016年・中国/アメリカ 監督/チャン・イーモウ

出演/マット・デイモン/ジン・ティエン/ペドロ・パスカル/ウィレム・デフォー/アンディ・ラウ

なんとか4千年と大法螺ばかり吹く中国のこの手の映画は見ていて飽きがくる。嘘ばっかり、とちゃちを入れてしまう。無数とも思える饕餮(とうてつ)と呼ばれる怪物がCGで創られて暴れまわる。主人公が射る矢は不思議な力があるのだろうか。なぜか急所を打ち射抜いているのだろうか。

アクション・スターとなったマット・デイモンには中国の雰囲気が合わない。いかにもアメリカ人的な容姿を前面に曝したアクションがいい。怪獣と戦う彼の姿は滑稽にしか映らない。いつも言うように、不死身の主人公がもっともらしく見えるのは、辻褄がきちんとあっていることの連続が必要なのだろう。

漫画の嫌いなところは紙芝居であるのとともに現実味から離れ過ぎているからだと思っている。ささいなことをオーバーに表現して、煩い音楽をバックに映像を積み重ねても、心に響いてくるものが少ない。「信頼」が主人公二人のテーマだったようだが、観客には何の信頼も寄せてこない。

『エージェント:ライアン』(Jack Ryan: Shadow Recruit)

2014年・アメリカ 監督/ケネス・ブラナー

出演/クリス・パイン/ケビン・コスナー/ケネス・ブラナー/キーラ・ナイトレイ

トム・クランシーが創造したキャラクターであるジャック・ライアンを主人公とした映画。ジャック・ライアンの映画作品としては5作目であり、「ジャック・ライアン」シリーズをリブートした作品。これまでの映画とは違ってクランシーの特定の小説を原作としておらず、ホセイン・アミニによるコンセプトを基にしたオリジナルストーリーとなっている。ライアンを演じるのはクリス・パインであり、アレック・ボールドウィン、ハリソン・フォード、ベン・アフレックに続いて4代目となる。日本公開版は池上彰が字幕監修を担当した。(Wikipediaより)

昔よく見たアメリカのテレビ映画「スパイ大作戦」、トム・クルーズのシリーズ「ミッション・インポッシブル」、マット・デイモンの出世作「ジェイソン・ボーン」などと通じるスピード感溢れるアメリカ映画らしい、しかもアメリカ映画の得意とするジャンルだ。

あまりにもうまく行き過ぎて、ちょっとやり過ぎ? と思えるようなシーンの連続に、ただ驚いて見入るしかない。日本のテレビ・ドラマや日本映画にもこういった類の映画ジャンルはあるが、あまりにも差があり過ぎて見る気がしない。それでも人気があるらしいのは、どういう訳なのだろうか、と常々思っている。子供のころにスーパーマンは一所懸命見たが、月光仮面には見向きもしなかったことに似ているのかな?#!&%$

『将軍の娘/エリザベス・キャンベル』(The General's Daughter)

1999年・アメリカ 監督/サイモン・ウェスト

出演/ジョン・トラボルタ/マデリーン・ストウ/ジェームズ・クロムウェル/ティモシー・ハットン

「プライム会員の皆様~、見放題の映画をぜひ見ましょう!」と、テレビコマーシャルが流れる。珍しくこのアマゾン・プライム会員なるものに2、3か月前に加わっていた。インターネットで得る情報や知識は、まず無料と決めていたが、時代がもう無料では収まらなくなってきた。

コマーシャルが「もったいないから見ましょう!」とまで言っているが、わたしに言わせれば「見たって見なくたって、もったいなくないよー!」と。日本の劇場未公開作品やDVDだけの発売作品が並ぶアマゾン・プライム、たまにこれはおもしろいなぁと思える作品に巡り合うと、もう既にみている映画が多い。

この映画はおもしろい。アメリカの将軍の娘が同じネイビーに入隊した。学校時代から成績優秀、運動能力抜群だったが、新兵となったときに闇夜にレイプされてしまった。軍隊で女性兵士がレイプされたなんていうことは許されない時代だった。それなりの立場にいた父親だったが、娘から見れば娘を守らずに自分の立身だけに拘泥した。これが引き金になって、おぞましいことが10年後に起こってしまった。組織を守るために公にされない事件はいっぱいありそうだ。貴乃花親方が何も語らず、何もしないことは正解なのかどうかは10年後に分かることなのかもしれない。

『キラー・インサイド・ミー』(The Killer Inside Me)

2010年・アメリカ 監督/マイケル・ウィンターボトム

出演/ケイシー・アフレック/ケイト・ハドソン/ジェシカ・アルバ/ビル・プルマン

犯罪映画である。原作は、ジム・トンプスンのノワール小説『ザ・キラー・インサイド・ミー』。同書の日本語訳は、村田勝彦訳の『内なる殺人者』(河出書房新社)と、三川基好訳の『おれの中の殺し屋』(扶桑社)がある。同原作の映画化作品には1976年の『The Killer Inside Me』(監督:バート・ケネディ、主演:ステイシー・キーチ、日本劇場未公開)がある。(Wikipediaより)

日本の劇場では公開できなかったのかぁ。今はなくなってしまったミニ・シアターというジャンルの扱いとしてぎりぎりのところだろうか。ミニ・シアターそのものは残っているが、今やシネコン全盛の時代、何館もある映画館のなかから朝か深夜かを選んで一日1回だけ上映するというやり方が出来るなんて、想像だにしていなかった。

保安官助手の主人公が殺戮を繰り返す映画だった。権力の隅っこを握っている人間が、一般庶民を愚弄するのは簡単だ。この映画では犯人として認識される結末があったが、知らぬ存ぜぬを決め込めば、墓場の先へ行っても真実は暴露されないだろう。そうやって悪事を働く輩も少しはいるだろう。まぁ、本人が知らない未来で身内に類が及ぶことは間違いないが。

『疑惑のチャンピオン』(The Program)

2015年・イギリス/フランス 監督/スティーヴン・フリアーズ

出演/ベン・フォスター/クリス・オダウド/ギヨーム・カネ/ジェシー・プレモンス/リー・ペイス

2020年東京五輪を目指していたカヌー日本代表候補の鈴木康大選手(32)が、ライバルである小松正治選手(25)の飲み物に禁止薬物の筋肉増強剤メタンジエノンを混入させるという前代未聞の問題が9日、発覚した。五輪開催国としての信頼も失いかねない事態に、関係者の間には衝撃が広がる。「小松選手は若手で実力も伸びていた。地元開催の五輪に何とか出たい思いがあった」。

こんなタイミングでジャストのニュースだった。この映画は、かの有名なツールドフランスで7連覇したアメリカ人が実は薬まみれの選手だったという話。最終的には真実を告白して7連覇は剥奪されてしまった。ツールドフランスの大会記録を見ると、この7年間の優勝者は「無し」になっている。

この映画は実話に基づいているという例のクレジットがある。癌になった前から薬をやっていたこの主人公の自転車選手は、薬とはまったく正反対の世界でも活躍していた。癌を克服しツールドフランスを連覇することがどれだけ人々を励ましたことなのか。社会的なキャンペーンを大々的にやっている。彼に失望したファンは気持ちの整理をどういう風にしたのだろうか。自転車競技に興味はない。見ないことはない。ツールドフランスのドキュメントを偶に見るが、おもしろさが分からない。競輪だって、テレビ中継される大試合は見る。

『ペネロピ』(Penelope)

2008年・アメリカ 監督/マーク・パランスキー

出演/クリスティーナ・リッチ/ジェームズ・マカヴォイ/リース・ウィザースプーン

ペネロピはイギリスの名家ウィルハーン家の一人娘。先祖が魔女に受けた呪いのせいで、ブタの鼻と耳を持って生まれた。呪いを解く唯一の方法は、「(ウィルハーン家と同等の)名家の子息が、ペネロピに永遠の愛を誓うこと」。(Wikipediaより)

映画を観ていて『みにくいアヒルの子』という題名を思い出した。が、基礎力に欠ける私にはこの物語がどういうものか語ることが出来ない。「アヒルの群の中で、他アヒルと異なった姿のひなが生まれた。アヒルの親は、七面鳥のひなかもしれないと思う。周りのアヒルから、あまりに辛く当たられることに耐えられなくなったひな鳥は家族の元から逃げ出すが、他の群れでもやはり醜いといじめられながら一冬を過ごす。生きることに疲れ切ったひな鳥は、殺してもらおうと白鳥の住む水地に行く。しかし、いつの間にか大人になっていたひな鳥はそこで初めて、自分はアヒルではなく美しい白鳥であったことに気付く。」調べて分かっても遅い。死ぬ前で良かった。

美しいか醜いかは好き好きで判断できるが、程度を超えれば美人とブスは多くの人に共有される。二つ目が普通な地球上では三つ目は異常人間となってしまう。三つ目が普通な別の世界では、二つ目が異常になる。そんなことを映像化した「世にも不思議な物語」という外国映画をいつも思い出す。

『ワイルドカード』(Wild Card)

2015年・アメリカ 監督/サイモン・ウェスト

出演/ジェイソン・ステイサム/マイケル・アンガラノ/ドミニク・ガルシア=ロリド

こんな超アクション映画に原作があるとは思わなかった。ウィリアム・ゴールドマン著の1985年の小説『Heat』の映画化であり、1986年にアメリカ合衆国で製作された映画『ビッグ・ヒート』のリメイクだという。主演のイギリス俳優をこの頃よく見かける。

ラスベガスだけが舞台の映画。主人公の乗る車がラスベガスを離れようとすると、道に大看板が掲げられていた。「Drive Carefully ComeBack Soon!」 ラスベガスはおもしろかった。飛行場にだってスロットマシーンが置いてある。日本のパチンコ屋のような、ゲームセンターのようなインチキ・マシーンではない。現金交換はありませんと言いながら、陰で現金化している偽物システムすら直そうとしない日本政府は、よく言う子供になんと言い訳をするのだろうか。

決して拳銃を持たない主人公はめちゃめちゃ強い。そのあたりにあるものは何でも武器に変えてしまう。たとえ灰皿だろうと、クレジットカードだろうと。四流映画に見えたけれど、アクションシーンだけ見れば一流に見える映画だった。

『アウトバーン』(Collide)

2016年・イギリス/ドイツ 監督/エラン・クリービー

出演/ニコラス・ホルト/フェリシティ・ジョーンズ/マーワン・ケンザリ/ベン・キングズレー/アンソニー・ホプキンス

天才的なドライビングテクニックを持つ自動車泥棒のケイシー。彼はアメリカ合衆国からドイツへと渡り、マフィアのボスであるゲランのもとで悪事に手を染めていた。だが、そんなケイシーに転機が訪れる。ジュリエットというアメリカ人女性と出会い、恋に落ちたのだ。ジュリエットのために悪事から足を洗うことを決意したケイシーだったが、彼女が重い病気を患っていることが判明する。彼女を救う手術には高額な費用が必要なことを知ったケイシーは、ゲランの誘いに乗りとある大仕事へと臨む。しかし、それは麻薬王ハーゲン・カールが密輸した大量のコカインをトラックごと強奪するという危険なものだった。(Wikipediaより)

アクション映画を言葉にするとこれほどつまらないストーリーに見えるのか!? カーアクションに徹底したこの頃では珍しい映画だった。ドイツ車がいかに優れているのかを喧伝したいような風にさえ見える。ドイツのロード・ムービーにも見える。ケルンの大聖堂も見られて興味深かった。

ドイツの自尊心というのだろうか、もう充分有名な自国の景色を時間をとって見せたりしないよ、という意気込みがこの映画に込められているような気もした。アウトバーンという世界に冠たる高速道路を猛スピードで走り抜ける映像は、往年の車社会の名残のようだ。ヒトラーのアウトバーン計画は、トラックや自家用車などの新たな自動車交通手段を改善し、そこからドイツの勢力圏に道路交通を通じた経済・文化的影響力を波及させることに重点が置かれていたのである。もっとも、一部区間は、いざという時は飛行機を離陸させるための滑走路としても使用できるように設計されていた。

『ロック・ザ・カスバ!』(Rock the Kasbah)

2015年・アメリカ 監督/バリー・レヴィンソン

出演/ビル・マーレイ/ブルース・ウィリス/ケイト・ハドソン/ゾーイ・デシャネル

日本では「カリテ・ファンタスティック!シネマ・コレクション2016」の中の一作として2016年7月20日から限定公開されたというから、日本ではロードショーに耐えられないと判断されたのだろう。さすがにその判断は正しいと言わざるを得ない。宣伝費をかけても掛けてくれる劇場が見つからないだろう。

気楽にせんべいをかじりながら見るに相応しい映画だった。コメディーというのだろうが、アメリカ映画のいいところ、すごいところは、これはコメディーですというような際立ったギャグや動作で表現しないこと。日本の馬鹿な芸人のごとくではないところが素晴らしい。

女がベールを開いて他人の前でテレビ番組に出て歌を歌うことなんか、絶対許されないのがイスラム世界らしい。どんな宗教を信じるのも自由だが、宗教に縛られて食べるものを禁じられたり、顔を覆わなければならなかったり、個人を窮屈に縛り付ける風習は愚かにしかみえない。もう死んでしまった神の預言者の言葉を後生大事に崇め奉ることの愚かさが不愉快だ。時代とともに人間の価値観は変わって当然。信仰心はそのままにして、現在に生きる宗教観が横行しなければ、そんな信仰心はどぶにはまって泥だらけになってしまう。

『君の名は。』(Your Name.)

2016年(平成28年)・日本 監督/新海誠

出演(声)/神木隆之介/上白石萌音/長澤まさみ/市原悦子/谷花音

今日は2018年1月4日、昨日地上波初放映を録画したのでCMを飛ばしながら観た。早く見たいという願望が続いていた。それでも公開から1年半後の鑑賞というのは元業界人としては恥ずかしい。アニメだから観たくないというマイナス要素を払拭していた。どこがウケたのだろうか? というのが最大の興味ごと。日本人ばかりではなく世界中で大ヒットするのは、どこにその要因があるのだろうか。

『ほしのこえ』(2002年)、『雲のむこう、約束の場所』(2004年)、『秒速5センチメートル』(2007年)、『星を追う子ども』(2011年)、『言の葉の庭』(2013年)と劇場用映画を公開しているが、映画に対する評価はかなり高かった。受賞も多い。が、映画興行的には前作が最高で興収は推定1億5000万円だった。それがこの作品では興収200億円越えをしたというのが凄い。

所詮はアニメなのだが、一つのシーンの時間が短い。時々現れる本物のような光景。これらが相まって、今でもその辺にゴロゴロしている昔ながらの動かない紙芝居アニメとは一線を画しているかもしれない。今まで見た中で一番面白かった、と我が孫の中で最年長の中学一年生(ロードショー当時)の男子が言っていた言葉が耳に残っている。

『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』(5 Flights Up)

2014年・アメリカ 監督/リチャード・ロンクレイン

出演/モーガン・フリーマン/ダイアン・キートン/シンシア・ニクソン/クレア・バン・ダー・ブーム

アメリカのロングセラー小説にほれ込んだモーガン・フリーマンとダイアン・キートンが、夫婦役で初共演を果たしたドラマ。ニューヨーク・ブルックリンのアパートメントの最上階に新婚以来暮らしている画家のアレックスと妻のルース。眺めも日当たりも良く、最高の物件なのだが、エレベーターがないため、アレックスも年齢的に5階までの道のりがきつくなってきた。そんな夫を気遣い、この部屋を売ることを決断したルース。妻の考えに承諾したものの、本当は家を売りたくないアレックス。結局、部屋は売りに出すこととなり、内覧希望者も殺到するが・・・・(映画.comより)

アメリカで住宅を売り出すときのやり方がおもしろかった。やっぱりアメリカ人は、自分の意志で値を決めたり決断したり、と個人の意思が率直に左右する。日本のように他人任せで直接売り主と買主が出会うことがないのとは、大いに違い過ぎる。

洒落ている映画。ダイアン・キートンという女優を若い時も観ているはずだが、名前ほどには憶えていない。結構年を取ったこの女優の雰囲気がいい。正月のビデオばかりの特番なんか見る気もしないので、映画に没頭できるのが嬉しい。芸能ニュースでハワイに行く姿を晒しておきながら、平気でバカ顔を出している芸能人如きが気に障って仕方のない今日この頃。

『湯を沸かすほどの熱い愛』

2016年(平成28年)・日本 監督/中野量太

出演/宮沢りえ/杉咲花/伊東蒼/松坂桃李/オダギリジョー/篠原ゆき子/伊東蒼/駿河太郎

第40回日本アカデミー賞では6部門受賞、そのうち2部門宮沢りえと杉咲花が最優秀賞を受賞したというから、今の日本を代表する映画の1本なのだろう。題名のチンプさが気になったが、内容はなかなかどうして大したものだった。原作があるのでなければ、こんな奇をてらった題名じゃなければいいのにと思った。が、ラストシーンを観た人には分かる、この題名の由来にこだわったのだろう、・・・か?

昔では考えられないようなストーリー展開だった。離婚、結婚を繰り返し、しかも結婚しないまでも誰の子供かわからないような社会環境になってきた今だからこその内容だ。他人の子供だろうと現実に育ててくれた人が親だ、と思うのは今も昔も変わらない。そういえばそんな題材も昔は結構あったような。

主人公が近い将来の死を宣告される状況はずるい。映画といえども一人の人間の死を予定されてしまうとぐうの音も出ない。いつも変わらないオダギリジョーがうざかった。同じ格好、同じしぐさ、同じ喋り方をするこの役者をよくつかうな~、と不思議がっているのは私だけ?

『レッド・ムーン』(The Stalking Moon)

1968年・アメリカ 監督/ロバート・マリガン

出演/グレゴリー・ペック/エバ・マリー・セイント/ノーランド・クレイ/ロバート・フォスター

今日は2017年12月31日。劇場用映画製作にのり出してCBS・TV製作部門のひとつのNGP(ナショナル・ジェネラル・ピクチャーズ)の日本公開第1作だという。セオドア・V・オルセンのベストセラー小説が原作の西部劇。久しぶりの西部劇は新鮮に映る。観客はつねに勝手、西部劇が2、3本続けばそれだけで飽きが来る。

騎兵隊とインディアンが激しく対峙していた末期だろうか、インディアンは居留地に押し込められて、それでもまだまだ小競り合いをしていた時代だったようだ。この映画の時代、1881年にはかの有名なOK牧場の決闘があったようだ。

小さいころにインディアンに拿捕されて成人し、インディアン戦士の子供を産まされた白人女性とその子供がお供で主人公と旅をする。インディアンとして育った白人女性、英語は少し喋れるがインディアンの言葉の方が流暢だ。言葉は不思議なツールだ。生まれた時から聞いていれば、どんな階層の人間だって母国語を流暢に話すことが出来る。どんな頭の良い奴だって、他国語を成人してから習得するのはなかなか難しい。帰国子女の多くがアイデンティティーとともに母国語も外国語も同じように中途半端な遣い手になってしまっていることを、本人が一番よく分かっていない。

『サバイバー』(Survivor)

2015年・イギリス/アメリカ 監督/ジェームズ・マクティーグ

出演/ミラ・ジョヴォヴィッチ/ピアース・ブロスナン/ディラン・マクダーモット/アンジェラ・バセット

主人公は、ロンドンのアメリカ大使館駐在の外交官ケイト(女性)だ。アメリカに入国しようとしているテロリストを事前に調査、追跡しなんとか入国を阻止することが彼女の仕事だった。そんなことをしている人が実際にいることが凄い。が、アメリカだったら専従班にどれだけの人がいるのだろうかと、想像に難くない。

日本のことを考えると多少憂鬱にならざるを得ない。自分も勿論そうだが、テロリストやそれに準じる人間が日本にそう簡単に入ってくることはないだろう、と考えている気がする。一度でも本物のテロリスト外国軍団が日本で暴れたら、日本はパニック状態に陥るだろう。侵略の歴史を経験しているヨーロッパ人には、そういうものへの対処の心根がDNAとして受け継がれているような気がする。

この映画の主人公はアメリカの強い女性の代表のような存在だった。トランプ大統領が標榜するアメリカをも代表しているような。ちょっと辻褄の合わないところを払拭してくれるストーリーのおもしろさがある。最近の映画は、主人公が途中で死んでしまったり、主人公の仲間たちが消されたりと、昔ながらのヒーロー、ヒロインでいられる確率が減ってきた。

『レフト・ビハインド』(Left Behind)

2014年・アメリカ 監督/ヴィク・アームストロング

出演/ニコラス・ケイジ/チャド・マイケル・マーレイ/キャシー・トムソン

『レフトビハインド』( Left Behind )とは、ティム・ラヘイ、ジェリー・ジェンキンズの共同著作によるアメリカの小説。およびその続編からなるシリーズ。1995年に最初の小説が発売された。公式サイトによれば全米で6,500万部を売り上げたベストセラーである。アメリカ本国では映画化、ゲーム化もなされている。日本語訳はいのちのことば社から刊行されている。時は近未来、最後の審判が迫り「ヨハネの黙示録」の預言が実現していく世界を描く。「患難前携挙説」の立場をとっており、「携挙」によって信心深い人々や幼い子供が姿を消すところから物語が始まる。(Wikipediaより)

まさしくこの映画の映像がそうだった。ひたすら平穏な生活を映しておいて、突然何かが起こるのだろうな、とおもわせる物語の流れ。何事が起ったのかと思ったが、あまりに突拍子もないことだったので、観客としても理解するのに戸惑った。飛行機の中で、突然何人かが消えてしまったのだ。子供がメインだが、この映画の副操縦士も、着ているものがもぬけの殻となって消えたのには驚いた。

ここまで行くのはやり過ぎだろう、とちゃちを入れたくなったが、これが聖書のマルコによる福音書13章に書かれていることであると理解する信者には、突拍子もないことではなかったようだ。宗教というのは恐ろしい、信じなければなにも起こらないのに、信じる者には何かが見えるとでも言うのだろうか。頭の悪い未熟な人間には、高潔な世界の姿がよく見えない。

『山の音』

1954年(昭和29年)・日本 監督/成瀬巳喜男

出演/原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄

川端康成の長編小説が原作で、戦後日本文学の最高峰と評されたということすら知らない。川端の作家的評価を決定づけた作品として位置づけられているという。日本人の原風景を見るような感じがしたが、その思いは正しかったのかもしれない。

老いを自覚し、ふと耳にした「山の音」を死期の告知と怖れながら、息子の嫁に淡い恋情を抱く主人公の様々な夢想や心境、死者の夢を基調に、復員兵の息子の頽廃、出戻りの娘など、家族間の心理的葛藤を鎌倉の美しい自然や風物と共に描いた作品。繊細冷静に捕えられた複雑な諸相の中、敗戦の傷跡が色濃く残る時代を背景に〈日本古来の悲しみ〉〈あはれな日本の美しさ〉が表現されている、との解説は説得力がある。

こういう映画を観ていると、ほっとする自分の気持ちがある。ざわついた、ただ五月蠅いテレビ番組表を見ただけで、テレビを消してしまいたい衝動に駆られるこの頃、ちょうど映画の老夫婦のような年齢と同じになって、ようやくこの手の映画の本質にほんの少し触れることが出来るようになったようだ。嬉しい。もう遅過ぎるのだろうが、私の生まれ変わりにはいい経験が、たくさん出来ている今日この頃だと悦に入っている。

『ブローン・アパート』(Incendiary)

2008年・アメリカ 監督/シャロン・マグアイア

出演/ミシェル・ウィリアムズ/ユアン・マクレガー/マシュー・マクファディン

原作は、クリス・クリーヴの小説『息子を奪ったあなたへ』。イギリス公開から3年後の日本公開は、ロードショー商売の難しさを物語っている。役者の格だけでは興行に耐えられない配給業の苦悩がうかがえる。話はいいんだけど、活字、脚本だけを読めば「買い」になるかもしれないけれど、出来上がって見たら、う~む、とうなってしまう作品だった。

ロンドンのイーストエンドに住むある若い母親。警察の爆弾処理班の夫レニーとの関係が冷え切っている彼女にとって、幼い息子だけが心の支えだった。そんなある日、爆弾処理へ向かったレニーの身を案じる彼女はその孤独に耐えられなくなり、パブで出会った新聞記者のジャスパーと一晩関係を持ってしまう。彼女は後悔するが、レニーと息子がサッカー観戦にスタジアムへ向かった日、彼女とジャスパーは偶然再会する。彼の押しに負けて彼女はジャスパーを自宅に招き入れ、再びセックスをしてしまう。しかしその最中、つけていたテレビがレニーと息子が向かったスタジアムで大規模な自爆テロが起きたことを知らせる。急いで現場に向かう二人だったが、夫と息子を失ったことを知った彼女は、大きな罪悪感に襲われ全てに絶望する。一方ジャスパーは、スタジアムのテロについて、真相を明らかにしようと躍起になる。(Wikipediaより)

人妻がふらふらと夜中に街に出て、ナンパされてSEXしてしまうくだりは、妻の苦悩を理解できたとしても、人間の品格を理解できない。所詮は誰でもいいから心と体を満足させてくれる時間を多く持ちたいという人間が普通なのだと。そこに厳しく自分と人間を見つめる人格と共に生きる覚悟が欠けているのだろう。自分だけではない、末期の幸せを考えない自分勝手な思考や行動を戒めなければ、生きてきた意味が半減する。

『ラストベガス』(Last Vegas)

2013年・アメリカ 監督/ジョン・タートルトーブ

出演/マイケル・ダグラス/ロバート・デ・ニーロ/モーガン・フリーマン/ケヴィン・クライン

ガキの頃から仲間だった4人組は、70歳になった今でも親交がある。12歳の頃の様子が映像で始まる。それぞれ4人の子供のころの顔が、ちょっと似た子役を使っているところが、さすがアメリカ。映画公開時の実年齢では、マイケル・ダグラがちょうど70才、ロバート・デ・ニーロは71才、モーガン・フリーマが最年長77才、ケヴィン・クラインが一番若く67才だったようだ。

いろいろな病名をあげてちゃかしたり、古女房からはせっかくラスベガスに行くのだから羽目を外しなさいとバイアグラとコンドームを手渡される一人も。帰ってきたら元気になってね、と励まされる始末。基本コメディーだが、この中の二人の秘密、一人の女の子をめぐる結婚問題が58年後の今まで尾を引いている。そこには意外な事実が隠されて、想定しない結末が待っているところが映画のおもしろさ。

ラスベガスも行ったことはあるが、この映画のような豪遊が出来ていたら、さらに楽しかったろうなぁ~。それでも、グランドキャニオンの一角を眺めることが出来たり、ラスベガスの何たるかのイメージだけでも掴むことが出来たのは、人生の経験の中では必要なことだったと、今更ながらに思い出す。

『ダブル・リベンジ 裁きの銃弾』(MONTANA)

2014年・アメリカ 監督/モー・アリ

出演/ラース・ミケルセン/マッケル・デヴィッド/ミシェル・フェアリー/ズラッコ・ブリッチ/アダム・ディーコン

観たばっかりの五流映画『ラスト・ガン 地獄への銃弾』に負けず劣らずの五流+映画だった。邦題の付け方も似ているのがおもしろい。日本劇場未公開も頷ける内容だった。こんな作品を2本も抱えたとしたら、映画配給会社の宣伝部は気がくるってしまうだろう。そういうどうにもならない映画を集めてB級作品と銘打って商売にしてしまうのが当時のヘラルドだったが。

やみくもに人を殺して問題を解決しまうあたりは、ラスト・ガンとそっくりで、繋げて観たって分からないのじゃないかと思える。こういうチンケな映画にも男女の恋物語がちりばめられている。この映画ではせいぜい高校生同士の話だったので、映像的にも許される範囲だった。

映画の世界ではなく現実の世界でのやくざの抗争は、今闇に隠れている。時々新聞沙汰になるが、もっと小競り合いが頻発していることだろう。目の前にやくざの住む家があって、名古屋の有名な組に属するという話があって、そのうち大きな抗争に巻き込まれるのではないかと訝っている。鉄条網が壁の上に張めぐされ、2台の監視カメラが堂々と道に向けれれている。目の前の駅の駐車場にはそれらしき車も停まっているから恐ろしい。

『ラスト・ガン 地獄への銃弾』(By the Gun)

2014年・アメリカ 監督/ジェームズ・モッターン

出演/ベン・バーンズ/レイトン・ミースター/スレイン/トビー・ジョーンズ/ハーベイ・カイテル

こんな邦題を見ると、最初から三流映画ですと宣言しているような。トム・クルーズの代表作『トップガン』(Top Gun・1986年)が鳴り物入りで日本公開になったとき、業界関係者は題名の「ガン」に鋭く反応した。どうしてもガンは拳銃という感覚が強く、このままでは日本での大ヒットが危ぶまれると疑ったのだ。

現実には日本でも超大ヒットしたトップガン、当たってしまえば誰も文句を付けたことを忘れてしまった。ジョーズ、E.T、然り、映画の内容が題名などに影響されないほどのおもしろさがあれば、その問題だった邦題が逆に印象に残る題名となって、人々の記憶に残ってきている。

この映画のようにそこそこの内容では、邦題すらすぐに忘れ去られてしまうだろう。アメリカ・ボストンでのマフィア抗争、原題にあるように銃による解決が一番だと、たけしの映画のような按配か。なまじ人情に苛まれて決断できない悪人より、きっぷのいい、非情なやくざの方が観ている側にはすっきりする人物像に映る。

『でーれーガールズ』

2015年(平成27年)・日本 監督/大九明子

出演/優希美青/足立梨花/白羽ゆり/安蘭けい/須賀健太/矢野聖人

原作は、原田マハの小説作品。文芸単行本版では「Fantastic Girls, Okayama,1980」(ファンタスティックガールズ, おかやま, 1980 )の副題が添えられているという。「でーれー」は岡山弁らしい。女子高校生が頻繁に遣っていた。青春の1ページ、岡山と聞くと私の胸もきゅんとなる。

掴みがおもしろく、そのまま映画を微笑みながら観ることが出来た。が、一向に話が進まず、途中居眠りをしてしまった。約2時間の映画は長過ぎる。あと30分短ければ、もうちょっと観たかったのに、と思わせて佳作と呼べる作品になったような気がしてならない。

岡山城には何度足を運んだことだろう。それでもせいぜい4回くらいだろうか。それ以上行く機会はなかった。岡山市の近くにある西大寺市には2度行った。2月の裸祭りが全国的に有名になってきたが、現役時代には誰も知らない都市だった。瀬戸内海の見える部屋を探しているのも、そういう楽しい過去があるからなのかもしれない。

『殺しのナンバー』(The Numbers Station)

2013年・イギリス/アメリカ 監督/カスパー・バーフォード

出演/ジョン・キューザック/マリン・アッカーマン/リアム・カニンガム/リチャード・ブレイク

主人公は元アメリカ合衆国・CIAの捜査官、実行部隊らしく「消せ」と言われれば容赦なく殺しをやってしまう。CIAがここまで恐ろしいものなのかを知らない。その彼が殺すべき人間を殺せなかったことから、ちょっと左遷されて、暗号文を発信する放送局勤務となった。

登場人物が少ないのは予算の関係かしら、などと奇妙なことを考えてしまうのは職業病かもしれない。原題と同じように見える邦題だが、原題のニュアンスとはまったくかけ離れたこのチンケな題名はなに?! 暗号の映画と言えば『エニグマ』(Enigma・2001年)がおもしろかった記憶がある。勿論、内容を覚えているはずもない。

それなりに面白い映画だと言っておこう。この題材でおもしろくなかったら、すぐに観終って文句も言わない。サスペンス、アクションではつじつまの合わないところがあったりすると、急にボルテージが下がってしまうが、ま~こんなものか。

『ローマ発、しあわせ行き』(All Roads Lead to Rome)

2015年・アメリカ 監督/エラ・レムハーゲン

出演/サラ・ジェシカ・パーカー/ラウル・ボバ/クラウディア・カルディナーレ/ロージー・デイ

軽いタッチのコメディー映画だった。クラウディア・カルディナーレが77才くらいなのに90才のようなおばあさん役で出ていた。サラ・ジェシカ・パーカーというちょっと好きではない顔の女優が主役だったので、観る側が気の乗らないことしきり。

母と娘二人のローマ旅行。そういえば私も三女とロンドン旅行を経験したことがあった。もう10年以上前になる。この間に彼女は結婚し、子供を二人持ち、離婚し、そして来年2月に再婚をするという。初婚の時は結婚式もなかったため、今度は結婚式と披露宴をやるという連絡が来て、本日ちょうど案内状も届いた。本人たちが納得しているのなら、どういう生き方をしたってかまわない。社会に生きている限り、本人の意思とは関係なくおおくの人たちにどれだけ迷惑をかけているのかを肝に銘じなければならない。

映画は軽すぎてどうでもいい感じ。なかなか良いところもあるが所詮。未成年の娘の反抗期的生き方と、一応世の中を知っている保守的母親世代のギャップが楽しい。知らないうちに自分だって進歩派ぶったって、今どきの若者の考え方なんか、なんにも分かっていないのが実態だと知らなければいけない。自戒。

『ハイネケン誘拐の代償』(Kidnapping Freddy Heineken)

2015年・ベルギー/イギリス/オランダ 監督/ダニエル・アルフレッドソン

出演/アンソニー・ホプキンス/サム・ワーシントン/ジム・スタージェス/ライアン・クワンテン

1983年11月に発生した実話に基づいて書かれたノンフィクションが原作だという。世界的なビール製造会社「ハイネケン」の経営者でオランダ屈指の大富豪フレディ・ハイネケンが誘拐された事件を題材としている。米国公開時のタイトルは『Kidnapping Mr. Heineken』。

事業に行き詰まっていた会社経営者のそれなりに若い犯罪素人集団5人が起こした事件。友達を集めた集団だった。もともと誘拐して大金を獲ろうという意図しかないため、ハイネケンンや一緒に捕まった運転手の命にかかわるようなことではなかったので、映画的にはイマイチなのかな?! 不謹慎だと言われればそれまでだが、結局5人全員が捕まってしまうおもしろく無さが、映画のおもしろく無さに繋がっている。

手錠をはめられ、倉庫の片隅に臨時で作られた個室に監禁されたハイネケンの堂々とした態度が印象的。好意的に描いているのだろうか。犯人側の動きにほぼ重点を置き、警察側、捜査側の動向をほとんど見せていないところが映画的に不満なのかもしれない。結局捕まってしまうときに、警察がどういう風に情報を掴んだのかの説明がなされていない不満足感が拭えない。ただドキュメンタりーを映像化したって、それを映画とは言えない。おもしろくなければ!!

『パーフェクト・プラン』(Good People)

2013年・アメリカ 監督/ヘンリク・ルーベン・ゲンツ

出演/ジェームズ・フランコ/ケイト・ハドソン/オマール・シー/トム・ウィルキンソン

原作小説『Good People』があるという。作者はマーカス・セイキー。シカゴからロンドンに移住してきた夫婦が主人公。日本では海外に移住するのは珍しいことだが、同じ英語圏なら簡単に住むところを変えるのも精神的にも容易のようだ。特にヨーロッパの中なら、言葉の問題を差し置けば、どこにでも住める気がする。

だが、実際に国籍のない国で働くのはどこでも簡単ではないらしい。「外国人」が働くには、かなりの規制を克服しなければいけない。労働力が問題になっている日本では、今後外国人の労働力に頼らなければいけないのは分かり切ったこと。ただ、旧態依然とした政治制度の中で、新しい理念と共に法体系を充実していくのは格段の力が必要になってくる。そういう若い政治家が台頭しなければ、日本は三流国になっていくだろう。

この映画の夫婦は、ロンドンで貸していた地下の部屋の住人がいつの間にか死んでしまっていて、偶然に見つけた天井裏にあった大金を目の前にして、迷った挙句ネコババしようと思ったところから事件が勃発した。竹やぶで見つけた1億円を届け出た人は昔居たが、貸している部屋にあった大金となるとどうだろう。私には届けるだろうという自信がない。それは、いつもお金がないからなのか、心がさもしいからなのか?

『88ミニッツ』(88 Minutes)

2008年・アメリカ 監督/ジョン・アヴネット

出演/アル・パチーノ/アリシア・ウィット/エイミー・ブレネマン/リーリー・ソビエスキー

シアトルで女性ばかりを狙った連続殺人事件が発生。同じ頃、FBI異常犯罪分析医・ジャックに「お前はあと88分で殺される」との電話が掛かってくる。やがて容疑者と思しき4人の美女の存在が浮上する。(Wikipediaより)

この手の出来過ぎた話はちょっと。誰が犯人なのかと観客を楽しませてくれるのはいいが、突然この人です、と言われるときの驚きにいつも困った顔をしなければならない。あと88分の命だよと脅されても、映画のストーリーの上だけの話だと思われてしまうような冷静な主人公。演技が鼻について、というほどアル・パチーノについて知ることは少ない。

明らかに女性の役者の方が背が高い。そこをなんとかカメラワークでアル・パチーノの背の低さを見せない工夫をしている。1か所だけそれが分かってしまうシーンがあったが、すぐにカメラが引いて、おー、うまく分からなくさせるものだと感心する。日本のテレビタレントは背が高いのが条件のようになっている。そし、幅の広いイケメンと呼ばせることも。

『エクスポーズ 暗闇の迷宮』(Exposed)

2015年・アメリカ 監督/デクラン・デイル

出演/キアヌ・リーブス/アナ・デ・アルマス/ミラ・ソルビノ/クリストファー・マクドナルド

『エージェント・ウルトラ』(American Ultra・2015年)という題名からして5流映画を観始まった。おもしろくなりそうで、なかなか展開が思わしくなく、堂々巡りをしているようなストーリーに耐えられなくなって、50分くらい観たのにやめてしまった。この映画も変なものだった。こういう映画を解説するページには何と書かれているのだろうか、とそちらの方が気になった。

キアヌ・リーブスが製作・主演を務めるクライムスリラー。ニューヨーク市警の刑事スコッティは相棒ジョーイを何者かに殺害され、犯人の行方を追いはじめる。しかしジョーイには悪い噂があったため同僚たちの協力を得られず、捜査は難航する。ジョーイが撮影した写真に写っていた謎の美女を手がかりに捜査を進めるスコッティだったが、次第に深い闇の中へと迷い込んでいき、やがて驚くべき事実にたどり着く。(映画.comより)

文字で書くとこうなるのか。映像ストーリーは訳の分からない映画に見えた。おもしろさが伝わらない。この邦題すら摩訶不思議だ。もともとの原題は、Daughter of God と映像にも表れる。英語のサイトでも Exposed が使われているが意味が分からない。日本では特殊な企画作品として上映されたらしい。アメリカのサイトでも The film was released in a limited release and through video on demand. と書かれていた。特殊な人種が喜ぶ映画のジャンルに入らざるを得ない。

『夏ノ日、君ノ声』

2015年(平成27年)・日本 監督/神村友征

出演/葉山奨之/荒川ちか/古畑星夏/大口兼悟/松本若菜/菊池麻衣子

ユカは夕飯をとらずに哲夫の部屋で帰りを待つが、返ってきた哲夫は夕飯はすませてきたという。つきあって5年になるのを機に、ユカが結婚を切り出したのが哲夫が冷たい原因かと尋ねるが、仕事が忙しいだけだといってはぐらかされる。ユカは自分の実家に帰ると告げて哲夫の部屋を出て行ってしまい、哲夫も自分の実家に帰ることにする。哲夫が実家に帰ると、昔の写真とともに懐かしい機械が出てきて、病院で舞子と初めて会った時のことを思い出した。実は結婚に踏み切れないのは、舞子との思い出が原因だった。その頃ユカも、舞子のことを思い出していた。(Wikipediaより)

チンケな恋愛ものだと高をくくって観始まった。冒頭のシーンを眺めながら「やっぱり!」と舌打ちする自分がたまらなかった。しばらく観ていると、なんか様子が違う、主人公の男が実家に帰って想い出にふけると、それはそれは悲しい恋の出来事だった。

いつの時代、世界中のどこにいたって、男と女の恋物語は始まり終る。最近では、男と女というものにとどまらないいろいろな形の恋愛ものが認知されているのを憂うべきか喜ぶべきか。他人を好きになる、成れるというのは何といっても素晴らしいことだ。なぜ好きになったのか、どこを好きになったのか、という質問は愚問に違いない。本人ですら理解できない「好きになること」の現象を、他人がとやかく理解できるはずもない。それでいいのだ。理解不能な心根の最たるものが恋愛感情というものなのだろう。むつけき髭もじゃの男同士が抱き合ったり、キスしている姿を想像すらしたくないが、現実にはたくさんあること。そういう摩訶不思議な人間行動を大きく認めるところから世界平和がやって来る。

『COP CAR/コップ・カー』(Cop Car)

2015年・アメリカ 監督/ジョン・ワッツ

出演/ケヴィン・ベーコン/ジェームズ・フリードソン=ジャクソン/ヘイズ・ウェルフォード/カムリン・マンハイム

低予算映画で一番面白い映画はどれだ、というコンクールがあればかなり上位に食い込むだろう。パトカーのトランクに閉じ込めた都合の悪い人間を、悪徳警官が野原の片隅に埋めてしまおうとやってきた。偶然家出をして2人で80kmも当てもなく歩いてきた少年がそのパトカーを興味本位で運転し始まった。警官が埋めるための穴を掘りに行ったちょっとした時間差があったようだ。

主な登場人物は少年2人、警官、パトカーのトランクに閉じ込められた男、少年の運転するパトカーとすれ違って訝った地元のおばさん。アメリカらしいところが、舗装された道といえども、他の車が一切通らなかったり、パトカーには何丁もの銃があったり、日本では到底成立しない条件で映画が出来ている。

少年の好奇心は旺盛だ。10年後に考えればほとんどなんて言うことないことに興味を持ち、なんていうことないことに怒りを感じている。浅はかな判断力で世の中を生きている。若いからといって許されるのも少年の間。そんなことを分かっているやい、と思いながら、実は何にも分かっていないのも少年時代。あたたかい社会環境がなければ、少年が確実に実のある大人に成長する確率が減ってくる。そんなことが少しだけ分かるようになるのも60才過ぎてからでは、社会の進歩など望むべくもない。

『マグニフィセント・セブン』(The Magnificent Seven)

2016年・アメリカ 監督/アントワーン・フークア

出演/デンゼル・ワシントン/クリス・プラット/イーサン・ホーク/ヴィンセント・ドノフリオ/イ・ビョンホン

2012年にトム・クルーズ主演で企画段階にあることが報じられた。またケビン・コスナー、モーガン・フリーマン、マット・デイモンが参加する可能性があることも報じられた。2014年12月4日、クリス・プラットの出演交渉中であることが報じられた。2015年2月20日、夫を殺された復讐として7人のバウンティハンターを雇う未亡人役でヘイリー・ベネットが加わった。2015年5月20日、ピーター・サースガードが悪役で加わった。同日、『Deadline』のマイク・フレミングはジェイソン・モモアが『Aquaman』への出演のため本作を降板していたことを報じた。2015年7月11日、『デイリー・ミラー』はヴィニー・ジョーンズが出演することを報じた。

映画音楽はジェームズ・ホーナーが担当する予定であったが2015年6月22日に彼は亡くなった。しかし2015年7月、フークアはホーナーが彼を驚かせるために音楽を既に作曲済みであることを知った。ホーナーのアレンジャーの1人であるサイモン・フラングレンは共同構成者となり、サウンドトラックはソニー・クラシカルより発売される。主要撮影はルイジアナ州バトンルージュ北部で2015年3月18日から8月18日にかけて行われた。この他にルイジアナ州セント・フランシスビルとザカリーがロケ地となった。セント・フランシスビルでの撮影は2015年5月18日から29日のあいだに行われた。ワールド・プレミアは2016年9月8日に第41回トロント国際映画祭で行われる予定である。また9月9日にはヴェネツィア国際映画祭でクロージング・ナイト作品を務める。一般公開は当初は2017年1月13日を予定していたが、2015年8月にソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントは2016年9月23日へと前倒しした。(以上 Wikipedia より)

いわゆる大型映画はその始まりの映像から匂いがプンプンしている。これから起こることにわくわくしながら観ることのできる特権を持っている。スターウォーズ然り、冒頭のタイトルから圧倒されっぱなしが気持ちいい。勧善懲悪、力と力の勝負が、人生を賭けて社会全体に表現される。トランプ大統領が登場した背景はこの映画からもうかがえる。こういう大作を作れるのはアメリカしかない。すごい。おもしろい。

『クリーピー 偽りの隣人』

2016年(平成28年)・日本 監督/黒沢清

出演/西島秀俊/竹内結子/川口春奈/東出昌大/香川照之/藤野涼子/戸田昌宏/馬場徹/最所美咲/笹野高史

原作は、前川裕による第15回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞小説。お世辞にもいい映画だったとは言わない。どころか、おぞましい内容に気持ちが悪くなる。映画は映画だから、気持ち悪くなったら見るのをやめればいい。どれだけ香川照之が歌舞伎役者として進歩したのか知らないが、テレビに出たり、コマーシャルで稼いだり、映画に出ている暇があったら、もっといっぱしの歌舞伎役者になってからだろう、と訝り怒る。

のどかな住宅街で起こった一家3人行方不明事件から発した出来事が思わぬ展開を見せていく。つじつまの合わないところやなぜこうなるのという説明もなく進行して行く勝手なストーリーだ。普段は饒舌過ぎるくらいの日本映画だが、ここまで説明を省略してしまっては、ストーリーの真実味に虚構が走る。

特に最後の場面は、もっと丁寧な映像が欲しかった。腑に落ちないでこの映画を観終った人が大半だろうと思う。余韻を残して映画は終わるべきだと持論を唱えているが、この映画は余韻に行きつく前に終わってしまっている。残念なり。

『SCOOP!』

2016年(平成28年)・日本 監督/大根仁

出演/福山雅治/二階堂ふみ/吉田羊/滝藤賢一/リリー・フランキー/斎藤工/塚本晋也/中村育二

主人公=カメラマン。かつては数々のスクープを手にしたスター的存在だったが、ある事件をきっかけに報道写真への情熱を失い、現在は芸能スキャンダル専門のパパラッチとして活動している。もう一人は、写真週刊誌「SCOOP!」の新人記者。さらに、写真週刊誌「SCOOP!」の副編集長(芸能&事件班)。この3人がメイン。

結構おもしろかった。役者の好き嫌いを超えて、なかなかのストーリー展開で久しぶりに見る日本映画のアタリだった。パパラッチの苦労がちょっと分かって、なんとなく週刊誌ネタを見る時の楽しみが増えた。英語のタイトルをそのまま邦題にする勇気が素晴らしい。

二階堂ふみというタレントをテレビで見ることはあったが、映画では初めて。福山雅治とラブシーンを演じたから有名人になったのだろうか。女は化粧で顔が変わるので困る。初めて見る女性は特に区別がつかない。化粧をしてもブスはブスなので、化粧映えする女性は基本美しいのかもしれない。

『パパ:ヘミングウェイの真実』(Papa: Hemingway in Cuba)

2015年・アメリカ/キューバ/カナダ 監督/ボブ・ヤーリ

出演/ジョヴァンニ・リビシ/ジョエリー・リチャードソン/エイドリアン・スパークス/ミンカ・ケリー

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway、1899年7月21日 - 1961年7月2日)について語れるほど活字世界に精通していない。名前だけは試験に出ても答えられるけれど、1作品も読んでいないことが恥ずかしい。

『日はまた昇る』(1926年)、『武器よさらば』(1929年)、『誰がために鐘は鳴る』(1940年)、『老人と海』(1952年)、老人と海はチャレンジしたことがあるような気がする。それも見栄かもしれない。映画の中でも様々な名言が語られるが、印象深かったのは「結婚はやめといけ、快楽は一瞬なのに忍耐は一生続く。」、てなことかな。行動派の作家だということが意外だった。スペイン内戦にも積極的にかかわったという。この映画の生活拠点はキューバだった。反政府側に武器を供与するという大胆なことをしている。

本人の写真を見たら、映画の主人公が凄く似ていた。外国の映画の場合、実話の人物像を模写するところから映画は始まることが多く、この辺りが日本映画との違いを感じる。この映画は観ているとちょっとい飽きがくる。ヘミングウェイに可愛がられたこの映画の原作者自身の自慢話のような感じがしてならなかった。1954年ノーベル文学賞を受賞したころから、孤高の天才のようになっていったと映画は語る。やっぱり天才の一人だったようだ。

『愛と死の間で』(Dead Again)

1991年・アメリカ 監督/ケネス・ブラナー

出演/ケネス・ブラナー/エマ・トンプソン/アンディ・ガルシア/デレク・ジャコビ

いきなり殺人事件の新聞記事と死刑になった犯人とされる人間。ほんのちょっと謎を含みながら映画は始まる。そして、前世で殺人犯とその被害者という関係であった男女が惹かれあい、自分たちの死の謎を解こうとする。

催眠術師がキーワードとなってインチキっぽく映画は展開する。三流映画だった。いつも言うが、こんな歯の浮いたような邦題を付けるのは誰だ! と怒っている。

そこそこおもしろいけれど、と疑問符が付くストーリーが一番ダメ。五流作品に成り下がってくれた方が、見る方は安心する。急にやる気のない人生に陥って、観るものすべてがうざい。1年半くらい続いてろうか今回のハイテンション。もち直るにはだいぶ時間がかかりそうな予感がしている。

『ワン・モア・タイム』(One More Time)

2015年・アメリカ 監督/ロバート・エドワーズ

出演/クリストファー・ウォーケン/アンバー・ハード/ケリ・ガーナー/ハミッシュ・リンクレイター

このタイトルでネット検索をしていたら、どうも内容が違うみたいなので戸惑った。多くの検索結果は同じ日本語タイトルだが原題は(Chances Are・1989年)の映画だった。まだ観てはいないが、結構評判のいい映画のようだ。こちらは日本未公開、アマゾンンの無料映画にはこんな奴がそれなりに横たわっている。

テレ朝のMステで歌う西野カナがまったく同じタイトルの曲だった。映画のことなんか意識していないとは思うが、同じタイトルは・・・・、ふ~む!?%$# アンバー・ハードという聞いたことのない美しい女優が主演クラスだったが、ジョニー・デップの奥さんらしい。芸能界に疎いからへ~え!と驚くしかない。

父親は往年の歌手、同じように歌の世界を目指す長女とそれとはまったく正反対の優等生次女の対比がおもしろい。往年の歌手は6番目の妻と一緒に暮らしている。親子の葛藤、二世タレントの悲哀、姉妹の対峙などがミュージカルのように流れる。子を持つ親なら理解できる子供に対する愛情とその表現、生きていくって大変だな~。

『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull)

2008年・アメリカ 監督/スティーヴン・スピルバーグ

出演/ハリソン・フォード/カレン・アレン/シャイア・ラブーフ/レイ・ウィンストン

こういう著名なシリーズはどこかで全作品を観ているような気がしているが、今回も定かではない鑑賞歴を忘れて映画に見入った。こんなに漫画チックだったんだ、というのが第一印象。今までの映画を思い出しても、これほどのコミック映像には仕上がっていなかったような。

プロデューサーのフランク・マーシャルによると、この作品は前作の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』から19年後の1957年が舞台となっている。『最後の聖戦』は1989年製作で、現実でも実際に19年が経っていることになる。シリーズで初めて第二次世界大戦後が舞台となる。これに伴い、財宝をめぐってインディをつけねらう悪役組織も、従来のナチス・ドイツから冷戦時代のソビエト連邦となった。ソビエト軍兵器のミリタリー描写は非常に精巧なものになっている。

映画の冒頭はシリーズ共通のイメージである、パラマウントのロゴマークと実景とのオーバーラップで始まる。保管庫からインディが逃げ出す際、壊れた木箱から『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』に登場した聖櫃が顔をのぞかせている。マリオンとインディが最初に出会う際、マリオンが言う「インディアナ・ジョーンズ…」のセリフの口調は、『レイダース-失われたアーク-』でマリオンとインディが出会ったときにマリオンが言った「インディアナ・ジョーンズ…」のセリフと同じイントネーションで再現されている。(Wikipediaより)

『複製された男』(Enemy)

2014年・カナダ/スペイン 監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演/ジェイク・ギレンホール/メラニー・ロラン/サラ・ガドン/イザベラ・ロッセリーニ

ポルトガル語世界(ルゾフォニア)初のノーベル文学賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴの小説『複製された男』(The Double, 2002年)の映画化だという。本の原題は Double で、映画の原題は Enemy。邦題はちょっと考え過ぎた結果の題名になってしまった。こういう内容に直結する邦題はダメ。先入観を持たせ過ぎる。しかも映画の内容を正確に表せていない。

世の中には自分と酷似する人が三人いるという都市伝説がある。この映画は偶然見つけた自分とまったく同じように見える人間をめぐっての物語。映画の題名が「敵」となっているのは、この映画を観ればよく理解できる。自分の顔と似ている人を見て、自分でもそう思えるのか分からない。私ならきょとんとしてしまうだけだろう。似ているのか似ていないのか、第三者の言葉でしか分からないと思う。

同じことの繰り返しで一向にストーリーが進まない映画の見本のようなものだった。が、最後にようやく想定外の物語になって、ほっとするのだった。活字で読めばもっとおもしろいだろう。ということは、映画監督の力量不足ということになるのだろう。

『間奏曲はパリで』(La Ritournelle)

2014年・フランス 監督/マルク・フィトゥシ

出演/イザベル・ユペール/ジャン=ピエール・ダルッサン/ミカエル・ニクヴィスト

フランス語の原題の意味を調べていたら、36年前からフランスに住む日本人のブログの中に意味がかかれていた。原題の"La Ritournelle"には「間奏曲」と言う意味はありません。音楽用語(イタリア語)で間奏曲はインテルメッゾ。フランス語のリトゥルネルは、音楽用語(イタリア語)のリトルネロに由来していて、これは主題が何度も繰り返される作曲形式で、日常用語的にはくりかえしや反復やリフレインや決まり文句やよくあることといった意味になります。

フランスのノルマンディー地方に住む酪農夫婦の物語。日常繰り返される変哲もない景色の中にも、一瞬の雷のような出来事があった。それは夫婦の問題であり、親子の問題でもあるが、よくよく見つめていなければ繰り返される日常に埋もれてしまいそうなものだった。いや、埋もれさせて通過すべき事柄なのかもしれない。ことさらに立ち止まって些細な事柄を事件にしてしまえば、ただ面食らう未来が待っているだけなのだろう。

こんなに何事も起こらない映画がおもしろいのも珍しい。何事も起こらないといっても、なにかは起こっている。でもそれは極めて日常的な流れの中での出来事であり、立ち止まって相手を問責するような事柄でもない。そういう生き方が人間的で、一番幸せな方法だと教えてくれているような。

『人生スイッチ』(Relatos salvajes)

2014年・スペイン/アルゼンチン 監督/ダミアン・ジフロン

出演/リカルド・ダリン/オスカル・マルティネス/レオナルド・スバラーリャ/エリカ・リバス

原題はスペイン語だが、英語のタイトルもついていて「Wild Tales」、スペイン語原題と同じ意味を持っている。6つの短編が入っていた。昔風で言うオムニバスというものなのだろうか。暴力と復讐という共通したテーマがあることがこれらの複数のストーリーを一貫させている。なかなかパンチの効いたストーリーで、人間が死ぬ話が多く、2時間映画では簡単に殺せない筋が20分では大胆に殺人ができるのか、と驚くばかりだ。

ブラック・ユーモアと称してもいいのかもしれない。何度か登場している「マッド・ボンバー」の要素に似た雰囲気がある。徹底的にこの現実の世で勧善懲悪を貫こうとすれば、当然のことながら他人を罵り、罵倒し、殺してまでその目的を達成しなければならない。それをおおむね我慢してこその社会生活だと誰しもが理解しているから、事件は極少で済んでいる。

邦題の人生スイッチは、人生の岐路に立った時にどちらを選択するのか、という意味に見えてちょっと違和感がある。まったく関係のない言葉に置き換えるのならいいのだが、同じような意味を持つ意味の違う言葉をあてはめるのは、観客に混乱を生じさせる。一般客ではない視点で映画を観てしまうのは、悪しき業界人の悪い癖に違いない。と、当事者なのに、第三者風を装う。

『ヘイル、シーザー!』(Hail, Caesar!)

2016年(平成年)・アメリカ 監督/ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン

出演/ジョシュ・ブローリン/ジョージ・クルーニー/レイフ・ファインズ/アルデン・エーレンライク

コーエン兄弟の映画はおもしろいと洗脳されている。この映画は1950年代のアメリカ映画界、ハリウッドを舞台にした話。映画界が映画界の話をネタにした映画を製作することは結構頻繁にある。手前みそ的な話が多くて概して面白くないケースが多いような気がしている。

好きな女優スカーレット・ヨハンソンも登場したりして、華やかな映画界を映し出す。スターと呼ばれる偶像を守るためには、危機管理に長けた人物がすべてをコントロールする必要がある。そういう役目をこの映画の主人公がやっている。こういう人物が大相撲界にいれば、日馬富士の暴行問題も闇から闇へと消えていったのかもしれない。

いろいろな映画を撮影しているシーンが登場して楽しませてくれる。この原題もそういう映画の中で撮られる映画の題名なのだ。1950年代と言えばアメリカ映画界でも赤狩りという激震が走った。そういうパンチの利いたウィットをこまめに登場させて、映画界の摩訶不思議さを倍増させている。なにしろ、この映画の主人公はどんなトラブルでも片付けてしまう汚れ仕事請負人なのだった。まったく業界の違うロッキード社からヘッドハンティングを受け、主人公が悩んでいるシーンもおもしろ、おかしくストーリーされている。

『砂上の法廷』(THE WHOLE TRUTH)

2016年・アメリカ 監督/コートニー・ハント

出演/キアヌ・リーヴス/レニー・ゼルウィガー/ググ・ンバータ=ロー/ガブリエル・バッソ

アメリカの裁判劇はかなりおもしろいものが多い。この映画も例外ではない。日本でも裁判員制度が始まってだいぶ経つが、その裁判員にスポットを当てた秀逸な映画は出てきていない。そこまで描かないのが日本の社会であり、触れたくないものに触れることは、日本社会ではダブーなのかもしれない。

陪審員に選ばれるときから下工作に赴くのはアメリカでは当たり前のことだろう。不利な側に立たれることが分かっている人間を、裁判所から排除するというのがアメリカ的弁護士活動らしい。ひたすらに陪審員の関心をひく手法に徹するあたりは、人間味があって羨ましい。いくら法と証拠に基づくのが裁判だと叫んでみたところで、アメリカのように陪審員が評決を下すのなら、その陪審員をおとしこめなければ裁判に勝てるわけがないというわけだ。

「私がやりました」と依頼人が明確に殺人を宣言したって、他の誰も見ていない現場のことを陪審員に語る難しさがある。立証しようとする検察側にも同じ困難がつきまとう。かくして、陪審員の同情と憐憫を引き出した側が勝利して映画の中の裁判は終結する。その後に語られる真実が神に唾するものであったとしても。

『エルダー兄弟』(The Sons of Katie Elder)

1965年・アメリカ 監督/ヘンリー・ハサウェイ

出演/ジョン・ウェイン/ディーン・マーティン/マーサ・ハイヤー/アール・ホリマン

久しぶりの西部劇はおもしろかった。メリハリが効いていて、観ている方の精神状態が安定する。内容はハラハラドキドキの思い入れをしてしまうストーリーなのだが、落ち着いて観ていられるのが凄い。チャンバラ映画と同じように、多くの作品が作られれば、その分多くのユニークなストーリーが展開される。

最近の観客はその多くの作品に触れていない。なので、大したことのない作品が大ヒットしたりして、質の低下を嘆かなければいけなくなる。人間には限界がある。それほど才能のない人が集まったって、おもしろい、いいドラマを製作することは出来ない。見るに耐えないテレビ・ドラマが横行するのは仕方のないことなのだ。

この映画の主人公は男4人兄弟。長男がジョン・ウェインなのだが、抜きんでて存在感がある。致し方ない。あのディーン・マーティンでさえも、影が薄い。この4兄弟が亡くなった母親に誓う言葉が泣ける。どんないかつい男どもでも、母親の前では形無しだ。母親は偉大なり。いつの時代もそう決まっている。

『オートマタ』(Automata)

2014年・スペイン/ブルガリア 監督/ガベ・イバニェス

出演/アントニオ・バンデラス/ビアギッテ・ヨート・ソレンセン/ディラン・マクダーモット

2030年代末に太陽のフレア光が増加したことで、地球は砂漠化が進行し、人口の99.7%が失われた。生存者は安全な都市網を再構築し、過酷な環境で人類の手助けを行う原始的なヒューマノイドロボット「オートマタ」(ピルグリム7000型)を開発した。オートマタには、生命体に危害を加えてはならない、自他のロボットの改造を行ってはならない、という2つのプロトコル(制御機能)が設定された。当初は人類の救世主であるとされたが、砂漠化の抑制に失敗したことから肉体労働に追いやられた。ある日、自己改造を行っているオートマタが発見され、保険調査員のジャック・ヴォーカンが調査に派遣された。(Wikipediaより)

製作国表示がスペインとブルガリアという初めて見る組み合わせだった。近未来物の映像は、宇宙物からロボットに移ってきたようだ。AIという概念が現実のものになりつつあることが大きいのだろう。

自律型と呼ばれていた時代が懐かしい。そのうちロボットというのは、AIが当たり前で、そうではないロボットはあり得ないくらいチップを搭載された機械に埋め尽くされることだろう。素人だって、そのチップを買って機械に組み込めば、AIロボットを製作することが出来るようになるかもしれない。進歩の速度は恐ろしく速い。夢のような事柄がどんどん現実のものになって行く。命ばかりか心も追いつかない。

『ハミングバード』(Hummingbird)

2013年・アメリカ 監督/スティーヴン・ナイト

出演/ジェイソン・ステイサム/アガタ・ブゼク/ヴィッキー・マクルア/ベネディクト・ウォン

アフガニスタンの戦場で5人の仲間たちを目の前で殺された特殊部隊の兵士ジョゼフ・スミスは、その報復として民間人を5人独断で殺害していく。当然これは軍法違反であり、その姿は無人偵察機「ハミングバード」によってしっかりと監視されていたため、ジョゼフは軍からの逃亡を余儀なくされる。

殺害容疑の軍法会議から逃亡したジョゼフは、ロンドンでホームレスに姿を隠して生活していた。惨めな彼の境遇を慰めてくれるのは、唯一心を開いた同じホームレスの少女ただ一人であった。ギャングによる有り金の全てや隠し持っていたドラッグを巻き上げるホームレス狩りの際、ドラッグと酒に溺れていたジョゼフはギャングにさんざん殴られ、たまたま逃げ込んだ高級アパートメントに隠れたが、そこの住人は半年以上もニューヨークに行っていて不在であったため、住人の"彼氏"を装ってそこで生活をはじめる。またその騒動の際、逃げたはずのホームレスの少女は、ギャングの一味に捕まって、ドラッグ漬けにされた上、売春婦として風俗店に立たされていたのだった。そして彼は生きるために裏の仕事を着々とこなしていくのだった

またけがをしたジョゼフを助けた修道女に、淡い恋心をいだきはじめた。その修道女も10歳のころ、自分を18回レイプした体操の先生を殺したため修道院に入れられていて、ふたりはお互いの傷をなめあい励ましあい助けあうのであった。(すべてWikipediaより)
これでもう観た気になれるかもしれない。

『ル・アーヴルの靴みがき』(Le Havre )

2011年・フィンランド/フランス/ドイツ 監督/アキ・カウリスマキ

出演/アンドレ・ウィルム/カティ・オウティネン/ジャン=ピエール・ダルッサン/ブロンダン・ミゲル

第二次世界大戦で有名なノルマンディー、カレー、ダンケルクという地名が出てくる。この映画の主舞台はル・アーヴルといフランス北部の港町だが、さらに北にのぼったところにかの有名な場所があるようだ。イギリスには目と鼻のさきだ。改めて地図を見ると、第二次世界大戦の終結に向かう地理関係がよく分かる。

監督は、この映画を港町を舞台とした三部作の1作目とする構想で、続編はスペインとドイツを舞台として、それぞれ現地語を使う構想であるという。Wikipediaにはコメディ・ドラマ映画というジャンル分け表記があったが、難民の一人の子供に対するフランス人の思いみたいなものが垣間見えて、なかなか興味深いものだった。

小さな町に暮らす人々の心意気みたいなものが伝わってくる。日本人よりもはるかに高みにある人間愛を感じる。個人主義に根差した他人に対する思いやりは、ひたすらのおもてなししか知らない日本人には新鮮に映るに違いない。こういう映画をきっかけにして、もっと深いところに行かなければ、生きている意味もない。

『13時間 ベンガジの秘密の兵士』(13 Hours: The Secret Soldiers of Benghazi)

2016年(平成年)・アメリカ 監督/マイケル・ベイ

出演/ジョン・クラシンスキー/ジェームズ・バッジ・デール/パブロ・シュレイバー/デヴィッド・デンマン

2012年に実際に起きた2012年アメリカ在外公館襲撃事件。ミッチェル・ザッコフの原作『13 Hours: The Inside Account of What Really Happened in Benghazi』からの戦争映画。[THIS IS A TRUE STORY.]と英語で記された言葉に「これは真実の物語である。」という日本語字幕が付いていた。多くの映画はこういう場合「事実」を使うのに、この映画では何故「真実」なのだろうか。ちょっと気になった。

リビアのベンガジでの出来事、内戦、戦争と言われてもピンとこない。どうしてこうも戦争好きな民族なんだろうと訝るしかない。おおもとのイスラム教に大きな問題があるのだろうが、本当のイスラム教ではないとイスラム教徒が強調すればするほど、いやいやそこからしか原因は見えてこないよ、と世界中の人が感じていることだ。

こういう宗教的なことを非難できないことの方が異常なのだ。中国だって同じ、北朝鮮はもってのほか、誰しも嫌なことは嫌、違うと思うことは違うと言えなければ、それこそ独裁者の言いなりになってしまう。こんなクソのようなホームページが見つかることがないことが嬉しい。もしも中国にこのページがあったら、いつの間にか消滅されてしまっているだろう。怖い、怖い。

『オータム・イン・ニューヨーク』(Autumn in New York)

2000年・アメリカ 監督/ジョアン・チェン

出演/リチャード・ギア/ウィノナ・ライダー/エレイン・ストリッチ

元CIAのリチャード・ギアを観たばかりだったが、今回はお得意の女たらしレストラン経営者だった。ちょっとばかりかったるい恋愛映画と言っておこう。監督が女性だからという先入観はまったくないと思っているが、男と女の価値観の違いというものが、あっちこっちにあるような気がしている。

だからつまらなく感じるのだろう。時間の使い方がどうも、と思ってしまうのだ。それは、現実生活でも言えること。幸いに現在はひとり暮らしをしているが、それこそ女性が同居していたら、今ではとてもじゃないけど同じ時間を共有する自信がない。主張したくても出来ない環境には耐えられないだろう。

昔、人間の成長について考えた事があった。結婚もせず、勿論子供もいないで40歳になった男には狭量な精神しかないだろうと。結婚して我が儘を我慢し、子供が出来てどうしようもない不条理さを認めながら、ようやく男は一人前の人間になって行くのではなかろうかと。女ではない。女はそんなことを感じさせないくらいに、もっと逞しく人間ではない生き物なのではなかろうかと。

『ラスト・ターゲット』(The American)

2010年・アメリカ 監督/アントン・コービン

出演/ジョージ・クルーニー/ヴィオランテ・プラシド/テクラ・ロイテン

概してつまらない。活字原作があるようだが、おそらくそっちの方が何倍もおもしろいに違いない。暗殺用のライフル銃の製作を依頼された主人公だが、ジョージ・クルーニーという役者がそんな手の器用な人間には見えないのが致命傷。イメージは大切だ。

アメリカの役者は日頃素顔を晒さない。日本人の役者のようにテレビ・バラエティーにでるときも、テレビ・ドラマにでるときも、CMにでているときも、そして映画の中の顔も一緒だなんて信じられない。しかも、テレビ・ドラマなんて、主演している役者のコマーシャルを平気でそのドラマの中で流している。日本人的な発想では、よりコマーシャルが印象づけられていいのだと主張しているに違いない。アメリカかぶれしている私のような人間には、そんな行為があまりにも酷過ぎると叫んでいるのだが。

銃を作っている間の映像がなんともやりきれなかった。原題の「アメリカン」とは、潜伏したイタリアの土地で何処から来たのと問われて答えたところからの呼び名だった。アメリカ人は何処へ行っても恋に落ちる。その女性と暗殺者の女性の顔が似ていて区別がつかない。日本人には欧米人の女性を区別するのは困難だ。そういえばついこの頃、ドジャースの打者がアジア人の細目を侮蔑したような行為をして問題になった。アメリカ人には、日本人も、韓国人も、中国人も到底区別できないだろう。細目と言えば韓国人と、日本人には思えるのだが、お前らも同じだよといわれているに違いない。

『顔のないスパイ』(The Double)

2011年・アメリカ 監督/マイケル・ブラント

出演/リチャード・ギア/トファー・グレイス/マーティン・シーン

恋愛映画ではないリチャード・ギアは似合わない。CIAという職業がどういうものなのかのニュアンスなるものが肌身で分からないが、リチャード・ギアではないだろう。ちょっとしたアクション・シーンは意外性での起用だと思われるが、似合わない役柄はやっぱり。

タイミング良くトランプ大統領のロシア疑惑が再び表立って来ている。この映画のスパイも源もロシア、冷戦が終わっても、ソ連がロシアになっても永遠の敵国のようだ。アメリカで分からないのはCIAとFBIの関係、いつも縄張りで映画の中では争っているが、このあたりについては誰かにレクチャーしてもらわないと。

原題の「ダブル」というのは二重スパイのことなのか? スパイものはおもしろいが、どんでん返しを平気でやってくれるのがちょっと。それまでは映画で描いていなかったはずなのに、最後になって実はこんなことが、なんて言うことを表現されるのは、ちょっとずるい感じがしてならない。ヒッチコック映画のように、映画の中にヒントを鏤めていてくれれば、観客があとで解説を見て、知って納得出来るのに。

『その女諜報員 アレックス』(Momentum)

2015年・アメリカ 監督/スティーブン・カンパネッリ

出演/オルガ・キュリレンコ/ジェームズ・ピュアフォイ/モーガン・フリーマン

四流映画らしさをいきなり見せてくれる。時々2.5流映画になったりして観客を戸惑わせる。観終わってしまえば、今観たばっかりなのに、もう内容を思い出せないくらいのストーリーだった。そういうひとときを送るのも悪くない。

ここまでこの「最近観た映画」欄を書き始まって7年と半年、もうすぐ2,200本という鑑賞数になる。それでもまだ観ていない映画は山ほどあるどころか、何万という映画を見残して死んで行くのは見えている。毎日1本を実行していたときから比べれば、この頃の体たらくは酷い。が、AMAZONプライムのお陰でだいぶ息を吹き返した。

1年に1本も観ないで時を過ごしている人も多いに違いない。先日、ちょっと年下で現役を引退した人から、「小河さん、毎日何をしています?」と聞かれた。即答できるほど際だったことをしていない。ただ、それを聞いてきた人がほとんど「映画など」観ないと言っていたのを思うに、少なくとも毎日1本は映画を観るようにしているよ、というのがその答えのような気がする。心を揺さぶられる映画を観ないで生きている人達を憂う。

『ブルックリンの恋人たち』(Song One)

2014年・アメリカ 監督/ケイト・バーカー=フロイランド

出演/アン・ハサウェイ/メアリー・スティーンバージェン/ジョニー・フリン

今日は2017年11月1日(水)。ブルックリンと言えばブルックリン・・ドジャースだろう。折しも2017年のワールドシリーズはついに第7戦目に突入した。1884年創立以来ニューヨークを本拠地としてきたが、1958年ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles Dodgers、LAD)になり現在に至っている。同じ年にサンフランシスコ・ジャイアンツもニューヨークから移ってきたという。

全チームで永久欠番となっている「42番」、1947年にアフリカ系アメリカ人として初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンがデビューした球団としても有名だという。ニューヨークにはいくつもの物語が映画で語られる。ロスとは対照的に暗黒の一面を持った社会だと認識されている。

一番近くて遠い存在の家族が心を共有できる時、それは家族の誰かが思いがけない災難に遭い、生死を彷徨っている時が唯一のようだ。この映画はそういう時間を思いっきり見せてくれる。家族の全員が何不自由なく自由気ままに生きているうちには、お互いを思いやる気持ちなんて湧いてこないらしい。不思議なものだ。

『マリアンヌ』(Allied)

2016年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/ブラッド・ピット/マリオン・コティヤール/ジャレッド・ハリス/サイモン・マクバーニー

大ヒット作や代表作品と呼べるものがないと思っているブラッド・ピット。人気だけはあるが大したことのない役者だった。この頃ようやく作品に恵まれてきたような印象がある。それでも題名をすぐに言えない。もっとも、私のことだから、題名なんてどんな役者だってよく覚えていないのが通常で、そんなことを言えた面ではない。

時代は第二次世界大戦さなかの1942年、主人公は連合軍のカナダからやってきた軍人、イギリス軍の諜報機関に属しアフリカ・モロッコでドイツ大使暗殺を実行する。相棒はフランスのレジスタンス、身を隠してこの主人公の妻としてアフリカの地に先乗りしていた。計画を完遂してあろうことか諜報員同士が結婚してしまった。あろうことか、と同僚が嘆いていたのだ。

久しぶりのスパイもの。と大枠で言ってしまうのは容易いが、スパイものはそのプロセスがおもしろいので、内容についてはこれ以上触れようもない。何かを隠しながら結婚生活を続けることは至難の業だ。一生知られずに隠し通せれば大したものだが、どこかで何かを知ってしまう相手が、何事もなかったようにそのまま添い遂げられれば仕合せというものだろう。この映画の主人公たちは、国家機密に属する身故の望まない結論に涙しなければならなかった。

『ラ・ラ・ランド』(La La Land)

2016年・アメリカ 監督/デミアン・チャゼル

出演/ライアン・ゴズリング/エマ・ストーン/ジョン・レジェンド/ローズマリー・デウィット

2016年最高の映画のひとつとして大ヒット、高評価を得た。。第89回アカデミー賞では『タイタニック』(1997年)、『イヴの総て』(1950年)に並ぶ史上最多14ノミネート(13部門)を受け、監督賞、主演女優賞(エマ・ストーン)、撮影賞、作曲賞 、歌曲賞(『シティ・オブ・スターズ』City Of Stars)、美術賞の6部門を受賞した。

いきなりの歌で想定通りと眉をしかめたが、だんだんとセリフが多くなり、これなら最後まで行けそうだと、気が楽になった。不必要な踊りや歌を入れて、ミュージカルと称さなければならないのは、どういう理由からなのだろう。何の脈絡もない手や足の動きは、どういう意味があるのだろうか。セリフを歌にのせて喋るくらいならまだ許せる。ミュージカル大嫌いな人種には、その技法なるものの真価を評することは出来ない。

成功物語かと思いきや、夢がこれからかなうかなという過程の始まりに、いきなり5年後というスーパーが出てきた。どこか満たされないストーリーで、大ヒットの世の中を薄っぺらだと決めつけてしまった。普段、あまりにも大したことのない映像、映画を観ているから、この程度を絶賛するのだろう。悪くてどうしようもないとは言わないが、大絶賛するほどの玉ではないと思う。ラ・ラ・ランドは、ロサンゼルスと「現実から遊離した精神状態」を意味するという。

『ラスト・タイクーン』(The Love of the Last Tycoon: A Western)

2016・2017年・アメリカ 監督/ビリー・レイ

出演/マット・ボマー/ケルシー・グラマー/リリー・コリンズ/ドミニク・マケリゴット

一昨日、Amazon Fire TV Stick なるものを買った。ずーっと気になっていたのだが、先日上京した時長女の家ではすでに導入済みだったことが、大きなきっかけとなった。1ヶ月前3980円だったと思っていたのに、4980円に値上がりしていた。NEWモデルと言うことで、何とリモコンに内蔵されたマイクで音声検索が出来るようになったらしい。タブレットとパソコンモニターで見ていたAmazon配信映画を、これからはテレビモニターで見ることになるのだ。

技術の進化を一番実感する機器だと思う。STICK PC の存在も知ってはいたが、イマイチ感が拭えなかった。PCの中のインターネット部分を抜き出して、映像を見せるというやり方は素晴らしい。しかもこの価格。テレビのHDMI端子にSTICKを差し、電源ケーブルをコンセントに挿せば、後はほんのちょっとした操作ですぐに見られるなんて。WI-FI環境は最終条件。昔のようなインストールという概念がなくなっている。どんどん人間は馬鹿になっていくのかもしれない。YouTubeだってhuluだってNETFLIXだって、niconicoも見られる。音楽だって。

この映画はAmazonオリジナル作品だという。監督エリア・カザン、出演ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソンで1976年に劇場映画が公開されている。アメリカの小説家F・スコット・フィッツジェラルドの未完の長編小説が原作だという。この作家の名前に多少縁がある。元妻の卒論のテーマがこの作家だったことを聞いた気がする。間違っていなければ。映画界が舞台なのも興味をそそる。今どきの表現で、シーズン1のエピソード1から9がラインナップされている。既にエピソード8までを一気に観た。原作者は、第6章の第1エピソードを書いた翌日の1940年12月21日、アルコール中毒からくる心臓発作で死去した。ということらしい。

『永い言い訳』

2016年・日本 監督/西川美和

出演/本木雅弘/竹原ピストル/堀内敬子/深津絵里/ 藤田健心/白鳥玉季/池松壮亮/黒木華/山田真歩

原作者自らが映画監督したというから恐れを知らない年齢なんだろう。これまでも、幾度もそういうことはあったが、評価の高かった作品はなかったような気がする。だからといって絶対してはいけないというわけではないが、どう考えたって自分でするより第三者が撮って、さらに第三者が編集した方が出来が良くなるのは見えている。

冒頭に夫が妻に家の中で髪を切ってもらうシーンがあった。妻はプロの理髪師、それはいい、指が大写しになって結婚指輪を薬指にしている。まだこのふたりが夫婦だと言うことを映画は語っていない。始まって早々のシーンなのだ。その後に、ふたりの会話の中で明らかに夫婦であることを証明するセリフが出てくる。二重なのだ。しかも映像と言葉でたたみかける。映画の余韻もない。無駄な時間を費やしている。観客は馬鹿だとでも言いたげに見える。

この夫婦も映画が始まった段階で壊れている。世の中の夫婦というのはどうしてこうも簡単に不仲になっているのだろうか。男も女もどれだけ勇気があるのだろうか。臆病な私は愛想を尽かされたって好きでいられる。一度好きになった相手を嫌いになるっていうことはない。それは自分の生きてきた道でもあるし、将来を見据えた選択だったのだから。

『君への誓い』(The Vow)

2012年・アメリカ 監督/マイケル・スーシー

出演/チャニング・テイタム/レイチェル・マクアダムス/ジェシカ・ラング/サム・ニール

なんともヤワな邦題だったが、結構深刻な話でおもしろかった。結婚している2人の乗った車がトラックに追突されて、女性が記憶喪失となってしまった。事実に基づいた物語には驚きの体験が描かれていることが多い。彼女の記憶喪失が特殊で、彼に出逢った前から以前のことは記憶にあった。置いてけぼりされたのは彼だけだったのだ。

アメリカ映画の中での結婚式には必ずと言っていいくらい神父の前での誓いの言葉がある。「病める時も・・・」と、結局は嘘はっぱちになってしまう言葉を平然と発する。あれだけ離婚率の高いアメリカでは、日常的に発せられている無意味な言葉なのかもしれない。

この映画での彼は違った。必死になって彼女の記憶を取り戻すために、いろいろな試みをするのだった。映画の最後に実際の家族の写真と共に、彼女の記憶はまだ戻っていない、と記されていた。いつまでも隣人を愛していられる生活は理想だが、現実はなかなかそうはいかない。気持ちだけで解決できる問題なのに、そこんところが難しい。人間が生きている証拠でもあるかもしれない。

『アメリカン・レポーター』(WHISKEY TANGO FOXTROT)

2016年・アメリカ 監督/グレン・フィカーラ/ジョン・レクア

出演/ティナ・フェイ/マーゴット・ロビー/マーティン・フリーマン/アルフレッド・モリナ

日本で劇場未公開になるほど酷い映画とは思えないが、実際に1本の映画をロードショーするプロセスを知っている者にとっては、さもありなんと思えるところがある。ジブリ作品やスターウォーズなら、誰でも劇場にブッキングすることは出来る。そうではない映画にとっては、いつどの劇場で公開できるのかは死活問題なのだ。配給会社にとっても同じく死活問題で、運が悪ければ3億円で買った映画さえ公開できないこともあり得るのだ。

長嶋一茂よりも低い打率で映画を当てることは難しい。それこそ、何もしなくても良い映画があれば、こんな楽な商売はない。ただ当てるだけのために映画を買ったり、宣伝したりしているのではない。そこら辺が分からなければ、食いはぐれのない職業を選択して人生を送っている人々には、永久に分からない真実が隠されている。

映画を見て心の底から涙を流せるなんて、とても信じられないことが目の前で起こる。止まることのない涙腺に、本当の自分の気持ちを初めて知る人も多いだろう。紛争地区に入って現地レポートをするなんて、異次元のことに思える。相当の覚悟と類を見ない鈍感力がなければ、あんな場所で生活することすら考えられない。原題のWHISKEY、TANGO、FOXTROTにはやりきれない現場生活を全うする秘けつのようなものを感じる。そうでなければ、人間さえもやっていけないかもしれない。

『キングコング: 髑髏島の巨神』( Kong: Skull Island)

2017年・アメリカ 監督/ジョーダン・ヴォート=ロバーツ

出演/トム・ヒドルストン/サミュエル・L・ジャクソン/ジョン・グッドマン/ブリー・ラーソン

髑髏島の生物:コング=体長:31.6メートル/ 体重:158トン/髑髏島の生態系の頂点に君臨する超大型類人猿。スカル・クローラー=体長:3.65 - 28.95メートル/体重:40 - 100トン/髑髏島で最も獰猛な生物で、後ろ足がなく前足(腕)2本だけで動き回る巨大な爬虫類。バンブー・スパイダー=体長:5 - 7メートル/竹林に生息する巨大なクモで、竹と同じ長さの足を竹に擬態させ、頭上から獲物を待ち伏せする。スケル・バッファロー=体長:13メートル(角の長さ:19メートル)/体重:22トン/水辺に生息している巨大スイギュウで、数日間水中に潜伏することが可能。リバー・デビル=体長:27メートル/髑髏島の入江に生息している、イカとタコを合わせたような姿をした巨大な頭足類。サイコ・バルチャー=翼長:2 - 3メートル/白亜紀の大絶滅を生き延び、髑髏島で独自の進化を遂げた翼竜。スポア・マンティス=全長:15メートル/レッドウッドの倒木に擬態する巨大昆虫。

監督ヴォート=ロバーツは「日本の漫画・ゲーム・アニメを見て育ち、今の自分のDNAとなっている」と公言する程の日本好きであり、本作の製作にも影響を与えている。本作についても「自分が子ども時代に触れてきた文化を、ゲロを吐くみたいに全部ぶち込んである」と語っている。映画全体には『もののけ姫』の要素が多く含まれているとし、登場するクリーチャーは「宮崎駿監督作品に出てくるようなもの。精神性があり美しく、パワフルなものを目指した」と語っている。この他にも『AKIRA』『メタルギアソリッド』などのオマージュが含まれている。また、序盤に登場する日本兵グンペイ・イカリの名前は『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジと、ゲームクリエイターの横井軍平から取られている。(Wilipediaより)

確かにゲロが吐きたくなった。髑髏島はキングコングだけが主役ではなかった。何のオマージュか知らないが、一番見たくないと思っている子供だましの闘いが全編に溢れて、大人を気取っている人種にはちょっとばかり混乱の脳波が。それなりに面白いのだが、CGを駆使した映像には飽きがくる。出来ない映像の時代が懐かしい。こんなものを見せられるから、昔のアクションが逆にちゃっちく見えてしまう。どっちもダメに見えてくるのが辛い。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(Rogue One: A Star Wars Story)

2016年・アメリカ 監督/ギャレス・エドワーズ

出演/フェリシティ・ジョーンズ/ディエゴ・ルナ/リズ・アーメッド/ベン・メンデルソーン/ドニー・イェン

アメリカのスペースオペラである『スター・ウォーズ』シリーズの実写映画本編を補完する、実写映画スピンオフ(外伝)作品シリーズ「アンソロジー・シリーズの第1作品目。それ故に実写映画本編とは異なり、オープニング・クロールが存在しない。

監督のギャレス・エドワーズ曰くタイトルの『ローグ・ワン』には3つの異なる意味が込められている。1つ目は劇中で戦闘中に個人または集団を指す軍隊での「コールサイン」としての意味で、2つ目は実写映画本編から逸脱する「アンソロジー・シリーズ」の第1作品目である本作自体が「Rogue」(「反乱者」)だという意味で、3つ目は主人公のジン・アーソを始めとした「ローグ・ワン」を構成する戦士たちも「Rogue」(「反乱者」)と呼べる者達であるという意味である。

物語の時系列は『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の直前に当たり、同作の冒頭でも触れられた銀河帝国軍の宇宙要塞である初代デス・スターの設計図の強奪任務を遂行した反乱同盟軍の活躍が、同作の10分前まで描かれている。(すべて Wikipedia より)

『破獄』

2017年(平成29年)・日本 監督/深川栄洋

出演/ビートたけし/山田孝之/松重豊/寺島進/渡辺いっけい/勝村政信/橋爪功/吉田羊/満島ひかり

原作は、吉村昭の長編小説。第36回読売文学賞(小説部門)受賞作品。1985年と2017年にテレビドラマ化された。脱獄の常習犯である主人公と、それを防ごうとする刑務官たちとの闘いを描いた犯罪小説である。また、戦前から戦後の混乱期にいたるまでの刑務所の実態を克明に描いた歴史小説との解釈も可能である。作者は“長きに渡り矯正業務に関わった人物(元刑務官)から聞いた、実在の天才的脱獄犯(白鳥由栄)にまつわる話を基にした”という。(Wikipediaより)

今回見たのは、2017年4月12日にテレビ東京で開局記念日スペシャルドラマとして放送されたものらしい。映像はテレビ映画の気がしなかった。おそらく映画と同じような手続きで撮影されたのだろうと想像する。だが、内容はつまらなかった。結局は脱獄犯が何度も脱獄するくだりを延々と映しているだけ。飽きが来た。勿論脱獄犯の妻や子供の姿を映し出して気分転換がはかられているが、あまり乗り切れないストーリーがうとましい。AMAZONプライムの紹介ポスターは韓国の王朝物語のような色彩とデザインで「破獄」という文字さえも読み取れない。おそまつ。

日本には宗教がない。罪を告白した人間に対する赦しがない。一度罪を犯すと、他人の目は厳しさしかない。だから今でも、しらを切り通す犯人が多いような気がする。無罪を訴えながら死刑になる人間がいるなんて、本来は考えられないが、そんな事件も何年かに1件は起こっている。不思議な国、日本だ。遠い将来。地球上に美しい日本という国があった、と言われる時代が来るような気がしてならない。

『フェンス』(Fences)

2014年・アメリカ 監督/デンゼル・ワシントン

出演/デンゼル・ワシントン/ヴィオラ・デイヴィス/スティーヴン・ヘンダーソン/ジョヴァン・アデポ

原作は1983年にオーガスト・ウィルソンが発表した戯曲『Fences』。この映画は極めて高い評価を得ており、第89回アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされ、ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞した。さもありなんという印象が強い。正直言っておもしろくなかった。

芸達者なデンゼル・ワシントンが舞台で一人芝居をしているような前半、喋っている字幕を読むのが辛くなるようなシーンが続いて辟易したのだ。妻に話す、長男に話す、次男に話す、しかも言っていることややっていることが頑固おやじの屁理屈みたいで、聞いていて賛同も出来なかった。

黒人の労働者がゴミ取り車に乗っている。残念ながら下層階級の匂いが感じられない高給取りデンザル・ワシントン。ただセリフをしゃべっているだけに聞こえて仕方がない。こういう役は無名で誰も知らないいかにも労働者が演じないと、臨場感が半端なく遠すぎる。最後はいい話のように見せているが、まったく入り込めないストーリーと演技に飽きが来た。こういう映画が評価されるのだ。私は映画のプロではない。

『わたしのハワイの歩きかた』

2014年(平成26年)・日本 監督/前田弘二

出演/榮倉奈々/高梨臨/瀬戸康史/加瀬亮/宇野祥平/中村ゆり/:鶴見辰吾

どんな映画、と問われてもまったく答えられない。観始まったすぐから、ながら映画と化してしまった。こういう映画に金を出す御仁はどういう人なのだろうか。作るのも恥ずかしいが、映画俳優と名乗って出演することも恥ずかしい。

この手の訳の分からない映画製作が結構多い。日本映画の場合だ。どうしたらこの映画を製作までこぎ着けたのだろうか。そう考えるとこの映画の存在そのものが大したものだ。出演している俳優?は一所懸命覚えた台詞を喋っている。手振り身振りも付け加えているが、舞台がオープンなだけで、小学校の学芸会と何ら変わりない。

ハワイに行きそびれてしまった。いつでも行けるという安心感が災いした。出張の帰りに航空券料金の追加をすること無くハワイに寄れることがわかっていたので、次回かどこかでなんて暢気な事を言っていたのが悪かった。負け惜しみを言えば、どうせ海岸や買い物や砂浜くらいだろうから、海外旅行の好きな歴史探索にはほど遠いので、いいとするか。

『バニー・レークは行方不明』(Bunny Lake Is Missing)

1965年・アメリカ 監督/オットー・プレミンジャー

出演/キャロル・リンレー/キア・デュリア/アンナ・マッシー/エイドリアン・コリ

主人公のひとりで未婚ながら子供を持つ女性、その娘の名前がバニー・レーク。アメリカからロンドンに引っ越してきて、娘を初めて幼稚園に送ったが、その日のうちに娘が行方不明になってしまった。昔よくこういうサスペンスがあったよなぁ~といった雰囲気がぷんぷんしてくる。

警察が乗り出すも、娘の姿を見た人がいない、ということから、もしかすると空想好きな主人公の空想なのではないかと、観客に思わせるところがミソ。サイコ・ホラーの様相を呈してくる後半は、その手の映画を思い出させる。同じことの繰り返しは、やっぱり映画を飽きさせることになる。

心の内を映画で表現するのは難しい。映画だけではない、目の前の人がなにを考えているのかなんて、実は誰にもわからないことなのだ。知ったかぶりして相手の気持ちを慮ったって、それが相手にとっては胡散臭い事柄になるのかもしれない。そんなことをお構いなしに生きて行ければ、こんな仕合わせなことはない。

『アデライン、100年目の恋』(The Age of Adaline)

2015年・アメリカ 監督/リー・トランド・クリーガー

出演/ブレイク・ライヴリー/ミキール・ハースマン/ハリソン・フォード/エレン・バースティン

主人公は1908年生まれなのに30歳の半ばに自動車事故に遭い、その時の落雷をうけ永遠に歳をとらない身体になってしまった。一般女性からすれば夢のような話だ。容姿も変わらない。だが、この映画の主人公は、歳をとらない自分の人生がこんなに苦労をするものだとは。

自分の娘が自分よりもはるかに歳をとった容姿になってしまった。この事実は二人だけの秘密、誰にも語れない永遠の秘密。不思議だったのは、容姿とIDカードとの違いにいち早く警察官が気がつくこと。本人の心配は、標本として政府に捕らわれるのではないかということ。へぇ~そうなんだ。そんなことで10年に1回住むところをかえるんだ、と新たな判断材料が新鮮だった。

金に飽かせて美貌を保とうとする芸能人がわんさわんさテレビに出てくる。どこまでやるのだろう、と思えるほどの若作り芸能人の姿は、これからどうなっていくのだろうか。もっとも、芸能人ばかりではない。一般人だって、ちょっとした小金持ちや金がなくたって美容に金を掛ける女性どもは、これでもかこれでもかと容姿に金を掛けている様子が垣間見られる。

『64-ロクヨン- 前編/後編』

2016年(平成28年)・日本 監督/瀬々敬久

出演/佐藤浩市/綾野剛/榮倉奈々/夏川結衣/緒形直人/窪田正孝/椎名桔平/奥田瑛二/仲村トオル/瑛太/三浦友和

とりあえず前編を AMAZON タブレットにダウンロードして、試聴を試みるつもり。結局新幹線の帰り道で前半の残りを観た。それ以外の時間帯は作れなかった。もともと持ち歩きのタブレットというつもりがなかったので、そんなに簡単に映画を観る時間を作れるわけもない。座席のテーブルにタブレットを置いて、Bluetoothイヤフォンで音を聞いている姿は、禿げあがったおっさんが何をやらかしているのだろう、と疑問を提供したに違いない。

前半戦は抜群におもしろい。役者の演技の格が違い過ぎるのがちょっと気になったが、内容としてはかなり秀でた作品に見えた。後半を明日に観よう。起きぬけに後編を一気に観てしまった。おもしろいんだけれど、同じような場面の繰り返しは興味が失せていく。最後のシーンへの突入は、前編の緊張感に比較すれば、イマイチというところ。子供を愛する人を描く映画が増えてきている。アメリカ映画はそればかりで、ちょっと食傷気味だが、日本の社会も人間も映画も、どんどん建前が本音に変わりつつあるのかもしれない。

昭和64年を忘れない。3度ほど皇居に行き記帳した。4月の天皇賞では枠連1-7の1点買い12000円が36万円になった。川奈のフジサンケイクラシックのプロアマ大会ではチームが優勝した。不思議な縁を感じる年となった。7日間しかなかった昭和の年を実体験したものだけが絶対忘れない年となった。

『ザ・コンサルタント』(The Accountant)

2016年・アメリカ 監督/ギャヴィン・オコナー

出演/ベン・アフレック/アナ・ケンドリック/J・K・シモンズ/ジョン・バーンサル

おもしろい。主人公は会計士。そんじょそこらにいる税理士なっかではない。しかも数学の天才会計士なのだ。さらに驚くことにこの天才会計士は自閉症なのだ。子供の頃から将来を案じる父親から、いざという時にも困らないようにと、武術を鍛錬させられていた。

自閉症は障害だと一般的に言われている。障害児や知的障害者という言葉にどうにも馴染めない。一方では特殊な才能を持っていることも知られているが、ここでそんなことを解説する必要もあるまい。この映画の主人公は高機能自閉症だとも言われている。Amazonプライムで100円で観た。終わりにいわゆるメイキングが付録であった。普段、このメイキングなるものを観たことがない。業界にいたくせにその製作過程の裏側を見せつけられるのが嫌なのだ。今回メイキングを観たのは初めてだろう。

3部に分かれてメイキングがあった。主人公を演じるベン・アフレックの言葉が印象深い。リアルな人間を演じることに最大限努力したという。自閉症をリサーチしたことは言うまでもない。アクションもリアルに、と制作側のスタッフ証言もかなり興味ある。危険な会計を引き受ける主人公、闇の金を洗浄するためには自分の身体も危険にさらされる。シリーズものになってもおかしくないおもしろさだ。映画の台詞の中で、アメリカの68人に1人は自閉症と診断されるという表現があった。天と地ほど違う個々の自閉症の人、もっと人間に優しい言葉がないのだろうか、自閉症じゃなくて。

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(Miss Peregrine's Home for Peculiar Children)

2016年・アメリカ 監督/ティム・バートン

出演/エヴァ・グリーン/エイサ・バターフィールド/クリス・オダウド/アリソン・ジャニー

原作は、2011年にランサム・リグズが出版した同名小説だという。日本のおとぎ話とはまったく違う様相を呈していて、そのはなしの中に入り込むのが困難だった。それはDNAの問題ではなく、年齢の問題なのかもしれない。古いヨーロッパに伝わってきた話なのかと思ったくらいだったが。

特殊な才能を持つ子供たちが場を賑わす。時間のループというテーマに沿って、無間地獄へと観客を誘う。残念ながら、物語に入り込めない人間にはちょっと苦痛な時間が続いた。特殊な才能は映画では禁じ手だ。スーパーマンが一番分かり易い。スーパーマンのような人間が何人も登場したら、もう終始がつかない。

こういう映画を観るたびに人間の才能とは?と、不思議がる。次回観ることになる自閉症ながら数学の天才会計士の話と似てくる。何が仕合わせの基準なのかと、いつも正しい回答は待っていない。あれは欲しい、これも欲しい、と何かを求めながら生きている現実があるなら、その瞬間が一番仕合わせなのだろうと思う。ひとつずつ手に入った物がが増えるたびに、仕合わせがひとつずつ逃げていくのだろう。

『空飛ぶペンギン』(Mr. Popper's Penguins)

2011年・アメリカ 監督/マーク・ウォーターズ

出演/ジム・キャリー/カーラ・グギノ/マデリン・キャロル/マックスウェル・ペリー・コットン

きょうは、2017年10月1日。ジム・キャリーでこの題名ならちょっと身構えて観なければ、と思っていた。調べた結果、何と日本では劇場未公開でビデオのみ発売になったという。そこまでひどい映画とは思えなかったが、いわゆる何処の劇場でいつ公開するんだと劇場側に問われても、配給会社に答えはないと思われる。

彼が映画に出始まった頃はこちらは現役映画マンの最絶頂の頃、どうしても彼を好きになれなかったし、受け入れなくても映画の仕事に支障はなかった。ところがどうだ、この頃になってどんなジャンルでも観る映画生活になったら、彼の映画がおもしろく感じるようになった。単なる食わず嫌いだったのかもしれない。

このペンギンだってはちゃめちゃだけど、そこがいいのだ、と言えるような自分になった。彼自身に変化はないのだろう。驚くのは、映画の中ではあるが、ペンギンを連れて街を歩く彼や高級マンションの部屋の中でペンギンと戯れる子供たちや元妻が、平然として対応していることだった。このあたりは日本映画だとしたら、周りの人間の狂騒の方がクローズアップされるに違いない、などと思ってしまう。

『星に想いを』(I.Q.)

1994年(平成年)・アメリカ 監督/フレッド・スケピシ

出演/メグ・ライアン/ティム・ロビンス/ウォルター・マッソー/スティーヴン・フライ

メグ・ライアンの顔が若くていきなりびっくりした。そう、彼女の映画『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally...・1989年)はヘラルドが配給した粋でおしゃれな映画で大好きだった。その5年後だから、まだまだ若い。トム・クルーズの『トップガン』(Top Gun・1986年)にも出演していることを今回初めて知った。

プリンストン大学の数学者の美しく聡明なキャサリン・ボイドが主人公。彼女はかの有名なアルバート・アインシュタインの姪だというところからして、コメディが始まっている。軽いタッチのコメディはアメリカ映画の得意とするところでもある。もっとも、どのジャンルでもアメリカ映画は卓越していて、日本映画の入り込む余地なんかこれっぽっちもない。

数学者の脳がどうなっているのか知りたいものだ。目の前を通り過ぎる数字のすべてが検索対象になっていて、さぞつらいだろうなぁ、と素人には映る。凡人が凡人であることを理解しないで必死に生きていくことが、人間にとって一番仕合わせなことだろうと、私は強く思っている。あるいは、自分は出来がいいのだと錯覚しながら人生を全うできるに越したことはない、と思っているのかもしれない。

『悲しみが乾くまで』(THINGS WE LOST IN THE FIRE)

2007年・アメリカ 監督/スサンネ・ビア

出演/ハル・ベリー/ベニチオ・デル・トロ/デヴィッド・ドゥカヴニー/アリソン・ローマン

こんなベタな邦題を付ける配給会社はどこだ、と怒りにも似た感情がわいた。角川映画だった。観る前からそんな冷静ではないことはめったにないが、宣伝部に配属が決まったばかりの若者が付けたような題名に腹が立つ。

親友とはどういう存在なのかを教えてくれる。陰の主人公は、この映画が始まって早々に死んでしまう。その死を引きずって生きていくのは妻、ヘロインに走ってしまった夫の親友とは接触すら持ちたくないと願っていた。

哀しいから涙が流れるのではない。懸命に生きる人間の姿に感動するのだ。子供から慕われる大人には共通のかたちがある。哀しい出来事を背負って生きるのは、いつだって生き残った人たち。生きていくことは、生かされていること。自分の意志で生を全うできるのなら、とっくの昔に息絶えている自分だろう。

『ジミー、野を駆ける伝説』(JIMMY'S HALL)

2014年・イギリス/アイルランド/フランス 監督/ケン・ローチ

出演/バリー・ウォード/シモーヌ・カービー/ジム・ノートン/アンドリュー・スコット

勇気のある邦題だ。この題名で大きな劇場に掛けるわけにはいかない。それが映画界の掟だ。せいぜいミニシアター系でのロードショーと割り切らなければ、こういう題名を付けるわけがない。一方、たぶん内容的にはかなり映画的でおもしろいだろう、と題名は物語っている。

1930年代のアイルランドを舞台に、実在の活動家ジミー・グラルトン(Jimmy Gralton)を描いたドラマ映画。第一次世界大戦と第二次世界大戦にはさまれた世界恐慌の時代、自給自足生活のような地域にも大きな経済的影響があったようだ。

カトリックという大宗教に支配されて住民はあっぷあっぷしている。民主化を阻害するのは、なんと教会だったのか。偉そうに教育から生活までをも教会が支配している。今では、そして日本では考えられないような暴挙に見える。恐ろしきは洗脳。北朝鮮国民がこの世のものとは思えない洗脳社会から解放される時がやって来ることを切に願う。

『グレイティスト』(The Greatest)

2009年・アメリカ 監督/シャナ・フェステ

出演/ピアース・ブロスナン/スーザン・サランドン/キャリー・マリガン/アーロン・ジョンソン

ピアース・ブロスナン主演で贈る感動のドラマ。スーザン・サランドン、キャリー・マリガンという豪華キャストが揃ったが、日本での劇場公開は見送られた。ピアース・ブロスナンは製作総指揮も務めた。(Yahoo!映画より)

この原題から家族ものを想定できなかった。ましてや交通事故で突然息子を失った父親と母親と弟、そしてまだ18才なのに一度限りの初めてのSEXで妊娠した女性たちが、死んでしまった若者をめぐって、どうしようもないやり場と葛藤にさいなまれる姿を映し出す。

The Greatestというタイトルは何を表すのか説明して欲しい。私の知識や検索能力では、その意味するところがいまだ分かっていない。腑に落ちないでいることは性に合わない。誰か教えてください。映画は結構いけてると思うが、どこをどうやって宣伝すれば間違ってヒットするのか、これこそが想定できない。だからオクラになったのだろうか。贅沢な話だ。

『ロックアウト』 (Lockout)

2012年・フランス 監督/スティーヴン・セイント・レジャー

出演/ガイ・ピアース/マギー・グレイス/ヴィンセント・リーガン/ジョセフ・ギルガン

西暦2079年。地球より少し離れた宇宙空間には、実験的に作られた刑務所「MS-1」が存在していた。500人にも及ぶ凶悪な囚人たちをコールドスリープの技術を用いて収監しているこの刑務所では、厳重な警備体制により未だ脱獄した者がいなかった。(Wikipediaより)というSFアクションものだ。

映画の近未来映像は、結構現実に起こり得るのもそれらしいと思っているが、あと60年後にこんな世界が出現するのはないだろうと思っている。ところが、現実人間社会は、現実に生きている人間が考える以上のスピードで進化していることも間違いない。携帯電話然り、まだ30年も経たないのに、目の前で携帯電話世界が変化を遂げた。

テレビ画面だってそうだ。30年前のスクリーンで見える会社や家庭のテレビ画面を見ると、古さが際立って見えることが分かる。日本国内のことだって、今やバブル時代のファッションや歌は、お笑いネタの提供元となっている。知らず知らずのうちに変化する環境、手をかざせば水が流れ落ち、ドアの前に立てば扉は自動で開くし、もうシャワー・トイレがなければアメリカでのスプリング・キャンプにも参加しないと宣言するプロ野球選手が現れるくらいだから、始末におえない。

『リスボンに誘われて』(Night Train to Lisbon)

2013年・ドイツ/スイス/ポルトガル 監督/ビレ・アウグスト

出演/ジェレミー・アイアンズ/マルティナ・ゲデック/シャーロット・ランプリング/ジャック・ヒューストン

原作はスイスの作家で哲学者のパスカル・メルシエの小説『リスボンへの夜行列車』、偶然手にした1冊の本に心奪われた1人の教師が、若くして亡くなった著者を知る人々を訪ね歩く姿を通して、独裁政権「エスタド・ノヴォ」時代のポルトガルに生きた1人の青年の波乱の人生を描く。(Wikipediaより)

スイスのベルン、高校で教師をしている主人公が、突然巡り合った1冊の本に触発され、授業をほっぽり出してポルトガルのリスボン行きの夜行列車に乗ってしまった。そんな馬鹿な、と思えるシーンから始まるこの物語は極めて映画的で興味をそそられた。その興味ほどに面白く映画は展開しないが、そこそこのおもしろさで最後まで魅せてくれる。

学生時代に覚えてしまった一人旅の楽しさ、1か月も一人で旅していると、最後にはもう家に戻りたくないという気持ちになったことも覚えている。旅の出逢いもそれなりにあったが、もう誰一人音信が続いている人がいない。人生とはそんなもので十分なのだろう。いつまでも昔のことを振り返って懐かしんでいたって、あしたのおまんまが降ってくるわけではない。

『シビル・アクション』(A Civil Action)

1998年・アメリカ 監督/スティーヴン・ザイリアン

出演/ジョン・トラボルタ/ロバート・デュヴァル/トニー・シャルーブ/ウィリアム・H・メイシー

普段は民事を争う弁護士をしている主人公。ジョン・トラボルタは、恰幅のいい容姿となって弁護士役も卒なくこなしている。活舌や声周りがいいので、弁護士を演じるのには十分だ。環境汚染問題を偶然扱うことになってしまった主人公、意地でもやり通そうとするがそんなに甘くない。

事実は小説より奇なりというが、事実に基づいたこの映画の結末は想定外だった。ハッピーエンドで終わってしまうには時代が経ち過ぎた。スムーズに勝訴になるなんていうことはなく、狡猾な大学教授兼弁護士にしこたま人生の苦みを味わされることになった。

真実は神のみぞ知る世界をどう評じるのかが弁護士の仕事、口も達者でなければ強い弁護士にはなり得ない。真犯人だって無罪を主張する人間を弁護するのが仕事なら、悪法だろうが条文を盾に自分の論理を組み立てていく。こういうケースでこんなことを言ってはいけない、とか、こんな時のこういう質問が致命傷だと学生に教えている片方の弁護士。その通りに悪い見本をやってしまう主人公が・・・。破産までして最後に勝つのは真実だ、と青二才のようなことを言ってしまう主人公が好きだ。大学教授は平気でそういう輩を貶める。それが現実の社会なのだろう。

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(Jack Reacher: Never Go Back)

2016年・アメリカ 監督/エドワード・ズウィック

出演/トム・クルーズ/コビー・スマルダーズ/オルディス・ホッジ/ダニカ・ヤロシュ

AMAZON タブレットを買って、まさか8インチ画面で寝転びながら映画を観るようになるとは。この前観た『再会の街で』ではじめて使い、これが2作目のタブレット映画鑑賞だが悪くない。テアトル東京のスクリーンを見上げながらの映画鑑賞が最高と認知している人種にとって、まさか8インチ鑑賞がこんな簡単に許されるとは。

画質を最高にして観るとかなりいい。昔ながらのスクリーンのざらざら感がなんとも言えないと思っている人種にとっても、あまり綺麗過ぎる画面は抵抗があるのかもしれない。それでも、それを素直に受け付けてしまえるのは観客側の問題なのだろうか。

アクション映画は大画面で、と言うのは定番の意見。こんな小さいもので観ても迫力がないよなぁ~、と思うのは観る前までのことだった。目の前10cmで映画を観ることがあるなんて、現役サラリーマン時代に映画業界に在籍した人間にとってはまったく想像だにしなかったこと。こうなるとシネコンなどで中途半端な大きさのスクリーンを距離があって観る方が、不満足な映画鑑賞になってしまいそうだ。

『エクス・マキナ』(Ex Machina)

2015年・イギリス 監督/アレックス・ガーランド

出演/アリシア・ヴィキャンデル/ドーナル・グリーソン/オスカー・アイザック/ソノヤ・ミズノ

想像の範囲内のロボットしか現実社会にはいない。いくらAIが進歩しようが、そのへんにいる極く極く普通の人間を超えるロボットが登場することは不可能だろう。まさしく人間の格好をして、外面上は区別がつかないロボットが作られる、ということがこの映画のテーマ。世界一の検索エンジンを作り上げたこの映画の主人公は、人知れず島でひとりでこのロボットを作っている。

まだ完璧に完成しているわけではない。優秀な社員のひとりを選んで、さらなるロボットの進化のためにデータをとることを任せた。ロボットが現実味がなくてちょと引いてしまう。特撮技術がどんどん進歩してロボットも想像を超える姿形となってしまった。

世界のロボットは人間の姿形を模して作ることは希だ。技能に特化したロボット技術がかなり進化しているようだ。日本のロボットはそういうロボットばかりではなく、人間の表情を模したものもだいぶさまになってきている。ただ、人間と区別がつかないロボットがもし出来たとしても、それは途方もない遠い未来になるだろう。

『ガール・オン・ザ・トレイン』(The Girl on the Train)

2016年・アメリカ 監督/テイト・テイラー

出演/エミリー・ブラント/レベッカ・ファーガソン/ヘイリー・ベネット/ジャスティン・セロー

原作の小説があるらしい。活字でならおもしろいかなと、想像は出来る。

原作がおもしろいからと言って、その映画化がおもしろいとは限らない。その見本のような映画だろう。

もっとも、途中でどうにも我慢がならず、何度も眠ってしまったというのが実情。

『プレイス・イン・ザ・ハート』(Places in the Heart)

1984年・アメリカ 監督/ロバート・ベントン

出演/サリー・フィールド/リンゼイ・クローズ/エド・ハリス/レイ・ベイカー

『クレイマー、クレイマー』で第52回アカデミー監督賞・脚色賞を受賞したロバート・ベントンが本作でも監督・脚本を兼任し、第57回アカデミー賞において脚本賞、主演女優賞を受賞。1935年の大恐慌時代のテキサス州の小さな町での物語。

夜の11時過ぎに観始まって、結局最後まで続けて観てしまった。保安官をしていた夫が突然黒人の少年に射殺されてしまった。住民はその少年を車で引きずり回して殺して木から吊るして見せしめをするという時代性が凄い。夫を失って、明日のお金がない。殉職でも一銭もお金が入ってこないというのも驚く。

それでも女は強い。男だって強い人もいるだろうが、一般的に女の生活力にはとてもかなわない。誰しもが認めるところだ。離婚するのはいい、子供の親権を持つのもいい、但し、この映画の主人公のように逞しく生きて欲しいと我が三女のこれからを憂う。

『クリエイター』(CREATOR)

1985年・アメリカ 監督/アイヴァン・パッサー

出演/ピーター・オトゥール/マリエル・ヘミングウェイ/ヴィンセント・スパーノ/ヴァージニア・マドセン

大学の先生には変わった人が多い、てなことを先入観として持っている。どこからそういうことが起こっているのだろうか。不思議だ。私だけがそんなことを考えているわけではなく、おそらく多くの人がそんな風に思っているような気がする。

この映画の主人公の大学教授もしかり。バイオテクノロジーを使い、亡き妻の再生を試みる教授、大学内では同僚や学生からも変な目で見られている。訳の分からないシーンが続いて、ようやく、なんとなく意味が分かってきた頃に終わりとなってきた。前回観た映画も同じようだった。理解する能力が本当に衰えて来たのか、それとも誰が観てもそう思うのかは分からない。

ひとつのことに熱中し、そこから飯の種をもらえる人生は仕合わせなのか、不幸なのか。万が一に夢のような研究が成就すれば、それこそノーベル賞ものだが、そんな暢気な人生が許されるのは学者の特権だろう。一般サラリーマンは普通に才能がなければ、出世すらもおぼつかず、毎日愚痴を言いながら酒浸りになる人生となる事は明白だ。

『メイジーの瞳』(WHAT MAISIE KNEW)

2012年・アメリカ 監督/スコット・マクギー/デビッド・シーゲル

出演/ジュリアン・ムーア/アレキサンダー・スカルスガルド/オナタ・アプリール/ジョアンナ・ヴァンダーハム

メイジーは主人公、小学校に入って間もない頃の想定だろうか。毎日のように夫婦喧嘩をしている。母親は口汚く父親を罵倒する。聞くに堪えない会話から逃れる術もない。案の定、両親は離婚してしまう。激しく罵りあうシーンを何度も見せつけることが、この映画の肝だったようだ。

何故、夫婦は当たり前のように喧嘩ばかりしているのだろうか。仲の良い夫婦は例外的な感じで扱われるのは、不思議な現象で仕方がない。アメリカの映画で見せつけられる恋人同士は永久に「愛してる」と言い続けるような描き方をされるけれど、いつの間にか双方に新しい恋人が出来てしまう。もしかすると、常に新しさを求めることの方が、より人間的なのかもしれない、と最近ようやく気付いた事だった。

10日ごとに母親と父親に引き取られる主人公、あなたを一番愛してると言われても、とても信じられる現実ではなかった。それぞれが再婚して、それぞれの結婚相手が主人公を引きとりに来るようになって、事態は大きく変わっていく。罵りあわない義理母と義理父、本当の両親でなくたっていい、目の前での喧嘩がないだけ仕合わせと思える生活が始まる。このあたりで映画はようやくおもしろくなったが、そこでストーリーは終わりに近づいてしまった。

『沈黙 -サイレンス-』(Silence)

2016年・アメリカ 監督/マーティン・スコセッシ

出演/アンドリュー・ガーフィールド/リーアム・ニーソン/アダム・ドライヴァー/窪塚洋介/浅野忠信/イッセー尾形

原作は、遠藤周作の小説『沈黙』(1966年)。構想は1991年から存在しており、マーティン・スコセッシ監督の「念願の企画」といわれていたらしい。企画は2009年から具体化したが、先延ばしになっていた。2011年12月、スコセッシは『沈黙』が次回作になると述べた。2013年4月、『沈黙』の撮影が2014年7月から台湾で開始されると発表された。製作が長く難航したのは17世紀の日本という舞台を再現するのが非常に高くつくためで、台湾は予算が抑えられるために撮影地に選ばれたという。

遠藤周作の「沈黙」というタイトルは、知っている人の方が多いだろう。ただ、活字をたしなまない自分には絶対読むことがないであろう小説であることは確かだった。映画化されるという段階から早く観てみたいという衝動は抑えきれない。今回amazonプレミアで500円という金額でこの時期に観ることが出来たが、高いのか安いのかは分からない。でも、ひとまず観られた満足感があった。同じことの繰り返しという点ではちょっと映像的に不満足な点もあるが、その人々を圧倒する映画内容が素晴らしい。観たものだけが味わえる珠玉の時間かもしれない。

遠藤周作ものをヘラルド時代1本扱っている。『海と毒薬』(原作/1958年・映画/1986年)。もちろん原作を読んだことはなかったが、映画は私好みだった。監督の熊井啓とも2時間くらい喋ったことがあった。映画宣伝マンのプロではない私にも、そういう時間があったことが今ではひどく懐かしく感じられる。宣伝部長という役割も、今から考えればなかなか都合のいい立場だった。

『スノーデン』(Snowden)

2016年・アメリカ 監督/オリバー・ストーン

出演/ジョセフ・ゴードン=レヴィット/シャイリーン・ウッドリー/メリッサ・レオ/ザカリー・クイント

2013年8月1日、スノーデンは、ロシア連邦移民局から一年間の滞在許可証が発給され、5週間以上滞在していたシェレメーチエヴォ国際空港を離れ、ロシアに入国した。スノーデンの弁護士によると、ロシアでは普通の生活を送り、仕事をしたり様々な都市へ旅行しているという。2014年7月、弁護士によりロシア内の滞在期間延長が申請され、3年間の期限付き居住権を得た。2017年1月に、スノーデンに対するロシアの居住許可は、2020年まで延長されている。(Wikipediaより)

これは事実の結果であり、この映画の描く内容は、そこに至るスノーデン本人の人間そのものである。超有名な話でも時が経つにつれ、彼の名前も忘れ去られようとしている。アメリカにトランプ政権が誕生し、スノーデンがアメリカに戻れる可能性がまたなくなったような気がする。ただ不思議なのは、国を売ったからと裁判に掛けられる可能性のある人物が、またロシアという国に守られているという不思議さである。

監視カメラがどうのこうのと議論になっていた日本だが、今や監視カメラなくしては犯罪の摘発に有効な手段が優るものはない、と全日本国民が認知したようだ。こういう歴史を経て、少しずつ人間は進歩していくんだ、といういい見本かもしれない。スノーデンが暴露したアメリカの監視システムも、実は全世界で当たり前のように採用される時代が来ている。

『サイレント・ランニング』(Silent Running)

1972年・アメリカ 監督/ダグラス・トランブル

出演/ブルース・ダーン/ジェシー・ヴィント/クリフ・ポッツ/ロン・リフキン

『2001年宇宙の旅』や『アンドロメダ…』の特撮を手がけたダグラス・トランブルが監督を務めたという。その割にはこの映画の宇宙空間はちゃっちい。出来損ないの宇宙船内部やロボットなどを見ていると、『2001年宇宙の旅』を観たことあるのかと罵りたくなったが、監督が特撮の本人とは知らなかった。

映画とは金のかかるものだと改めて分かる。技術があったって、それを実現するだけの金がなければ、現実妥協をせざるを得ない。映画を見比べれば明らかに違う。眠ってしまった言い訳をさんざん書くことになってしまう。

この時代のテーマは似通っている。地球に緑がなくなってしまうという世界、40年、50年前には地球を危ぶむ意見が圧倒的だった。今や異常気象がどうのこうのと世界が大騒ぎしているが、何十億年も経っている地球年齢のことを言う学者がいないのが不思議だ。おそらくはたくさんいるのだとは思うが、地球がおかしいという言い方をしないと視聴者受けしないと勘違いしているマスゴミ(塵)の責任が大なのではなかろうか。

『きのうの夜は…』(About Last Night...)

1986年・アメリカ 監督/エドワード・ズウィック

出演/ロブ・ロウ/デミ・ムーア/ジェームズ・ベルーシ/エリザベス・パーキンス

デヴィッド・マメット作の『シカゴの性倒錯』(Sexual Perversity in Chicago)という戯曲を基に、エドワード・ズウィック監督がロマンティック・コメディとして映画化した。ロブ・ロウとデミ・ムーアの激しいセックス・シーンは当時大きな話題となった。もう30年前の映画になるんだ。デミ・ムーアは、この4年後に『ゴースト/ニューヨークの幻』(Ghost・1990年)が世界中で大ヒットし、大女優の仲間入りをするなんて、まだ知る由もない。

乳首もあらわに大スクリーンに映し出されるなんて、と訝っていたが、さすがにゴーストの前の作品だったことで、何となく納得。ゴーストの後では、さすがのアメリカ女優も、この程度の映画でそこまで裸身をさらけ出すなんてことはないだろう。

この時代のアメリカ人の若者の苦悩の一端が垣間見れる。ただSEXだけの相性で同居をはじめる男女は多かったようだ。それでも結婚に至らないのは、「愛」だとか「恋」の問題が解決されないからのようなのだ。手当たり次第に相手を替えていくのは男も女も同じこと。最近別れたの、と今の日本人若者も平気で口に出すが、30年前のアメリカのような自由奔放さは、まだまだ追いつかない。おそらく、この分野の進行度はあと30年後も追いつかないだろうと、想像出来るが。映画はおちゃらけが最後までおさまらず、軽い映画となってしまった。

『100歳の少年と12通の手紙』(Oscar et la Dame rose)

2009年・フランス/ベルギー/カナダ 監督/エリック=エマニュエル・シュミット

出演/ミシェル・ラロック/アミール/マックス・フォン・シドー/アミラ・カサール

原作は、フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットのベストセラー小説『神さまとお話しした12通の手紙(原題:Oscar et la Dame rose)』という。活字に疎い私なんぞは、見たことも聞いたこともなかった未知の世界の産物だ。原作者自らが脚色、監督して映画化した作品。普通そこまでやると、映画はつまらないありきたりなものになるのだが、この映画はおもしろい。

ストーリーを活字化すると「白血病」だの「神」だのが登場して実に陳腐な物語に見えてしまうのが恨めしい。活字でも映像でも最初からかかわりあって、最後まで行ければ、それに触れた人々にはなにがしらの感動が宿ることになる。が、今風にネットで調べてふむふむと軽率に理解したつもりになってしまう状態が一番やばい。

元気な時には両親が思いっきり自分にぶつかってきたことを感じていた主人公、まもなく天国に召されると医者に告げられた瞬間から、急に腫物にでも触るように、笑顔しか見せなくなった。そんな偽善は重病人には一番嫌なことかもしれない。はっきりと事実を理解し、その上に立って相手を慮らなければ、すべての人生が嘘にまみれてしまうことを死に行く人は知っているのだ。

『ヒラリー・スワンク ライフ』(Mary and Martha)

2013年・イギリス/アメリカ 監督/フィリップ・ノイス

出演/ヒラリー・スワンク/ブレンダ・ブレシン/サム・クラフリン/フランク・グリロ

アメリカの母と小学生の息子が、イギリス生まれで大学を卒業したばかりの青年との出会いは、アフリカだった。二組のアフリカ行きへの経緯が、激しく何度も画面が切り替わりながら語られる。シーンが落ち着いた頃には、この二組の出会いが何のためだったのかが判明し、なるほどさすがはアメリカ映画、こういう切り口もあったのかと感心させられた。

全世界中でこの50年間にテロでなくなった人+なんたらかんたら+なんたらかんたら、よりも、1年間でマラリアで亡くなっていく人が何十倍もいるという現実は凄い。アメリカはそういう危機を見て観ぬ振りはしない、世界のリーダーとして国家予算でマラリア対策をやっていると、大見得を切っている。言い切れるのが凄い。日本とは比べものにならない社会観が見て取れる。トランプが登場するまでは、と但し書きを付けたくなるような事実だった。

アフリカの地でマラリアで息子を亡くしたふたりの母親、ひとりはアメリカでのキャリア・ウーマン、ひとりはイギリスでの専業主婦。それぞれの立場の人間生き様を問いかけながら、時にはマラリア撲滅キャンペーンの様相を孕みながら、映画としてどんどん他人を巻き込んでいく力は素晴らしい。

『世界一キライなあなたに』(Me Before You)

2016年・アメリカ/イギリス 監督/テア・シャーロック

出演/エミリア・クラーク/サム・クラフリン/ジャネット・マクティア/チャールズ・ダンス

障害者の自殺幇助・安楽死を扱った問題作。ロマンティック・コメディと銘打たれた本作の結末については、一部の映画評論家などが賞賛する一方で、多くの障害者活動家やレビューアーから非難の声が寄せられた、とWikipediaに書かれている。結局、そうなってしまうんだ、とこの一文を見ただけで落胆する。

この邦題がそもそも。映画の内容を書いてあるページのどれを見たって、素直に納得出来ないだろうと思いながら観ていた。久しぶりに清らかな涙が流れて、気持ち良かった。映画を語る時に大島渚の記者会見をいつも思い出す。アホな新聞記者が「この映画にどういうメッセージを?」などと聞こうものなら、「バカもん!」映画を見なさい。君の感じるものがメッセージだ、というような答えが返ってくる。

前述Wikipediaも然り。障害者の自殺幇助・安楽死を扱った問題作という書かれ方をしたら、その時点でこの映画の命は途絶える。この映画は何が言いたいのかではなく、この映画を観てあなたは何を感じるのか、何を思うのか、あなたは何を考えるのかを問うているのだ。映画は観なくては始まらない。観た人なら非難する資格はあるだろう。また、私のように絶賛する資格も得られるだろう。

『飛べ!ダコタ』

2013年(平成25年)・アメリカ 監督/油谷誠至

出演/比嘉愛未/窪田正孝/柄本明/洞口依子/中村久美/芳本美代子/螢雪次朗/ベンガル

太平洋戦争の終結から5か月後に佐渡島で起きた実話を基に、脚色を加えている。撮影に際し、タイに現存する「ダコタ」(DC-3)の同型機を佐渡に移送して復元、ロケはすべて同地で行われた。(Wikipediaより)

秘話が、60年以上も表に出なかったのには理由がある。制作進行(現地コーディネーター)を担当した地元・佐渡出身の渡辺啓嗣さん(32)によると、「不時着時、まだ海外戦地から日本兵はほとんど帰還しておらず、島には年寄りと子供と女性ばかりが残っていたため」で、戦後、この秘話を語り継ぐ者もほとんどいなかったのではないかという。もう1つの理由を、渡辺さんは「戦争で亡くなった方もいたり、この事件の後に引き揚げてきた方も少なくない。戦地で部下を殺された人もいる。この出来事を素直に“良いことをした”と言える時代ではなかった」と解説する。

表に出る直接のきっかけとなったのは、3年前、「ダコタ」を無事離陸させるため米軍基地から派遣されていた米人整備員の子息が、佐渡を訪問、「父が佐渡で世話になり、ぜひ1度佐渡に行きたいと言いながら亡くなった」ことを関係者に告げたことだった。撮影全体にかかわったエキストラ、裏方、石の制作などの協力者は3,000人に及ぶ。まさに「佐渡ん人間」の根性を見せつけた、全島協力の映画だといえる。関係者は、「ダコタ」の不時着の時と同じように、「名もなきおばちゃんや女性たちの協力がなければ映画はできなかった」と評している。(ニッポンドットコムより)

『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』(Bridget Jones's Baby)

2016年(平成年)・アメリカ/イギリス/フランス 監督/シャロン・マグワイア

出演/レニー・ゼルウィガー/コリン・ファース/パトリック・デンプシー/ジェマ・ジョーンズ

日本語での名前の表記はレニーとされることが多かったが、TVのインタビューにおいて本人が「多くの人が私を『レニー、レニー』と呼ぶけど、私は“レニー”じゃなくて“レネィ”だから」と発言し、訂正している。2005年に日本で公開された2作ではレネーと表記された。実際の発音もでレネーに近いが、原音により近い日本語での表記は、「レネイ」または「レネーイ」であろう。(Wikipediaより)

何とも言えなく愛らしい彼女が好きだ。体つきも好きな要素の一因かもしれない。前作をしっかり観ていた気がしているが、今回ちょっと顔も身体も細くなったんじゃない、と思った。イメージというのは恐ろしい。彼女はちょっと太めだというイメージが強過ぎたのかもしれない。前作のシーンが今回の中でも出てきたが、決して痩せたわけでもなかったことが分かった。

それと、こんなに下ネタ満載だったっけ?、ということが。1週間の間にふたりの男とSEXをして、その結果43才にして妊娠したけれど、どちらが父親か分からないというのが今回のオチ。SEXなんて息抜きのスポーツの類いなんだと言うことがよーく分かる。50年前のアメリカ映画では、あんなに堅かった男女関係が。同じことの繰り返しでちょっと飽きが来るが、それでも彼女の微笑みを観られるだけで、仕合わせになれるのが嬉しい。

『ジェイソン・ボーン』(Jason Bourne)

2016年・アメリカ 監督/ポール・グリーングラス

出演/マット・デイモン/トミー・リー・ジョーンズ/アリシア・ヴィキャンデル/ヴァンサン・カッセル

『ボーン』シリーズの5作目であるが、2012年の『ボーン・レガシー』の続編ではない、というあたりがこのシリーズを観ているなかでの問題点だ。おもしろシリ-ズで、間違いなく全部観ている。が、毎回そのスピーディーなストーリー展開について行けない自分を発見する。

続き物ではあるが1回完結型になっているところも凄い。1作目から1日中この映画を観たい気分にさせられる。でも、疲れるだろうな~。人間アクションもカーアクションも生半可ではない。なんといっても戦う相手がC.I.Aなのだから、世界中の監視カメラを駆使して主人公を探し出してしまうと言う、途方もない設定になっている。

まだ1週間も経っていないAmazonプレミアムへの加入だが、年間3900円も高くないかもしれない、と思わせられている。テレビの録画ではどうにも間に合わない新しめの映画鑑賞が、この手段によってようやく出来るかもしれない。レンタルショップで借りるDVDは、準新作100円をくだることはない。しかもこの値段は期間限定だ。1ヶ月4本の準新作を観られれば、元は取れる。もしかすると、このチャンネルにも有料新作があるのかもしれない。またパソコンを手放せなくなってしまった。

『ダウンタウン物語』(Bugsy Malone)

1976年・イギリス 監督/アラン・パーカー

出演/スコット・バイオ/ジョン・カッシージ/マーティン・レブ/ジョディ・フォスター

眠ってしまった。いつものことだから、言い訳のひとつも出て来ない。おもしろい映画で眠ることはない。デビット・パットナムというイギリスのプロデューサー作品。彼は小さな恋のメロディやミッションでヘラルドとは深い関わり合いがあるが、この映画の配給は東宝東和だ。

彼が来日した時、宣伝部員の若手をお供に付けて、川崎のS.L.に送り込んだことがあったような、なかったような。外国人を受け付けないお店があった当時、営業部長に頼んで地元とのお店を確認してもらったことなど、今となっては懐かしい想い出のひとつ。

この映画はギャングの世界の話を全員子供が演じているところがミソ。なのだが、ミソがミソだけで終わってしまっているのが残念。話の導入部分にパロディーのように挿入するシーンならまだしも、子供が演じるマフィアの世界は観ていておもしろくない。ミュージカルでもて囃されても、映画には向いていない舞台の見本だろう。

『ロック・オブ・エイジズ』(Rock of Ages)

2012年・アメリカ 監督/アダム・シャンクマン

出演/ディエゴ・ボネータ/ジュリアン・ハフ/トム・クルーズ/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ

トム・クルーズが主役ではなさそうだった。もっと若い男女の物語。ブロードウェイで人気を博した2005年初演の同名ロックミュージカル(ブロードウェイ初演は2009年)の映画化らしい。確かにミュージカルっぽく登場者が歌を歌うシーンが多い。ゲイの告白までをも歌で聞かせるなんて、今らしいと言えるのだろう。ミュージカル嫌いの私には辛かった。何が「ロック」だ、といつも怒っているが、この映画で聞かされる楽曲もさほどいけていないロックに聞こえた。

トム・クルーズは、かつての勢いはなくなったもの、いまだカリスマとして業界に君臨するスーパー・スター、ステイシー・ジャックスというロック歌手を演じ、勿論歌うシーンもたくさんある。吹き替えなのか本人の声なのかを記したページは見つからなかった。ありがちな設定、田舎から出てきて成功を夢みる歌手志望の娘が主人公らしい。今回はニューヨークではなくロスだ。ありがちな成功物語にはなっていない。そこが寂しい。成り上がり者的に成功する過程が映画としては、一番おもしろいところなのに。

スーパースターの描かれ方がコメディーのようで、ちょっと不快感がある。酒と女に溺れている生活が、あまりにも・・・・。最近はまっている「ベビメタ」音楽の方がはるかにロックっぽい。ベビメタはヘビーメタルのアイドル版としての地位を不動のものとしているが、矢沢永吉なんかよりはるかに「ロック」と言える聴き触りに思えて仕方がない。

『あ、春』

1998年(平成10年)・日本 監督/相米慎二

出演/佐藤浩市/斉藤由貴/富司純子/山崎努/藤村志保/三浦友和/余貴美子/村田雄浩

前月の若尾文子特集に続き今月は富司純子特集月間らしい。彼女はこの映画の主人公ではないが重要な脇役。今をときめく斉藤由貴が主人公の妻役で出ている。サラリーマンの普通の奥さん役のはずなのだが、彼女の醸し出す雰囲気は不思議な空気を漂わせる。おもしろい女優だ。東宝のシンデレラはみんな独特の個性をもっている。そういう意味では選考委員に一貫性があるのかもしれない。

5才の特に両親が離婚し、母親に育てられた主人公。父親は死んだと母親に聞かされていたが、30年後にふらりと主人公の家にやってきて、居着いてしまった。本当の父親かどうかも定かではない。困り果てた主人公は母親に追い出す応援を頼むと、母親の口から実はあんたは父親ではないと、ぶったまげた真実を告げられて、父親はすごすごと家を出て行くのだ。まだまだ話は終わらないが、ひとつの家族の物語は続くのだった。

浮浪者となって近くの公園で徒党を組まれては息子も嫁も嫁の母もたまったものではない。家に居られるのは嫌だが、かといって公園で浮浪者も困る。と、もしかするとありそうな設定が泣けてくる。家族という幻想を夢の中から現実に落とし込め、ありきたりの仕合わせに浸れる人は何パーセントいるのだろうか。よほど頭のいいやつか、あるいは極めて頭の悪いやつなのか、心の中で多くのことを処理できる人種が、一握りの仕合わせ者になれるのかもしれない。

『誘う女』 (To Die For)

1995年・アメリカ 監督/ガス・ヴァン・サント

出演/ニコール・キッドマン/マット・ディロン/ホアキン・フェニックス/ケイシー・アフレック

まったくオリジナル・タイトルにはない邦題を付けている典型的な例。最近では日本語題名にも限界が来て、オリジナル・タイトルをそのままカタカナ表示している邦題が、圧倒的に多いのは諸兄姉の知っているところ。

もう30年前以上に東宝東和が付けた邦題『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』あたりが、オリジナル・タイトルのカタカナ表記邦題のハシリだろうとみている。あのときには、さすがにこの長い題名はないだろう、と否定的だったが、案に相違してヒットした。さすが東和だと感服しなければならなかった。『ジョーズ』しかり『E.T』然り、いつの間にかカタカナ英語が当たり前の世界が到来していた。

内容に鑑みて紡ぎ出す邦題の苦労は分かる。ところが映画館に足を運ぶ人は内容を吟味して行くわけではない。なので、こういう軽い邦題は間違ってもヒットへとは繋がらない。もっとも、邦題なんてクソ食らえで、中身がめちゃめちゃおもしろければ、題名なんてどうでも良くなるから困ったものだ。それじゃ、題名なんてどうでもいいじゃないか、とお叱りをうけそうだが、そこがそうではないから映画の商売はおもしろいと言わざるを得ない。

『ペギー・スーの結婚』(Peggy Sue Got Married)

1986年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/キャスリーン・ターナー/ニコラス・ケイジ/バリー・ミラー/キャサリン・ヒックス

コッポラ監督作品であることすら忘れている。情けない。間違いなく観ていない作品だと確信をしながら観ていたが、観終わってから、ふ~む!観たことがあるかもしれないなぁ~、と情けない記憶力に愕然とした。観ていたって、観てなかったとしても何も変わりないはずなのだが、意味もなく、なにかが違う心情が我ながら理解出来ていない。

キャスリーン・ターナーの顔がまた一致しない。いつもながらのことなので辟易するが、彼女の名前と顔がどうにも一致しない。若い頃に記憶できていればそんなことはないと思われるが、固まってしまってからの脳には、うまく記憶されないことの見本のようなものだと感じている。

「バックトゥーザフューチャー」のようなタイムスリップ版。一瞬の気絶時間に体験する過去の自分は、やってみたい体験だ。仕合わせなことに毎日のように夢を観ているが、起き上がって、あ~また変な夢を見たな~、という日が多い。特別に特異なことではないが、登場する人物の組み合わせが不思議だったりするのだ。夢の内容を覚えているのは良くないことだ、みたいなことを聞いたことがあるが、それはだいぶ前のこと。今ではどういう診断があるのだろうか。嘘みたいな『専門家』達の言うことは。

『梟の城』

1999年(平成11年)・日本 監督/篠田正浩

出演/中井貴一/鶴田真由/葉月里緒菜/上川隆也/山本學/火野正平/根津甚八/中村敦夫/岩下志麻

なにしろ活字に疎い自分の人生の中でも、司馬遼太郎の作品はそれなりに読んでいる。『竜馬がゆく』の単行本を手に取ったのが初めて。その日のうちに1巻を読み終え、翌日には2巻目、そして3巻目へと必至になって読み終えたことを思い出す。なにしろ、おもしろかった。それでなくとも少なかった睡眠時間をもろともせず、深夜まで読み耽っていた何日間かだった。

その後、『国盗り物語』『功名が辻』『尻啖え孫市』『燃えよ剣』『夏草の賦』『峠』『世に棲む日日』『花神』『播磨灘物語』などを立て続けに読んだ、と記憶している。主人公の姿が目の前に現れて、こんなことを喋っていると夢想できるとする作者の言葉が印象深かった。『坂の上の雲』で司馬遼太郎を挫折した。なぜかは分からない。世間の評判が悪かった作品ならまだしも、評価の高い作品がおもしろくなかった。何度か挑戦したことも覚えている。

『梟の城』(ふくろうのしろ)は、1958年(昭和33年)4月から翌1959年(昭和34年)2月まで宗教専門紙「中外日報」に連載されたもの。初期作品の1篇である。1958年(昭和33年)7月、「司馬遼太郎」としての初めての著書『白い歓喜天』が出版される。当時は山田風太郎と並ぶ、伝奇小説の担い手として注目され、本格歴史小説の大家になろうとは予想だにされていなかったという。

『大統領の陰謀』(All the President's Men)

1976年・アメリカ 監督/アラン・J・パクラ

出演/ダスティン・ホフマン/ロバート・レッドフォード/ジャック・ウォーデン/マーティン・バルサム

なんといっても、アメリカ大統領で唯一現職を辞任したニクソンの、その原因となったウォーターゲート事件を扱ったもの。アメリカ大統領という言葉が付く映画題名は結構多い。みんなそれなりにおもしろいのは、実際の大統領を切りとった題材に起因するのだろう。

ダスティン・ホフマンもロバート・レッドフォードもまだ若い。ほぼ40才という年齢で、俳優人生も10年という経歴だ。もう有名になっているこのふたりを起用することで映画興行に箔がつくことは間違いないが、このふたりでなくても充分にヒットしただろうと思える内容だった。よほど下手くそな監督でない限り、おもしろくならないはずがない。ワシントン・ポスト紙がどういう地位に位置づけられているのかが分からないが、新聞記者、活字記者としてスーツとネクタイを必ず着けて、インタビューに向かう姿勢は、いまどきでは考えられないような律儀さだ。時代なのだろうか?

日本のマスゴミ(塵)とは雲泥の差があると植え付けられているのは、こういう映画や情報が逐一日本の社会にもたらされたからだろう。トランプになって、どうにも肩身の狭い思いをしているような現在のアメリカのマスコミ、そのうちこの映画のような度肝を抜く暴露記事が出ることを期待している。そうでなくちゃ!&%$

『スクリーム・クイーンズ』(SCREEM QUEENS)

2017年・アメリカ エグゼクティブプロデューサー/ライアン・マーフィ

出演/エマ・ロバーツ/アリアナ・グランデ/リア・ミシェル/ジェイミー・リー・カーティス

例の大阪の配給会社から貰った。スクリーム・クイーンズ DVDコレクターズBOX[DVD]という2つの箱に分かれたボックスだった。テレビドラマシリーズがDVDレンタル屋に並んでいるが、内容的にはそのちょっと上を行く映像だろうか、などと初めての媒体に嬉しさが。自分から手にとって借りることはないだろうから。このBOXの発売が今年の3月だったのでそう書いたが、アメリカではもっと前に公開していたのだろう。スクリーム・クイーンズ シーズン2も発売されていた。

1つの箱には4枚のDVDが入っていた。全部で8枚、1枚は特典映像だというが何が入っているのかまだ分からない。2枚まで観終った、このままこのシリーズだけを書くわけにいかないから、観続けはするが書くのは今日か明日までだろう。1枚ごとに最初に別の映画の予告編が入っていて、相変わらずうざったい。最初に入れる方式は、強制的に観ろという姿勢。本編の後に入れて、観ても観なくてもいいよという任意方式を取るべきだといつも思っている。

内容はイマイチどころかイマサンといったところか。悪魔のいけにえのようなチェーンソーを振りまわす殺人鬼が現れて、次々と人が殺されていく。誰が犯人なのだろうと、キャピキャピ・ギャルどもに女校長を巻き込んで、学園が騒然としていく。品の悪いセリフと共に存在感のない役者どもが舞台上で駆けずり回っている。

『ラスト・プリンセス~大韓帝国最後の皇女~』

2016年・韓国 監督/ホ・ジノ

出演/ソン・イェジン/パク・ヘイル/ユン・ジェムン/戸田菜穂

基本的に韓国映画を観ないことにしている。一度か二度観たことがあるが、評判の良い韓国映画なるものがちーっとも、おもしろくなかったのだ。日本の昭和30年代のような映像でテンポも遅く、たまに速いアクション映画には嘘のようなシーンが目立つだけだった。

この映画は大阪で映画配給会社をやっている知人からもらった「SAMPLE」版を観たのだ。左上に大きくSAMPLEと常時表示されているのがうざったいが仕方がない。韓国・中国を中心にヨーロッパ映画も仕入れているというから、大したものだ。

この映画が「反日映画」というやつか、と頷きながらの鑑賞となった。フィクションですと断りがあるものの、韓国王朝が日本による日韓併合で潰されたことを嘆く映画だった。日本人役も多くの韓国人が演じていて気持ち悪かったことが一番の文句の付けどころ。おもしろいことはおもしろいのだが、反日でも何でもいいから、きちんとしたキャスティングをしろ! せっかく戸田菜穂をつかっているのに、彼女まで偽物に見えてしまう。

『王になろうとした男』(The Man Who Would Be King)

1975年・アメリカ/イギリス 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ショーン・コネリー/マイケル・ケイン/クリストファー・プラマー/サイード・ジャフリー

原作は、1888年のラドヤード・キプリングによる小説。アフガニスタンの僻地にあるといわれる「カーフィリスターン(英語版)」(Kafiristan)で王になった、英領インドの二人のイギリス人冒険家の話である。この小説は、ジェームズ・ブルックとジョシア・ハーランの二人の経験を元にしている。ジェームズ・ブルックは、ボルネオ島にあるサラワクで白人王に成った英国人であり、ジョシア・ハーランは、米人冒険家でゴール王子の称号を、彼自身のみ成らず、彼の子孫にまで与えられた。この小説は、それだけでなく他の事実を要素に取り込んでいる。たとえば、ヌーリスタンの人々が、ヨーロッパ人の外観を備えていることや、最後に無くなった主人公の頭が戻ってくる話は、アドルフ・シュラーギントヴァイトの斬られた頭が植民地省に戻ってきた事実をモデルにしたものである。(Wikipediaより)

軽いコメディ要素が強い。ショーン・コネリーが他人を笑わせようと演技しているわけではない。一種のおとぎ話のようなストーリーだが、ヨーロッパから見たインドやその周辺国への偏見と嫌味に満ちた思想を感じてしまう。極東とはファーイーストのことであり、何処が世界の中心地かを如実に物語っている。その極東の最果てに存在する島国日本が、なぜ世界に吾して活躍できるのかは七不思議であろう。

神と崇めるのも人間の所業であり、やっぱり人間だと奈落に堕とすのも人間の為せる技。あまねく宗教というものが人間社会を牛耳っている。ちっとも発展しない宗教が、少しは進化していく人間社会の邪魔となっている。千年、2千年以上前の習慣や忌避物を、現代社会にあてはめようとする。そんな異常なことを正常だと言い張っている。不思議な指導者とそれに従う人々だ、と単純に思うのだが。

『死海殺人事件』(Appointment With Death)

1988年・アメリカ 監督/マイケル・ウィナー

出演/ピーター・ユスティノフ/パイパー・ローリー/ニコラス・ゲスト/キャリー・フィッシャー

日本ヘラルド映画配給作品だった。『ドーバー海峡殺人事件』というインチキ邦題をつけて公開した作品は覚えているが、この作品がヘラルドだったとは意外だった。観始まったばかりだが質の悪さにちょっと・・・・。

そんなことを言っているから、観る気が失せている。もっとも日曜日は、目の前のテレビ番組を見るケースが多く、映画が2番目になっているのが悔しい。進まず。

わざわざ暑い最中、お天道様がギラギラしている時に出かける。家の中に一日中いたのでは、それでなくとも死んでいる身体が覚醒しない。少しでも負荷をかけることによって、元気な身体が蘇るような気がしている。久しぶりの大須往復、その後に観る映画環境は最悪、いや最高だった。気持ち良く眠って、目覚めた直後に映画も終わるなんて、なんと天才的なことだろう。

『カルテット! 人生のオペラハウス』(Quartet)

2012年・イギリス 監督/ダスティン・ホフマン

出演/マギー・スミス/トム・コートネイ/ビリー・コノリー/ポーリーン・コリンズ

引退した音楽家たちが身を寄せるビーチャム・ハウス(Beecham House)は資金難のため存続の危機にある。若者に対する音楽の普及に心血を注ぐレジー、ボケが始まったシシー(「弱虫」の意味もある)、ホームでも女性を追い回しているウィルフに衝撃が走る。プリマドンナだったジーンが入居してきたのだ。かつてイギリス史上最高と謳われたカルテットを組んでいたが、野心とエゴで皆を傷つけ、別れたままだった。(Wikipediaより)

かつてスポットライトを浴び、スタンディングオベーションの拍手で迎えられるという最高の誉れ高き時を過ごしてきた芸術家たちも、生きているならば一人で人生を全うできないこともある。そんなときには、一般人ではなくこんな風な老人ホームがあれば、心が休まるかもしれない。もしかすると、もう歌ったり楽器を弾いたりするのは嫌だという人もいるかもしれない。

日本でも、テレビが放送されてから登場した芸能人は、ほとんどが昭和の時代を生きている。そういう人たちが最後を迎えることが多くなったこの頃。この一団がいなくなった世界にはどんなエンターテインメントが流行っていくのだろうか。

『ダブルチーム』(Double Team)

1997年・アメリカ 監督/ツイ・ハーク

出演/ジャン=クロード・ヴァン・ダム/デニス・ロッドマン/ミッキー・ローク/ポール・フリーマン

職務上で人殺しをする元CIAエージェントが主人公。何でもありのアクション、たまにはこういう映画がスカッとさせてくれる。ちーっともスカッとしないフジテレビの『スカッとジャパン』なんかとは比べものにもならない。監督のツイ・ハークはヘラルドが配給した『男たちの挽歌』(英雄本色・1986年)の製作総指揮をしている。

ジャン=クロード・ヴァン・ダムの映画をほとんど観ていないが、なかなかアクション・スターの要素を兼ね備えていていい。離婚率が圧倒的に高いアメリカ人が、映画の中ではいつも妻や子供、家族愛に満ち溢れている。離婚率が高いからこそ、そうではない人達がそうなのだろうか。あるいは、離婚する前はみんなそんな風なのかもしれない。

タイトルはバスケットボール用語の「ダブルチーム」からの由来だという。バスケットボールでは1人の選手に対して2人の選手がディフェンスをすること。ディフェンスをする際に、ある一人の選手のオフェンス力が高い場合、ダブルチームをすることでオフェンスを止めることを目的とする。しかし、残りの選手はオフェンス側が4人、ディフェンス側が3人となるため、ディフェンス側としては他の選手のディフェンスが手薄になりやすい。ディフェンス側の他の3人がマンツーマンディフェンスをした場合、オフェンス側は1人がフリーになる。という解説があった。そういう元CIAエージェント同士の殺し合い。

『あの頃ペニー・レインと』(Almost Famous)

2000年・アメリカ 監督/キャメロン・クロウ

出演/パトリック・フュジット/ビリー・クラダップ/ケイト・ハドソン/ビリー・クラダップ

監督・製作・脚本のキャメロン・クロウは実際に15歳で『ローリング・ストーン』誌の記者になり、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤングなど、数多くの伝説的なミュージシャンへのインタビューに成功した。その体験が基になっており、彼はこの作品で第58回ゴールデングローブ賞作品賞(ミュージカル・コメディ部門)と第73回アカデミー賞脚本賞を受賞した。青春映画として、また音楽映画として非常に評価が高い。(Wikipediaより)

映画の終わりに「この映画はフィクションです」と断りをわざわざ入れている。もうすぐメジャーデビューしそうなロックグループの国内バス・ツアーの様子が生々しく描かれる。「酒と女とドラッグと」という合い言葉が現実なのかな、と思わせる音楽業界の世界である。

妙に引き込まれていくストーリーだが、ちょっと同じシーンの繰り返しで飽きが来るのは仕方のないことか。最後のどんでん返しみたいなものがなければ、映画としてまったくつまらないものになってしまっているだろう。日本だって同じような光景が繰り返されてきたのだろう、きっと。有名人に群れる女達は今に始まったことではない。それでいいのだ。

『しとやかな獣』

1962年(昭和37年)・日本 監督/川島雄三

出演/若尾文子/船越英二/浜田ゆう子/高松英郎/川畑愛光/伊藤雄之助/山岡久乃/小沢昭一/山茶花究/ミヤコ蝶々

BS12トゥエルビというチャンネルで現在進行中の特集が「銀幕の大女優BS12人の女」だ。この4月から始まっていた。4月吉永小百合、5月香川京子、6月山本富士子、この7月は若尾文子。山本富士子の作品を1本だけ見ている。特集と分かってから若尾文子を1本先日観て2本目の「浮雲」は早々と観終わってしまった。観たことがあり、おもしろさが見られなかったので。

この映画の監督川島雄三について友人からその才能なるもののレクチャーをうけたことがある。その時点でそれなりの本数を観た。若くして亡くなっている監督なので本数が限られている。久しぶりにこの映画を観る気になった。なかなか鋭い画面やセリフ回しにおもしろさが溢れ出ている。やっぱり優秀だと言われた監督は、優秀なのだなぁと改めて感じる。

したたかな人間(家族)が主人公の映画。ためになる。生まれてきて真面目に生きていくことだけが人間の生きる道ではない、と教えられる。したたかに、しとやかに、あるいは獣のように生きる人たちを生々しく、いきいきと描いて余りある。私なんぞは、見習うべきことばかりのような気がして、気が滅入りながら、一方ではまだまだ人間としての可能性を強く、深く感じ入る。

『ミスター・ノーボディ』(Il mio nome e Nessuno / My Name is Nobody)

1973年・イタリア/フランス/西ドイツ 監督/トニーノ・ヴァレリ

出演/ヘンリー・フォンダ/テレンス・ヒル/ジャン・マルタン/ジェフリー・ルイス

この映画のコメントを書く前に1本映画を観ようと思い観始まった。『フィッシャー・キング』(The Fisher King・1991年)以前観ていい映画だったという記憶だけあった。結構ゴ・トゥー・マッド的な映画だったので驚いたが、この程度の馬鹿さ加減が自分には丁度いいと再認識もした。

マカロニウェスタン作品について何も書く気が失せてしまった。映画の面白さを比べるのは滑稽なことだが、自分に合った映画を比べることは出来る。ロビン・ウィリアムズは死んでしまったが、いい俳優だった。彼なくしては成立しない映画が何本かあった気がする。

ニューヨークの浮浪者が主人公という毛色の変わった映画は、記憶に残る1本となった。細かいストーリーを今後も記憶に留めることは出来ないのだろうけれど、観た時に感じる蘇りは、自分の心のどこかに巣くっているに違いない。そうでなければ、今の自分も無いであろうから。

『座頭市血笑旅』

1964年(昭和39年)・アメリカ 監督/三隅研次

出演/勝新太郎/高千穂ひづる/金子信雄/加藤嘉/石黒達也/北城寿太郎/杉山昌三九

黒澤明の映画を始めとする日本の時代劇は日本国外でも高く評価され、『子連れ狼』と並んで、座頭市シリーズの影響を公言する映画監督も少なくない。キューバでの評価も高い。1958年のキューバ革命以後、キューバではハリウッド映画の輸入が禁じられたため、日本映画が頻繁に公開された。そのなかで1967年に初上映された『座頭市』シリーズはもっとも公開回数が多く、勝演じるハンデキャップを抱えた孤高の剣士座頭市に、キューバ国民は自らの置かれた境遇を重ね合わせ、熱狂的に支持されたという。(Wikipediaより)

ざーっと数えて26本。1989年(平成元年)には勝新太郎の監督による『座頭市』が公開された。しかし、立ち回りの撮影中に勝の長男である鴈龍太郎(奥村雄大)の真剣が出演者の頸部に刺さり、頸動脈切断で死亡する事故が起きたり、公開翌年には勝新太郎がコカイン所持で逮捕されるなどして、映画(および勝)の周辺にはトラブルが絶えなかった。『座頭市2』の企画がしばしば話題に出ることがあったものの、勝の逮捕が影響してか新作企画はいずれも頓挫したようであり、平成元年版が勝新太郎による最後の製作映画となった。

タケシの座頭市はつまらなかったことを思い出した。下駄をはいたタップダンスシーンが見事で斬新的だとお世辞を言われてその気になっているようじゃタケシも終わりだなぁ、と思った時だった。誰にも文句を言われず言いたいことを言い放題のように見せている彼の芸は大したものだけれど、いったん箔を貼ってしまうと、もうそれに縛られてがんじがらめの日本社会が垣間見えてくる。

『最高殊勲夫人』

1959年(昭和34年)・日本 監督/増村保造

出演/若尾文子/宮口精二/滝花久子/亀山精博/川口浩/丹阿弥谷津子/船越英二/近藤美恵子/北原義郎/柳沢真一

若尾文子が美しい。奇しくも日本のプロ野球では、オールスター第2戦目をやっている。そして奇しくも船越英二の息子で俳優の船越英一郎が夫婦問題で毎日のようにテレビ芸能ネタを席巻する事態となっている。

三人姉妹の長女が社長秘書からその会社の跡取り息子と結婚、次女も姉とまったく同じ道を歩み、その会社の社長秘書となりその会社の二男と結婚をした。三女はまた同じような道を歩むのだろうか、というのがこの映画の筋書き。こういう軽い源氏鶏太風物語だと思いながら観ていたら、まさしく同名小説からの映画化だという。

当時のサラリーマンやOLの生活感を感じ取れて興味ある。丸の内界隈や昼食処の雰囲気も我々世代にとっては違和感の無い日常生活そのものだ。三姉妹の父親の働く会社は都心からは遠いらしく、昼食時に女子社員がめざしを焼きながら弁当を食べている。微笑ましい。この家族の住む場所も都心からはかなり遠いらしく、家の周りには何もなく道路も舗装もされていない。電車とバスを乗り継いで通勤している。撮影現場はどのあたりなのだろうか、と興味は尽きない。

『ジャージー・ボーイズ』(Jersey Boys)

2014年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/ジョン・ロイド・ヤング/エリック・バーゲン/マイケル・ロメンダ/ヴィンセント・ピアッツァ/クリストファー・ウォーケン

クリント・イーストウッド監督作品としては、珍しくおもしろくない。『シェリー』の大ヒットで人気を博したフォーシーズンズというグループの生い立ちと、その後のグループ内でのいざこざが、おもしろくなく描かれている。『シェーリー、シェリベイビー、シェーリー』という謳い文句をもちろん記憶しているが、計算すると14才の時だった。そんな若かったのかと、ちょっとまだ信じられない。

トニー賞受賞ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の映画化ということなので、イーストウッドのおもしろさを出すことが出来なかったのかもしれない。歌手の成功物語で面白くないものはない、というのが普通だが、そんなものではうけないだろうと視点の違う物語にしたのがこのミュージカルだったのだろう。

かなりの金を稼いでいたはずだが、ひとりのメンバーが負った借金をリードボーカルのメンバーがみんなで払おう、というあたりが泣かせどころ。映像的には仲間喧嘩に終始しておもしろくないのだ。彼がいたから成功したのだ、とグループが出来た時の恩を忘れない人間の心根は美しい。ちょっと金が入るようになると、まだ成功していなかった頃なんてころっと忘れてしまう輩が多いのが常だが。

『最後の恋のはじめ方』(Hitch)

2005年・アメリカ 監督/アンディ・テナント

出演/ウィル・スミス/エヴァ・メンデス/ケヴィン・ジェームズ/アンバー・ヴァレッタ

原題の「ヒッチ」は主人公の名前。モテない男性をモテるよう指南するデートドクターなる職業が彼の仕事だ。ちゃらい内容なのは観始まってすぐに分かった。アメリカ人はおもしろいこと考えるものだと、妙に感心したりした。気楽に観ていたが、意外と主人公の職業が真面目なことが分かってきて、映画を観る目が変わっていくのを感じていくようになる。

気の利いた邦題だが、理屈っぽくて即座に意味が身体に入らないところがイマイチ。題名としては洒落ていて好きな部類だ。SEX目的で女を引っかけるための指南をするわけではないことがだんだんと分かってくる。なるほど、気持ちを相手に伝えるためには第三者が教えてくれる「技」も必要なのが男女の仲なのかもしれない。

所詮は男と女、あばたもえくぼの世界は奥深い。好きになられるように頑張ったところで、振り向いてもくれない人がいることは多い。恋多き人間だからこそ、多いという表現が出来る。嫌われてもいいんだ、という思いで自分の嫌な面をわざわざ見せることが私流の恋の仕方。そんな自分を気にしてくれる人がホントの恋の始まりと思っていた。虚しいことはたくさんあったけど、恋の成就は極くわずかだったような気がする。

『ホビット 決戦のゆくえ』(The Hobbit: The Battle of the Five Armies)

2014年・ニュージーランド/アメリカ 監督/ピーター・ジャクソン

出演/イアン・マッケラン/マーティン・フリーマン/リチャード・アーミティッジ/エヴァンジェリン・リリー

J・R・R・トールキンの1937年の小説『ホビットの冒険』を原作とした『ホビット』三部作の第3作目(最終章)。1作目だけ見た記憶がある。壮大な話に見えたが、イマイチ子供騙しの域を脱していない感じがして、2作目は結局観ていない。

この手の物語は最初につまずくと、後が続かない。外国映画だからと期待に胸を膨らませていても、所詮おとぎ話よりも幼稚なストーリーに乗り切れない自分がいる。月光仮面以来触れることさえ遠慮してきた自分がいる。一貫性だけは健在なので、ちょっと眠ってしまったのも無理なきこと。

金がかかっているな~という映像が続く。一般的にこういう映画は大ヒットしているのが常なので、自分が一般的ではない、といつも認識させられる。普通の人と何処が違うのだろうか、と分析してもなんにも分からない。何処も違うはずがないと思っているのに、どこかが違うよと言われると、あっそう、と妙に納得してしまう自分もいる。

『スローターハウス5』(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death)

1972年・アメリカ 監督/ジョージ・ロイ・ヒル

出演/マイケル・サックス/ロン・リーブマン/ユージン・ロッシェ

えっ! こんな古い映画だったのか! 題名すら知らなかった。こんな風にスキップしてしまうこともあるんだ。時空間移動という大好きなジャンル、SF内容だった。観始まったがおもしろくない。まだ10分も経っていないだろう。明日には観終わったと書けていればいいのだが。

予定通り、本日は一歩も進まなかった。また翌日にあたる今日は、少しは進んだがまだ観終らない。ようやく3日目にして観終わった。こんな経過を辿りながら1本の映画を観るのは不謹慎かもしれない。おもしろければ一気に観てしまうのだが。相手が人間だって同じこと、特に異性だったら、興味を持たせてくれる人とは時間を忘れて話し込むが、興味のない人からは一時も早く離れたいものだ。

タイムマシンという空想は壮大で楽しいが、理論上いくら実現可能と言われても、目の前で実行する人が現れなければ絵に描いた餅のようなものだろう。同じ空間に過去・現在・未来があるなんて言われても、馬鹿な頭では理解しようもない。せめて夢だけでも見ていたい。

『眼下の敵』(The Enemy Below)

1957年・アメリカ/西ドイツ 監督/ディック・パウエル

出演/ロバート・ミッチャム/クルト・ユルゲンス/ラッセル・コリンズ/デイヴィッド・ヘディスン

いやぁ~、おもしろいですね~。指揮官とはこうあるべきということが、よく分かる。昔、良い就職とは良い上司のいる会社・部署に就職することだと言われた。若くて訳の分からない時にどんな人間のもとで仕事が出来るのかは、その人間の将来に大きな影響があることは誰しにもわかること。

この著名な作品を観ていないわけはないと思うのだが、相変わらず新鮮な気持ちで観られるのは、やっぱり特技だと言っておこう。駆逐艦と潜水艦の戦いを、さも有りなんといったシーンの連続で描いてみせる。現実の指揮官がここまで優れているとはとても想定できないけれど、こんな超優秀な指揮官がいたらいいだろうな、と思わせてくれるだけで映画の役割は済んでいる。

明日になれば明日の風が吹く、と暢気な事ばかりを考えながら暮らしていける人間は最高に仕合わせだろう。一方ではこうやって一瞬の判断のミスも許されない時間を送っている人もいるのだろう。生まれかわったら、次回にはせめて2、3人でいいから全幅の信頼を受けられるような人間として大人人生を暮らしてみたい。

『奇跡のシンフォニー』(August Rush)

年(平成年)・アメリカ 監督/カーステン・シェリダン

出演/フレディ・ハイモア/ケリー・ラッセル/ジョナサン・リース=マイヤーズ/ロビン・ウィリアムズ

大好きな映画だった。題名からこの映画だとは分からなかった。それにしても陳腐な邦題だ。原題の意味に意味はないが、原題の由来には訳がある。映画の内容に八月はなんの関わり合いがないから『八月の鯨』『八月の蝉』『八月のラプソディー』のような題名でも良いかもしれない。『死霊のはらわた』を付けた宣伝部長としては、『八月のラッシュ』あたりで手を打つとしようか。

会いたい人には絶対会える。という言葉を信じている。この映画のテーマもそうかもしれない。その間を取り持つのが音楽ということになるのだろう。こういう映画を観るたびに、音楽の才能を持って生まれかわりたいという強い希望がふつふつと沸き上がってきて困るくらいだ。

間違いなく『最近観た映画』欄にはすでに書いていると思うが、そんなことを確認することなく一気に観終わった。嬉しさが涙を出させる。年老いたからではない、心が震えるから泣けるのだ。原題の由来を確かめるためにも、是非見て下さい。お奨めします。

『プロゴルファー織部金次郎2』

1994年(平成6年)・日本 監督/武田鉄矢

出演/武田鉄矢/財前直見/阿部寛/下川辰平/平田満/柴俊夫/小倉久寛/萩尾みどり

原作の漫画は、武田鉄矢原作、高井研一郎作画による日本の漫画。『ビッグコミックスペリオール』(小学館)で連載されたらしい。存在はそれなりに知っていたが、きちんと見たことはない。映画もあ~あったよね、くらいの感覚しか持っていなかった。

武田鉄矢の映画はおもしろい部類に入るだろう。このシリーズも5作目まで行ったらしいから、驚くしかない。観客のツボを押さえているのが強みなのかもしれない。財前直見の顔を好きではなかったが、この映画では美しく見えた。浜ちゃんシリーズの浅田美代子のような存在を意識したに違いない。それとも寅さんシリーズのマドンナまで行っている?

冒頭の画面がアニメのようなタッチの色遣いと風景でちょっとおもしろかった。そのシーンが実写に変わっていくのは製作者の意図するところなのだろう。新しい映画はこの程度でも充分楽しめる。くっだらない日本映画の中では、断然おもしろい方だ。

『草原の輝き』(Splendor in the Grass)

1961年・アメリカ 監督/エリア・カザン

出演/ナタリー・ウッド/ウォーレン・ベイティ/パット・ヒングル/ゾーラ・ランパート/サンディ・デニス

当時既にスター女優だったナタリー・ウッドの相手役に選ばれるというラッキーな映画デビューを果たしたウォーレン・ベイティがこの映画でスターになっていった。世界大恐慌を背景に青春と家族が描かれている。現代のハチャメチャSEX観念から見れば、到底信じられないような貞操観念はアメリカにもあったことを映画で知ることが出来る。

「女は男と違って喜びは感じないのよ」「女が身体を許すのは子供を産む時だけのもの」という母親の声がとてもアメリカだとは思えない。55年前はアメリカだって日本と何も変わらない雰囲気だったことがうかがえる。その後の変わり様は雲泥の差がありそうだ。ただ、当時のアメリカの高校生活が、今の日本の大学生活みたいで、そのあたりの違いは大きいな~、と印象深い。

その高校での授業でワーズワースという詩人の名前が出てきた。昔は時々聞いた名前のような気がするが、今では希有。ウィリアム・ワーズワース(Sir William Wordsworth,1770年-1850年)は、イギリスの代表的なロマン派詩人だという。映画の最後に彼の詩が繰り返され、映画の題名へとつながっていく。『草原の輝きは戻らず 花は命を失ったが嘆くことはない 残されたものに力を見いだすのだ』劇中、女主人公が高校の授業で「この詩の意味を答えなさい」と先生に聞かれたが、彼女は答えられない。今、渡しだって答えられない。どういう意味なのだろうか?

『マグノリアの花たち』(Steel Magnolias)

1989年・アメリカ 監督/ハーバート・ロス

出演/サリー・フィールド/ドリー・パートン/シャーリー・マクレーン/ダリル・ハンナ/ジュリア・ロバーツ

もともとは1987年にオフ・ブロードウェイで上演された。脚本は原作と同じロバート・ハーリングがつとめた。ハーリングは映画の脚本を初めて手がけて、自身が書き上げた戯曲を大幅に改稿した。原作にはなかった男性キャスト、屋外シーンなど多くの要素を追加した一方、トルーヴィの子供を2人から1人にするといった設定変更や、一部の台詞を削除・変更した。舞台設定はルイジアナ州にあるチンカピンという架空の町がつくられ、実際の撮影はルイジアナ州ナカタシュで行われた。(Wikipediaより)

女達の物語に男の出る幕はない。肝心な箇所で眠ってしまったが、もう一度観ている安心感があった。と言っても、相変わらず内容は新鮮に見えることが嬉しい。よくよく覚えていないもんだと、我ながら感心する。

普通の人間生活を取り出して、喜怒哀楽の心情模様を描いてくれる。こんな生活がしたかった。という過去の人生を振り返ったって、二度と意識のある人間生活を送ることは不可能なんだろう。

『インサイド・ヘッド』(Inside Out)

2015年・アメリカ 監督/ピート・ドクター

出演(声)/エイミー・ポーラー/フィリス・スミス/リチャード・カインド

現在世界ナンバーワンのウォルト・ディズニー・ピクチャーズとピクサー・アニメーション・スタジオ作品だ。『Mr.インクレディブル』(The Incredibles・2004年)が凄くおもしろかったし、最近では『アナと雪の女王』(Frozen・2013年)だって結構面白く観られて、アニメと侮るなかれという印象が強い。

このアニメのアイディアに脱帽した。12歳の少女ライリーの頭の中に存在する5つの感情たち――ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミを映像化、擬人化して観客に見せる。色の付いた球を上手く使って、感情の起伏が心の内から表に表現される様を映画にしている。原題の Inside Out は「裏返し」という意味らしいが、日本の配給会社は「心」の動きを「頭」の働きとして題名化したのだろう。悪くはないが、その理屈っぽさが庶民に伝わらない。

心の中の動きは、「想い出の保管場所」だったり「考えの列車」だったり「友情の島」だったりと、なるほどと思わせる人間分析情報が凄く生かされている。悲しい時に「喜び」の活躍を期待してもダメらしい。悲しい時には、その哀しさを思いっきり表現することによって、周りの人たちの助けが初めて自分に被さってくるのだという。ちょっと教育的で胡散臭さもあるが、ジブリのような雰囲気もしていいような悪いような。

『八十日間世界一周』(Around the World in 80 Days)

1956年・アメリカ 監督/マイケル・アンダーソン

出演/デヴィッド・ニーヴン/カンティンフラス/ロバート・ニュートン/シャーリー・マクレーン

長かった。2時間49分、インターミッションが1分間あった。言わずと知れたジュール・ヴェルヌ原作。1872年、主人公のフォッグは20,000ポンドの賭けに勝利するため、気球・鉄道・蒸気船などを利用して80日間での世界一周を目指す。ストーリーはほぼ原作に準じているが、英国ユーモアの要素が加味されてフォッグの言動がさらに誇張されている、という。

冒頭には映画の解説のようなシーンがあり、まだ月面着陸は実現されていない、というくだりがあった。そう初めて人類が月面に到達したのは、1969年7月20日、宇宙飛行士ニール・アームストロングおよびバズ・オルドリンがアポロ11号だった。

世界巡りといっても時間をかけるシーンはそれほど多くはとれない。スペインの闘牛、日本での鎌倉・大仏、アメリカでのインディアンに襲われるシーンが特に取り上げられていたことがおもしろい。それなり以上にお金をかけた映画だということが分かる。アカデミー賞では8部門ノミネートされ5部門で受賞している。ヴィクター・ヤング作曲、ヴィクター・ヤングオーケストラ演奏による主題テーマ曲「Around the World」は、『兼高かおる世界の旅』のテーマ曲やフジテレビ系列で1997年?2006年に放送されていたサスペンスドラマシリーズ『スチュワーデス刑事』のメインテーマ曲に使われている。また、近鉄名古屋駅での伊勢志摩方面行きの近鉄特急の発車メロディにも2016年より使用されているという。

『ぼく東綺譚』

1960年(昭和35年)・日本 監督/豊田四郎

出演/山本富士子/芥川比呂志/新珠三千代/織田新太郎/東野英治郎/乙羽信子/原知佐子/岸田今日子/松村達雄/淡路恵子

「ぼく」は、さんずいに墨という漢字を書くのだが、パソコン上では使用できない漢字らしく?になってしまう。私娼窟・玉の井を舞台に、小説家・大江匡と娼婦・お雪との出会いと別れを、季節の移り変わりとともに美しくも哀れ深く描いている永井荷風の小説というよりも、娼婦役であの山本富士子が主役を張っていることに驚く。公然と娼婦のいる世界を体験したことのない世代は、こういう世界に憧れがある。

山本富士子は、1950年(昭和25年)、読売新聞社・中部日本新聞社・西日本新聞社が主催する第1回ミス日本(700人近い応募者があった)において、満場一致でミス日本の栄冠に輝いた。ミス日本になってから3年後の1953年、映画会社の争奪戦の末、大映に入社。戦後ミスコン出身女優第1号と言われている。1954年に『金色夜叉』、1955年には『婦系図 湯島の白梅』のヒロイン、1956年の映画『夜の河』が大ヒットし、大映の看板女優として活躍した。

1963年1月、大映との契約更改を月末に控え、前年と同じ条件の「年に大映2本、他社2本出演」の契約を主張したが受け入れられず、1月末の契約切れを待ってフリーを主張。大映の社長・永田雅一は烈火の如く怒り、彼女を解雇し五社協定にかけると脅した。山本はフリー宣言をし、同年2月28日、帝国ホテルでの記者会見で「そんなことで映画に出られなくなっても仕方ありません。自分の立場は自分で守ります。その方が生きがいがあるし、人間的であると思います。」と語り、詫びを入れろとの周囲の声に耳を貸さなかった。永田は一方的に解雇し、五社協定を使って他社や独立プロの映画や舞台からも締め出すよう工作する。この事は当時の国会でも取り上げられ、世間でも「人権蹂躙」と非難の声が上がった。彼女はテレビドラマに活路を求め、『山本富士子アワー』などに主演した後、演劇に新境地を開き、2013年現在まで演劇一筋で主演を続けている。なお、五社協定から49年が経過した2012年の今も映画界には復帰していない。ただ、テレビ番組『映像美の巨匠 市川崑』(1999年、NHK)の中で、1983年に市川崑から映画『細雪』への出演依頼があったが断っている。結局、岸惠子が演じることとなったが、公開になった映画を観て、出演しなかったことを後悔したと語っている。(Wikipediaより)

『ウルヴァリン: SAMURAI』(The Wolverine)

2013年(平成年)・アメリカ/オーストラリア 監督/ジェームズ・マンゴールド

出演/ヒュー・ジャックマン/TAO/福島リラ/真田広之/スヴェトラーナ・コドチェンコワ/ブライアン・ティー

この手の映画を観るのは初めてだったので、ちょっと楽しみだった。いきなり外国人が選びそうな女優の顔が出てきてがっかりする。どうして外国人は日本女性を選ぶ時に、ほとんどの日本人が好きではない顔を選ぶのだろうか。不思議でたまらない。その後に主演女優クラスの日本女性がすっきりした顔だったので、安堵した。

真田広之の英語が上手くなっていて感心したが、その分日本語のセリフがちょっと衰えていた。演技もオーバーになって良くなったのは英語の発音だけといった感じだ。内容がまったく分からないので興味がわくのだが、だんだんと分かってくると、おもしろく無さが顕著になってきた。話に無理がありSFとしてもイマイチ。

超人物語はそのギャップが現実的でないと、画面に入り込めない。漫画の良い点と映画・映像の迫力が合体しなければ、飽き飽きしたシーンの連続になってしまう。まぁ、つまらない映画だった。

『ゲームの規則』(La Regle du Jeu)

1939年・フランス 監督/ジャン・ルノワール

出演/マルセル・ダリオ/ノラ・グレゴール/ローラン・トゥータン/ジャン・ルノワール

印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの次男ジャン・ルノワールが監督と役者を務めている。こんな情報はまったく知らなかったが、そういうことを全然気にしないで映画業界に在籍していた。誰が父親だろうが母親だろうが、そんなことはどうでもいい。本人がどれほどの人間力を示してくれるのが重要だ。いつの時代も。

「3年間私の生活はうそで固められてた」と主人公の侯爵夫人は嘆いて見せる。「それも現代の一面さ 皆がうそをつく 薬局の広告 政府 ラジオ 映画 新聞 一般の僕らもやっぱりうそをつく」「人生は何があるか分からん 幸運を祈るよ」 こんな会話がかわされる。小間使いまでもが愛欲にふけるこの映画は見苦しい。芝居じみたフランス人の人生を映し出しているようにも見える。

代々のお金持ち、権力者、土地持ちはどういう風に出来上がってきたのだろうか。もともと誰のものでもなかったはずのものが、個人の所有となって金持ちと貧乏人が出来てきた。もともとは誰かのものだったものを力によって自分のものにしてしまったものが伝承された。神が創りしたまう地球という惑星には、人間では計り知れない歴史と現実があるようだ。

『家族はつらいよ』

2016年(平成28年)・日本 監督/山田洋次

出演/橋爪功/吉行和子/西村雅彦/夏川結衣/中嶋朋子/林家正蔵/妻夫木聡/蒼井優

この5月27日から続編の「家族はつらいよ2」がロードショーされている。タイミング悪く主演の橋爪功の息子が薬物疑惑で逮捕され、30才にもなる息子の不祥事なのにマスゴミに晒されている状態だ。

ここにある家族の物語は、日常の家族の風景。大袈裟に表現しているわけではない。小さな事をことさらに述べているわけでもない。山田洋次の偉大さが分かる映画かもしれない。

三世代が同居する家族の形、今回は老夫婦の離婚問題を取り上げている。身につまされる。映画の中でも言われていたが、家族会議をしてこの老夫婦問題を話し合えるだけ仕合わせだと。そういえば、それまでにも勝手なことをしていながら、夫婦の問題だからと家族に何も話さず離婚してしまったことは、決して誉められた話ではないことを痛感させられた。

『フィラデルフィア物語』(The Philadelphia Story)

1940年・アメリカ 監督/ジョージ・キューカー

出演/キャサリン・ヘプバーン/ケーリー・グラント/ジェームズ・スチュワート/ジョン・ハワード

古い白黒映画を観始まった。お喋りな映画で、これでもかこれでもかと誰かが喋っている。主には主人公のどら娘の物語なのだが、これだけ喋られると少し静かにしてくれないかな、と思ってしまうほどだった。

お金があっても家族の絆は怪しい。いつも感じることだが、お金持ちの家族が概して不幸な種を抱えている姿が多くの映画で語られている。そして多くの映画で語られているのが、その反対の情況、貧しいけれど仕合わせな家族の姿だ。これはプロパガンダなのだろうか。誰の?何の?という疑問しかない。

人間の永遠のテーマなのだろう。この頃の社会は「格差」という言葉で自分の不幸を自覚する輩がたくさんいる。不幸なのは格差だからではなく、自分の精神構造の貧しさからだと分からない頭の弱さがある。

『男性の好きなスポーツ』(MAN'S FAVORITE SPORT?)

1964年・アメリカ 監督/ハワード・ホークス

出演/ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/ジョン・マッギーヴァー/マリア・ペルシー/シャーリーン・ホルト

こんなタイトルって? と、一瞬戸惑ったが、公開年を見て、この頃なら邦題はほとんど直訳題名が多かったので、そういうことなのだろうと想定した。あまりにも直訳のような邦題だったので、かえって驚いた。外国映画の日本語題名を語るだけでも1冊の本が書けるだろう。先日発売になったヘラルド本によれば、私の名前は「死霊のはらわた」という題名を決めた宣伝部長となっていた。嘘ではないけれど、他に名を残せる宣伝を指揮したことを探して欲しかった。そんなものはないよ、と自分で否定してしまいそうだが。

ドタバタ喜劇なのに、いい男といい女が登場するので、日本のバタバタ喜劇とは雲泥の差がある。50年前以上にこんなコメディ映画を作られちゃ、とてもじゃないけど日本映画は追いつける術もない。

どんなスポーツに熱中しようが、目の前に美しい女性が現れれば、男はみんな女に夢中になる。と、歌を披露されてしまう。世界中、時代を超えて男は女の虜になるらしい。それでいいのだ、と神ものたまうのだろうか。そんな魅力に溢れた女性に巡り会いたかったが、残念ながら私の人生には女が重要ではなかったようだ。生まれかわったら肝に銘じておこう。

『バニラ・スカイ』 (Vanilla Sky)

2001年・アメリカ 監督/キャメロン・クロウ

出演/トム・クルーズ/ペネロペ・クルス/キャメロン・ディアス/ジェイソン・リー

観た記憶が明確にあり、おもしろくなかったという事も覚えている。こんな時は観る気がなかなか起きないで困る。当然の如く寝てしまったのは、想定内というやつだろうか。2時間16分の上映時間だが、放映時間番組は2時間40分。巻き戻さないで観続けたが、訳が分からないで往生した。こういうときは自分の愚鈍さを罵るのだが、出来れば頭脳明晰な人からこの映画の講義を受けたい。

酒を飲まない、飲めない者にとって一番悔しいのは、意識がなくなる瞬間に恵まれないこと。一度だけ、40年前以上のことだが、ちょうど名古屋に1年半居た頃、友人の家でコークハイが甘くて美味しいよと言われ、何も知らずに飲んだ結果が無意識状態だった。それ以来飲めない酒を勧められても甘いアルコール飲料は決して口も付けないようになっている。

どんなに酔っても本人が無意識だったと弁明しても、家に辿り着くというのは、無意識状態とは言えないだろう。最近、マスコミ関係の女性が無意識にさせられてレイプされたと訴えている事件があった。私が今使っている導眠剤、誘眠剤をアルコールと一緒に服用すると、そういう状態になるらしい。アルコールをとらなくても、この眠剤といわれるものを服用して3時間も起きていると、無意識に近い状態になれることをほどほど体験している。無意識とは違って、意識ははっきりしているのだが、目の前にある食べものを食べ尽くしてしまったり、パソコンのメールを内容も確認せずに返信してしまったり、ということが何度が起こっている。それは薬のせいではなく、もしかすると呆けの入り口のせいかもしれないのだが。

『魔法少女を忘れない』

2011年(平成23年)・日本 監督/堀禎一

出演/高橋龍輝/谷内里早/森田涼花/碓井将大/前田亜季/伴大介

「魔法」という言葉に強く反応した。あり得ないことや、あり得ない世界を見せてくれる技に憧れている。ライトノベルというジャンルに属する原作らしい。テレビ西日本の初めての配給作品と紹介されていた。フジテレビ系の福岡にある放送局だという。共同配給に「SPOTTED PRODUCTIONS」という名前があったり、この会社を設立したのが映画配給会社・アップリンク出身の人間だったりと、まったく知らない名前に隔世の感を抱いた。

昔魔法を使っていた少女は、そのうちみんなから忘れられてしまう。というのがテーマらしい。おもしろい発想だ。だから人間関係の希薄な現代に問いかけているのだろう、と浅はかな想定をしてみる。もっと奥の深いことだよ、とたしなめられれば、はい!すいませんと素直に謝るしかない。

魔法を使えたらいいなぁ、と小さい頃から密かに望んでいた。この歳になっても、まだ諦めてはいないけれど、他人にこんな事を喋れるわけもなく。

『バニシング in 60』(Gone in 60 Seconds)

1974年・アメリカ 監督/H・B・ハリッキー

出演/H・B・ハリッキー/マリオン・プシア/ジェリー・ドージラーダ/ジョージ・コール

・上映時間の半分を割いた約40分にわたる前代未聞のカーチェイスは語りぐさとなっている。製作から30年以上を経ても、このロングカーチェイスの記録は破られていない。 ・作品中のテロップでは主役は“ELEANOR(エレナ エレノア又はエレナーとの記載もあり)”とだけ記されている。これは主役はあくまで「車」なのだ、というハリッキーのメッセージである。 ・カーチェイスは、ロケーションも含めて、ドキュメンタリータッチで撮影されており、主人公の車が通過後の被害処理にあたる警察やヤジ馬などの描写など、独特の雰囲気をもっている。 ・ペイスの車がハイウェイから強引に出ようとする際、後続車と接触しスピンしながら鉄柱に激突するシーンが出てくるが、これはアクシデントによる実際の事故ショット。ハリッキーは負傷しながらも、カメラマンに「おい、ちゃんと撮ったか?」と聞いたというエピソードは有名。 ・スタントマン出身のハリッキーが自らハンドルを握る、カーアクション映画のカリスマ的作品である。(Wikipediaより)

確かに今まで観たカー・アクションは何だったんだろうかと思わせるシーンの連続だった。この映画を始めに観ておけば、のちのちのカーアクション・シーンにも少しは愛情を持てたかもしれない。

果てしなく続くカーアクションに終わりはないと思われた。上映時間1時間38分、こんな映画もあっていい。バラエティーに富んだ時代の申し子のような映画だったような。

『レッド・オクトーバーを追え!』(The Hunt for Red October)

1990年・アメリカ 監督/ジョン・マクティアナン

出演/ショーン・コネリー/アレック・ボールドウィン/スコット・グレン/サム・ニール

1984年11月、ゴルバチョフ政権の前夜、ソ連のタイフーン級潜水艦がグランド・バンク南に浮上、原子炉損傷の気配を見せ深海に姿を消した。乗組員救出の未確認情報もあるが、米ソ両政府は次のように言明している―この映画が描こうとするような事実が起こった事は一切ないと。-映画版、「レッド・オクトーバーを追え!」冒頭より(Wikipedia)

このクラスの映画は、いつ観直してもおもしろい。2時間15分なのに、飽きるという感覚がないのが嬉しい。内容を相変わらず覚えていないのが利点。最後だって、このあたりで終わりだろうなぁと思ったら、まだまだ続きがあってちょっと驚いた。冷戦という構図がなければ、こんな物語も出来て来ない。裏でロシアと通じていたのではないかと疑われるような政権が、平気でアメリカを牛耳っているのが現在の構図。ずいぶんと世の中は変わったものだ。

仮想敵国がないと国は成り立たないのだろうか。北朝鮮の未来はあるのだろうか。魑魅魍魎とした国際情勢はどっちに向いていくのだろうか。トランプの登場で、世の中はおもしろくなったのかもしれない。トランプでなかったら、おそらく何も変わらない半年だったろう。これから彼が2番目の大統領辞任にならない保証はない。それよりも賭け事ならば、彼が辞任するかどうかが、もう既にイギリスのブックメーカーに載っているかもしれない。

『超高層プロフェッショナル』(Steel)

1979年・アメリカ 監督/スティーヴ・カーヴァー

出演/リー・メジャース/ジェニファー・オニール/アート・カーニー/ハリス・ユーリン/ジョージ・ケネディ

四流映画の典型のような映画だった。だからおもしろい。でも物足りない。鉄骨で高層ビルを建てるというシーンがこの映画の売り。この時代だと日本では超高層という表現でも嘘にはならなかったのだろう。この題名あたりも胡散臭くて微笑ましい。

地震大国の日本で超高層ビルがこれほど建つようになったことは驚異的だ。現在の日本一は2014年3月竣工の大阪・あべのハルカス-高さ300m/地上60階。2番は、横浜ランドマークタワー高さ296m/地上70階/1993年竣工。3位、大阪泉佐野市・りんくうゲートタワービル-高さ256.1m/地上56階/1996年竣工。4位、大阪府咲洲庁舎-高さ256m/地上55階/1995年竣工。5位、東京・虎ノ門ヒルズ-高さ255.5m/地上52階/2014年竣工。ということらしい。

2022年完成を目指しているのが、東京・虎ノ門・麻布台地区再開発、森ビルの計画で地上65階、高さ約330mという規模だ。三菱地所は東京駅日本橋口前に高さ日本一となる390mの超高層ビルなど4棟を建設するらしい。一番高い建物は2027年完成らしいから、このビルを見ることはないであろう。このあたりが日本での高さの限界なのだろうが、100年後にはもっと高いビルが可能になっていたりするのだろうか。

『大空港』(Airport)

1970年・アメリカ 監督/ジョージ・シートン

出演/バート・ランカスター/ディーン・マーティン/ジーン・セバーグ/ジャクリーン・ビセット/ジョージ・ケネディ

昭和45年は記憶に残る年だ。日本万国博覧会いわゆる大阪万博はこの年の3月15日に開会している。卒業して名古屋の片田舎で働いていた私は、確か2度大阪に行っている。3月31日にはよど号ハイジャック事件が起こっている。今のようなインターネット時代でなくても、ニュースにかぶりついていた当時だった。この年には日米安保条約の自動延長に反対するデモも大々的に行われていた。前年の1969年には東大安田講堂事件、2年後の1972年にはあさま山荘事件と、日本の世の中は騒然としていた。

アーサー・ヘイリーによる同名の小説を原作とする。エアポートシリーズと呼ばれる4作品の第1作目。オールスターキャストによるパニック映画の元祖と言われる。いわゆるグランドホテル方式で、それぞれの登場人物にまつわるストーリーが複雑に交錯する構成となっている。当時のハリウッドを代表するようなスターが競演するのはそのためである。(Wikipediaより)

原題は単なる「Airport」というあたりがおもしろい。パニック映画だが、大袈裟になり過ぎず、観客が安心して観られるパニック映画という感じ。この後の映画は、どんどんCG技術が進化して行き、人力ではありえない映像が平然とスクリーンに現れ、最初のうちは観客を脅かせることが出来たものの、これでもかこれでもかという映像が大きな壁にぶち当たってしまったという事実も。

『天使と悪魔』(Angels & Demons)

2009年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/トム・ハンクス/アイェレット・ゾラー/ユアン・マクレガー/ステラン・スカルスガルド

原作はダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』。原作では『ダ・ヴィンチ・コード』が2作目だったが、映画化では時系列を入れ替えて逆転しているということらしい。前回書いたように出来過ぎた話がこの映画でも続いていたが、最後の10分間は見応えがあった。どんでん返しの典型のような筋書きが映画っぽい。

カトリック教会におけるローマの司教たるローマ教皇を選出する選挙システムが映画の舞台。奇跡を起こしたことがないと教皇にはなれないと知ったのは前回2013年の時かもしれない。サラリーマン現役時代は、ヨハネ・パウロ2世が1978年から2005年まで長い期間だったので、教皇の話題にも無関心だったのだろう。今やインターネット時代となって、このコンクラーベも世界的な規模での報道合戦と化してきた。次回の時には、もっと大騒ぎになるのは目に見える。

人間の長い歴史の中で、キリスト教の果たす役割は極めて大きい。イスラム教だってその影響力が大きいのは確かだが、進歩しない宗教には先がないと思わざるを得ない。伝統とは受け継ぐものではなく伝えるものだとする思想は、時間をかけてその合理性を世の中に問わなければならない。科学を排除することが伝統を衛ることではない、とこの映画も言っている。

HDD/ブルーレイ・レコーダー『TOSHIBA DBR-Z610』

REGZAブルーレイ DBR-Z610 を購入したのは、2017年1月11日だった。それまで使っていた RD-S300 という HDD/DVDレコーダーは、使い勝手は悪かったが、映画鑑賞の本数稼ぎという点ではずいぶんと活躍してくれた。が、引っ越し先のパラボラ・アンテナの不調と相まってブロックノイズのオンパレードに見舞われ、アンテナのせいなのかこの録画機のせいなのかを特定できないままに、買い替えを決めてしまったのだ。もう9年目くらいだろうから、諦めてもいい時期であることも大きかった。

ブルーレイでなくてもいいのだが、今やそれ以外の選択肢の方が割高になってしまう。もちろんダブルチューナー機種を選択している。これだけは最低条件だろう。使い勝手では評判の悪い東芝を選んだ理由は簡単だ。習うより慣れろという言い方があるように、使い勝手が悪くても、もう慣れてしまった東芝のソフトウェアの方が、たぶん新規購入には相応しいだろうと決断する。場合によっては、これはいい機会だからと、敢えて新しい環境に挑戦することはあるが、今回は2流会社に成り下がってしまった東芝を潔く選んだ。

リモコンも使い回しができるだろう、と想定したことは当たっていた。500GBと容量の少ない方を選んだのも、価格の点はあるにしても、録画しても観ていない本数が増えるのを嫌ったせいだ。新陳代謝を求める体質が、こんなところにも生かされている、と自己分析をする。ダメな東芝でも少しは進歩していた。番組表や追っかけ再生など。他社のソフトを弄ってみたい衝動に駆られるが、これだって習うより慣れろだ。自然に指が動くことの方がストレスがない。そんな気持ちの良い人間に会いたい衝動を抑えきれない。

『ナイト・アンド・ザ・シティ』(Night and the City)

1992年・アメリカ 監督/アーウィン・ウィンクラー

出演/ロバート・デ・ニーロ/ジェシカ・ラング/ジャック・ウォーデン/クリフ・ゴーマン

ろくでなしの弁護士が、ボクシング試合の開催に夢を賭けるが、ろくでなしのまま終わる。舞台はニューヨーク。題名が題名なので、『セックス・アンド・ザ・シティ』(Sex and the City)のまがいものかと思ったが、こちらはこの映画の後の1998年から2004年にかけてのものだった。

信用とは、何らかの実績や成果物を作成して、その出来栄えに対しての評価のことをいいます。そのため「信用」するためには、実績や成果物が必要不可欠なわけです。この実績や成果物といった、過去の業績に対して「信用」するのです。

一方「信頼」は、そうした過去の実績や業績、あるいはその人の立居振舞を見たうえで、「この人ならこの仕事を任せてもちゃんとしてくれるだろう」とか「この人なら私の秘密を打ち明けても大丈夫だろう」などと、その人の未来の行動を期待する行為や感情のことを指します。もちろん「信頼」するためには何らかの根拠が必要ですが、その根拠を見たうえで、未来を「信頼」するというわけです。

『男はつらいよ 奮闘篇』

1971年(昭和46年)・日本 監督/山田洋次

出演/渥美清/倍賞千恵子/榊原るみ/田中邦衛/ミヤコ蝶々/犬塚弘/柳家小さん/前田吟/三崎千恵子/太宰久雄

最近寅さんシリーズの放映がまた始まったな、とは分かっていたが、だいぶこのシリーズを観ているので、もういいかと遠慮していた。この映画は7作目に当たるらしい。今までシリーズ最初の頃のやつを観ていなかったので、結構新鮮に映った。ダラダラと惰性になる前の初々しさがいい。

 マドンナ役には若い榊原るみ、映画の中で「頭のうすい」と表現されている役を演じた。観ていてハラハラするくらい、智恵遅れの彼女を表現していた。今やちょっとした差別的な表現も許されない。観客が忖度してしまうほど、我々は毒されてしまっているようだ。事実を表現するのと差別は別のもの。非正規雇用などと持って回った差別用語を平気で遣うくせに、びっこもつんぼも許されないなんて。意味すら理解できない若者には差別用語さえ通じないのが実態なのに。

46年も前の映画。これから50年もしたら、どんな風に世の中は変化するのだろうか。生きていたいとしたら、それを見届けたいだけ。ただ、どんなに長生きしたって50年後は見られない。それでは長生きする意味が無い。あと5年後を見たってなんていうことないと思うから。

『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code)

2006年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/トム・ハンクス/オドレイ・トトゥ/イアン・マッケラン/ジャン・レノ

前回観た時に期待ほどではなかった記憶がある。活字を読んだ人用の映画ではないかと疑ったような気もしている。リアルタイムでの話題に富んだ映画だったので、観るのを楽しみにしていたが、内容に関する情報は皆無だった。それはいつものことなので、映画がより一層楽しめる秘策だとかたく信じている。そんなこともあり、映画の内容についていけなかったんじゃないかと思う。どんどん独りよがり的に推測を自分で推し進めながら、映画を進行していく。自分の頭の悪さを呪ったりするほどだった、たぶん。

まだ観終わっていない。だいぶ進んで佳境に入ってきたが、あと1時間はあるようだ。今回は最初から映画に集中していたのと、ちょっと目を離す時は一時停止をきちんとやったお陰で、セリフも飛んでいないのが良かったのだろう。おもしろさが少し分かってきた。だが、出来過ぎた話の本質は変わらない。

最後の1時間はおもしろいはずだったが、同じことの繰り返しでちょっと残念。終わってみれば、すっきりしない頭の中は前回と同様な反応を示した。世の中はすっきりしないことだらけだが、せめて映画くらいはすっきりとおちて欲しいと願う。

『すてきな片想い』(Sixteen Candles)

1984年・アメリカ 監督/ジョン・ヒューズ

出演/モリー・リングウォルド/アンソニー・マイケル・ホール/マイケル・シューフリング/ハヴィランド・モリス

見る映画がないからと言って、手当たり次第に録画したって、大したものにぶつかる可能性が薄い最近。観る前から先入観いっぱいでは、ちょっとおもしろければ大満足という逆説的な結果を期待するしかない。でも、始まった瞬間からテレビ映画のような平ったい映像で、見る気も失せながら・・・・・。

速回しすることなく、ながら鑑賞をした。昔、高校時代によくやった、ながら族のはしりという自覚がある。ラジオはまだ全盛だった。耳を使いながらは他の器官がまったく別の感覚で使えるから、ながらの王道だろう。だが、テレビながらは不自然だ。見るという行為がメインなので、耳だけだとちょっと難しい行為に見える。

アメリカでは16歳あたりが青春の真っ只中のようだ。高校生だって車を運転して学校に行く連中も結構いる。このあたりの青春構造は、あと100年経っても日本とアメリカが同じように見える時代は来ないだろう。教育が人格も血も作っているのは確かで、しょうもない歴史観しか持てない国民に仕上げるのも、むべなく簡単そうに見える隣国事情。

『アフリカの女王』(The African Queen)

1951年・アメリカ/イギリス 監督/ジョン・ヒューストン

出演/ハンフリー・ボガート/キャサリン・ヘプバーン/ロバート・モーリー/ピーター・ブル

『ホーンブロワー』で有名な小説家セシル・スコット・フォレスターの同名小説(英語版)を、ジョン・ヒューストンが映画化した。ハンフリー・ボガートは、この作品で念願のアカデミー主演男優賞を受賞した。(全部Wikipediaより)

リアリズムを追求するべく、アフリカで本格的なロケを敢行したこの映画の撮影は困難を極めた。天候不順でセットが流され、体調悪化や病気で倒れる出演者やスタッフが続出したため、撮影は長引いた。しかし、監督のヒューストンは撮影を軽視してハンティングに入り浸るなど消極的な態度を見せた。キャサリン・ヘプバーンはこの時の監督の態度を快く思わず、後年『アフリカの女王とわたし』という本を出版して彼を批判した。また、ロケに同行した脚本家のピーター・ヴィアテルも、この時の体験を元に小説『ホワイトハンター ブラックハート』を書いている。これはクリント・イーストウッドの監督、ヴィアテル本人も脚本に参加して映画化された。ヒューストンがモデルの映画監督ジョン・ウィルソンはイーストウッド自身が演じた。

本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロール、等)に著作権表記が無かったため公開当時の米国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、米国に於いてはパブリックドメインとなった(このため、コモンズに高解像度のスクリーンショット、ウィキクオートに台詞の抜粋が収録されている)。また、日本においては著作権の保護期間が終了したと考えられることから現在、複数の会社から激安DVDが発売中。

『誤差』

2017年(平成29年)・日本 監督/倉貫健二郎

出演/村上弘明/剛力彩芽/陣内孝則/松下由樹/田中美奈子/水沢アキ/左とん平

テレビ東京のテレビ番組だ。めったに観ることのないテレビ映画というやつ。いわゆる2時間ドラマというやつだろうか。番組名は、松本清張 没後25年特別企画 「誤差」。テレビと東京ホームページによると、2015年放送 『黒い画集-草-』、2016年放送 『喪失の儀礼』に続き、お馴染み、村上弘明・剛力彩芽・陣内孝則のトップスター三人が顔を揃える、松本清張医療サスペンス第3弾!、と書かれている。

なんかシリーズもののような感じがしたのは、このことだったのか。村上弘とう役者は知っていたが、なんかずいぶんと目にしたことがない。剛力彩芽はこの頃ドラマに活躍の場を移したのか。陣内孝則はあくの強さが嫌いで、顔が出てくるとチャンネルを回すくらいだ。同じ顔しておちゃらけていては、解剖学の権威だなんてとてもじゃないけど、視聴者に響いてこない。

淡々と筋書きが進んで行く。活字を読んでいるような気にさせる。活字を読まない人間が、そんなことを言うのもおかしな話だが。抑揚のない話しっぷりのように、ドラマに起伏がない。単に映画との違いだけではなかろう。「特別企画」と銘打っているのだから、全体予算もキャストにもお金をかけているのだろうか。この程度が精一杯のドラマ作り、この程度で満足しているテレビの視聴者、こういう構図は平和の証かもしれない。

『エネミー・オブ・アメリカ』(Enemy of the State)

1998年・アメリカ 監督/トニー・スコット

出演/ウィル・スミス/ジーン・ハックマン/ジョン・ヴォイト/リサ・ボネット

アメリカ連邦議会ではテロ対策のための「通信の保安とプライバシー法」案を巡って議論が交わされていた。NSAは当初撮影への協力を完全拒否していたが、出演者にNSA高官の娘がいたために辛うじて外観の撮影と内部の限られた部屋の見学のみが許された(この時撮影した本部の外観は一部の映像がオープニングに使用されている)。

ただし、職員への質問は禁じられ、地下にあるといわれるコンピュータルームへの立ち入りも許されなかった。そのため、撮影では元職員の証言や文献資料に頼らざるを得なかった。しかし本作でNSAが使う技術は、20年前のもの、また制作当時は逆に研究開発中だったものもあるが、ほとんどが実際に使われているものだという。また、ハックマン演じるブリルは『カンバセーション…盗聴…』でハックマンが演じたハリー・コールを彷彿とするオマージュが見受けられる。ブリルがハリー・コール同様に通信傍受のプロであるという設定に加え、ブリルのNSA履歴ファイルにはハリー・コールを演じているときのハックマンの写真が添付されていた。

すべてWikipediaからの情報だ。一度、間違いなく観ているはずなのに、まったくストーリーを覚えていなかった。こんなにおもしろいのにである。録画ストックがこの映画で途絶えた。こちらに移ってからはまだレンタルビデオ店に行ったことがない。TSUTAYAがないので、ゲオに行かなければ。ちょっと遠いけれど。

『小さな恋のメロディ』(Melody )

1971年・イギリス 監督/ワリス・フセイン

出演/マーク・レスター/トレイシー・ハイド/ジャック・ワイルド/ロイ・キニア

日本ヘラルド映画の代表作。日本の公開日は1971年6月26日、私はまだヘラルドに入社していなかった。この年の11月に名古屋のヘラルド興行に縁あって入社することになった。それから1年半後、1973年4月から東京に移籍し自分の今に繋がる人生がスタートした。Wikipediaのエピソードがおもしろかったので記す。ヘラルドの真骨頂がうかがわれる。プロデューサーのデヴィッド・パットナムは、のちに『ミッション』を製作し、ヘラルドはこの大作の配給権を獲得することになる。

後にハリウッドで監督として成功したアラン・パーカーの処女作である。少年少女の恋を瑞々しく描き、本国とアメリカではヒットしなかったが、同じく1971年に公開された日本では大ヒットした。「メロディ」は映画のタイトル(原題)でもあり、ヒロインの名前でもある。

この映画には「大人社会からの独立戦争」という趣がある。「結婚式」を取り締まるべく現れた教師たちであったが、爆弾マニアの少年が作った初めての成功作によって総崩れになり、少年少女2人が一緒にトロッコを漕いで出発していくラストは、"Don't trust over thirty"(30歳以上は信用するな)の時代の雰囲気を伝えている。また一方で、明らかに中産階級のマダムの一人息子であるダニエルと、労働階級の娘であるメロディの出会い、労働階級出身とみえるオーンショーとの友情という、イギリスの階級格差が少年少女の恋愛というセッティングの中で無視されているという面白さもある。

『バックドラフト』(Backdraft)

1991年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/ウィリアム・ボールドウィン/カート・ラッセル/ロバート・デ・ニーロ/スコット・グレン

この映画は、割合とリアルタイムで観たような気がしている。この手の映画は、何となく分かりきったような気になる映画で、観てみるとそれ以上の映像があるにもかかわらず、もう観てしまった気になりがちなものだった。という気持ちが強かったお陰で、想定外のおもしろさに時間を忘れるくらいだった。

まったくストーリーを覚えていないことが嬉しい。2時間17分と長めの映画だが、進行は結構速く感じる。ちょっと出来過ぎのシーンが多かったり、設定が甘かったりは愛嬌だろうか。脇役のロバート・デ・ニーロの存在感が凄い。48才と俳優では一番脂ののりきった時の映画だ。

ロスのユニバーサル・スタジオで経験したこの映画のテーマ館は、おもしろかったことを覚えている。本物の火を遣ってやるエンターテインメントは、日本では許されないだろうな~、と日本上陸の予定が発表されていたのでちょっと心配だった。日本に出来てからまだ行く機会がない。出来て早々に行けるチャンスはあったが、それを逃してからはもう絶望だ。チャンスというのは、決して逃してはいけない機会というものなのだろう。

『ワイルド・アパッチ』(Ulzana's Raid)

1972年・アメリカ 監督/ロバート・アルドリッチ

出演/バート・ランカスター/ブルース・デイヴィソン/ホルヘ・リューク/リチャード・ジャッケル

今日は2017年5月6日(土)連休の最中だ。最初に観始まった時には、なんと出だしから半分近く眠ってしまった。続きから、また観始まったが、結構おもしろかったので、一端最後まで行ってから、また最初に戻って見直すことになった。昔の映画館みたいだ。今の人にはまったく分からないだろうが、昔は映画館に入る時はとりあえず入ってしまう。映画の途中だろうが気にしない。3本立ての時だって同じだった。1本目がおもしろければ、3本目が終わってからも、まだ映画館にいるという情況だった。

立ち見も途中入場もありの映画館での鑑賞は、昔の風物詩だった。時代が変われば、少しずつ現象も変わってくる。10年経てば10年の時を感じる。1、2年ではその現象の変化を認知出来ないでいる。いつの間にか変わってしまった、と思えるのが時の流れ、というやつなのだろうか。

アパッチ族はいかに残忍かを植え付けるような映画内容だった。好戦的でないインディアンも数多く描かれているがアパッチ族をこういう風に捉えるのは、アメリカでは一般的なのだろうか。なにかと取り上げられる先住民というやつ、昔からその土地に住んでいた人達が蔑ろにされるなんて、考えてみればおかしな話だ。勝てば官軍という大原則が、人間の生活の原則なのかもしれない。仕方がないか~。貧乏人は麦を食え、なんて言われて、その通りにしていた方が健康的で長生きできる世の中になってしまっているのが皮肉だ。

『ネバーランド』(Finding Neverland)

2004年・アメリカ/イギリス 監督/マーク・フォースター

出演/ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/ケイト・ウィンスレット/ジュリー・クリスティ

劇作家ジェームス・マシュー・バリーが、ピーター・パンのモデルとなった少年と出会い、その物語を完成させるまでを描いた実話を基にしたヒューマンドラマ。泣けた。涙が出てくると目の調子が良くなる。どんどん酷くなっていく眼の状態、乾燥どころではなく目が見えなくなってきている。困ったものだ。

一瞬観るのを躊躇したのに、期待を見事に裏切ってくれて嬉しい。私はこういう話は好きだ。描き方も実に巧妙、ジョニー・デップの特異性が生かされている。普通の俳優では、この主人公を演じるのは困難だと思える。ネバーランドという夢の世界を実映像で表現するのも難しい。この手の映画で涙するとは、歳のせいばかりではなく人間力が進化したんだと思いたい。

舞台は1903年から始まっていた。貧しさを感じさせない貴族階級の話なのだろう。きらびやかな世界が、今どきの世界の話かと見まごうくらいだ。階級格差が社会の基本になっているイギリスと一億総中流と思っている人ばかりの日本とでは、根本的に社会の構造が違う。今の日本がどれほど素晴らしいかは分からない。でも、分かっている範囲でDNAを受け継ぎ、伝える使命があることだけは確かだ。

『最前線物語』(The Big Red One)

1980年・アメリカ 監督/サミュエル・フラー

出演/リー・マーヴィン/マーク・ハミル/ロバート・キャラダイン/ボビー・ディ・シッコ

日本ヘラルド映画が配給した作品だと記憶していた。なんてったて自分の現役時代の映画だから間違っていないと思っている。しかも間違っても試写室や試写会でも観たことがなかった、ということまで覚えている。ところが、Wikipediaには、ヘラルドの名前が出ていなかった。ありがたいことに、今はなきヘラルドの名前が、過去に配給した会社として通常書かれていることは、ありがたいと思っている。

観ていなかった自社配給作品をこうやって改めて観る機会を得たのに、始まって早いうちに眠ってしまった。2時間近い映画だったので、起き出してから戻らずに見続けても、長さを感じた。ということは、つまらない映画だからだろうか。珍しく気にくわない宣伝プロデューサーが担当していたことも覚えていたので、そういうことが眠りの素になっているのかもしれないなぁ。1分前のことは、すぐに忘れてしまうのに35年以上前のことを覚えているというのは、痴ほう症の典型的な症状の入口だ。

この映画の主人公は第一次世界大戦の前線で、終戦の知らせを知らずに、近づいてきた敵兵を殺めてしまった。落語のオチのように、隊長として参戦した第二次世界大戦でも、終戦の報を聞かない最中に敵兵の腹に前回と同じようにナイフを突き刺してしまうのだった、しかも両大戦の終戦とも彼の行為の4時間前だったというものだった。今回はなんとか相手の命が助かったという、映画的なオチが付いていて観客は安堵するのだった。第一次世界大戦が始まったのは1914年、大正三年のことだった。父小河隼人もヘラルド創業者古川勝巳さんもこの年に生まれた。「五黄の寅」という運気の強い年だった。

『ドライヴ』(Drive)

2011年・アメリカ 監督/ニコラス・ウィンディング・レフン

出演/ライアン・ゴズリング/キャリー・マリガン/ブライアン・クランストン

日本にニコラス・ウィンディング・レフン監督の名を知らしめた映画であり、この映画のヒットをきっかけにレフンの過去作が相次いで劇場公開・ソフト化されたらしい。今どきカーアクションかよ~、と訝っていたが、たぶんCGのない生身の人間によるカーアクションだと、訴えているような気がする。

車の修理さらに運転に秀でているのがこの映画の主人公、善悪を問わず車の運転なら相棒になる。どこから流れ着いたのかを知らせないで主人公はこの地ロサンゼルスで、如何なくその運転技術を発揮する。正義ではなく悪行の片棒を担ぐことになる主人公の将来には、偶然出会った母子への愛情が暗雲立ち込める想定を醸し出す。

出だしの好調さから比べたら、すぐにペースが落ちてしまう映像に、監督の力のなさを感じる。波があり過ぎる。アメリカ映画に欠かせない男女のシーンになると、急にペースが落ちていったように見えた。DVDが最後のチャプターにもう少しというところで映像が止まってしまった。今までも時々襲われる不具合だったが、今回初めてそこでホントにストップしてしまった。主人公が敵の懐に飛び込み、死を覚悟しているという場面でこの映画は終わった。主人公は最後どうなったのだろうか。

『駆込み女と駆出し男』

2015年(平成27年)・日本 監督/原田眞人

出演/大泉洋/戸田恵梨香/満島ひかり/内山理名/陽月華/キムラ緑子/中村嘉葎雄/樹木希林/堤真一/山崎努

おもしろかった。この映画の存在を知らなかった。陽月華という宝塚出身の女優も初めて知った。いろいろな新しさを感じる映画だった。この監督も監督になる前から知っていたが、初めの頃の作品はデクノボーのような感じだったが、今や日本を代表するような存在になったことを正直驚く。映像が抜群に綺麗だし、ストーリー展開もこの監督の脚本が実に映画らしい。格調の高い映画に仕上がっている。

活字世界にとんと疎い自分が恨めしい。原案が井上ひさしの『東慶寺花だより』だという。映画の題名は、こんな凝り方をせず単に『駆け込み寺』で良かったんじゃないかと思える。その方が単純明快でいい、と昔の癖が出てくる。縁切寺のはなしは、昔はしょっちゅう出てきていたが、久しぶりに聞いたなぁ。

江戸時代、幕府公認の縁切寺とされた鎌倉市の東慶寺というあたりが、なんとも日本的なありようで微笑んでしまう。この寺の恩恵を受けた人が2000人余りだったと最後のクレジットがあった。もう江戸時代のホントの最後の時期、あと25年待てば江戸時代が終わると分かっていれば、庶民の生活も大幅に変わってただろうに。

『アフター・アース』(After Earth)

2013年・アメリカ 監督/M・ナイト・シャマラン

出演/ジェイデン・スミス/ウィル・スミス/ソフィー・オコネドー/ゾーイ・イザベラ・クラヴィッツ

2025年という近未来なのに、動物は人間を見ると殺してしまうという地球になっていた。エイリアンに出てくるような化け物のような物体も登場する。人間はもう地球には住んでいないようだ。SFは大好きだけれど、この映画のはなしはイマイチ。冒険SFアクション映画といった風情。

あと10年したって今住んでいる所の様相が激変することはないだろう。ただ徐々に変わっていく姿が、結果として100年後には当然のことながら、大きく変わっていることは間違いない。その100年後をどうしても見たい。そして、そのまた100年後も。

映画の描く未来は確実に実現するのだが、「2001年宇宙の旅」以降描かれた宇宙空間には、まだまだ現実が追いついていない。宇宙船の姿が、とてもじゃないけど追いつけない。スターウォーズ然りといった感じだろうか。人間の移動手段としての乗り物も、何一つとして現実化していないところがおもしろい。夢は遠い。空の上から自分の目で見えるときには、人間という物体から切り離された精神が彷徨うことになるのだろうか。

『回転』(The Innocents)

1961年・アメリカ 監督/ジャック・クレイトン

出演/デボラ・カー/マイケル・レッドグレーヴ/メグス・ジェンキンズ/マーティン・スティーブンス

手元にあるDVDには「The Innocents(1961,UK,100mins)」と言う情報しか載っていなかった。innocents で検索すると、1979年日本ヘラルド映画が配給したルキノ・ヴィスコンティの『イノセント』ばかりがヒットして、何の役に立たなかった。きちんと、The Innocents と検索してあげてようやくタイトル周りの情報にありついた。

デボラ・カーの名前はよく知っているが顔と名前が一致しない。出來の悪い恐怖映画のような雰囲気を感じ始まった時から、急に眠気が襲って目を開けていられない状態に陥った。この頃はやたら多い。顛末はまた。

結局、再びこの映画を見る気にはなれなかった。洋画でこんな終わり方をするのは初めてじゃないかなぁ。途中でもういいやと、思うような洋画にはまず巡り合わない。この映画もそこまで酷いとは思えないのだが、どうも出來の悪い日本映画のスリラー映画の影響が大き過ぎたようだ。こんな風に日本映画のつまらなさが、洋画の見方にまで影響するとは。いろいろなことがあって、人生はやっぱりおもしろいということになる。

『スタア誕生』(A Star Is Born)

1954年・アメリカ 監督/ジョージ・キューカー

出演/ジュディ・ガーランド/ジェームズ・メイソン/ジャック・カーソン/チャールズ・ビックフォード

1983年にはスチル写真を利用した176分版が製作された、というバージョンを観たようだ。1937年に最初の映画が公開され、1976年にはジュディ・ガーランドの娘バーブラ・ストライサンド主演による映画が公開された。よく似た母娘だと思っていたが、母親の若い頃は娘の若い頃に比べてややおとなしめ目の顔だった。

ミュージカルという先入観が強く、録画からだいぶ経ってから観る決断となった。3時間に近い上映時間のまだ半分くらい、ミュージカルが嫌だと思えるほどのシーンが出てこなく、話が結構おもしろいのが嬉しい。スターと呼ばれるようになるには、偶然の何かが必要なのだと庶民も知っている。その何かは圧倒的な容姿や歌唱力で超せるものかもしれない。それでもまだ足りない何かがあるからこそ、スターと呼ばれる希少な存在に成り得るのだろう。

ミュージカルが嫌いなのではなく、苦手なのだ。物は言いよう、端から見れば、いずれにしろ同じに見える。後半のミュージカル部分はちょっと気だるかったが、速回しにするほどではない。アメリカの成功物語は、どれを観ても気持ちがいいものだが、この映画には悲劇が待っていた。そんな悲劇をさらりとかわすあたりがこの映画のいいところだろう。救われるのは、主人公の最後のセリフ。歌うのでも、演じるのでもなくチャリティーショーに集まった観客の万雷の拍手を受ける。こういうシーンでは涙が溢れる。鬼の目にも涙、と言われるような厳しい人間になりたかった。

『アドレナリンドライブ』

1999年・日本 監督/矢口史靖

出演/石田ひかり/安藤政信/松重豊/角替和枝/マギー/坂田聡/木下明水/長谷川朝晴/六角慎司

上映時間は1時間52分だが、放送時間は2時間23分だった。つかみはいいのだが、時間が経つにつれどんどん面白くなくなっていくのが顕著だ。日本のコメディ映画と称されるものの力は極めて低い。せっかくのコメディがお茶らケ映像になってしまうのは残念としか言いようがない。

平山三紀の「真夏の出来事」が要所に流れる。同じ曲だがこの映画のエンディングテーマとなって、タイトルが「真夏の出来事'99」になっていた。なかなか好きな曲なんだけどね~。相変わらず設定状況の甘いストーリー展開で、よく事前の打ち合わせでOKになったな、と首をかしげるのはいつもと同じ。

大金を手にしたこの映画の主人公二人、そこからなにをやるのかが社会的なメッセージ。アメリカ映画にあるように、特定団体に寄付してこの泥まみれの金の始末をつけるというような設定は、日本映画では希。日本人のDNAが意外と独りよがりで社会的でないことがいつも証明されて、なんか哀しい気持ちになってくる。

『ゴースト/ニューヨークの幻』(Ghost)

1992年・アメリカ 監督/ジェリー・ザッカー

出演/パトリック・スウェイジ/デミ・ムーア/ウーピー・ゴールドバーグ/トニー・ゴールドウィン

珍しくリアルタイムで観ている映画。単なる恋愛映画にえらく心が惹かれた記憶がずーっと残っていた。リアルタイム以来初めてこの映画を観たが、なぜ好きだったかを確認することが出来た。大きな理由は2点ある。

1点は、死んだ恋人がまだ天国に行く前にさまよっている姿が映像で映し出されて、一種のSF映画っぽくなっていること。偽物霊媒師が登場して、偶然にその恋人の声を中継することになる。日本のような幽霊という存在ではないところが軽くていい。2点目は、人を愛するという気持ちが凄く良く分かる時代に観た映画だったから。おそらく私が死んでも誰にも話すことがなかったこの事柄は、永久に私の心にだけ残っているだろう。こういう永久の秘密をどれだけ抱えられるかが、人間力の第一歩になる。

リチャード・ギア主演の『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman)がリアルタイムの丁度同じ時期に映画館で大ヒットしていた。大きくジャンル分けすれば「恋愛映画」に区分されるこの2本の映画は、観客を2分した。両方とも好きだという人には巡り合わなかった。結果的には両映画を観た人は、どちらかの派閥に属さずにはいられないというおもしろい現象を引き起こしていた。機会があったら、この2本を見比べるといい。私の言っていることを理解できるだろうと思う。

『レイクサイド マーダーケース』

2005年(平成17年)・日本 監督/青山真治

出演/役所広司/薬師丸ひろ子/柄本明/鶴見辰吾/杉田かおる

こんなベタな題名って? と思いながらも観始まったが、なかなかおもしろい映画だった。東野圭吾の小説『レイクサイド』が原作だという。テレビの2時間ドラマやなんかでこの原作者の名前を何度も見ている。が、活字を読んだこともないし、映画化されたものしか勿論観ていない。

舞台劇のように背景の変わらない設定がちょっとうざいかな~。覚えたセリフをそれぞれ登場人物が一所懸命喋っている、という構図が生まれてきて、せっかくの映画化なんだから、もう少し話を膨らませて、背景も変化させなければ、と思えた。そんなことは重々承知の上、と言う制作者側の声が聞こえてきそうだ。こういう舞台劇になってしまうと役者の力量比べになってくるのが、ちょっとばかり興味がある。役者力をランキングするのも容易だった。そういう風に見られる側には絶対なりたくない、と思える。

サスペンスは特に一点曇りないストーリー展開が必要だ。あれっ! ここは少し変、とかいう個所を見つけると、どんどん興味が失せていく。数か所そんなところを見つけると、やっぱりテレビ映画で良かったんじゃない、とちょっと映画界から見下すテレビ業界の姿が見えてくる。

『バッド・ガールズ』(Bad Girls)

1994年・アメリカ 監督/ジョナサン・カプラン

出演/マデリーン・ストウ/メアリー・スチュアート・マスターソン/アンディ・マクダウェル/ドリュー・バリモア

『クイック&デッド』と同じく数少ない女性を主人公にした西部劇映画といわれても、クイック&デッドを観たことがない。売春宿とか娼婦という呼び名が闊歩する映画。チャンバラ映画の世界とよく似ている。

ほんのちょっと前まで世界中で女性の地位は低かった。どういう理屈や屁理屈が横行していたのだろう。機械やツールのない時代には人間の体力が勝負だったことは確か。だからと言って、頭も悪い社会のことにも対応できないと決めつけられていた。そんな過去の時代の遺物をまだ引きずっている国々が世界にはある。西部劇の時代にも女は貴重な存在で「イエス!マム!」と敬われてはいたが、こと人間社会では男の持ち物という認識しかされなかったようだ。この映画の一人の主人公女性、夫が亡くなって残った土地所有の証券も、妻にはそれを継承する権利がない、と弁護士に法律書を見せられる。遺産相続すら認められていなかった、というより女の権利なんてない、と法律で宣言されていた。

ドリュー・バリモアは生後11ヶ月からコマーシャルに出演してから、かの有名な1982年の『E.T.』で主人公エリオットの妹役で出演、その愛らしさで一躍天才子役として注目された。その後も子役をしっかりと演じ、大人になっても女優として活躍する珍しい存在だ。子役だけで消えていく人たちも数多くいるのに。日本贔屓としても彼女は有名だが、日本人も彼女の雰囲気を愛している。この映画はまだ20歳前に撮影したと思われるが、惜しげもなく乳房を曝け出す根性が気持ちいい。

『ブルース・ブラザース2000』(The Blues Brothers 2000)

1998年・アメリカ 監督/ジョン・ランディス

出演/ダン・エイクロイド/ジョン・グッドマン/ジョー・モートン/J・エヴァン・ボニファント

「あれから18年」と冒頭のクレジットが入る。いまいち乗れなかった伝説のオリジナル映画だったが、同じテイストが2作目になると、さすがに心に安心感が広がり、余裕をもって馬鹿馬鹿しさに付き合うことが出来た。もうおもしろいとか面白くないとかの問題ではなく、どこまで気持ちが映画に向くかという問題だった。

いつの間にか眠ってしまって、最後に行ってしまったが、もう1回見直そうかということが負担にならなかった。アメリカに住んでいたり、すごく親しんでいれば、オリジナル同様この映画にもたくさんの有名ミュージシャンが出ていたらしいので、かなり楽しめるのだろうと、ちょっと悔しかった。

世界中で、日本各地でもいろいろなライブが繰り広げられている。ひとつのサウンドのファンになれることは仕合せだろう。ましてやインディーズ時代から追っかけて、メジャーデビューするときには至極の仕合せ感にひたれるに違いない。一方で、小さな世界にとどまってくれていた憧れの人たちが、広い世間に離れてしまったという寂しさも、同時に味わうことになるんだろう。

『ブルース・ブラザース』(The Blues Brothers)

1980年・アメリカ 監督/ジョン・ランディス

出演/ジョン・ベルーシ/ダン・エイクロイド/ジェームス・ブラウン/ジェフ・モーリス/キャリー・フィッシャー

伝説の映画だ。リアルタイムで観ることはなかった。なぜか自分の観る映画ではなさそうだと感じていた。今回観てその感じは正しかったと分かった。たぶんこの映画をこよなく愛している人がいるだろうから、その人からこの映画のどこが素晴らしいのかレクチャーを受けたい。

この映画のエピソードを3件、Wikipediaより転載する。これだけで映画の雰囲気は分かるだろう。レイ・チャールズがエレピを弾き「Shake your tail feather」を演奏し、通りを歩く歩行者がリズムに合わせダンスをするシーンは、設定は夏だが撮影は真冬で極寒の日のロケだったという。

ショッピングモールのカーチェイスシーンは、イリノイ州ハーベイにあった、1975年に閉業したショッピングモールの廃墟を使って1週間かけて行われた。実際にある企業から商品を借りて撮影をしていたため、盗難防止に当時アメリカ最大の警備会社に警備を依頼していたが、撮影中商品が無くなる事が相次いだ。警察を呼び調べたところ、その警備会社の警備員が盗んでいたことが判明した。
 物語の終盤、シカゴ市役所前での群衆シーンでは500名を超えるエキストラが投入され、ここには200名の州兵、100名のシカゴ市およびイリノイ州の警察官が含まれた。さらに騎馬警官用のウマ15頭、戦車3輌、消防車3台、ヘリコプター3機も用いられた。

『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(The Mummy Returns)

2001年・アメリカ 監督/スティーヴン・ソマーズ

出演/ブレンダン・フレイザー/レイチェル・ワイズ/オデッド・フェール/フレディ・ボース

酷いドタバタで内容をどうのこうのと騒げない。8歳になる子供が活躍して前作とはまた違った子供騙しを見せてくれるくらいだろうか。途中でひと眠りした。以前は多かったこの手の居眠り、この頃は少なくなったと喜んでいたが、この季節は眠気が襲ってもいい訳が出来る。体調の問題があるのだろうが。

エジプトへは行きたいと思うこともあったが、なぜか旅の食指は動かなかった。今どきのように世界中の人間が旅好きな時代ではなかった40年前なら、もっと自由にピラミッドも見学できただろう。イギリスのストーン・ヘンジに行ったとき、あの石に触ることさえできていたのに、今見る写真では周りに枠が巡られていて、ずいぶんと様変わりしていた。

日本を旅することなく海外旅行に行く人も多いに違いない。日本のように北から南に長い島国では、気候と共に風土・風習も言葉も大きく違う。景色も歴史的建造物にも大きな違いが感じられる。そんな基礎的な生まれた国の探索をまずしてから海外に行きなさいと言いたい。自分もそうしてきたから言えることだが、日本は素晴らしい。そして外国も。地球に生まれたという喜びが人生にはある。そのうち、異星人が地球に襲来することもあるだろう。それまで人間の営みは続くのだろうか。すごく興味がある。

『ランブルフィッシュ』(Rumble Fish)

1983年・アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ

出演/マット・ディロン/ミッキー・ローク/ダイアン・レイン/デニス・ホッパー/ニコラス・ケイジ

冒頭のクレジットでフランシス・フォード・コッポラ監督作品だと知って期待をした。なんだか訳の分からない映画だった。地獄の黙示録とどっちが早いかが気になった。というのも、主人公のハートが地獄の黙示録のカーツ大佐に似て go to mad になっているような気がしたから。

人間の心の内を映像で表現されても、観客は戸惑うばかりだ。それがもし分かるようなら、人間として凡人を演じていないだろう。上映時間1時間34分と短いのに、ずいぶんと長く感じられたのはおもしろさに欠けるからだろう。先日落ちぼれたボクサー役のミッキーロークを観たが、この頃の彼はその姿を想定していただろうか、興味のあるところ。

今や大俳優になったニコラス・ケイジはこの時19才か20才、コッポラ監督の甥ということで映画界に早々とデビューできたのかもしれない。きっかけはどうでもいい。その後の人生を全う出来る力があるのなら、二代目だろうが三代目だろうが世の中はその人間を受け入れるだろう。頑張れ、親の七光りで生きている人達よ。

『愛と哀しみの果て』(Out of Africa)

1985年・アメリカ 監督/シドニー・ポラック

出演/メリル・ストリープ/ロバート・レッドフォード/クラリス・マリア・ブランダウアー

第58回アカデミー賞作品賞ならびに第43回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞受賞作品。アカデミー賞の対抗馬はスピルバーグ監督の 『カラーパープル』 であり、この作品が受賞したのはスピルバーグに取らせたくなかったからだと陰口を叩かれた。(カラーパープルは結局無冠に終わった。)(Wikipediaより)

Wikipediaの情報は正しい気がする。この映画が賞に値するのはどこなのだろうかと疑問である。男と女の恋の形をアフリカという舞台で見せているだけじゃん、と私だって陰口をたたく。1937年に出版されたアイザック・ディネーセンの小説『アフリカの日々』が原作で、アフリカでのさまざまな出会いが複雑に絡まって描かれていて、決してメロドラマではない。と、Wikipediaは後を続ける。

日本ヘラルド映画が配給した『愛と哀しみのボレロ』(Les Uns et les Autres)のロードショーは1981年だったから、題名を真似たのはヘラルドじゃなかった、と確信が持てた。配給年が逆になっていたら、ヘラルドは同じように題名を付けただろうか、いや、間違ってもそんなことをするはずがないと、これも確信をもって言える。上映時間3時間5分と地味に長い。

『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(The Mummy)

1999年・アメリカ 監督/スティーブン・ソマーズ

出演/ブレンダン・フレイザー/レイチェル・ワイズ/アーノルド・ヴォスルー/ジョン・ハナー

1959年に英国ハマー・フィルム・プロダクションが制作した『ミイラの幽霊』(テレンス・フィッシャー監督)に続き、1932年公開の『ミイラ再生』(カール・フロイント監督)の二度目のリメイク作品である(近年では二番目のリブート作品と言われる事もある)。当時、パソコンが一般に普及しつつある頃であり、最新のVFXを全編に取り入れた作品として、日本では注目された。(wikipediaより)

インディ・ジョーンズ シリーズを思い出す。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年公開)、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年公開)、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年公開)、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008年公開)、2013年、ウォルト・ディズニー・スタジオがパラマウントより版権を獲得し、2019年に公開予定の第5弾からがディズニー配給となることが決まっているという。

ハリソン・フォードとはまた違った雰囲気があり、おもしろい。子供だましであることには変わりないのに、こっちの映画は子供心をくすぐってくれて興味深い。どうして、こういう感覚の違いが生まれるのだろうか。どこまで嘘っぽくなく映像を作れるかの違いだと思う。滑らかなアニメとパラパラ動画の漫画の違い。舞台を本物の下でやることと、小さなプールに水を張った海を表現することの違いなんだろう、と思う。

『椿三十郎』

1962年(昭和37年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/仲代達矢/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助

黒澤明監督のチャンバラ映画の中で一番だろうと思っている。なにしろノンストップ・ストーリーが小気味よい。加山雄三は25才、映画デビュー2年後の出演だ。それにしても三船敏郎は大したものだ。ここまで、チャンバラ映画に似合う俳優もいない。

椿三十郎という名前は、とっさに名前を問われた浪人の主人公が考えたもの。奥方から名前を聞かれた時、この主人公は部屋から庭を見回し、ちょうど目に入った椿の花からもらった、という演出になっている。それよりも、「椿三十郎」と名乗った後に、カメラが庭にある椿をなめた方が効果的だと思ったりして、黒澤演出にちゃちを入れる。

軽挙妄動する若者侍をたしなめるように、この主人公浪人侍が人間として上を行く。現代だって同じようなもの、大した実績も実力もあるわけではない若造が、偉そうに自分の考えを喋っている姿がダブってくる。いったいどこからそんな自信が出てくるのだろうか。非力な人間は、その非力さを補うために最大の努力を続けることが求められる。所詮は凡人の自分をもっと知らなければいけない。

『ミッドナイト・ラン』(Midnight Run)

1988年・アメリカ 監督/マーティン・ブレスト

出演/ロバート・デ・ニーロ/チャールズ・グローディン/ヤフェット・コットー/ジョン・アシュトン

タイトルの意味は、「一晩で終わる簡単な仕事」、「仕事は簡単」、「ちょろい仕事」というスラングであるという。元警官の主人公、マフィアの大金を慈善事業に寄付してしまった会計士を捕まえるという、一晩では出来そうもないことを請け負ってしまった。アクション・コメディの傑作と書かれている。

ライオン・マークで誰でも知っているメトロ映画の日本支社長からヘラルドにヘッドハンティングされたサム・難波副社長がこの映画のことを好きだと言っていたことを思い出した。何かの折に本人から直接聞いたことなので、こんな機会に思い出すことになったのだろう。ヘラルドが配給した『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally...・1989年)のいちシーンで洒落たセリフのやり取りのある場面も好きだと言っていた。いずれも、さり気無い役者の言葉と表情が粋なシーンなのだが、字幕スーパーではなく英語を直接聞いて理解できるハートが、きっと彼には心地良かったんだろうな~、と想像する。

ロバート・デ・ニーロ45歳の時、今の顔形のふた回りも小さな顔だった。サム・難波さんはアメリカ育ちだけれど、たしか高校までは広島だったようなことを聞いていた。日本語は完璧だし、西海岸英語も完璧、読売巨人軍をこよなく愛し、「ナイト・ゲーム」と本物英語を遣わず、「ナイター」と使い分ける程の気配りの人だった。血液型B型には珍しい人だなぁ、と勝手に意味のない血液型占いをしていた。いい人だったな~。

『猿の惑星:新世紀』(Dawn of the Planet of the Apes)

2014年・アメリカ 監督/マット・リーヴス

出演/アンディ・サーキス/ジェイソン・クラーク/ゲイリー・オールドマン/ケリー・ラッセル

20世紀フォックスのオリジナル版『猿の惑星』シリーズをリブートした2011年の映画『猿の惑星: 創世記』の続編であり、フランチャイズ通算では8作目であるという。人間と同様の知性、そして人間に頼らないエイプ(猿)としてのアイデンティティを得たチンパンジーのシーザーが仲間とともに人類に反旗を翻し、ミュアウッヅの森に逃げ込んでから10年後……。このあたりの続き具合がよく分からず、冒頭から映画に没入できない辛さがあった。

映画がおもしろいかどうかは個人の感想。だが、この映画はおもしろいとか面白くないとかの問題ではなく、ストーリーがどうにも嫌いだった。まず暗い。擬人化された猿が気に障る。あまりにも基本的な人間模様を、大袈裟に映画・映像化しただけのような気がして仕方がなかった。

それでも、そんじょそこらの映画よりは断然おもしろいと思えるのは不思議なもんだ。猿だけではなく、この地球上に生きているものの意志なるものはどうなっているのだろう、と時々思うことがある。あの鳥は今何を考え、何を友と話しているのだろうか、と。人間だけが意思の疎通が出来ると考えるのは、明らかに大きな間違いなんだろう。

『ドント・ブリーズ』(Don't Breathe)

2016年・アメリカ 監督/ フェデ・アルバレス

出演/ジェーン・レヴィ/ディラン・ミネット/ダニエル・ゾヴァット/スティーヴン・ラング

舞台はアメリカ・デトロイト。視覚障害者の男性は娘を交通事故で失い悲しみにくれていた。30万ドルと噂された事故の和解金を目当てに強盗常習犯である3人組のマネー、アレックス、不良少女ロッキーが拳銃で武装して窓を割り強盗に押し入る。しかし彼は元・軍人であり、盲目でも超人的聴覚を持った人物だった。「拳銃で武装した強盗相手なら射殺も許される」というアメリカの法律にもとづいて、彼は銃で脅すマネーを逆に彼の銃で射殺する。残る2人は視覚障害者の金庫から盗み出した100万ドルの現金を持ち、彼の家から必死に逃走を図ろうとする。視覚障害というハンデを負った男性は、無事に強盗を捕え自分の財産を取り戻すことができるのか。(Wikipediaより)

サスペンスとかいうジャンルに入るのだろうか。それにしても出来過ぎた話で、ちょっといい加減にしてよ、と声をかける衝動にかられた。こういう単純構造のストーリーを作って映画にするのはなんか違う気がする。

いくら元軍人でもまったく目の見えない人間と戦う映像が嘘っぽくて、困った。こちらが素直ではないということが最大の理由ではないだろう。アメリカの有名な業界紙『バラエティ』のデニス・ハーヴィーは「この手のジャンルのファンが大喜びしそうな残忍で無慈悲な危険の中での、骨太な体験実習だ」と評した、というから一般的にはこの程度で十分なのだと理解しなくてはならない。

『シン・ゴジラ』

2016年(平成28年)・アメリカ 監督/庵野秀明(総監督) 樋口真嗣(監督・特技監督)

出演/長谷川博己/竹野内豊/石原さとみ/大杉漣/柄本明/渡辺哲/余貴美子/平泉成/高良健吾

キャッチコピー「現実対虚構」の意味するところすら分からない。もともとアンチ・ゴジラ派を自認しているが、別に表立ってゴジラなんて、と笑い飛ばすほどの自信があるわけでもない。何がアンチなのかと言えば、私の嫌いな子供だましの典型にしか見えないところ。張りぼての怪獣みたいなものやプールの中で撮影された海のシーンなどは笑いたくても笑えないほどだった。

今回はその怪獣シーンばかりではなく人間ドラマにも張りぼて感が満載。現実:そこらあたりのわき役連中が政府中枢の重要ポストを演じている。虚構:どう考えたってありそうにない設定を映画にしている。と解釈してしまうほどのの酷さに見える。途中、見事に眠ってしまったが、復活して何もなかったように観続けることが出来たのに我ながら驚くばかり。

こんなことを書いているとゴジラファンは読む気もしない、とポイしてしまうだろう。それでいいのだ。お互いに言いたいことが言えることが大切なのだから。ただ気になるのは、こちらは最大限にけなしても、ゴジラファンの存在を否定していないけれど、ゴジラファンはおそらく私を無視するだろうということ。そこんところを私は非難する。この映画、最初は政府批判映画かと思ってしまったくらいだった。

『赤ひげ』

1965年(昭和40年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/加山雄三/山崎努/団令子/桑野みゆき/香川京子/志村喬/笠智衆/杉村春子/田中絹代

武士の一分は面白いと確信していたのが、イマイチ印象が違っていた。この映画は何となく面白さが自分自身で伝わっていなかった。ところが観始まったら、想像以上に面白かった。前回はどこがおもしろくなかったんだろう、と思っていたら、ちょっとした患者のエピソードが2つばかり流されたあたりから、面白く無さが蘇ってきた。

映画全体に流れる主人公「赤ひげ」の人格は涙ものだが、脚本で作られたお涙頂戴のエピソード群がせっかくの映画を台無しにしている。地獄の黙示録の時の前半戦と後半のあまりの違いに映画が当たり損ねたことを思い出す羽目になった。

いつの世にも通じる主人公のセリフは、政府の無為無策を罵る抗議活動に通じる。時代が変わっても、弱者が切り捨てられる構図は一向に変わっていない。弱いものがさらに弱い立場に追いやられるのが現実社会。政府や金持ちには庶民などの気持ちが分かるはずない。所詮は日本でも有数の金を稼ぐ集団が、貧乏に人を憐れんで作る法律に心がこもるはずもなかろう。

『武士の一分』

2006年(平成18年)・日本 監督/山田洋次

出演/木村拓哉/檀れい/笹野高史/坂東三津五郎/岡本信人/左時枝/桃井かおり/緒形拳

藤沢周平原作の海坂藩が舞台だ。「・・・・がんす。」と、特徴のある接尾語、美しい女性から発せられるとこの言葉まで美しく感じる。前回観た時からおもしろいと思い込んでいたせいなのだろうか、前半は意外と面白さよりも、あまりにも真面目な演技の主人公が気になっていた。この欄に書かれていなかったことに驚いた。製作年が11年前ではあり得ることだった。

檀れいは美しい。日本女性の着物姿が、抜群に美しい。観光できた外国人が着つけてもらって喜んでいるが、しっくりこない点がある。胸が大きく足の長い外国人には、一番似合わないように作られているのが日本の着物なのだ。胴が長くなければ着物の線が美しく見えない。胸高に締める着物の帯が胸が小さくなくては出来ないこと。そういう肉体的欠陥を補って、あるいはそういう欠点があるから出来る技だということを外国人には理解できないだろう。

先日観た上戸彩の着物姿が美しかったので、檀れいがこの程度出来るのは当たり前で、もう一段も二段も上の所作を期待してしまったのは、過剰期待だったのかもしれない。それにしても、着物を着た時の所作、容姿の美しさを理解できる日本人であることがうれしい。わび、さび、の世界と同じように、言葉では説明が難しい感覚が日本には多くて、そこらあたりが日常を超えたところで最重要事項であることを、知る由もないのが外国人。それでいいのだ。

『ブラッド・ワーク』(Blood Work)

2002年・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/クリント・イーストウッド/ジェフ・ダニエルズ/アンジェリカ・ヒューストン/ワンダ・デ・ジーザス

冒頭に「Malpaso Productions」と出てきて、イーストウッド作品だと認知した。観始まってすぐに観たことのある映画だと分かったが、おもしろかったので、そのまま観続けることが楽しかった。この「最近観た映画」欄に書かれていなかったことが不思議だった。もう7年以上前になるのかな。

特殊な血液型を持つこの映画の主人公は元FBI分析官。現役時代に捕まえることの出来なかった殺人犯を追い詰める話だ。話がおもしろいと思ったら、マイクル・コナリーの『わが心臓の痛み』という原作があったらしい。おそらく活字で読んだら、もっと想像力をかき立てられておもしろかったろうと想像出来る。

世の中には未解決の重大犯罪が結構残っている。3億円事件もそうだし毎年年末に想い出させてくれる一家惨殺事件もそうだ。後者などは多くの遺留品や指紋までもがあるのにもかかわらず解決されない。もう死んでしまったのか高マクラで今も悠々自適しているのか、犯人達の生活を垣間見たい。神には成れないけれど、何か夢を叶えてくれるとしたら、神になって未解決事件を暴いてみたい。そんな夢にもならないことを夢みている。

『青天の霹靂』

2014年(平成26年)・日本 監督/劇団ひとり

出演/大泉洋/柴咲コウ/劇団ひとり/笹野高史/風間杜夫/柄本佑、小石至誠(ナポレオンズ)

今日は、2017年4月2日(日)。原作は劇団ひとりが書き下ろした小説で、デビュー作の『陰日向に咲く』に次いで2作目である、と知ったのは映画を観終わってから。その方が先入観がなくて賢明だったと思う。2010年8月25日に幻冬舎から刊行されて、2014年に映画化されるなんてかなり早い夢実現だったろう。

リアルタイムで劇団ひとりが本を書いたという情報は掴んでいた気がするが、自分が監督して映画を作ったとは。ある意味、大したものだ。役者としての大泉洋も嫌いじゃないし、柴咲コウは一番好きな女優だし、劇団ひとりだって才能があるんじゃないと思っていた芸人で、バックボーンに難癖を付けるところはない。

つかみは抜群だったが、暫くしたらちょっと拍子抜けになってしまった。終わり頃にはうたた寝をしてしまう始末。後で分かった原作者自身の監督が問題だったのだろう。彼の監督力があるかどうかの問題ではなく、自分の原作を映画監督することがいけないのだろう。なんか中途半端な想いを押しつけられているようで気持ちが悪かったのは、こんなところに原因があるのだろうと私の心が言っている。

『七人の侍』

1954年(昭和29年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/志村喬/加東大介/木村功/千秋実/宮口精二/稲葉義男/藤原釜足/左卜全/津島恵子

上映時間3時間27分だった。おもしろいと確信して今まで生きてきたけれど、観始まってもシーンを思い出せない特技が今回も。新鮮でいいことだらけしかない特技だが、それにしてもよくもまぁ~内容を覚えていないもんだ、と感心するしかない。

途中「休憩」が入る。「憇」舌・甘・心と書くたぶん旧字だろうと思われる漢字が使われている。近年は「憩」舌・自・心と書いていることを昔から覚えていたので、ちょっとおもしろかった。旧字もワープロで探せば出現するので、死字ではないようだ。

前半の軽快な動きが後半はちょっと停滞する。いささか長過ぎる。七人の侍が戦う相手の数が、劇中で数えられる数と一致しないように見えて、そんなつまらないことが気になった。黒澤明特集なのだろうか、NHK-BSは彼の監督作品をここのところだいぶ流している。何度でも観ておいた方がいい作品なので、そうすることにしよう。

『マラヴィータ』(英語題: The Family, 仏語題: Malavita)

2013年・アメリカ/フランス 監督/リュック・ベッソン

出演/ロバート・デ・ニーロ/ミシェル・ファイファー/トミー・リー・ジョーンズ/ディアナ・アグロン/ジョン・デレオ

フランス・ノルマンディーのとある田舎町に、アメリカ人のブレイク一家が引っ越してきた。彼らは一見ごく普通のアメリカ人の一家のようだが、実は主のフレッドは本名をジョヴァンニ・マンゾーニという元マフィアで、家族ともどもFBIの証人保護プログラムを適用され、偽名を名乗って世界各地の隠れ家を転々としていた。そんなワケありのブレイク一家は地元のコミュニティーに溶け込もうとするが、かんしゃく持ちのフレッドは事あるごとに昔の血が騒いでトラブルを引き起こし、妻マギーと2人の子供も方々でトラブルを起こしてしまう。(Wikipediaより)

といった内容なのでコメディであることは確かなのだが、おちゃらけたシーンが一切ないのが相変わらずのアメリカンなコメディのありようだ。これぞ「クール!」と呼べる映画だった。気にくわない周りの奴らを単純に暴力で懲らしめるのは、マフィアや暴力団のやり口。持って回らないだけいい。悪いことをしなければパンドラの箱を開けることはない。

子供二人の高校での振る舞いにも笑いが。嫌なやつなら殴りたいよね。徹底的に相手をのめすのがマフィア・スタイル。言っても分からなければ、実力行使というのは太古の時代からの人間・スタイル。今や、言葉だけでもネットが炎上する時代ではうかつな行動に出られない環境で、それが社会というものなのだろう。マラヴィータとは飼い犬の名前。

『アンフェア the end』

2015年日本・アメリカ 監督/佐藤嗣麻子

出演/篠原涼子/永山絢斗/阿部サダヲ/加藤雅也/向井地美音/吉田鋼太郎/AKIRA/寺島進/佐藤浩市

フジテレビ系列のドラマ『アンフェア』の劇場版3作目。2011年公開の映画第2作『アンフェア the answer』の続編でありシリーズ完結編とある。劇場版前作を見たことがあり、どことなく分かっているつもりだが、登場人物をいちいち覚えていない。明確な続編を観る前は、前作を直前で見直すことが、映画をさらに楽しくさせる技だろう。

篠原涼子も好きなタレントではないが、あっちこっちのテレビ番組に顔を出している役者が、同じ格好と声でまったく違う役を演じるのには違和感がある。アメリカの役者のようなスクリーンでの役作りが徹底されていない日本映画では、あまりにもリアリティーのないシーンや展開に反吐が出そうになる。話はおもしろいが、犬やサルでも撃ち殺せない日本の警察官が、簡単に引鉄をひくのを見るのは抵抗がある。

結局肝心な動機映像を最後のクレジット表示の時にまとめて見せる狡さには参った。ストーリー展開の中でそこをどう見せるかが映画の命。あっち側だった登場人物が、実はこっち側だったなんて、頻繁に入れ替わられては、いくら何でもありの警察ものと言えど、安心して映画に没頭できなくて、消化不良を起こしそうだった。おもしろいんだけどなぁ~。

『免許がない!』

1994年(平成6年)・日本 監督/明石知幸

出演/舘ひろし/墨田ユキ/西岡徳馬/片岡鶴太郎/江守徹/中条静夫/秋野太作/五十嵐淳子

書くのもおぞましいくらい、くだらない映画。当然速回しになる。いちいち癪に障るセリフと進行。こんな映画を作る金があるなら、何処かに寄付してほしい。すべてが観客に笑いを促すセリフ、所作、呆れかえるほどの脚本は森田芳光だった。役者全員が変われば、もしかすると面白くなるかもしれない。

ちょうど3年前「運転経歴証明書」に変わってしまった自分の自動車運転免許証。毎日飲まなければいけない6種類の薬の効能書きには、有効なところは1点で副作用が無数に書かれている。眠気なんかどの薬にも書かれている。便秘と下痢が同時に書かれている薬もある。そんな薬を飲み続けなければいけない環境では、ボケよりも先に薬問題の方が大きいと感じた。それでも車が目の前にあるのなら免許証を手放すことはなかったであろう。

ほとんどのところは運転免許証の代わりにこの運転経歴証明書を代用できるようになっている。ところがイオンのカードを作ろうと思ったときに、運転免許証でなければダメだというので、佐川急便のお兄ちゃんにやっぱり駄目だと、諦めてしまったことがある。昭和43年から持ってたものを捨てるというのはつらい決断だった。免許証もそうだし、もう一つ重要な出逢いも。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(The Postman Always Rings Twice)

1946年・アメリカ 監督/テイ・ガーネット

出演/ラナ・ターナー/ジョン・ガーフィールド/セシル・ケラウェイ/ ヒューム・クローニン

原作は、1934年に出版されたジェームズ・M・ケインの小説。これまで4度映画化されている。1本目、1939年:ピェール・シュナール監督:LE DERNIER TOURNANT(最後の曲がり角)と言うタイトル。舞台はフランスのパパス。2本目、1942年:ルキノ・ヴィスコンティ監督。舞台はイタリア、初監督作品。3本目がこの映画。4本目、1981年:ボブ・ラフェルソン監督。ジャック・ニコルソン、ジェシカ・ラングなどが出演。日本ヘラルド映画配給作品だ。

この映画は日本では劇場未公開だったらしい。戦後間もない頃では劇場未公開も多かったのだろうか。ヘラルド時代の映画に比較して、主人公二人の愛欲シーンがまったく見られなかったことが、拍子抜けのような雰囲気。このタイトルを見ると、ジャック・ニコルソンとジェシカ・ラングのキッチンでのSEXシーンをどうしても思い出してしまう。ポスターもそんな絵柄だったような気がする。

この映画の最後に「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の意味を主人公が喋る場面があったが、二度見直しても意味が分からなかった。頭の悪い自分に嫌気がさす。映画的には劇場未公開になるほどの酷さはない。シーンの速さや想定外の展開に、さすが映画はいいな、と思わせるものがあった。ダブル・ジョパディー、一事不再理というキーワードがちらりと喋られるのだが、ほかの映画でもこのことについて学んでいたので、実にすんなりとわが身に入ってきて、気持ちよかったこと。

『隠し砦の三悪人』

1958年(昭和33年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/千秋実/藤原釜足/藤田進/志村喬/上原美佐/藤木悠/加藤武/上田吉二郎

以前観たときに酷くおもしろくなく途中でやめてしまったと思っていた。そのシーンだけがほのかに記憶に残っていた。今日は結構おもしろく観させてもらった、という感じ。2000本以上観てからやって来る鑑賞時間は、さすがに余裕がうかがえる。

黒澤明監督の仕掛けはいつも子供騙し。ここがこういう風におもしろい、と思っているのだろうが、どうにも世間を知らないプロの脚本家の話みたいで、いつもチンケに見える。それは仕掛けがそう見えるだけで、話全体の流れに関しては問題ない。名作と評されるけれど、素人にはそこまでの名作とは思えない。撮影技術とかの凄さはあるのだろうけれど、一般観客はそんなことには見向きもしない。おもしろいかどうかが一番、という点では、おもしろいような・・・と言葉が濁る。

前回途中退場だと思って記憶にあったシーンは、なんとラストシーンだった。最後まで観ていたんだ?!$% 著名な監督がこの映画を参考にしたらしいが、プロから観るこの映画の優れているところを教えて欲しい。そういう目で見れば、この映画の良さと共におもしろさが伝わってくるかもしれない。笑いが理屈っぽいのが黒澤映画の特徴、と素人っぽい断言をしてしまう。

『ひばりの花笠道中』

1962年(昭和37年)・日本 監督/河野寿一

出演/美空ひばり/里見浩太朗/近衛十四郎/香山武彦/西崎みち子/久我恵子/紫ひづる/富士薫/暁冴子/勝山まゆみ/北龍二

友人からのDVDには「花笠道中」とだけ書かれていたので、まさか美空ひばりの映画だとは知らなかった。自分からめったに観ることはないであろう作品なので、そういう意味では楽しい時間だった。一人二役、しかも姉と弟を演じている。あの時代は結構一人二役があった。今なら極めて簡単そうな同じ画面の二人も、あの時代では究極のテクニックだった。

ミュージカルのような場面が何回もあった。聞いたことのない歌だった。レコード化されていない美空ひばりの唄が、たくさんあるに違いない。美空ひばりの歌声は世界一と言えるだろう。テレビの解説で、彼女の歌声が高音と低音が一緒になって「ゆらぎ」ながら流れるのが特徴だと言っていた。このことは以前書いたような気もする。

江戸のいなせな活躍ぶりも目を見張るが、江戸を下っていく東海道の人通りの多さに驚く。最近の時代劇ではここまでの人込みを表現していない。昭和30年代の映画には忠実な歴史公証を再現しているのだろうか。上映時間1時間23分と短く、この時代の映画館3本立てを思い出させてくれる。

『リベンジ・マッチ』(Grudge Match)

2013年・アメリカ 監督/ピーター・シーガル

出演/ロバート・デ・ニーロ/シルヴェスター・スタローン/ケヴィン・ハート/アラン・アーキン/キム・ベイシンガー

Wikipediaの[評価]:本作には否定的な意見が寄せられた。映画批評サイトのRotten Tomatoesには69件のレビューがあり、批評家支持率は20%、平均点は10点満点中4.4点となっている。批評家の意見を総括すると「『リベンジ・マッチ』には笑える部分もあるにはあるが、とりとめのない話に過ぎない。豪華キャストも陳腐な脚本の前では何もできていない。」となる。また、Metacriticには、27件のレビューがあり、平均点は100点満点中37点となっている。第34回ゴールデンラズベリー賞において、シルヴェスター・スタローンが本作と『大脱出』、『バレット』の3作の演技によって最低主演男優賞にノミネートされたが、『アフター・アース』の主演俳優ジェイデン・スミスに敗れた。

『ロッキー』シリーズを観ていない。スタローンに魅力を感じなかったことが一番の原因。キム・ベイシンガーとのやり取りに過去の映画もしくは個人的事情も加味されたようなセリフが出てくるが、一向に分からない。こういうあたりは映画をきちんと観ていないとどうにもならない。

前述のように評判はイマイチな映画だが、それなり以上に楽しめた。実年齢70才にならんとする二人のボクシングシーンは楽しめる。コメディーがおちゃらけないのはアメリカ映画の大特徴、いつの日か日本映画界もこんなコメディを作ってほしい。テレビ番組にはお笑い芸人が溢れかえっているんだから。

『42 ~世界を変えた男~』(42)

2013年・アメリカ 監督/ブライアン・ヘルゲランド

出演/チャドウィック・ボーズマン/ハリソン・フォード/ニコール・ベハーリー/クリストファー・メローニ

原題は「42」だけ。世界を変えた男なんていう大袈裟なサブタイトルを容認した奴は誰だ。毎年4月15日、メジャーリーグの選手のユニフォームの背番号は全員42だ。初の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを記念してしる。唯一全球団の永久欠番も42だというから、彼の為したことがいかに凄かったかの証明になるだろう。

第二次世界大戦直後のアメリカ、軍隊には多くの黒人がいたはずなのに、実際のアメリカ社会では平然と人種差別をしていた。映画でしか知らないその差別の実態だが、そういう事実を見るたびに、そこまでやるかと思えるほどの酷さに呆れかえるほど。トランプだって、本当はそう言いたいのだろう。「White Only」とか「Colored」と書かれたドアには、そんなことは当たり前だよ、という社会のメッセージが明らかで、おおいに勉強させられる。日本人だって「Colored」に属するのだろうから、我が儘なアメリカ人はこうやって形成されたに違いない。

何故全員が42番を付けてプレーするのかを理解できていなかった。そういう意味では観た価値がある。分かりきったような気のする題名には食指が動かなかったが、実は彼の偉業を讃えるばかりではなく、時代の要請のせいにして人種差別を繰り返してたアメリカ人自身の反省に基づく映画なのだと、勝手に思うことにした。

『悪い奴ほどよく眠る』

1960年(昭和35年)・日本 監督/黒澤明

出演/三船敏郎/森雅之/香川京子/三橋達也/志村喬/西村晃/加藤武/藤原釜足/笠智衆

エピソード2件。本作で佳子を演じた香川は、終盤で三橋演じる辰夫の車から降りるシーンで、シートベルトをしていなかったので誤って車がブレーキをかけて止まった反動で、フロントガラスに頭から突っ込んでしまい、顔を何針も縫うほどの大怪我を負ってしまった。傷も大きかったので、香川は「もう女優の仕事はダメかもしれない」と引退を本気で覚悟したという。また、このとき香川が運ばれた病院にマスコミが集まってくるが、三船敏郎が香川の病室のドアの前に立ち、すべての取材を断っていたという。また三船は、ロケバスに衣装係が積み込むのを手伝うなど、そのように、三船は一生懸命に人のためにしてくれる人だと、香川は語っている。本作で副総裁岩渕を演じた森雅之は当時49歳と、息子役の三橋達也と一回りしか変わらないが、実年齢を上回る初老の役を演じて新境地を開いた。(Wikipediaより)

黒澤が東宝より独立して創始した黒澤プロの初作品。東宝との共同制作だが、次回作『用心棒』以降は菊島隆三が黒澤プロ側のプロデューサー(東宝側は一貫して田中友幸が担当)として固定されるので、本作は黒澤の数少ない製作・監督兼任作品(他には『どですかでん』『影武者』、途中から製作を兼ねた『隠し砦の三悪人』がある)となった。それだけに興業上の成功だけを狙った安易な作品ではなく、あえて難題を扱うという意志から、公団とゼネコンの汚職という題材を選んだと黒澤は語っている。また、次回作以降、黒澤は二人(以上)カメラマン分担体制を確立するので、単独カメラマンがクレジットされる映画はこれが最後である。岡本喜八作品などで知られ、これが唯一の黒澤作品となる逢沢譲が担当している。(Wikipediaより)

冒頭、状況説明を登場人物の語りで行うのは(本作では結婚式の場に取材に来たベテラン新聞記者が他の記者たちに語る)、ギリシア悲劇のコーラス隊のコーラスを踏襲したもので、黒澤映画の常套手法であるが、それを結婚披露宴で行うのは、後に映画『ゴッドファーザー』でも採用されている。タイトルは、本当に悪い奴は表に自分が浮かび上がるようなことはしない。人の目の届かぬ所で、のうのうと枕を高くして寝ているとの意味であり、冒頭のみならず、ラストシーンでもタイトルが大きく出る。(Wikipediaより)

『武士の献立』

2013年(平成25年)・日本 監督/朝原雄三

出演/上戸彩/高良健吾/西田敏行/余貴美子/成海璃子/柄本佑/夏川結衣/緒形直人/鹿賀丈史

上戸彩は、スクリーンで大きく映し出される顔には少し物足りなさはあるが、その佇まい、姿勢、立ち振る舞い、所作、どれをとっても日本女性の美しさを充分に表現している。監督は釣りバカの朝原雄三、松竹と北國新聞の共同製作。北國新聞創刊120周年作品だという。いい作品を選んだ。舞台は金沢、もってこいの素材だ。

「武士の家計簿」「武士の一分」「武士の台所」と、武士にまつわる映画はいつもおもしろい。武士よりもその周りを固める女性陣が、いつも美しい。日本人で良かったな~と思えるような、所作の美しさが際立つ。きりりとした女性の振る舞いにはぞくっとさせられる。

小京都とかいう言い方は失礼だろうな。京都ではない。あくまでも金沢だ。加賀百万石とか、金箔とか、新幹線が開通して、その特色がいかんなく喧伝されたが、一度は訪れておいた方がいいところ。日本三大名園と言われる、ここ金沢・兼六園、岡山・後楽園、水戸・偕楽園、ダントツで岡山が一番だと思うが、水戸よりははるかに金沢が上だ。

『陰謀のスプレマシー』(原題: The Expatriate、米国題: Erased)

2012年・アメリカ/カナダ/ベルギー 監督/フィリップ・シュテルツェル

出演/アーロン・エッカート/オルガ・キュリレンコ/リアナ・リベラト

二カ国語放送の字幕表示が、どうも上手く行かない。きちんと、普段の字幕になる場合がベスト。耳の不自由な人用と思われるちょっとうるさく感じる字幕でもベター。最悪なのは、字幕の切り替えボタンが表示され、字幕:日本語とボタンを押しているのに日本語が表示されないとき。音声は切り替わるのに、字幕がダメだと苛つく。

この映画も字幕切り替えが出ているのに、日本語字幕が出て来ない。ちょっとおもしろそうだったので、字幕のないまま観始まった。願わくば、いつの間にか英語が分かってしまってくれないかな~、と。この映画の英語はひどく分かりにくくはなかったけれど、ひとつひとつ意味が分かるほどでも無かった。

いらいらしながら観ていて、とうとう日本語吹き替え版に替えたのは、2/3を過ぎてからだろうか。字幕なしで観るという希望は永久に達成できそうもない。ひところよりは英語の言葉に少しづつ反応できているような気になっているが、それは気になっているだけで結局何も進歩しているとは思えない。

『汚れた英雄』

1982年(昭和57年)・日本 監督/角川春樹

出演/草刈正雄/レベッカ・ホールデン/木の実ナナ/浅野温子/勝野洋/奥田瑛二/中島ゆたか/朝加真由美/伊武雅刀

本作は角川春樹による監督作品第1作である。本来角川はプロデューサーであり、監督は別に計画されていたが人選が難航、結果的に角川が自ら演出することとなった。演出経験を持たない角川は、脚本の丸山昇一と相談し、極力台詞を削ることで映像の持つ迫力を前面に出す演出を心がけた。これについては当時、最低限のものだけを残しギリギリまで削り込む俳句の技法を応用した、との発言を残している。

また、物語は原作小説とはまったく異なるものである。脚本の丸山は当時のインタビューで、2時間弱の映画の中では原作の一部分しか描けず、また終戦後から始まる原作では当時の時代背景から描かねばならないことなどから、原作のストーリーから離れて現代を舞台にすることに当初から決めたという。丸山は原作の中の「物語」ではなく、「キャラクターの生きざま」を描こうとしたといい、「北野晶夫ライブ」という表現を用いている。(Wkipediaより)

角川春樹全盛時の映画かもしれない。角川春樹作品の4作目で日本へラレド映画は野性の証明(1978年)を配給している。この作品の前後の題名を羅列しただけでも彼のこの時代の活躍が分かる。スローなブギにしてくれ(1981年) 魔界転生(1981年・東映)ねらわれた学園(1981年・東宝)悪霊島(1981年)蔵の中(1981年・東映セントラルフィルム)セーラー服と機関銃(1981年・東映)セーラー服と機関銃 完璧版(1981年・東映)化石の荒野(1982年)蒲田行進曲(1982年・松竹)この子の七つのお祝いに(1982年・松竹)伊賀忍法帖(1982年・東映)幻魔大戦(1983年・東宝東和)探偵物語(1983年・東映)時をかける少女(1983年・東映)里見八犬伝(1983年・東映)。もし事件がなかったら映画界もちょっと変わっていたかもしれない。

『塔の上のラプンツェル』(Tangled )

2010年・アメリカ 監督/バイロン・ハワード

出演(声)/マンディ・ムーア/ザッカリー・リーヴァイ/ドナ・マーフィ/M・C・ゲイニー

ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ長編作品第50作目であり、初の「3Dで描かれるプリンセスストーリー」。原作はグリム童話の『ラプンツェル(髪長姫)』。本作は長年ディズニーのアニメーターとして活躍していたグレン・キーンが初めて企画の立ち上げから製作総指揮まで自ら務めた作品である。(Wikipediaより)

リアルタイムの宣伝を見たとき、ジブリ作品だと勘違いしていた。「覚えていません。」とか「記憶にありません。」という国会答弁は聞いたことがあるが、最近では「私としては自らの記憶に基づいて答弁した。虚偽の答弁をしたとの認識はない。」と言ってのける現職大臣が登場して、国会どころかテレビのワイドショーでもおもしろおかしく取り上げられている。

アメリカ人のユーモア・センスが粋だ。どうしても追いつかないのはユーモア・センス。真面目になればなるほど、凍り付いていってしまうのが日本人。幼児教育からリラックスすることを教えられていない。がんばれ! がんばれ! と、精一杯力を出し切ることを叩き込まれている。舌を出しながらシュートすることがリラックスの極致だということを、科学的に教えられていない。まだまだだなぁ~。

『告白』

2010年・日本 監督/中島哲也

出演/松たか子/岡田将生/木村佳乃/芦田愛菜/橋本愛/西井幸人/藤原薫

湊かなえ原作のベストセラー小説の映画化だと知って、また愕然とする。活字世界を敬遠しているつけが回っている。湊かなえの名前を聞いたことがある、ということはたぶん彼女の原作映画化作品を観たことがあるのだろう。活字で読めば、ぞくぞくっとする感覚があるに違いない。ベストセラーの意味が分かる。映画公開後また売れたらしい。双葉社は映画化に合わせて文庫本を出し、この文庫本だけで200万部のベストセラーになったという。分かるし、すごい。

女性の高校教師がこの3月で教師を辞めるにあたって、自分の受け持つクラスでの告白シーンから始まる。その内容は、おぞましいものだった。えッ!と思わせるような内容だった。観ていたくない、聞いていたくないと思わせるだけでも、映画化する意義があったかもしれない。活字ならもっと想像力を掻き立てられるだろう。だが、この映画の映像も大したものだった。この頃のそんじょそこらの日本映画とは一線を画していた。

もう7年も前の映画だったのがショックなのだ。せめて日本映画アカデミー賞の情報でも身近にあれば、陳腐な賞だけれど何が評価されているのかぐらいは分かるだろう。他人の気持ちは絶対分からない。分かるものはといえば、本人の口から発せられた言葉でしか判断できない。それでも、その言葉さえ、本人が100%の確証で言っていないこともある。何を考えているのかなんて、神のみぞ知る世界なのだ。その世界を「告白」という形で、映像化して見せている。かなり衝撃的な内容はグローバルだろう。

『96時間/リベンジ』(Taken 2)

2012年・フランス 監督/オリヴィエ・メガトン

出演/リーアム・ニーソン/マギー・グレイス/ファムケ・ヤンセン/ラデ・シェルベッジア

アルバニア・マフィアの首領のムラドは、トロポヤ県で息子マルコ(前作でブライアンが電気椅子で殺した男)らの葬儀に出て、息子を殺した犯人への復讐を誓う。ムラドは手下らとパリに行き、マルコが殺された現場にあった名刺から、元フランスの諜報員ジャン=クロードを探して捕え、拷問して尋問するが何も聞き出せない。アルバニアの情報局役人を買収して、ジャン=クロードの旧友で元CIA工作員のブライアンが犯人であり、現在イスタンブールにいることを突き止める。(Wikipediaより)

前作を確かに観ていたような気になっていて、この映画の中のセリフであっ!そのはなしかという箇所があって、少し納得しながら観ていた。ただいつもながら全篇を通して覚えているわけではないので、この頃の続き映画がだいたいそうであるしっかりとした続編がちょっと疎ましい。前作で確かこのリーアム・ニーソを初めて観て、なかなかやるじゃんという印象があった。テイストはさすがに良く似ているが、おもしろい。いつも比べる日本映画、間違ってもこの映画に近づくことは出来ないだろう。お金もそうだし、アクションもそうだし、フィルム・コミッションの協力があっても、これほどの街の中での暴走は許してくれないだろう。

おもしろかった。

『ツォツィ』(Tsotsi)

2005年・イギリス/南アフリカ共和国 監督/ギャヴィン・フッド

出演/プレスリー・チュエニヤハエ/テリー・ペート/ケネス・ンコースィ/モツスィ・マッハーノ

第78回アカデミー賞の外国語映画賞受賞作品だそうな。役者の名前を書いたってなんの意味も無さそうだが、一応自分の決めた規定通りに書いておく。万が一、どこかで同じ名前を見ることがあれば、それは奇跡の一つだろうが、そんなことも絶対無い訳ではないと信じられるのが、人生のおもしろさと思っている。

原作での時代設定は1960年代だったが、映画では現代へ移している。アパルトヘイト廃止から10数年経った今もなお残る差別や格差社会に苦しむスラム街のツォツィ(南部ソト語で「チンピラ」を意味するスラング)と呼ばれる主人公。そのツォツィがある出来事を契機に人間性を取り戻していく過程を描く。(Wikipediaより)

ようやく観終わった。最初のうちはアフリカの貧民街のネタで、映像も粗く気分が乗らない映画だな~という印象が強かった。最初のさわりが悪過ぎたが、30分過ぎてからは映画らしい惹きつける内容になっていった。舞台がたぶんアフリカの貧民街でしか有り得ないストーリーだ。アメリカでも、日本ならまったく考えられない。余韻を残して終わってくれて、ありがとう。いつかアフリカ人に生まれかわることがあるかもしれない。バッタになって生をうけるかもしれない。分かりもしないくせに、人間は他の動物には生まれ変われないなどとする、インチキ予言者が世の中に横行しているが、知りもしないことをさも知ったかぶりして神に唾してはいけない。

『なくもんか』

2009年(平成21年)・日本 監督/水田伸生

出演/阿部サダヲ/竹内結子/瑛太/塚本高史/皆川猿時/片桐はいり/鈴木砂羽/伊原剛志

キャッチコピーは「これは”泣ける喜劇”か”笑える悲劇”か!?」。では、見る気もしないけれど、このコピーを知らなかったので観始まることが出来た。おちゃらけてはいるけれど、早回しにしたり、途中退室と言うまでには行かなかった。宮藤官九郎の脚本はあざとさが際立っていて、嫌いだな~。

人間の運命はまったく未知数。親がその大半を担っているが、子育て放棄をしてしまえば、子供がどう成長するのかは神に委ねられてしまう。そこで人間を全うする者と、邪道に入ってしまう者とに別れる。本人のせいではないだろう。本人の知らないところで運命が一人走りするに違いない。

親がいない方がいいかもしれない。両親が新興宗教にかぶれていれば、その子供はその宗教しか価値観を認められなくなる。成長前の人間を洗礼してしまうことが平然と認められている人間生活は奇妙だ。生まれて30年経ってから、自ずから洗礼から脱することが出来れば仕合わせだが、その道しか見えなくなってしまったら、悲劇と言わざるを得ない。洗脳されていないと本人は言うに違いない。他の価値観を見ることが出来なければ、それは必定。人間生活は、斯くして面白きものかな、などと天守閣の上から物見遊山出来ればいいのだが。

『海底二万哩』(20000 Leagues Under the Sea)

1954年・アメリカ 監督/リチャード・フライシャー

出演/カーク・ダグラス/ジェームズ・メイソン/ポール・ルーカス/ピーター・ローレ

彼の有名なジュール・ヴェルヌのSF小説『海底二万里』をウォルト・ディズニーが映画化した作品。初のスコープ・サイズ、カラー作品で、当時はアニメーション製作を主体としていたウォルト・ディズニーが、実写版として製作した映画である。時代設定や大筋は原作に沿っているが、脚色も加えられ、特に結末は原作と異なったものになっている、という解説があった。

往年の少年たちはこの映画に出てくる潜水艦「ノーチラス号」の名前を誰もが知っている。ウォルト・ディズニー・ピクチャーズは2010年頃の公開を目指して本作のリメイクを進めていると発表されたが頓挫、その後も何回かリメイク作品製作の話題が続いた。結局、2016年2月、ジェームズ・マンゴールドが監督に起用され、『Captain Nemo』のタイトルで制作されることが発表された。まだ出来上がっていない?

子供心をくすぐる原作と映像化だが、この映画は2時間7分と子供が見る映画としては長い。子供だけではなく大人だって、こういう話には飛びつく。昔ながらに言う「冒険心」とやらをいたく刺激するのだろう。男の方がはるかにこの手の映画に興味を示す。この差がおもしろい。

『白雪姫と鏡の女王』(Mirror Mirror)

2012年・アメリカ 監督/ターセム・シン

出演/ジュリア・ロバーツ/リリー・コリンズ/アーミー・ハマー/ネイサン・レイン

いや~、おもしろかった。おもしろさを想定していなかったからという訳じゃない、と思う。69才の男の老人が観て「おもしろかった」というのは可笑しいかもしれない。アニメよりは絶対実写がいい。かといってアニメを観ることは希なことだが。

白雪姫のリリー・コリンズが良かった。眉毛の濃さに最初は違和感があったが、だんだん慣れてくると、実にこの役に相応しいと思えてきた。若き日のオードリー・ヘップバーンを彷彿とさせるような化粧の仕方が凄く気になった。『ミッシング ID』(Abduction・2011年)で彼女を観ているはずなのに記憶がない。化粧でかなり雰囲気が変わっているに違いない。

コメディの質が違い過ぎる。どうして日本のコメディ映画は、あーなるのだろうか? と言っても分からないかもしれないが、邦画を観ている人には分かるよね~! いつも言うのは、演じている人の顔に不真面目さが漂うのが日本映画。演じている人の顔にはコメディの「コ」の字も感じないのが欧米の映画。そんな説明で分かってくれると嬉しい。

『陽のあたる場所』(A Place in the Sun)

1951年・アメリカ 監督/ジョージ・スティーヴンス

出演/モンゴメリー・クリフト/エリザベス・テイラー/シェリー・ウィンタース/アン・リヴィア

アラン・ドロンもエリザベス・テイラーも知らない人が多いに違いない。そんな世の中が来ることを信じられないが、現実は厳しい。この映画は1949年に撮影されているので、エリザベス・テイラーが17歳の時の映画になる。大人びているが熟年の彼女の容姿の方を数多く見ているので、すごく初々しく感じる。

この映画を観たという確かな記憶がない。が、おそらくだいぶ前に観ているだろう。何故かって? この映画に影響されたと感じるものがあったから。それは決して嘘をついてはいけないということ。一つの嘘が次の嘘を生み、結局は嘘で固めた人生になってしまう、と心に強く刻まれているからだ。

この映画の前半は、好きになった普通の暮らしの女性を、後から現れた金持ちの女性に乗り換えてしまい、悲劇が起こるという、よくよくありがちな恋愛物語だった。ところが、後半は一転裁判劇へとうつり、その中で主人公の心のありようが観客に訴えるのだ。最後のシーンでは、もう少し見せてよ、とせがむ気持ちが顕著になった。もういい加減に終わったら、と常々おもう日本映画とは大きな差がある。こうやって知らず知らずのうちに、心の中の何かが形成されて、今の自分があるのだろうな、と思う。

『LIFE!』(The Secret Life of Walter Mitty)

2013年・アメリカ 監督/ベン・スティラー

出演/ベン・スティラー/クリステン・ウィグ/シャーリー・マクレーン/ショーン・ペン

1939年に発表されたジェームズ・サーバーの短編小説「ウォルター・ミティの秘密の生活」(The Secret Life of Walter Mitty)を原作とするダニー・ケイ主演映画『虹を掴む男』(1947年公開)のリメイク作品である、ということを知らない。また、原作は非常に短い短編であり主人公の職業も特定されていないが、本作が出版界を舞台としているのは『虹を掴む男』を踏襲している、ということらしい。

監督と主演はベン・スティラーが務めているが、この役者をよく知らない。アメリカ発の伝統的フォトグラフ雑誌『LIFE』が舞台。だが、そこのネガフィルム管理部門の社員が摩訶不思議な妄想と行動力でストーリーをつくって行く。この会社のスローガンは、「世界を見よう、危険でも立ち向かおう。それが人生の目的だから」。まだあると思っていたら、2007年に廃刊になっていた。ライフ誌はカメラマンをスタッフという専属的な所属とし、撮影から記事・レイアウト等の編集のスタイルを一貫させ、「フォト・エッセイ」と称した、という。

そうか、本当になくなってしまったのか! この映画も、経営権が代わって、主人公がリストラにあうことが一つの大きな柱になっている。経営陣は平気でリストラをする。それは極く一般的な人間社会だが、いい気なもんだよね。才能ではなく偶然に経営陣に名前を連ねている輩は多いだろう。そんな人間どもは、死ぬときになって、初めて自分の行いで地獄に陥ることを知ることになるだろう。

『ワールド・ウォーZ』(World War Z)

2013年・アメリカ/イギリス 監督/マーク・フォースター

出演/ブラッド・ピット/ミレイユ・イーノス/ダニエラ・ケルテス/ジェームズ・バッジ・デール

マックス・ブルックスの小説『WORLD WAR Z』(2006年)の映画化だが、爆発的な感染力で人間がゾンビに変化して人類の存亡を危うくする設定以外は原作と同一な点は無く、映画と原作は全くの別物である。(Wikipediaより)

もともとゾンビ映画は訳の分からないなんでもあり現象ばかりで、辻褄が合わないのは普通。そういう映画とは知らなかった。ブラピのNo.1 メガヒットとかいう宣伝文句をテレビで言っていたが、何を言ってんだか?!

ゾンビというオカルトの子供騙しは観ていて辛い。CGを使ってゾンビの塔を映像化していて、この辺りはさすがにヘラルドが広めたゾンビ映画をはるかに超えてる。それにしても面白くない映画を、CMばっかりの放映でさらに観客を馬鹿にしている。来週のお知らせや、地震情報など、映画放映には似合わないテロップをこれでもかこれでもかと流すテレビ局はあまりにも醜い。

『ジャズ大名』

1986年(昭和61年)・日本 監督/岡本喜八

出演/古谷一行/財津一郎/神崎愛/岡本真実/殿山泰司/本田博太郎/今福将雄/小川真司/利重剛/ミッキー・カーチス

どう考えたって、活字の世界で妄想を膨らませた方が賢明だと思えるストーリー展開と映像だった。なんともはや題名通りのクソおもしろくない映画だった。監督が岡本喜八とは驚いた。弘法筆を選ぶ見本のようなものになってしまっている。原作は、筒井康隆の中編小説らしい。軽過ぎて何を言っているのか分からない原作に思える。

同じような年代と話していると、ジャズが好きという人が結構多い。ちょっと上の世代は終戦後のアメリカナイズされっぱなしの社会に取り込まれていったに違いない。そんな人たちが今頃になって、お金があれば目一杯ステレオ装置に全神経をそそぎ込み、朝からコーヒーを飲みながらジャズ三昧に耽っている。

Softly, as in a Morning Sunrise というジャズではスタンダードな曲を、MJQの演奏で聴くのが好きだった高校時代。そこから自分のジャズ世界はちっとも進化していないけれど、jazzのほんの一端でもかじることが出来たのは自分の財産になってる。美空ひばりはめちゃめちゃいいけれど、演歌ばかりでは少し人生が寂しくなる。Dave Brubeck Quartet At Carngie Hall が一番好きなアルバムだなんて、ちょっとばかり格好つけるのが我々世代の特徴だ。

『裏切りのサーカス』(Tinker Tailor Soldier Spy)

2011年・イギリス/フランス/ドイツ 監督/トーマス・アルフレッドソン

出演/ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/トム・ハーディ/ジョン・ハート/トビー・ジョーンズ

アメリカが合作国名にない分、進行が遅いが複雑。易しい人間関係のはずなのに、すぐには分からない。外国人の場合、顔と名前を一致させるのに苦労する。毎回同じようなことで苦労している。1度と言わず何度でも観て下さいと、まさかそんなことを少しでも望んで映画製作をしているわけじゃないだろうが。

どうも、かなりおもしろそうなのだが人間関係が最後まで分からず、おもしろさが半減というところ。何事にも複雑過ぎる構図は好ましくない。もしかすると、もう一度観ると、凄く分かっておもしろさが倍増するかもしれない、という予測は立てられる。

単刀直入に物を言えれば、誤解や間違いを起こすことが少なくなるはずなのだが、どうしてもくどくどと説明する癖があるのは、私だけではないようだ。ただ、直線的に必要なことだけ伝えようとすると、どうしても言葉が不足して、間違って理解されたり、言いたいことがきちんと理解されないという経験は多々あったので、やはりぐちぐちと言葉が多くなるのは仕方のないことなんだろう。

『拳銃(コルト)は俺のパスポート』

1967年(昭和42年)・日本 監督/野村孝

出演/宍戸錠/ジェリー藤尾/小林千登勢/嵐寛寿郎/小池朝雄/佐々木孝丸/杉良太郎

全盛期の日活映画を観るのは何本目だったろうか。アニメと同じように子供だましのテーマと映像と決めつけてしまった映画を、若い頃でも好きではなかった。どうしてなのかは分からない。まぁ、好きか嫌いかではなく、高校・大学時代も好んで映画館に行く学生ではなかった。田舎の映画館がそのころにはなくなっていた?という原因もあったかもしれない。

早稲田通りには今も健在な名物劇場「早稲田松竹」があった。目の前を通ることはほとんど毎日だったのに、一度も入ったことがなかったかもしれない。そんな人間が映画配給会社で働いていて、宣伝部長をもすることになろうとは、人生はだから楽しいと思える。

映画は結構楽しかった。今どきの日本映画はコメディばかりで、しかも出ている役者が自分で笑い顔を晒しながら演じている。この日活映画のように、真面目に、ひたすら真面目に演じているのが嬉しい。ジェリー藤尾がここまで役者をやっているとは、今知った事実。単なる歌手ではなかった。なかなか役にはまっていて、観客が微笑んでしまう。

『気狂いピエロ』(Pierrot Le Fou)

1965年・フランス/イタリア 監督/ジャン=リュック・ゴダール

出演/アンナ・カリーナ/ジャン=ポール・ベルモンド/グラッツィラ・ガルヴァーニ/ロジェ・デュトワ

日本ヘラルド映画の代表的な配給作品だが、一度も観たことがない。ライオネル・ホワイトの小説『Obsession』(1962年)を原作とする。しかし他の多くのゴダールの作品と同じく脚本と呼べるものはなく、ほとんどのシーンは即興で撮影された、という。

観るのを続けるのが苦痛だ。まだ観終わっていない。観始まると、すぐにやめて普通のテレビ画面に替えたくなってしまい、そうしてしまう。いつになったら、観終わるのだろう。仕方がないので、いつものながら観をやってしまった。ヘラルドの諸先輩方には申し訳ないけれど、私にはこの映画の良さが分かりません。いや、この映画が分かりません。

いつの頃からかフランスを嫌いになっていた。フランスという国ではなさそうだ。フランス人かもしれない。直接接触したわけではないのにである。フランス語を聞いているとイラッとするようになった。単語の区切りが理解できない。そういう意味では映画の影響は大きいような気がする。今回あらためて、というより久しぶりにそういう感覚がよみがえってしまった。この頃、時々はフランス語を喋る映画を観ていたのに。くそ、おもしろくない。

『白鯨との闘い』(In the Heart of the Sea)

2015年・アメリカ 監督/ロン・ハワード

出演/クリス・ヘムズワース/ベンジャミン・ウォーカー/キリアン・マーフィー/トム・ホランド

小説作品としての『白鯨』の映画化ではなく、『白鯨』の物語のモデルとなった1820年の捕鯨船エセックス号で起こった事件を、1850年、アメリカの新進作家ハーマン・メルヴィルは、かつてエセックス号という捕鯨船に乗り組み、巨大な白いマッコウクジラと戦った人々の最後の生き残りだったトーマスという男から当時の壮絶な実話を聞き出す。1年後にメルヴィルは、取材した実話ではなく、そこから膨らませたフィクションの『白鯨』を出版した。

アメリカ文学を代表する名作、世界の十大小説の一つとも称される『白鯨』(Moby-Dick; or, The Whale)を読んでいないのでは話にならない。どうしてこういう人間が大手を振って生きてこれたのだろうか。読んでないからこそ、大手を振って生きては来なかったと反論したくなる。

この映画はクジラとの闘いという映像に終始し、さながらアクション映画のクジラ漁船版だった。そういう映像の連続は飽きがくる。カーアクション然り、最後には勝つんだろうという予測も、現実もない分、映画的に救いがあるといった程度だ。重い言葉や気の利いたセリフを見つけることも出来ず、映像的な驚きも興味を凌ぐほどではなかったのが残念。

『キャロル』(Carol)

2015年・アメリカ 監督/トッド・ヘインズ

出演/ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/サラ・ポールソン/カイル・チャンドラー

言葉がまとまらない。原作:パトリシア・ハイスミスの自伝的小説『The Price of Salt』はクレア・モーガン名義で1952年に出版された。1990年になってようやく、『The Price of Salt』はパトリシア・ハイスミスが執筆した小説であったことが公にされた。LGBTと今なら公に称される事柄も、第二次世界大戦後まもない社会ではまだまだ秘め事。

映画賞に多くノミネートされている。受賞したものもそれなりに。女と女の愛情とはいったいどんなものなのだろうか。男と男が絡む姿を見たくもないし、想像したくもない。女同士ならいいか、程度の認識しかもっていなかったし、今でもさほど変わらない。映画の中に出てくるセリフの中に、「男だろうと女だろうと、惹かれるか、惹かれないかの二者択一だ。」という言い回しには納得がいく。

1950年代のニューヨーク、キャロルはこの映画の主人公、人妻で稀に見る美しさと気品、そして寂しさを湛えた表情の持ち主。もう一人の主人公テレーズはデパートで働いていたが、将来は写真家になることを夢見ていた。本作の撮影にはスーパー16mmフィルムが使用されたとある。画調がちょっと違うな、と感じたのはそのせいだったようだ。

『スポットライト 世紀のスクープ』(Spotlight)

2015年・アメリカ 監督/トム・マッカーシー

出演/マーク・ラファロ/マイケル・キートン/レイチェル・マクアダムス/リーヴ・シュレイバー

「世紀のスクープ」なんていう余計な追加邦題を入れるなんて、どこの配給会社だ、とひどく怒る。題名に自信がない時に付ける邦題の見本のようなもの。こういうケースを自分で何度も経験しているので、悪夢が蘇る。映画はめちゃめちゃ面白いのだから、その自信を全面に出せばいいのだが、当事者はそうは思えない。不安は分かる。第三者と当事者にどれだけの違いがあるかということだろう。

舞台はボストン、アメリカの中でも一度は行っておきたかった場所だ。勿論、レッドソックスもあるがそれ以上に古き良きアメリカの名残が味わえるのかもしれないと思っている。もう行く機会もないだろう。そういう保守的でしかもカトリック教徒のおおい街で起こった「事件」を追うBoston Globeという地元紙の記者の活躍を描いている。神そのものとして崇められている教会や神父の存在が、とてもじゃないけど大き過ぎて実感できない。神父の不祥事といえば子供に対するセックス・スキャンダルだ。耳にしたことはあるが他人事だった。日本のその手のスキャンダルは、日常茶飯事で、坊主といえどもクソ坊主扱いで。警察官、教師、もうどうなってしまっているのだろうというくらいダメな人間がうじゃうじゃ。

タブーに切り込む姿は頼もしい。地元に生きる人たちに根付く、しかも宗教という名のもとに起こったスキャンダルは永遠に潰されてしまう運命にある。この映画に出てくる新聞記者たちの姿を見ていると涙が出てくる。仕事をしているなぁ~、とつくづくそう思う。世の中のサラリーマンどもがこんな風に生きてくれれば、少しは社会が良くなる方向に向かうのだろうが。

『レヴェナント: 蘇えりし者』(The Revenant)

2015年・アメリカ 監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演/レオナルド・ディカプリオ/トム・ハーディ/ドーナル・グリーソン/ウィル・ポールター

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でアカデミー賞を受賞したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが監督を務める。レオナルド・ディカプリオが主演を務め、トム・ハーディとインセプション以来5年振りの共演をした。イニャリトゥ、ディカプリオとも、本作品でそれぞれアカデミー賞を獲得した。イニャリトゥは2度目の監督賞、ディカプリオは5度目のノミネートにして初の主演男優賞、だという。

いかにもアカデミー賞などの賞獲り作品にピッタンコ、と好意的ではない。リチャード・C・サラフィアン監督作品の"Man in the Wilderness"邦題:「荒野に生きる」1971年)のリメイク(原作が同じ)でもある、という。2時間36分、ひたすら長い。ロケ期間は9ヶ月に及び、撮影は極地で行われ、凍った川に入ったり、実際に生肉を食い、動物の死体の中で眠る等、過酷なものであった、という経緯を聞きたくない。なにしろ、ここはいつで何処の話なの、ということが分からずに見つめる映像やストーリーには、この良さが分からないものは去れ、という強いメッセージを感じた。

サバイバルという言葉を意識させられる。目が覚めたら誰もいない島に一人だった。という状況から生き延びるという人間を求められる。火をおこすことは基本中の基本、生きるということを肝に銘じる事が最も必要なことだと教えている。私にはまったくもって用のないことがらだ。

『ザ・ウォーク』(The Walk)

2015年・アメリカ 監督/ロバート・ゼメキス

出演/ジョゼフ・ゴードン=レヴィット/ベン・キングズレー/シャルロット・ルボン/ジェームズ・バッジ・デール

1974年8月7日、フィリップ・プティはワールドトレードセンターの屋上にいた。ツインタワーの間にはワイヤーが張られていた。プティは綱渡りでツインタワーの間を渡りきろうとしていたのである。この無謀かつ非合法な挑戦に至るまでの経緯とその挑戦の過程・結果を描き出した作品である。(Wikipediaより)

リアルタイムではそんな話の映画があると知っていたが、いざこの映画のタイトルが現れても、内容が全く分からなかった。『...A True Sory』とよくある1枚が。ただ綱渡りする話のどこがおもしろいのだろうか、とあまり期待しない分良かったのかもしれない。最後まで勢いが落ちず観られたのが収穫だった。

本作は批評家から絶賛されている(特に綱渡りのシーンは評価が高い)。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには199件のレビューがあり、批評家支持率は85%、平均点は10点満点で7.2点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「『ザ・ウォーク』はスリリングの視覚効果と実話に基づいた人間ドラマのバランスをうまい具合にとっている作品である。活力に満ちた人間の描写が見る者の印象に残る。」となっている。(これまたWikipediaより)

『帰ってきたヒトラー』(Er ist wieder da 「彼が帰ってきた」)

2015年・ドイツ 監督/デヴィット・ヴェント

出演/オリヴァー・マスッチ/ファビアン・ブッシュ/カッチャ・リーマン/クリストフ・マリア・ヘルプスト

2014年のベルリンに蘇ったヒトラーという風刺小説はもちろんコメディ要素も豊富なのだが、生真面目なドイツ製作らしくおちゃらけた雰囲気は一向にない。ヒトラー本人が本人だと主張しても誰も信じない。どうしてヒトラーは怒り出さないのだろうと首をかしげながら見ていた。

そもそも風刺という手法でさえもヒトラーを取り上げることが許される時代になったのかと、ちょっと意外な気がする。ドイツに住んでいればまた同じようにヨーロッパに住んでいれば、ヒトラーとどう付き合わなければいけないのかのリトマス試験紙のような自分を自分でさらさなければならない。そう思っていた。

ドイツや欧州の知識が豊富ではない日本人にはドイツ国内をまわるロードムービーのような風景は何の意味も持たない。政治全体も政党に関する知識もない。面白さが半減して残念だ。もっと地理や歴史や現代も勉強し直さなければ、せっかくの映画製作の意味を十分理解できないことになる。正直言うと、ヒトラーが出てきて、彼をどんな眼で見たらいいのか戸惑いがあった。触りたくないものに無理やり触らされているような変な気持ちに襲われた。

『ハドソン川の奇跡』(Sully)

2016年(平成年)・アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

出演/トム・ハンクス/アーロン・エッカート/ローラ・リニー/マイク・オマリー

あまりにも有名な、2009年の奇跡的な生還劇として知られるUSエアウェイズ1549便不時着水事故(ハドソン川の奇跡)が題材でちょっと躊躇した。どうせ、パニック状態を大袈裟に映像化しただけの話だろうとタカをくくっていた。それにしてもイーストウッドが監督をするんだから、どこを面白く描くんだろうと思っていた。

日本人は分かっていても、観る人が多い。邦題がモロ過ぎて気にくわない。原題のサリーは、この事故の当事者であり主人公USエアウェイズ1549便の機長の名前チェスリー・サレンバーガーのニックネームだった。おもしろかった。アメリカばかりではなく世界中のヒーローとなった機長だが、国家運輸安全委員会(NTSB)はこの基調の判断が正しかったのかと徹底的に調査が始まった。なるほど映画のメイン・テーマはそこだったのか。想定外の展開に映画的な面白さを見る。さすが、イーストウッドだと感心するばかり。

上映時間も短く1時間36分。だらだらと大袈裟な緊急事態を映さない映像は格好いい。泣きたくて仕方がない観客をさらりとかわす演出は凡人には出来ない。こうでなくちゃ。途中ブロックノイズと一時停止に頻繁に見舞われた10分間くらいが辛かった。

『あん』

2015年(平成27年)・日本 監督/河瀬直美

出演/樹木希林/永瀬正敏/内田伽羅/市原悦子/浅田美代子/水野美紀/太賀/兼松若人

「あん」とは「どら焼き」に挟むあんこのことだった。ハンセン病を扱うのが本当のテーマだったような話は、ちょっと遠慮したいという気持ちが強い。私は逃げる。石原慎太郎のように男らしくないから、逃げることを恥じない。「癩(らい)」、「癩病」、「らい病」と呼ぶと差別になり、ハンセン病と呼ぶと文句を言われない変な日本社会はいつから始まったのだろうか。

どら焼き屋をやっている主人公が小さな店の厨房でタバコを吸っている。店の小さなドアを開けっ放しにして腰をおろしてタバコを吸っている。その手を綺麗に洗うシーンもなく、どら焼きの皮を素手で掴んで「あん」を入れている。まず一つ目の無神経な演出に気分が悪い。

店の大家の妻がやって来る。犬を抱えてその店の中の厨房に入る。厨房の中で犬の毛をなでている。そんな馬鹿な!! よく行くイオン新瑞橋店3階に犬猫販売業者の店があるが、すぐ近くの通路に通行止めのようにして真ん中に看板がおいてある。「この先へは犬猫を連れて入らないように!」、と。当たり前だ。食べものを扱う商売をしていない人だって、動物の毛が厨房にまったくそぐわないことは分かっている。無神経な脚本、監督河瀬直美が信用、信頼できない。この頃は映画を観て怒ることが多い。

『油断大敵』

2003年(平成15年)・日本 監督/成島出

出演/役所広司/柄本明/夏川結衣/菅野莉央/前田綾花/水橋研二/津川雅彦/奥田瑛二/淡路恵子

痛快バディムービーという紹介文があって、何?このバディムービーは?、と。バディ‐ムービー(buddy movie):《バディは相棒の意》友人同士や仕事のパートナーなど、二人組を主人公にすえた映画。バディ映画。 とあるが、こんな言葉をちっとも知らなかった。いかに世の中に生きていないかの証明になる。

柄本明が出てくると、ちょっと嫌な気分になることが多い。どうにもわざとらしい演技と喋りが気に障る。個人の感想だから仕方がない。今回も始まるまではちょっと嫌な気分があったが、観始まるとこれが意外と悪くない。空き巣泥棒のベテランという設定だが、よく似合っていて・・・・。

映画は刑事と泥棒の友情なんていう映画らしいテーマだ。刑事の生活なんて想像も出来ない。中学時代の友達に警視庁生活を全うした奴がいて、最近になって年賀状のみでの挨拶を交わすようになった。交番勤務から公安に行ったらしいので、それなりの出世をしたのだろう。彼に会う機会があったら、根掘り葉掘り警察官の生活を聞いてみよう。

『アナライザー』(Interrogation)

2016年・アメリカ 監督/スティーブン・レイノルズ

出演/アダム・コープランド/C・J・“ラナ”・ペリー/パトリック・サボンギ/マイケル・ロジャース

米プロレス団体WWEの系列映画会社が、レスラー出身のスターを起用して作った映画らしい。先日も1本そんな映画があったが、題名はもちろん覚えていない。マッチョマンがFBI捜査官、しかも分析官を演じるという暴挙に出ている。出だしは快調でおもしろいじゃん、と観ていたが、なかなか筋書きの芯が見えてこなくてイライラした。

「記憶の家」とか言って、取り調べ相手の顔や言葉や所作を瞬時に分析して、答えを導き出すという特殊頭脳をも有する捜査官は、体力も凄かった。映像で観る殴り合いは、一般人なら一発で気絶または死に至るだろうパンチを見舞っても、アザひとつ残らない。そんな映像を見続けていると、あっ!これは五流映画だったか、とがっくり感に襲われてしまった。

男はマッチョでなくては。田舎育ちの身体をさらに鍛えた時期もあった。バーベルを50kg上げていたこともあった。夏になると両腕の太さでちょっと恥ずかしいと思えることもあった。恥ずかしいと思ったことはないが、若者のひ弱な腕を見ると吐き気がするくらいだった。両親に感謝しなければならない。入れ歯をすることなく死ぬことも出来そうだ。

『ピンク・キャデラック』(Pink Cadillac)

1989年・アメリカ 監督/バディ・バン・ホーン

出演/クリント・イーストウッド/バーナデット・ピーターズ/ティモシー・カーハート/ジョン・デニス・ジョンストン

クリント・イーストウッドの映画をそれなりに観ているけれど、この映画と彼とが結び付いていなかった。この年にこの映画に1本だけ映画出演している。その前も後も自身の監督作品が多いのに、歴史を辿ってみるとおもしろいものだ。彼の作品はまずおもしろいのが先に来る。そういう先入観を持って観ていると、この作品は監督していないんだろうな、という予想が当たった。

エルビス・プレスリーが1955年製ピンクのキャデラックを所有していたことから、ピンク・キャデラックとは、一言で言うと「アメリカの成功の象徴」というようなことを若い頃に聞いた覚えがあったような。映画の中でもプレスリーが持っていた車という台詞が入っている。あの図体のでかい車がピンク! 日本で走っていたら、それこそなにかの宣伝だとしか思われないだろう。映画の中で悪党軍団「純血団」が出てきて、「アメリカ人のためのアメリカを取り戻そう」「よそ者から白人の権利を取り戻す」「白人が大手を振って歩ける時代がやってくる」などと、今のアメリカで聞こえてくる声が30年前にも叫ばれていたなんて。

アメリカの車が日本で売れないのは、貿易障害だとトランプは言うけれど、何を勘違いしているのだろう。ドイツ車がこれだけ日本でもて囃され、しかも日本車よりも高価でも売れている事実をトランプは知らないのだろう。知らなくても言いたいことばかり言うトランプに正義はない。正義のないトランプを支持するアメリカ人が多いというのは、そういう社会の変化だろう。そういうことが一番嫌いなのがアメリカ人だと思っていた。私の認識が間違っていたようだ。

『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』(Feher Isten)

2014年・ハンガリー/ドイツ/スウェーデン 監督/コーネル・ムンドルッツォ

出演/ジョーフィア・プショッタ/シャーンドル・ジョーテール/ラースロー・ガールフィ/リリ・ホルバート

舞台はハンガリーの首都ブダペストだという。冒頭の映像、たくさんの犬が人が誰もいない街の道路に広がって走ってくる。その先には少女が自転車を漕ぐ姿が。この映像が結末につながっていることをまだ知らない。と、つかみはまずまずだが、後がいけない。総合力のない映画で大不満。

それよりもなによりも、登場してくる人間があまりにも性格が悪く、ここは何処の国なのだろうと訝った。どうもハンガリーらしいが、あの美しい国の人達はこんな感じなのだろうかと、映画の持つ悪い方の印象を憂う。犬達の反乱と言った内容なのだが、あのヒッチコックの『鳥』のような恐怖感を持たせることが狙いなのではなかろうかと、ちょっと映画を知っている人なら勘ぐらせる映像が続く。鳥が犬に替わっただけでは、映画として不充分。凶暴な犬という設定が嘘のように迫力がない。このあたりのテクニックは最重要で、予算の関係なのかなんかは知らないけれど、ただたくさんの犬が駆けている映像がチンケ。

そう思って観てしまうと、もうダメ。怒ってばかりいる登場人物と相まって、観る気もしなくなっていった。最後まで早回しすることがなかったのがせめてもの救い。これで第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、同部門グランプリとパルムドッグ賞をダブル受賞した、とはお粗末な情報だ。

『マキシマム・ブロウ』(The Package)

2012年・アメリカ 監督/ジェシー・V・ジョンソン

出演/スティーブ・オースティン/ドルフ・ラングレン/マイク・ドプド/ダーレン・シャラビ

ドルフ・ラングレンの名前は知っている、が、その前に出ているスティーブ・オースティンは誰? 元WWEの人気プロレスラーとして知られるのがスティーブ・オースティンだという。なるほど、普通の役者では考えられないような身体が凄い。邦題のマキシマム・ブロウとはどういう意味なのだろう。5流映画だけれど、肉体アクションは一流。今どきはカーアクションなんてちゃんちゃらおかしくて見ていられないが、人間アクションは永遠に不滅だ。

上映時間は1時間36分。昔のテレビ番組の映画枠なら、まったく丁度良い時間。テレビでの映画放映枠はだいたい2時間枠だが、実際には1時間52分くらいしかない。その時間の中に映画を入れるわけだからコマーシャル時間を考えて、1時間半未満の映画は対象にならない。配給会社がテレビ局に映画のテレビ放映権を売るときに気にするのがこういうことなのだ。

昔の映画放映権の売り方は、パッケージ売りというものがあった。例えば『地獄の黙示録』を売るときに、ほかの映画を束にしてつけるのだ。時には20本がゴミみたいな映画で、本筋は1本ということもあった。今では考えられないが、どの局にもきちんとしたゴールデンタイムの映画枠があり、深夜にはテレビ局にとっては時間潰しとして好都合な深夜映画劇場枠があったのだ。今は、様子がちょっと違うだろうな~。

『チャタレイ夫人の恋人』(Lady Chatterley's Lover)

2015年・イギリス 監督/ジェド・マーキュリオ

出演/ホリデイ・グレインジャー/リチャード・マッデン/ジェームズ・ノートン/ジョディ・カマー

大胆な性の問題を露骨に扱った作品で、内外で激しい論議の的となり、日本では伊藤整による翻訳本の出版に関して最高裁までの裁判となった(チャタレー事件)。こういう印象が強くあったが、もちろん活字で読んだこともないし、映画の1本も観たことがない。D・H・ローレンスが書いた1926年の作品なので、世の中の男と女に関する世界では現在とあまりにも違い過ぎる。

イマジカBSという局の放映だったが、この作品は映画館興行には耐えられないだろう。どこが裁判になるまでの描写なのかと、疑ってしまうほどのフラットなストーリーと映像だった。イマジカBSサイトのレビューにこんな書き込みがあって、まさにその通りと思う。「いろんなチャタレイ夫人を見たが、リチャードが若くて美しく小綺麗で、全体的に話が綺麗にまとまっていてなんか物足りなさを感じました。」

まだまだ日本人のSEX感は欧米人にはとても及ばない。それでも最近の若者は、まさかSEXをしないで結婚を決める人種もまれな状態になっているだろう。時代が変われば人間関係も大きく変わる。貧富が当たり前とされた時代にはお金のためだけに肉体を提供する女性がたくさんいた。今や全員が中流階級だと思っている日本では、さらなる富を求める女性の同じような姿はあったとしても、庶民の中では肉体関係なんて普通の付き合いとなってきて、少しは進歩した感じがしないでもない。

『女教師』(A TEACHER)

2013年・アメリカ 監督/ハンナ・フィデル

出演/リンジー・バージ/ウィル・ブリテン/ジェニファー・プレディガー

劇場未公開だということがよく分かる。女性監督らしいが、女性だから悪いということではないが、女性教師が教え子の高校1年生と性的関係を持ち、おぼれていく姿を描く視点が苦しい。結局何も大きな事件が起こらないままに、日常的な男女の関係が危険すぎて、見ていられない。

教師になる人はおそらく初めて教師になる前に誓いを立てるに違いない。決して異性の生徒に手を出さないと。それは全世界共通のことだと思う。それでも人間と人間、男と女の間ではそんな誓いも忘れてしまうほどの一瞬が訪れることもあるだろう。結婚という結末まで行きつくなら何の問題もないが、そうならない場合はすべてが不純異性交遊となってしまう。社会的な制裁を受けるのも必定、人生のやり直しがきかず崩壊することだってあり得る。そういう職業が題名の女教師のはずだが、そういう緊張感が足りないストーリーと映像に満足できない。

それらしい結末を持ってきたってもう遅い。観客がこうなるだろうと予想、予測するストーリに従いながら、ちょっと道をそれたり、大胆にどんでん返しをしてこその映画なのだ。それが出来なければ面白くない映画として配給会社が買い付けできない映画となってしまう。

『ディバイナー 戦禍に光を求めて』(The Water Diviner)

2014年・オーストラリア/アメリカ/トルコ 監督/ラッセル・クロウ

出演/ラッセル・クロウ/オルガ・キュリレンコ/ジェイ・コートニー/チェム・イルマズ

『聖地巡礼』を主宰していた友人のお陰でトルコに関する情報が少しあった。トルコにも聖地巡礼のルートがあるというのを知ったのは彼からだった。それでも、映画の中で出てきた地名の2ヶ所ぐらいしか聞いたことはなかった。第一次世界大戦のトルコ・ガリポリの戦いがこの映画のメイン・テーマだった。戦いそのものは1915年、現在は1919年という空間になっている。

ラッセル・クロウの名前が最初に出てきて、へ~え!そうなんだと驚いていたらクレジットの最後に彼が監督をしていると書いてあって、またびっくり。主人公はオーストラリア在住、息子3人がこの戦いに加わっていた。オーストラリアとニュージーランドの初本格的海外参戦と言うことらしい。違和感があったが、自分が知らないだけで、この時代は世界中の国々が戦争で殺し合っていたようだ。第一次世界大戦をもう一度勉強しなくては。

何とも哀しい実話に基づいた映画だった。ラッセル・クロウはなかなかいい映画を作る。クリント・イーストウッドの後継者になるかもしれない。映画の最後に次のような字幕が流された。『 第一次世界大戦の犠牲者は3千7百万人に上る うち8百万人を超える遺体が今も見つかっていない この作品を戦争で亡くなった全ての"無名戦士"にささぐ 彼らの命は今も遺族の心と記憶の中で輝き続けている 』。陳腐な邦題サブタイトルが恨めしい。

『サヨナラの代わりに』(You're Not You)

2014年・アメリカ 監督/ジョージ・C・ウルフ

出演/ヒラリー・スワンク/エミー・ロッサム/ジョシュ・デュアメル/ステファニー・ベアトリス

筋萎縮性側索硬化症[きんいしゅくせいそくさくこうかしょう](ALS:Amyotrophic lateral sclerosis) 正確な発音でこの病名を英語読みできる。それこそ何度繰り返したことか。ようやく出来るようになってから、しばらく間をおいても喋ることが出来たのには自分ながら驚いた。泳ぎや自転車に乗ることも忘れることのない体技だと言われているが、それに似ているのかも。そういえば自転車も泳ぎも、もう何十年もしいていないが自信がない。と言うのも、最近口笛が出来なくなっていることに気がついたのだ。人一倍いい音を奏でられた口笛が出ない。練習を繰り返せば出そうな感じだが、まだかすれている。歳をとったな~。

高校時代のクラスメイトの奥さんがこの病気にかかり2年後に亡くなった事実が重く心にのしかかっている。せめて正確な病名を覚えようと思ってそうした。病名が分かっても何も治療してやれない。目の前で日々衰えていく人間機能を見ているだけなんて、なんて神は過酷なことを人間に課すのだろうか。

この主人公も病院で機械まみれになって死ぬことを望まなかった。その意志を、まだ意識が健常な状態の時に表示し、文字に残しておけば、たとえ母親が可哀想だから病院に入院させたままにしたいと言っても、それは出来ない。クラスメイトの奥さんも自宅で亡くなったと聞いていたので、この映画の最後のシーンがダブって涙が溢れた。

『クリミナル・ミッション』(CRIMINAL ACTIVITIES)

2015年・アメリカ 監督/ジャッキー・アール・ヘイリー

出演/マイケル・ピット/ダン・スティーヴンス/クリストファー・アボット/ジョン・トラヴォルタ

シルベスタ・スタローンかと思ったらなんとジョン・トラボルタだった。太ったボディーからあのサタデー・ナイト・フィーバーの彼を想像するのさえ不可能になっていた。彼の演技は、アクターズ・スタジオ番組でも見ているが、確かなもので、ちょっと舞台俳優の喋りのような感じになってきたのが気になるが。

基本コメディなんだがマフィアが絡んだサスペンス仕立てとなっていて、まずはおもしろい。が、ネタバラシのように最後の頃に経緯と結果をまとめてくれる映像が、よく理解できずに往生する。せっかく説明してくれるのに分からないのはつらい。パソコンの説明をすると、最初はいい顔をしているのに、途中から分かっているのか分かっていないのか分からないような顔に変わり、結局はなにも理解していなかったことを後で知ることになるのは、これまた辛いものがある。

だから言ったsじゃないの、と責めても、分かっていない人にもの事を説明するのは無駄だと思わなければいけないのか。それとも、こちら側に責任なるものがあるのだろうか。理屈を知ろうとしない人種にとっては、結果だけが重要らしい。その結果をよくするためにお助けしようとしているのに、一向に学ぼうとしない態度が人間のいい加減さを物語っている。

『ぼくらの家路』(Jack)

2014年・ドイツ 監督/エドワード・ベルガー

出演/イボ・ピッツカー/ゲオルグ・アームズ/ルイーズ・ヘイヤー/ネル・ミュラー=ストフェン

ここへきて何本かドイツ映画が鑑賞対象になった。どれもこれも暗い。ある意味日本映画に通じるところがある。テンポ、空気、流れ、どこをとっても緩慢で不必要な時間が多過ぎる。昔は日本がドイツに似ているとよく言われていたが、今どきは遥かに遠くへ行ってしまったドイツかと思っていたが、こと映画に関しては今でも同じような感じがする。

まぁ、日本の映画でいえば、こんな暗い映画はもはや作られていない。どれをとってもコメディだらけだ。テレビ番組がお笑い芸人と、彼らが参画できる企画だらけになってしまっているのと、どこか。

10才と6才の兄弟が未婚の母から見捨てられている。兄は施設に弟は知人に預けられてほったらかし。母親は自分の生活とSEX相手をむさぼるだけ。哀しい兄弟の奮闘する姿をひたすら追いかける3日間。いつになったら終わるのだろうと、仕方なく眺めていたが、上映時間も酷く長く感じる。ついには兄弟が母親を捨てて、嫌だった施設に戻るところで映画は終了する。救いのない映画だった。

『トカレフ』(Tokarev、別題: Rage)

2014年・アメリカ 監督/パコ・カベサス

出演/ニコラス・ケイジ/レイチェル・ニコルズ/マックス・ライアン/マイケル・マグレイディ

 ポール・マグワイアは、過去に何件もの凶悪犯罪に手を染めながら、現在は足を洗い、妻と娘と幸せに暮らしていた。しかしある日、家に何者かが押し入り、愛する娘がさらわれ、後に無残な姿で発見される。怒りに震えるポールは、過去のギャング仲間の力を借りて、娘の命を奪った者たちへの復讐を決意する。娘の命を奪った銃がトカレフTT-33だと知ったポールは、事件の裏にロシアン・マフィアが潜んでいると確信する。(Wikipediaより)

 おもしろそうでおもしろくない二流映画の典型。しかも終わってみれば後味悪い。トカレフという名称は昔から有名だった。見たこともない、触ったこともないのに不思議だ。今更カーアクションなんて誰も見向きもしないだろうに、よくやるな~。

 アメリカ映画の特徴に、子供への「愛」、家族への「愛」がある。ひたすら、あるいは強引に愛を強要する姿は、トランプ大統領誕生の基になっているのではないかと思う。かなり勝手な理論で、その「愛」を実行する姿があまりにも人間的で哀しい。

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』

2013年(平成25年)・日本 監督/吉田恵輔

出演/麻生久美子/安田章大/岡田義徳/山田真歩/清水優/秋野暢子/松金よね子/井上順

シナリオライターを目指して、ばしゃ馬のように一生懸命シナリオを書き続ける独身、馬淵みち代が通うシナリオスクールで出会ったのは、まだ一度もシナリオを書いたことの無いのに、妙に自信のあるビッグマウスの天童義美だった。(Wikipediaより)

これで、しかも青春ラブコメディだという。だらだらと、なんていうことなさ過ぎるシナリオライター志望独身女性の日常生活もその周りの人間の生態も、ことのほか面白くない。映画は、面白いところを切り取るからおもしろいのであって、他愛もない日常をそのまま映像にして、さぁどうだと言われても困る。映画にあこがれてみのうち話をしているようで、なんか気が滅入る。

それにしてもだらだら過ぎる。朝起きてから家で朝食を食べながらスマホをいじり、駅まで歩きながらもスマホを見つめ、電車の中ではひたすらスマホをいじり、昼食をとりながらもスマホをいじっている。どうしてそういう生活に疑問が湧かないのだろう。自分の遣う言葉すら吟味したことのない人間に、そんな質問をする方が悪いと言われそうだ。

『女ガンマン・皆殺しのメロディ』(HANNIE CAULDER)

1971年・イギリス 監督/バート・ケネディ

出演/ラクエル・ウェルチ/アーネスト・ボーグナイン/ロバート・カルプ/ジャック・イーラム/ストローザー・マーティン

珍しい英国製の西部劇だが、テイストはマカロニ・ウエスタン。銀行を襲ったクレメンツ三兄弟。彼らは、逃亡用の馬を盗むために、町外れの牧場に向う。兄弟は、地主のクローデルを殺し、その妻ハニーをレイプして去った。復讐を誓う彼女は、賞金稼ぎのプライスと組むことにする。プライスは、ガンさばきをハニーに指導、二人はクレメンツたちを一人ずつ倒してゆく。が、油断したプライスがクレメンンツの凶弾に倒れた。ハニーは単身クレメンツの隠れ家を襲撃、復讐を果たすのだった。前半のほとんどを裸体にポンチョで押し通すR・ウェルチが見どころの一つ。(allcinemaより)

西部劇は善と悪がはっきりしているので見やすい。町の保安官は「おたずねもの」だと分かっていても、今のところこの町では騒動を起こしていないから、あなたが去ってくれと賞金稼ぎに言う。日和見主義の役人は日本人ばかりではなかったらしい。

四流映画には四流映画のおもしろさがある。ラクエル・ウェルチがこの程度の映画に出る女優だったとは思わなかった。名前と顔が一致しない一人だ。美しいのだが、棘がなく、顰もない、整い過ぎている。

『ハンガー・ゲーム2』(The Hunger Games: Catching)

2013年・アメリカ 監督/フランシス・ローレンス

出演/ジェニファー・ローレンス/ジョシュ・ハッチャーソン/リアム・ヘムズワース/ウッディ・ハレルソン

胸糞悪かった第1作目の続き物なので、ちょっとでも気にくわなかったらすぐに観るのをやめようと思っていた。全米で大ヒットしたというらしいが、こん映画が大ヒットするようでは、アメリカの心はやっぱり病んでいる。だからこそ、トランプが大統領になったんだろうと納得するにいたる。

もともとは1作目と2作目で1本の映画ストーリーになっている。興行的に2本に分けたとしか思えない。思いのほか長い上映時間がそれを物語る。どうもアメリカのSFものには、荒唐無稽で訳の分からない筋書きが多い。特にこの映画のように、ゲーム感覚でストーリーが出来ていると、何でもありという手法がちょっと煩わしい。ただ脅かしてやろうとか、ここはいっちょうこんなものを出現させてやろうとか、最初から笑わせようとして無意味な事を喋っているお笑い芸人と似ている。

ゲーム感覚の映画をこれ以上コメントしたって、自分の意思が通じない。息抜きのためのゲームがメインになって世の中を席巻している現状が恨めしい。情けない。もっと凄いゲームを誰かが開発して、1ケ月に1回やるのがスタミナ的に精一杯だというような状態を作れるとおもしろいのだが。

『ミッシング ID』(Abduction)

2011年・アメリカ 監督/ジョン・シングルトン

出演/テイラー・ロートナー/リリー・コリンズ/アルフレッド・モリーナ/ジェイソン・アイザックス

[Abduction]というこの映画の原題の意味を知らなかった。[拉致]とか[誘拐]という意味らしい。もう忘れないだろう。三流映画の面白さがぷんぷん。なにかが替われば二流になり、なにかが変われば一流映画の仲間入りが出来るかもしれない。

ようやく日本でもIDカードが生まれたと思ったら、個人ナンバーがあると国家に管理されるとかいう間違った先入観を植え付けたのは一体誰なんだろうか。国家が個人を管理できないで国が存在するわけはないのに、今までなかったからといって、目の敵にするような存在ではない。あまりにも遅きに失した制度だと言える。戦後すぐにでもこういう制度を導入していれば、なんの不思議もなく享受できるのに。

アメリカではせっかくオバマ大統領が施行した国民皆健康保険がトランプに変わって、またなくなってしまいそうな状況。アメリカでだって今までなかった制度を取り入れるのには、その思考のDNAを教育し続けなければ、その本来の重要性を国民が理解することは出来ない。何でも新しいことには反対する勢力が、世の中の進歩を遅らせている。まぁ、それくらいの速度も許されるのが人間生活だと言えるかもしれない。

『ハンガー・ゲーム』(The Hunger Games)

2012年・アメリカ 監督/ゲイリー・ロス

出演/ジェニファー・ローレンス/ジョシュ・ハッチャーソン/リアム・ヘムズワース/ウディ・ハレルソン

若者どもが興じているゲームの中には人間狩りのような類いのゲームはあるのだろうか。こういう映画を見ていると、趣味の悪い人間性を強く感じて、反吐が出るようだ。いつの時代の何処なのか分からないが、12の区画から男女1人ずつが年1回選ばれて、24人による殺し合い、サバイバルゲームが行われている。

人間狩りをゲームに見立て、それを見る他の人間は賭さえする。コントロールする国家側?は、すべての映像を撮り国民に提供する。ちょっとインチキくさい現場映像が映画の趣味の悪さと相まって、ちょっと嫌な気分にさせられる。

こういうゲームに興じる奴らの顔が見たい。これは単なるゲームだよ、と言い訳にもならない思考を糾弾しなければならない。なんの理由もあるわけではなく、たとえ理由があったとしても、他人を平気で殺すような思考は異常だと認識しなければいけない。厭な映画だ。

『LIVE AT WEMBLEY』(BABYMETAL WORLD TOUR 2016 kicks off at THE SSE ARENA, WEMBLEY)

2016年(平成28年)・日本

出演/SU-METAL, YUIMETAL, MOAMETAL + 神バンド

日本人の奇跡と言っていいだろう。アイドル3人組がロンドンの若者のオタゲーを輪舞させている。イギリスばかりではなくヨーロッパ中から集まってきた。2016年4月2日、ロンドン・ウェンブリー・アリーナはロンドンで3番目の規模を持ち最高12500人が入れる。今日は映画ではなく初めてのライブ音楽映像を楽しんだはなし、2017年1月27日金曜日である。

BABYMETALのそのライブBlu-ray盤を買った。高校時代に小河電機商会にレコード・コーナーが出来てから、お金を出してこのレコード、CDが欲しいと思って購入したことはなかった。ようやくブルーレイ・録画機を手に入れたことが一番大きな動機だったことも確か。アンプからスピーカーを通して聴くシステムにイマイチのところはあるが、テレビのスピーカーではない音を聴けることも大きい。それ以上に、BABYMETALをyoutubeで頻繁に見ていて、このLIVE盤の存在を知ったことが一番だった。

2016年11月23日に発売されたこのBlu-ray盤、前日の11月22日には全国13ヶ所の映画館でも上映されたらしい。知っていれば見に行っていた。このサウンドは一体何なのだろう。バンドが超一流であることは聞いている。3人娘もパワー満開。大したものだ。様々な場面で「元気をもらった」という言葉をあっちこっちでよく聞くが、ようやくその意味を自分で分かるときが来た。今まではおそらく自分の気力は元気いっぱいだったに違いない、だから、他人から元気をもらうなどと言うことが信じられなかったのだ。ところがどうだ、BABYMETALを観ているとその意味が身に浸みてきたのだ。不思議な感覚だが、自分の心身がかなり衰えて来たことの反動かもしれない。大音量でこのブルーレイを観ていると、ストレスが発散できる。バンドのソロ・パート映像では涙さえ流れてくる。圧巻の1時間43分だった。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団だけが優良な音楽ではない。バンド4人と3人娘にあっぱれの大拍手を贈りたい。やっと普通の人間の感覚を知ることとなった。もう遅過ぎる気もするが。

『最後のマイ・ウェイ』(Cloclo)

2012年・フランス/ベルギー 監督/フローラン・エミリオ・シリ

出演/ジェレミー・レニエ/ブノワ・マジメル/ジョセフィーヌ・ジャピ

1960年代から1970年代のフランスで絶大な人気を誇ったポップスターだったクロード・フランソワを知らない。映画の中のこの主人公の顔が嫌いで、どうにも映画に入り込めない。若者に人気があるはずの主人公が、どうしてもそんな風に見えないのは致命傷だ。

マイ・ウェイの原曲は1967年のクロード・フランソワのフランス語の歌「Comme d'habitude」(作詞:クロード・フランソワ、ジル・ティボ 作曲:クロード・フランソワ、ジャック・ルヴォー)で、ポール・アンカが新たに英語の詞を書き、1969年にフランク・シナトラのシングル及び同名のアルバムとして発売された。後にエルヴィス・プレスリーはじめ多くの歌手によりカバーされ、カバーされた回数が史上第2位の曲(第1位はビートルズの「イエスタデイ」)だと言われている。(Wikipediaより)

アメリカ映画のスター誕生物語は観ていて気持ちのいい場合が多い。この映画は淡白で、盛り上がりに欠けている。そんな映画がフランスでは映画賞を獲得しているというのも、おそらくこの主人公の現実が人気があった証拠だろう。イマイチなスター成り上がり映画と言っておこう。

『戦争の犬たち』(The Dogs of War)

1980年・アメリカ 監督/ジョン・アーヴィン

出演/クリストファー・ウォーケン/トム・ベレンジャー/コリン・ブレイクリー/ヒュー・ミレー

リアルタイムで観てはいないが、題名をよく覚えているし、当時観たいと思っていたことは確かだった。こういう映画が格好良くモテハヤサレた時代だった気もする。原作が評判になってその映画が作られるという構図は、映画のヒットの一大要素だった。

戦争という究極の喧嘩に人生をかける人間が主人公。アフリカ大陸にあるある国の独裁者を暗殺しようと画策する。最近ジョン・F・ケネディの暗殺の真相の中に、キューバの独裁者カストロの暗殺問題が背景にあるとかいう説があった。ホントにそんなことがあったかもしれない、と思わせててくれるのがこの映画だ。

公表されていないケネディ暗殺事件の情報が、将来公表されたって、結局は何も明らかになることはないだろう。残念ながら、国家が公表するといったって、確定的な事実を公表するほど馬鹿ではない。悔しいけれど、その日まで生きていることはないので、そう言ってしまいたい。そう思っているだけなのだが。

『新選組』

1958年(昭和33年)・日本 監督/佐々木康

出演/片岡千恵蔵/山形勲/片岡栄二郎/徳大寺伸/仁礼功太郎/津村礼司/加藤浩/ 東千代之介/里見浩太朗/大友柳太朗

歌舞伎のような映画だった。いちいち見えを切って恰好よいセリフが跳び交わっている。久しぶりに鞍馬天狗や月形龍之介を観た。片岡千恵蔵の喋り方が小気味よく、耳障りがいい。本当は聞き取りにくいのだが、そこがまたいい。というくらい特徴的で現在の役者には到底まねのできない芸当。

新選組の近藤勇なる人物が、かなり出来のいい人間として描かれていた。あまりいい印象を持っていなかったが、本当はどうだったんだろう。どうでもよいことなので調べ直すのはよそう。昔の人の勝手な印象をどんなふうに持っていたって世の中には無関係だ。ちょっと気になるが。

新選組の存在があまりよい形では